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~第2幕~

※お詫び※

文化祭の上演時間について、当初20分と記載しておりましたが、最低20分の誤りでした。

上演時間は、最低20分、最大60分です。

混乱させてしまい、申し訳ございません。

引き続き、桃太郎戦記をお楽しみください。


桃太郎戦記・キャスト(第2幕)

・桃花役 (西風 桃花)

・村の男の子:慶太 (山城 慶太)

・村の女の子:雪乃 (白井 雪乃)

・従者:矢代 (矢代 美月)

・従者:湯島 (湯島 英美里)

・黒騎士 (??)

・赤鬼役 (7組男子)

・城下町住人役 (7,8組女子)

・城下町のお爺さん (佐藤 大也)

・花屋のおばさん (北山 紗枝)

・首領 (吉留 博人)

翌日、桃花は意気揚々と村を旅立ちました。

余所行きの服に、腰には護身用の真剣まで携えています。

この刀は、お爺さんが若い時に使っていた、曽祖父の形見だそうです。


また、反対側にはお婆さんが作ってくれた甘いきび団子が入っていました。

配給制となって、砂糖は手に入らなくなってしまったはずでしたが、お婆さんは床下に保存していた、大切な大切な砂糖をふんだんに使用して、作ってくれました。

お爺さん、お婆さんがどれだけ自分を大切にしてくれているのかが、ひしひしと伝わって来た桃花。自然と、足の進みが早まります。


そんな彼女の後ろには、いつの間にか小さな影が付いてきていました。

雪乃と慶太です。

2人の背中には、大きな背負子が背負われていました。


「オイラ達も桃ねぇに付いてくよ。とーちゃんもそうした方が良いって言っていたんだ」

「しゅとまでレッツごー」


村を出る時に、2人にそう言われました。

桃花の知らない所で、大人同士でのやり取りがあったようです。。

でも、3人には知る由もない事。

桃花は、心強い仲間と共に、鬼達が待つ城下町へ向けて旅立ちました。


~~〈◆〉~~


物語は進んでいく。

場面は目まぐるしく変わっていき、桃花さん達は城下町への旅の途中、村々に立ち寄った。

その行く先々の村でも、既に鬼達による配給制と徴兵が行われており、村中に虚無感と憤りが蔓延していた。

そこに、


「こんなの間違っているよ。僕たちはこの間違いを正すため、鬼さんに訴えるんだ」


桃花さんの元気な声が響き、村人達を元気づけていた。

多くの人は、出来っこないと笑っていたが、中には、彼女に付いて行くという者も出て来た。


元気に舞台の上を跳ねる桃花さん。

それを見ていた蔵人の横で、「おお」と感嘆の声が上がる。

吉留君だ。


「結構、魅入っているね」

「おっと、失礼」


集中せねば。

蔵人が謝ると、監督は微笑みながら首を振る。


「違う違う。君の事じゃなくて、あっちの方だよ」


あっち。そう言って彼が指さすのは、観客席。

蔵人もそちらにパラボラ耳を凝らすと、薄暗い観客席の中から、熱い吐息と息を呑む音を微かに感じた。


「劇が始まった当初はおしゃべりする人もいたけど、君が出て来てからはずっとこんな感じだよ。君のお陰で、みんなが舞台に集中している。そして今、西風さん達が物語を進めるにつれて、役者じゃなくて物語を見てくれるようになった」


確かに、監督の言う通りだ。

桃花さん達が村人の同意を得られると、「よし」とか「やった」とか喜ぶ人の声が聞こえ、逆に野盗などに襲われてピンチになると、息を呑む様子が聞こえて来た。


今、観客の目に映っているは、西風桃花さんではなく、主人公の桃花なのだ。

それを可能としているのは、役者達の演技力と、丁寧に語る林さんのナレーション。そして、しっかりと作り込まれた脚本があるからであろう。

みんなで作った集大成が、観客を魅了している。


「素晴らしい舞台だ」


蔵人の賛辞に、監督は首を振る。


「君がいなかったら、きっとこの舞台は成立しなかったよ」

「それは褒め過ぎだ」


蔵人は、過剰な賛辞を受け取らない。

実際、蔵人の貢献というのは微々たるものである。

炎上事件や部活で殆ど練習に出ていないからね。

そう思って首を振った蔵人だったが、吉留君はそれに、肩をすくめる。


「いいや、事実さ。そりゃ、練習時間はみんなより少ないかも知れないよ?けれど、僕が言いたいのはその事じゃなくて、君がみんなの、特に男子達の心の支えになっている事だよ」

「心の、支え?」


良く分からないと眉を顰める蔵人に、吉留君は「そうだよ」と朗らかに答える。


「1学期の頃は、クラスの雰囲気もあんまり良くなかったんだ。佐藤君も鈴木君も、直ぐに部室に行っちゃうし、そのせいで女子達は不満気だった。クラスに残ったのは蔵人君だけだから、余計に苛立たしく思っていただろうね。何で望月さん達だけが良い思いをするのかって」


それは、確かに感じた。

安綱先輩に指摘された後、注意深くクラスに気を配った際に、剣呑な雰囲気であったから。


「でもね、2学期になって、夏休み中の蔵人君の活躍を知ってから、彼らも変わったんだ。同じクラスの、同じランクの友達が頑張っているなら、俺達も出来るって。鈴木君がそう言っていたよ」


そう言えば、2学期になってから彼らが部室に逃げることがなくなった気がする。

体育祭や文化祭の為なのかと思っていたが、そんな事を思っていたからだったのか。

蔵人は彼らの思いを知り、吉留君をただ見つめた。


「彼らが…僕らが演劇に打ち込めているのは、蔵人君が頑張ってくれたからだよ。君が女子の注目を集めてくれるから動きやすい!なんて佐藤君は言っていたけど、僕は、彼らの決心が固まったことも大きいと思う。お陰で、この舞台では女子だけじゃなく、男子も生き生きと演じられている。その結果、舞台がより完成に近づいたと思っているよ」


この舞台は、元々男役も多く出る舞台だ。第一次世界大戦が起きた時代…つまり、女性が男性にとって代わる瞬間の物語。必然的に、男性が必要となってくる舞台である。

男子がやる気を出してくれなかったら、女性と男装した女性の戦いとなり、意味が薄くなる。そういう意味での、先ほどの賛辞であったのか。


蔵人は、少し気恥しくも温かい気持ちになった。

そんな2人に、後ろから声が掛かる。


「おーい、黒騎士よ。そろそろ儂らの出番だぞい」


そう言って、傷だらけの甲冑を携えて来たのは、既に鬼血兵に着替えた鈴木君であった。


「おいおい、鈴木君。口調が達じぃのままだよ?」


監督のツッコみに、鈴木君は口を押える。


「やっべ、またやっちまった。練習しすぎて偶に爺さん言葉になるんよ。家でもとーちゃんに言われたからのぉ」


家でも練習してたのか。

それだけ、彼らもこの舞台に集中しているという事。

蔵人の脳裏に、ポーカーで詰まらなさそうに盛り上がっていた男子達の姿が過ぎる。

その光景が、もしかしたら8組でもあり得たのかも。

もしも自分が居ることで、鈴木君達が自分から別の道を歩めたのだとしたら、光栄な事だ。

蔵人は衣装を受け取りながら、鈴木君の肩を叩く。


「まぁ、鬼役のセリフは殆ど無いから、そこまで心配しなくて良いけど、腰とかを叩かないでくれよ」

「ホントそれな。やってしまいそうで怖いんよ」


冗談で言った蔵人の忠告に、真剣に頷く鈴木君。

彼らの手本となれるのなら、今一度頑張らないといけないな。

舞台を見る蔵人の目にも、熱いものが籠るのだった。


~~~〈◆〉~~~


桃花達がそこの着いたのは、満月とは反対の新月の頃。


「うわぁ〜!大きな街!」


桃花は、辺り一面にそびえ立つ建物を見上げながら、グルリとその場で回ります。


「おっきー!」

「村の風車より大きな建物ばっかりだぁ!」


雪乃と慶太も、彼女を真似ています。

ようやく着いた城下町の街並みに、彼女達の好奇心がくすぐられたのです。


「おい、3人とも。少しは静かにしないか」


隣村で仲間に加わった矢代が、周りを気にしながら3人を諫めます。

君からも何か言ってくれと言わんばかりに、矢代は幼馴染の湯島を睨みました。


「そうね〜。ここは鬼の警備も厳しいから、騒いじゃダメよ?折角、目立たないように別行動しているのに」


おっとりとした口調で注意する湯島ですが、彼女の言う通りでした。

城下町は鬼達の根城です。それ故に、至る所にパトロールをする鬼の姿が見られ、時折鬼達の行進が、石畳を踏み潰しながら小さく地面を揺らします。


こんな所で騒いだら、直ぐに街から追い出されてしまうでしょう。

駐屯所までは、静かにしよう。

そう思っていた桃花達ですが、少し歩いた先で驚きの光景が広がっていました。


「なんて事なの…。税金、税金って、こんなに税金を取られたら、とても冬を越せないわよ…」

「鬼共め…っ。他国と戦争するからと、こんなに儂らから食い物を奪いよって!」


大通りが重なる広場に、街の住人らしき人達が集まり、俯いていました。

着ている服は高級そうで、村にはない帽子や眼鏡をかける人々の姿もありましたが、困り果てて額を寄せ合うその姿に、村を思い出してしまいます。

桃花は物陰からその様子を見て、静かに呟きました。


「みんな一緒なんだ。村も、城下町も関係ない。みんな、戦争が嫌なんだ」


戦争なんて、鬼達や城下町の住人ばかりが良い目を見る。

そう言っていた矢代は、街の様子を見て力なく首を振ります。


「じゃあ何故、戦争などするのだ?一体、誰が得をするというのだ?」


その疑問に、湯島はただ小さく首を振ります。


「分からないわ。鬼がすることって、私達人間には分からないわ」


桃花達がそんな話をしていると、集まっていた人達が急にざわめきました。


「ちょっと!。みんな静かに!鬼の軍隊が来たわよっ」


妙齢の女性が叫ぶが早いか、街の人達は血相を変えて散り散りに逃げ帰ります。

そして間もなく、鬼の軍隊が現れました。

普通の警備鬼とは違う、もっと分厚い鎧を着た鬼達。その先頭には、傷だらけの鎧武者が居ます。

その武者が立ち止まると、後ろの鬼達も一斉に両足を揃えます。


「良いか諸君!連合は卑怯にも、我らが帝国に向けて軍を展開した!これは我々への挑発行動であり、もはや不可侵条約など破られたに等しい!我々はこれより、帝国の平和を守る為、彼奴等(きゃつら)の国に侵攻し、彼奴等を殲滅する!」

「「「おおっ!!」」」

「女侍共との死闘により、我々は更なる力を手に入れた!もはや王国も連合国も相手ではないのだ!」

「「「おおおぉお!!」」

「続けぇ!」

「「「応っ!」」」


まるで雷のような怒号が、辺り一面を駆け抜けていきます。

桃花達は、動くことが出来ませんでした。

本当に、感電したのではないかと思うほど、鬼の迫力が凄かったのです。


「びっくりした~。あれは、あの傷だらけの人は何だったの?」


桃花の問いに、矢代が苦々し気に答えます。


「鬼の将軍だ。幾つもの戦場で勝利を納め、鬼の英雄と言われている。敵の刃を幾つ受けても倒れず、相手の返り血を吞み干した鎧は、ああも赤黒く染め上げられたと言われる。それ故に、人々は彼を、畏怖と敬意をもって黒騎士と讃えている。かくいう私も、そうだったのだがな」

「くろ、きし…」


桃花は、小さくなっていく黒騎士の背中を目で追いながら、呟きました。

何故か、目が離せなかったのです。


桃花が動けない間にも、散っていた住人達が建物から顔を出し始めました。


「そんな…連合とも戦争するなんて…」

「王国との戦争も、まだ決着が着いていないだろ?」

「黒騎士様まで出撃するみたいよ。本当にこの国は大丈夫なの?」

「そんな事より税金だよ!王国との戦争だけでもいっぱいいっぱいだったのに、連合ともやり合おうだなんて…。このままじゃあたし達、全員干からびちゃうよ!」

「宰相閣下がいらっしゃった時は、あんなに平和だったのに…」

「本当よ。今の首領様になって、青鬼様が罷免させられた途端に」

「しっ!それ以上言うな!首を跳ねられるぞっ!」


嘆く街の人達を見て、桃花は思いました。


「よし。駐屯所へ行こう!行って、偉い鬼さんに会わなきゃ!」



そう思って、勇み歩んだ桃花でしたが、徴収兵を受け入れる宿舎の前で止められてしまいました。


「お願いします!偉い鬼さんに合わせてください!」

「バカな。何を言っている。ここは子供の遊び場じゃないんだぞ!」

「子供じゃありません!桃花です!タツじぃが、これを見せれば偉い鬼さんが力を貸してくれるって言ってたんだ!」


桃花が高々とロケットを掲げますが、門番の鬼たちは笑うだけで相手にしませんでした。


「そんな古びた装飾品、何の価値もありゃしないぞ」

「どうせ、この宿舎の食糧を盗みに来たんだろう?そんな襤褸を纏っているのだ、お前達が路地裏の餓鬼なのは見え透いている」

「違います!僕のお父さんは戦で頑張ったってタツじぃが」

「ええぃ!聞いていれば嘘ばかり抜かしよって!それ以上戯言を垂れ流すなら、その舌切り落としてくれる!」


キレた片方の鬼が、鞘から易々と刀を抜き、桃花に向けて振り上げました。

その刀が振り下ろされる前に、桃花達は逃げるように駐屯所を去るのでした。




「いきなり刀を振りかざすなんて…どうかしている!」


憤りを隠す様子もなく吐き捨てたのは、矢代でした。

彼女は、駐屯所からずっと肩を怒らせて歩いていました。


「こっちは女子だぞ?鬼は弱者を守るのが仕事ではなかったのか?」

「矢代ちゃん、仕方ないことよ」


まるで鬼の肩を持つような湯島の発言に、矢代はキッと鋭い視線を向けました。

それを受けて、湯島はため息を一つ。


「鬼なんてプライドの塊よ?そのプライドが守る為なら、女子供も平気で傷つけるわ」

「でも、あいつらは鬼で、国の守り手で…ああ、くそっ!分かっていた。鬼などに国を委ねたから、こんな乱世になってしまったとな!」


怒りで取り乱す矢代の横で、桃花は顔をずっと伏せていました。

それを慶太と雪乃が気にかけます。


「桃ねぇー。怖かった?」

「鬼はもういないから大丈夫だよ。オイラも怖かったし」

「ううん。そうじゃないんだ。どうやったら鬼の偉い人に会えるかなって考えていてさ」


桃花は、1人でずっと考えていました。どうしたら自分の話を伝えられるか。どうやったらお爺さん達と平和に暮らしていけるかを。

そして、桃花が元気に顔を上げます。


「やっぱり、これしかないよね!」

「一体、何ですの?」


湯島に先を促された桃花は、一つ頷きます。


「タツじぃが言っていたんだ。僕達だけじゃだめなら、他の人に頼るんだってさ」


桃花の頭の中には、先ほど広場に居た人達の姿が思い浮かんでいました。

村の人達と同じくらい嘆いていた彼女達なら、桃花の話を聞いてくれるでしょう。


「それは良い」


そう言って笑う矢代の顔は、何処か悪いことを考えているようにも見えます。ですが、桃花には頼もしい笑みにしか見えませんでした。


「そうと決まれば、早速集めるぞ。同志をな」




それから暫く、桃花達は街の人達に声を掛け続けました。

不満があるなら声を上げよう。

私達の声はきっと首領陛下の元まで届く。

そう言いながら根気強く、桃花達の賛同者を募ったのです。


しかし、街の人達の反応はイマイチでした。

不満は持っているので、それなりに桃花達の話に耳を傾けてくれます。しかし、実際に動き出すということに懐疑的でした。

街の人達は、鬼を恐れていたのです。そして、首領に自分達の声なんて届かないと、諦めていたのです。


「諦めちゃだめだよ!1人じゃダメでも、みんなで言えばきっと」

「気持ちは分かるがね。あたしらにそんな力はないよ…」


そんな日々が続いたある日。

事件が起きました。

広場に来た桃花の目に、花束を持ったおばさんが、鬼達に囲まれている場面が映りました。


「その手に持っている物は何だ!大人しく見せろ!」

「ただの花ですよ!配達を頼まれて、届けに行くところです」

「花だとっ!?そんな贅沢品は没収だ!」


鬼は、叔母さんが抱えていた花束を奪い取ります。

おばさんは転んでしまい、倒れながら鬼に手を伸ばします。


「止めて!それは大切な花なの!」

「愚か者!戦時下で無駄な物を作るなど…こんなもの、こうしてやる!」


そう言って、鬼は花束を地面に叩きつけ、片足を大きく上げました。

綺麗に咲いた、空の様に青い花。桃花の故郷でも見事に咲いていたその花が、踏みつぶされようとしています。

それを見て、


「だめぇえ!」


桃花は駆け出します。

風を纏い、物凄い速さで鬼にぶつかり、鬼を吹き飛ばしてしまいました。


「ぐぁっ!」


鬼は近くの銅像にぶつかり、気を失いました。

それを見ていた近くの鬼達は、一斉に刀を抜きました。


「貴様!人間の分際で!」

「打ち首じゃ!」


刀を抜き身で振りかざす鬼達。

でも、桃花は引きません。

後ろには、街の人達が居るからです。


桃花は鬼達の刀を受け止め、風の力で吹き飛ばします。

自分よりも遥かに大きな鬼達を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げて行きます。

それを見て、鬼達は援軍を呼ぼうと口を開きました。


ですが、声が出ません。

大きく開けた口に、土が詰まったからです。

慶太の土の力でした。

逃げようとした鬼は、凍った地面でひっくり返ります。

雪乃が氷を張っていたのです。


大勢いた鬼達は、瞬く間に倒されました。

それを見て、人々は驚きで彼女達を見ます。


「鬼を倒したの?それもこんな大勢を、君達だけで?」

「なんだった、今のは…。嬢ちゃん達、今のは一体どうやって?」


困惑する人々に、桃花は両手を広げて、風を送ります。


「これは!…えっと、なんか修行していたら出来るようになったんだ!この子達も出来るよ。みんなも出来る筈だよ!」


桃花が自信を持って語り掛けると、先頭にいた老人は首を捻ります。


「はて、修行でそんな事が出来るんかのう?人間が鬼様に勝てるなんて…」

「もしかして、これの事かい?」


老人の後ろから、先ほどのおばさんが現れて言います。

おばさんが掲げた指からは、小さな火が灯っていました。


「少し前から出来るようになったんだ。花屋だから、火は控えていたんだけどね。お嬢ちゃん達みたいに出来るなら、あたしにも教えておくれよ」

「私も!いきなり怪力になってて怖かったけど、鬼を倒すために協力させて!」

「じ、実は儂も、最近お目目が良くなってたんじゃ。これでも力に成れるなら…」


街の人達の目に、明るい火が(とも)されました。

その火は、まるで山火事のように、次々と燃え広がっていくのです。



やがて、まともに話すら聞かなかった人達までも、桃花達の元に集まってきます。

それを見て、慌てる桃花。

そんな彼女の背中を、矢代は優しく押し出します。


「さぁ、桃花。みんなに言わなければならないことがあるだろう?」

「う、うん」


桃花は深呼吸して、緊張を呑み込みます。

そして、しっかりと顔を上げ、高々と拳を挙げます。


「みんな!取り戻そう!パンを、愛する人を、平和を!」

「「「うわぁああああ!!!」」」

「そうだ!取り戻すんだ!」

「食い物取り返して、腹いっぱい食べなきゃね!」

「儂の息子を返せ!」

「あの日々を返して!」


熱狂の渦は、いつの間にか降り出した雪をも解かす勢いで、膨れ上がっていきました。



ぶ厚い雲に覆われた外は夜のように暗く、この国の行く先を暗示しているかの様でした。

しかし、この場所だけは、そんな外とは別の世界のように、煌々と光が降り注ぎ、隅々まで磨かれた大理石がそれを反射します。


ここは、城下町の中心に築かれたお城。選ばれた鬼しか踏み入ることを許されず、人間は生きて出てこれない聖域。

人々はここを、鬼岩城と呼んで恐れました。

その城の中枢、煌々と輝く部屋の中には、煌びやかな鎧を纏った鬼達が首を揃えていました。


鬼の将軍達。そして、この国の頂点である、鬼の首領です。

彼らは今、戦争の状況について怒号を飛ばし合っていました。

そんな時です。


「伝令!閣下に至急のご報告がございます!」


一匹の鬼が、顔を青くして飛び込んできました。

将軍達は、大事な会議を中断させた伝令を睨みます。

すると、伝令は更に顔を青くして、半歩下がりました。

そんな彼に、


「なんじゃ?早う報告せい」


痩せて、小さな鬼が甲高い声で怒ります。

彼が、この国の首領です。

首領の声を聞いて、伝令は顔色を元に戻します。


「はっ!先ほど、南地区のリンデン広場で、多くの人間達が集結しているとの情報が上がりました!」

「なんじゃと?」


首領は顔を青くしますが、周りの将軍達は鼻で笑います。


「人間の、それも女子供に何が出来る」

「精々不満を泣き叫んで終わりであろう」

「リンデンなら都合がいい。警邏隊で一斉捕縛し、塹壕堀を死ぬまでやらせるのだ」


将軍達はそう言って、会議に戻ろうとしました。

ですが、直ぐに別の伝令が飛び込んできました。


「伝令!人間達が暴動を起こし、第4、第6鬼血大隊が壊滅しました!敵は怪しげな技を使い、我々を圧倒しております!」

「なんだとっ!」


将軍の1人が立ち上がり、怒って机を殴り、陥没させてしまいました。

しかし、誰もそれを非難することもなく、お互いの顔を見合わせます。


「怪しげな技?何のことだ?」

「ひ弱な人間が、そんな事出来る筈がなかろう」


将軍達が困惑する中、1人の鬼が手を挙げます。

黒騎士と呼ばれる鬼です。


「閣下。これはもしや、王国との戦場に現れた女侍達と同じでは?」

「なにぃ?貴様はあの与太話を言っているのではなかろうな?女子供が空を飛び、大岩を持ち上げ、鬼を退治したとかいう、あれを」


鼻で笑う首領でしたが、黒騎士は椅子を蹴り倒して立ち上がりました。


「閣下!あれは与太話などではないと、何度も申し上げた筈です!人間は、何らかの力を得ているのです!昨日までの弱き民と侮っては、取り返しのつかないことになりますぞ!現に、私の部隊の多くは、その女侍にやられておるのです!」


いきり立つ黒騎士に、周りの将軍達は首を振ります。


「黒騎士殿。少し落ち着かれよ。其方らの連隊が、王国との戦争で大敗したのは不運であった」

「…不運で片づけていいものではない!」

「黒騎士殿。負け戦とはそういうものだ。まるで、狐に化かされたみたいにな。英雄の貴殿には、初めての味かもしれんが」


将軍達の蔑むような目に、黒騎士は肩を怒らせて、出口へと足を向けました。

それを見た首領が、力を取り戻して声を上げました。


「おい!黒騎士!何処へ行くのだ」

「…暴動への備えを進めます」

「良いか!朕が良いと言うまで、出撃してはならんぞ?!」

「…御意」


黒騎士はそのまま、会議室を出て行きました。

そんな彼を、他の鬼達は呆れた目で送ります。


「まったく…武器も持たない女子供に、何を焦っておるのじゃ?あれで本当に救国の英雄か?」

「閣下。黒騎士と言えど、高貴な閣下と比べては、一介の鬼に過ぎぬのです」

「おお、そうかそうか。朕のようにどっしり構えてこそ、一国の主が務まるということだな」

「その通りでございます」


そう言って、首領と将軍達は大いに笑い合うのでした。

その数刻後には、阿鼻叫喚な地獄絵図になるとも知らずに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっかねぇ。一般市民が異能力を使い始めた。敵国とにらみ合いをしながら、内側から得たいの知れない能力を使う有象無象が食い散らかしていく…鬼からしたら地獄でしょうな。怖すぎる。
[一言] 蔵人の起こした変化が思わぬところまで波及してるんですね、そして終戦の日にあの戦争をベースにした物語を読む共々色々思うところがあります
[一言] 誤字報告 先ほど、南地区のリンデン広場で、多くの人間達が終結しているとの 集結です
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