表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
294/482

280話~なんか、楽しそうな事してるねぇ~

二条様に呼び出されたと思ったら、そこには穂波嬢が待ち構えていた。

これは、明らかな罠。

あの男子生徒に嵌められた。


いや、違う。

あの子も嵌められたのだ。

何せ、彼からは違和感を感じなかった。

部屋の外に招かれた時も、テレポートをされる瞬間も、彼からは悪意や迷いを感じ取れなかった。

純粋な善意と使命感を持っていたから、彼の指示に従ってた。


であるから、彼も操られていたと考えられる。

この目の前の、ドミネーターによって。


「ふふっ。そんなに見つめないで下さい。照れてしまいますわ」


蔵人がマジマジと穂波嬢を見ていると、彼女はそう言って余裕の笑みを浮かべた。

だが、目は笑っていない。

真剣な眼差しが、先ほどからずっと射貫いている。

必死にドミネーションを掛けようとしているのが分かる。


だが、そんな彼女の視線に、蔵人は真っ向から抗っていた。

目には分厚い水晶のレンズ。

これで、彼女のドミネーションをある程度防いでいる。

そして、蔵人の周りには、幾つもの魔銀盾が浮遊していた。

魔銀の魔導性を利用し、彼女の魔力波を分散させていた。

これにより、蔵人は彼女のドミネーションを完全に防いだ。


そんな蔵人を前に、穂波嬢は必死な形相になりつつあった。

段々と笑顔が強張り、頬に朱が差し始める。

技が掛からなくて、相当焦るのが分かる。

そして、とうとう、


「何故…何故ですか…Bランクの私が、なんで…」


睨みつけるまで鋭くなった彼女の瞳から、ポロポロと悔し涙がこぼれ落ちた。

う~ん。泣かせるつもりはなかったのだがな。


蔵人はポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡そうとする。

だが穂波嬢は、それを拒否する様に、服の袖でグイグイと涙を拭いた。

おお。意外とワイルド。


「なんで…私がこんな必死にお願いしているのに、受け入れてくれないんですか…私には、もう、貴方しか居ないのに…」


赤く腫らした目を向けて、穂波嬢は訴えかけて来る。


だがね、貴方しか居ないと言うけれど、そうしたのは君自身の行いである。貴女が蛮行に出たから、周りは君を避けたのだ。

蔵人は呆れた。

全く、責任転嫁も良い所だぞ。


「穂波さん。それは貴女の考えです。孤立し、後がないと思い込んでいる貴女の思い込みです。もっと視野を広く持ってください。世界は広く、男は腐る程居ますよ?」


ランクに(こだわ)らなければな。

蔵人が両手を広げて、世界の広さをアピールするも、穂波嬢はイヤイヤと首を振るだけだった。


ふぅ。もういいか。

十分に付き合っただろうと、蔵人が泣き出した穂波嬢に背を向けた途端、


気配を、感じた。

視線、複数。

殺気、左、右、両サイドからだと!?


「シールド・ファランクス!」


危険を察知すると同時、蔵人は全方位を水晶盾でガードする。

すると、その盾に無数の礫が着弾した。


カッカッカッ!

ガッガッガッ!

ズガンッ!


おっと。弱い攻撃の中に、強力なのも混じっている。魔銀も出さねば。

蔵人が水晶盾と魔銀盾で襲撃を受け止めると、銃撃は直ぐに止み、薔薇園の垣根から複数人の女子達が姿を現す。


1、2、3…見える範囲では8人。制服は桜城と天隆の2種類。

服装からして、全員高等部生か。

蔵人は盾越しに、彼女達へ腰を折る。


「これはこれは、先輩方。熱烈な歓迎、痛み入ります」

「…全く怖がってないよ?」

「中学生でこの余裕…本当に化け物だわ」


強ばった顔をこちらに向ける先輩方の胸には、銀色に輝く百合の花が踊っている。

また、白百合会か。

イギリスではアグリア。日本では白百合。大人気である。

これが有名税かと、蔵人は体を起こしながら、ふぅと疲れた溜息を吐き出す。


そこに、後ろから非難めいた声が上がる。


「ちょっと、貴女達!まだ私が話している最中よ!」


穂波嬢だ。

彼女の矛先は、目の前の女子高生達。

その視線を受けて、白百合連合軍は「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「最中?もう決別しているじゃない」

「貴女には十分な時間をあげたわ。それでも黒騎士を従えなかったんだから、諦めて帰りなさい」

「そんなっ!」


ふむ。

今の会話からすると、どうも白百合連合と穂波嬢は手を組んでいたみたいだ。

最初にドミネーションで俺を懐柔して、ダメなら強硬策に出る手筈だったか。

確かに、幾らBランクのドミネーターである穂波嬢でも、これ程大胆な作戦を単独で実行するのは難しい。

サマーパーティーの一件で、ドミネーションも警戒されているから。


連合の1人が、ずいッと一歩前に出る。


「穂波さん。退かないなら、貴女もまとめて始末するけど?」

「寧ろ、その方が私達も都合が良いんじゃない?」

「ええ、それもそうね」


彼女達の手が、こちらへと向く。

躊躇する様子は…全くないな。流石は白百合会。


「攻撃開始!」


先頭の娘が指示すると、手前の4人が蔵人へと異能力を放つ。

土弾と火炎弾の2種類。3人はCランクみたいだが、1人だけBランク相当の子が居る。

扇状に、等間隔で撃ち込む彼女達に、隙は無い。

ならば、作るまで。


「シールドカッター(無回転)」


体を覆っていた龍鱗の一部を剥離させ、彼女達の頭上から一斉に降らせる。

だが、それらは彼女達の頭上で、風の刃にて切り刻まれてしまった。


「気を抜くな!黒騎士は盾を飛ばしてくる!」

「「はい!」」


リーダーが後ろで待機している2人に声を掛ける。

その2人が、エアロキネシスを飛ばして防衛していた。

何時ぞやの片倉戦とは違い、しっかりと連携が取れている。素晴らしいな。


さて、どうするか。

蔵人は後ろを見る。

そこには、頭を抱えて縮こまる穂波嬢の姿があった。


うん。厄介だ。

自分1人であれば、龍鱗で彼女達を蹴散らす事も容易である。

だが、彼女が居る状態では、このシールドファランクスを解除することが出来ない。


穂波嬢を背負うか?

いや、危険だろう。

彼女は信用ならない。後ろから刺されるかもしれないし、もっと悪いと、再びドミネーションを仕掛けられる可能性もある。

とは言え、そこらにほっぽり出すのも非人道的だ。

彼女は女性で、戦う術を持たない子供だ。ちょっと悪い事もしてきたが、見捨てるのは違うと思う。

少なくとも、自分は。


こうなる事を見越して、穂波嬢を取り残して開戦したのか?

そもそも、彼女のドミネーションはサマーパーティーで攻略済みだ。それでも敢えて彼女を作戦に組み込んだのは、この状況に陥れる為だったのでは?

だとしたら、白百合会は相当クレーバーでクレイジーだ。


では、そんな相手にどう出るべきか。

蔵人は打開策を考え、実行に移す。

こっそりと足元で盾を生成し、繋げる。

水晶盾の小さなホーネット。それを、地面の中へと潜航させた。

見えなければ、迎撃のしようがない。

相手前衛まで、あと5m。

3m、1m、今!


「前衛後退!」


蔵人のホーネットが浮上する、その一歩手前。

リーダーが声を上げ、前衛を後退させた。

飛び退いた彼女達の前を、蔵人のホーネットがむなしく打ち上がった。

空振りだ。

ただの的に成り下がったホーネットは、彼女達の弾丸に撃ち抜かれて消えた。


偶然、な訳が無い。

リーダーは、こちらの動きを読んでいた。

いや、予測していたのか。

恐らく、彼女の異能力は未来視(プリポート)。数秒後から数分後の詳細な未来を見る異能力。


厄介な異能力だ。

こと集団戦においては、特に。


そう理解しながらも、蔵人は彼女達に向けて、シールドカッターを放つ。

その度に、後衛が風の刃でそれを迎撃し、お返しとばかりに前衛の魔力弾が飛んで来る。

蔵人はそれを、ただ受けるしかなかった。


こいつは、持久戦だ。

蔵人は覚悟する。

どちらの魔力が先に尽きるかの、勝負。

蔵人が苦笑いを浮かべた、その時、


「ちょっとちょっとぉ。なんか、楽しそうな事してるねぇ」


緊張感に欠ける声が、上から降って来た。

何だ?と視線を上げると、そこには1人の女性がガゼボの屋根に上り、こちらを見下ろしていた。

黄色い制服。確か、西方武蔵野校。

新手かと、蔵人はそちらにも盾を構えようとする。

だが、それよりも先に、白百合連合から厳しい声が放たれた。


「誰よ!貴女。関係ない人は口を挟まないで頂戴!」


おっと。無関係の一般人だったか。

蔵人が警戒を薄くする先で、西武の女子はニヤリと笑う。


「関係ないとはご挨拶だねぇ。そこの男の子は、あたしの獲物だよぉ」


あら?もしかして、第三勢力?

蔵人が再び警戒を強める中、連合軍も砲撃を中断し、彼女の方に手を向けた。

だが、彼女は顔色一つ変えず、ガゼボの上から彼女達を冷たく見下ろす。


「あたしは蜂須賀(はちすか)杏樹(あんじゅ)。そこの子と同じ大会に出る選手だよ」


気だるそうに言い放つ蜂須賀さんは、顎で蔵人を示す。

その言葉を聞いた途端、連合軍の顔色が一気に険しくなった。


「蜂須賀…もしかして、埼玉県大会のAランク1位…」

「なんで、こんなところに全日本選手が…」


絶句する連合軍を眼下に、蜂須賀さんは楽し気に肩を揺らして笑い、2つに結い纏めた頭のお団子を軽く撫でた。


「キシシッ!別に良いだろぉ?あたしが何処で何していようが、あんたらに詮索される言われはないねぇ」

「ちょ、ちょっと!貴女って中学3年生でしょ?私達は高等部生よ!」


連合の1人が蜂須賀さんを睨みつけ、1歩前に出る。

だが、蜂須賀さんはそれを見下ろして、嘲笑した。


「はぁ?だからなんだい?あたしだってAランクだよぉ。あんたらは年上の前に、ただのBCランクだろ。低ランクの雑魚共が、このあたしに喧嘩売ろうって言うのかぁい?面白いねぇ」


蜂須賀さんの目が光ると、連合の全員は堪らず、1歩後退した。

彼女達の虚勢が、一瞬で萎んだ。

それだけ、彼女を恐れている。


「待って!蜂須賀さん!」


期待を抱いていた蔵人の前で、リーダーが声を上げた。


「私達は、そこの黒騎士を止めたいだけなの。貴女とは戦う気は無い。寧ろ、貴女の役に立てるわ!」

「へぇ。どうやって?」

「ここで黒騎士を故障させてしまえば、全日本出場も辞退させられる。貴女のライバルを1人消す事が出来るわ!優勝に、1歩近づく事が出来るの。悪い話じゃないでしょ?貴女は何も見なかった事にするだけで、全日本が少し楽になるのよ?」

「ふぅん。なるほどねぇ。楽って言葉は良いねぇ。あたしの好きな言葉だよ」


ありゃ。(ほだ)されてしまったか。

蔵人が少し肩を落とすと、蜂須賀さんがこちらを見て、邪悪に笑った。


「でもねぇ、あたしが欲しい楽は、ただの楽じゃぁない。快楽の方なんだよ」


そう言うと、彼女はこちらへと手を伸ばした。

半透明な手。伏見さんと同じサイコキネシスだ。

その手を、蔵人へと真っ直ぐ伸ばし、

蔵人の頭上を越えて、座り込んでいた穂波嬢の首根っこを遠慮なく掴んだ。

そして、一気に引っ張り、蜂須賀さんの元まで穂波嬢を手繰り寄せた。


「いったぁ…」


抗議するように蜂須賀さんを睨み上げる穂波嬢。

だが、蜂須賀さんはそちらを見ようともせず、邪悪な笑みをこちらに向けた。


「さぁて、邪魔は居なくなったぞ?黒騎士。早く見せておくれよ。楽しい楽しい殺戮ショーをねぇ!」

「おうっ!」


蜂須賀さんの煽りに、蔵人は片腕を上げて返事する。

そのまま、二重の龍鱗を全身に纏った。

もう、足枷は無くなった。

ここからは思う存分、戦える。


蔵人は、走り出す。

慌てふためく、白百合連合に向かって。


「う、撃て!撃ち方始め!」


リーダーが号令を出すが、蔵人は構わず走り出す。

無数の魔力弾が迫り来るが、全てを腕に纏った龍鱗のみで弾き飛ばす。

それを見て、前衛の娘達が目を見開く。


「退避!」


リーダーの号令。

だが、遅い。

蔵人は既に、連合軍を射程に収めていた。

逃げようと背を向ける娘達に向かって、蔵人は前面にランパートを作り出し、彼女達の背を目掛けて突撃した。


ドンッ!ゴンッ!


鈍い衝撃が、盾から伝わってくる。

その度に、盾が弾き飛ばした娘達が、蔵人の頭上を一瞬舞って、地面へと墜落する。


「ぎゃっ!」


最後に残ったリーダーを弾き飛ばし、蔵人は後ろを見る。

そこには、地面に這いつくばる白百合の敗残兵達が、言葉にならない声を呻くだけとなっていた。

大怪我をしている人は…うん。いないな。


蔵人はふぅと息を吐き出し、彼女達を弾いたランパートを見る。

そのランパートの表面には、厚い膜のクッションを取り付けてあった。


「なんだよ、つまんねぇな。盾に棘でも着けて、串刺しにしちまえば良いのによぉ」


蔵人が安堵していると、ガゼボから降りた蜂須賀さんが口を尖らせながら、蔵人の方に歩いて来た。

掴んでいる穂波嬢が「降ろして!」と藻掻いてる。

…あっ、煩わしくなったのか、穂波嬢をボールの様に放り投げた。

彼女は、生垣に頭から突っ込んだ。

バラの生け垣、地味に痛そうだ。


「ありがとうございました、蜂須賀先輩」

「はぁ?なに勘違いしてんだ。あたしはただ、噂の黒騎士を見たかったからヤッただけだよ」


蔵人が頭を下げようとすると、それをサイコキネシスで止める蜂須賀さん。

顔を上げると、彼女は「キシシッ」と悪魔的な笑みを浮かべた。


「噂通りだな、黒騎士。Cランクの癖に、随分とまぁ楽しそうに暴れやがる。お陰で、あたしまで熱くなっちまった」


そう言うと、彼女の体から痺れる程の濃いオーラが湧き出る。

うん。言動から危ない人だとは思っていたけれど、思った以上に戦闘狂の気がある人だ。

蔵人は瞳を鋭くし、構える。

だが、直ぐに彼女の威圧は小さくなった。


「キシッ。冗談だよ。お楽しみは最後まで取っておくもんだ。その方が、何倍も美味しく頂けるからねぇ」


蜂須賀さんはクルリと背中を見せ、手の甲をこちらに見せながら歩き出す。


「じゃあな、黒騎士。あたしに当たるまで、負けんじゃぁないよ」


そのまま、一度も振り返ることなく、蜂須賀さんは去っていった。

一見すると不良っぽい娘だったが、何処かこう不思議と言うか、掴み所の無い娘だった。

蔵人は、彼女の背中を見送りながら、そう思った。



蜂須賀さんと別れた蔵人は、白百合連合を放置して、文化祭へと戻った。

アイツらを告発したところで、証拠不十分で釈放されるのは分かりきっているからね。

天隆の体育祭で学んだ事だ。


二条様達の中華屋の前まで来ると、サーミン先輩達の後ろ姿が見えた。

蔵人が後ろから声を掛けると、先輩は飛び上がって驚いていた。


「おまっ!厨房に呼ばれたんじゃないのかよ!?」


おっと、そう言う名目だったな。

彼らを心配させるのもどうかと思い、蔵人は適当にはぐらかす。

だが、後から出てきた九鬼会長には、しっかりと穂波嬢達の蛮行を報告しておいた。

他の男性達が被害に遭うかもしれないからね。


「ほぉ、そうか。アイツらが…」


報告したら、九鬼会長は目を釣りあげていた。

…これで、白百合も穂波嬢も、桜城で好きに動けなくなっただろう。


だが、それは蔵人も同じだった。

やはり危険だと判断された九鬼会長は、蔵人達を大衆の目が届きやすいエリアに配置した。

即ち、メイン会場である。

そこでは、多くの出演者が舞台に上がり、詰めかけた高校生達を前に様々な特技を披露していた。

蔵人達はそんな彼女達を、舞台の裏から見ていた。


「センキュー!!」


…あれ?今舞台で踊り歌っている娘が、祭月さんに見える気がするぞ?

…まさかな。ははっ。


会場を大いに盛り上げる出演者を前に、蔵人は視線を舞台上から逸らす。

すると、続々と集まる女子生徒の集団を目にする。


うん?

一体、何が始まるんです?


「彼らを呼ぶのは苦労した」


蔵人が、観客席の変化に戸惑っていると、隣に立つ九鬼会長が誇らし気に呟く。

彼ら?

蔵人の疑問は、舞台の上に出てきた人達が解決させた。


「桜城の皆さん!こんにちわ!」

「僕たちは!」

「「「ステップステップ・プレストです!」」」


うぉっ。出たっ。

久しぶりのアイドルグループを前に、蔵人が驚いていると、


「「「きゃああああ!!!」」」

「「「ぎゃぁあああ!!!」」」


観客席から、怒号の様な歓声が飛んできた。

物凄い人気だ。

蔵人は大きく1歩引き、サーミン先輩達は少し身を乗り出した。


「うぉ!本物だぞ!」

「Mステで見た事ある!」


慶太まで知っているのか。

恐ろしい知名度だ。


蔵人が驚く前で、プレストの面々はキラキラ輝きながら歌とダンスを披露する。

流石はプロ。

会場の熱気に呑み込まれそうになっても、怯えることも無くパフォーマンスを続けている。


「うむ。やはり人選を蒼凍君に任せて正解だった。あのような細い男児が、若者達に人気とは…」


九鬼会長は、見た目に違わず硬派みたいだ。

反対に、隣で顔を赤くする蒼凍ちゃんは意外とミーハーだ。


蔵人が横を向いていると、舞台の上で「ゴッ!」と言う衝撃音が響いた。

なんだっ?!

驚いて見てみると、舞台の上で、プレストの1人が座り込んでいた。


襲撃…では無さそう。汗で転んだみたいだ。

蔵人は一瞬安堵して、しかし、直ぐに目を見開く。

舞台の袖。そこで、マイクがコロコロと転がっていた。

転んだ拍子に、少年が投げてしまったマイクだ。

それが今、舞台から転がり落ち、最前列の観衆の目の前へと到達した。


蔵人は走り出す。

舞台へと。

それと同時に、観客席から悲鳴が上がった。


「ヨッシー君のマイクがっ!」

「拾ってあげなきゃ!」

「退けっ!」

「私のだっ!」

「僕のだぞッッッ!!」


一瞬で、戦場へと様変わりする会場。

無理もない。

超有名なアイドルを前にしただけで熱狂していた人達だ。その人が使っていた物が目の前にあるのなら、必然的に欲が爆発する。

そうなる前に、


「シールド・ファランクス!!」


蔵人が観客席へと降り立ち、暴徒化寸前の観客達に向けて、盾の壁を展開した。

その盾に向かって、群衆が殺到する。

中々の圧力。だが、何とかなるレベルだ。。

理性を失いかけていても、異能力を使わない所は流石、特区の人間達。

だが、このままでは前の人が押しつぶされてしまう。

止めなければ。


『静まれぇ!!』


ドラゴニックロア、発動。

耳をつんざくような衝撃に、流石のバーサーク女子達も、冷水を浴びせた様に静かになった。

何とかなったか。

蔵人が安心していると、後ろから九鬼会長達が遅れて到着し、生徒達に下がるようにと指示を出す。


「済まない、蔵人君。助かった」

「いえいえ。任務ですので」


しかし、アイドルを呼んでいるなら、正規の警備員を雇っても良かったのでは?



メインステージも終盤に差し掛かった頃、蔵人達の元にお客様がいらした。


「黒騎士君。さっきは本当にありがとう」


プレストリーダーのマサさんだ。汗だくになりながらも、態々挨拶に来てくれた。

彼の隣には、マネージャーの星野さんと、もう1人男性が居た。

誰だろうか?

蔵人がその男性を見ていると、それを察したマサさんが紹介してくれた。


「スポンサーの多田さんだよ。僕達を心配して見に来てくれたんだ」

「多田です。黒騎士君の噂はかねがね聞いているよ」


そう言いながら、多田さんが名刺を差し出してきた。

株式会社ヒュンケル?の広報部長さんらしい。

聞いたことあるような無いような社名だな。


「僕からもお礼を言わせて欲しい。さっきは彼らを守ってくれてありがとう。君が動いてなかったら、怪我人が大勢出ていたと思う。そうしたら、きっとこのステージも中止だった。本当にありがとう!」


多田さんは蔵人の手を取り、忙しく上下に振る。

情熱的な人だ。

彼の様子に、蔵人は微笑む。

すると、手を離した彼が、少し緊張した面持ちで蔵人を見た。


「それで、相談なんだけどさ。来週末に開催される野外ライブに、是非君の力を借りたいんだ」


野外ライブ?

詳しく聞いてみると、こういう事らしい。

来週末、神奈川特区周辺で音楽フェスが開催される。そこに、プレストも特別出演する予定なのだが、彼らの護衛について悩んでいるそうだ。


「何せ、特区の外だからね。何処の警備会社もCランクしか寄越してくれないんだよ」


高ランクが特区の外に出るには、色々と手続きが面倒らしい。

加えて、特区外に高ランクが出たがらないというのも、今回の警備不足に繋がっている。


「君なら、今回みたいに素晴らしい対応をしてくれるし、何より男性だ!この子達も安心だろうからさ」


少し過剰に振舞う多田さんだが、それだけ蔵人に来て欲しいと思っているみたいだ。

護衛と言っても、今回みたいに舞台裏で彼らを見守り、何かあれば盾で防ぐという物。

面倒なファンへの対応などは、契約している警備会社が担当する。

所謂、お守りみたいなものだ。


「お話は分かりました。巻島家と正式な契約を結びましたら、是非お話を受けさせてください」

「そうか!助かるよ!」


多田さんは再び、蔵人の両手を取る。

スポンサーさんと言っていたが、なんだかマネージャーさんみたいな人だ。

蔵人は、相変わらず緊張した面持ちの彼を見て、この人も変わった人だと目を細めた。

穂波さん。ハブられているからって、白百合会と手を結ぼうとするなんて…。


「あ奴を手籠めに出来れば、誰だろうと利用するつもりだったのだろう」


蜂須賀さんが通りかかってくれて助かりましたね。ナイスタイミングです。


「次はアイドルの護衛か」


えっ?

ああ、そうですね。プレストが特区外でライブをするそうです。

何も起きないと良いのですが…。


「それを、フラグという」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 面倒な人が出てきたと思ったら、厄介な人たちと手を組むとは……(- -a;  まぁ、彼女なりの理由があるのかもしれませんが、正直”狂信者”と組んでもろくなことにならないかと思います。←実際、捨て駒にさ…
巻島家を間に挟むのであれば、大きな問題はなさそうですね。 勝手に契約(口約束を含む)をしないのはいいですね。 しかしまぁ、番外戦術ですか。 獅子愽兎と言えば聞こえはいいですけど、この一件は噂話として…
うーん未来視する敵なら持久戦でなくガンダムAGEのアセムが敵Xラウンダーにしたように自分がやられるイメージ見せられ過ぎておかしくなった隙に倒される方があの娘らにも良いお灸になって蜂須賀さんもご満足した…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ