246話~まぁ、良く戦った方じゃ~
「いざ尋常に…」
「「勝負!」」
2匹の猛獣が、勢いよく飛び出した。
だが、同時に踏み込んだはずなのに、剣聖さんの方が先を行く。
彼女は蔵人よりも先に着地し、深く刀を構え、蔵人の方に一刀を繰り出して来た。
蔵人は堪らず、中空で盾を生成し、不安定な状態でその一刀を反らす。
彼女の剣戟は一太刀一太刀が素早く、そして恐ろしい程の切れ味を誇っていた。
魔力は確かにCランク並みしか宿していないのに、蔵人の水晶盾が豆腐の様にキレイな断面を晒して、次々と霧散していく。
これでは直ぐに、勝負がついてしまう。
蔵人は盾で受けるのを止めて、体中に纏った龍鱗を総動員し、無理やり体を動かす。
「欺瞞盾」
薄い鉄盾を周囲にばらまき、相手の視野を制限する。
それと同時に、相手の背後へ瞬時に移動し、蹴りを繰り出す。
背後からの攻撃、剣聖さんは振り向く様子すらない。
長い髪に隠された彼女の背中に、蔵人の蹴りがめり込む。
そう、思っていたが、
キィンッ!
蹴りは、途中で止まった。
白銀の刃が、彼女の背中を守っていたのだ。
剣聖さんが、刀を後ろ手で構え、蔵人の蹴りを受け止めていた。
まるで、背中に目でもある様に、こちらの動きを察知していた。
「くっ」
悔しいが、奇襲は失敗だ。
蔵人は、刀にもう一度蹴りを入れて、その反動で彼女から一歩離れる。
剣聖は、その攻撃も容易に受け止め、こちらを振り返って一刀を払い斬りしてきた。
蔵人は盾と盾を重ねて、更にその間に膜を埋め込んで、簡易のランパートでそれを受け止める。
それでようやく彼女の斬撃を反らすことに成功する。
しかし、手間暇かけて作成するその盾は、大きな隙を作ることになった。
「しっ!」
「くっ」
彼女の一撃が、蔵人の腹部を掻き切る寸前の所まで迫る。
蔵人は、体に纏った盾を後方に引っ張り、後ろに飛んでそれを躱す。
躱した、と思ったのだが。
ギリッ!
シャツの腹部が切れて、中に仕込んでいた盾に深い切り傷が付けられた。
その傷は、明らかに刀により作られたもの。相手の間合いから半歩離れても受けてしまった、斬撃。
こいつは、厄介だ。
蔵人はそのまま数歩の距離を飛んで、相手との距離を取る。
それを見て、剣聖さんが構えながら口を開く。
「良く、今の一撃を避けたものよ。異能力の練度も上々じゃったが、体捌きも見事な物である。異能力抜きの技術だけで言えば、理緒の奴にも劣らんだろう。異能力まで加味すれば、それ以上の実力とお見受けする」
「過分なご評価、恐縮です。ですが、貴女の技術も素晴らしい。剣術は言わずもがな、エアロキネシスと斬撃との連携は、流石は覚醒者と言ったところでしょう」
そう、彼女の剣戟には、全て風の異能力が乗っている。それ故に、間合いから完全に抜け出しているのに、斬撃を受けてしまったのだ。
ただでさえ鋭い一刀に、間合いの掴みづらい透明の刃は脅威以外の何物でもない。
その刃が、蔵人の盾を容易に切り裂いてしまう威力を持つのであれば、尚更に厄介である。
苦々しく笑う蔵人に、剣聖さんも楽し気に刀を振るい、刃に受けた陽光を照らし返す。
「褒めても何も出んぞ?ああいや、一刀多く見舞ってしまうかもしれんな」
ニヤリと笑う彼女に、蔵人も皮肉の笑みを返す。
「それは願ってもない事」
歪んでいた2人の口が、同時に一文字を描く。
と、
同時に踏み込む2人。
「しっ!」
剣聖さんの一太刀が弧を描き、蔵人に迫ってくる。
蔵人は、
避けない。
その円を描く銀刀の腹が近づくのを横目に見ながら、彼女に突き進む。
そして、迫っていた彼女の刃が、振り下ろす前に止まった。
彼女の刃に触れているのは、透明な蔵人の水晶盾。
蔵人は、剣聖さんが刀を振り下ろしたと同時に、その軌道上に盾を生成し、彼女の刃を止めたのだった。
振り切られる前の刃なら、水晶盾でも切り裂かれない。そう判断して。
でも、
ギィイイイイィンッ!
高音の金属音。それが水晶盾から鳴るや否や、盾に無数の亀裂が入り、そして真ん中から叩き切られた。
なんだ!?風?まさか風の刃を高速回転させて…!
動き出した刃が、再び蔵人を刈り取らんと猛進してくる。
まさか、止められた刃を瞬時に動かすとは。
蔵人は驚きに目を見張る。
だが、彼女へと進む歩みは止めない。
彼女は一瞬で盾を排除してしまった。
だが、その一瞬でも十分に、蔵人は剣聖さんに近づけた。
上段に構えていた拳を、最短最速の動作で彼女の体に叩き込む。
彼女の体がふわりと浮き、そのまま吹き飛ばした。
「くっ!」
地面を二転三転する剣聖さん。
漸く止まった剣聖さんは、四肢を投げ出して地面に倒れ伏す。
息は、まだある。
ただ、倒れているだけだ。
これは、またとない最大のチャンスである。
そう判断した蔵人は、
動かない。
態勢を崩して、みっともなく地面に這いつくばる相手を前にしても、一歩も前に出ずに、ただ構えを強固にするだけだった。
油断ではない。
手加減する気など、端から持ち合わせていない。
こんな野良試合に、スポーツマンシップや武士道で手をこまねいている訳でもない。
「ふっ、来ぬか」
ゆらりと立ち上がった彼女は、土ぼこり一つ付かなかった着物を揺らし、笑みを絶やさず蔵人を見据えた。
その様子から、彼女の余裕をヒシヒシと感じる。
蔵人が彼女を追撃しなかった理由。それは単に、彼女に有効打を打ち込めていなかったからだ。
あの拳。ジャストヒットしたと思った拳の感触は、文字通り空を掴むような空虚な物であった。
恐らく、風で体を後ろへと逃がし、そのまま後ろへと飛んだのだろう。
故に、彼女には一切のダメージが見られない。転がるその演技も、風を纏って転がったように見せただけだ。
蔵人は、楽しそうに声を弾ませる彼女に向けて、固い微笑みを返す。
「誘っているのが、分かりましたので」
「そうか、見え透いていたか」
そういう彼女の表情には、口惜しさなどの負の感情は見られない。
あるのは恐らく、感心、感喜。正の感情のみ。
見え透いているのは、俺の動きか。
蔵人は歯噛みしながら、盾を複数出す。
全てが水晶盾。縁が薄くなっており、それを回転させると一枚の刃となる。
「シールドカッター!」
複数の凶刃な盾が、剣聖さんへと殺到する。
当たれば、人間の肉体など一瞬で両断される凶器。
それが迫り来るというのに、彼女は薄ら笑うのみで立ち尽くす。
そして、
飛来した盾刃を全て躱して見せた。
複数の、バラバラに飛来させた盾を、ただ足捌きのみで躱しきってしまったのだ。
上から迫る盾も、後ろから急襲する盾も、左右同時に仕掛けた盾も全て。
なんという技術。なんという胆力。そして、なんという洞察力だ。
「ふむ。今の攻撃は、お主にしては少々雑であったかの」
蔵人の拙い攻撃に、不満を顕わにする彼女。
彼女からしたら、この試合はあくまで蔵人を試すための物。普段道場での稽古と何ら変わらない日常。
蔵人の余裕が無いのもお見通しで、動きすら見通す傑物。
こんなのに、勝てるのか?
蔵人は、苦い表情を作る。
それを見て、彼女が刀を鞘に納める。
終わり…ではないな。剣聖さんの瞳の色は、相変わらず険を孕んでいる。
蔵人の周囲を撫でる風は、相変わらずこちらを放そうとはしてくれない。
「ほぅ。まだ何か隠しておるな?いいぞ?試してみるがいい」
剣聖さんは、仁王立ちで蔵人に対峙する。
その言動、その様子はまるで先生、師範の様である。
いや、実力差で言えば、先生そのものか。
で、あるならば先生、胸をお借りしますよ。
「散開する盾!」
蔵人は右腕に小さな盾を幾つも生成し、それを一気に発射した。
以前にオリビアさんに繰り出した、ショットガンブラストの簡易版だ。
一枚一枚は数cm程度の小さな礫だが、数が尋常ではなく、また散発弾であるから一面に広がる弾は避けるのが難しい。
この局面、どう対応する?
そう蔵人が見ている目の前で、彼女は、
「旋風陣!」
たった一太刀の斬り上げで、蔵人の盾を全て吹き飛ばしてしまった。
無数に散らばる蔵人の魔銀盾。その地面にただ突き刺さるだけの彼らから、無念と言う声が聞こえるようである。
やはり、彼女は強い。
「ふむ。なかなか考えたの。バラバラではなく纏まって攻撃すれば、当たる可能性は出てくる。じゃがの、相手がどんな手を持っているか分からん時は、その後の攻め方も考えておくべきじゃぞ?例えば、今の攻撃を囮にして、儂に接近するとかの」
「然り!」
蔵人は言われた通り、彼女に向かって走り出す。
それを見て、彼女は一瞬驚き、そして若干残念そうな顔をした。
「どうした?先ほどから攻撃が雑になっておるぞ。まぁ、良く戦った方じゃ」
彼女が刀を上段に構えて、蔵人を迎え打つ構えを取る。
彼女の瞳が、鋭さを増す。
「では、一手指南仕ろうか…の?」
そう言い切る前に、彼女の体がユラリと揺れる。
彼女がそういう構え方をした、訳ではない。
体のバランスを崩し、苦しそうに横へと足を踏み出す剣聖さん。
「な、なんじゃ…っ!」
揺れる彼女の体。意味が分からないと瞳も揺れ動く。
だが、蔵人は容赦しなかった。
天高く飛び上がり、彼女に渾身の踵落としを見舞う。
剣聖さんは、それに刀を構え直して対応しようとする。
だが、蔵人の一蹴は、彼女の刀に当たる直前に軌道を変え、そのまま彼女の体に中段蹴りを突き刺した。
「ぐぅっ!」
苦しそうな吐息を残し、剣聖さんは蹴り飛ばされる。
そのまま数m後退して、蹴られた腹に手を当てる彼女。
蔵人は、それを追う。
今度の一撃は、しっかりと入った。先ほどの空虚な一撃とは違う。
追撃だ!
「ぐっ!くっ!」
龍鱗で纏われた蔵人の拳が、彼女の刀と交わり、甲高い音を奏でる。
彼女の風で纏われた刀と交わる度に、熱い火花が飛び散った。
その一撃に耐える剣聖さんの表情は、先ほどとは打って変わって苦しそうである。
「ぐぁっ!」
剣戟の隙間で、入り込んだ蔵人の拳を受けた剣聖さん。
その威力に、また数歩後退し、荒い息で肩を上下させながら蔵人を睨む。
蔵人は、大きなダメージを負った彼女を、今度は追いはしなかった。
その場で深く構えて、彼女がこちらに来るのを待つ。
この、作り上げた自分のフィールドで。
「そうか。そう言うことか」
息を整えた剣聖さんは、蔵人の周囲に目を光らせる。
自分を苦しめる、諸悪の根源を睨みつける。
「これが儂を、儂の風を狂わせたのか」
その鋭い視線の先にあるのは、先ほど蹴散らした魔銀盾の残骸。
いや、残骸と思ってしまった、蔵人の伏兵達であった。
「然り。これが私の偽誘導銀でございます。お気に召して頂けましたか?」
蔵人の皮肉に、剣聖さんも皮肉めいた笑顔を張り付ける。
「なるほどの。ミスリルの魔導性を味方につけたか」
蔵人が使う魔銀盾。このミスリルには大きな特徴がある。それが、真緒さんの言った魔導性だ。
この性能は、魔力を流しやすいという性質と、流すとより強化されるという特徴を持つ。
また、それらと似た性質で、近くの魔力を引き付ける効果もあった。
それを、蔵人はあの時、ファランクス部の練習中に見つけた。
祭月さんが盾相手に憤慨した、あの練習で。
その力はそれほど大きくなく、蔵人が出した魔銀盾の欠片程度であれば、精々遠距離攻撃が目標から数㎜ズレる程度しか影響力はない。
だが、その引き付ける対象が小さく軽い物、例えば、彼女が纏う風や、蔵人に纏わりついていた風程度であれば、流れを変えることが出来るのだった。
蔵人は、歪となった風の流れを感じ取る様に、右手を出して空を掴む。
「貴女の攻撃は、まるで私の攻撃を予め知っているかのようでした。いや、知っていた。貴女は当初、風によって異能力を感知できると言われていた。それは魔力の規模を把握する能力なのかと思ていましたが、どうも、魔力の動きも感知できるようですね」
「ああ、そうじゃ。儂の風はお主の動きも伝えてくれる。魔力の動き、筋線維の軋み、骨の音。それらが未来のお主を映し出し、儂に伝えてくれておった」
だから彼女は揺らいだ。今まで当てにしていた大事な感覚を狂わされたから。
言わば、突然視野を奪われた人間のようになってしまった。
それだけ、彼女にとって風とは大事な感覚器官であり、繊細な異能力だった。
それを狂わせたのが、蔵人の魔銀盾だ。
あの祭月さんですら感覚が狂うのだ。繊細であろう彼女が四苦八苦するのは目に見えていた。
「かっかっか。末恐ろしい奴よ。儂の攻め手を理解し、あえて苦戦に歯噛みする姿を演じ、その隙に場を作り上げておったとは」
「貴女には芝居と見抜かれておりましたがね。三文芝居も良い所でございます」
態々苦しそうに振舞ったのは不味かった。あれで彼女が芝居と把握してしまったから。
だがそれによって、何かあると思って足を止めてくれたのは、運が良かった。
「かっかっか!良い、良いぞ黒騎士!巻島蔵人!主の実力、儂の想像以上。いや、想像の外を行く!これ程までに胸が高鳴るとは、あの紫電でも叶わなかった事よ!」
「貴女のような世界レベルの選手にそう言って頂けて、恐縮です」
紫電を引き合いに出すという事は、剣聖さんの中で彼女は一定の評価を得ているという事。
戦友を褒められると言うのは、自分の事の様に嬉しい事だな。
蔵人が心の底から喜んでいると、
突然、寒気が背中を走った。
背筋に電流が走る感覚。体の細胞が収縮するような反応。
これは、畏怖。
蔵人は彼女を見る。
彼女が纏う、風のベールに目を見開く。
「で、あるならば、小手先だけで相手しては申し訳が立たんな。全力で、見えようか」
剣聖さんの…剣聖選手の周りを、風が逆巻く。
先程までのそよ風とは違う。まるで暴風。
質量を持った風が、銀色の渦を掻き回して、彼女に寄り添う。
「のぉ、黒騎士。お主も最初から、そのつもりだったのじゃろう?このような人気もなく、隔つ物ない場所を邂逅の場としたのも、最初から儂と全力でやり合うつもりだったのじゃろう!」
さて、どうだかな。
蔵人としては、どんな結末になるにしろ、このような場所が好ましいと踏んだだけだ。
そして、至った結末は最悪。
いや、最善か。
「龍鱗、タイプⅣ」
剣聖選手の問に、蔵人は答えの代わりに新たな龍鱗を纏う。
その鱗の下に、大量の膜を生成すると、ワイシャツのボタンは弾け飛び、ズボンのチャックが悲鳴を上げた。
体が肥大化して、目線が徐々に高くなる。
試験運用と思っていたが、丁度いい。実践投入してみよう。
この技が使える様なら、きっと、世界の強者共にも通用するだろうから。
それが彼女にも伝わるのか、薄く張り付いていたあの笑顔は無くなり、何処までも冷たく、真剣な目で蔵人を見据えている。
手に持った真剣も、冷たい光を蔵人に浴びせる。
「ゆくぞ、黒騎士!」
「(低音)ブフフッ。始めようか、人間」
研ぎ澄まされた魔力同士が、睨み合う。
魔銀盾に、そんな性質があるとは。
ですが、不味いですね。2人とも、本気でやり合うつもりですよ?
「うむ。このようなサポートも一切ない所で、腕の一本でも飛んでみろ。今度は岩戸戦の様にはならんぞ」
思った以上に不味い状況。
どう、しましょう?