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262話~行くっきゃないよねぇえ!~

エヴァさん達と戦った1回戦。

その時は、観客席はまばらにしか埋まっておらず、歓声もまばらにしか聞こえなかった。

だが、今は、


『さぁ!いよいよ、コンビネーションカップ異能力戦、U16の決勝戦が始まります!先に現れたのは、中国からの出場者、リーファン、リーシャオの劉姉妹が圧倒的な力の差を見せ付けるチーム、フォーロン!』

【【【おぉおおおお!!!】】】


響く実況。湧きあがる歓声。

観客席を埋め尽くすだけでは飽き足らず、スタンドの後ろには立ち見する観客の姿も見受けられた。

その誰もが、フィールドに先乗りした選手達に向けて、心の中から漏れ出た激情を叫んでいた。


『13歳と最年少でありながら、ここまで圧倒的な力を見せ付けるその様は、流石は異能力大国からの刺客!中国でも有力な選手達を集めた最強軍団が、この大会の栄光を(さら)うのか!?』

【中国の実力が見れるのね!楽しみだわ!】

【イギリスの大会で、日本と中国の対決か!】

【まるでオリンピックみたいだね!】


フィールドには、真っ赤なプロテクターを身に纏った中国人選手団が、歓声の中を悠々と歩いていた。

全く物怖じしない様子は、流石は異能力大国の選手と思わせる。


蔵人達は中国選手団を確認すると、傍らに止めてあった1台の車両に乗り込む。

さぁ次は、我々の出番である。

車両のエンジンが掛かり、小さな振動が座席から伝わってくる。


「なんだか緊張するね。僕が出場する訳じゃないのに」

「そうね。気分の問題だと思うけど、肌に当たる空気がピリピリしているわ」


桃花さんと鶴海さんが、荷台に設置された座席で笑い合っている。

その手前の席に座る慶太は、隣の若葉さんの肩に手を置いている。


「おお~。めっちゃ震えてる。若ちゃん、緊張してるの?」

「そ、そりゃねぇ。撮る方では何度も見た光景だけど、撮られる側で出るのは初めてだから…」


なるほど。確かに、彼女が異能力戦に出る事自体、今回が初めてだ。だから、決勝戦なんて人生初の経験。それが、外国の大きな大会であったら、緊張しない方がおかしいだろう。

蔵人は後ろを向き、兜を脱いで彼女に笑いかける。


「緊張するのは良い事だ。それだけ、君が努力してきた証だからね」

「そうそう!僕も体育祭で凄く緊張したよ。でも、だから速く走れたんだ。蔵人君と一緒に、1位を取れたんだ」


桃花さんも若葉さんの肩に手を置いて、あの時を思い出しながら励ました。

すると、若葉さんの表情が少し和らぐ。


「そっか。そうだね。蔵人君が一緒だし」

「そうそう。蔵人君が一緒だから」

「くーちゃんだったら、1人でも優勝しちゃうかも」


おいおい、慶太よ。俺を何だと思っているんだ?

蔵人が眉を(ひそ)めていると、若葉さんが小さく笑った。


「ははっ。それならいっそ、カメラを持ち込みたい気分だよ。一番の特等席だからね」


それは無理だろう。

だが、緊張が解れたみたいで良かった。

若葉さんの瞳に力が戻ったその時、フィールドへの入口に立つスタッフが、こちらに合図を送った。


【では次、チームBCの皆さん!入場して下さい!】

「行きますよ!蔵人様、皆さん!」

「「「はい」」」「ふぁいっ!」「ほ〜い」


蔵人達の返事を受けて、運転席の柳さんがアクセルを踏む。

すると、車両が静かに前進し、入口のゲートを潜り抜けた。


途端に、歓声が爆発した。


【【【わぁあああああ!!!】】】

【来た!来たよチームBC!】

【ブラックナイトぉお!】

【クマちゃーん!】


『大歓声!巻き起こる大歓声の中を、1台のゴルフカートが青い芝生を踏みしめながら進みます!遙か日本からの出場、チームBCの選手達です!』

【【【わぁあああああ!!!】】】


まるでホームなのかと思ってしまう程、歓声がこちらの背中を押す。

どちらも地元のチームじゃないからね。男子が含まれるこちらが推されやすくなるのだろう。


『フォーロンと同じく最年少チームであり、更に男子が2人含まれるチームです。ですが彼らは、フェアリープルーフ、Eスコード、エーデルワイスと、名だたる強豪を次々と打ち倒したその実力は確かなもの。果たして、世界の頂点にも手が届くのか!?』

【【ブラックナイッ!ブラックナイッ!】】

【良いか!ブラックナイト!勝たなかったら、絶対に許さないぞ!】

「ブラックナイト!日本人の意地を見せなさい!」

【いっけぇ!ブラナイ君!中国なんかボコボコにしちゃえ!】


観客席に、見た事ある人達もあっちこっちいらっしゃる…。

これは、是が非でも勝たねばな。


【選手は中央へ!】


主審の合図で、蔵人達は中央へ。

隣には、気合十分の若葉さん。その後ろには、ゴルフカートに乗った柳さんが途中まで付いてきて、フィールドの端の方に駐車した。


【互いに握手!】


鷹のように厳しい目をした主審に見守られながら、蔵人は目の前の選手と握手をする。

赤メッシュの入った黒髪を後ろでお団子にした、背丈が蔵人の胸くらいしかない小さな子だ。

それでも、勝気なその瞳からは、強者の奢りの様なものが見える。

そんな顔が隣にも。

双子の選手とは聞いていたが、本当にそっくりだ。パッと見ただけでは、鏡でもあるのかと思ってしまう程に瓜二つである。


【よろしくお願いします】


そう言って、蔵人が手を差し出すと、相手は驚いた表情を浮かべた。

うん?何かありました?

蔵人が不思議に思っていると、彼女の小さな手がこちらに、蔵人の兜へと伸びて来た。

そして、ガシッと両側を掴まれて、そのまま持ち上げられそうになった。


おいおい!何をしているんだ?マナー違反だぞ!?

蔵人は慌てて兜を押さえ、彼女から2歩引いた。

なんでそんな、女性達の夢を壊すような暴挙に出るの?

蔵人の鋭い視線に、しかし少女は残念そうに肩を落とすだけだった。


【遗憾…。不可以给我看一点】


う、うん?なんて?

突然の中国語に、蔵人は眉を寄せる。

何を言っているかは分からないが、相手が英語を理解していないのは分かった。

それ故に、蔵人が男と知らずにここまで来て、驚いたのだろう。

驚いたからと言って、勝手に顔を確認しようとするのは、いただけないけどね。


蔵人が呆れている間にも、少女は隣の双子と中国語で興奮気味に何か喋り、蔵人に向かって手を振って、スタートラインへと向かってしまった。

自由な娘だな。


「男の子が決勝戦に居るなんてって、感激してたよ」


若葉さんが、苦笑いを浮かべてこちらに来た。

蔵人はそれに、目を丸くする


「君は、中国語も出来るのか」

「ホンのちょっとだけだよ。半分以上は聞き取れなかったから」


それでも十分凄いぞ。

蔵人が尊敬の念を込めて若葉さんを見ていると、彼女は小さく首を振る。

そして、視線を蔵人から外し、今もぺちゃくちゃお喋りする双子の背中を見た。


「それでも、舐められてるのは分かるよ。男の子が決勝に出る試合なんて楽勝って、笑い合ってるみたいだから」

「そうか」


それは、万国共通の認識なのだな。


蔵人達もスタートラインに並ぶ。

目の前に並ぶ劉姉妹は、弾けんばかりの笑顔で、こちらに手を振っている。

決勝戦ではなく、合コンにでも来ている気分なのか?この2人は。


蔵人が呆れた視線を向こうに送っていると、それを遮るように白い手が差し出された。

鷹の目の審判だ。

彼女は両チームの間に入り、交互に視線を送ってくる。


【両チーム、準備は良いな?……よし。ではこれより、コンビネーションカップ決勝戦を始める。ルールは公式チーム戦と同等。試合終了10分。両チーム構えて……では、試合開始!】


審判の掛け声と同時に、蔵人達は魔力を練り始めるが、劉姉妹は余裕そうな表情でこちらを手招きしている。

先手はくれてやるって?決勝戦でそれは舐め過ぎだろう。


蔵人は周囲に鉄盾を数枚生成する。

エッジを鋭利に鋭くして、破壊力を上げた盾だ。

それを、姉妹に向けて一斉に放った。


「メタルストライク!」


鈍色の大盾が、姉妹に降り注ぐ。

姉妹は、慌てて手を前に翳し、魔力を放出した。

途端、鮮やかなオレンジ色の炎が広がり、彼女達を覆い隠す。

その火中に入った鉄盾は、瞬時に溶けて消えてしまった。


うん。やはり実力者だ。

異能力の発動は早いし、何より強力だ。

あれだけの爆炎を、ユニゾン無しで展開するとは。


評価する蔵人の目の前で、爆炎の卵が割れる。

そこには手を繋いだ双子の姿が。

既にユニゾンを始めていたか。防御をしながらも次の動作に移るとは、流石は中国でも名が売れている選手達だ。

ならばこちらも。


「若葉さん!」

「了解!」


蔵人達も手を繋ぐ。

だが、魔力を同調するよりも先に、大きな火の塊が目の前まで襲ってきた。

もう攻撃にまで移れるのか。ユニゾンの速度が尋常ではない!


『リーファン選手とリーシャオ選手のユニゾンだぁ!風に煽られた炎が、爆炎となってBCに迫る!』


蔵人はユニゾンを中断し、急いでランパートを作り上げ、迫り来る業火を受け止める。

人間大もある大きな火炎弾が、ランパートを溶かそうと迫る。

これは、1枚では不味いな。

蔵人が2枚目のランパートを作り出すと同時、1枚目のランパートが焼け落ちてしまった。


なんという威力。二条様と同等の、Aランク並の攻撃力だ。

だが、2枚目のランパートにぶつかった炎は、徐々に火力を落とし、最後には消えてしまった。

よし、今の内に。


蔵人は、再び若葉さんの手を取り、しっかりと握る。

蔵人の魔力を若葉さんに流し、若葉さんの魔力が流れ込んでくる。

互いの魔力が混じりあい、少し反発していた波長が共鳴し始める。

新たな流れが、生まれた。

ユニゾンだ。


その時、劉姉妹が再び獄炎の魔弾を生成した。

彼女達の頭上に、炎炎とオレンジ色に燃え盛る炎の塊が膨れ上がる。

パイロキネシスの麗暁(リーシャオ)選手の炎に、エアロキネシスの麗風(リーファン)選手の風が酸素を運び、より火力を上げているみたいだ。

黄色になった炎の塊を高々と掲げる姉妹。

それを、えいやっ!と、こちらへと放り投げてきた。


蔵人は、目の前にランパートを構える。

大きな魔銀盾の内側に、何重にも膜と盾を重ね合わせる。

更に若葉さんの魔力を使い、盾の外周に金属のフレームを入れ込み、強度を増した。

その強化ランパートに、今、黄色の業火がぶつかった。


ゴウッ!


強化ランパートにぶつかった業火が、盾を焼き焦がさんと火の手をこちらに向けてくる。

それを、蔵人達は押し返すように盾を構える。


「あちちっ!」


若葉さんが、堪らず言葉を漏らす。

ランパートで業火の進行は防げても、その膨大な熱量が盾の脇から流れ込んで来ていた。

これは、パイロキネシス特有の追加攻撃だろう。

蔵人は、盾の両脇に盾扇風機を生成し、熱気を外へと逃がした。

そうすると、肌を焦がすような熱を弾くことが出来た。


そうしている間も、強化ランパートは悲鳴を上げながら、業火を受けと止めて続けていた。

金属フレームが、後ろへと傾きそうな盾をしっかりと支えてくれる。

ただのランパートであれば、既に溶けるか折れるかしていただろう。

これなら。


そう、蔵人が思った時、業火の火力が衰え始めた。

黄色の炎がオレンジ色になり、サイズもどんどん小さくなっていき、消え去った。

その先には、肩で息をする劉姉妹の姿が。


【〇✕△@#&!?】

【=+*&%!!】


…早口過ぎて、地球外言語としか思えない。

若葉さんでも聞き取れなかったみたいだ。

ただ、


「きっと、全力を出さなきゃって焦っているんだと思う」


若葉さんの推測は、恐らく当たっている。

立ち直った劉姉妹から、膨大な魔力の渦が生まれた。

目で見えるほどに濃い霧の様な彼女達の魔力。それが、一気に炎上した。

炎炎と立ち込める真紅の爆炎に、轟々と吹き荒れる豪風が炎を巻き上げ、まるで火災旋風の様にとぐろを巻き、空中を荒れ狂う。


その爆炎が空中で留まり、蔵人達を見下ろした。

蔵人達の方を向いた爆炎の先端に、龍の顔が作り出された。蛇のように長い体に鱗が敷き詰められ、小さな腕と足が生える。

その姿は、紛れもなドラゴン…いや、龍。

中国の伝承にもある、紅い龍。


【【紅龍(フォーロン)!!】】


紅龍が大口を開けて、そこから白熱した火炎が吐き出された。

蔵人達は咄嗟に、強化ランパートでそれを受け止めるも、ジワリ、ジワリと盾の周辺が溶けだしている。


こいつは、そんなにもたないぞ。

蔵人は、もう1枚の強化ランパートを作り出し、若葉さんと共にフィールドを走り出した。


不放掉(逃がさない)!】


逃げる蔵人達を、紅龍が追ってくる。

まるで空中を泳ぐ様に移動する龍は、易々と蔵人達を追い越し、行く手を阻む様に白炎を吐き出した。

速いな。やはり、速度で勝たねば。


蔵人は、生成していた強化ランパートを構えて、その白炎を受け止める。その盾の後ろで、もう1枚の魔銀盾を生成する。そして、その盾を小さく分解した。


偽誘導盾(フレア)!」


白い盾は、紅龍を覆い隠す様に舞い散り、まるで吹雪の様に劉姉妹を覆い隠した。


什么都看不见了(見えない)!】

我来吹走(私が吹き飛ばす)!】


紅龍の身体中から真っ赤な炎が立ち上り、舞い散る盾が、まるで雪を溶かす様に尽く消えてしまった。

だが、その時には既に、蔵人達は準備を終えていた。

蔵人と若葉さんが、手を繋いでいない方の手をゴルフカートに置いていた。

そして、


「「ユニゾン!」」


2人の体を巡っていた魔力が、一気に外へと放出される。

それと同時に、手を着いていたゴルフカートがバラバラになり、無数の盾と一緒に何かを形成していく。

出来上がったそのユニゾンは、


『これは、龍!?龍の形をした…車か!?』


そこには、龍の頭を象った黒い車が1台、唸りを上げていた。

古代中国で使われていた龍車と呼ばれる戦車だ。

当時は馬で引かせていたが、今はエンジンで自走する。

その運転席に居たのは、


「蔵人君、大丈夫なの?」


蔵人であった。

右手でハンドルを持ち、左手はシフトレバーを握っていた。

蔵人は、自分の肩を掴んでいる若葉さんに顔を向けて、ニヤリと笑う。


「大丈夫だ。昔、ハワイで親父に習ったからな」

「その冗談、まだ生きてたの!?」


若葉さんのツッコミを聴きながら、蔵人はギアを1速に入れ、アクセルを踏み込んだ。

途端、龍は更なる唸り声を上げて、紅龍へと突っ込んだ。

それを見て、紅龍は驚くように上半身を持ち上げるも、直ぐにその大きな口を開けた。


吐き出される、白い炎の息。

それを、ギリギリで回避する龍車。

助手席で、蔵人の肩を掴む若葉さんの手に力が入った。


「済まんね。急ハンドルだった」

「大丈夫だよ。でも、突っ込んでも良かったんじゃない?黒金剛の車体なら、あの白炎にも耐えられると思うけど」

「そうだね。だが今は、相手に避けるしかないと思わせたいんだ」

「ああ、なるほどね」


会話を交わしながらも、蔵人は的確なハンドリングで紅龍の攻撃を避け続けた。

その度に、盛大な歓声が巻き上がる。


『なんと言う事だ!フォーロンだけでなく、チームBCまで高レベルのユニゾンを使っているぞ!しかも、ブラックナイトは前回の試合で、クマ選手ともユニゾンをしていた筈だ!』

【2人とユニゾン出来るってこと!?】

【いいや、モモカともしていたぞ!だから、3人だ!】

【そんなの、聞いた事もないわ!】

【日本の男性はどうなってるの!?】


驚愕する歓声の中を突っ切る様に、龍車はフィールドを突き進む。

ゴルフカートの時は30km/hも出せなかったが、盾のサポートがある今の龍車は、100km/hくらい軽く出せるようになっていた。

なので、流石の紅龍も、龍車の後ろを着いてくるのが精一杯であった。


相手が追うことに集中した今が、チャンスだ。

蔵人はハンドルを大きく切る。

すると、龍車はタイヤから煙を上げてドリフトし、紅龍と対峙した。


「若葉さん!」

「はーい。じゃあ、発射!」


若葉さんが、カーナビの下に着いていた赤いボタンを押す。すると、龍車のフロントバンパー部からワイヤーが飛び出し、紅龍の首辺りに巻き付いた。

それに、驚いた様に体をくねらせる紅龍。

だが、ワイヤーは外れも焼き切れもしない。

ワイヤーの色は、黒。

黒金剛であった。


何とかしようと、劉姉妹は紅龍を後退させようとする。

それに、龍車は抗う。

シフトレバーをリバースギアに入れた蔵人は、アクセルを最大まで踏む込む。

すると、龍車が悲鳴に近い声を吹かせて、紅龍を後方へと思いっきり引っ張った。


【○×!!】


双子の怒った声が、紅龍の中から響いて来た。

それを、紅龍が代弁するように大口を開けて、そこから白炎を吐き出してくる。

極大の爆炎が、龍車を焼く。

だが、龍車は動じない。

変わらず、紅龍を思いっきり引っ張り続けていた。


【【□○△✕( ꒪Д꒪)!!】】


姉妹の困惑した声が聞こえた気がしたが、蔵人達には聞き取れない。

龍車が(いなな)くエンジン音と、芝生を削るホイール音が、彼女達の悲鳴をかき消してしまった。


完全に拮抗する両者のユニゾン。

ここからは我慢比べだ。

そう、観客達が思っていた矢先、

龍車が動いた。

車内で、蔵人がギアを入れ替えたのだ。

リバースギアから、ドライブギアに。


「行くぞ!」

「行くっきゃないよねぇえ!」


若葉さんの絶叫が響いた直後、車体が浮いた。

突然、引っ張り合いをやめたので、紅龍の方に思いっきり引っ張られたのだ。

その勢いで引っ張られたまま、宙を飛ぶ龍車。


その姿を見て、驚いた様に大口を開ける、紅龍。

その口から、青い炎が吹き出す。

白よりも高温の、青い炎。

恐らく、それが彼女達の最大火力だ。


だが龍車は、その青い炎に触れても尚、原型を留めていた。

そのまま、獄炎の中を泳ぎ続け、泳ぎ切って、獄炎の中から飛び出した。


飛び出した龍車の形状は、変わっていた。

所々溶けだした車体。フレームも少々曲がってしまっていた。

だが、真ん中の部分。龍の頭部は健在だ。

その龍の口からは、大きなドリルが飛び出していた。


高速回転するドリルが、紅龍の大きく開いた口の中に飛び込んだ。

赤赤と燃え上がる紅龍の体内を、ど真ん中から貫いていく龍車。

そして、龍の腹を突き破って、外へと飛び出した。


龍車は、芝生の上をドリフトして停車する。

既に、ドリル以外の部分は、熱によって歪んでいた。

だが、運転席は辛うじて無事であった。

蔵人達は龍車のドアを開けて、外に出る。

そして、見上げた。

紅龍の姿を。


紅龍は空を舞っていた。

最初は暴れる様に空を泳いでいた体躯は、今や風に流される煙の様に弱弱しい。

その轟々と燃え盛る胴体は、真ん中から大きく裂けてしまっていた。

燃え盛っていた胴体から、小さな炎の鱗が舞い落ち、腕が落ち、尻尾から炎が消えて行った。

やがて、火の粉がホタルの様に空に舞い散ると、そこから劉姉妹が現れて、地面へと落下した。

墜落する前に、2人の姿は消えてしまった。

テレポートだ。


【試合終了!】


龍車の横で佇んでいた蔵人達に、主審は鋭い眼光と手のひらを真っ直ぐに向けて、声を上げた。


【勝者、チームBC!】

【【【わぁあああ!!!】】】


審判が宣言した途端、歓声が爆発した。


【優勝だぁ!本当に中国を倒したぞ!】

【凄いわ!男の子を抱えたチームが優勝なんて!】

【その男の子が戦って優勝だぞ!】

【流石は、ブラックナイト様ね!】

【ブラックナイト様!素敵!】

【【【ブラックナイッ!ブラックナイッ!】】】


凄い歓声だ…。

蔵人が驚いて、観客席を見回していると、近づいて来る影が。

桃花さん達だ。


「やったね!黒騎士君!」

「炎の中に飛び込むから、ヒヤヒヤしたわ」

「オイラもドラゴンに乗りたい!くーちゃん!オイラに運転させて!」


3人とも興奮した様子で、蔵人達を囲む。

3人とも嬉しそうなのは良いけど、慶太よ、マニュアル車だからちょっと難しいぞ?

それに、流石に疲れてしまった。


「済まんな、慶太。また今度な」

「う~ん…分かった!」


という事で、蔵人達はユニゾンを解除する。

すると、途端に小さくなっていく龍車…いや、ゴルフカート。

だが、その姿は傾いている様に見える。

うん?どうした?


「蔵人君、タイヤが…」


若葉さんの異能力のお陰で、歪んだフレームなどの金属は直せた。

だが、ゴムで出来たタイヤだけは、全てパンクしていた。

蔵人は、頭を抱える。


「うわぁ…やっちまった。熱でタイヤが溶けたんだ」

「蔵人様…これは…」


駆け付けた柳さんも、困り顔だ。

蔵人は、彼女に苦い顔を晒す。


「これって、保険とか効きますかね?」

「どうでしょう?大会の保険は、選手を対象にした物と聞きますから…」

「あ~…それじゃ、物損はダメか。では、最悪俺の小遣いかなぁ?」


蔵人が肩を落とすと、その肩に手が乗った。

若葉さんだ。


「大丈夫だよ。優勝したから、それなりの賞金が出るし」

「そんな事に賞金を使うのかぁ…」


弱った笑顔を浮かべる蔵人。

折角優勝したのに、締まらないチームBCであった。

見事に、異能力の部は優勝出来ましたね。


「ゴルフカートを媒介にした車か。媒介さえ変えれば、他のユニゾンも出来そうだな」


そうですね。

そうなると、本当に使い勝手がいい異能力ですね。若葉さんの力は。


「さすが忍者」


忍者の末裔かもってだけですよ?

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― 新着の感想 ―
最近見始めてここまで読んだのですが34話の中学入試の際に蔵人が外国語選択で以前住んだことのある英語か中国語にしようとしていたのですがここでは理解していなかったので不思議に思いました。めちゃくちゃ面白い…
【不看得见!】 --> 什么都看不见了! 【我吹跑!】 --> 我来吹走! 我是华人哦,作者加油!! 俺は華裔ですよ、作者さん、頑張ってね!! 面白いかた!
[気になる点] 若葉さんのワイヤーが劉姉妹の龍に巻き付いていましたが、火は実体化している?それとも黒金剛だから巻き付くことができた?鱗が舞い落ちるという表現もあるので前者な気もします。 若葉さんの能…
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