23話~魔力が多けりゃ、偉いんですか?~
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お正月。
毎年通っていた氷雨様のご挨拶には、今年は呼ばれなかった。いや、今後はもう呼ばれないかも知れない。
頼人が引き取られたからね。
その代わりなのか、今年は流子さんの個人的な集まりにお呼ばれした。
大きなビルのパーティ会場で、関係会社のお偉いさん相手に、流子さんに連れられて新年会の挨拶周りを行う。日本ビールとか、四菱とか、誰もが聞いたことある会社ばかりだ。朝日自動車と大山製薬の役員さんからは、名刺までもらってしまった。
俺も名刺を作るべきかと、本気で悩んだ蔵人だった。
その後、流子さんに付いてくるように手招きされて、社長室に入室する。
流子さんは蔵人をソファーに座らせて直ぐに、少し顔を厳しくして言った。
「蔵人。全日本Cランク戦は、出場を辞退しなさい」
普段の飄々とした物言いでは無く、有無を言わさない強い意志が籠った言葉。
蔵人は緊張感を持って、言葉を返す。
「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「目立ち過ぎよ」
返答は一言だけ。
それでも、蔵人には十分過ぎた。
「承知致しました。辞退致します」
蔵人はすっと、頭を下げた。
そんな蔵人を見て、探るように目を細める流子さん。
「随分と聞き分けが良いわね。てっきり、Cランク戦は絶対に出る!と譲らないかと思ったのに。頼人の為に特区へ入りたいのでしょ?」
「ええ。そうなのですが、実は…」
蔵人は決勝戦後のイザコザを、流子さんに包み隠さず話した。そうすると、流子さんは納得した顔になった。
「なるほどね。特区外はPS…特殊警察の管理が行き届いていないから、昔ながらの無法者が多いわ。今回はその白虎会?まだ良識を持っている組織がいたから良いけど、これ以上、特区の外で目立つのは良くないわね。下手をすると、貴方の周りにも被害が出るわよ?」
「はい。仰る通りかと」
蔵人が頷くと、流子さんが扇子で口元を隠す。
ん?何故か笑われているな。
蔵人が、彼女の心理を理解出来ずに見上げていると、その心情が顔に出ていたのか、流子さんが口を開く。
「なに、ちょっと拍子抜けしてしまってね。この事で貴方とは、少し口論になるかと思っていたから。最後は、頼人君の事まで持ち出そうと思っていたのよ」
「頼人の事?それはどういった事で?」
「頼人君から貴方へ伝言を預かっているのよ。『兄ちゃんには、あまり目立って欲しくない』ってね」
目立って欲しくない?どういう事だ?
蔵人は要領を得ず、更に質問する。
「その、兄ちゃん"には"と言う言葉は、どのような意味でしょうか。頼人は、今目立ってしまって困っているという事でしょうか?」
蔵人の質問に、流子さんは少し目線を落とす。
「ええ。目立っているわ。なんて言っても、男性のAランク、それも最上位のクリオキネシスなんですから。何もせずとも、嫌でも目立ちます。特に同年代の女性からは、それはそれは熱いアプローチがひっきりなしに来ていると、姉さんから聞いているわ」
「それは…」
ある意味羨ましい状況じゃないか?要はモテモテモテって事だろう?
いや、でも頼人は人見知りだ。知らない相手から話しかけられるのは、相当嫌なはずだ。
それに、過ぎたるは及ばざるが如し。余りにモテると言うのも疲れる。
兄ちゃん"には"の中には、蔵人には苦労を味わって欲しくないという意味が込められている気がする。
蔵人は、全国大会後の事を思い出す。
目の色を変えた女性達がこちらに押し寄せる様は、ゾンビが押し寄せてきた時や、魔物のスタンピードを対処した時とは違った恐ろしさがあった。
それと同じような状況に居るであろう頼人の様子を思い浮かべると、蔵人の表情は自然と曇っていく。
そして、まだ憂いた顔をする流子さんを見上げる。
「あのう…やはり、私はCランク戦に出た方が良いと、愚考いたします」
蔵人の一言で、流子さんの目が吊り上がり、表情が強ばる。
「…どういう事かしら?」
「早く特区に入り、頼人の元に居たいと思います。恐らく、彼は今とても困っているのではと。俺…私が頼人のそばにいて、少しでもそれを軽減出来ないかと」
Aランクと比べたら焼け石に水かもしれないが、少しは女性のアプローチを引き付けられるかも。
そういう思いを込めた蔵人の言葉を聞いて、流子さんの表情が和らぐ。
「そういう事ね。それなら安心して頂戴。ちゃんと対応はしているから」
「対応、ですか?」
ええ、と頷き、流子さんは得意げに笑った。
「頼人君には、当家からボディーガードが派遣されているわ。Bランクの同年代の子達が、学校内の全てから、家に帰るまでを完全にガードしている。彼女達がいる限り、もう頼人君に近づく娘はいないでしょう。それに、まだ確定されている訳ではないのだけれど、Aランクの良家のお嬢様との婚約が、水面下で進んでいるわ」
ボディーガードに婚約!?
「そ、それは…凄い話ですね…」
蔵人は面食らって、言葉が出なかった。
いつの間にやら小さかった頼人が、大人の階段を2段も3段も駆け上っているかのように感じて、些か寂しくなった。
「多少のちょっかいは出せても、名家の婚約者がいれば、以前の様な熱烈なアタックは出来なくなるわ。だから貴方も安心して、ちゃんとCランクになってから特区に来なさい」
「え、ええ。承知、致しました」
蔵人は、幾分か心を和らげて、社長室から退出する。
流子さんの会社の中を、テクテクと歩いていく。
本当はスケボーで移動したい気分だが、社内なので危険である。それに、蔵人と歩みを共にする、火蘭さんへの配慮もある。
「火蘭さん。今日はありがとうございました」
蔵人は、半歩下がって付いてきてくれる執事姿の火蘭さんに顔を向けて、お礼を言う。
今、火蘭さんは蔵人の護衛として、社長室まで付いてきてくれたのだ。彼女は本来、このパーティの警備として巻島家から派遣されていたのだが、蔵人の為に、態々任務の途中で対応してくれたのだ。
見上げた彼女の顔は、蔵人の事を優しく見下ろしていた。
「とんでもありません、蔵人様。幾ら社内とは言え、この特区で男性を1人で歩かせることなどとても出来ませんから」
彼女の返答からは、この特区の特異性が垣間見える気がする。
だが、それは俺自身にも当てはまる事なのだろうか?
蔵人は疑問に思う。
頼人クラスの子供なら、連れ去られる危険性はあるだろう。だが自分はDランクなので、そこまでの危険は伴わないと思われる。もしも自分の容姿が良ければ、また別の事で心配もあるだろうが、残念ながらその可能性もない。
至って平凡な顔をしているからね。
蔵人が自傷気味に笑っていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
ハタハタと、小さくて可愛らしい足音なのだが、何処か急いでいるような。
蔵人がそちらに視線を向けると、
「蔵人君!ああ、良かった。帰る前に間に会えて」
鈴を転がすようなきれいな声に、天使のような笑顔が蔵人の元に舞い降りた。
「瑞葉様!どうしてここ…いえ、明けましておめでとうございます」
巻島家次期当主、巻島瑞葉様が走って来られた。
蔵人がお辞儀して頭を上げると、少し頬に朱色を差した天使様がはにかんでいらっしゃった。
「はい。明けましておめでとう。それと、全国大会優勝おめでとうございます!」
そう言って、瑞葉様は蔵人の手を取り、小さく上下に揺らした。
どうもこの称賛を届けに、態々蔵人の元まで急いでくれたご様子。
「今日は次期当主として、流子さんにお呼ばれしていたの。そうしたら、蔵人君も来ているって聞いて、どうしてもお祝いがしたかったの」
そう言う事か。
今年から、蔵人が巻島本家に出入りすることは無くなった。それはつまり、瑞葉様ともお会いできなくなるという事。
それ自体は、蔵人はとても残念ではあったが、瑞葉様がここまでしてくれるとは夢にも思っていなかった。毎年、ただ顔を合わせて、一言二言の言葉を交わす程度であったから。
「瑞葉様にそう言っていただけて、とても嬉しく思います。何分、特区の外ではあまり話題にすら上がらなかったものですから」
蔵人は満面の笑みで、瑞葉様が繋いでくれた手に少し力を入れる。
蔵人の言ったことは、謙遜でも比喩でもなかった。大会後、学校では大会の話題は殆どされなかったのだ。それは、特区の外が異能力関係に対して良い感情を持っていないというのもあるが、もう一つ大きな事件が起きてしまったからであった。
兎に角、蔵人が大会から帰ってきてから蔵人を称賛してくれたのは、柳さんと慶太、後はクラスメイトの数人だけであった。
流石の蔵人も、少し物悲しいと感じてしまった。
だが、それも今ので補えた。瑞葉様の笑顔で、蔵人の心は満タンだ。
そうだ、丁度いい。
「瑞葉様。頼人の様子はいかがでしょうか。本家の皆様を、困らせたりはしていないでしょうか?」
蔵人は、瑞葉様の手を放しながら、今一番気になっていることを伺ってみた。
流子さんからは、頼人の周辺しか聞けなかったからね。
瑞葉様は「う~ん、そうね…」と可愛らしく、視線を左上辺りに彷徨わせる。頼人の様子を、思い出そうとしているようだ。
「…特にそういったことは、無かったと思うわ。頼人君、とっても素直にお稽古頑張っているもの」
どうも、頼人は学校の勉強に加えて、貴族が嗜むお稽古事も習っているらしい。ピアノとダンス、それと習字の3種類だそうだ。もう少し大きくなったら、他の習い事も追加されると、瑞葉様は言われた。
他というと、華道や茶道、後は馬術とかかな?黒戸が知り合った王太子殿下は、剣術や帝王学等も学ばれていたが。
「ありがとうございます、瑞葉様。頼人が元気そうで安心出来ました」
蔵人が小さく頭を下げると、瑞葉様は「いいえ」と小さく手を振った。
折角お会いしたが、そろそろお暇した方が良いだろう。
蔵人は、挨拶回りで忙しいであろう瑞葉様にお別れを言おうとして、頭を上げた。
だが、瑞葉様は蔵人を見ていなかった。
少し笑顔を硬くした、彼女の視線の先は、
「あの…、姉さん」
姉さん。
そう言って、瑞葉様は蔵人の横を、火蘭さんの方に視線を上げていた。
その視線を追って、蔵人も火蘭さんを見上げる。
だが、彼女は表情を消して、静かに頭を下げた。
「瑞葉様。わたくしは巻島家筆頭執事の火蘭でございます」
そう言って頭を上げたきり、火蘭さんは口を一文字にしてしまった。
もう、喋らないという事か。
それを瑞葉様も悟ったのか、悲しそうな眼を火蘭さんに向けてから、蔵人に向き直った。
「…じゃあ、蔵人君。わたし、会場に戻らないとだから。じゃあ、ね」
そう言って、逃げるように行ってしまわれた瑞葉様。
その去り行く彼女の背中は、何処か泣いているようにも見える。
蔵人は自然と、隣に立つ火蘭さんを見上げていた。
火蘭さんが瑞葉様のお姉さん。それはつまり、彼女は氷雨様のご長女。
よく見ると、彼女の容姿には氷雨様の雰囲気が伺える。目元や口元は、寧ろ瑞葉様よりも近いと蔵人は思った。
その彼女の視線が、蔵人に振り向いた。
「…何かございましたか?蔵人様」
至って冷静な声。まるで、瑞葉様との会話が無かったかのような。
色々と聞きたいことはある。瑞葉様に対する態度だとか、次女が次期当主の座に着いた理由だとか。
「いいえ。何も」
だが、蔵人も何事も無かったかのように対処する。このように絡まった関係性に手を出すと、より複雑にしてしまうから。
オマツリしてしまった釣り糸と一緒だ。
2人はそのまま、地下にある会社の駐車場までを無言で歩く。
駐車場には、1台で数千万はしそうな高級車達が、鼻を並べて主人の帰りを待っている。
その中で、庶民でも安心できる車がポツネンと座っている。
柳さんの車だ。それが見えたところで、蔵人は振り返り、火蘭さんに頭を下げた。
「お見送り、ありがとうございました」
「いえ。お気をつけてお帰り下さいませ」
そう言って頭を下げる火蘭さんは、いつもの彼女のように見える。
蔵人は頷き、そう言えばと思い至る。
彼女も本家の人間である。しかも、筆頭執事の立場にある彼女は、頼人と関わることも多いだろう。
「どうぞ、頼人の奴をよろしくお願いいたします」
火蘭さんとは、度々会えるかもしれない。彼女の任務には外交も含まれているらしいから。
ならば、またお会いした時にでも、頼人の様子を聞きたいものだ。
そういう意味で交わした言葉だったのだが、
「……」
火蘭さんの表情が、変わった。
先ほど、瑞葉様を前にした時のような、能面の顔。
やっべ。ここも地雷原なのか!?
蔵人は冷や汗をかき、どう爆弾処理をするか思案する。
が、それより先に、
「…本当に、仲がよろしいのですね…」
呟くような、火蘭さんの言葉。
見ると、何処か悲しい表情になっている彼女。
そんな彼女に、蔵人は、
「…ええ。兄弟ですので」
突き進む、渦中に。
死地に足を、踏み入れる。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
蔵人が頼人の話題を出すだけで、こうも表情を変える火蘭さんなのだ。きっと、彼女も瑞葉様と同じくらい、気に病んでいる事なのだろう。
こうして話題を進めることで、絡まった糸も、解れる糸口があるのではないだろうか。
「兄弟…ですか」
火蘭さんは、何処か物寂しそうな、諦めたような吐息を吐きながら、ぽつりと零す。
そして、蔵人に向き直った彼女の瞳には、強い炎が宿っていた。
「蔵人様。差し出がましいようですが、一つ言わせて頂きます。この社会は、異能力によって成り立っています。異能力によって、人の立場とは変わるものなのです。ランクの高い者が地位を築き、種類によって優劣が決まる。それはこの世界の摂理であり、常識なのです。生まれながらにして、人は人としての価値を否応なしに決められてしまう。そこに、その人の落ち度など全くなくても、人の人生とは生まれた瞬間に決まっているものなのです」
彼女の言う事は、ある意味正しい。
人とは、平等ではないのだ。
産まれた時に多くの事が決まっている。
才能、容姿、環境、歴史。
そのどれもが、本人の努力とは関わらない外側のステータス。
史実ですらその要素は大きく、覆りにくいことであったのに、この世界には異能力という、もっとどうしようもない物がくっ付いている。
「聡い貴方ならばお気づきでしょう。ですが、敢えて言わせていただきます。貴方と頼人様は違います。立っている場所が、これから進む道が違います。Aランクとは、最上位種とは、別の世界の人間なのです。もう貴方とは関わることのない、物語の中の人物なのです。ですから…」
ですからと、炎が揺らめいていた火蘭さんの瞳から、いつの間にか憂う涙があふれていた。
「もう貴方が、お兄さんを気にする必要はないんですよ?」
そう言って膝を折り、蔵人の目線に合わせてくれる火蘭さん。
なるほど。彼女も異能力のせいで、家督を継げなかった口なのか。
貴族世界には、往々にしてこのようなことがよくある。優秀な弟に、皇太子の座を奪われた殿下とか。
だが、それとこれとは、別の事。
蔵人は、その憂う瞳を見つめる。
「魔力が多けりゃ、偉いんですか?」
「…蔵人様、それは」
当たり前だと言いたげな彼女の言葉を、
「最上位であれば、優秀なんですか?」
畳み問いかける蔵人。
そんな蔵人に、悲しい顔を向ける火蘭さん。
「それが…この世の中です」
異能力が統べる世界。持つか持たぬかで区別される世界。
それが、この世界の常識である。
だが、そんな常識は間違っている。瑞葉様が、火蘭さんが、こんなにも苦しそうな顔をさせられる。
人と人とが分かたれる事が、正しいとは到底受け入れられない。
受け入れられない。
だが、
「火蘭さん。存じております」
蔵人は、肯定した。
火蘭さんの言葉を。
この世界の常識を。
「異能力こそがこの世界の主幹。異能力に差がある以上、人生にも隔たりがあって然るべきであると」
仮令この世界の異常を感じても、今の蔵人は口を噤む。何かを言うほど、何かを成した訳ではないからだ。口先だけの言葉程、むなしく響く物もない。
蔵人は、火蘭さんに背を向ける。
その背中を見て、火蘭さんはつい、言葉を漏らす。
「蔵人様…」
「火蘭さん」
蔵人は首だけ振り返り、目端に彼女の姿を捉える。
「もしも、もしも私が証明出来たら、瑞葉様と向き合っていただけますか?」
「…証明、ですか?一体、何を?」
蔵人は口を一旦閉じ、上を向く。
駐車場の天井を、真っすぐに見上げる。
「…異能力に差など、ない事を。人と人とを隔てる壁なんて、ない事を」
そして、顔を前に向けて、一歩を踏み出す。
「世界に限界が、ない事を」
そのまま、進み続ける蔵人。
背中に火蘭さんの視線を感じる。だが、立ち止まったり、振り向いたりはしない。
自身の成すべきことが、見えた気がしたから。
バグを殲滅する。それが黒戸の使命なら、
常識を突破する。それが蔵人の役割なのだろう。
イノセスメモ:
オマツリ…釣り用語。他人の仕掛けと自分の仕掛けが絡まってしまう事。絡まりすぎると修復不能となり、その引っかけた人とも険悪になるのでご注意を。マツったとも言う。