281話〜申し訳ありません。任務ですので〜
桜城高等部の文化祭から、早くも1週間が過ぎた。
蔵人は今、神奈川県相模原市で開かれる〈THE FES〉に向けて移動中であった。
何時もの様に飛行スタイル…ではない。今日は車での移動だ。
蔵人の目の前には、深いワインレッドの髪を束ねた女性が、ハンドルを握っている。
火蘭さんだ。
今日の護衛任務は、蔵人個人ではなく、巻島家として受けたのだった。
どうも、流子さんと多田さんは面識があったみたいで、とんとん拍子で話が進んだそうだ。
以前、流子さんに呼ばれた新年会にも、多田さんはいらしていたらしい。
株式会社ヒュンケルなんて会社、あったかな?と、車に揺られながら蔵人は首を傾げた。
そうして移動すること、1時間程。
蔵人達は会場に到着する。
相模原ギオンスタジアム。
WTC並に広い公園に、大きな陸上競技場が中央に構えているスタジアムである。
近くには女子大もあるみたいで、見学に来た女子大生らしき人もちらほら見かける。
朝も早く、まだフィールドには空のテントが幾つか立っているだけである。
それなのに、もう見学に来ているあたり、相当この音楽フェスを楽しみにしているのが分かる。
まぁ、それもそうだろう。
蔵人は火蘭さんの横に立ち、黒スーツの襟を正しながら彼女達の気持ちを察する。
今回の音楽フェス〈THE FES〉は、例年3万人程が詰めかける大型フェスである。
日本最大の野外フェス、フジロック程ではないが、毎年有名なアーティストが参加する地元密着型のフェスらしい。
だが、今回はこのフェスに、あのステップステップのプレストが参戦する。
その影響は、動員数が倍増するのではと言われる程の集客力を持つ。
それだけ、ステップステップは人気があり、尚且つ、特区の外でライブをする事はかなり稀であった。
その為、特区外のファンは何時も悔しい思いをしながら、ネットやテレビで流れるステップステップの映像を見て涙していた。
それを、今回のフェスで打破するのだ。
これは、プレストリーダーのマサさんの願い。
特区外の人達にも、少しでも幸せを届けてあげたい。ファンの間にある格差を無くしたいと言う、彼の優しく熱い思いだ。
本当に、素晴らしい。
彼もまた、この世界の壁を壊そうとするチャレンジャーである。
そんな彼の思いが、今こうして形となろうとしているのだ。
沢山の人の、努力によって。
「おーい!テントはこっちに運んでちょうだい!」
「急いで!昼から始まるんだから、余裕は無いわよ!」
「「はいっ!」」
「「すんません!」」
ヘルメットを被った女性達が、荷物を運ぶ男性達に向かって指示を飛ばす。
男性達は汗だくになりながら、重そうなテントの骨組みや看板なんかを運んでいる。
その横を、重そうな機材を運ぶ女性が、颯爽と追い抜いていく。
サイコキネシス…ではない。ブーストか。
彼女は、男性達を追い抜く際にチラ見して、眉間に皺を寄せた。
遅いと思っているのか、汚らしいと思っているのか。
どちらにせよ、特区外特有の冷遇だ。
きっと、彼らはEランクのバイトなのだろう。
「火蘭さん。護衛が始まるまで、スタッフさんの手伝いをさせていただけないでしょうか?」
まだ、アーティスト達が来るまでには時間がある。
その間、少しでも彼らの役に立ちたいと蔵人は思った。
それに対して、
「ええ。宜しいかと」
火蘭さんは快諾してくれた。
微笑みまで携える彼女に、蔵人は一瞬面食らったが、何とかお礼を言って彼らの元に急いだ。
火蘭さんが微笑む姿なんて、10年振りだ。雨は降らないだろうな?
「すみませーん!」
テントの骨組みを置いて、一旦休憩していた男性達に声を掛ける。
彼らは一瞬、スーツ姿の蔵人に驚いた様子だったが、声で男性と分かると表情を緩めた。
「お、おう。なんだい兄ちゃん」
「少しお手伝いさせて貰えませんか?物を運ぶのは得意ですので」
「そりゃまぁ、有難いけどよ」
「そうそう。兄ちゃんの格好はあれだろ?護衛なんだろ?俺たちみたいな底辺の仕事をすることは無いぜ?」
男性達は蔵人のスーツを見て、ちょっと引いている。
そこまで高級な物では無いのだがな。
そう思いながらも、蔵人は置いてあった骨組みを鉄盾に乗せて、軽々と持ち上げて見せた。
「まだ護衛対象も来ていないので、手が空いているんです。同じ男性同士、助け合いましょう」
蔵人が口に笑みを浮かべると、男性達は蔵人と盾を交互に見比べる。
「お、おお。そりゃ、嬉しいわ」
「兄ちゃんすげえな。これって今話題になってるシールドって奴だろ?こんな使い方も出来るんだな」
「ええ。異能力は使い方次第ですので」
蔵人が盾を上下させると、それだけで感心する男性達。
思ったより、異能力に苦手意識は無いようだ。
蔵人達は、手早く荷物を運んでしまう。
テントの設営も、盾で補助をするので安心安全のスピード建築だ。
建て終えたテントを見て、男性達が汗を拭う。
「いやぁ、本当に早かったわ」
「兄ちゃんありがとな!」
「流石はシールドだ。本当に強力な異能力だったんだな」
うん?本当に強力?
蔵人は違和感を覚えた。
そう言えば、先程もシールドが話題になっていると言っていたし。
「すみません。シールドが強力とはどう言う意味でしょうか?テレパスやコストグラフと同じ、最下位種と呼ばれる異能力ですが」
「なんだ、兄ちゃん知らねぇのか?最近じゃ、クリエイトシールドは当たり異能力じゃないかって専らの噂だぞ?」
なんだと?
蔵人が驚きで押し黙ると、男性達は得意顔を浮かべる。
「ほら、中学の全日本がこの前終わったろ?そこで3位に入った奴が、シールドだったんだよ」
「しかも男の子だぜ」
「ハマー軍曹だな。すげぇぜ、男で入賞なんてよ」
「マジか!?」
驚き過ぎて、つい言葉が零れた。
だが、男性達は嬉しそうに「マジマジ!」と受け答えてくれる。
「すげぇよな。中学1年生でDランクの頂点に手を掛けるなんてよ。俺なんて中学の時、好きな女の子の為にパシリで走り回っていただけだぜ」
「俺は吹奏楽部だったわ。ブーストだったから陸上部も考えたけど、結局異能力なんて使わずに学生時代を終えたよ」
「俺なんて遠視だからさ。小学生の頃から無いものとして生活してるわ」
彼らの生き方がEランク男性の、いや、男性全員の生き方だ。
使えない異能力なんて無かったことにして、ただ女性達に尽くして生きて行く。
だが、それが少し変わって来ている。
彼らが先程、自分の異能力に怯えなかったのは、もしかしたらアニキの存在があったからかも。
アニキが活躍したから、男性達も異能力にプラスのイメージを持ち、こうして前向きになっている。
アニキのお陰で、世界が変わりつつある。
蔵人が、やはりアニキは凄い、と感動していると、男性の1人が声を上げた。
「そう言えば、特区の中にもすげぇシールド使いが居るらしいぞ」
「ああ!あれだろ?Cランクの黒騎士だろ?何でも、Aランクにすら引けを取らないって言われている子だ」
「それがホントかは分かんねぇけどさ、前にあった筑波の大会で優勝したってのは妹から聞いてる。そいつも中一の男子だってんだから、驚きだよな」
「すげぇな!中一男子達。一体、何が起きてんだ?」
うぉ。黒騎士の名前まで漏れ聞こえているのか。
やはり、特区の外で戦った事が大きいみたいだ。
蔵人が冷や汗を流していると、男性達の視線がこちらを向く。
な、何でしょうか?
「兄ちゃんの盾って鉄盾だろ?だったらDランクなんじゃないか?」
「おおっ!だったら大会出てみりゃ良いよ。良いところ行くぜ。俺が保証する」
「兄ちゃん大学生くらいだろ?学生限定の大会って、確かこの近くでも開くからさ、エントリーしてみりゃ良いよ」
本当に、前向きだな。
以前なら、男性から大会の話題なんて出てこなかったのに。
これも、アニキと俺が戦い続ける結果か。
蔵人は嬉しく思いながら、しっかりと頷く。
「ええ。参加して、必ず優勝します」
来月の全日本を、必ず。
蔵人が意気込んで答えると、男性達は笑い声を上げた。
「はははっ!優勝とは大きく出たな」
「そりゃ、優勝してくれたら嬉しいけどよ、男が大会に出るだけでも、俺たちは勇気を貰えるんだ。だから、あんまり気張るなよ」
「そうそう。相手は女ばかりだ。勝てたらラッキー程度に思っておけ」
彼らの優しい気持ちが伝わってくる。
蔵人が「頑張ります」と頭を下げると、男性に肩を叩かれる。
「おうっ!俺たちの分まで、頑張ってくれ!」
「応援行くからさ。そん時は呼んでよ!」
「そういや、兄ちゃん名前は何て言うんだよ?選手名でも良いから教えて…」
男性の1人がそう言って、ポケットからメモ帳を取りだした時、ステージの方から女性スタッフが近づいて来た。
「こら!そこのバイト!油を売ってないでテント…は張れているのか…だったらパンフレットと飲み物運んで来て!時間無いって言っているでしょ!?」
「「すんません!」」
怒られた男性達は、逃げるように走り去っていった。
それに、蔵人も着いていこうとすると、再び女性スタッフに声を掛けられた。
「ああ、違うの!ごめんなさい。貴方に言った訳じゃないのよ?」
女性が慌てて謝ってくる。
怒られたから逃げようとしているとでも思われたのかな?
蔵人は女性に向き直り、首を振る。
「いえ。分かっています。護衛対象が来場するまで、彼らの手伝いをしたかったので、彼らに着いていこうとしただけですよ」
「まぁ!なんて優しい!」
過剰に反応する女性。
加えて、
「でしたら是非、こちらのお手伝いをお願い出来ませんか?」
そう言って、蔵人に急接近してくる。
この様子は、明らかに上位ランクの男性に対する態度。
きっと、こちらがEランクで無いことを知っているのだろう。
もしかしたら、特区から来たことも周知されているのかも。
とは言え、現地のスタッフが指示をしているのだから、突っぱねて男性達を手伝う訳にもいかない。
下手をすると、先程の男性達が後で恨まれてしまうかも。
さて、どうするかと迷っていると、後ろから足音が聞こえ、同時に、女性スタッフの顔が引き攣った。
「おや?我々の同僚が、何か粗相をしましたか?」
振り返ると、鋭い目をした火蘭さんが、冷たい瞳をスタッフに突き刺していた。
「び、Bランク…!」
女性は、火蘭さんの胸元で光る緑色のバッチを見て、息を飲む。
このバッチは、ここの警備を担当している事を表す物で、色でランクが分かる様になっている。
勿論、蔵人にも配られているが、着けてはいない。
青色のバッチなぞ着けたら、女性達に群がられてしまう。
「ええ。私はBランクのパイロキネシスですが、何か?」
「し、失礼しましたっ!」
火蘭さんに睨まれたスタッフは、脱兎のごとく逃げ出した。
Bランクで4大元素だからね。特区の外では脅威の塊だ。
「ありがとうございました、火蘭さん。自分から言い出した事なのに、お手数お掛けしてしまい申し訳ないです」
「とんでもありません。貴方のその優しさは、恥じるのではなく誇るべき長所です。そこに付けこもうする者共は、我々にお任せ下さい」
火蘭さんが半身になって、向こうの方を手で示す。
見ると、何人ものスタッフに守られながら歩く、プレストの面々の姿があった。
「さぁ、我々本来の任務が始まりますよ」
そう言って歩く火蘭さんの後ろ姿は、何処か嬉しそうと言うか、生き生きとしていた。
護衛とは、彼女にとっても生業なのだろう。
「宜しくお願いします、先輩」
蔵人は、そんな彼女の背中を、軽い足取りで追いかけた。
『さぁ、みんな!盛り上げていくよォ!!』
「「「おぉおおー!!」」」
蔵人達が会場に来てから、早3時間程が経過した。
時刻は、午前11時。
最初のアーティストがステージに上がり、超満員となった会場に向けて威勢よく開会宣言の言葉を叫ぶ。
会場は大盛り上がりだ。
手に赤や黄色の団扇や風船を持って、音楽に合わせてグルグル回している。
観客の多くは女性だが、中には男性の姿も散見される。
きっと、彼女達とデートなのだろう。
20前後くらいの若い子が大半を占めている。
それに合わせる様に、出演するアーティスト達の年齢も若い。
大半が10代後半から20代半ばで、半数以上が女性だけのガールズバンドであった。
今、ステージで飛び跳ねている娘達も、高校を卒業したばかりのグループだ。
それでも、彼女達の歌は人気らしく、CD売上ランキングでもトップ50に入るのだとか。
その若さでその人気は、かなりの実力者だな。
蔵人は、ステップステップの為に建てられた簡易テントの中で、会場の中継を見ながらそう思う。
すると、
「なぁ、黒騎士さんも座ったら?」
シン君が、誰も座っていないパイプ椅子を揺らしながら、蔵人に勧めてきた。
有難い事だ。でも、
「ありがとうございます。ですが、護衛中ですので」
断った。
これでも一応護衛だからね。有事の際にすぐ動ける様に、立たせてもらう。
彼らの好意は嬉しいが、甘えていたらテント外に居る火蘭さん達に申し訳がない。
彼女達は、一般人が侵入して来ないように外を見回ってくれているのだ。
お陰で、彼らは安心して寛いでいられる。
蔵人が外の護衛に感謝していると、テントの入口が少しだけ開いて、火蘭さんの顔が覗く。
「面会者が来ております。宜しいですか?」
面会?
火蘭さんが通すと言うことは、関係者だ。
主催者でも来たか?
蔵人はプレストのみんなを振り返り、彼らが全員頷くのを確認してから、火蘭さんに頷き返した。
すると、入ってきたのは、
「プレストの皆さん!こんにちは!」
「ご挨拶に来ました!」
「私たち」
「「「パープル・クライです!」」」
淡い紫色の衣装を着た、5人組の女の子達が入って来た。
グループ名を名乗っているので、このフェスの出演者で、挨拶回りをしているのか。
彼女達の挨拶に、マサさんが立ち上がる。
「こんにちは、パープル・クライの皆さん。プレストのリーダー、マサです」
「わぁ!本物のマサさんだぁ!」
歓喜の声を上げた少女が、堪らず駆け出し、マサさんへと迫る。
握手でもしようとしているのかな?
そう思いながらも、蔵人はマサさんの前に割り込み、少女からマサさんを隠す。
すると、急停止した少女は、胡散臭い笑みを浮かべて、こちらを見上げた。
「えっと、退いてくれます?」
「申し訳ありません。任務ですので」
一般人だけでなく、こういう他グループとの接触も抑えるように言われているからね。
同じアイドルでも、女性であれば男性に対して何をするか分からない。
最悪、ドミネーションやテレポートをされるかも知れない。
なので、こうして接触を断つ様に言い含められていた。
勿論、相手は面白くないだろう。
集まってきたパープル・クライのメンバーが、厳しい目で蔵人を見上げる。
「あのさ、私達はただ、挨拶に来ただけだよ?」
その割には、随分と嬉しそうだったな。駆け寄り方も、殆ど突進だったぞ?
蔵人は鋭い視線に、微動だにしなかった。
彼女達が更に近づく。
「それに、私達はプレストさん達と同じ、特区で活躍するアイドルグループだから」
「そうそう。私達みんなCランク。リカなんてBランクだよ?」
それは何か?私達、高ランクなんだぞと脅しているのか?
こちらが男だから、それで退くとでも思っているのだろう。
だが、今更Bランクの少女に遅れはとらない。
伝わってくる威圧も大したことはないから。ディさんやギデオン議員が龍ならば、彼女達はハムスターだ。
蔵人は心の内で彼女達を推し図りながら、体は一切動かずに、壁となって少女達を阻む。
テントの向こう側では、火蘭さんが睨みを効かせていた。
何かあれば、何時でも乗り込んで来ようとしているのだろう。
女子とはいえ、パープル・クライはアイドルだからね。今の段階では、我々は手出しが出来ない。
「えっと、護衛さん?」
蔵人の目の前で留まる少女が、再び笑みを貼り付けて、蔵人をじっと見る。
「自慢っぽく聞こえちゃいますけど、私達はそれなりに知名度のあるグループです。ですので、スキャンダルや事案は十分に気をつけています。さっきは、ちょっと興奮しちゃったけど…決して、変な事はしないと誓います!だから…」
必死な彼女の様子に、蔵人は一瞬、ダメだと突っぱねようと考えた。
だがその前に、後ろからマサさんに肩を叩かれた。
見ると、彼は1つ頷いた。
通してやれって?彼女達との交流も、貴方が言う格差の壁なのかい?
ちょいと優し過ぎないかね?
そう心配に思いながらも、蔵人は横に避ける。
避けながら、盾を展開した。
小さな魔銀盾をプレストメンバーの周囲にばら撒き、少しでも干渉系の異能力に備える。
加えて、ホーネットを生成し、彼女達に向ける。
回転はさせないが、もしも何かおかしな行動をとったら、すぐにでも君達の体をスポンジに変えるぞ?と警告する。
これで、大丈夫だろうと思った蔵人。
だが、
「うわっ!盾が、浮いてる?」
「リビテーション?こんな数を浮かせるなんて、Bランク以上だよ」
少女達が、驚きの声を上げた。
更に、
「違う、違う!これはあれだよ!ホーネットって奴だよ!」
自分達がCランクだと公言した娘が、飛び上がらんばかりに喜んだ。
ほぉ。ホーネットを知っているのか。
蔵人が感心する中、その少女がこちらに小走りで近寄り、キラキラした目を向けて来た。
「もしかして、貴方が黒騎士選手ですか?黒騎士様ですよね!あたしスポーツが好きで、そう言う系統の番組にも出てるんで知ってます!」
「人違いですよ。私は黒騎士ではなく猪瀬…」
「そう!その声です!ビッグゲームの決勝戦で上げていた、あの声と一緒。地上に天井はないんだぜって奴!」
「決勝戦ではなく、3位決定戦ですよ」
蔵人が突っ込むと、少女の目は余計に輝く。
「やっぱり!本人だ!」
ああ、しまった。つい、訂正してしまった。
もしかして、ワザと間違えたのか?
蔵人が悔しがる中、少女は手を前に出してくる。
握手かい?普通、逆じゃない?君達、人気アイドルなのに。
そう思いながらも、蔵人は握手に応じる。
包み込む様に優しく握手してくれる女の子。流石は特区のアイドル。特区男性に対する心遣いが厚い。
「うわぁあ!凄い!握手して貰えた!」
少女は飛びそうな程喜んでいる。
こんなに喜んでくれるのなら、握手会でも開きたくなる。
なるほど。これがマサさんの気持ちなのかな?
蔵人まで嬉しくなって、その少女を見ていると、彼女のお仲間も不思議そうに集まって来る。
「黒騎士選手って、ミヨがそんなに喜ぶ程、凄い人なの?」
「あったり前だよ!良いかい?リカちゃん。黒騎士様は男子でありながらファランクス最高峰であるビッグゲームに出場して、関東では初の3位入賞をしたんだ。しかも、並み居るABランクの女子を倒してね。最近話題の紫電だって、関東大会で倒したんだよ?」
「ええっ、紫電君って、去年も全日本1位で、今年も県大会1位だったって言う、あの子?」
ほぉ。そうか。日向さんは無事、全日本へと駒を進めたか。
そして、やはり全日本ともなると、異能力戦に興味が無い人達にも認知されるのだな。
蔵人が、全日本の大きさを認識していると、プレスト側からも声が上がる。
シン君だ。
「それだけじゃないぞ。黒騎士は元オリンピック選手と戦って勝ったんだ!」
「僕たちを守る為にね」
「そして、先日はイギリスのコンビネーションカップまで遠征し、見事なユニゾンを披露してタイトルを総ナメにしたそうだ」
マサさんがイギリスの情報を披露すると、プレストのメンバー全員がドヤ顔をする。
いや、なんで海外のマイナー大会の事まで知ってるの?まるで、黒騎士のファンみたいじゃないか。
彼らの情報に、ミヨさんが目を丸くする。
「ええっ!?すっご!流石、黒騎士様です!」
「そうだろ?しかも、2年後には俺とユニットを組んで、全国ツアーをするんだぜ!」
「わぁ!黒騎士様がアイドルにもなるんだ!」
「そいつはフェイクニュースだ!」
蔵人が必死に否定するも、プレストの黄色君とミヨさんは期待の籠った目で見てくる。
終いには、
「そ、そんな凄い人なんだ」
「私達も、握手して貰えないかな?」
「色紙とサインペンって、何処かに無かったっけ?」
他の女の子達までソワソワし始めた。
いやいや。貴女達はアイドルでしょ?一般人に何を期待しているの?
蔵人は、この場のカオスっぷりに辟易するのだった。
特区の外でも、少しずつ男性達に変化が見えますね。
「あ奴は西濱の力と言っているが、黒騎士の影響力も確実に広がっているだろう」
現に、有名アイドルにも認知されていましたからね。
「全日本に出場したなら、この比ではないのだろう」
何せ、メジャーな競技ですからね。
異能力戦に興味がない人でも認知している。まるで、史実の野球やサッカーみたいなものでしょうか?
「国によってメジャーなスポーツは異なるが、日本においてはそれに近いだろう」
余計に、負けられない試合になりますね。