260話~こらー!何してんだよぉ!~
5回戦を終えて、控室に帰って来た蔵人達を、柳さんが所狭しと机に並べられた料理達と共に出迎えてくれた。
「皆さん。準決勝進出、おめでとうございます!少し遅いですが、お昼にしましょう」
「ありがとうございます、柳さん」
そう言えば、そんな時間だったな。
蔵人達は柳さんが買ってきてくれたピザやポテト、フライドフィッシュ等を摘まみながら、この後の試合について話し合った。
「観客達も噂していたけど、中国チームが強いらしいね」
「ええっ!観客の声も聞こえるの?」
桃花さんが驚いている。
俺にはパラボラ耳があるからね。地獄耳なのよ。
ほらねと、蔵人は自分の耳を桃花さんに触らせてあげる。
桃花さんは、「うわぁ、ほんとだ」とちょっと感動している。
その横で、鶴海さんが微笑ましい者を見る目を送りながら、蔵人の問いに返答した。
「チーム、フォーロンね。出てくるのは毎回同じ選手だけど、その2人が別格の強さよ」
「劉姉妹だね。中国国内では結構有名みたいだよ。個人でも、去年の世界ランキングでは、U12で100位以内に入っているし、チーム戦でも5本の指に入るって噂だよ」
嬉々として情報を開示する若葉さんに、蔵人は頷く。
なるほど。国内でもかなりの実力者で、去年までなら世界ランカーだったと。
「それは、強敵だな」
「そうだね。でも、今考えるべきは、次の対戦相手だよ」
おっと、そうだった。
中国姉妹と当たるのは、まだ先の事。
次の対戦者は、確か、
「エーデルワイスね。去年の優勝チームで、欧州各地で手広く活動しているみたい」
鶴海さんが、集めた情報を披露してくれる。
チーム、エーデルワイス。
スイスを中心に活動をしているチームで、構成員全員が何かしらの異能力大会で優勝を経験している精鋭部隊。
その中でも特に脅威なのが、ベティ選手とエレノア選手の2人。
彼女達はユニゾンも出来る選手で、去年のコンビネーションカップでも優勝している。
その実力は確かなもので、今回の大会でも、対戦してきたチームを”無傷”で倒してきたとの事。
「きっと、準決勝も彼女達が出てくると思うのだけど、大丈夫かしら?」
鶴海さんは、少し心配そうな顔をして、口の中一杯にポテトを頬張る慶太を見る。
彼のお気楽な態度を見ていたら、心配になるのも分かる。
だが、大丈夫だ。
慶太と組めば、どんな相手もちょちょいのちょいである。
「準決勝は宜しくな、戦友」
「ほごほご(ほいほ~い)」
…うん。前言撤回。
ちょっと不安になってきた。
蔵人は、取りあえず早めに昼食を終えようと、口を動かした。
だが、いよいよ準決勝へと赴く間際になっても、親友の口はもごもごしていた。
これは…大丈夫なのか?
いや、このお気楽さが、彼の強みなのだ。
「慶太。もう試合が始まるけど、大丈夫か?脇腹が痛くなるぞ?」
「ほうほー(おっけー)」
OKらしい。
最悪、交代も考えたのだが、やれるだけやってもらおうか。
なるべく、激しい動きを避けた戦い方を心がけよう。
蔵人達は、選手入場口を潜り抜ける。
すると、
『さぁ!いよいよ準決勝が始まります!先ずは第1試合、チーム、ブロッサムキャッスル対、チーム、エーデルワイスの試合が、今始まろうとしています!』
【【【わぁああああ!!!】】】
そこには、今まで以上の熱気が流れ込んで来ており、蔵人達は一瞬足を止めた。
準決勝という事もあり、実況も始まったので、観客はより盛り上がりを見せている。
『先に登場したのは、チーム、BCだぁ!遙か日本からやって来た彼女達のチームは、弱冠13歳と言うことも驚きながら、なんと、男の子が2人も在籍しているぞ!』
【【【うぉおおお!!】】】
【ブラックナイト様!こっち向いてぇ!】
【素顔を見せてぇ!】
『既に一部の観客から名前が上がるようになったブラックナイト!4回戦ではパートナーシップの王者、フェアリープルームを破り、5回戦ではセクション戦の精鋭部隊、Eスコードまでも下した逸材!まさにダークホース。いや、ブラックホースだぁ!』
ダークホースね。
やはり、日本国内で名前を響かせても、他国までには届かないらしい。
本当に技巧主要論を広めようとしたら、他国での活動も必要になって来るということ。
蔵人が、改めて現状を把握していると、向こう側の選手入場口からも人影が現れる。
『続いて現れたのは、去年のU16優勝チーム、エーデルワイスの選手団だぁ!』
【【【うぉおおおお!!!】】】
【エレノアちゃん!貴女の舞を見に来たわ!】
【ベティ!今年も優勝だ!中国ペアを倒せるのは、お前達しかいない!】
【クラウディア!この試合こそ出場してくれよ!ドイツ人の意地を見せる時だ!】
これまた凄い声援だ。
蔵人達に向けられる黄色い声援とは違い、低く、腹の底を響かせる本気の応援が、向こう応援席から飛び出す。
去年の優勝チームだからか、サポーターみたいな人達が大勢いるみたいだ。
そんな声援に背中を押されて、北欧系の女性が5人、フィールド入りをする。
金髪と銀髪の娘が多いな。鈴華以上に背が高い子も居る。流石は北欧人だ。
そんな中、
【選手は中央へ!】
審判の合図で試合会場に出て来たのは、小柄な銀髪少女が2人。
彼女達が、昼食会で話題に上がった選手だろうか?
そう推測しながら、蔵人は慶太と共に前へ出る。
『おおっと!BCから出てきたのは、何と男の子の2人組だぁ!準決勝で男の子が出る事自体、過去を振り返っても初めての事だぞ!対するエーデルワイスからの出場はやはりこの2人、エレノア&ベティ!5回戦に引き続き、ゴールデンコンビの出場だ!BCは大丈夫なのか?この欧州最強コンビを前に、男の子コンビで勝てるのか?』
【卑怯よ!男の子だけで出てくるなんて!】
【お情けで勝とうって事?!ベティ達がそんなのに引っかかるわけないじゃない!】
【何言ってるのよ!ブラックナイトは強いのよ!】
【そうよ!女の子にも優しい、本物のナイトなんだから!】
向こう側のサポーターから、勘違いした罵声が飛んで来て、それにこちら側の観客が反発している。
相手サポーターは、本気でエーデルワイスに勝って欲しいのだろう。それ故に、男子相手にも口を尖らせている。
素晴らしい事だと、蔵人は微笑む。
そこに、相手の選手達が近付いてくる。
蔵人の目の前に立ったのは、銀髪をミディアムヘアにした小柄な女の子。
白く華奢な手をこちらに差し出し、エメラルド色の瞳を細めて優しく微笑んだ。
【こんにちは。私はエレノア。えっと、言葉は分かる?】
【分かります。ありがとうございます】
彼女の英語は発音がしっかりしていて、話し方もゆっくりとしてくれるので、とても聞き取り易い。
そういう気遣いから、彼女の優しい人柄が滲み出ている。
蔵人はエレノアさんの小さな手を取り、頭を下げた。
【96番です。名前を言えず、すみません】
【大丈夫、分かっているから。名前も顔も明かせないなんて、大変だね。息苦しくは無いの?】
【大丈夫です。鎧の風通しは良好です】
蔵人がそう言うと、エレノアさんはクスクスと笑った。
息苦しさの意味が違いましたね。
蔵人もつられて、小さく笑う。
勝負前の静かなひと時。
そこに、
【こらー!何してんだよぉ!】
怒号と共に、蔵人の目の前に、長い銀髪が飛び込んできた。
【大丈夫か!?エレノア。手を掴まれていたけど、何か変な事されたんじゃないか?】
そう言って、エレノアさんの体をペタペタ触って確かめているのは、もう1人の対戦相手、ベティさん。
彼女は、必死の形相でエレノアさんの触診を終えると、キッとこちらを睨みつけた。
【こらお前!エレノアはとっても繊細なんだぞ?お前みたいのがベタベタ触るな!】
エレノアさんに抱き着いて離さないベティさんに、蔵人は両手を軽く上げて落ち着くようにジャスチャーをする。
まるで、昔の櫻井部長を見ている気がする。
蔵人が困っていると、エレノアさんがベティさんの肩を抑えて、諫めようとする。
【ベティ。ちょっと落ち着いて。私達はただ、試合前に握手をしていただけよ】
【だって!エレノア、握手がすんごい長かったじゃん!何か話しているみたいだったから、試合に負けるように脅迫されてたんじゃないの?】
【そんな事されていないわ。ちょっと会話が弾んでしまっただけ。彼はとても優しい紳士よ?】
【イギリスの男が、優しい訳ないじゃん。あいつらは高慢でズル賢くて、何かあったら直ぐにハラスメントだ犯罪だって、喚き散らす奴ばかりじゃないか。こいつらが準決勝まで来れたのだって、そうやって脅してきたんだって、みんな言ってるよ】
【そんな訳ないじゃない。それに、彼らは日本人よ】
【一緒だよ!エレノアは優しすぎるから、男に騙されてばかりじゃないか!】
鼻息荒いベティさんの様子に、蔵人は彼女の心情が何となく理解できた。
きっと、彼女達は今まで、男性で痛い目を見たのだろう。それ故に、男性に対して過剰に反応してしまっている。
櫻井部長に似ていると思ったのは、あながち間違いじゃないのかも。
…少々、百合の気があるし。
だが、もう少し言動に気を付けた方が良いかもしれない。
君を見る審判の目が、若干怖いぞ?
【ベティ選手。その態度は、他選手に対する暴言とも取られますよ?そうなった場合、貴女には退場を言い渡す場合もあり得ます】
【ぼ、暴言じゃないよ!僕はただ、エレノアが心配で…】
しどろもどろになるベティさん。
親友を取られたくない気持ちは分かるけど、もう少し感情を抑えようか。
蔵人は苦笑いをしながら、審判に軽く頭を下げる。
【審判さん。私は大丈夫です。試合を始めましょう】
【…対戦者がそう言うのでしたら、不問にしましょう。早くスタートラインに着きなさい】
審判に促されて、ベティさんは速足でフィールド中央へと向かう。
【エレノアさん】
ベティさんを追おうとしたエレノアさんの背に、蔵人は話しかけた。
彼女は振り返り、【何でしょう?】と小首を傾げた。
蔵人は拳を握り、胸の前に置いた。
【我々は強いです。この拳で、勝利してきました。どうぞ、全力で戦って下さい】
ベティさんが言う様に、こちらが不戦勝で勝てたと思われたら、本気で戦ってもらえない。
少しでも彼女達が本気を出せるよう、蔵人は宣言したのだった。
だが、
【大丈夫、貴方達が強いのは何となく分かるから。お互い、悔いのないように戦いましょう】
エレノアさんは、分かっているみたいだ。何か、感じ取れる方法があるのかもしれない。
彼女は蔵人と、蔵人の隣で手を振る慶太に小さくお辞儀して、ベティさんの後を追った。
蔵人達も、自分達の立ち位置に移動する。
「クマ。お前さんの方は大丈夫だったか?ベティさんに変な事言われなかったか?」
「んーとね。何か一生懸命に喋ってたけど、言葉分かんなかったから握手だけしといた」
強いな、お前さん。
蔵人は、戦友の肩に手を置いてから、前を見る。
変わらず、こちらを睨むベティさん。
エレノアさんも、真剣な顔つきになっている。
そこに、
【これより、準決勝第1試合を始める!両チーム構えて!…よし、試合、開始!】
審判の合図が響いた。
〈◆〉
【行くよ!エレノア!】
僕は試合開始の合図と同時に、エレノアと手を繋いでユニゾンを始める。
途端に、彼女の魔力と僕の魔力が混ざり合い、ユニゾンが成功したことが分かる。
何時も近くにいる彼女が、より近くに感じられる。だから、僕はこの瞬間が一番好き。
気分が高揚し、何時もよりも速く飛べる気がする。
【飛ぶよ!エレノア】
【ゆっくりでお願いね】
分かっているよ。君が酔わないように、ちゃんと気を付けるから。
そもそも、僕達のユニゾンが成功してしまえば、殆どの相手は手も足も出ない。
僕の速さについて来れる奴なんて、殆ど居ないからね。
みんな、指をくわえて、僕らに倒されるのを待つ的でしかないんだ。
今回の相手は年下の男子2人。
何の脅威にもならない男なんて、空中で止まっていたって楽勝だよ。
その僕の考えは、直ぐに正しかったと分かる。
僕らがエアロキネシスの力で空を飛ぶと、男子2人はただこちらを見上げるしかしない。
まるで麦畑の中の案山子だ。
ふっふ~ん。どうだ?凄いだろ?僕達のユニゾンは。
【ベティ。油断しちゃだめ。あの2人からは、強い振動を感じるわ】
【またまた。そんな訳ないじゃん。だってあいつらCランクでしょ?何時も練習に付き合ってくれる高ランクの人達と比べるまでもないよ】
【分からないわ。でも、彼らから感じたのは間違いなく、劉姉妹と同じくらい…危ないっ!】
エレノアの悲鳴。
同時に、耳が痛くなるほどの高音が襲って来た。
見ると、エレノアが咄嗟に出した氷の防壁に、何か白い板が突き刺さっていた。
よく見ると、それは盾だ。クリエイトで作り出す、魔銀の盾だった。
どうして、こんなのが飛んで来たんだ?
その僕の疑問は、エレノアの悲鳴で吹っ飛んだ。
【ベティ!逃げて!早く!】
普段お淑やかな彼女の変貌に、僕は慌てて従った。
そして、それが正解だった。
いつの間にか、僕達の周囲には無数の盾が浮いていたんだ。
その盾が、全部回転している。
まるで、ノコギリみたいに。
【逃げて!ベティ!】
【掴まって!】
僕達はその盾の隙間を、縫うように飛び抜ける。
盾と盾の隙間は、殆どない。
でも、僕の飛行技術があれば、これくらい余裕だ。
加えて、エレノアも氷を飛ばして、盾を壊してくれる。
いや、弾いているだけだ。
ユニゾンしたエレノアの攻撃を受けても、盾はちょっと歪むだけだった。
今の彼女の攻撃は、Bランクの上位クラス。それを受けても消えないんだから、この盾もBランクレベルだ。
そんな盾が、数十も浮いている。
こんなの、Cランクでは出来ない魔力量だ。
だから、つまり、これは…。
僕は信じられないと思いながらも、地上の彼らに視線を向ける。
すると、そこには、
「行くぞ!クマ!」
「あいあいさー!」
肩車をする男子2人が、こちらに向けて4本の腕を伸ばしていた。
態々、そんな不安定なポーズを取る理由。それは、間違いなく。
『凄い魔力量だ!これは、チームBCもユニゾンをしているぞ!』
【【【うぉおお!!】】】
【そんな、クマちゃんともユニゾンが出来るの!?】
本当にそれだ。
僕も、観客と同じことを叫びたい気分だ。
何でこんなユニゾンを、男が出来るんだよ!
男が出来るユニゾンなんて、たかが知れているだろ?ただ魔力を合わせて、ちょっと魔力が多くなるだけの、紛い物。
でも、今僕達に迫って来ているそれは、そんな偽物の力じゃない。
盾の中には、黄土色の土に覆われた盾が幾つも混じっている。
その盾は、エレノアの攻撃を受けても、平然と僕達の方へ突っ込んで来る。
あれは、きっとソイルキネシスの力も乗っている。
まるで、僕達の攻撃と同じ、互いの力を合わせたような攻撃。
いいや、違う!僕達と同じはずない!たかが13歳の、男の分際で、僕達みたいなユニゾンが出来る筈無いんだ!
絶対に、負けない。
ユニゾンにおいて、僕達の右に出るチームは居ないんだ!
僕は更に、速力を上げる。
体の底に眠る魔力も、全部絞り出して、僕は全力を出す。
僕達を包む魔力が、一気に跳ね上がった。
予想以上に文量が増えてしまいましたので、2話に分けさせてもらいます。
「うむ。だが、少々宙ぶらりん状態だな」
はい。
ですので、臨時で、明日も投稿させていただきます。
「今週は、火、水、木、土の4回投稿か」
よろしくお願い致します。