表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/480

24話~凄くも何ともなかぁ~

「おはよう」

「ああ、おはよう」

「おはよう、巻島君」


正月が明けて、初めての登校日。

蔵人が教室に入り挨拶をすると、教室の入り口付近で駄弁っていたカースト上位の子供達が、眠そうな声を返してきた。


彼らの様子は、全国大会前と後ではあまり変わりがない。

勿論、大会が始まる前と比べれば、カースト上位だとか下位だとかの垣根が殆どなくなっていた。お陰で、上位の男子が下位の男子と会話する場面も増えて、昼休みには一緒に遊んでいる姿も見られるようになった。

大会で優勝した蔵人がそうしているから、みんなも真似しているみたいだ。

とは言え、それは男子の間だけで、女子は相変わらずDランクの男子としか会話しないのだがね。


蔵人がクラスを見回していると、向こうの方から武田さんが近づいてきた。


「あら?Dランクチャンピオン様のご登校ね。随分と険しい顔をしているけど、それだけ全国は厳しかったってことかしら?」


いつも通りの女王様スタイル。それでも、彼女の目に悪意はこれぽっちも在りはしない。寧ろ、こうして全国大会の話を掘り返すことで、みんなに思い出させようとしている。

だが、そんな彼女の行動を、彼女の取り巻きは青ざめた顔で見つめていた。


「ねぇ、千佳子(ちかこ)。今その話題は不味いよ…」


武田さんの隣で、お友達の清水さんが彼女の袖を引っ張って注意する。

彼女の発言は、武田さんを思っての物だと思うが、それを受けた武田さんは少し機嫌を損ねたように頬を膨らませ、清水さんに振り向く。


「なんでよ?別にいいじゃない。巻島君が全国大会で優勝したのは事実でしょ?」

「そうだけど…先生も言ってたじゃん。異能力の事は、今は話さない方が良いって。あの事件の後だからってさ」


事件。

そう、それこそが、クラスの中を冷やしている原因。蔵人の全国優勝を霞ませている根本であった。


昨年の12月上旬。蔵人が全国大会で奮闘している正にその時、東京特区入り口ゲートでテロが起きた。

詳細までは報道されていなかったが、どうも数台のトラックが検問に突っ込み、そのトラックから武装した男性達が出てきて、暴れたらしい。

勿論、検問所のセキュリティは万全で、特殊警察部隊によって、犯人グループ全員を捕縛することは造作もなかった。

だが、その後に流れた犯行声明が、この事件を厄介にした。


『今回の作戦は、我々、武装組織怒れる者(アグリア)が主導したものだ。作戦は失敗ではない。これは始まりに過ぎない。男達よ、異能力に恵まれぬ者達よ、今こそ立ち上がれ!壁の中で私腹を肥やす、高ランク共に奪われたこの日本国を、取り戻す時が来たのだ!』


蔵人はこの放送を見た時、少し驚かされた。

それは、まだ男性が女性に対して反抗しているという事もあるが、一番は、こんな放送を電波に乗せることをテレビが許している事に驚いたものだ。

映画や漫画みたいに、テレビをジャックするというのは容易な事ではないだろうから。

だが、柳さんはそんなに驚いていなかった。というのも。


「昔は、こういうのがとても多かったらしいですよ。大学とかで、学生運動が盛んだったとか」


所謂(いわゆる)、大学闘争と言われるものだ。

史実では、1960年代末期に日米安全保障条約の内容改定に反発した学生達が、改定を取りやめるように動いた。


だが、この世界では1930年代と1970年代辺りで、それらの活動が活発に起きたのだそうだ。

1930年頃は、女性と男性の立ち位置が逆転し、激動の時代であった為。そして1970年代には、特区が出来たからである。


「あまり覚えてはいないのですが、私が幼稚園生くらいの時までは、学生運動も盛んに行われ、こうして男性が主張する機会もあったそうです」


そうして盛んに行われていた学生運動も、異能力の前には全くの無力であった。

訓練を受けた高ランク異能力者が数人いれば、男性が千人でも万人でも歯向かおうが返り討ちにしてしまうから。

それ故なのだろうか。こうして犯行声明を電波に流しても、女性社会が余裕そうにしているのは。

寧ろ、こうして女性の力を見せつけて、男性の反抗心を削いでいるのではと、蔵人は推測した。


だが、その犯行声明が出された後、その思いに動かされたお馬鹿さんが少なからずいた。

俺も反抗してやると、店の中で騒いだり、学校の窓を割ったりする悪ガキが全国的にちらほら現れたのだ。


そういう奴は、蔵人の住む町の近くでも発生した。しかも、殺人事件にまで発展してしまった。

隣町ではあるが、街中で刃物を持った男性が暴れまわり、偶々(たまたま)近くを通りかかった1人の男性が切り殺されてしまうという痛ましい事件だ。

捕まった犯人は「自分も低ランクで悩んでいた。高ランクばかりが優遇されるのはおかしい」と動機を語っていたらしい。


この事件を受けて、同じような人間が出る恐れもあると小学校側が判断し、百山小学校も集団下校や下校ルートの見回り強化を行っている。

また、異能力の話題がそういう人間を刺激するかもしれないと判断されて、外ではなるべく話題にしないようにと、全校集会で校長先生が注意を促していた。


故に、全国大会の話題はタブーであり、優勝の表彰式など以ての外であった。

蔵人としては、目立たなくて済むので有難い処置ではあるのだが、目の前でふくれっ面をする武田さんや、クラス中に蔵人の優勝を言いふらす加藤君なんかは、学校側の態度に不満を抱いている様子だった。


「もういいわよ」


武田さんは不満たらたらでそう言って、いきなり蔵人の目の前に画用紙を差し出してきた。

なんですの?


「はい。これにサインして。多分、君のサイン、将来的に売れるでしょうから、今のうちに貰っておくわ」


画用紙ではなく、サイン色紙であったか。

蔵人は抗議しようと目線を上げたが、武田さんの目がマジもんであったので、大人しく色紙を受け取る。


「良い事?巻島君。君の優勝を話題にしない連中に、サインしちゃだめよ」

「待ってよ!オレも欲しい!」


鋭い武田さんの目線を遮ったのは、加藤君であった。

武田さんの標的が、彼に移る。


「あなた、巻島君と仲悪かったじゃない」

「そんなことない!オレ、だって県大会応援しに行ったもん!」


そう言うと、加藤君は眼を輝かせて構えだす。

ああ、不味ぞ。彼のこの様子は…。


「巻島君は、凄いんだぞ。県大会の時、こう、足でビュンって蹴ったら、相手がズガガッて、こう、地面に、バシンッ!ていって、それで相手の首がぽきぃってイッちゃったんだ」


県大会で蔵人がやり過ぎた時の事を、擬音マシマシで得意げに実演し始める加藤君。

おい、止めてくれよ。

繰り返す黒歴史を横目に、蔵人はため息を吐いた。


だが、そんな蔵人に、異能力を学びたいという男の子もちらほら現れた。

どうも、加藤君の話す武勇伝に惹かれて、自分も強くなりたいと触発されたらしい。

そう思うこと自体はとても嬉しい事なのだが、その動機は別の事にして欲しいものだ。

どちらにせよ、陳情してくれる皆さんには、この事件のほとぼりが冷めてから一緒に訓練しようと約束するのであった。



その約束が果たされたのは、4月となり、蔵人が2年生になった時であった。

この頃には、学校側も緊張を緩和したので、学びたい子だけ放課後に集まってもらった。

校庭に集まったのは、総勢21人。1年次のクラスメイトの大半が来ていた。顔なじみでない子が3人ほど混じっていたが、それは慶太が連れてきたらしい。

そう、この話をしたら、慶太も参加してくれることになった。


蔵人は先ず、基礎訓練として軽いランニングと魔力を感じる座禅から始めた。集まった大半の子がEランクで、魔力すら何処にあるのか分からない子ばかりだったからだ。


そんな地味な基礎訓練ばかりを1ヶ月もしていると、集まった子達は次第に来なくなり、残ったのはたった数名となってしまった。

悲しい事に、幼稚園の時と一緒である。

去って行った梅垣君は「もっと簡単に強くなると思ってたんだけど…」とボヤかれてしまったし。

なかなか自分の成長を感じることが出来なくて、諦めてしまう子が多い。

もう少し続ければ、実感できるようになっただろう。

だが仕方がない。強くなるためには、近道など無いのだから。地道に出来ることを繰り返す。これが、強くなるための1番の近道だ。それが分からずに去っていってしまった子達は、正直勿体ないと思う。


しかし、残った数人の子供達は、しっかりと蔵人に着いてきてくれた。ゴールデンウイークや夏休みなどの大型連休にも、時間が合う時には蔵人の訓練に顔を出してくれた。

その甲斐もあってか、彼らは徐々に頭角を表す。


先ずは慶太。

彼は元から蔵人の訓練に慣れていたから、他の子よりも一足も二足も先の訓練を行っていた。驕ることなくしっかりと基礎練を繰り返してきた彼は、徐々に応用的な訓練も取り組み始め、彼の異能力にも特色が出るようになった。


「それぇ!みんな、行くよぉ〜!」


慶太の周りには、大きさ30cm程の小さなゴーレムが5体が出来上がり、みんな元気に飛び跳ねていた。

慶太はこのゴーレムを操る練習を、1年生の時から頑張っていたらしい。

このゴーレム達は、直接的な攻撃力もなければ、主人の代わりに攻撃を受ける事も難しい。だが、機動力があり、何よりも射程が長い。なんと、200m先でも操ることが出来る。

更に、相手に纏わりついたらそのまま土に戻り、相手の手足や顔に張り付くことも出来る。妨害型異能力としたら、なんと優秀な能力だろうか。


蔵人が大会で見たソイルキネシス達は、大概が土塊を弾丸のように飛ばす者ばかりであった。だが慶太は、それらの子達とは異なった使い方をしている。

この様に、同じ種類の異能力でも、人によって得意な事や性質が違ってくるらしい。

慶太は並外れた遠隔操作能力と、相手に吸着させる事に秀でている事が分かった。


同じ様に、蔵人の異能力の特色も、何となく分かった。

それは、盾を自由に移動させる操作性と、物を持ち上げる力である。

それらは、他のクリエイトシールドよりも優れた部分であった。逆に、魔力を凝縮させて盾を強化する合成能力や、複数枚の盾を同時展開させる能力は、共通の能力と思われた。


それが分かったのは、残ったメンバーの中に蔵人と同じクリエイトシールドがいたからだ。

彼の名前は、西濱 雄也(にしはま ゆうや)君。

慶太が連れて来た内の1人で、体格が良く、蔵人よりも頭1つ高かった。そして、何よりも努力家で真っ直ぐだった。


「わしゃあ頭が悪いからの。お前さんが言ったことをただただ馬鹿みたいにやってただけだ。凄くも何ともなかぁ」


西濱君が1ヶ月間の訓練の後、漸くアクリル板を出せた時に蔵人が褒めたら、そう言われた。同い年で、出身も地元なのに、面白い喋り方をする子だ。

訓練が地味過ぎて、参加者がドンドン辞めていく時も、


「お前さんが悪いんじゃぁない。アイツらがやりたくないから辞めるんじゃ。気にしたってしゃあないぞ」


そう言って慰めてくれた。

とても小学2年生とは思えない。

蔵人はひっそりと、西濱君をアニキと呼ぶことにした。


その西濱のアニキだが、盾を動かす事が殆ど出来なかった。自分から1mくらい離れた所に出すと、そこからゆっくりとしか動かすことが出来ない。

家に帰って異能力大会の動画で調べた所、これがクリエイターの通常性能らしい。一定距離に出すと殆ど動かせない。動かすにはもう一度出し直す方が早い。

ここから蔵人の異能力が、操作性に秀でている事が分かった。


逆に西濱のアニキは、盾の形を変える事が得意だった。

最初は、少し丸みを帯びた盾を出せるくらいであったが、形を変える訓練を2週間も繰り返すと、まん丸や正三角形、先っぽが鋭利な盾など様々な盾を生成することが出来るようになった。

試しに、表面を鋭利な棘にしたアクリル盾で、蔵人のアクリル板にシールドバッシュしてもらったら、蔵人の板は見事に粉砕された。


蔵人も真似をしようと頑張ったが、盾の先っぽを少し尖らせるのが限界だった。

ここから、同じ異能力種を持つ者でも、各々で得手不得手な分野がある事が分かった。

蔵人はこの判明した事実から、自分の得意分野、蔵人でいうと盾を高速で移動させることと、物を持ち上げる特性を生かす技の構想を始めた。

先日実践投入したドリル攻撃などだ。更に、盾の変形や他の盾を合成させる基本性能をそこに加えれば、可能性は一気に広がっていく。


その可能性は、他の子達にも言えることだ。

なので蔵人は、残った子供達に〈自分の得意分野を見つけ、それを伸ばす〉ことを中心にレクチャーしていった。

そんな訓練を受ける子供達は、仮令Eランクと言っても諦めずに、楽しそうに訓練に付き合ってくれた。


その中には加藤君もいた。

彼には自身の加速の他に、他人への加速付与を練習してもらった。

最初は自身の加速度は1.5倍で、他者には付与出来なかったが、3ヶ月程訓練すると、自身は1.75倍で他者は1.25倍程まで加速を付与出来るようになっていた。


他にも、慶太が連れてきた大寺君は、物の記憶読み取るサイコメトラーの異能力を開花させた。

元々Eランクの彼は、最初はボンヤリとしたイメージしか掴めなかったが、半年もすると、数時間前の記憶を断片的に読み取る事が出来るようになっていた。


「オオちゃん、やったね!」


慶太が自分の事の様に喜び飛び跳ねていたが、大寺君は凄く嫌そうな顔をしていた。


「何かあったのかい?」


蔵人が心配そうに聞くと、大寺君は持っていた鉛筆を摘まむようにして持ち上げた。


「これ、竹内くんが鼻ほじった手で持ってた奴だよ。うぇぇぇ…」


そう言って、今も座禅をしている竹内くんに鉛筆を放り投げる大寺君。

でも、竹内くんは動かない。とても集中している。


「聞こえる、聞こえるぞ。女の子の声だ。よし、これなら、女の子と仲良く…ぐふふふ」


竹内くんの心の声が漏れている。

彼の異能力もサイコメトラーであった。だが、彼は人間の思考を読むことに特化しているタイプだった。

最初は、異能力を使うと目がボヤけるといった、訳の分からない状況であったが、次第に相手の感情が何となく色で分かってきたらしい。

蔵人が本で調べた所、高ランクサイコメトラーの読心術は、相手の想いまでも言葉として感じる事が出来るようになると書かれており、それを竹内くんに伝えてからというもの、彼は同じクラスの女児達との甘いラブロマンスを夢見て、訓練に精を出す様になった。


うん。なんか、彼を鍛えて良かったのか、悪かったのか分からない。将来、事件とか起こさないでくれよ?竹内くん。


「くーちゃん、なんか竹内君がおかしいんだけど」

「…想像するだけは自由だ。放っておいてあげなさい」


蔵人は優しさ半分、諦め半分で慶太に諭す。

すると、慶太は少し難しい顔をした。

どうしたのだろうか?

蔵人が慶太をよく見ると、彼の片手にはお菓子の袋が掴まれていて、そこから一枚のクッキーを取り出した。


「ああーっ!このチョコクッキー溶けちゃってる。中のチョコがブヨブヨだよ~」


悲しそうな顔をする慶太。

クッキーは両サイドがクッキー生地で、中にチョコを挟んだものだった。

だが、秋の入り口とは言えまだまだ気温の高い中だったので、クッキーが半分溶けてしまったみたいだ。

そもそもこんな校庭のど真ん中で、お菓子を広げようとするとはな…。


蔵人が少し呆れて慶太を見ているが、慶太は構わずクッキーに歯を入れようとする。

勿論、上手くは嚙み切れない。


「うぅ~…チョコがはみ出しちゃう…」


慶太が悪戦苦闘するのを、蔵人は目を丸くして見ていた。

なるほど。硬い外殻に柔らかい内装。龍鱗の装甲以外でも使えそうだな…。

蔵人の頭の中で、また一つ、新技が生まれそうになっていた。


そうして、蔵人の小学2年生のページは、仲間達との訓練で彩られていった。

武田さんは何と言いますか、抜け目のない子ですね…。

ここ数話くらいは、日常回多めとなります。


イノセスメモ:

・日本にも武装組織が存在し、テロ行為を行っている←最盛期からしたら、随分と下火。

・主人公の名声は、殆ど広がらず。

・交友関係が広がる。西濱(盾)、大寺(接触読解)、竹内(読心術)、加藤(加速)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ