244話~やめんか、お主ら~
「凄い...Eランクの力で、これは...」
そう言ってこちらに近づいてくるのは、砦中の生徒会、ホノカさんだった。
彼女が蔵人の目の前に来ようとしていると、その間にアニキが立ち塞がる。
「おい、ホノカ。お前さん、何しに来たんじゃ?生徒会の仕事はどうした」
「ああ、西濱君。私達は貴方を保護しに来たのよ。校庭で他校生が暴れているって聞いてね。救護に駆り出されたって訳」
そう言って、ホノカさんが後ろを振り向くと、先生らしき人がウンウンと頷いていた。
他の生徒会の人達も、ソウダソウダと頷く。
ホノカさんが、少し得意顔でこちらを向き直り、真っすぐに手を伸ばす。
「さぁ、行きましょう、西濱君」
「はぁ…仕方ないのぉ…」
アニキは肩を落とし、トボトボとホノカさんの方へと歩いて行く。
これで、アニキの御団子屋さんは終了だ。
アニキには悪いが、蔵人は少し安堵した。
このまま模擬店を続けたとしても、また暴動が起こるかもしれないから。
次回からは、剣帝さんと一緒にお店を開いたらどうだろうか?
これだけ力量差を見せつけたのだから、剣帝さん1人いるだけで、馬鹿な真似を使用とする娘は激減するだろう。
ああ、そうだ。
蔵人は後ろを振り返り、校庭に倒れる女性達を見下ろす。
バカと言えば、アニキとデート出来るとか言った大バカ者がこの中に居るのだ。そいつだけは、出禁にしてもらわないとな。
そう、蔵人が考えていると、後ろから声が掛かる。
「さぁ、何をしているの?貴方も一緒に来て」
その声に振り返ると、ホノカさんが笑みを浮かべて、蔵人の方に手を伸ばしていた。
やはり、先ほどの事で目を付けられてしまったらしい。
さて、今度はどうやって切り抜けようか。
蔵人が逃げる算段を立てていると、ホノカさんの隣に立ったアニキが声を上げる。
「おい、猪瀬は関係者ないじゃろ」
「何を言っているんです、西濱君。猪瀬君だって大切な、砦中学校の仲間じゃない」
さも当然の様に、ホノカさんはそう言った。
蔵人はそれに、目を細める。
自然と体が戦闘態勢となり、彼女に問う。
「(低音)あんた、誰だ?」
「な、何を言っているの?生徒会会計の小池ホノカよ。わ、忘れちゃったの?」
動揺するホノカさん。
その仕草からは、操られている様には見えない。
魅了されていた場合、言動があやふやになる筈だから。
だが、明らかに何処かおかしい。
何故、俺を生徒だと勘違いしているんだ?
似た制服だから騙されている?
馬鹿な。猪瀬なんて名前の生徒、この学校には居ないぞ?
何かの作戦?砦中の生徒に引き込もうとしている?
蔵人が、ホノカさんの出方を伺っていると、
その間に、割って入る者がいた。
十文字学園の、着物の生徒だ。
彼女はホノカさんの前に立つと、ふわりと着物の裾を上げる。
すると、
「えっ?」
ホノカさんの制服が、下から上に、真っ二つに切り裂かれてしまった。
蔵人は一瞬、目を逸らそうとした。
女性の柔肌を見てはいけないと、前世からの教えが体を勝手に動かす。
だが、蔵人の目の端に映った異物で、直ぐに視線を戻した。
そこには、
ブリーフ姿で、お腹や胸に毛が生えた裸体が晒されていた。
このブリーフのモッコリ具合、それに、この体毛の毛深さは...。
「(低音)まさか、トランスジェ...」
「かっかっか!随分と稚拙なメタモルフォーゼじゃな」
蔵人が言い切る前に、着物の女性が声を上げて笑う。
メタモルフォーゼ...つまりは変化か。
その瞬間、ホノカさんは顔を真っ赤にするが、その顔が徐々に溶けだして、髭が生え、原型を留めなくなった。
「女がっ、また我々の邪魔をしやがって!」
低いガラガラ声でそう叫んだのは、ホノカさんとは全くの別人。
30代くらいの、小柄な男性だった。
男性は、後ろの先生達の方にアニキを突き飛ばし、怒号を飛ばした。
「Bプランへ移行!3番隊は対象を確保!残りはここで足止めしろ!」
「「了解!」」
その返事と共に、彼の後ろにいた先生達の姿が、揺らぐ。
まるで、ホログラムの様なそれは、明らかにイリュージョンの異能力。
その幻影が解けると、そこには生徒会メンバーなど居らず、ヘルメットに防弾チョッキを着こんだ完全武装の戦闘員が20名程、凶悪な銃器を手に構えていた。
黒く、手のひらサイズのハンドガン。それを、十文字学園の生徒達に向けた。
半裸の男が、腕を勢い良く突き出した。
「作戦開始!」
ダンッ!
ダンッ!
ダンッ!
戦闘員達が、バラバラにハンドガンの引き金を引く。
幾つもの弾丸が、十文字学園の生徒達へと向かう。
だが、
弾丸は1発たりとも、彼女達を貫きはしなかった。
その途中で、全ての弾丸が止まっている。
そこには、透明な膜が設置されていた。
蔵人のアクリル膜だ。
「おいっ!弾が止まっちまうぞ!?」
「どいつの異能力だ!?術者を殺せ!」
戦闘員がくぐもった声で罵声を飛ばし合い、十文字学園の生徒達を襲おうとする。
だが、それよりも先に、その集団のど真ん中に舞い降りる影があった。
着物の生徒だ。
「まっこと、無粋な謀じゃ。首謀者は随分と無能な阿呆であるな」
「なんだっ、こいつ!」
「空を飛んだぞ?特区の人間か?」
「構うな!殺せ!囲って殲滅しろ!」
戦闘員達が、着物女性の周辺に散らばり、彼女へと一斉に銃を吹かせる。
だが、女性がクルリと回るだけで、銃弾は全て軌道をズラされて、戦闘員に当たってしまう。
ついでとばかりにもう1回転すると、戦闘員達は足を掬われて、全員すっ転んだ。
「くっそ、ダメだ!化け物過ぎる!」
「退却!退却!」
それを見た後ろの戦闘員達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
おっと、逃がさんよ。
蔵人は、アニキを連れて逃げ出す4人に突撃して、2人を轢いた。
「(低音)アニキ、俺の後ろに」
「済まんっ!」
アニキは直ぐに後ろに回って、全方位に鉄盾を構えた。
素早いな、アニキ。流石だ。
丁度その時、蔵人の突撃から逃れた戦闘員が、こちらに銃を向ける。
「な、なんだこのデブ!?」
「う、撃て!男でも、邪魔するなら殺せ!」
慌てて蔵人に銃を向ける彼ら。
蔵人も慌てた。
何せ、このまま撃たれたら、体は良くても服がダメになる。
なので、慌てて制服の上着を投げ捨てる。
そこに、銃弾の雨が降り注いだ。
ダンッ!ダンッ!
ダンッダンッ!ダンッ!
バラバラに撃ち出された銃弾が、蔵人の脂肪を震わせる。
1㎝も沈ませることなく止まる銃弾だが、その振動は確かに伝わり、蔵人の神経をくすぐる。
「(低音)ブフフ。くす、くすぐったい」
「わ、笑ってやがる…」
「9㎜のパラベラム弾だぞ?何なんだ、この学校の生徒共はっ」
驚愕の声を上げ、再び逃げようと後ろを向いた戦闘員達。
そこに、蔵人は飛び上がり、
「(低音)ス豚ピング!」
彼らの背中から、思いっきりのしかかりをかました。
蔵人自身の体重は70㎏程度だが、盾で押し付ければ300㎏まで加重することが出来る。
よって、
「「うげぇえぇ…」」
戦闘員達は、苦しい断末魔を漏らしながら気絶してしまった。
よし、こちらは一丁上がり。
他の人達は大丈夫かと振り向くと、そこには惨憺たる現状が広がっていた。
中央では、変わらず着物美女が、戦闘員達を紙屑の様に風で舞い散らかしている。
その右奥では、いつの間にか参戦していた剣帝さんが、雷の太刀で戦闘員達を痺れさせている。
左側では、猛牛の如く突っ込んでくる金色の女子学生に、戦闘員達がボーリングのピンの様に吹っ飛ばされていた。
あの猛牛、もしかしたら十文字学園の真田さんか?まさか、彼女も来ていたのか。
20人の屈強な戦闘員達は、あっという間に殲滅されていた。
怪我人は…驚いて転んでしまった子がいるけれど、銃器での被害は無さそうだ。
全弾、脂肪で受け止めていたからね。竹内君達も、半壊した出店の中で小さくなっていてくれたお陰で、難を逃れていた。
倒されて、ゴルドキネシスで捕縛された戦闘員達が、一カ所に集められる。
その頃になって漸く、警察が到着した。
彼女達は、着いて直ぐに戦闘員達をこん睡させ、テレポートで何処かに送っていた。
漏れ聞こえる話から、直接護送車に送られているとの事。
よく見ていると、警察の中には特区の部隊も混ざっているみたいだった。
以前に、夏祭りで警護してくれたお姉さんらしき人を見かけた。
被害はなかったにしても、中隊規模の武装組織が攻めて来たとあっては、特区も本腰を入れざるを得なかったのかも。
でも、いくら本腰を入れるにしても、そこで倒れている女性達まで連行しようとしないで下さいね?
彼女達は所詮、アニキの団子を買おうとして買えなかった、先の戦闘の敗北者じゃけぇ。
そう思って見ていたのだが、警官達は本当に、倒れた一般の女性達を何人か立たせて、同じように連行してしまった。
おいおい。冗談じゃないぞ。
蔵人が警官達に近づこうとすると、それよりも先に剣帝さんが警官に詰め寄った。
「公務中に失礼します。彼女達はこの文化祭の参加者で、一般の方々です。何故、犯罪者と共に連行されているのですか?」
「あーはいはい。ちょっとここは危ないからねー。関係のない子供は、そこのお姉さんの指示に従って、校舎内に避難していてくださいねー」
警官はそう言うと、邪魔そうに剣帝さんを手で払う素振りを見せた。
そこに、別の警官が慌てて駆け寄る。
「こらっ新井!口の利き方を気を付けなさい。この方は剣帝選手よ!」
「えっ、剣帝!ってことは、柳生幕僚長の…」
青い顔をして引き下がる新人。
幕僚長と言えば、防衛省のトップの事だろう。
そう言えば、何時かのニュースに出ていた赤髪の女性が、そんな肩書を持っていた。
そんな大物と近しい間柄なのか、剣帝さんは。
驚く蔵人の前で、剣帝さんと警官がコソコソ話を始めた。
「剣帝選手。これは、余り大きい声では言えないのですが、彼女達にも、今回のテロ行為の幇助(手伝い)をした疑いが掛かっています」
「っ!」
剣帝さんの、息を呑む音まで聞こえた。
なるほどね。
蔵人はパラボラ耳を解除して、顎を摩る。
思えば、乱闘が起きて、その後、生徒会に化けたテロ集団が出てくるまでの動きがスムーズ過ぎた。
これは、恐らく仕組まれていた事であったのだ。
アニキがここで団子屋をする情報を掴んでおり、混乱をさせるべく、一部の女性達に一芝居打たせた。
きっと、アニキが嘆いていた、「アニキとデートが出来るという噂」とやらを流したのが、その人達なのだろう。
これはまた、恐ろしい事だ。
蔵人は、首を振ってため息を吐く。
恐らく今回の騒動は、アグリアの実行部隊である青龍会の差し金だろう。
これ程の暴挙に出てまでして、アニキを攫おうとしたこと。そして、Eランクであっても、戦える男と認識した猪瀬を引き入れようとしたこと。
この強硬策や警察の動きを見ても、捕縛されている彼らが青龍会である可能性は十分に高い。
そんな青龍会に、女性の組員までいるなんて。
「おーい。君も早く行こうぜ」
蔵人が悩んでいると、誰かがその肩を抱くように接触して来た。
蔵人の視界に、金色の角が映った。
あっ、
「(低音)真田さん…」
「おっ!あたいの事知ってるのかい?もしかして去年の県大会で見たとか?いやー、まさかこんな遠くの学校の子にまで知られているなんてねぇ!」
真田さんはとても嬉しそうに声を上げながら、鷲掴んだ蔵人の肩をガッチリホールドする。
その周りを、十文字学園の女子生徒達が包囲し始める。
「真田先輩が、また抜け駆けしようとしてる!」
「何時かの全国大会みたいに、天罰が下りますよ?」
「暫く立ち直れなかったの、もう忘れちゃったんですか?」
彼女達が言っているのは、まさか小学1年生の時に出場した全日本の事かな?
暫く立ち直れなくなってしまったのか。それは、可哀想な事をした。
蔵人は反省するも、このホールドは何とかしなければならなかった。
また騒がれるかもしれないが、姉御の時みたいにして、脱出するか。
蔵人が諦め、脂肪を動かし出す。
その時、
「やめんか、お主ら」
静かな、しかしよく耳に入る声が割って入った。
その声が聞こえた途端、真田さん達が直立不動となる。
その声の先には、着物の女性が冷めた目を向けていた。
「か弱き男に群がるなぞ、そこらで野垂れておる女共と変わらんぞ?」
そう言って、着物女性が校庭に倒れる女性達を振り返ると、真田さん達は「うっ」と言って項垂れる。
それを見て、着物女性は小さく首を振り、蔵人の手を引き、真田さんのホールドから解放してくれた。
「確か、猪瀬とか申しておったな。済まんの、儂の後輩が無粋な事をした。許してくれ」
「(低音)ええですよ。オラは何とも思っとらんので。そんな事より、お姉さんのお陰で助かりました。ありがとございます」
「それはこちらのセリフじゃ。儂も…おっと、其方の仲間が呼んでおるぞ?」
そう言って、着物女性が指し示す方を見ると、向こうの校舎裏で、アニキ達が心配そうにこちらを見ていた。
…竹内君は、若干羨ましそうな顔をしているけど。
「(低音)すんません。オラ、もう行かねえと」
「ああ、道中気を付けてな」
蔵人が去って行く背中を、着物女性がそう言って後押ししてくれたような気がした。
それからは、大きな事件も起こることなく、蔵人は砦中の門を潜った。
銃撃事件があった後だったが、普通に帰らせてくれた。
史実の日本であれば、仮令、死傷者が出なかったとしても、暫くは厳重警戒態勢に入るだろう。
だが、この世界で銃撃事件と言うのは、そこまでの脅威ではないらしい。
マシンガンくらい、Dランクの女性でも素手で倒せるからかな?
小学生の時にあった殺傷事件の様に、犯人が何処から出てくるか分からないような状況であれば、話は違っただろう。
だが今回は、犯人達を一網打尽に出来ているし、特区の警察が動いてくれたことも大きいみたいだ。
流石に、文化祭は途中で切り上げられてしまったが。
そのことは残念だが、アニキ達とは、また今度集まろうと約束をしている。
竹内君からは、特区の女子も誘ってくれとお願いされたが、どうするかね?特区の外に出てくれるような娘は、鈴華と若葉さん位なものだぞ?
また、アニキ達と別れを惜しんでいると、番長が復活して乱入してきた。
だが、そのことに関しては何とかなった。
と言うのも、
『(低音)番長さんの苗字は確か、伏見って聞いた気がするんですけど?』
『ああっ!?それがどないしたんや?』
『(低音)妹さんが居たりしませんか?早紀さんって名前やと…』
『ああっ!?』
姉御の顔がグイッと近づいてきた。
今にも殺すぞ?と言いそうな目。その目が、細められる。
『なんや自分。早紀の知り合いか?』
嬉しそうに蔵人の背中を叩いた番長。
やはり、彼女は伏見さんのお姉さんだった。
お父さんがDランクなので、中学までは特区外でお父さんと暮らしているんだとか。早紀さん達がみんな特区に行ってしまったら、お父さんが可哀そうだからここに残っているんだとか。
お父さん思いの良い子…いい家族じゃないか。
『そうか。自分はもう、早紀の舎弟やったんやな。そんじゃあ、ウチが手を出したらアカンな。しゃあない』
そう言って、姉御は蔵人を諦めてくれた。
勝手に伏見さんの舎弟にされてしまったが、多くは言うまい。何とか収まってくれたのだから。
っということで、その場は何とか収めることが出来たのだ。
蔵人は歩みを進める。
先ほどまでは、文化祭が途中で終わった事を嘆く一般客や、時間が余ったからゲームしようぜと走り去る男子学生の賑やかさが満ちていたが、今は随分と静かになっていた。
人通りが殆ど無くなり、住宅街は切れて空き地や朽ちそうな家々が点在するようになってきた。
それでも蔵人は歩みを進める。
まるで、飛ぶことを忘れてしまったかのように。
そんな蔵人が歩みを止めたのは、錆びれた工場跡地。
解体する費用も工面できなかった建物らしく、朽ち果てた看板に〈立ち入り禁止〉の文字が薄れて消えかかっていた。
何故、こんなところまで来たのか。
その答えを、蔵人は口にする。
「(低音)もう、誰も居らんけぇ、出て来てもらえんか?」
「なるほどの。気付かれておったということじゃな?」
蔵人がだだっ広い跡地で両手を広げていると、後ろから声が流れて来た。
蔵人が振り返ると、そこには朱色の落ち着いた着物を纏った美女が、たった1人で立っていたのだった。
なんと、中学生の文化祭に青龍会とは…。
「白虎会が警戒を薄めた事、文化祭で出入りが多かったことが起因だな。いや、それを狙って、この日取りで襲撃をしたのか」
誤算だったのは、十文字学園の人達と、蔵人さんが居た事ですね。
「本来であれば、変装したまま西濱を拉致し、荒事も起こさないつもりだったのだろうな」
恐ろしい事です。