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25話~コウガって呼んでくれ~

とある真冬の朝。

蔵人は目覚めると、異様に静かで、そして冷え冷えとした空気を感じた。

こういう日は、ベッドから抜け出すのに気合が要る。普段も必要だが、寒さがこの体を縛り付けようとするから、余計にだ。

何とかベッドを這い出て、暗がりの中、部屋のカーテンを掴み開ける。

すると、


「あ~…そう言う事…」


まだ殆ど暗がりの中、見えたのは街灯の灯りと、それに反射する白い妖精達。


「寒い訳だ、こりゃ」


蔵人はため息を一つ零し、見える範囲の状況を確認する。

いつも見ている景色が、今朝は大きく変わっている。

すべての物が、白、白、白で覆いつくされた世界。

白銀世界。

今日の天気は雪模様。


「今日の訓練は、屋内に変更だな。あと、登校時間を30分は早めないと」


蔵人は残念そうに首を振りながら、カーテンをサッと閉めた。



それから2時間ほどが経ち、漸く日が昇った頃。

蔵人は、雪が覆う通学路を歩いていた。

この関東で、道路まで雪が積もる積雪はかなりの物である。

普通であれば、雪がちらつくか、多くて空き地が薄っすら雪化粧を纏う程度しか降らない。だが今回はこうして、少し大きめの道路ですら雪のベールが覆っている。

お陰で、普段はそれ程多くない人通りが、近くでお祭りでもあるのかと思ってしまう程に増えてしまっている。


今も目の前のOLが、首をすぼめて早足で過ぎ去っていく。

恐らく、普段は車通勤なのだろう。だが、こうして雪が積もってしまったら、チェーンかスタッドレスを着けてないと車は使えない。

仕方なく、公共機関まで歩いているのだろうが、大変なことだ。

頑張って下さいね。

蔵人が心の中で応援していると、目の前のOLが急に奇声を発して、つるっと滑ってしまった。


おっと、危ない。

蔵人は、咄嗟に盾を飛ばして、彼女が倒れる場所に設置した。


「きゃっ!いったぁ…って、あれ?痛くない?」


無事に盾が間に合ったので、OLは不思議そうに辺りを見回す。

盾は水晶盾を使っているので、半透明で目視し辛いのである。更に、盾の内側にアクリル板になる前の膜を何重にも張り付けているので、クッションのような役割を果たしていた。


「えっ!?なにこれ?どうなってるの?」


お姉さんは漸く盾の存在に気付いたみたいで、しきりに自分を助けた存在に驚いている。

なかなか、盾をこのように活用する場面を見たことが無かったのだろう。

盾とは、相手の攻撃を受けるだけの物と認識されている。それが余計に、彼女を驚かせた。

助かったラッキー、くらいで済むかと思っていた蔵人は、予想以上にお姉さんが反応しているのを見て、ちょっと不味いなと眉を寄せる。

これくらい普通と思っていた異能力の使い方が、世間ではこれだけ驚かれるとは。


「お姉さん、大丈夫ですか?」


ということで、OLに話しかける蔵人。


「え?ええ。大丈夫よ。もしかしてこれ、僕が作ってくれたの?」


少し目が怖くなるお姉さん。

怒っている訳ではない。どちらかというと、柏レアルに居た観客のような目である。

鷹の目。獲物を見定める目。

なので、蔵人はまともに取り合わず、首を傾げて不思議そうに問う。


「お姉さん、時間は大丈夫ですか?急いでいませんでした?」

「えっ?ああっ!」


急に悲鳴を上げて、OLは立ち上がる。そして、こちらを何度も振り返り、頭を下げながら、雪道を爆走していった。

やはり、雪が降り積もった日は大変だな。

蔵人は、この時だけは、自身が子供であることに安堵するのであった。



しかし、そう思っていられたのも、学校に着くまでであった。

百山小学校、2年2組教室。

3時限目、算数。


「おおっ!すげぇ!また降って来たぞ!」


みんなが静かに算数の問題を解いている時、急に誰かが声を上げた。

蔵人がその声に顔を上げると、厳しい顔の先生が先ず見えた。


「斎藤君!今は授業中ですよ。ちゃんと集中して、21ページの問題を終わらせなさい」

「でも、先生!雪、溶けちゃうかもしんないじゃん!」


斎藤君は、問題を解くことよりも、雪が溶けることに関心があるようだ。

でもそれは、斎藤君だけが心配している訳ではない様で、クラスの男子達の顔は、どことなく不安そうにしていた。

それは、教壇に立つ先生の方がよく見えているみたいで、先生はみんなを見回してから言った。


「大丈夫です。今日は昼過ぎまで雪が降るみたいですから、明日まで溶けませんよ」

「おおっ!じゃあ、昼休みに雪合戦やろうぜ!」

「オレ、雪だるま作りたい!」

「両方やろうぜ!」


斎藤君が発案すると、加藤君も乗り気になり、クラスの中が少し騒がしくなった。

凄いな、みんな。雪遊びが出来ると分かった途端、テンションが普段の5割増しだ。

盛り上がるクラスを前に、すかさず、先生は手を叩いて注目を集める。


「はいはい!静かに!遊ぶ約束は後でにしなさい。あと、遊ぶのは良いですけれど、雪が止んでからにするんですよ?降っている最中に外へ出て、びしょびしょになったら風邪を引きますからね!」

「「「はーいっ!!」」」


先生の厳しい声の注意にも、子供達は元気な声で返答する。

蔵人はその様子に、教室の端っこで目を見張る。

何処かに雪が積もっていなくて、広い場所はないかと考えていた蔵人は、彼らの無邪気さが若干羨ましくもあり、同時に、巻き込まれないようにしようと体を小さくした。

子供は子供で大変であった。

そう、考え直す蔵人であった。



そうして、放課後。

蔵人はそそくさと教室を出て、帰宅の途につく。家の中で久しぶりに、魔力循環でもする。

少なくとも、頭の中ではその予定が組み上がっていた。

だが、


「隊長!蔵人君を捕まえました!」

「よーしっ!連れてこい!」


しっかり撒いたと思っていた敵兵達は、なんと帰り道の途中で検問を敷いていやがったのである。

蔵人は、片腕を加藤君に捕まれたまま、敵本拠地に連行されてしまった。


蔵人が連れてこられたのは、この辺りでは一番大きな公園だ。遊具も滑り台やブランコなど、一通り揃っているちゃんとした公園。

だが、今はすべてが白いベールで包まれており、それらを使用する者は誰一人としていなかった。代わりに、いつもはただ踏みつけられるだけの広場が、今日はメインステージとなっている。


そこに立つのは、蔵人のクラスメイト達。

慶太、加藤君、斎藤君、鈴木君、大藤君、村上君、島田君、竹内君、大寺君、西濱のアニキ…

結構な人数が揃っている。

蔵人が出席率の高さに驚いていると、竹内君が不満げに漏らす。


「あれ?これで全部?女の子達は?」

「誘ったけど、来ないってさ」


相変わらず君はブレないな。安心するよ、竹内君。


「ええ~!ちゃんと誘ったの?」

「誘ったよ!でも、子供っぽいとかなんとか言って、全然駄目だったんだよ!」


あー…。そっち側に付けばよかったなぁ。

蔵人は、今日だけは武田さん達のグループに入っていればよかったと思ってしまった。

どんな見返りを求められるか分からなかったので、普段は誘われてもお断りしていたのだが。

そうやって、未練がましく考えていた蔵人であったが、直ぐに頭を振って、頭の中をリセットする。

いや、もうここまで来たのだ。やるならとことん、楽しもうじゃないか。


そうして、蔵人達は雪合戦を開始した。

2チームに分かれてのバトルロイヤル。蔵人は当然、異能力を封印して雪を投げる。

だが、蔵人が投げた雪玉は、斎藤君の遥か左側をすり抜けて、何処かに飛んで行ってしまった。


「へっへ~ん!どこ狙ってんだい!」

「くーちゃん、ノーコン!」


慶太にまで笑われてしまった。

そう、実は蔵人、投げることはそれ程得意ではないのだ。どれくらい苦手かと言ったら、剣術と画力と同じくらいに才能がない。


「チャンス!お返しだぜ、チャンピオン!」


そう言って投げ込まれる、斎藤君の一球。

流石、少年野球のピッチャーなだけはある。なかなかの弾速とエイムだ。

だが、そんな剛速球を、蔵人はひらりと避けて、カウンター気味に雪玉を投げ返す。

今度の雪玉は、斎藤君の近くを通り過ぎ、彼を少しは焦らせることが出来た。


「うぉっ!あぶねぇ~。蔵人君、避けるのは上手いんだよな」

「くーちゃんはドッヂボールでも、1人で5分間避けきったからね」


それはそうだ。銃弾を避けるよりは、楽なもんよ。

しかし、何故に慶太が得意顔になるんだい?


そうして10分も投げ続けると、徐々に体力が切れる子が続出する。

今、戦場に立っているのは、蔵人と慶太、加藤君と大寺君、西濱のアニキだけである。

ほぉ。いつもの訓練メンバーだな。これは嬉しい。

蔵人は、訓練の成果がこんな場面でも出ていることに、少し頬を緩ませる。


「隙あり!」


そんな蔵人の様子に、誰かが雪玉を投げて来た。

だが、甘い。

蔵人は既に、相手の視線を感じていたので、難なく避けることに成功する。

そのまま、相手へのカウンターを決めるべく、右手に持った雪玉を握り、思いっきり放り投げ…。


投げる前に気付く。相手の違和感。

蔵人は投球ホームのまま、固まる。


「…誰?」


雪の代わりに投げたのは、単調な疑問。

だが、仕方がない。本当に、見たこともない子であったのだから。

蔵人達よりも頭一つ高い子で、真っ赤なコートと、赤いニット帽をかぶった子だ。

蔵人が忘れているだけ、と言う訳でもない。何故ならその子は…。


「ほんとだ。知らない子だ」

「なになに?げーのーじん?めっちゃイケメンなんだけど」

「ってか、外人じゃね?」


そう。みんなが言うように、滅茶苦茶イケメンなのである。

鼻筋がスっと通っており、目は二重でキリリと切れている。そして、帽子から覗き見える髪の毛は、周りの雪にも負けぬ銀色。

そんなイケメンが、若干目を細める。


「あぁん?外人じゃねぇよ。列記とした日本人だ。まぁ、ばーちゃんがロシア人だけどよ」


つまりクオーターか。道理でイケメンな訳だ。

みんなは、突然の来訪者に一歩退く。ただでさえ初対面の人間は敷居が高いのに、イケメンときたら敷居は壁となる。

ただその子の様子からは、蔵人達と遊びたいだけな視線を感じる。

なので、蔵人は構えを解いて、その子に近づく。


「それで?もしかして君も、俺達の雪合戦に参加してくれるのかな?」


蔵人がそう言うと、イケメン君は凄く嬉しそうな顔をする。


「おっ!良いのか?話の分かる奴だな。じゃあ、早速やろうぜ!」


そう言って、早速両手に雪を掴みだすイケメン君に、蔵人は待ったをかける。

案の定、不満そうな顔をする彼に、蔵人は苦笑いを返す。


「せめて、君の名前だけでも教えてくれないか?」


未だに、みんなは少し距離を置いている状態だ。

そんなイケメン君との隙間を埋めるのには、先ずは名前くらいは教えてもらわねば。

そう思ったのだが、彼は難しそうな顔をした。


「名前、名前かぁ。あんまり特区の外で名乗るなって、父様から言われてんだよなぁ」


おっと、やべぇ。特区に住まうやんごとなき御方であったか。

蔵人が冷や汗をかいていると、慶太が蔵人の横に並ぶ。


「なになに?名前言っちゃいけないの?だったらあだ名でいいじゃん!」

「あだ名?あだ名かぁ…」


慶太の提案に、イケメン君は考える素振りを見せる。

そんな彼を見て、慶太も首を傾げる。


「無いの?じゃあ、銀ちゃんね!」


おい、慶太。それはちょっと不味いかもしれん。

蔵人が色々な方面に配慮していると、イケメン君がニヤリと笑った。


「銀ちゃんじゃねぇ。コウガって呼んでくれ。周りの奴らには、ちょっと呼び方は違うけど、そんな風に呼ばれてっからさ」

「おおっ!コウガ!なんかかっけぇ!」


その声は、慶太の向こう側から上がった。

見ると、加藤君が目を輝かせて、イケメン君ことコウガ君を見上げていた。

他のみんなも、恐る恐るではあるが、コウガ君の近くに寄って来た。

そんなみんなを見て、コウガ君はニヒルに笑う。


「よっしゃ!自己紹介も終わったんだ。早速やろうぜ!みんな、両手に雪は持ったな!!」

「おおっ!」

「もったよー!」

「試合、開始だー!」

「「「おおー!」」」


コウガ君は凄く元気というか、人を引き付ける魅力見たいのを持っている少年であった。

お陰で、チームもまともに決まっていない内に雪が投げつけられ、蔵人も四方八方から急襲される始末であった。


「おい!みんな!あいつだけ当たってないぞ!あいつを倒せ!」

「「「おー!!」」」


不味い!コウガの扇動で、全員がこちらを襲い始めた。


「お前ら!寄ってたかって卑怯だぞ!」

「うっせぇ!お前の回避能力が高すぎんのが悪いんだよ!」


いつの間にか、リーダー格までのし上がったコウガが、両手に雪玉を持って、30分近く蔵人を追い回すのであった。

かなり疲れる時間であったけれど、楽しかった。

蔵人は、久しぶりに童心に帰れたような気がした。


だが、そんな楽しい時間は直ぐに終わってしまった。

戦場に、見知らぬ大人が乱入してきたのだ。

黒を基調としたその服装は、火蘭さんのような護衛の執事服。

恐らく、コウガの使用人であろう。

彼女は、コウガの前まで近づくと、深々と頭を下げた。


「お待たせして申し訳ございません。ただいま、車の準備が整いました」

「…そうですか。ありがとうございます」


丁寧に、そして意気消沈した面持ちで、コウガは頷くと、蔵人達の方に振り向いた。


「今日はありがとな。すっげぇ楽しかったぜ」


そう言って、一瞬微笑んだ彼は、直ぐに踵を返して歩き出す。


「コウガ君!またな!」


そんな彼の背に、加藤君が手を振る。

それに連れられて、みんなも手を振る。


「コウガ君!また来てね!」

「女の子がいない時だったら、また遊ぼ!」

「またねぇ~!ガッちゃん」


感動的な場面だな。だがな、慶太。そのあだ名は金属も食べちゃいそうだぞ?

みんなの挨拶に、コウガは顔だけ振り返り、


「ああ、元気でな」


そう、悲しそうな顔をするのであった。

決して、次があるだろうとは匂わせないセリフ。

まぁ、そうだろうな。

蔵人は、彼との邂逅が一瞬の奇跡であったのを理解できた。

そして、


「お嬢様、そろそろお時間が」

「ええ。分かっていますよ、鴨川さん。行きましょう」


執事さんの言葉に、衝撃を受けたのであった。

蔵人が、車に乗り込むコウガさんを見送る横で、アニキがぼそりと呟く。


「あやつ、女じゃったんか」

「え、ええ。そうみたいですね」


確かに、言われてみれば女の子らしい肌質をしていた。だが、髪もニット帽で隠れていて、口調も雄々しい彼女を、男性と判断したのは致し方ないのではないだろうか。

このくらいの年の子は、本当に分かり辛いものだなと、蔵人は苦笑いを浮かべる。

とは言え、特区に住む彼女と会うことは、もう二度とないだろう。

彼女を乗せた車を見送りながら、蔵人は少しの寂しさを感じた。



だが、蔵人はまだ知らない。

この時の彼の予見が大きく外れることを、今はまだ知る由もなかった。

先日、雪が降っていまして、このレポートを思い出しました。

当初はお蔵入りにしようと思っていましたが、書かせていただきました。

拙い文章で恐縮です。


イノセスメモ:

・久我??…????。?????。

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