269話~そうだよな?黒騎士~
全ての演武が終わり、蔵人達は閉会式へと参加する為に、参加者用の通路を歩いていた。
時折すれ違うスタッフさんから、【おめでとう!】【凄かったわ!】と、称賛の言葉を幾つも頂く。
異能力戦と演武の両方で優勝したので、すっかり、会場中に顔が知れ渡ったみたいだ。
そう、思ったのだが。
「残念だけど、会場だけじゃないんだよねぇ」
全然、残念そうに聞こえない声で、若葉さんが笑う。
その彼女の言葉に、鶴海さんが付け足す。
「演武の様子は、欧州全土に放映されていたみたいなの。マスターランクとU22を中心に撮影していたらしいけど、U16の本戦にもカメラが入っていたそうよ」
何と、そんなのがいたのか。
蔵人は、スターライトとの戦闘で頭がいっぱいだったので、全く気付けていなかった。
だが、演武しか映さなかったのはどうしてだろうか?
異能力戦だって、きっと視聴率は取れると思うのだが。
演武が特別、珍しいから?
そう思った蔵人だったが、若葉さんは首を振った。
「そこは主催者の、ギデオン議員の影響があるみたいだよ」
何でも、大会主催者側から演武を中心に撮るようにと依頼が毎年あるらしいのだ。
名目上は、イギリスの名物として売り出している演武を広める目的で、演武を中心に番組を組むように指示しているとの事。
だが、実際の目的は異なるだろう。
男性が活躍しやすい演武を放映することで、男性の社会的地位を上げたい。そういう平等党の思案が見え隠れする。
「そう考えたら、蔵人ちゃん達の活躍はとても喜ばれたと思うわ。他の階級で、男性チームは殆ど活躍出来なかったみたいだから」
鶴海さんが言うには、演武の本戦に進んだチームの内、男性の選手が含まれるチームは5組しかいなかったらしい。
そう聞くと多い印象を受けるが、U12からマスターまでの4階級でそれだけであり、例年で言うと半分程度だとか。
「特に、男性同士のペアで出場したのは、蔵人ちゃん達を除いて2組だけ。その2組も、途中で棄権してしまったわ」
その2組の内、1組はマジシャンズ・クロックだろう。
後で聞いた話、バジリスクと太陽のガチンコ勝負を観て、これは堪らないと棄権してしまったのだとか。
元々、演武で具現化するほどのユニゾンを出せるチームは多くなく、そのユニゾン同士が戦うなんて稀な事なのだとか。
それ故に、男性チームは泡を喰ってしまったのだ。
悪い事をしたなぁ。
蔵人が反省していると、通路の先に誰かが立っているのが目に入る。
赤いコートを着た男性。ギデオン議員だ。
「諸君、見事な演武であった!」
開口一番、声を張り上げ笑みを浮かべ、こちらに小さな拍手を送るギデオンさん。
彼の後ろには、座り心地の良さそうな椅子が置いてあり、今は畳まれた新聞が占拠していた。
どうも彼は、蔵人達を待っていたみたいだ。
彼は足早にこちらへと近づくと、蔵人の肩を軽く叩いた。
「文句の着けようがない勝利だ。君達が私の息子であったならと、ついつい妄想してしまったくらいにな」
「あ、ありがとうございます、ギデオン様。そこまで言って頂き、恐縮でございます」
それって、遠回しに養子縁組を組みたいとかって事じゃないだろうな?
蔵人が頬を吊り上げていると、ギデオンさんは「くっは!」と笑い飛ばし、蔵人の肩に手を置く。
「小さくなるな!もっと胸を張っていろ!他の情けない男共では成し得なかった事を、君達はやってのけたのだ。本当に、君達を寄こしてくれた者にも感謝したい!」
それって、スターライトの事かな?
蔵人は目を点にして、ギデオンさんを見上げる。
彼の口からは、微かなアルコール臭がした。
少し飲んでいるみたいだ。
彼はVIP席に居たらしいから、飲みながら観戦していたのかも。
陽気になる訳だ。
蔵人が納得していると、ギデオンさんは胸ポケットから懐中時計を取りだし「ああ」と声を漏らした。
「時間か。もっと私の思いを伝えたかったが、閉会式の打ち合わせがある。君達が総合優勝の台に乗った時に、盛大に祝わせてもらうとしよう。ではな、諸君!今宵を楽しみにしていろよ!」
そう言うと、ギデオンさんは蔵人達が来た道を行ってしまった。
取り残されるような形になった蔵人達は、暫く彼の背中を見送っていた。
「おじさん、また唐突だったね」
桃花さんの呟きに、鶴海さんが頷く。
「そうね。それに、私達が総合優勝なのは決まっているみたいな言い方だったわ」
「2冠達成だからね。そこは確定でしょ」
若葉さんの言う通りなのだろう。実況も、そんな事を言っていたし。
「あれ?」
そんな声を上げて、慶太が走り出す。
彼は何かを拾い上げ、こちらにそれを見せた。
「さっきのおじさん、忘れ物してるよ」
慶太が持っていたのは、議員が読んでいた新聞だった。
確かに忘れ物だが、そいつが乗っていた豪華な椅子は、何処に行ったんだ?
蔵人達がフィールドに着くと、そこには既に、多くの選手達が集まっていた。
蔵人達も余裕をもって着いた筈なのだが、みんな早い。それだけ楽しみだったのだろうか。
観客席も、殆ど埋まっている。
こうやって冷静に見ると、テレビクルーらしき人達も見かけた。
彼女達は、閉会式も撮影するらしい。
【やぁ。ブラックナイト君】
蔵人が観客席を見上げていると、声を掛けられた。
見ると、銀髪美人さんがこちらに歩いて来ていた。
チームフェアリープルームのアリッサさんだ。
【見てたよ、君の活躍。異能力戦の決勝戦も凄かったけど、さっきの演武本戦はもう、人間の到達できる領域じゃなかったね】
【私は、第1予選のダンスに感動した!】
アリッサさんの隣で、ニーナさんがキラキラした瞳をこちらに向ける。
そして、蔵人の後ろを見て、更に声を上げた。
【わぁ!貴女ね!ブラックナイトのプリンセスは!とっても綺麗だったわ!】
そう言って、ニーナさんが鶴海さんに突撃する。
【あ、ありがとう。でも私、プリンセスじゃないわよ?】
【何言ってるの!今日、貴女以上にプリンセスが似合う人が、この会場に居ると思うの?】
【そ、そんな。大げさよ…】
鶴海さんが困ってしまっている。
ここは、助けるべきか。
蔵人が動こうとすると、その肩を叩く人が。
【よぉ、ブラックナイト。僕との約束、ちゃんと守ったみたいだな】
チームエーデルワイスのベティさんだ。
彼女の隣には、困り顔のエレノアさんもいた。
【もぉ、ベティ。いきなり男の人に触れるなんて失礼よ】
【良いじゃん。減るもんじゃないし】
【私の寿命が減っちゃうわ】
小さくため息を吐くエレノアさん。
小さい子の面倒を見るお母さんみたいだ。
大変そう。
【エレノアさん。僕は気にしていません。貴女も、気にしないでください】
【ええ。ありがとう】
微笑むエレノアさんは、何処か儚くて、守らねばと思ってしまう魅力がある。
蔵人がそんな事を思ったからだろうか。蔵人の目の前に、ベティさんの怒った顔がインターセプトしてきた。
【おい!お前、あんまエレノアに近づくんじゃない!】
おっと、失礼。
百合警察に引っかかってしまった。
蔵人が彼女達から数歩引くと、誰かとぶつかってしまった。
「おっと、ごめん」
体格的に、桃花さんかな?
そう思って振り返ると、黒髪の少女達がこちらを見上げていた。
違った、劉姉妹だ。
「えっと、しぇいしぇい…はありがとうだから、どぅいぶーちー…だったかな?」
蔵人が使い慣れない中国語に苦戦していると、リーシャオ選手らしき娘が小さく微笑みながら首を振る。
そして、その小さな手を蔵人の手に重ねた。
【そこまで謝らなくても大丈夫だよ、黒騎士君】
おや?言葉が分かるぞ。
蔵人は驚き、周囲を見渡す。
すると、彼女の後ろに女性が立っていて、こちらを凝視しているのが見えた。
黒髪の女性。多分、彼女達のチームメイトだろう。
彼女がリーシャオ選手の意思を伝えてくれているみたいだ。
テレパスか。
【改めて自己紹介するね。私はリーシャオで、こっちが妹のリーファン】
【リーシャオ!私が姉でしょ?】
【私の方が先に取り上げられたんだから、私が姉よ!】
おいおい。喧嘩するなら他所でやってくれ。
蔵人は、睨み合う双子からそっと離れる。
【あっ!待って】
離れようとしたら、袖を掴まれてしまった。
あら?何か御用だったの?
【黒騎士君は今、日本に住んでいるんだよね?】
【覚醒の力を知らしめたいんでしょ?シンリー姉さんから聞いたよ】
【だったら、中国に来ると良いよ】
【中国だったら、直ぐにお姉ちゃんくらい強くなれるよ】
【大会が終わったら、私達と一緒に行こう?】
【お友達のクマ君も一緒で良いよ】
【一緒に世界一を目指そうよ!】
双子が交互に喋り続けるので、全く口を挟む余裕がなかった。
しかも、喋り終わったと思ったら、既に蔵人の両腕をガッツリと掴んでいる姉妹。
彼女達の中では、既に蔵人と慶太は中国に行くとでも思っている様子だ。
おいおい。
「ちょっと待ってくれ」
蔵人はその腕を振りほどこうとする。
だが、双子のパワーは凄まじい。
全く離れそうにない。
加えて、
【勿論、待つよ】
【大会が終わるまでね】
【終わったら一緒に行こう】
【シンユエ、飛行機の席、2人分追加で取っておいて】
【リーファン。ちょっと観光して帰ろうよ。大時計とかさ】
【良いね!じゃあ男性特区も見ていこうよ】
【入れるかな?】
【フォーロンでひとっ飛びじゃない?】
【バレない?】
【こっそり入れば大丈夫でしょ?】
【そうだね】
話がどんどん進んでいく。
しかも、明らかにヤバい方向に。
周囲のみんなも、アリッサさんやベティさんと話していて、こちらに気付いていなさそうだ。
これは、ちょっとキツめに拒否しないとダメだな。
蔵人は意を決して、もう一度咳払いをする。
「良いか、双子ちゃん達。俺は中国へ行かない。日本へ帰る。ついでに、男性特区への無許可侵入は捕まるぞ?」
蔵人の強い口調に、姉妹はポカンと口を開けた。
うむ。小さな女の子相手に、少々厳しく言いすぎたか?
蔵人は心配した。
だが、
【やっぱり黒騎士君は、他の男と違うね】
【お姉ちゃんが聞いた通りだね】
【お婿さんにするなら、やっぱりこの子だよ】
【私は、クマちゃんも良いと思うけど】
【じゃあ、リーファンは黒騎士君に触っちゃダメ〜】
【違う!そう言う意味じゃないの!】
双子には全く効いていなかった。
恐ろしい、中国人のメンタル。
これは、物理的に訴えるか?
蔵人が迷っていると、
「そこの2人!ブラックナイトから離れなさい!」
厳しい声が、双子の後ろから飛んで来た。
見ると、赤と茶色のプロテクターを着けた千鶴さんとクロエさんが、双子に向けて手を突き出していた。
「了承が無い男性への接触は、不同意わいせつ罪で逮捕しますよ!」
【それに、男性を誘拐しようとした場合、最長で10年間以下の実刑になっちゃうから】
「我々は予備役中の学生です。有事の際は、発砲の許可も得ています!」
まるで刑事ドラマの刑事さんみたいに、2人が双子を問い詰める。
それには、流石の劉姉妹も顔を青ざめる。
【じょ、冗談。冗談だから】
【リーシャオ。ほら、そろそろ表彰式始まるし】
【そっか。じゃあ、黒騎士君。またね】
そう言うと、中国チームは足早に、人混みの中に紛れてしまった。
うん。再会はしたくない人達だ。
蔵人は周囲の安全を確認すると、千鶴さん達に頭を下げる。
「助かりました。余りのしつこさに、手を出してしまう所でしたよ」
「そう。その場合、暴行罪になるかもよ?」
しれっと言う千鶴さんに、蔵人は堪らず、肩をすくめる。
予備役と言ってたが、どちらかというと刑事さんだ。
蔵人が両手を上げると、千鶴さんは表情を緩めて、手を振る。
「冗談よ。さっきの場合、正当防衛が成り立つから」
「それは、有難い」
あれくらいで正当防衛になるのか。流石はあべこべ世界だ。
「どっちにせよ、貴方はもっと気を付けるべきよ」
【そうだよ、ブラックナイト君。あんまりお仲間と離れちゃだめだよ?】
千鶴さんだけでなく、クロエさんからも注意を受けてしまった。
そうだな。ちゃんと仲間と固まっていないと、また変なのに絡まれてしまう。
それから少しして、閉会式が始まった。
大会運営の偉い人が、フィールド中央に設置された特設ステージの上で短い挨拶をすると、早速表彰式に移る。
先ずは、U12の総合優勝チームが呼ばれる。
『総合優勝は、チーム、ピーターバニー!』
【【【やったー!!】】】
前方の方で、小さな女の子達が飛び跳ねながら、壇上へと登る。
続いて、異能力と演武の1位も呼ばれ、3チームが壇上でメダルを授与される。
その後、総合優勝チームだけ壇上の端に残され、他の2チームが降壇した。
総合優勝チームだけ、何かあるらしい。
『続いては、U16の部門です!U16総合優勝は、チーム、ブロッサムキャッスル!』
予想通り、我々が優勝であった。
大きな拍手の中、蔵人達5人が登壇し、その後、フォーロンとスターライトも呼ばれる。
異能力部1位がフォーロンで、演武1位がスターライトとのこと。
蔵人は、なるべくフォーロンの連中に近づかないようにして、メダルを貰う。
バラの花が模られた金メダルだ。随分と重いけど、まさか純金じゃないよね?
「うわぁ、凄い。重いね」
桃花さんが、嬉しそうにメダルを上下させている。
慶太は齧ろうとしている。
慶太。それは写真撮影の時にやるものだぞ?
蔵人達がメダルに意識を持っていかれている間に、U22とマスターのチームも呼ばれる。
どのチームも女性ばかりだ。
U22の演武1位は、2人の男性を含むチームだったが、総合優勝はどのチームも女性だけ。
こりゃ、ギデオンさんが態々出迎えてくれたのも分かる気がする。
『それでは最後に、総合優勝したチームのリーダーから一言頂きましょう!先ずはU12のピーターバニーから!』
そう言って、司会のお姉さんが子供達にマイクを渡す。
なるほど。これが居残りの理由か。
蔵人が仲間を振り返ると、慶太以外青い顔になっている。
慶太は、金メダルを齧るのに夢中だ。
美味しいのか?
『はい!ありがとうございました。続いてはU16…は、最後にして、U22のウェストミンスターから!』
あら?何で最後?
いや、これもギデオンさんの策略か。
男性を含んだチームをトリにすることで、より印象付けたいのだな。
では、思いの丈をぶつけさせてもらおう。
『ありがとうございました!ではいよいよ、U16の総合優勝者、ブロッサムキャッスルから一言どうぞ!』
司会者は、有無を言わさず蔵人にマイクを押し付ける。
うん。分かっていた。それが、彼の意向なのだろう?
蔵人はマイクを受け取ると、一歩前に出る。
途端に、会場中から黄色い声が湧きあがる。
【来たわ!ブラックナイト君よ!】
【ナイト様!こっち向いて!】
【こらっ!静かにして!ブラック君の声が聞こえないわ!】
凄い期待されてしまった。これは、発音を間違えるだけで黒歴史になるぞ。
蔵人は一つ深呼吸してから、ゆっくりと英語で語り始める。
『皆さん。私達に、たくさんの声援を送ってくれて、ありがとうございます!その声が、私達を強く押しました。総合優勝の、この場所まで』
【【【うわぁああ!!!】】】
【流石ブラックナイトだわ!とっても謙虚!】
【でも、もっと誇るべきよ!だって貴方達は、男の子なのに優勝したのよ!】
【そうよ!ユニゾンも出来るブラックナイトは、奇跡の男の子よ!】
奇跡か。
何時かの頼人が言われていた言い回しに、蔵人は若干心が浮く。
だが、直ぐに心を静めて、観客達を真っ直ぐに見る。
『ありがとうございます。ですが、私は奇跡の子ではありません。平凡な、いや、劣った子でした!』
蔵人の発言に、観客だけでなく選手からも【そんな事ない!】と発言が連発する。
それを、蔵人は手を上げて受け止め、そして鎮める。
『私を守ってくれて、ありがとう。でも、私が劣っていたのは本当です。私の異能力はクリエイトシールドです。透視やテレポートよりも劣り、パイロキネシスやエレキネシスとは比較できない最低種の異能力です。それでも、表彰台に立っています』
会場が、急に静かになる。
僅かな話し声も消えた。
それでも、視線はこちらに向いている。
蔵人の言葉を理解しようと、こちらを注視する。
蔵人は彼女達に、いや、彼らにも向けて、声を張る。
『私は努力をして、強く成りました。そこに、シールドだとか男だとかは関係ありません。やり方一つで、気持ち一つで異能力は進化します。シールドでも、テレポートでも、透視でも一緒です。努力を重ねて、工夫を凝らすだけです』
蔵人は後ろを見る。
そこには、こちらを心配そうに見ている若葉さん達が居る。
蔵人は、彼女達を手で示す。
『しかし、1人では限界があります。強くなる為には、仲間が必要です。私は、仲間に恵まれました。彼ら、彼女らが一緒に歩いてくれたから、ここまで来ることが出来ました。そこに、男性も女性も関係ありません。男女が反発せず、力を合わせたから、我々は強豪達に勝てたのです』
蔵人は前を向き、こちらに向いているカメラに目線を合わせる。
『イギリス男子の皆さん、聞こえますか?貴方達が安らぐ為に、男性特区が必要な事は分かります。女性は、確かに強いですから。でも、忌み嫌うのは止めましょう。彼女達は敵ではない。互いに歩み寄り、手を取り合う事が出来る筈です。そうすればきっと、もっと世界が広がる。私達のように、羽ばたける!』
マイクを降ろすと、シンッと静まり返った空気が会場中に広がった。
まるで、時が止まった様だ。
そこに、小さな拍手が生まれる。
その小さな拍手は、やがて伝染する様に周囲に広がり、大波の様に大喝采が巻き起こった。
その時、
バァアアンッ!!
爆発音。
上空。
見上げると、夕焼けが沈みゆく薄闇の中に、大きな光の花が咲いていた。
花火だ。
これは、演出?
この大会の?
蔵人が目を細める先で、もう1発大輪の花が咲き誇り、会場の目は全て、上空へと吸い寄せられた。
そこに、
『素晴らしい!』
マイクで拡張された、男性の声が響く。
英語だが、この声は間違いなく…。
蔵人が発生源を探すと、その人物は観客席の階段を降りている所だった。
『実に素晴らしい演説だったな!ブラックナイト君』
男はそう言いながら、3mはある観客席の最前列から飛び降りて、そのまま空を飛んで、特設ステージに降り立った。
『だが惜しい。大きな言い間違えをしている。英語が苦手な日本人故だ。諸君、許してやって欲しい!』
ギデオンさんはそう言いながら、蔵人の前まで来る。そのまま、クルリとこちらに背を向けて、観客の方を振り返った。
『諸君!彼が言いたかったのは、男性には秘めた力があると言うことだ!女性に負けない力が、我々にはある!故に、胸を張って上を向き、女に負けるかと牙を研げと、そう言いたいのだ!』
大きく声を張り上げた後、議員がゆっくりとこちらを向く。
「そうだよな?黒騎士」
日本語で語り掛けてくる議員の目は鋭く、瞳は氷の様に冷たい。
言葉の端々からは、同意を押し付ける圧力をミシミシと感じる。
「日本語で構わん。言い直せ。男達よ、今こそ立ち上がれとな」
議員の威圧に、蔵人は小さく息を吐く。
そんな事を言っているから、ゲーム世界のイギリスは分断されてしまったのだ。アグリアによって、男と女の全面戦争となってしまった。
そうは、させない。
蔵人は、重くなったマイクを持ち上げる。
『私がここまで来られたのは、友のお陰です。友達と力を合わせ、ここに立っている。そこに、男も女も関係ない!壁を作らずに手を取り合ったから出来た事だ!皆で力を合わせれば、出来ないことなど何も無い!』
バァアアンッ!!!
再び、夜空に花火が上がる。
黙れとばかりに、花弁を広げる。
議員の両手も、再び開く。
『素晴らしい!素晴らしいぞ、チームBC!彼らは、更なる可能性を私達に見せてくれようとしているのだ。男女が手を取り合う事で何が出来るのかを、示そうとしているのだ。実に素晴らしい!』
議員が指を振る。
すると、大会スタッフが慌てて駆け寄ってきて、フィールドや壇上にいた選手達を何処かに連れて行く。
蔵人達を残して。
『彼らの熱意に、私自らが答えよう!』
議員が声を張り上げると同時、
上空から、大きな音が響いた。
プロペラ音。
その音に、蔵人が上空を見上げようとすると、
その前に、その何かが地面へと激突した。
その衝撃で、周囲に土煙が舞う。
蔵人は、直ぐに周囲へ盾を張り、みんなを守る。
その外側で、議員は再び空を飛んだ。
そのまま、土煙の中で蠢く巨大な何かまで飛んで行き、
高らかに、宣言した。
『イギリス最強と謳われるこの私、ギデオン・久我が、君達の相手をしてやろう!』
表彰台から、まさかSランクとの戦闘になってしまうなんて…。
「遅かれ早かれ、衝突は免れない運命であろう。あ奴と、議員ではな」
ですが、相手は男性とは言えSランク。
…勝てるのでしょうか?
「”神”のみぞ知る事だ」