~終幕~
桃太郎戦記・キャスト(終幕)
・桃花役 (西風 桃花)
・村の男の子:慶太 (山城 慶太)
・村の女の子:雪乃 (白井 雪乃)
・従者:矢代 (矢代 美月)
・従者:湯島 (湯島 英美里)
・黒騎士 (??)
・赤鬼役 (7組男子)
・城下町住人役 (7,8組女子)
・城下町のお爺さん (佐藤 大也)
・花屋のおばさん (北山 紗枝)
・首領 (吉留 博人)
「なんか、凄い大勢付いて来るんだけど!?」
桃花達は、鬼岩城へ向けて歩いていました。
しかし、彼女の後ろには、石畳を覆い尽くす程に沢山の人が連なっています。
桃花は彼女達を振り返り、つい叫んでしまいました。
人々は口々に、同じことを繰り返し叫びます。
「「「パンを!愛する人を!」」」
「「「そして、平和を返せ!」」」
人々は、胸に祖国の青い花を、そして、言葉で願いを叫び、石畳の道を進みます。
彼女達の熱量は、頭上に雲が出来るほどに猛り狂い、通り過ぎた後には力なく倒れ伏す鬼達の骸が取り残されました。
「ねぇ、どうしてこんなことになったんだろう?僕はただ、偉い鬼さんにお話を聞いて欲しかっただけなんだけど。大勢で詰めかけたら、あの門番の鬼も通してくれるって思ってただけなのに」
「そんな希望、君が鬼を倒した時点で崩壊している」
矢代は答えながら、前を睨みつけます。
「良いか?桃花君。こうなったら、鬼の首領に直談判するしかない。戦争をやめないと、我々が一揆をやり遂げるぞ、とな」
かなり物騒な物言いに、縛った鬼を監視していた湯島が振り返ります。
「そんなことで首領は諦めてくれるかしら?徹底抗戦されそうな気がするけど」
「それならそれで構わない。首領もろとも、お縄に付いてもらうだけだ」
「国の乗っ取りね。出来るかしら?」
「出来るさ。こちらには神から与えられた超能力がある。そして、それを使いこなす桃花君がな」
「ええっ!ぼくぅ!?」
桃花は驚いて、飛び上がってしまいました。
そんな桃花を、矢代は厳しい目で見ます。
「おいおい。我らが反乱軍のリーダーが、そんなことでは困るぞ」
「いつから僕がリーダーになったのさ!」
「そうね。桃花ちゃんには、一揆が成功したらこの国の象徴になってもらわないとね」
「訳分かんないよー!」
賑やかな桃花達の元に、1人の影が近づきます。
見張りに立っていたお爺さんです。
「おーい!嬢ちゃん達!向こうの建物の裏に、鬼の軍団が待ち構えているぞ!」
お爺さんは透視の異能力であったので、奇襲をしようと待ち構えていた鬼達を見つけてくれたのでした。
それを聞いた桃花達は、先んじて建物の向こう側に異能力を放ち、奇襲を未然に防ぐことが出来ました。
火の玉や風の刃が、建物を超えて向こう側の路地に降り注ぎ、直ぐに鬼達の悲鳴が上がりました。
そして、奇襲が失敗したと分かるや否や、別の方面から新たな鬼の集団が現れたのです。
恐らく、両側に潜ませていた伏兵と共に攻めてこようとした本隊でしょう。数で言えば、桃花達と変わらないくらいの大人数です。
ですが、先ほどの攻撃で多くの鬼達が浮足立っていました。
そんな集団を前に、矢代は湯島に捕らえられていた鬼を引き寄せます。
「おい。あの鬼達の指揮官は誰だ?」
「…誰が言うか」
鬼は下を向き、意地でも口を開かない様子です。
そんな鬼の様子に、矢代はとある男を手招きします。
「おい、便利屋。こいつの心を詠んでくれ」
「あいよ。今詠むから、そいつが暴れないように押さえてくれよ。……よし。分かったぞ。あの集団の右端に居る豪華な鎧を着た集団、その一番左端で拳を振り上げている鬼だ」
「そうか。分かった」
そう言うが早いか、矢代は道端の石を拾い上げると、思いっきり振りかぶってそれを投げたのでした。
石は、目にも留まらない速さで鬼の集団に迫り、その中に居た指揮官の兜を貫通したのでした。
矢代の異能力、強化魔法がなせる業です。
「なっ!なんだ!?」
「将軍がやられた!」
「どうする!?逃げるか?」
「馬鹿野郎!それでも鬼か?戦うんだよ!」
「指図するな!俺の方が上官だぞ!」
「じゃあさっさと指示を出しやがれ!」
突然、自軍の頭がやられた鬼達は、右往左往と慌てふためきました。
その隙に、桃花達は一気に鬼達に襲い掛かります。
吹き飛ばされる鬼達。
上からは無数の異能力が降り注ぎ、鬼達は悲鳴を上げます。
その時、近くの民家を押しつぶして、大きな戦車が出てきました。
破竹の勢いで進み続けた住人達でしたが、そこで足が止まってしまいました。
降って湧いた異能力に歓喜していた彼女達でしたが、その凶悪な兵器を前に、恐怖を思い出したのです。
それでも、戦車は止まりません。
砲身を住人達に向けて、凶弾を撃たんとします。
しかし、砲撃をした途端に、戦車の頭が吹き飛びました。
砲撃が始まる直前に、慶太がその穴を埋めてしまったのでした。
それを目にした途端、鬼達は刀を取り落として逃げ惑いました。
屈強な体を持つ鬼も、凶悪な兵器も、既に異能力の前では無力であると悟ったのです。
そんな快進撃を見て、便利屋は口笛を一つ吹きました。
「ひゅ~…。あの鬼共が赤子の様だぜ。これじゃあ、どっちが悪者か分からなくなっちまう」
「何を言っている。義は我らにある。民衆を苦しめた鬼達こそ悪だろうが」
少し鋭い視線を投げる矢代。
それに対し、便利屋は苦笑いを返します。
「頭では分かってんだ。だがな、俺のチンケな心には、鬼達よりもお前さん達女性の方が、どうしても恐ろしく思えちまうんだよ」
桃花達の集団は、進むに連れ人数が増えていき、その反面、鬼達は数を激減させていました。
それは、桃花達に加わる街の住人、特に女性達が異能力の使い方を覚えたからであり、また、鬼達の軍団が散発的にしか攻めて来なかったからです。
鬼達は、未だに人間の異能力を脅威と認識しておらず、各将軍がバラバラに動いていました。
なので、街中の鬼は直ぐに鎮圧され、桃花達が鬼岩城の外壁まで来るのに、それ程の時間は掛かりませんでした。
見上げるように大きな石の城。その城へと続く巨大な城門が徐々に大きくなってきた時、門の前にも鬼の軍団が待ち構えているのが見えました。
しかし、その軍団は、今までの鬼達とは明らかに違っていたのです。
100人にも満たない小さな中隊。
それなのに、鬼達は仁王立ちで待ち構えているのです。
今まで出会った鬼達の様に、腰が引けている者は1人もいません。
そんな鬼の集団から、1人の鬼が進み出ました。
赤い甲冑に、無数の傷が刻まれた歴戦の猛将。
国一番の武勇を誇る英雄、黒騎士でした。
「止まれ!人の子らよ!ここから先は、この国の王であらせられるお方の居城である!何人たりとも、踏み入ること能わず!大人しく退き、日常に戻るのだ!」
黒騎士は帯刀していた鞘から、刀を引き抜き、それを群集に指し示します。
「しかし、敢えて進まんとするなら、我らは貴様らを敵とみなし、我ら鬼血の爪牙が貴様らを貫くだろう!」
黒騎士の怒号に、民衆は雷に打たれたかのように痺れ、その場でぴたりと進軍を止めました。
それ程、彼の声音は凄まじかったのです。
完全に歩みを止めた集団から、1人の少女が進み出ます。
桃花です。
「僕は!僕は話を聞いてもらいたくて、村からここまで来ました!戦争のせいで、村のみんなも、街のみんなも悲しんでいます!戦争をやめて下さい!食料を、農具を、みんなを返して下さい!」
進み出た桃花の姿を、黒騎士は口元を隠した鎧の内側から、じっと見つめます。
やがて、ゆっくりと首を振りました。
「何も悲しむ必要などない。君達はただ、我々を信じ続ければ良いのだ。我々が戦争で勝利することを信じ続けるだけで良い」
「誰も、そんな事を望んでないよ!満足に食べることも出来なくて、愛する人に会えなくて、みんな苦しんでいるんだ!勝利を信じろって言うけど、それは、誰の為の勝利なの!?」
桃花の叫びに、黒騎士は振り返りました。
彼の視線の先には、一体の銅像が立っていました。
痩せて、あまり強そうにない鬼の銅像。
右手に持った剣を突き出し、滑稽な格好をしています。
「それは閣下のみが知ること。我ら下々の者が、気にすることではない」
そう言って、黒騎士は桃花に向き直り、構えました。
この話の先は、永遠に交わらないと分かったからです。
なので、桃花達も構えます。
やっぱり、最後はこうなってしまうのかと悲しい顔をして。
「分かったよ。じゃあ、そのカッカさんに直接、話をするよ」
「ならば、この私を倒してみよ!」
そう言って、黒騎士が走り出しました。
桃花も負けじと、黒騎士に突っ込みます。
そして、
「うっ!」
「ふんっ!」
接敵した2人。
しかし、吹き飛ばされたのは桃花の方でした。
「桃ねぇ!」
桃花の元に、慶太と雪乃が駆け寄ります。
その後ろでは、矢代が信じられないと首を振りました。
「桃花が押し負けるだと…。10人の鬼をまとめて吹き飛ばせる桃花が、どうして…」
矢代の疑問に答えたのは、立ち上がった桃花でした。
「異能力だよ。黒騎士も、僕と同じ…いや、僕以上に異能力を使いこなしている」
桃花の言う通りでした。
黒騎士も、桃花達と同じように異能力を使うことが出来たのです。
そして、黒騎士と共にいた鬼達も、異能力を使い始めました。
一列に並んだ鬼達は、異能力で強固な防御陣を作り出し、住民達から放たれる異能力を防ぎきってしまいました。
そして、その苛烈な戦場のど真ん中で対峙していた桃花と黒騎士の戦闘は、
「ふんっ!」
「うわぁ!」
黒騎士の力量が、桃花を1枚も2枚も上回っていたのです。
地面に転がり、泥だらけになる桃花を見下ろし、黒騎士は構えた拳を少し下げます。
「我々を他の鬼共と同列で考えるな。我々はあの戦争、女侍共との戦闘で生き残った精鋭。貴様らが使う異業の力なぞ、あの夜叉どもの業火と比べれば、吹いて消える灯である」
黒騎士の強さに、威圧に、桃花は知らず半歩退っていました。
初めて目にする壁に、心が押し負けてしまったのです。
そんな桃花の視界の端に、2人の人物が進み出ました。
「桃ねぇー。かせーいたす!」
「1人じゃ無理でも、オイラ達がいるさ!」
雪乃と慶太でした。
そして、後ろで戦う住人達の息遣いや、やる気に満ちた熱気を背中に感じます。
桃花はいつの間にか、目の前の壁しか目に入っていなかったのです。こんなにも大勢の仲間が、周りにいることを忘れて。
でも、今思い出しました。
胸に、熱く硬い物が当たります。
それは、仕舞っておいたロケットの感触。亡き父の感覚です。
「そうだった。私には、みんながいる!」
桃花は、ロケットを握りしめ、改めて目の前の黒騎士を見ます。
さっき見えていたよりも、黒騎士はそれ程大きくないように思えました。
「行くよ、黒騎士!」
「そう…か。いや、ならば来い!少女よ!」
3人と黒騎士の戦いが始まりました。
「やぁ!」
「ふんっ!」
桃花の風の異能力と、黒騎士の盾がぶつかります。
先ほどの攻撃では、押し負けた桃花。
しかし、次の瞬間、黒騎士の背中に氷の礫が当たりました。
「あたれー!」
雪乃の異能力です。
黒騎士はそれを防ぐために、数枚の盾と意識をそちらに割かねばなりませんでした。
その分、桃花は自由に動けるようになりました。
「今だ!」
「甘い!」
桃花の渾身の一撃を、しかし、黒騎士は難なく防ぎます。
そして、反撃とばかりに両手を上げ、2人に向けました。
しかし、攻撃を繰り出す前に、その手は止まります。
黒騎士の手には、大きな土の塊がくっ付いていたのです。
慶太の異能力でした。
「オイラを無視したら、土の達磨さんになっちゃうぞ!」
「面妖な」
慶太の攻撃に、黒騎士は大きな隙を作ります。
すかさず、桃花が風で飛び上がり、黒騎士に向かって剣を振り下ろします。
「今度こそ!」
「くっ!」
その一撃は、黒騎士の盾に阻まれながらも、剣に纏った風で彼を吹き飛ばしました。
「「黒騎士将軍!?」」
鬼達が動揺します。
それだけ、黒騎士という存在が、彼らにとって大きいのです。
黒騎士さえ倒したら、戦争を止められる。
桃花はそう、確信しました。
「くっふふふふ…」
低く轟く笑い声が、空気を震わします。
黒騎士が、ゆっくりとその体を起こし、その兜から鋭い視線を桃花達に飛ばしました。
「良き力である、少女よ。いや、若き獅子よ。1人1人の力は我らに及ばずも、合わさる力は女侍にも匹敵する」
桃花達の異能力は、精々Cランク程度しかありませんでした。
しかし、3人は共に修行を行い、長い旅を乗り越えて来ました。
その中で、彼女達の絆は深まり、黒騎士を凌ぐ程の輝きを見せたのです。
黒騎士は、傷だらけの右手を真っ直ぐに伸ばし、その掌を誘うように、桃花達に差し出してきました。
「少女達よ。こちらに来い。其方らの力は、帝国にとって有益なものだ。その力を使い、王国を、連合を蹂躙し、やがてはこの世界の全てを奪い尽くそうぞ。そして、この帝国を世界最強の国とするのだ!」
「そんな事、僕達は誰も望んでいないよ!戦争なんてもう、たくさんだ!僕達はただ、平和だったあの頃の日常を返して欲しいだけだよ!」
桃花の叫びに、黒騎士は首を振ります。
「その平和を得る力が必要なのだ。他国から侵略されない、強い力が」
「そんなの、平和じゃないよ!平和の為に争うなら、そんなの平和でも何でもない。それこそが悲しみを産む原因なんだよ!」
「分からん奴だ。力こそ正義であり、この戦乱の世を生き残る、たった一つの術であるぞ」
頑なに戦争を正当化する黒騎士に、桃花は悔しくて仕方がありませんでした。
握りしめたロケットが、桃花の心の痛みを表しているかのようです。
「その正義で、父さんは死んじゃったんだ。戦争が、みんなから大切なものを奪ったんだよ」
戦争さえなければ、桃花は父親を失うことはありませんでした。その優しい声を聴き、温かい手で頭を撫でてもらえたかもしれません。
でも、今ではその少し古ぼけた写真の笑顔しか、見ることが出来ないのです。
「戦争が、貴方達が、僕からお父さんを取り上げたんだ」
桃花の強い視線を受けて、黒騎士が右手を下ろします。
そして、項垂れるように首を下げました。
「そうではない。少女よ…桃花よ、お前の父は……この私だ」
一瞬の沈黙。
そして、桃花は頬を釣り上げて、歪な笑みを浮かべました。
「…嘘だよ…そんなの、そんな事ある筈…」
黒騎士の冗談。
そうであって欲しいと桃花は願いました。
しかし、黒騎士はそうだとは言いませんでした。
代わりに、傷だらけの兜をゆっくりと取りました。
そこから現れたのは、ロケットに入っていた写真と瓜二つの顔でした。
「嘘ではない。そのロケットの中をよく見ろ。そこに映る男と同じはずだ。お前と同じ瞳の、淡褐色の」
「嘘だぁ!!」
桃花は叫び、その葛藤を異能力に変えて、黒騎士に剛風を浴びせました。
否定したかったのです。
自分の父親が、みんなを苦しめている元凶であったなんて。
そんな力任せの一撃は、しかし、黒騎士の体に見事命中し、黒騎士を吹き飛ばしました。
「ぐっふ…」
飛ばされた黒騎士は、近くの銅像にぶつかって、地面に滑り落ちました。
「お、お父さんっ!」
桃花は全身の血が退くのを感じながら、黒騎士の元へ駆け寄ります。
その様子を、鬼達は呆然と見送ります。
黒騎士が倒されたこと、そして、それを成したのが1人の少女であったことが、彼らの足を縛りました。
「お父さん!しっかりして!目を開けてよ!」
黒騎士を抱き起しながら、桃花は叫び続けました。
すると、固く閉じていたその瞼が、薄っすらと開きました。
「桃花よ…強くなったな…」
黒騎士は苦しそうに言葉を捻り出します。
そこで、桃花は気づきました。後ろに回していた自分の手が、赤く染まっていることに。
見上げると、痩せた鬼の銅像が目に入り、突き出していたはずの右手の剣が砕けているのが分かりました。
黒騎士は、運悪くその銅像に背中を貫かれてしまったのです。
「お父さん!なんで、なんで避けなかったの?」
先ほどの桃花の攻撃は、簡単に避けられるものでした。
ただ怒りと不安を吐き出しただけの一撃など、慶太達の支援なしに当たる筈もありません。
しかし、黒騎士は避けませんでした。
盾で防ぐことすらせず、ただ真っ向から当たりに行ったのです。
黒騎士は、俯く我が子に微笑み返しました。
「桃花よ。我々は…私は、もう引き返せないのだ。力に頼った平和など、所詮は仮初だ。他者から平和を奪い取った、だけであった。力を失えば、また他者から奪われる、だろう。それが怖かった。我々は、私は…」
「お父さん。もういいよ、喋らないで…」
泣き出しそうな桃花の言葉に、黒騎士は弱弱しく首を振って続けます。
「桃花よ。この戦乱の世で、力は、正義だ。力なき国は、淘汰される。だが、戦乱の世、そのものを終わらせることが出来れば、奪い奪われる、負の連鎖を断ち切ることが叶えば…真の平和が、訪れるだろう」
「そんなの、どうやってするの?」
「お前なら、出来る。お前と、お前の仲間達で、新たな時代を、築いてくれ…」
黒騎士が、傷だらけの手を持ち上げます。
それを慌てて取り上げる桃花。
「お父さんも手伝ってよ。元気になって、みんなに謝ってさ」
「我々は、奪い、過ぎた…我々が居ては、新たな、火種、と、なる…」
黒騎士はそう言うと、ゆっくりと手を下ろしました。
「お父さん!」
桃花の叫びに、しかし、黒騎士は桃花を見ていません。
どこか遠くを見て、小さく口を開きました。
「…桃花よ…強く、生きて…」
それを最後に、黒騎士は口を閉じました。
その瞳も、重い瞼に閉ざされてしまいました。
「お父さんっ!」
叫んでも、もう父親が答えてくれることはありません。
桃花は、横たわる父に泣きつきました。
泣いて泣いて、ひとしきり泣いた後、桃花はすっと立ち上がり、周りを見ました。
そこには、既に戦意を喪失した鬼達と、それを拘束する仲間達の姿がありました。
「行こう」
桃花は、静かにそう言いました。
「「「おおっ!!」」」
それでも、その小さな号令は、しっかりとみんなの耳に届いていました。
桃花達は進みます。鬼岩城の、中心へと。
黒騎士を失い、鬼血連隊の大半を失った鬼達に、桃花達を止める術はもうありませんでした。
鬼達は刀を手放し、降伏し、鬼岩城を明け渡しました。
その中枢には、
「朕を誰だと思っておる!!」
やかましく喚く、カイゼル髭の小さな鬼が居ました。
桃花は、それを見て首を傾げます。
「だれ?」
「首領だ。この国のな」
そう言いながら、首領を縛り上げた縄を強く引く矢代。
「そこの玉座の裏に隠し通路があってな。そこから逃げようとしたところを捕らえたのだ」
「兵士が戦っている間に逃げようとするなんて、随分と立派な王様ねぇ」
湯島が黒く微笑みながら、首領を見下ろします。
それを見て、首領は赤かった顔を青くします。
「お、おい。朕をどうするつもりだ。朕は高貴な者であるぞ…?」
「ああ、だから価値があるのだ。お前の首にはな」
「なっ、なんじゃと!?」
「慶太君。この男に土の猿轡を頼む」
「ほいほい~!」
矢代は怪しく笑い、湯島と共に首領を引きずっていきます。
その情けない姿を見て、桃花はポツリと零します。
「なんで、あんな鬼にみんな、従っていたんだろう?」
その言葉に、しかし、誰も答えられませんでした。
こうして、桃花達は鬼を倒し、鬼に支配されていた国を取り戻しました。
鬼達に侵略されていた王国や連合国はとっても怒っていましたが、首領をそのまま引き渡すと矛を収め、無事に戦争を終わらせることが出来ました。
桃花達の活躍を聞いた他国の人達も、鬼達に反旗を翻し、鬼に支配されていた世界を取り戻して行ったのです。
こうして、鬼の支配から解放された人々は、互いに助け合い、平和な世界を作り上げようとしていきました。
そうして、時は流れます。
長閑な田舎道を、一台の馬車が通り過ぎました。
その馬車は薄ピンク色の、少し古ぼけた馬車です。
それでも、村の人々はその馬車を目にすると、駆け寄ってきたり、大きく手を振って迎えてくれます。
やがて、馬車は古い家の前で止まりました。
馬車の周りに、人影が集まります。
柔和な笑みを携えた2人の老人が、目を輝かせて馬車の扉を見つめます。
その時、バンッと馬車の扉が開き、そこから1人の女性が飛び出してきました。
「ただいま!みんな!」
太陽のようにまぶしい笑顔が、再び村に差し込みました。
イノセスメモ:
カイゼル髭の首領…帝国最後の皇帝。帝国を統一した青鬼宰相を辞職に追い込み、新たな植民地を欲したことで周辺国との対立を深め、戦争(史実で言う第一次世界大戦)を引き起こした。
彼を王国に引き渡し、後に処刑されたことで、帝国の君主制は終わり、民主制へと移行していった。
(史実では、オランダへ亡命しており、処刑はされていない)