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273話〜取り消す必要はない!〜

蔵人のドリルが熾天使の装甲を貫き、目の前に驚愕の表情を浮かべるギデオン議員の顔が見えた。

だが、それも一瞬の事。

議員は直ぐに消えてしまい、蔵人のドリルは熾天使を貫通した。

そのまま、バリアに突っ込むと、バリアはドリルが接触すると同時に崩壊してしまった。


議員が投擲した槍の一撃。それに加え、蒼龍の全速力突撃で限界だったのだろう。

蔵人は急いでドリルを解除し、そのまま自由落下で観客席へと降り立った。

その場に、観客の姿はない。

議員の暴挙により、周囲の観客は全員避難済だ。


蔵人が、ガランとした観客席を見回していると、頭上に影が指した。

見上げると、桃花さんにしがみついた慶太と若葉さんが、ゆっくりと降りてきている所だった。

まるで、傘で空を飛ぶ魔法使いみたいな恰好だ。

彼女達の上空には、消えゆく蒼龍の姿があった。


「みんなお疲れ様。怪我はしてないかな?」


蔵人は、降りてくる仲間達に両手を開いて労った。

良く、自分がいない状態で、蒼龍を顕現し続けてくれたものだ。

桃花さんだけでなく、若葉さんも慶太も、それだけ鍛錬を続けてくれた証拠だ。

アジ・ダハーカを生成した時には、手が離れた瞬間に首が落ちてしまっていたからね。

この5人がいたから、掴み取れた勝利である。


「僕は大丈夫だよ!みんなはどう?」

「オイラは大…ううん。腹減った!」


降り立つと同時、開口一番に慶太が空腹を訴える。

Sランクを相手に頑張ったからな。相当なエネルギーを消費したことだろう。

今日は祝勝会をしないと。


「いやぁ〜。何とかなるもんだねぇ」


蔵人の近くに降り立った若葉さんが、上を向いて眩しそうにしながら、そう言った。

彼女の見上げる先には、熾天使だったものが、白い靄になって漂っている所だった。

その残滓も、少し風が吹いた途端に消えてしまった。

術者からの魔力供給が断たれてしまえば、異能力はすぐに消えてしまう。

議員は今頃、医務室か。


「そうだね。今回は本当に、どう転ぶか分からないギリギリの勝負だった」


4人でのシンクロが成功していなければ、勝てなかっただろう。

流石はSランクの最上位種であり、流石はテロ組織のボスとなる人間だ。

林さんが気を付けろと念を押すだけはあった。


だが、これで議員も、ゲーム程の脅威とはならないだろう。

一般人に対しても暴言を吐いていたから、今後は彼も、平等党自体も動きを制限される。

と、思いたい。


「みんな!大丈夫!?」


上空を見上げていた蔵人達に、悲鳴に近い声が降って来た。

鶴海さんだ。

彼女は観客席入口から顔を出して、蔵人達を見つけると直ぐに駆け寄ってきた。

何時もは冷静な彼女が、血相を変えるほど心配してくれている。

地上で見ていても、それだけ接戦だったのだろう。


蔵人は、五体満足であることを示す為に、両手を大きく広げて五体満足であることを彼女に示す。

すると、勢い余った鶴海さんは、そのままの速度で蔵人の胸の中に飛び込んできた。

思わず、彼女を抱き止めて、そのままくるりと回転して、勢いを殺す蔵人。

腕の中の彼女を見ると、薄っすらと頬を朱に染めていた。

多分、自分も同じ状態なのだろうな。


そう思いながら、蔵人は鶴海さんを床に下ろした。

彼女は一歩下がり、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。


「ご、ごめんなさい。私…その…そう、足が滑っちゃって」

「いえ。僕こそ済みません。つい、抱き上げてしまいました」

「つ、ついって…」


鶴海さんが顔を上げて、こちらを見る。

すると、更に顔を真っ赤にして、アワアワと慌てだした。

抱き着いたくらいで、可愛い反応だ。

そんな彼女の肩に、魔の手が忍び寄る。


「やるねぇ、ミドリン」

「全く、びっくりしたよ」


若葉さんと桃花さんだ。

鶴海さんの両側から、彼女が逃げられないようにがっしりとホールドしている。


「流石はファランクス部の参謀だね。見事な抱き着きタックルをかましておきながら、足が滑ったなんて言うんだからさ」

「良いなぁ。僕にもその技、後で教えてよぉ」

「なっ、なに言っているのよ!2人とも!」


3人がキャッキャと仲睦まじく戯れているのを、蔵人は傍で見ていた。

平和だ。

そう思うと同時に、頭の上の方が鈍い痛みを訴える。

偏頭痛か?それに、何となく体も重い気がする。

長時間のシンクロによって、体には少なくないダメージが蓄積していたみたいだ。


「なんか、疲れたね。くーちゃん」


それは、慶太も一緒みたいだ。

蔵人の後ろで、慶太は元気の無い声で話しかけてきた。

若干だが、体が斜めっている。

きっと、魔力を消費しすぎたのだろう。

アイマスクで表情は分かりにくいが、きっと青い顔をしていると思う。

思えば、彼は演武の本戦から連戦であった。それを考えると、良く付いて来てくれたと思う。


自分も同じだけど。

蔵人は、頭痛を堪えて親友の肩に手を乗せる。


「お疲れ、戦友。ちょっとそこで座ってな」

「うん、そうするよぉ…」


蔵人が観客席を示すと、慶太は誘われるままにそこへ座り、直ぐにコックリコックリと船を漕ぎ始めた。

…凄いな。もう寝始めた。〇び太くんもびっくりな瞬間爆睡だ。


蔵人が、親友の新たな特技に驚いていると、再び上段から声が降りかかって来た。


【おーい!ブラックナイト!】


見ると、観客の入場口で、ケヴィン君が両手を振っていた。

彼の後ろには、一旦避難していた観客の姿もちらほら見えた。

試合が終わったのを察して、戻って来たみたいだ。


蔵人は手を振り返し、曲がっていた猫背を正す。

すると、ケヴィン君が走り出して、こちらへと近づいて来た。

槍を投げつけられ、罵声を浴びせられた割には元気だ。

以前の彼だったら、ショックで男性特区に逃げ帰っていたのではないだろうか?

そもそも、以前の彼だったら、議員を煽るなんて真似をしなかっただろう。

彼がいたから、試合を有利に進めることが出来た。

そう思うと、振り返した手に力が入る蔵人。


【やったな!ブラックナイト!】


ケヴィン君が蔵人の肩を叩いて、嬉しそうに握手もしてきた。

それを、周囲の女性客が羨ましそうに見ながら、蔵人達の周囲を遠巻きに囲む。

男性に不用意に近づけないから、遠くでしか見られないのだ。


男女で力を合わせるべきだ。

そう、特別試合の前に宣言して、それを邪魔した議員も倒した。それでも、それまでの習慣が彼女達の足を縛っている。

男性の蔵人達からしたら有難い面もあるが、抑圧しすぎると後が怖い。

イギリス女性との壁は、言葉だけでは払拭できない程に厚いのか。


蔵人がそんな風に周囲を見回していると、カバっと目の前が塞がれる。

ケヴィン君だ。

彼の大きな体が、蔵人を抱擁していた。


【すげぇな、お前!俺、感動したよ】

【そ、そうですか?それは良いんですが…】


随分とアメリカンなスキンシップに、蔵人は少々動揺した。

そんなに感動してくれたのか?以前の彼とは別人レベルだな。

疲労困憊で思考が定まらない蔵人。

それを抱擁するケヴィン君。

だったのだが、


次の瞬間、

彼の体が吹っ飛んだ。


横から、強力な水の鞭によって叩き飛ばされ、階段を転げ落ちるケヴィン君。

やがて、最前列の観客席に激突して、彼は動きを止めた。

かなり勢いが付いていたのか、彼が当たった観客席の背もたれが割れてしまった。

一体、誰がこんな事を?

そう思って、その鞭が来た方向を見ると、


「く、黒騎士ちゃん」


鶴海さんが、その鞭の取手を持って、肩で息をしていた。

蔵人は、驚きで彼女を見る。

周囲の観客からも、悲鳴や怒号が溢れ出ている。


そんな中、彼女がこちらに手を伸ばした。

伸ばして、蔵人を思いっきり押した。

かなり強い力だったが、華奢な彼女に押されたくらいでは、蔵人は数歩後退する程度で済んだ。

だが、その数歩が大きかった。


蔵人がさっきまで立っていた場所。そこに、

白いロープの様な物が伸びてきた。

まるで生き物の様にうねり、蔵人が居た辺りに殺到するロープ。

ロープは蔵人の体を捕らえ損ねて、代わりに鶴海さんの腕に、体に、全身に絡みついてしまった。


「鶴海さん!」


叫び、蔵人は手を伸ばす。

だが、それよりも先に、ロープは彼女の体を持ち上げて、観客席の下の方まで引っ込んでしまった。

そのロープの元に居たのは、


「何処までも舐めた真似をしてくれるなぁ、チームBC」


怒り声を低く轟かせ、酷く表情を歪めるケヴィン君が居た。

いや、彼な訳がない。

蔵人達がにらみつける中、ケヴィン君は捕まえた鶴海さんを見上げる。


「何故、俺のクリエイトを見抜けた?てめぇも黒騎士と同じ、覚醒者って事かよ。えぇ?」


醜く歪んだケヴィン君の顔がドロリと溶け落ち、その下から、赤ら顔のギデオン議員が現れた。

ベイルアウトした筈の議員が、何故ここに?

まさか、医務室を抜け出してきたのか?議員の特権を使って?

いや、それよりも。


「ギデオン議員。その娘を離して頂けますかな?」


そう言いながら、蔵人は階段を降りる。

降りながら、蔵人は周囲に盾を配置する。

1枚1枚を折り合わせ、先を鋭利に研ぎ澄ませ、白銀のホーネットを飛び立たせる。

その鋭いお尻を全て、議員に向けてホバリングする。

もしも、下手な動きをしてみろ?人間スポンジの出来上がりだぞ?

蔵人は鋭い視線を議員に飛ばす。

それに対し、


「止まれ黒騎士。そのうるせぇハエ共も引っ込めろ」


議員は鶴海さんを持ち上げて、蔵人の方に突き出してきた。

まるで、ホーネットから自身を守る盾の様に、彼女を盾にした。

彼女の後ろで、議員は自分のコメカミ辺りを指で叩く。


「勘違いしてんじゃねぇ。ここは俺のフィールドだ。俺に対して、てめぇらに交渉権なんざ一切ねぇんだよ。大人しく俺に従え。さもないと」


議員の後ろで、大きな砲台が生成される。

それは、グレイト10の主砲。

先輩達を一瞬でベイルアウトさせた凶器が、見せつける様に鶴海さんの後ろで聳え立つ。


「こいつで、この少女諸共、てめぇらを塵に変える」


凍てつくように冷たい瞳が、蔵人を射抜く。

議員の目は、本気だ。次の瞬間には、容赦なく主砲を放つだろう。

だが、そうなれば、大会運営がベイルアウトしてくれるのではないだろうか?


いや、甘い考えは捨てよう。

議員が言っていた様に、ここは彼の息が掛かった大会。最悪の場合、運営が動かない可能性も高い。

特別試合中も、今この瞬間にも、誰も助けに入れなかった様に。


蔵人が冷や汗を流していると、目の前の鶴海さんが身じろぎした。


「黒騎士ちゃん、私は大丈夫だから…」


鶴海さんが苦しそうにしながらも、無理に笑おうとする。

それに、蔵人は大きく首を振る。


「鶴海さん、動かないでくれ。議員!貴方の要求を聞こう!何が望みだ!」


下手な交渉は命取りだ。

鶴海さんは勇敢だから、本当に自分を犠牲にしようとするかもしれない。

蔵人は、議員がどんな要求をしても動けるように、体中の魔力を回す。

もしも最悪の要求を突き付けてきたら、自力で全員を守らねばならない。

どうする?

構想だけ出来上がっている、あの新技を使うか?

一度も実戦投入していない、この土壇場でか?


蔵人が苦悶の表情で思考を掻き巡らせていると、

議員は、いやらしい笑みを浮かべた。


「この場で土下座しろ、黒騎士。てめぇの考えが間違いだったと、今ここで、周囲の奴ら全員に英語で宣言するんだ」


議員の要求に、蔵人は一瞬、肩透かしを食らった。

こんな大衆の面前で、大変な悪評が流れるであろう事案をやらかしてまで要求した事が、子供からの謝罪1つだけだと?

割に、合わな過ぎる。

何を、考えているのだ?


蔵人が目を細める中で、議員は片手にマイクを作り出し、それを蔵人の方へと投げて寄越した。

本気だ。本気で、子供相手に謝罪1つだけを求めている。

選挙でも大きく不利となっただろうに、一体、議員の思惑は何なのだ?


蔵人の疑問に答える様に、議員は片頬を引き上げた。


「てめぇは危険だ。てめぇの思想は、いずれ俺の世界を壊す。今ここで、完全にねじ伏せる必要がある。その為には、てめぇが俺に負けたという明確なポーズが必要なんだよ」


ああ、なるほど。

蔵人は、彼の心の内を理解する。


将来デミウルゴスとなる彼からしたら、目先の票よりも、男性優遇の思想が揺らぐ事の方が重大なのだ。

彼の野望を実現させる為には、男女が歩み寄るという考え方が邪魔。だから、議員生命を掛けても、この場で危険の芽を詰みたいと考えた。


確かにそれなら、俺が謝罪をしてしまえば安泰だろう。

曲がりなりにも、俺の心を折ったと言うパフォーマンスが出来るから、イギリス男児の心には印象付けられる。

議員との戦いが、白紙になる。

5人で勝ち取った勝利が、全て水の泡に帰す。


「分かりました」


しかし、蔵人は簡単に膝を折った。

もう少しで、ゲームのシナリオを遅らせる事が出来たかも知れない。林さんが忠告してくれた、最悪の未来を防げるかもしれない。


それでも、仲間の命が掛かっているとなれば、話は変わる。

彼女達を危険に晒してしまっては、本末転倒だ。

何の為に、この世界を救おうとしているのかを思い出さねば。


蔵人は正座をして、議員に対して頭を向ける。

その態勢で、少し反省する。


今回は、気持ちが焦り過ぎたのだ。

ツーマンセル戦の優勝と同時に、イギリスの闇を晴らそうとしたが、それは手を出し過ぎであった。

二兎追う物一兎も得ず。

敵の顔を覚えただけで、今回は良しとしようじゃないか。

…相手にも、ガッツリ覚えられてしまったがね…。


蔵人は土下座しながら、苦笑する。

そして、英語で謝罪する。

しようとした。


【ギデオン議員。私が特別試合の前に言った言葉を取り消します。本当に、申し訳】

【取り消す必要はない!】


だが、よく通る大声で、蔵人の謝罪は止められてしまった。

その声は、後ろから。


【きゃぁ!】

【ええっ!うそ…】


体を起こして振り返ると、観客達が悲鳴に近い声を上げながら、一斉に道を開けていた。

そこに出来た大きな道を、2人の人物が悠々と降りてきた。

金髪碧眼の超絶美男子。

その姿を、蔵人は以前に1度だけお見掛けした。

サマーパーティーのあの時に。


【黒騎士君、顔を上げてくれ。君の言葉は、何も間違ってはいないのだから】


イギリス王室の1人。アイザック殿下がそう言って、微笑まれていた。

往生際が悪いですね、ギデオン議員。

まさか、鶴海さんを盾にするなんて。


「それだけ男性優遇策を勧めたいのだろう」


一体、彼に何があったのでしょうね?

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