253話~決まってんだろ!~
文化祭2日目。
今日は各所から大御所や有名人が来場されるということもあり、桜城校内は幾分空気が張っている気がする。
しかし、今こうして8組の教室から外を見回しても、今のところ昨日と大きく変わった様子はない。
昨日に引き続き、先輩方の出店が慌ただしく準備を急いでいたり、そこかしこで文化祭委員らしき人が店先でチェックを行っている様子が目立つばかりだ。
変わった所は、正門の付近に置いてあるボックスの存在。
まるで、選挙でも始まるのかと思うような、投票箱が数個置かれている。
これは、来場者に渡されるアンケートを入れる箱で、そのアンケートに書かれる〈一番気に入ったクラスの出し物〉の投票数によって、各クラスの順位が決まる。
在校生にも配られているアンケートだが、来校者の方が点数が高いのではと噂されている。
そんな投票ボックスだが、今は寂しくポツネンとしている。
これは、もしかしたら来校者はそれ程来ないのでは?と、蔵人は少し楽観的に考え始めていた。
そんな事を考えていた、数時間前の自分を殴ってやりたい。
そう蔵人が思ったのは、桃太郎戦記の演劇が始まる直前の、午前9時を少し回った頃。
カーテンの隙間から覗いた観客席には、昨日とは違う服装の方々ばかりが目に入った。
例えば、手前側の一団。
ぱっと見、先輩達と同じ服装に見える彼女達は、よく見ると高等部の大先輩方だ。その集団の中央には、二条様と近衛様が優雅に座られていらっしゃる。二条様の隣に座るのは、勿論五条君である。変わらず仲睦まじいようで…。
その集団の横で静かに目を閉じているセーラー服の人達は、何処か戦前の武士を思わせる。
冨道の方々だな。
端っこの方で腕を組んでいるのは、同郷の武田さんだ。
その一団より少し奥にいらっしゃるのは、チョコレート色の集団。
間違いなく、天隆の集団である。
一番中央寄りの良い席には広幡様が座り、その隣には飛鳥井さんとソフィアさんが仲良く座っている。
1年生同士で仲が良いのかな?
少しほっこりした蔵人だったが、彼女達の後ろに座る勇飛さんを目にして、ふやけた気持ちに緊張が走った。
いや、大丈夫だ。勇飛さんの近くには、河崎先輩達もいらっしゃる。もしもの時は助けてくれる…と信じたい。
「どうしたの?蔵人君」
桃花さんが、後ろから背中をつつく。
緊張したのが伝わったのかな?
蔵人は、「大丈夫だよ」と小声で答えて、再び観客席を見る。
最前列で座る集団が目に入った。
そこには、一条透矢様もいらっしゃるし、明らかに質の良いスーツやコートに身を包んだ大人達も座っていた。
彼ら彼女らが、有力企業のお偉いさん達なのだろう。
安綱先輩が言っていた様に、来校者が大量に集まってしまった。
これは、下手な演技が出来ないな。
蔵人が肩を落としていると、吉留監督から集合の合図が掛かる。
仕方がない。腹をくくって、演技に集中しよう。
幕が上がり、桃太郎戦記が始まる。
蔵人は舞台に集中するため、いつもは全開にしているパラボラ耳を、この時だけは縮小している。
そんな耳でも、観客の声が入って来る。
「ああっ、ご覧になって。男の子が舞台に上がっていますわ。それも、かなりお上手よ!」
「末松様。彼が噂の黒騎士でございます」
「あら、そうなの?では、彼を召し上げることは出来ないのね?」
「はい。何でも、久我家や広幡家のご令嬢が、熱を上げているとの噂です。それに、あちらにいらっしゃる二条様と近衛様の肝いりとのお声も…」
「それは…手を出した途端に、家が畳まれてしまいますわ…」
なんと、広幡家だけでなく、鈴華の家や近衛様まで後ろ盾だと思われているのか。
蔵人は自然と、苦い顔になる。
そこに、別の声が聞こえた。
「このクラスの出し物はレベルが高いわねぇ。学生の物とは思えないわ」
「仰る通りですね。花山院様がお持ちの劇団に、お招きしてはいかがです?」
「ええ。私も、是非そうしたいと思っておりましたわ。男性の団員はなかなか集まりませんからね。黒騎士は勿論、馭者役の子も欲しいわ」
おいおい。中学生を劇団に入れようとしないでくれよ。
蔵人は、舞台袖に退避しながら肩を落とす。
これが、安綱先輩の言っていた忠告の意味か。
そう嘆いていた蔵人だったが、舞台が進むにつれて、観客席からの無粋な会話は減っていった。
観客の皆様も、舞台にのめり込んでいるのだ。
周囲からは、「桃花ちゃん達が可哀想だわ」とか、「力が強いだけで、なんて横暴な鬼なんでしょう」といった声が聞こえてくる。
そして、桃花の前に黒騎士が立ちはだかると、小さく息を呑む音や、悲鳴にも似た声が聞こえて来た。
「そんな、黒騎士様が敵に回ってしまいましたわ…」
「勝てるのですか?だって、黒騎士とは、二条様の業火すら跳ね返したお方…」
「皆さま、これは演劇ですわ。あそこに立つのは、本物の黒騎士様ではございません」
「ですが、黒騎士の名を冠し、黒騎士様ご本人が演じてらっしゃるのですよ?もしかしたら、史実とは違う方向に…」
なかなか、盛り上がっている。
蔵人は、吉留監督にこの声を届けたい衝動に駆られる。
だが、そんなことは出来ないので、是非ともアンケートで投票してもらいたい。
そう思いながらも、劇は最終局面に突入する。
「お、お父さんっ!」
黒騎士が倒れ、桃花がそれに駆け寄ると、観客席からハッキリとした悲鳴が複数上がった。
男子が吹き飛ばされると思っていなかったご様子。
特区の男性は過保護にされているからね。本格的なアクションシーンを演じたことに、驚いているのだ。
随分と甘い評価基準だな。
蔵人は静かに目を閉じて、観客席のすすり泣きを聞きながらそう思った。
舞台が終わり、全員でカーテンコールを行う。
昨日程、吉留君への当たりは露骨ではなかった。
でもやはり、彼が監督だというのは疑問視されてしまったので、蔵人は再び、彼の献身を詳らかに語るのだった。
そうしたら、今度は吉留君を引き抜こうとする大人達の会話が生まれてしまった。
言い過ぎた。
…すまん、監督。
「いやぁ〜。本当に終わっちゃったね!」
控え室への道すがら、桃花さんが晴れ晴れとした表情で、誰に語り掛ける訳でもなくそう言った。
その顔は嬉しそうでもあるが、何処か寂しそうにも見えた。
舞台の成功の為、ひたすら走り続けた彼女達である。達成感と共に、喪失感にも似た感情が込み上げているのだろう。
まるで、大きな祭りが終わってしまったかのような、そんな寂しさが。
なので、蔵人は吉留君に提案する。
「なぁ、監督。打ち上げとか催してはどうだろう?」
自分達で自分達の功績を認め、労ってやる必要があるだろう。
そう思った蔵人の提案に、吉留君は少し困った顔をした。
「ああ、うん。僕も考えていたんだけど…」
吉留君は、歯切れ悪くそう言った。
何か、後ろ向きな答え方だな?
蔵人が彼を見つめていると、吉留君はみんなを見回した。
「僕は一般家庭の出だから、みんなの趣向に合わせられるか自信がなくてね…」
要は、お嬢様達を含んだ打ち上げだと、貴族のパーティみたいにしなければいけないのでは?と悩んでいたらしい。
そう言われたら、蔵人も確かにと思ってしまう。
このクラスにも、九条様や鈴華程ではないが、それなりに高貴な方がいらっしゃる。湯島さんとかね。
自然と、蔵人の目は彼女の方に向いた。
すると、彼女は優しく微笑み返してくれた。
「気になさらないで。私も、普段行けないようなお店だったら、とってもワクワクしますから」
庶民的な店で良いってさ。やったね!
では、○イヤルホストとかどうだろうか?
蔵人が思いつく庶民的、且つちょっと高級感がある行き先を思い描いていると、向こう側から人が歩いて来るのが見えた。
「黒騎士。少し時間を貰えるか?」
淡々とそう言われたのは、死んだ魚の目をした一条透矢様であった。
彼の隣には、立派なスーツを着こなす男性が1人。
こんな所に入れるとは、流石は天下の一条様だな。
蔵人は背筋をピンとさせながら、彼らの元に急ぐ。
後ろを、桃花さんと若葉さんが付いて来た。
「一条様。お越しいただきありがとうございます。こちらの方は?」
「大山製薬代表取締役社長の大山だ。お前にどうしても会いたいと言うのでな」
製薬会社の社長が俺に?
蔵人は疑問を抱きながらも、大山さんに頭を下げる。
「初めまして、大山様。巻島蔵人と申します。文化書店の件については、大変お世話になりました」
「いやいや。我々の名誉の為に動いたことだからね。その行動が、君のように有望な選手の役に立てたのだったら、とても嬉しいよ」
そう言うと、彼はこちらに手を伸ばしてくる。
「大山です。有名な黒騎士選手に会えて光栄です」
「こちらこそ、お会い出来て光栄です」
蔵人もそれに応じて、彼と握手をする。
見た感じ、20代なのかと思う程に若々しかったが、手の甲に浮き出る血管や皮膚は30代後半くらいと思う。
それでも、その若さで社長とは驚きだ。特に、このあべこべ世界で男性が社長をやっているのだから、余計に。
蔵人が彼を盗み見ながら握手を終えると、大山さんは胸ポケットから1枚の封筒を取り出した。
封筒の中身を見てみると、1枚のカードが入っていた。
銀色の、運転免許証と同じ大きさだが、表面にガラスが散りばめられたみたいにキラキラと輝いている。
パラレルのレアカードですか?
「今日、君に会いたかったのは、これを直接君に届けたかったのもあるんだ」
そう言われて手渡されたカードには、自分の証明写真と〈出国許可証〉の文字が。
蔵人が目を丸くしてカードに視線を落としていると、大山さんは「ふふっ」と笑った。
「綺麗だろう?Aランクの男性か、それに見合った活躍をした者しか手に出来ないライセンスだ。それがあれば、様々な国で有益なサービスを受けられ、また、有事の際は率先して保護してもらえる。まぁ、君に対しては、そちらは無用の権利かもしれないがね」
普通のCランクであれば、出国許可証は水色らしい。
蔵人個人としては、そっちの方が良かった。無用な軋轢を生みそうで、なんだか怖い。
そうは思いながらも、蔵人は再び頭を下げる。
「誠にありがとうございます、大山様。1か月もかかると聞いていて、困っておりました」
まさか、ディさんが助っ人として選んだのが製薬会社の社長とは。
炎上事件の事もあるし、本当に大山製薬にはお世話になりっぱなしだ。
これは、何か恩返しをしないといけないな。
蔵人は顔を上げて、大山さんを真っ直ぐに見る。
「もしよろしければ、他のご用件もお伺いさせて下さい」
届けたかった”のも”あると言われていたからね。他にも何かあるのだろう。
出来たら、そちらで恩を返せないかと思った蔵人。
それに、大山さんはくしゃりと笑顔を浮かべる。
「いやぁ。話には聞いていたけど、本当に大人びているね、巻島君は」
「とんでもない。背伸びしているだけでございます」
「ははっ。そうだとしても、話が早くて助かるよ」
そう言って大山さんは、笑顔を引っ込めて真面目な顔になる。
「実は、今度赴く君達のイギリス遠征で、我々をスポンサーにつけてくれないだろうか?」
「コンビネーションカップで大山製薬をスポンサーに、という事でしょうか?」
「ああ。もしも話に乗ってくれるのなら、君達全員の旅費は勿論、向こうでの滞在費用、大会参加費、その他必要な備品などは全てこちらで受け持とう」
なんと、それは有難い。
巻島家で全て見てくれると言う話しだったが、それはそれで心苦しかったのだ。
勿論、ただでお金を出してくれる訳じゃなく、彼らの商品やロゴの入った装備を使う必要が出てくる。
だが、そんなものは問題ではない。寧ろ、
「大変ありがたいお話です。是非とも受けさせてください。最大限宣伝致しますので」
大山製薬は良い商品だと、イギリスでも売り込んであげよう。
それくらいの恩義は受けているからね。
蔵人が力強く頷くと、大山さんも嬉しそうに微笑みを戻した。
「かの黒騎士選手がそう言ってくれるのは心強い。これは急ピッチで、君達の装備に付けるロゴを製作しないとな」
大山さんは楽し気にそう言った。
蔵人は大山さんと再び握手を交わし、連絡先を交換して別れた。
一度、巻島家に相談してくれと言うのも忘れない。
こちらで勝手に話を進めてしまっては、巻島家も困るだろう。その許可が下りて初めて、正式なスポンサー契約となる。
今回のツーマンセル限定だと思うけどね。
「いやぁ~凄いねぇ。まさか大手製薬会社がバックに着くなんて」
大山社長達の背中を見送っていると、若葉さんが感心したようにそう言った。
隣の桃花さんも、驚き顔が残ったままだ。
「大山製薬って、あれでしょ?異能力選手専用の飲み物とか、健康サプリとか売り出している所でしょ?大会の時に何かくれるのかな?」
「多分、色々貰えると思うよ。スポンサーってことは、私達がその商品をアピールする必要もあるから、大会の合間とかで見せつけるように飲まないと」
「うぇえ~。僕、おいしそうに飲めるか不安だよ。お薬とか、苦いの苦手だもん」
そこまで露骨にアピールしなくてもいいんだけどね。
2人の楽しそうな様子を見ながら、蔵人は小さく笑った。
それから、蔵人は桃花さんや若葉さん、慶太を引き連れて文化祭を楽しんだ。
各クラスの模擬店に赴き、おいしい軽食や、アトラクションを体験する。
2年3組では、鹿島部長と西園寺先輩が茶道教室を開いていた。
蔵人と若葉さんは特に問題なかったが、桃花さんは正座のし過ぎで足がしびれて、畳の上で藻掻いていた。
「あ、足が、足がぁ…」
「ねぇ、ねぇ。桃ちゃんどうしたの?足?足がどうしたのぉ~」
そう言いながら、桃花さんの足をツンツンする若葉さんは、完全に小悪魔ちゃんであった。
恐ろしい。
彼女達が戯れている横では、慶太が胡坐をかいて、手に着いたきな粉をペロペロしていた。
「すみませーん!もう1個お替りくださーい!」
慶太よ。そう言う場所じゃないんだよここは。
まるでわんこそばを頼む勢いの慶太を諫めていると、お店の奥から女子生徒が大勢出てきて、慶太の前にお皿を置いた。
「1個と言わず、いっぱい食べてね!」
「まだまだあるからね!」
「あんがとー!」
先輩達の様子に蔵人が呆気に取られていると、その間にも慶太は、わんこそばの様に和菓子を口に放り込み、ご満悦な笑みを浮かべる。
「「「かわいぃいい!!」」」
先輩達が悶えている。
長居すると、囲まれる恐れがあるな。
これは、早めに撤退した方がよさそうだ。慶太の体重も気になるし。
蔵人はペコペコ謝りながら、お店を退出する。
もう来ませんから、西園寺先輩、その極寒零度の目はやめて下さい…。
2年8組ではカレー屋さんをやっていた。
昨日、慶太と鈴華が大食い勝負をしたお店だ。
そう言えば、今朝見た時の鈴華はお尻を抑えていたけど、大丈夫だったのだろうか?
「よぉ!蔵人!慶太!また来たのか!」
お店の前で、ターバンを頭に巻いたサーミン先輩が元気よくこちらに手を振る。
彼の周りには、露出度が高い踊り子の格好をした先輩達が多数。
本格的なんだろうけど、ちょっと怪しいお店に思えてしまう。
だが、実際は本格的なカレー屋さんだ。
カレーの種類は20種類以上あるし、主食もご飯とナンが選べる。
お陰で、昨日も食べた蔵人達だったが、今日も楽しく食事が出来た。
「うぉおお!かっらーいぃい!」
叫んでいる客が居る。
見ると、祭月さんであった。
何だか、パンクな格好をした仲間達と一緒に、カレーを食べている。
だが、彼女達の食べているカレーは、シーフードだから中辛までしかない筈だ。
蔵人の横で、激辛グリーンカレーを食べている慶太が不思議そうに首を傾げている。
早めの昼食を食べた後、蔵人達は記念館に戻って来た。
1年5組のミュージカル、人魚姫が始まる為だ。
「すばらしい♩海の中♩」
色とりどりの照明と、キレイな海の背景がセットされた舞台の上で、可愛らしい着ぐるみを着た生徒達が躍っている。
その中央では、カニのハサミを手に付けた、赤いフリフリドレスを着た鶴海さんが陽気に歌っている。
うむ。本当に素晴らしい。
これは、5組の面々に謝らなければいけない。思っただけとは言え、目が節穴なのではと疑ったことに。
蔵人が反省している横で、若葉さんのシャッター音が響く。
それを見て、蔵人は彼女に近寄る。
「その写真、後で売りに出すのかな?」
「…お安くするよぉ」
流石は我が戦友。
蔵人は、若葉さんと固く握手を交わす。
交渉成立。
ストーリーが進んでいくと、なかなかに派手な演出が増えてくる。
ヴィランであるオオダコとの戦闘では、アクアキネシスだけでなく、パイロキネシスやソイルキネシスなども飛び交う。
ミュージカルとは言え、流石は異能力の世界だ。
蔵人が劇を堪能していると、壁際で係の人が慌ただしくしているのが目に入った。
トラブルかな?
蔵人は気になり、仕舞っていたパラボラ耳をそちらに向ける。
すると、
「3,4組の劇が…」
「黒騎士物語が…で、延期…」
何やら、鈴華達の劇で問題が起きたみたいだ。
彼女達の劇は、丁度お昼を終えた後だから、あと1時間ちょっとで始まる。
蔵人達もそれを見る為に、早めの昼飯を摂ってきたのだが…。
延期が囁かれる程に、ヤバい状態なのか?
蔵人達は、拍手喝采を浴びている鶴海さん達を横目に、観客席を後にした。
そうして、記念館の裏手にある倉庫まで来たのだが、そこには、顔を伏せる生徒達が居た。
その中には、文化祭前に蔵人が発破をかけた荒木君達の姿もある。
彼らも、ちゃんと文化祭に参加してくれたのだな。良かった。
だが、全員の顔色が良くない。
蔵人は、難しい顔をしている鈴華達を見つけて、そちらに近づく。
「鈴華!どうした?何かトラブルか?」
「ボス…」
「カシラ…」
鈴華と伏見さんがこちらを一瞬見て、また顔を伏せてしまった。
何が起きたのだろうか?
そう思っていると、鈴華が顔を上げて、倉庫の中を見た。
そこには、見上げる程に大きな銅像風の人形が立っていた。
蔵人達が使った首領の銅像の何倍も大きく、甲冑姿の武者銅像は勇ましく刀を構えていた。
だが、
「今朝の練習までは傷1つ付いてなかったんだ。でも、さっき来てみたらもう、こうなっててよ…」
その銅像には、首が乗っていなかった。
体にも小さな穴が開いていて、中のハリボテが見えてしまっている。
これは酷い。酷過ぎる。
蔵人は、頭に血が上るのを感じ、何故か裏辻さんの姿を思い出していた。
…可能性はあるけど、決めつけるのはいけない。
先ずやるべきは、これの打開策だ。
「直せないか?穴を塞ぎ、頭を挿げ替えて…」
「そいつは無理だ、ボス。関節をやられている。頭や穴がどうにかなっても、動かねぇんじゃこいつは、ただの木偶人形だ」
鈴華が静かに首を振る。
どうも、この銅像は可動式だったみたいで、中に伏見さんが入って、サイコキネシスで動かす予定だったらしい。
それが、可動部を破壊されて動かなくなったと。
だから、こうもみんなが落ち込んでいるのか。
鈴華が悲しそうに笑う。
「こいつは、彩雲のユニゾンゴーレムの代わりに出す予定だったんだ。でも、これじゃあ、彩雲戦は序盤だけで終わるしかねぇな」
「何でや。何でこないな事すんねん…」
悔しそうに漏らす伏見さんは、歯を食いしばり、目には溢れそうな程の涙を溜めている。
それだけ、練習してきたのだろう。
昨日、はしゃいでいた2人を思い出し、蔵人も、耳の奥でドクッドクッと音が聞こえてきた。
ダメだ。冷静になれ。熱いハートとクールな頭脳だ。
「鈴華。俺達も出演させてくれないか?」
「そいつは構わねぇけど、ボス。何をする気だ?」
鈴華の問いに、蔵人は答えずに後ろを向く。
こちらを心配そうにしている若葉さんと慶太に、視線を合わせる。
「みんな。鈴華達の劇に出演してくれないか?」
「いいよー!」
「それは構わないけど、どうするつもり?」
首を傾げる若葉さんに、蔵人は力強く頷く。
「アレをやるぞ」
「あれ?何だっけ、あれって?」
慶太が目をシバシバさせるので、蔵人は勇ましく笑って、
「決まってんだろ!」
吠える。
「合体だぁっ!」
出国許可書、まさか大企業の社長さんが直に届けてくれるとは…。
「特区で活躍する男性という事で、直接会いたかったのだろうな。加えて、スポンサー契約も結びたかったと」
黒騎士に目を付けるとはやりますね。きっと、イギリスでも暴れてくれるでしょうから、出資はペイ出来ますよ。
そして、黒騎士物語の方ですが…。
「合体か。そそるな、これは」
やり過ぎなければいいのですが…。