279話〜いや、僕の婚約者達だよ〜
『ご来場の皆さま!これより第78回、桜坂聖城学園高等部、文化祭を開催致します!』
野外フェスでも始まりそうな特設ステージの上で、司会進行役の女子高生が高らかに宣言する。
それに対し、観客席からは多くの歓声が響き…はしない。
ただ、規則正しい拍手の波が、司会者へと真っ直ぐに届けられていた。
ここは桜城学園高等部。
上級貴族や、それに準ずる人達が集う場所。
彼女達は、声を上げる事が恥ずべき事と思っている節がある。
良い所のお嬢様達ばかりだからね。
…その割に、サマーパーティーの時は黒騎士の大合唱だった気もするけど、それは夏の陽気がそうさせたと思いたい。
あまり深く考えるべきでないと思い、蔵人は周囲を見渡す。
全体として、高等部生の割合が多い。
大人の姿も見られるが、中等部の文化祭よりも少ない気がする。
代わりに、高等部生の割合が大半を占めている。
チョコレート色の制服は天隆。白い袴や着物姿は冨道の生徒達だ。
それ以外の制服も目立つので、随分と華やかな会場となっている。
驚いた事に、他校生の男子生徒も見かけた。
殆どが護衛に守られているが、中には、男子達だけで身を固めている集団もいる。
無謀に見えるが、周囲の女子生徒達は一定間隔を開けており、彼らに危害を加える素振りはない。
…目だけは、鷹が獲物を狙うそれであるが。
若年層ばかりだからなのか、文化祭のスタートも随分と砕けた物になっていた。
中等部の時は、記念館で開会宣言をしていたけど、まるで夏祭りや大学の文化祭みたいだ。
こちらの方が馴染みがある。
…懐かしいな、大根踊り…。
「では、我々も行こうか」
蔵人が過去を懐かしんでいると、九鬼会長が周囲に号令をかける。
蔵人は、慶太とサーミン先輩を伴って、彼女の背中に付いて行く。
本日、桜城ファランクス部は、高等部の文化祭を警備する任務に就いている。
とは言え、半分は数合わせだ。
我々だけで警備する事はなく、生徒会や風紀委員と一緒に回る事になっている。
加えて、蔵人達男子を引率しているのは九鬼会長であった。
彼女の強さは、校内外で知れ渡っているので、そうそう手を出そうと言う輩は居ない。
蒼凍ちゃん達生徒会メンバーと、教員も2人同行しているので、尚更だ。
まるで、蔵人達の護衛である。これでは、自分達はいない方が良いのでは?と思い始めた蔵人だった。
だが、それは直ぐに杞憂となった。
「ああ。早速、揉め事か」
そう言って、会長が見る先には、何か言い合いをしている2組の女子グループがいた。
冨道と、見慣れない制服の一団。
見慣れない方は、黄色いラインが目立つ、ちょっと派手な色合いの制服であった。
何処の学校だろうか?
「西武…西方武蔵野だよ」
蔵人が興味深く見ていると、蒼凍ちゃんが教えてくれた。
埼玉の有名校で、特にシングル部とセクション部が強いらしい。
「確か、中等部にもシングルの凄い選手がいた筈だよ。聞いたことない?」
「いえ」
そうなのか。
後で若葉さんに聞かねば。
そう思う蔵人の目の前で、2校の生徒達は睨み合い、随分と険悪なムードだ。
先程の開会式では静かだったのに、何があったのだろうか?
「君達はあちらのフォローをしてくれ。蒼凍君、頼むぞ」
「はっ、はい!」
蔵人達は蒼凍ちゃんに連れられて、いがみ合うグループから少し離れた所へ。
そこには、数人の男子が身を寄せあって、女子達の対立を見守っていた。
なるほど。
我々は男性客に対する為の人員だったのか。
確かに、生徒会にも風紀委員にも、男子は少ない。
ましてや、警備に参加出来る者は我々だけだ。
これは、責任重大だ。
蔵人は蒼凍ちゃんの背中に着いていきながら、考えを改める。
「じゃあ、蔵人君達はあの子達の話を聞いてあげてくれない?私だと怖がらせちゃうから」
「了解です」
蒼凍ちゃんの指示で、蔵人達は男子達に近づく。
一瞬ビビる彼らだったが、蔵人達が男なのを見て、心底安心した顔になった。
「こんにちは先輩方。何かありましたか?」
「俺達は中等部のファランクス部っす」
サーミン先輩が蔵人の隣に立って、彼らから話を聞く。
それによると、どうも彼らは冨道の3年生で、クラスメイト兼護衛の女子生徒達と歩いていたら、西武の女子生徒達に話しかけられ、今に至るそうだ。
なるほど。男子絡みのイザコザであったか。
男子が来ている以上、起こり得るトラブルである。
だが、安心して欲しい。ここにはあの九鬼会長がいるのだから。
蔵人は、青い顔の男子達を落ち着かせて、会長達を待った。
直ぐに、彼女達の方も決着が着いたみたいで、西武の女子生徒達が肩を落として去っていった。
一仕事終えた会長も、こちらに戻って来る。
「開始早々に済まないな、みんな」
「いえ。我々は何も」
「これくらい、俺らには楽勝ッスよ」
「ラクショーっす!」
サーミン先輩。相手は九鬼会長なんで、あまり砕けた口調はどうかと。
慶太も、変なのを真似ないでくれ。
それから暫く、蔵人達は大きなトラブルに出くわすこと無く、高等部の文化祭を見て回った。
中等部の文化祭では、飲食の露店が多い印象だったが、高等部は展示やアトラクションが多い気がする。
特に、異能力を盛大に活用した物が多く、流石は高等部生の出し物である。
「っしゃぁ!本日の最高得点叩き出したぜ!」
「なんやと!?くっそー!負けてられへんわ!」
「おばちゃん!私も、私ももう1回だ!」
何処かから、元気な声が聞こえてきたが…はて?聞き覚えがあるような?
気のせいか?気のせいだよな。警備に来ているのに、ファランクス部員が遊ぶなんてしないよな?
そう思っていると、祭月さんっぽい人がお店の人を怒らせたみたいで、「なんでだぁ!」って断末魔が響いている。
彼女達がしっかり仕事をこなしているのか、正直、不安になる。
なるのだが、簡単には関われない。
と言うのも。
「ねぇ、ご覧になって。生徒会に、可愛らしい警備員さんが居るわ」
「噂では、ビックゲームで入賞した中等部ファランクス部員みたいですわ」
「まぁ!そんな子達まで来ているのね!」
「頑張ってね!小さな警備員さん」
周囲から、それはそれは熱い視線を投げかけられているからである。
蔵人達は、今はサングラスを掛けるだけで、変装もフルフェイスヘルメットも付けておらず、服装も桜城の制服に生徒会の印である腕章を付けているだけであった。
なので、一目で男子である事が周知されてしまう。
加えて、
「よーし、慶太。お姉様達から声援を頂いたぞ。こういう時、俺達はどうしたら良いと思う?」
「うん?んーとね。お礼を言う!」
「その通りだ!手を振れ!」
「おっけー!」
サーミン先輩と慶太が、女性達に手を振り返すもんだから、周囲は余計に色めき立つ。
「「きゃぁあ!」」
「男の子が、手を振って下さいましたわ!」
「なんて可愛らしいの!」
ああ、サーミン先輩と竹内君を合わせたらヤバいのは想像出来ていたけど、慶太もかなり危ない組み合わせみたいだ。
こいつは素直過ぎるから、あまりサーミン先輩の傍に置いておくと、先輩の悪い所を吸収してしまう。
蔵人は、急ぎ慶太を背中に隠す。
すると、庇った蔵人にまで矛先が向く。
「ねぇ、あの子もファランクス部員なの?」
「何言ってるの。あの方が有名な、黒騎士様じゃない」
「ええっ!黒騎士様って、もっと厳しいイメージだったわ!」
「とっても可愛らし方ね!黒騎士様のイメージとのギャップが堪らないわ!」
黒騎士だと分かると、周囲は一斉に沸き立ってしまった。
ヤバいな。このままだと暴動に発展しかねないのでは?
蔵人は、一旦逃げるか迷う。
すると、
「でも気を付けてね。黒騎士様は、九鬼会長すら負かした選手よ?」
「ええっ!?あの九鬼さんを!?」
「Aランクの私達でも、全く歯が立たないのに…」
桜城高等部生が忠告してくれたお陰で、無鉄砲に突っ込んで来る人は出なかった。
それでも、彼女達は変わらず熱い視線をこちらに投げ掛け、必死になって手を振っていた。
何時もの反応…ではあるのだが、開会式での彼女達とは思えない姿だ。
何か、こう、鬼気迫るものと言うか、過剰な反応に思える。
若干ではあるが、アミューズメントパークで迫ってきた一般女性に通づる物がある。
思えば、先程の西武生徒達も異常だ。
他校の文化祭で、他校の男子生徒にちょっかいを出そうとするなんて。武闘派揃いの冨道相手に、何故そんな強硬策に出たのか…。
「何だよ蔵人。折角の文化祭で湿気た面してよ」
蔵人が考え込んでいると、心配したサーミン先輩が声を掛けてきた。
優しい先輩だ。
蔵人は、気になった事を素直に聞いてみた。
すると、
「ああ。そりゃあ、この時期の高校生ってのは、色々と忙しいからな」
忙しい時期?
詳しく聞いてみると、こんな感じだった。
高等部の3年生は、この文化祭が終われば、大学入試に向けてラストスパートに入る。
だが、それは女子生徒と一部の男子生徒だけであり、大半の男子学生は、花婿修行をしながら何処かの家に嫁ぐのがセオリーなのだとか。
つまり、女子生徒達からしたら、文化祭が男子との縁を結ぶ最後のイベントなのだ。
「だからみんな、血眼になって相手を探しているだろ?あれはこれまでの学園生活で、男子とろくな縁を結べなかった女の子達だ。まぁ、殆どは一般の家の出だろうけど、中には何らかの事情で婚期を逃した、貴族の女子も含まれているらしいぜ」
貴族は早めに婚姻を結ぶからね。
早い人は、生まれた瞬間に結婚相手が決まっているなんて事もあるらしい。
まるで、異世界の王族や公爵様だ。
そして、貴族でない一般の女子生徒達は、自力で婚約者を探さねばならない。
男女比が均等である世界であれば、それなりの努力を重ねるだけで、何とかなるだろう。
だが、この世界はあべこべ世界で、特区の中は男女比が大きく偏っている。
男子と縁を結べた一般女子なんて、かなり希少な部類である。
だから、他校生がこれだけ詰め掛けていて、男子生徒も居るのか。
さながら、ここは一般生徒の為のオータムパーティー。
街コンならぬ、学コンである。
それ故に、文化祭の出し物はアクション系の者が多く、彼女達は派手な異能力を撒き散らして、自分の強さをアピールしているのか。
また、展示をするクラスが妙に多いのは、当日にすることが殆ど無く、男子生徒との時間が作り易いからかもしれない。
でも、そう考えたら…。
「先輩。そんな危険な場所で、女子生徒相手に手を振っていたんですか?それも、慶太を巻き込んで?」
「待て、待てよ蔵人!」
蔵人が低い声で詰め寄ると、サーミン先輩は焦った様に両手を出して、蔵人を止めようとする。
「流石に、俺達中等部生に手を出そうなんて子はいねぇよ。ショタコンってレッテルをバッチリ貼られるし、何より、桜城の先輩達や先生が黙ってねぇ」
流石に、それはマナー違反なのだそうだ。
それも含めたこの配置であり、生徒会や風紀委員が出張っているのも、そういうイザコザを鎮圧する為らしい。
高等部生が多いだけで、中には中等部生や一般の男性も来ているからね。来場している他校生も、そこら辺の常識は弁えているとの事。
常識を弁えている割には、随分と危険な視線を投げかけてくるのだが。
蔵人は周囲の様子に、つい、ため息が出てしまう。
それを、九鬼会長が拾った。
「疲れたか?蔵人君」
「あっ、いえ。体は大丈夫です。ですが、少々滅入ってしまって」
「ああ。女子生徒からの視線にだな」
「それも…ありますが、どうも彼女達が不憫に思えて」
元々、男子が圧倒的希少な特区で婿探しを強要されるのだ。しかも、貴族は先に手を出しているから、一般の女子生徒はより苛烈な争奪戦を繰り広げなければならない。
そりゃ、目も鷹になりますわ。
蔵人が嘆くと、会長は「なるほどな」と頷いてから、ゆっくりと首を振った。
「だが、今年は随分とマシなのだぞ?」
「マシ、ですか?」
「ああ、そうだ。今年は男子の出席率が異様に高いのだ。去年までなら半数以上が休んでいたが、今年はその半分…いや、2割程度しか休んでいない」
「それは…凄いですね」
まだ2割も休んでいるけど、仕方がない。この世界の男子からしたら、ここはまさに戦場。参戦を拒否したくなる気持ちは分からんでもない。
蔵人が感心していると、九鬼会長は「ははっ」と笑った。
「凄いのは君だ。男子達の出席率を上げたのは、君が彼らに希望を示したからだからな」
「えっ?」
会長が言うには、彼らは黒騎士の戦う姿を見て、婚活を頑張ろうとしているらしい。
ビッグゲームやこの前の会長戦を観た男子達が、「13歳の男の子だって頑張っているんだから、俺だって!」と、勇気を持ち始めたのだとか。
似たような話を、中等部の文化祭でも聞いた。
黒騎士を見た子達が、舞台に上がっていると。
それが、高等部でも起きているみたいだ。
「君がやってきた事は、皆がしっかりと見ているのだ。だから誇るが良い。巻島蔵人」
「ありがとう、ございます」
自分のしてきた事が、形となって現れる。
蔵人は、心の中がジンと熱くなった。
そんな時、
「蔵人君!」
後ろから、声が掛かった。
男性の声だ。
見ると、女子生徒に囲まれた五条君が、蔵人に向かって手を振っていた。
見慣れない女性達だな。
もしかしてこれは、救難信号か!?
蔵人が一瞬焦るも、彼の顔には笑顔が浮かんでいる。
………緊急性は、無いな。
蔵人は近づいて来る五条君ご一行に、ゆっくりと腰を折った。
「五条様。ご無沙汰しております。失礼ですが、ご友人の方々ですか?」
「いや、僕の婚約者達だよ」
なにっ!?
ドミネーションか!?
蔵人は頭を上げて、目を剥く。
なにせ、その中に二条様がいらっしゃらないからだ。
また、誘惑にかかっているんじゃないだろうな?
蔵人が驚くと、それを察してか、五条君は「違う、違う」と手を振った。
「彼女達は煉(二条様)の友達だよ。煉は今、クラスのお店で炎を奮っているから、後で合流する約束なんだ」
なんと、二条様のお友達だったか。
そして、五条君の婚約者でもあると。
随分とややこしい関係性だな。
蔵人はそう思いながら、彼女達に軽く挨拶をする。
皆さん、お淑やかで良いところのお嬢様なのが分かる。
1人だけ、カーテシーがぎこちない娘が居るけれど、この娘は一般の出かな?そういう娘も混ざっていると。
蔵人は少しの間、五条君と近況を話し合い、別れた。
別れ際、「煉のお店にも寄ってあげて。中華屋さんをやってるよ」とお勧めされてしまった。
丁度お昼時だし、行ってみるか。
「いらっしゃいませ、九鬼様。黒騎士様」
行ってみると、入口でチャイナ服を着た男子生徒が出迎えてくれた。
蔵人は九鬼会長達と一緒でも良いと思ったのだが、男子は個室の方が良いだろうと、サーミン先輩達と一緒に座らせて貰った。
通された部屋は、ここが文化祭である事を忘れさせる程に本格的な中華屋さんであった。
しかも、超高級な部類の。
五条君に聞いた時は、中華鍋を振るう二条様を思い浮かべてしまったが、流石は桜城。規模が違う。
勿論、料理も本格的だ。
フカヒレスープや北京ダック、四川麻婆に上海蟹のカニ味噌グラタン、最後には杏仁豆腐とゴマ団子が出てくるレベル。
これ、お会計は大丈夫だよな?
心配しながらも、舌鼓を打つ蔵人。
打っている内に、幸せな気持ちが占領し始め、気持ちが軽くなる。
最悪、自分が全部払おう。
コンビネーションカップの優勝賞金もあるし。
そう考え直して、蔵人は食事を進めた。
それから、暫くは無言でご馳走に集中する。
流石に、全ては入り切らなかった蔵人とサーミン先輩は、無尽蔵に喰らい尽くす慶太に残りを託し、静かに杏仁豆腐を突き始めた。
「先輩、少しお聞きしたい事が」
蔵人が徐に話し掛けると、サーミン先輩はスプーンを舐めながら「何だよ」と受け答えた。
「先程の五条様についてですが、二条様のお友達とも婚約をされていると言われていました」
「普通じゃね?」
うぉっと?普通なのか?
驚く蔵人に、サーミン先輩はニヤリと笑った。
「良いか?蔵人。俺達は最低5人と結婚しなくちゃいけねぇんだ。その5人が、縁もへったくれもない他人だったり、仲違いしている奴らだったらどうなると思う?」
「そうですねぇ……権力争いが始まります」
歴史を見れば明らかだ。
平安の世から、ハーレムに参加した女性達の間には壮絶な争いが繰り広げられた。
大奥なんて顕著だろう。
歴代徳川家の大奥では、正妻と側室の間でドロドロの権力争いが繰り広げられたと伝えられる。
「せーかい」
蔵人の答えに、サーミン先輩は力ない声を出しながら、大きく頷いた。
「だから、基本的に婚約枠は学生の内に全部埋めて、かつ、その枠は全て仲のいい子達にすべきなんだよ」
ああ、そういう事だったのか。
蔵人はスプーンを取り落とす。
これで、今まで不可解だった鈴華の行動を理解する事が出来た。
彼女は関東大会の告白でも、アミューズメントパークのデートでも、必ず桃花さんを伴っていた。
何故だろうと思っていたが、そういう意図があったのか…。
動揺する蔵人に、サーミン先輩は「かっか!」と、楽しげな声を上げた。
「お前のそんな顔、初めて見たぜ。大会じゃ無敵の黒騎士様も、恋愛絡みはからっきしってか?」
「恋愛面じゃ貴方が無敵ですよ、ハーレム王」
「おう!俺の右に出る奴はいねぇぜ!」
蔵人の皮肉も、サーミン先輩は嬉しそうに受け取る。
だが、すぐに真剣な顔になった。
「だから、そのハーレム王からの忠告だ、蔵人。今の内に、ある程度人選はした方がいい」
「人選…ですか」
「そうだ」
先輩は憂いた顔で頷き、スプーンの裏で自分を見つめる。
「誰彼構わずに手を出していると、収集が付かなくなる。俺みたいにな」
「失敗してんじゃねぇか!ハーレム王!」
蔵人の突っ込みに、サーミン先輩は舌を出す。
全く。こういうところが、女子のハートを掴むのだろう。
しかし、彼の忠告通りだ。
蔵人は、北京ダックの足が口から飛び出ている戦友を見ながら、考える。
この世界で、蔵人君と共に生きると決めた以上、将来を見据える必要がある。
求婚する全員と縁を結べる訳では無いのだ。自分の感情だけでなく、多角的な視点で考える必要がある。
ハーレムと聞くと聞こえは良いが、実際はかなりバランスが大事な物なのだろう。
感情面、そして家柄のパワーバランスなどもある。
中々に、厄介なものだ。
蔵人はこの先の事を考え、少し頭を悩ませた。
と、そんな時、個室の扉がノックされる。
コンコンッ
「ご歓談中に失礼します。料理長の二条様が、黒騎士様にご挨拶したいと仰っております」
おや、二条様が?態々挨拶なんていいのに。
蔵人は申し訳なく思いながらも、拒否する事なんてとても出来ず、是非にとお願いをした。
すると、
「では、こちらに」
そう言って、男子生徒が蔵人を外へと誘う。
ありゃ?てっきりここに来るものと思ったが、違うみたいだ。
まぁ、本物の料亭じゃないし、二条様はお忙しい身だから、呼ばれるのも仕方がない。
蔵人は男子生徒の後を追って、部屋を出る。
出た所で、男子生徒が蔵人に手を差し出した。
「距離がありますので、テレポートでお送りします」
なに?そんなに遠いのか?
蔵人が頷くよりも先に、彼のテレポートが発動する。
一瞬で、赤が基調の高級店から、緑広がる庭園へと移動された。
色とりどりのバラが生け垣を作り、中央には大きなガゼボが聳える。
ここは…薔薇園か。
確か、二条様と初めてお会いしたのもここ。
そして、
「こんにちは。黒騎士様」
後ろから、声が掛かった。
女性の声だ。
だが二条様ではない。
蔵人はゆっくりと、そちらに体を向ける。
向けながら、しっかりと準備をする。
この声の相手と、真っ向から対峙する為に。
何せ、この声は、
「ええ、お久しぶりです。穂波さん」
サマーパーティーで五条君を略奪しようとした、張本人の物だから。
ハーレムとは、なかなかに難しい物なのですね。
「仲良しグループで組めば、その煩わしさも軽減される。それ故に、令嬢達は派閥を作っているのだろう。その派閥で、男子を囲う為に」
中学生の内から、そんな事が始まっているのですね。
いえ、中学生のうちに始めないといけないんでしたっけ。
これも、この世界特有の戦いですね。