263話~でも!みんな言ってるぞ~
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開幕、他者視点となっております。
俺は、重い体を引き摺りながら、階段を上がっていく。
ここ最近の激務で疲れ切っているのもあるが、何よりも重いのが、今カバンに入っている資料のせいだ。
コンビネーションカップの異能力戦、その結果をギデオン先生に報告しなければならないのだ。
そう言う意味で言えば、俺の体が重いのは全て、このツーマンセル戦のせいと言える。
だが、そう愚痴っているばかりではいられない。何せ、この大会はイギリス中が楽しみにしているものなのだから。
アイザック殿下を始め、王室の方々からもご期待を寄せられている。
もしかしたら、何方かが表彰式にいらっしゃるかもしれない。
そう思えば、俺のやっている仕事が凄い事だと思えて、少しは足も軽くなった気がする。
その気分を維持したまま、俺は赤く重厚な扉をノックする。
すると、
【入れ】
先日よりも不機嫌な声が帰ってきた。
くそっ…。だが、行くしかない。
俺が覚悟して扉を開けると、そこには青筋を立てた先生の顔があった。
これは不味い。今まで見たことも無い程に不機嫌だ。
俺は、今日が命日になるかもと覚悟して、重いカバンを胸に前に抱え込んで、大きく一礼した。
【失礼します!ギデオン先生!】
【ウォルター、聞いたぞ。また、スターライトが出場しているらしいな。それに、Cランクには中国の劉姉妹も出てると】
【は、はい。仰るとお】
【ふざけるなっ!!】
先生は、怒りに任せてデスクを叩き、コーヒーをデスクの上に撒き散らした。
でも、そんなこと気にも止めずに立ち上がり、怒りの眼差しをこちらに向けた。
【寄りにもよって、なんでそんな奴らが出てきやがる!アジア人が、俺の大事な大会を引っ搔き回しやがってっ!】
先生が怒るのも仕方がない。何せ、その両チームはユニゾンも出来る強力なチームだからだ。
スターライトは、去年までU12のBランク戦に参加しており、先生が推していた男性選手達から総合優勝を何度も搔っ攫った実力者達。
劉姉妹も、ツーマンセルこそ初出場だが、中国では名の知れた有力な選手だ。
個々でもU12で世界ランカーとなり、チーム戦では国内敵無しと言われているとか。
異能力大国の中国でそれなのだから、余程の事だ。
流石は、Cランク世界一の姉を持つだけはある。
だが、
【スターライトは異能力戦を優勝しました。ですが、劉姉妹は敗退しています】
【あぁ?中国チームが負けた?それは本当か?】
【ほ、本当です】
先生の目が、幾分か光を取り戻した。
それを、俺は喜べない。
何せ、もっと怒らせる結果になるのが目に見えているから。
【彼女達は決勝戦で負けています。相手は、チームBCです】
【チームBC?エーデルワイスや、フェアリープルームじゃねぇのか?一体、何処のチームだ?】
眉を寄せた先生に、俺は言葉を詰まらせる。
唾を飲み込み、1つ呼吸を置いてゆっくりと言葉を発する。
【男性特区入りを拒んだ、男子中学生が居るチームです】
【はぁ?】
先生はそう言って、固まってしまった。
そして、徐々に口が歪んでいき、歪な笑みを浮かべた。
【おいおい、ウォルター。笑えねぇ冗談だ。男が女を、それも、あの清麗の妹達を倒しただと?】
【冗談では、ありません。彼らは準決勝でエーデルワイスを下し、決勝では劉姉妹のレッドドラゴンを倒しました】
俺は何とか息を吐き出し、最後まで報告した。
そんな俺に、先生は無言で手を突き出してきた。
やはり怒ってる。そりゃ、彼らは先生が用意したホテルに泊まらず、女性と一緒に行動しているんだ。先生からしたら、裏切り者に見えるだろう。
俺は急いでカバンを開けて、異能力戦の結果を先生に渡した。
先生は、血走った眼で書類に目を通す。
文字を追うにつれて、紙を握る手が震え、持った所がクシャリッと握り潰された。
そして先生は、
暴れた。
【あぁああ!!】
デスクの上に乗っていた書類やペンやノートパソコンなんかを薙ぎ払い、全部床に叩きつけた。
そして、空いたデスクの上にダンッ!と、大瓶を叩きつけた。
そして、
【ウォルター!!】
先生は、俺に向かって何かを突き出した。
透明な何か。それは、見間違う筈もなく、
ガラス製のグラスだった。
【飲め!今日は祝いだ!】
先生はそう言いながら、デスクに置いたワイン瓶のコルクを抜いて、返答もしていない俺のグラスにワインを継いだ。
【何時までカカシみたいに突っ立ってんだ、ウォルター!男の選手が、異能力戦で優勝したんだぞ?こんな目出度い日に、仕事なんてしていられねぇだろうが!そんな堅苦しいカバンなんかそこらに放り出して、1杯やるぞ!】
そう言った先生の目は、血走ったままだ。
だが、光は宿っていた。
先ほどよりも更に光を強くして、怪しい瞳の色をギラつかせていた。
先生は、俺が動けないのも気にせず、椅子に座ってグラスを煽り、異能力戦の資料に再び目を通す。
【おいおい。こいつらユニゾンで勝ったとあるぞ?しかも、この黒騎士って奴は複数人とのユニゾンを行っただと?これは明らかに、シンクロの事だろうが。こいつらは何か、軍と繋がりがあるのか?】
【軍、は分かりませんが、スポンサーについているのは、日本の薬剤メーカーである大山製薬みたいです】
【あぁっ!?大山だとっ】
突然、先生は鋭い声を上げた。
しまった。そんな所にも地雷が埋蔵してるのか。
俺は自分の不運を呪った。
だが、声を荒げて背もたれに身を任せた先生の顔には、怪しげな笑みが浮かんでいた。
【ふんっ。なるほどな。そういう事か…。くふふっ】
先生は意味深に笑うと、ワインを勢いよく煽り、立ち上がった。
そして、近くに掛けてあった赤い外套を手に持った。
【おい、ウォルター。黒騎士が泊っているホテルは確か、ザ・リッチだったな?近くに三ツ星レストランのザ・ペンがある。そこを今夜6名で予約しておけ】
【えっ!今から行かれるんですか!?】
俺が声を上げると、先生は気持ち悪い笑みをこちらに向いた。
【当たり前だ。演武の前に美味いもん食わせて、英気を養わせるんだよ。黒騎士を演武でも優勝させて、U16でも男が総合優勝だ。最高のシナリオだろう?】
【いえ、先生。そうではなくて、先生は今夜、会食の予定が入っております】
【あぁ!?キャンセルだ!そんなもん】
【無理ですよ、議員。相手は王室です】
確か、アイザック殿下と、その叔父上のデイヴィッド様との会食だったはずだ。
先生は完全に忘れていたみたいで、迷った様に視線を行き来させた後、外套を放り投げて椅子に座り直した。
そして、
【ああっ、くそっ!鬱陶しい!】
そう言って、両拳をデスクに叩きつけた。
〈◆〉
ギデオン議員が、王室相手に暴言を吐いている頃。
蔵人達は、コンビネーションカップからの帰り道を歩いていた。
その足取りは、軽い。
懸念していたゴルフカートの修理費が何とかなったからだ。
大会運営は「全てこちらで対応しますので、BC様達の負担はございません」との事だった。
どうも、元々廃棄する予定だったようで、バラバラになっても構わなかったらしい。
寧ろ、付加価値が付いて助かったと言っていた。ブラックナイトがユニゾンで使用したカートだと、大々的に売り出せると喜んでいた。
何処に売り出すのだろうか?
物申したかった蔵人だったが、壊したのはこちら側なので、深くは突っ込めなかった。
「お腹減ったねー」
「もう、ペコペコ!」
桃花さんの声に、慶太が全力の返答をする。
試合前、口がはち切れん程食べていた筈なんだけど、もう空腹なのか?
蔵人が、信じられない者を見る目で親友を見ていると、鶴海さんが小さく笑った。
「じゃあ、優勝のお祝いという意味も込めて、今晩はちょっと良いレストランに行かない?ホテル周辺で美味しそうなお店をピックアップしておいたの」
「さっすがミドリン!我が親友よ!」
若葉さんが鶴海さんに抱き着いて、感謝の意を示す。
選手の情報だけでなく、そんな情報まで仕入れてくれているとは有り難い。
早速、鶴海さん一押しのお店に向かおうとした。
ところが、
「おやおや?誰かがそこの路地で、何かコソコソしているよ?」
レストランに向かう途中の路地で、若葉さんが立ち止まる。
彼女の目には、特性のメガネが掛かっていた。
カメラを異能力で分解して、遠視と赤外線の両方を備えた優れものメガネだ。
本当に多能な忍者。
おっと、そうじゃないな。
蔵人も若葉さんの横に立ち、耳を澄ませる。
すると、
【くそっ、何処だよ。何処行っちゃったんだよ。ああっ、もうっ!】
人1人通るのがやっとの狭い通路の奥で、何かを探している物音が聞こえた。
声質からして、男性っぽい。
一体、何を探しているのだろうか?
蔵人が薄暗い通路を覗き込んでいると、その人が急に飛び出て来た。
【うぉ!だ、だれ?】
蔵人を見て、男性は驚きで目を丸くし、更に蔵人の隣を見て、悲鳴を上げる。
【ぎぃやぁあ!女だぁ!】
飛び上がり、蔵人の背中に隠れる男性。
…忙しい奴だな。
蔵人は小さくため息を吐きながら、背中に回った男性に声を掛ける。
【落ち着いてください。我々は貴方に危害を加えません。安全です。だから、私の背中から離れてくれませんか?】
見ず知らずの男性に背中を取られるなんて、落ち着いていられない。
だというのに、
【何言ってんだ!お、女がこんなにいっぱい、こんなに近くにいるのに、安全な訳ないだろ!おと、男は固まってないと、女に喰われちまうんだぞ?】
そう叫んで、男は蔵人の背中から離れようとしなかった。
それを見て、慶太と桃花さんは目を丸くし、若葉さんと鶴海さんは困ったように顔を見合わせた。
彼女達の気持ちは、痛いほど分かる。
こんなに可愛らしい娘達を前にして、この男は何を言っているのだろうか。
見た所、高校生くらいだと思うのだが、言動が幼過ぎて、年下に思えてしまう。
蔵人は、半強制的に彼を引き剥がし、彼の顔を覗き込む。
【彼女達は俺の仲間だ。君の態度は、俺の仲間を侮辱している】
【な、仲間?何言ってんだ?男と女の間に、そんなものがある訳…】
泣き笑いをしながら、彼がこちらに同意を求めてくるが、蔵人は硬い顔をしてそれを拒絶する。
すると、彼も笑い顔を引っ込めて、小さく肩を落とした。
【分かったよ。ごめん…】
【ああ。それで?貴方は何かを探していましたね?】
【あ、ああ。そうなんだ!聞いてくれよ!】
急に元気になった彼が、蔵人に経緯を語り出した。
彼の名前はケヴィン。男性特区に住むセカンダリースクールの5年生…日本で言う高校1年生だ。
今日は友達とコンビネーションカップを見に来たのだが、推していたチームが準々決勝で負けてしまったので、早めに帰ろうとしたらしい。
だが、
【財布に入れていた筈の、男性特区通行許可書が無くなってたんだ!】
それで、財布を使ったであろう店の周りを探し回って、こんな時間になってしまったらしい。
道理で、泥だらけでくたびれた格好をしている。
【再発行をしたらどう?イギリス国籍を持つ男性なら、簡単に出来るってネットに書いてあったわ】
【そ、それは…】
優しく聞く鶴海さんに、ケヴィン君は頬を引きつらせながら首を振る。
【簡単、だけど、無理だ。だって、再発行の窓口には、警備員が居るんだ。あんな屈強な女の前になんて、怖くて立てないよ!】
ケヴィン君は、蔵人を見上げる。
【なぁ、君。君だったら、女性も怖くないだろ?一緒について来てくれないか?】
うん。なるほどな。
蔵人はみんなを振り返る。
「どうだろう。男性特区まで、このケヴィン君を送ってあげないか?」
「「「いいよー」」」
3人は快く承諾してくれた。
だが、1人だけ難しい顔の子が居る。
慶太だ。
「反対か?」
「う~ん…」
慶太は考え込む。
と、その時、彼のお腹が「ぐぅ~」と抗議の声を上げた。
おっと、そうだった。夕飯を食いに来たんだった。
ケヴィン君が慶太を見て、少し笑みを零す。
【なんだ。そこの子は腹が減ってるのか?だったら、この店で腹ごしらえして行けよ。俺のお勧めの店だ】
現地民もお勧めするとは、流石は鶴海さんが選んだお店だ。
蔵人達は店に入り、大きなテーブルに6人で座る。
ケヴィン君が先に座り、その両脇を蔵人と慶太で固める。
そして、若葉さん達が座ると、ケヴィン君がビックリして席を立った。
【おいおい、マジかよ!男と女が一緒に座るのかよ!?】
またこいつは…。
喉まで怒りが出かかった蔵人は、何とか呑み込む。
【なぁ、ケヴィンさん。何か女性に、嫌な思い出があるのか?】
きっと、彼にも色々あるのだろう。
そう思って、溜飲を下げた蔵人だったが、
【いや、ないけどさ】
無いんかい!
ケヴィン君の答えに、ずっこけた。
それを見て、ケヴィン君は慌てて言葉を繋ぐ。
【でも!みんな言ってるぞ。女に気を付けろ、隙を見せたら喰われるって。俺の周りでは、実際に被害に会ったって奴も居て…】
【みんなとは?男性特区の住人か?】
【そうだよ。みんながみんな、そう言って…】
ケヴィン君の答えに、蔵人は大きく頷いた。
【俺の周りでも、そう言う奴は居る】
【ホントか!?じゃあやっぱり!】
【だが、女性と仲が良い男性も大勢いる。俺の人間関係は広い。男性特区の中で留まる君達よりは】
【それは、でも、俺は…】
ケヴィン君が迷いだした。
彼は、男性特区の世界しか知らない事を理解している様だった。
なので、
【嘘だと思うなら、彼女達と交流してみるべきだ】
【あの人達と…】
ケヴィン君が若葉さん達を恐る恐る見ている内に、蔵人は手を上げて、店員さんを呼ぶ。
メニュー表を見ながら幾つか料理を注文していると、途中でケヴィン君の手が割り込んできた。
【こいつとこいつがイケるよ。あと、この皿は新作だ。試してみる価値はある】
それは良い。是非注文しよう。
料理が来るまで、蔵人達は明日の事を話し合った。
「明日の演武で注意すべきチームは何処だろうか?」
「そうね。スターライトは当然として、他で言うと、男性だけのチームは要注意よ。男性という事で、かなり優遇されるみたいだから」
「なにそれ…」
桃花さんが絶句し、蔵人の心の内を代弁してくれる。
それ故に、男性が参加しやすいのだろうけど、それなら男性専用リーグを作ればいいのに。
態々女性と競わせて、何をしたいのだろうか。
【なんだ、君達は演武の参加者なのか?】
ケヴィン君が、話に入って来た。
よく日本語が理解出来たなと思ったら、慶太の隣に座った若葉さんが通訳してくれていた。
蔵人が頷くと、ケヴィン君は目を輝かせる。
【そっかぁ。すげぇな。俺も応援には行くんだけどさ、実際に出場する男子の選手は尊敬するよ。頑張ってな】
【ありがとう】
丁度その時、注文していた料理が来た。
蔵人達は会話を一時中断して、フォークとナイフを握る。
魚のムニエルや、子羊のソテーなど、なかなかにボリューミーな品が多い。
「うわぁ!これ美味しい!」
「頬っぺた落っこちる~!!」
桃花さんと慶太が大絶賛だ。
その皿は、確かケヴィン君が勧めてくれた奴だな。
ケヴィン君は2人を見て、固い笑みを浮かべた。
【そ、そうか。お口に合って、良かったよ】
「うん、凄く美味しかったよ!」
ケヴィン君の問いかけを、満面の笑みで受け答える桃花さん。
彼女の通訳役は鶴海さんだ。
ケヴィン君は、純粋な桃花さんの答えに、固かった表情を少し緩めた。
「美味い!がふがふあふ!うんまぁ!」
「ああっ!慶太君!全部食べちゃダメ!」
「もう1皿頼もう!」
桃花さんがケヴィン君と話している内に、慶太が皿の上をバキュームした。
堪らず、慶太に掴みかかる桃花さん。
でも、慶太は動じない。貪欲に、料理を口の中に運んでいる。
それを見て、
【はははっ!】
ケヴィン君が笑った。
【そんなにガッツかなくても、まだ美味いのはあるよ。ほら、これなんてどうだ?】
ケヴィン君が桃花さんに提示したのは、新作と言っていた料理だ。
「うわぁ!綺麗なエビだね~。頂きます!…うんっ!美味しい!」
【ああ、やっぱり当たりだったな】
ケヴィン君も一緒に食べて、桃花さんと頷き合っている。
慶太と桃花さんのお陰で、随分と雰囲気が良くなったな。
「お腹いっぱいだぁ~」
「オイラ、まだ食べられる!またこの店来たいな!」
レストランを出て、男性特区まで向かう。
桃花さんと慶太が、満足そうに先頭を歩く。
そんな2人の背中を、ケヴィン君は後ろから見る。
【喜んでもらえて良かったよ】
【ありがとう、ケヴィンさん。支払いまでして貰って】
会計の時、ケヴィン君は【ここは俺が】と男気を出してくれたのだ。
彼のお陰で裏メニューまで堪能できたし、本当に感謝しかない。
だが、蔵人からのお礼を、ケヴィン君は小さく首を振って拒否した。
【お礼を言うのは俺の方だよ。君達に付き合って貰うんだし。それに、みんなのお陰で、ちょっと女性が平気になった気がするんだ】
それは良かった。
やはり、イギリスの男性が過剰に女性を嫌うのは、女性と切り離して生活させてしまったからだろう。
そのお陰で、確かに性的被害は受けなくなったのかも知れないが、耐性も付かなくなってしまった。
女性が怖いと言う先入観だけが肥大化してしまい、余計に女生との接触を避け、負のループに入ってしまっている。
男性特区は、諸刃の剣だな。
蔵人がイギリスの問題を考えている内に、目の前には特区の大きな壁が迫っていた。
ロンドン特区の壁…ではない。
これが、男性特区を仕切る壁だ。
ロンドン特区の入り口と同じくらい厳重な扉の横に、無機質な建物が立っており、そこが警備棟らしかった。
蔵人は、若葉さんとケヴィン君を連れて、その建物に入る。
外見と同じくらい、中も簡素的な机や椅子が並んでおり、古い市役所みたいな印象を受ける。
その受付に立つお姉さんは、眉毛が凛々しい金髪美人さんであった。
屈強というより、美人過ぎて近づき難い。
だが、
【はい。これが貴方の許可証よ。落としたものは無効の手続きを取るから、安心してね】
とても優しく接してくれた。
相手が男の子というのもあるのだろう。
だが、そのお姉さんの視線を受けて、ケヴィン君は固まってしまう。
彼の手が震えている。やはり、大人の女性は怖いのか。
鶴海さん達は、蔵人やケヴィン君よりも頭一つ小さいからね。
仕方なく、蔵人が貰いに行こうとする。
だが、
「蔵人君。ちょっと待ってあげて」
若葉さんが、それを止めた。
そして、ケヴィン君の肩を叩いた。
【大丈夫だよ。ケヴィン君。君なら出来るって】
【う、うん。そうだね。出来る、僕なら、出来る】
ケヴィン君はブツブツと呟きながら、ゆっくりと足を前に出す。
そして、
【ぼ、ぼくの、ひょ、許可書、下ちい】
噛みまくりながら、お姉さんに向けて手を出した。
弱弱しい姿だろう。だが、彼を知る蔵人達には、その姿が勇ましく見えた。
【無くさないように、気を付けてね】
【ひゃい!】
許可証を貰い受けたケヴィン君が、ヘロヘロになりながら戻って来た。
倒れ込みそうだった彼を、蔵人が受け止める。
【ナイスファイト、ケヴィン君!ナイスファイトだ】
【ほんと、よくやったね!】
蔵人と若葉さんが褒めちぎると、ケヴィン君は許可書を高々と掲げた。
【やった、俺は、やり遂げたんだ!】
そんな3人の様子を、警備員さん達が微笑んで見守っていた。
【ありがとう、みんな!本当に助かったよ!】
男性特区の検問前で、蔵人達はケヴィン君と握手をしていた。
彼は若葉さん達ともしっかりと握手を交わし、しっかりと彼女達の目を見てお礼を言っていた。
ほんの少しの時間で、彼は大きく変わった。
変えることが出来るのだ、この国は、まだ。
【そうだ。君達のチーム名を教えてくれないか?明日、応援しに行くよ】
去ろうとしていたケヴィン君だったが、思い出したように立ち止まり、そう言って目を輝かせた。
応援してくれるのか。有難い。
【俺達はチームブロッサムキャッスル。BCって呼ばれている】
【BCだな。分かった!絶対に駆け付けるから、それまで負けないでくれよ!】
【ゆっくり来てもらって構わないよ。決勝戦は午後からだから】
【ははっ!それは頼もしい。優勝した時にサインして貰えるよう、色紙とペンを持ってくよ!】
ケヴィン君は楽しそうに笑い、軽い足取りで男性特区の中へ消えていった。
これは、本気で頑張らないとな。
「さぁ、みんな。明日に向けて、今日はしっかりと休もう」
「そうだね!優勝して、ケヴィン君も観客も、アッと言わせちゃおう!」
「「「おー!」」」
桃花さんが元気に腕を上げると、蔵人達もそれに乗り、腕を上げる。
明日の演武が待ち遠しいと、5人の誰もが心を躍らせた。
異能力戦後の夜、ケヴィン君のお話でした。
「イギリスの男子は、まだ素直だったな」
そうですね。
「偉い議員にもなると、難しそうだがな」
完全に敵視されると思いましたが、案外好感触でしたね。
「それが良いとは思えんがな」
全くです。