~第1幕~
桃太郎戦記・キャスト(第1幕)
・桃花役 (西風 桃花)
・馭者役 (渡辺 弦)
・お爺さん役 (鈴木 樹郎)
・お婆さん役 (本田 彩香)
・村の男の子:慶太 (山城 慶太)
・村の女の子:雪乃 (白井 雪乃)
・赤鬼役 (7組男子)
・村人役 (佐藤君、7,8組女子)
舞台の幕が上がり、様相は大きく変わっていた。
暗い墓標のような建物群は全て消え、代わりに緑豊かな山々と、その前に広がる黄金色の田畑が広々と広がっている。
道端の青い花が楽し気に揺れる喉かな田舎道を、1台の桃色の馬車が忙しそうに駆け抜けていった。
~~~〈◆〉~~~
長閑な風景を切り裂くように進む馬車でしたが、とある民家の前まで来ると、泥を跳ねながら急停車します。
「お~…ここだ、ここだ」
馬車が完全に止まるのも待たずに、汚れた服を翻して、馭者が馬車から飛び降ります。
そのまま、あぜ道の泥が跳ねるのも気にせずに、がに股で1軒の家まで駆け寄ります。
少し傾いた、赤レンガの家です。
馭者は、その家の扉をガンガンと無遠慮に叩きました。
「おーい!誰か居るかぁ!お届けもんだ!居なけりゃここに置いていくぞぉ~!」
「何か儂に用かの?」
男の声に答える声は、家の中からではなく、隣の畑から聞こえました。
馭者がそちらを見ると、そこには壮年の男性が手元を泥だらけにして立っていました。
お爺さんは、驚きに目を開けながらも、温かさが満ちた目で馭者を見ています。
「よぉ、爺さん。あんたここの家の者か?」
「ああ、そうじゃ。郵便かの?見たところ、商人さんじゃあなさそうじゃが?」
「ただの便利屋だよ。それより、ほら、爺さんに届け物だ」
そう言って、男は半分投げる勢いで小包をお爺さんに渡します。
お爺さんは、受け取った小包が何なのか覗き込んで、それが赤子だと分かると慌てて顔を上げました。
「お、おおぃ。便利屋さんよ。これは赤ん坊じゃないか!?」
しかし、お爺さんが話しかけた先には、既に馭者の姿はありませんでした。
お爺さんが周囲を探すと、彼は既に馬車へと飛び乗るところだったのです。
「確かに渡したぜ!」
そう言うが早いか、馬車は凄い速さで元来た道を走り始めました。
「おおーい!便利屋さぁん!この子は、誰の子なんじゃ!?教えてくれぇえ!」
お爺さんは叫びますが、馬車は直ぐに見えなくなりました。
呆然と立ち尽くすお爺さん。
そこに、
「お爺さん。何かありましたか?」
家の扉が開き、初老の女性が出てきました。
お婆さんは、ただ茫然と立ち尽くすお爺さんの姿に眉を顰めます。
「ああ、婆さんや。困ったことに…」
お爺さんが赤子に視線を下ろすと、丁度目が覚めた赤子と目が合い、赤子は泣き出してしまいました。
「おぎゃぁ!おぎゃぁあ!」
「まぁまぁ!大変」
お婆さんは、お爺さんから奪い取るように赤子を抱き上げ、あやし始めます。
そうすると、赤子の声は小さくなっていきました。
それを見て、安心する2人。
「便利屋さんが、儂ら宛だとこの子を渡して来たんじゃ」
「まぁ!一体、誰がこんな酷いことを…」
「分からん。便利屋さんも、何も言わずに去ってしまったからのぉ」
お爺さんが困ったように弁明すると、お婆さんは「そうですかぁ…」と言ったきり、しばらく無言で赤子を揺らしました。
そして、顔を上げて、真剣な目でお爺さんを見ます。
「お爺さん。この子を、私達で育てませんか?」
「なんじゃと?」
お爺さんは驚いて目を丸くします。
お婆さんは、再び赤子に視線を落として嬉しそうに、こう言いました。
「これはきっと、神様がめぐり合わせてくれた縁ですよ。息子とも会えない私達に、慈悲を下さったんです」
「う~ん…そうかもしれんのぉ」
お爺さんは引っかかるものがありながらも、お婆さんに同調します。
思う所はありましたが、お爺さんも嬉しかったのです。
「では、どうします?この子の名前は?」
そうと決まれば早いもので、お婆さんは弾む声で問いました。
とうとう、お爺さんは困ってしまい、馭者が逃げて行った道を目で追ってしまいます。
「う~ん。そうじゃのぉ…。桃色の馬車で送られてきたから…桃太郎はどうじゃ?」
「この子は女の子ですよ」
お婆さんが包みを少し解いて、そう言います。
お爺さんは目をぱちくりとさせますが、再び唸りだします。
「そ、それじゃあ、もも…ピーチとか…」
「ももか。桃花にしましょう!」
一生懸命なお爺さんを傍目に、お婆さんは構わず、そう命名してしまいました。
「そ、それは、いいのぉ」
急いで同調するお爺さん。
タジタジなお爺さんの横で、お婆さんは寝ている赤子を揺らして、やさしく話しかけます。
「桃花や。元気に、すくすく大きくなるんだよ」
優しそうな2人の間で、桃花は幸せそうに笑うのでした。
それから、十数年の時が流れました。
変わらぬ長閑な風景の中に、威勢のいい声が木霊します。
「せいっ!やぁっ!」
木刀を両手に握りしめ素振りをしているのは、成長した桃花でした。
彼女が木刀を振りぬく度に、元気な栗毛色のお下げが跳ね、汗が太陽を浴びて煌めきます。
そんな桃花に、呼びかける人がいます。
お爺さんです。
「おーい!桃花や~。そろそろ朝ご飯じゃぞ!剣の稽古はそれくらいにして、早く帰っておいでぇ!」
「今行くよ~!」
桃花は疲れた様子も見せず、両手をぶんぶん振ってお爺さんに答えて、田畑を駆け抜けます。
彼女が走ると、彼女の体を押すように風が吹き抜け、彼女を邪魔しないように穂波が分かれます。
桃花は風と一緒になって、黄金の大地を駆け抜けます。
「タツじぃ。今日の朝ご飯はなぁに?」
「おお、桃花。お前さんは相変わらず速いのぉ。まるで風神様の生まれ変わりじゃ」
お爺さんは嬉しそうに目を細め、しかし、次には悲しそうに首を振ります。
「お前さんが男の子じゃったら、きっと出世したじゃろうに、惜しいもんじゃ…」
この時代、異能力はまだ表舞台に出て来てなかったので、女性よりも男性の方が強い時代でした。
お爺さんは、桃花が男の子であったら、この俊足も生かせる仕事に着けただろうにと、嘆いているのです。
しかし、それを聞いても桃花は笑顔です。
「タツじぃ、僕が女の子でも無駄じゃないよ?足が速ければ荷運びだって直ぐに終わるし、ご近所さんへの伝言だってあっという間さ!」
桃花はとっても明るく、元気な子に育ちました。
「そうだったのぉ。桃花のお陰で、畑仕事がうんと楽になった。ありがとうのぉ」
そんな桃花を、お爺さんもお婆さんもとても愛おしく思っていました。
そんな平和な日々が続いていたある時、村に異変が起きました。
見知らぬ、赤い甲冑を着た鬼達が大勢やって来たのです。
「人間ども!良く聞け!これから先、鉄製の農具や暖炉の油は全て配給制となる。金ではなくこの切符で交換するのだ!」
「加えて、税も倍になるぞ!しっかりと収め、国の為に働くのだ!」
鬼達は一方的にそう言い残し、村を去っていきました。
残されたのは、肩を落とした村人達です。
「税が倍だって?やっと畑の実りが良くなって、生活が楽になって来たと思ったのに。これじゃあ、ずっと貧乏なままじゃないか!」
「うちなんて畑を三つも作っちまったのに、農具がこれっぽっちしか貰えないんじゃ、仕事にならねえよ!」
「暖炉の薪が足りなくなったらどうすんだい?あたしらに凍え死ねって言ってんのかい?」
普段はおおらかで優しい村人達が、怒ったような悲しむような、いたたまれない声を上げ続けます。
桃花は、そんな村人を見て心を痛めながらも、隣で沈むお爺さんに声を掛けます。
「ねぇ、タツじぃ。さっきの赤い人達は誰なの?何で村のみんなに酷い事をするの?」
「ああ、桃花や。あの人達は赤鬼様じゃ。赤鬼様はな、他国の悪い奴らから、儂らを守っておるんじゃ。でもな、悪い奴らと戦う為には、食料と武器が必要での。じゃから、儂らからそれを集めて、力にしとるんじゃよ」
「じゃあなんで、みんなは悲しそうなの?守ってくれる鬼さん達が、なんで村のみんなをイジメるの?」
「桃花や、イジメではない。これは仕方のない事なんじゃ。平和に生きるためには、我慢しなければならんことも沢山ある」
桃花は納得できませんでした。
でも、悲しそうなお爺さんをこれ以上悲しませないように、その時は頷きます。
しかし、村人の生活は苦しくなっていく一方でした。
今年は例年になく豊作となり、これなら税を倍にされても何とかなると思った矢先、また鬼達が村にやって来たのです。
「今日から、麦や米、塩、醤油、味噌、酒、その他食料品は全て配給制だ!月に一度、人数分の券を家毎に配る」
「今年の収穫は全て徴収する!隠し立てした場合、家族全員が強制労働だ!」
「帝国は現在、他国との戦争を行っている!我々が勝利をつかみ取るため、お前達人間も協力するように!」
「これは国事である!逆らう者は逆賊として、この場でひっ捕らえる!」
刀を振るう鬼に睨まれた村人達は、誰一人として顔を上げようとしません。鬼が怖いからです。
鬼が去っていくと、村人達は顔を突き合わせます。
「大変なことになったなぁ」
「ああ。こんな少しの配給じゃあ、とても冬を越すことなんて出来ない」
「配給の中に農具が無い。一体どうやって畑仕事しろって言うんだ」
「あたしの所には赤ん坊もいるんだよ?食料もそうだけど、薪がなくちゃ凍え死んじまうよ」
みんな、悲しそうに涙を流します。
以前鬼達が来た時のような、怒りで声を上げる人は誰一人としていません。
みんな、この先の生活を想像して、顔を青くして俯くだけでした。
そんな村人を見て、桃花は心の内側から何かが爆発しそうでした。
村のみんなは何も悪くない。ただ平和に暮らしていただけ。
それなのに、あの鬼達はみんなから食料を奪い、仕事を奪い、幸せを奪おうとする。
タツじぃは国を守るためだと言ったが、それが理解できない。
みんなが悲しい顔をするのに、一体何を守っているというのだ!
桃花はそう思い、今にも鬼達に立ち向かいたくて仕方がなかったのです。
ですが、それでは村のみんなが困る。それが分かっているから、桃花はその思いを呑み込みます。
その代わり、その鬱憤は稽古でぶつけるのです。
桃花が振り下ろす木刀が、目に見えて速くなりました。
空を切り裂くように、風が音を立てて薙ぎ払われます。
ヴァンッ!ヴァンッ!
「すご~い」
桃花の稽古中、どこからか小さな歓声が聞こえました。
桃花が振り返ると、そこには村の子供達が居いました。
みんな目を輝かせて、桃花の姿をじぃっと見ていました。
「雪乃ちゃんに慶太君。どうしたの?お父さんのお手伝いは終わったの?」
桃花が戸惑いながら聞くと、子供達は揃って首を横に振りました。
「おとーさん、どっか行っちゃった。ヒミツの内緒話してる」
「冬をどう過ごすかを話し合うんだって。オイラ達は邪魔だから、夕方まで遊んでろって言われた」
口を尖らせる慶太。
普段は畑仕事を手伝わされるのに、こういう時だけ子ども扱いされることに怒っているのです。
ですが、直ぐに笑顔になりました。
「そんな事より、凄い素振りだったね!桃姉ちゃん」
「風を切ってたー!ビンビンって」
子供達が桃花のマネをして、腕を上下に振って素振りを見せます。
桃花は、ニヤける顔を抑えきれず、「いやぁ~、まぁ、ねぇ~」と満更でもない様子で頭を掻きました。
「小さい頃からやってることだから、慣れてるだけだよ」
この田舎には遊ぶ物がありません。なので、桃花は男の子達がしていたチャンバラごっこに混ぜてもらっていました。
その頃から、桃花はすばしっこく、自分よりも大きな男の子にも負けませんでした。
加えて、
「それに、最近はなんか体の調子が良いんだ。風を身近に感じるというか、風と友達?みたいな感覚がする」
桃花は、自分の手のひらを見つめます。
その掌の内側、自分の中に芽生えつつある、新たな感覚を見出そうとします。
すると、想ってもない答えが、子供達から返ってきました。
「あっ!それ、オイラも分かる!なんか最近、土いじりが凄く楽しいんだ!」
「わたしもー。お水と仲良しー!」
「ホントにっ!?」
桃花は驚きました。
驚くと同時に、大きく心が弾みました。
今まで、木刀の素振りをしていても、他の子とは違う感覚をいつも覚えていたからです。
だから、この感覚も自分だけにしか分からない、一人ぼっちの物だと思っていました。
「ねぇ!じゃあさ、これからお仕事が無いときは3人で修行しようよ!」
「おおっ!オイラもしゅぎょーするー!」
「わたしもー!」
こうして、村が悲しみに暮れる中、桃花達は自分達の中に眠る不思議な感覚を育てていきました。
それが、異能力の目覚めだとは知らずに。
更に季節は流れ、木枯らしが吹き抜ける晩秋。
太陽を覆いつくすような黒雲が辺り一帯を覆いつくし、寒さを余計に感じるそんな日に、またもや赤鬼達がやって来ました。
「人間ども、集まれ!」
「早くしろ!首領閣下の勅命を伝えに来たぞ!」
鬼達が威厳たっぷりに声を上げますが、そんな事を言われずとも、村人達は集まっていました。
普段から暗くなってしまった顔色は、鬼達の顔を見た途端に、更に悪くなります。
食料を奪い、仕事までままならない今、一体今度は何を奪いに来たのかと。
そして、鬼の読み上げるその言葉で、人々は泣き崩れます。
「この村の齢15から55までの男は、我々鬼血旅団の予備兵として徴兵する!」
「国の為、首領閣下の為に、お前達の力を使ってやるのだ!」
「翌月の満月までに、城下町の訓練所まで来るように!もしも遅れたり逃げた者は、反逆者とみなし斬首である!」
鬼達は赤い紙を手に、村の男性達に迫ります。
泣き崩れる者は胸倉を掴まれ、赤紙を手に押し付けられました。
その場から去ろうとした者は、手ひどく打ちのめされました。
呆然と立ち尽くし、受け取ることが出来なくなった者には、胸元へねじ込むように赤紙が渡されました。
「次の満月!城下町訓練所だ!」
1人の鬼が、タツじぃの前に来て、一方的にそう言い放ちながら赤紙を押し付けました。
タツじぃは、渡された紙を呆然と見つめて、錆びついたブリキのようにゆっくりと顔を上げました。
「わ、儂はもう、城下町まで行く体力もないんじゃが…?」
タツじぃは最近、腰が悪くて畑仕事もまともに出来なくなっていました。
城下町まで歩くどころか、隣村までだってたどり着けないでしょう。
それなのに、遥か彼方の城下町まで、一体どうやって赴けと言うのか。
しかし、そんなお爺さんの悲痛な言葉を聞くことも無く、鬼は次の人に赤紙をねじ込みに行ってしまいました。
「次の満月!城下町訓練所!」
まるで壊れたレコードのように、ただ同じ言葉を繰り返し、赤紙を人々にねじ込む赤鬼達。
その姿は、まさに鬼のように恐ろしいのと同時に、血の通わない人形のようにも見えました。
鬼達が赤紙を配り終えるのに、それ程時間は掛かりませんでした。
村人達からの悲痛な叫びや、悲しむ様を全て無視したからです。
鬼達は反抗した数人の村人を連行して、早々に帰っていきました。
残されたのは、呆然と立ち尽くす村人ばかり。
「間違ってるよ」
そんな彼らの姿を、遠くから見ていた桃花は掌をぎゅっと拳を握ります。
その視線の先には、赤紙に涙を落とすお爺さんの姿がありました。
「こんなの、間違っている。こんなの、平和なんかじゃない」
その夜。
何時もは楽しい夕食の時間ですが、桃花達は俯いて、誰一人口を開こうとしません。噂好きのお婆さんですら、ただ黙って夕食を啄むだけでした。
そのお婆さんの目は、真っ赤に腫れ上がっています。
あの後、お爺さんはお婆さんに事の顛末を話しました。
お婆さんは深く悲しみました。おじさんが二度と帰って来れないと分かっているからです。
まるでお通夜のような静かな夕食の席で、桃花は突然、声を上げるのでした。
「お爺さん、お婆さん。僕、城下町まで行ってくる!行って、どれだけ村のみんなが悲しんでいるのかを訴えるよ!」
そう言って立ち上がった桃花を、お爺さんとお婆さんは驚いて見上げるしか出来ませんでした。
やがてお爺さんは、か細い声を絞り出しました。
「桃花、お前さんがみんなを思う気持ちは、とても大切で素晴らしいもんじゃ。じゃがな、この話は大人の話じゃ。お前さんは気にせんで、ここでお婆さんと一緒に儂の帰りを待っていてくれ」
「そうですよ、桃花。貴女が言っている事はとっても危ないんですよ?村から出るのは勿論、鬼にそんなことを言ったら、何をされるか…」
お爺さんもお婆さんも、桃花に反対しました。
でも、桃花は諦めません。
このままではお爺さんも、村のみんなも悲しい思いをするからです。
平和の為に、みんなが悲しい思いをするなんて間違っていると憤ります。
「お爺さん、お婆さん。危険なのは分かっているよ。でも、僕はこのまま黙ってなんていられないよ。間違いだと分かってて見過ごして、それタツじぃが帰ってこなかったりしたら、僕は一生後悔すると思う」
桃花は真っ直ぐに、2人を見つめました。
その真摯で無垢な瞳を受けて、2人はまたもや言葉を失うのでした。
やがて、
「分かった」
お爺さんが重い口を開きます。
「お爺さん!?」
お婆さんは驚きました。お爺さんが、桃花の意見を認めると思わなかったのです。
少し非難めいたその声に、お爺さんは宥めるように手を上げました。
「桃花や。お前さんが城下町に行くことは許そう。だがな、村の現状を直接訴えることだけはダメじゃ」
「ええっ!?何でさ、タツじぃ!」
「まぁ、聞きなさい、桃花。人を頼るのじゃ。お前がいつも持ち歩いているロケットがあるじゃろ。あのロケットの中に入っている写真を、偉い鬼様に見せるんじゃ」
「…どうして?」
桃花は訳が分からず、首を傾げます。
この写真の人物が自分の父親であり、その父親は既に戦死しているとお爺さんから聞いていました。
そんな父の写真を見せて、一体どうしようというのでしょうか。
困った桃花に、お爺さんは重々し気に首を振ります。
「お前のお父さんは、それは大層な活躍をしたそうじゃ。ただの田舎娘が何を言いようが聞く耳を持たん鬼達も、英雄の娘ならば、聞いてくれるかもしれん」
話を聞いた桃花は、「そうなんだ」と静かに呟き、胸に下げていたロケットを握りしめて、目を閉じた。
そして目を開けて、お爺さんに微笑んだ。
「分かった!私の味方になってくれそうな人を探すね!」
「そうじゃ。桃花は良い子じゃの」
そう言ったお爺さんの瞳は、とても悲しげでした。
それは、お爺さんが嘘を付いていたからです。
お爺さんは分かっていました。いくら桃花の父親が名誉の死を遂げたとしても、それだけで桃花の発言が通ることは無いと。
きっと、体よくあしらわれて、村の現状は変わらないと。
それでも、お爺さんは良いと思っていました。
父親が鬼である桃花を、きっと鬼達は丁重に扱い、保護してくれます。結果を残した鬼の娘なのですから、きっとこの国が戦争で負けたとしても、それなりの生活が出来ることでしょう。
今ここで、畑仕事も出来ないお婆さんと共にいても、いずれ飢えか病で死んでしまいます。
そうさせない為にも、お爺さんは桃花を城下町に行かせようと思ったのでした。
桃花が幸せそうな顔で寝ているのを見ながら、お爺さんはお婆さんに語り掛けます。
「すまない、婆さん。君から桃花を取り上げてしまって」
「いいんですよ、お爺さん。私は、桃花が元気にいてくれさえいたら、それだけで良いんです」
お婆さんは、心底嬉しそうな顔でそう言いました。
自分一人では、桃花の足枷になる。そう思っていたからです。
その日の夜は、酷く冷え込んでいきました。
イノセスメモ:
・赤紙…軍隊への召集令状の一つ。郵送ではなく、役場の兵事係が直接家まで出向き、届けていた。