280話~なんか、楽しそうな事してるねぇ~
二条様に呼び出されたと思ったら、そこには穂波嬢が待ち構えていた。
これは、明らかな罠。
あの男子生徒に嵌められた。
いや、違う。
あの子も嵌められたのだ。
何せ、彼からは違和感を感じなかった。
部屋の外に招かれた時も、テレポートをされる瞬間も、彼からは悪意や迷いを感じ取れなかった。
純粋な善意と使命感を持っていたから、彼の指示に従ってた。
であるから、彼も操られていたと考えられる。
この目の前の、ドミネーターによって。
「ふふっ。そんなに見つめないで下さい。照れてしまいますわ」
蔵人がマジマジと穂波嬢を見ていると、彼女はそう言って余裕の笑みを浮かべた。
だが、目は笑っていない。
真剣な眼差しが、先ほどからずっと射貫いている。
必死にドミネーションを掛けようとしているのが分かる。
だが、そんな彼女の視線に、蔵人は真っ向から抗っていた。
目には分厚い水晶のレンズ。
これで、彼女のドミネーションをある程度防いでいる。
そして、蔵人の周りには、幾つもの魔銀盾が浮遊していた。
魔銀の魔導性を利用し、彼女の魔力波を分散させていた。
これにより、蔵人は彼女のドミネーションを完全に防いだ。
そんな蔵人を前に、穂波嬢は必死な形相になりつつあった。
段々と笑顔が強張り、頬に朱が差し始める。
技が掛からなくて、相当焦るのが分かる。
そして、とうとう、
「何故…何故ですか…Bランクの私が、なんで…」
睨みつけるまで鋭くなった彼女の瞳から、ポロポロと悔し涙がこぼれ落ちた。
う~ん。泣かせるつもりはなかったのだがな。
蔵人はポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡そうとする。
だが穂波嬢は、それを拒否する様に、服の袖でグイグイと涙を拭いた。
おお。意外とワイルド。
「なんで…私がこんな必死にお願いしているのに、受け入れてくれないんですか…私には、もう、貴方しか居ないのに…」
赤く腫らした目を向けて、穂波嬢は訴えかけて来る。
だがね、貴方しか居ないと言うけれど、そうしたのは君自身の行いである。貴女が蛮行に出たから、周りは君を避けたのだ。
蔵人は呆れた。
全く、責任転嫁も良い所だぞ。
「穂波さん。それは貴女の考えです。孤立し、後がないと思い込んでいる貴女の思い込みです。もっと視野を広く持ってください。世界は広く、男は腐る程居ますよ?」
ランクに拘らなければな。
蔵人が両手を広げて、世界の広さをアピールするも、穂波嬢はイヤイヤと首を振るだけだった。
ふぅ。もういいか。
十分に付き合っただろうと、蔵人が泣き出した穂波嬢に背を向けた途端、
気配を、感じた。
視線、複数。
殺気、左、右、両サイドからだと!?
「シールド・ファランクス!」
危険を察知すると同時、蔵人は全方位を水晶盾でガードする。
すると、その盾に無数の礫が着弾した。
カッカッカッ!
ガッガッガッ!
ズガンッ!
おっと。弱い攻撃の中に、強力なのも混じっている。魔銀も出さねば。
蔵人が水晶盾と魔銀盾で襲撃を受け止めると、銃撃は直ぐに止み、薔薇園の垣根から複数人の女子達が姿を現す。
1、2、3…見える範囲では8人。制服は桜城と天隆の2種類。
服装からして、全員高等部生か。
蔵人は盾越しに、彼女達へ腰を折る。
「これはこれは、先輩方。熱烈な歓迎、痛み入ります」
「…全く怖がってないよ?」
「中学生でこの余裕…本当に化け物だわ」
強ばった顔をこちらに向ける先輩方の胸には、銀色に輝く百合の花が踊っている。
また、白百合会か。
イギリスではアグリア。日本では白百合。大人気である。
これが有名税かと、蔵人は体を起こしながら、ふぅと疲れた溜息を吐き出す。
そこに、後ろから非難めいた声が上がる。
「ちょっと、貴女達!まだ私が話している最中よ!」
穂波嬢だ。
彼女の矛先は、目の前の女子高生達。
その視線を受けて、白百合連合軍は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「最中?もう決別しているじゃない」
「貴女には十分な時間をあげたわ。それでも黒騎士を従えなかったんだから、諦めて帰りなさい」
「そんなっ!」
ふむ。
今の会話からすると、どうも白百合連合と穂波嬢は手を組んでいたみたいだ。
最初にドミネーションで俺を懐柔して、ダメなら強硬策に出る手筈だったか。
確かに、幾らBランクのドミネーターである穂波嬢でも、これ程大胆な作戦を単独で実行するのは難しい。
サマーパーティーの一件で、ドミネーションも警戒されているから。
連合の1人が、ずいッと一歩前に出る。
「穂波さん。退かないなら、貴女もまとめて始末するけど?」
「寧ろ、その方が私達も都合が良いんじゃない?」
「ええ、それもそうね」
彼女達の手が、こちらへと向く。
躊躇する様子は…全くないな。流石は白百合会。
「攻撃開始!」
先頭の娘が指示すると、手前の4人が蔵人へと異能力を放つ。
土弾と火炎弾の2種類。3人はCランクみたいだが、1人だけBランク相当の子が居る。
扇状に、等間隔で撃ち込む彼女達に、隙は無い。
ならば、作るまで。
「シールドカッター(無回転)」
体を覆っていた龍鱗の一部を剥離させ、彼女達の頭上から一斉に降らせる。
だが、それらは彼女達の頭上で、風の刃にて切り刻まれてしまった。
「気を抜くな!黒騎士は盾を飛ばしてくる!」
「「はい!」」
リーダーが後ろで待機している2人に声を掛ける。
その2人が、エアロキネシスを飛ばして防衛していた。
何時ぞやの片倉戦とは違い、しっかりと連携が取れている。素晴らしいな。
さて、どうするか。
蔵人は後ろを見る。
そこには、頭を抱えて縮こまる穂波嬢の姿があった。
うん。厄介だ。
自分1人であれば、龍鱗で彼女達を蹴散らす事も容易である。
だが、彼女が居る状態では、このシールドファランクスを解除することが出来ない。
穂波嬢を背負うか?
いや、危険だろう。
彼女は信用ならない。後ろから刺されるかもしれないし、もっと悪いと、再びドミネーションを仕掛けられる可能性もある。
とは言え、そこらにほっぽり出すのも非人道的だ。
彼女は女性で、戦う術を持たない子供だ。ちょっと悪い事もしてきたが、見捨てるのは違うと思う。
少なくとも、自分は。
こうなる事を見越して、穂波嬢を取り残して開戦したのか?
そもそも、彼女のドミネーションはサマーパーティーで攻略済みだ。それでも敢えて彼女を作戦に組み込んだのは、この状況に陥れる為だったのでは?
だとしたら、白百合会は相当クレーバーでクレイジーだ。
では、そんな相手にどう出るべきか。
蔵人は打開策を考え、実行に移す。
こっそりと足元で盾を生成し、繋げる。
水晶盾の小さなホーネット。それを、地面の中へと潜航させた。
見えなければ、迎撃のしようがない。
相手前衛まで、あと5m。
3m、1m、今!
「前衛後退!」
蔵人のホーネットが浮上する、その一歩手前。
リーダーが声を上げ、前衛を後退させた。
飛び退いた彼女達の前を、蔵人のホーネットがむなしく打ち上がった。
空振りだ。
ただの的に成り下がったホーネットは、彼女達の弾丸に撃ち抜かれて消えた。
偶然、な訳が無い。
リーダーは、こちらの動きを読んでいた。
いや、予測していたのか。
恐らく、彼女の異能力は未来視。数秒後から数分後の詳細な未来を見る異能力。
厄介な異能力だ。
こと集団戦においては、特に。
そう理解しながらも、蔵人は彼女達に向けて、シールドカッターを放つ。
その度に、後衛が風の刃でそれを迎撃し、お返しとばかりに前衛の魔力弾が飛んで来る。
蔵人はそれを、ただ受けるしかなかった。
こいつは、持久戦だ。
蔵人は覚悟する。
どちらの魔力が先に尽きるかの、勝負。
蔵人が苦笑いを浮かべた、その時、
「ちょっとちょっとぉ。なんか、楽しそうな事してるねぇ」
緊張感に欠ける声が、上から降って来た。
何だ?と視線を上げると、そこには1人の女性がガゼボの屋根に上り、こちらを見下ろしていた。
黄色い制服。確か、西方武蔵野校。
新手かと、蔵人はそちらにも盾を構えようとする。
だが、それよりも先に、白百合連合から厳しい声が放たれた。
「誰よ!貴女。関係ない人は口を挟まないで頂戴!」
おっと。無関係の一般人だったか。
蔵人が警戒を薄くする先で、西武の女子はニヤリと笑う。
「関係ないとはご挨拶だねぇ。そこの男の子は、あたしの獲物だよぉ」
あら?もしかして、第三勢力?
蔵人が再び警戒を強める中、連合軍も砲撃を中断し、彼女の方に手を向けた。
だが、彼女は顔色一つ変えず、ガゼボの上から彼女達を冷たく見下ろす。
「あたしは蜂須賀杏樹。そこの子と同じ大会に出る選手だよ」
気だるそうに言い放つ蜂須賀さんは、顎で蔵人を示す。
その言葉を聞いた途端、連合軍の顔色が一気に険しくなった。
「蜂須賀…もしかして、埼玉県大会のAランク1位…」
「なんで、こんなところに全日本選手が…」
絶句する連合軍を眼下に、蜂須賀さんは楽し気に肩を揺らして笑い、2つに結い纏めた頭のお団子を軽く撫でた。
「キシシッ!別に良いだろぉ?あたしが何処で何していようが、あんたらに詮索される言われはないねぇ」
「ちょ、ちょっと!貴女って中学3年生でしょ?私達は高等部生よ!」
連合の1人が蜂須賀さんを睨みつけ、1歩前に出る。
だが、蜂須賀さんはそれを見下ろして、嘲笑した。
「はぁ?だからなんだい?あたしだってAランクだよぉ。あんたらは年上の前に、ただのBCランクだろ。低ランクの雑魚共が、このあたしに喧嘩売ろうって言うのかぁい?面白いねぇ」
蜂須賀さんの目が光ると、連合の全員は堪らず、1歩後退した。
彼女達の虚勢が、一瞬で萎んだ。
それだけ、彼女を恐れている。
「待って!蜂須賀さん!」
期待を抱いていた蔵人の前で、リーダーが声を上げた。
「私達は、そこの黒騎士を止めたいだけなの。貴女とは戦う気は無い。寧ろ、貴女の役に立てるわ!」
「へぇ。どうやって?」
「ここで黒騎士を故障させてしまえば、全日本出場も辞退させられる。貴女のライバルを1人消す事が出来るわ!優勝に、1歩近づく事が出来るの。悪い話じゃないでしょ?貴女は何も見なかった事にするだけで、全日本が少し楽になるのよ?」
「ふぅん。なるほどねぇ。楽って言葉は良いねぇ。あたしの好きな言葉だよ」
ありゃ。絆されてしまったか。
蔵人が少し肩を落とすと、蜂須賀さんがこちらを見て、邪悪に笑った。
「でもねぇ、あたしが欲しい楽は、ただの楽じゃぁない。快楽の方なんだよ」
そう言うと、彼女はこちらへと手を伸ばした。
半透明な手。伏見さんと同じサイコキネシスだ。
その手を、蔵人へと真っ直ぐ伸ばし、
蔵人の頭上を越えて、座り込んでいた穂波嬢の首根っこを遠慮なく掴んだ。
そして、一気に引っ張り、蜂須賀さんの元まで穂波嬢を手繰り寄せた。
「いったぁ…」
抗議するように蜂須賀さんを睨み上げる穂波嬢。
だが、蜂須賀さんはそちらを見ようともせず、邪悪な笑みをこちらに向けた。
「さぁて、邪魔は居なくなったぞ?黒騎士。早く見せておくれよ。楽しい楽しい殺戮ショーをねぇ!」
「おうっ!」
蜂須賀さんの煽りに、蔵人は片腕を上げて返事する。
そのまま、二重の龍鱗を全身に纏った。
もう、足枷は無くなった。
ここからは思う存分、戦える。
蔵人は、走り出す。
慌てふためく、白百合連合に向かって。
「う、撃て!撃ち方始め!」
リーダーが号令を出すが、蔵人は構わず走り出す。
無数の魔力弾が迫り来るが、全てを腕に纏った龍鱗のみで弾き飛ばす。
それを見て、前衛の娘達が目を見開く。
「退避!」
リーダーの号令。
だが、遅い。
蔵人は既に、連合軍を射程に収めていた。
逃げようと背を向ける娘達に向かって、蔵人は前面にランパートを作り出し、彼女達の背を目掛けて突撃した。
ドンッ!ゴンッ!
鈍い衝撃が、盾から伝わってくる。
その度に、盾が弾き飛ばした娘達が、蔵人の頭上を一瞬舞って、地面へと墜落する。
「ぎゃっ!」
最後に残ったリーダーを弾き飛ばし、蔵人は後ろを見る。
そこには、地面に這いつくばる白百合の敗残兵達が、言葉にならない声を呻くだけとなっていた。
大怪我をしている人は…うん。いないな。
蔵人はふぅと息を吐き出し、彼女達を弾いたランパートを見る。
そのランパートの表面には、厚い膜のクッションを取り付けてあった。
「なんだよ、つまんねぇな。盾に棘でも着けて、串刺しにしちまえば良いのによぉ」
蔵人が安堵していると、ガゼボから降りた蜂須賀さんが口を尖らせながら、蔵人の方に歩いて来た。
掴んでいる穂波嬢が「降ろして!」と藻掻いてる。
…あっ、煩わしくなったのか、穂波嬢をボールの様に放り投げた。
彼女は、生垣に頭から突っ込んだ。
バラの生け垣、地味に痛そうだ。
「ありがとうございました、蜂須賀先輩」
「はぁ?なに勘違いしてんだ。あたしはただ、噂の黒騎士を見たかったからヤッただけだよ」
蔵人が頭を下げようとすると、それをサイコキネシスで止める蜂須賀さん。
顔を上げると、彼女は「キシシッ」と悪魔的な笑みを浮かべた。
「噂通りだな、黒騎士。Cランクの癖に、随分とまぁ楽しそうに暴れやがる。お陰で、あたしまで熱くなっちまった」
そう言うと、彼女の体から痺れる程の濃いオーラが湧き出る。
うん。言動から危ない人だとは思っていたけれど、思った以上に戦闘狂の気がある人だ。
蔵人は瞳を鋭くし、構える。
だが、直ぐに彼女の威圧は小さくなった。
「キシッ。冗談だよ。お楽しみは最後まで取っておくもんだ。その方が、何倍も美味しく頂けるからねぇ」
蜂須賀さんはクルリと背中を見せ、手の甲をこちらに見せながら歩き出す。
「じゃあな、黒騎士。あたしに当たるまで、負けんじゃぁないよ」
そのまま、一度も振り返ることなく、蜂須賀さんは去っていった。
一見すると不良っぽい娘だったが、何処かこう不思議と言うか、掴み所の無い娘だった。
蔵人は、彼女の背中を見送りながら、そう思った。
蜂須賀さんと別れた蔵人は、白百合連合を放置して、文化祭へと戻った。
アイツらを告発したところで、証拠不十分で釈放されるのは分かりきっているからね。
天隆の体育祭で学んだ事だ。
二条様達の中華屋の前まで来ると、サーミン先輩達の後ろ姿が見えた。
蔵人が後ろから声を掛けると、先輩は飛び上がって驚いていた。
「おまっ!厨房に呼ばれたんじゃないのかよ!?」
おっと、そう言う名目だったな。
彼らを心配させるのもどうかと思い、蔵人は適当にはぐらかす。
だが、後から出てきた九鬼会長には、しっかりと穂波嬢達の蛮行を報告しておいた。
他の男性達が被害に遭うかもしれないからね。
「ほぉ、そうか。アイツらが…」
報告したら、九鬼会長は目を釣りあげていた。
…これで、白百合も穂波嬢も、桜城で好きに動けなくなっただろう。
だが、それは蔵人も同じだった。
やはり危険だと判断された九鬼会長は、蔵人達を大衆の目が届きやすいエリアに配置した。
即ち、メイン会場である。
そこでは、多くの出演者が舞台に上がり、詰めかけた高校生達を前に様々な特技を披露していた。
蔵人達はそんな彼女達を、舞台の裏から見ていた。
「センキュー!!」
…あれ?今舞台で踊り歌っている娘が、祭月さんに見える気がするぞ?
…まさかな。ははっ。
会場を大いに盛り上げる出演者を前に、蔵人は視線を舞台上から逸らす。
すると、続々と集まる女子生徒の集団を目にする。
うん?
一体、何が始まるんです?
「彼らを呼ぶのは苦労した」
蔵人が、観客席の変化に戸惑っていると、隣に立つ九鬼会長が誇らし気に呟く。
彼ら?
蔵人の疑問は、舞台の上に出てきた人達が解決させた。
「桜城の皆さん!こんにちわ!」
「僕たちは!」
「「「ステップステップ・プレストです!」」」
うぉっ。出たっ。
久しぶりのアイドルグループを前に、蔵人が驚いていると、
「「「きゃああああ!!!」」」
「「「ぎゃぁあああ!!!」」」
観客席から、怒号の様な歓声が飛んできた。
物凄い人気だ。
蔵人は大きく1歩引き、サーミン先輩達は少し身を乗り出した。
「うぉ!本物だぞ!」
「Mステで見た事ある!」
慶太まで知っているのか。
恐ろしい知名度だ。
蔵人が驚く前で、プレストの面々はキラキラ輝きながら歌とダンスを披露する。
流石はプロ。
会場の熱気に呑み込まれそうになっても、怯えることも無くパフォーマンスを続けている。
「うむ。やはり人選を蒼凍君に任せて正解だった。あのような細い男児が、若者達に人気とは…」
九鬼会長は、見た目に違わず硬派みたいだ。
反対に、隣で顔を赤くする蒼凍ちゃんは意外とミーハーだ。
蔵人が横を向いていると、舞台の上で「ゴッ!」と言う衝撃音が響いた。
なんだっ?!
驚いて見てみると、舞台の上で、プレストの1人が座り込んでいた。
襲撃…では無さそう。汗で転んだみたいだ。
蔵人は一瞬安堵して、しかし、直ぐに目を見開く。
舞台の袖。そこで、マイクがコロコロと転がっていた。
転んだ拍子に、少年が投げてしまったマイクだ。
それが今、舞台から転がり落ち、最前列の観衆の目の前へと到達した。
蔵人は走り出す。
舞台へと。
それと同時に、観客席から悲鳴が上がった。
「ヨッシー君のマイクがっ!」
「拾ってあげなきゃ!」
「退けっ!」
「私のだっ!」
「僕のだぞッッッ!!」
一瞬で、戦場へと様変わりする会場。
無理もない。
超有名なアイドルを前にしただけで熱狂していた人達だ。その人が使っていた物が目の前にあるのなら、必然的に欲が爆発する。
そうなる前に、
「シールド・ファランクス!!」
蔵人が観客席へと降り立ち、暴徒化寸前の観客達に向けて、盾の壁を展開した。
その盾に向かって、群衆が殺到する。
中々の圧力。だが、何とかなるレベルだ。。
理性を失いかけていても、異能力を使わない所は流石、特区の人間達。
だが、このままでは前の人が押しつぶされてしまう。
止めなければ。
『静まれぇ!!』
ドラゴニックロア、発動。
耳をつんざくような衝撃に、流石のバーサーク女子達も、冷水を浴びせた様に静かになった。
何とかなったか。
蔵人が安心していると、後ろから九鬼会長達が遅れて到着し、生徒達に下がるようにと指示を出す。
「済まない、蔵人君。助かった」
「いえいえ。任務ですので」
しかし、アイドルを呼んでいるなら、正規の警備員を雇っても良かったのでは?
メインステージも終盤に差し掛かった頃、蔵人達の元にお客様がいらした。
「黒騎士君。さっきは本当にありがとう」
プレストリーダーのマサさんだ。汗だくになりながらも、態々挨拶に来てくれた。
彼の隣には、マネージャーの星野さんと、もう1人男性が居た。
誰だろうか?
蔵人がその男性を見ていると、それを察したマサさんが紹介してくれた。
「スポンサーの多田さんだよ。僕達を心配して見に来てくれたんだ」
「多田です。黒騎士君の噂はかねがね聞いているよ」
そう言いながら、多田さんが名刺を差し出してきた。
株式会社ヒュンケル?の広報部長さんらしい。
聞いたことあるような無いような社名だな。
「僕からもお礼を言わせて欲しい。さっきは彼らを守ってくれてありがとう。君が動いてなかったら、怪我人が大勢出ていたと思う。そうしたら、きっとこのステージも中止だった。本当にありがとう!」
多田さんは蔵人の手を取り、忙しく上下に振る。
情熱的な人だ。
彼の様子に、蔵人は微笑む。
すると、手を離した彼が、少し緊張した面持ちで蔵人を見た。
「それで、相談なんだけどさ。来週末に開催される野外ライブに、是非君の力を借りたいんだ」
野外ライブ?
詳しく聞いてみると、こういう事らしい。
来週末、神奈川特区周辺で音楽フェスが開催される。そこに、プレストも特別出演する予定なのだが、彼らの護衛について悩んでいるそうだ。
「何せ、特区の外だからね。何処の警備会社もCランクしか寄越してくれないんだよ」
高ランクが特区の外に出るには、色々と手続きが面倒らしい。
加えて、特区外に高ランクが出たがらないというのも、今回の警備不足に繋がっている。
「君なら、今回みたいに素晴らしい対応をしてくれるし、何より男性だ!この子達も安心だろうからさ」
少し過剰に振舞う多田さんだが、それだけ蔵人に来て欲しいと思っているみたいだ。
護衛と言っても、今回みたいに舞台裏で彼らを見守り、何かあれば盾で防ぐという物。
面倒なファンへの対応などは、契約している警備会社が担当する。
所謂、お守りみたいなものだ。
「お話は分かりました。巻島家と正式な契約を結びましたら、是非お話を受けさせてください」
「そうか!助かるよ!」
多田さんは再び、蔵人の両手を取る。
スポンサーさんと言っていたが、なんだかマネージャーさんみたいな人だ。
蔵人は、相変わらず緊張した面持ちの彼を見て、この人も変わった人だと目を細めた。
穂波さん。ハブられているからって、白百合会と手を結ぼうとするなんて…。
「あ奴を手籠めに出来れば、誰だろうと利用するつもりだったのだろう」
蜂須賀さんが通りかかってくれて助かりましたね。ナイスタイミングです。
「次はアイドルの護衛か」
えっ?
ああ、そうですね。プレストが特区外でライブをするそうです。
何も起きないと良いのですが…。
「それを、フラグという」