242話〜なんて、ウ、ラ、ヤ、マ、シ、イ…〜
「自分、何者や?」
そう言いながら、金髪女子が蔵人の方に詰め寄ってくる。
いつの間にか、蔵人の腕や肩に、細いサイコキネシスの腕を回して、ガッチリホールドされていた。
これは、ただこちらの素性を知りたいだけではなく、仲間に引き込みたいとか、そう言った類の感情が入ったものだろう。
蔵人が冷静に判断している間にも、金髪女子は足元で蹲っているヤスさんと、それを介抱しようと座り込んでいる男子先輩に怒号を飛ばす。
「おい、てめぇら。何時までもチンタラしとらんで、早うこいつをウチのクラスまで連れてかんかい」
「連れてくって…姉御、こんなデブをですかい?確かに腹の脂肪は凄いっすけど、それが何の役に立つんです?」
「何言うとんねん。Cランクの拳喰ろうて立てる奴なんざ、この学校に何人いると思うとるん?」
「あっ、えっと、一年の、西濱くらいっすかね?」
「ふんっ。あいつでも怪しいわ」
姉御と呼ばれた金髪女子が、軽く鼻を鳴らす。
なるほど、この人はCランクだったのか。そして、その攻撃を受けて切ってしまったが故に騒動に巻き込まれていると。
やってしまったなぁと反省しながらも、蔵人は動いていた。
彼女に掴まれている部分の脂肪を動かして、彼女の手から逃れる。
そうして、彼女のホールドから抜け出ると、竹内君の首根っこを掴んで、急いでその場から逃走を開始した。
「あっ!姉御!逃げた!デブが逃げやした!」
「姉御のサイコキネシスから抜け出したのか!?なんて奴だ。ただのデブじゃないぞ…」
「感心しとる場合やない!早う追え!逃がすなや!」
後ろから、3人がドタバタとこちらを追う音が聞こえる。
だが、蔵人は振り返ることなく、古びた廊下を駆け抜けていく。
蔵人の体には龍鱗が張り付けてあり、更に竹内君は盾担架に乗せたので、かなりの速度が出ている。
当然、不良3人組の声は直ぐに届かなくなり、逃げ切れたことが分かった。
「はぁ、まさかCランクが居るとはねぇ」
蔵人がため息を吐いていると、後ろからくぐもった声が聞こえた。
竹内君だ。
顔が真っ青だけど、どうしたのだろう?
「どうしたのじゃ、ないよ。ナニコレ?これも、盾なの?めっちゃ速くて、めっちゃ怖かったわ。うぅ…気持ちわる…」
おっと、しまった。
蔵人は急いで竹内君を盾から下ろし、介抱する。
いつも使っている側からしたら、大した速度を出したつもりは無かったのだが、一般人からしたら十分怖いみたい。
蔵人が反省していると、その内に竹内君の顔色は幾分かマシになった。
「はぁ…まさか、番長に目を付けられるなんて。君の事、高ランクで羨ましいと思ってたけど、それはそれで考えものなんだね」
「おいおい。勝手に悟らんでくれ」
まぁ、高ランクが大変だと言うのは正解だけどね。
「それよりも、番長ってのはさっきの金髪女子の事かい?」
以前、大寺君の口からも出て来た番長さんが、あの人なのだろうか?
そう思った蔵人に、竹内君は肩を落としながら肯定した。
「そう。彼女がこの学校の番長で、一番強いんだ」
竹内君曰く、彼女はこの学校で唯一のCランクであり、半分幽霊部員だがシングル部にも所属しているのだとか。
偶に特区の大会にも出ているそうだが、成績は知らないとの事。
それでも、校内では敵なしで、男子だけでなく女子からも恐れられているのだとか。
「まぁ、でも。他の女子生徒に比べたら、男子達からは好かれているかも知れないね」
「うん?どういうこと?」
蔵人の疑問に、竹内君は「見ていれば分かるさ」と言うだけだった。
何時もだったら、女子の話には嬉々として乗ってくる竹内君。
だけど、番長さんの話は余り好かないみたいだ。
やはり、怖い女子は好みじゃないのかな?日向さんの時も、お連れのおじさんを見て引いていたし。
そうして、暫く竹内君の案内の元、廊下を進む。
目的地は、竹内君達のクラスである4組。
と、進んでいる途中で、何やら騒がしい声が聞こえた。
場所は、1階の渡り廊下横に設置された模擬店ブースの一角。
そこで、2組の集団が対峙していた。
一方は、ケバイ女子生徒が2人と、他校の制服を着崩した大勢男子生徒数名の不良グループ。
もう一方は、小柄な女子1人と気弱そうな男子が数名の文系グループ。
不良グループの方が、文系グループに言い寄っているみたいである。
「だからさ、ちょっとだけ良いじゃん。早めに開店してもさ。あたしらここのクレープ食べに来てあげたのよ?」
「そうそう。この後ハマー君に会わなきゃだから、今しか食べられないのよ」
「あたしらはお客様よ?お客様は神様よ?神様がこう言ってんだから、ごちゃごちゃ言わずにクレープ作りなさいよ」
一方的にまくし立てる不良グループに対し、文芸部らしき人達は困り顔で縮こまる。
「で、でも、開店時間は決められてますし、これだけ大勢となると、時間も結構かかりますよ」
「そ、それに、私達のお店は、毎年昼頃には売り切れてしまいます。だから、早めに開けたりしたら後で苦情が…」
弱弱しくも反論する文芸部の生徒達に、不良グループは「お客様は神様だ」理論を繰り返す。
それ、店側が言わないとただの我儘だからな?
蔵人は、竹内君が止めるのを振り切って、揉めている集団の方へと歩み寄る。
そこに、見知った顔を見つけたからだ。
「(低音)やぁ、大寺君。久しぶり」
大寺君だ。
サイコメトラーの彼だから、推理小説とかに興味があるのかな?
こちらを振り返った彼は、一瞬「誰だ?こいつ」と言う顔をした。
だが、蔵人が彼と握手すると、急に驚いた顔になって、少しだけニヤリと笑った。
記憶を読んで、理解してくれたね?切り替えが早くて助かる。
「や、やぁ、猪瀬君。どうしてここに?」
「(低音)なんか、迷惑な客に困ってるからさ、立ち寄ったんだけど…」
蔵人はそう言いながら、不良グループに視線を移す。
それを受けて、ヤンキーに囲まれた不良少女が目を細める。
「なに?このデブ。あたしらに喧嘩売ってんの?」
「イノセなんて名前聞いたこと無いし、Eランクでしょ?お掃除しなさい、ポチ」
「へいっ」
出てきたのは、体格が良いヤンキーだ。髪は染めていないがリーゼントにしている。昭和か。
しかし、犬のような名前を付けられても、彼らの表情に変化はない。
つまり、これが常態化しているという事。
先ほど、竹内君が番長をマシと言った意味が分かる気がする。
そんなことを考察している内に、ポチさんが殴ってきた。
顔は避けてボディーへ一発。威力は微々たるものだけど、蔵人は思いきり体を折って、「(低音)ぐぁああ!」と少し大げさに声を上げる。
すると、勝ち誇った顔を浮かべて、集団に帰ろうとするポチさん。
だが、
「何やってんのよ、ポチ。もっとやっちゃいなさいよ」
「そうそう。鉄パイプとか、なんか道具使いなさいよ。おい、トラ。なんかそこらで拾って来い」
「えっ、いや、それは流石に、不味いんじゃ…」
トラと呼ばれた金髪のヤンキーが、不良少女達に弱弱しい抗議をする。
だが、それを聞いた少女が、目を吊り上げる。
「ゴミの分際で、あたしらに口きいてんじゃねぇよ!」
「お前、もう要らねぇ。消えろ」
怒られて、しょげてしまったトラさんが、集団の後ろの方へ移動する。
それを見送った後、少女達がこちらを見る。
「ねぇ、あたしらで片づけない?」
「ええっ?ゴミ掃除すんの?ボランティアじゃん」
「いいんじゃね?ここの番長にも恩を売れるしさ」
「うわっ。それ名案じゃん」
少女達は馬鹿笑いした後、こちらに向かって歩いてくる。
蔵人は、未だ回復しないフリをしながら、少女たちの足元にアクリル板を生成する。
そして、少女の足がその上に乗った瞬間、思いっきりスライドしてやった。
名付けて、祭月返し。相手はすっ転ぶ。
「ぎゃっ!」
「いっったぁ…。なに?なんか、足元滑ったんだけど…?」
驚いて、キョロキョロする少女達。
それを、蔵人はただ見下ろす。
他の人達も、何が起きたのか分からず、少女達を見下ろしていた。
それを受けている少女達は、次第に恥ずかしくなり、急いで立ち上がった。
だが、
「うわぁ…スカート泥だらけ…」
「最悪。これ、こんなのでハマー君に会えないじゃんよ」
「うわっ、ヤバっ。着替え持ってる?」
「持ってないよ。誰かに借りに行くっきゃないじゃん」
「うわぁ…最悪じゃん…」
最悪、マジ。
その二言を繰り返しながら、不良達は何処かに消えていった。
土がぬかるんでいるところに着地するよう、タイミングを計っていたからね。大成功だ。
蔵人が満足していると、大寺君と文芸部少女が近寄って来た。
「ありがとう!く…猪瀬君!ほんと、助かったよ」
「あ、あの、ありがとうございました」
大寺君に続いて、少女も頭を下げる。
無属性なのか、こげ茶色のおさげが揺れて、ズレたメガネを慌てて直している。
大人しそうな娘だ。
蔵人がほっこりしていると、大寺君が頭を掻きながら、少女に向き直る。
「睦美ちゃん。悪いんだけど、僕は猪瀬君達と一緒に行かせてもらうよ。昼になったらシフト代わるから」
「うん、分かった。浩人君もありがとう。一緒に抗議してくれて」
2人がかなりいい雰囲気を醸し出した後、睦美さんは他の男子部員達と一緒に、クレープ屋の準備に行ってしまった。
「ごめんね、2人とも。さて、じゃあ4組に行くんだっけ?」
大寺君が振り返ると、そう言った。
多分、先ほど自分の記憶を読んで、目的地を知ったのだろう。
蔵人がそうだと頷くと、それと同時に竹内君が叫んだ。
「ちょっと、テラちゃん!今のはどういうことだよ!」
「なんだよ、おタケ。そんなに興奮して。睦美ちゃんの事か?ただの部活仲間だよ」
「部活仲間なだけで、名前を呼び合うかよ…この、リア充がぁあ!!」
大寺君に飛び掛かりそうになった竹内君。
すかさず、蔵人が盾で羽交い絞めにする。
全く、君という奴は。
蔵人と大寺君の4つの目が、竹内君を残念そうに見るのだった。
その後は、大寺君も交えて、校内を散策する。
既に文化祭が始まったみたいで、狭い廊下に生徒と来場客が行きかい、人口密度が一気に上がった。
こうなると、普段の学校生活はなりを潜めてしまった。
もう少し、普通を味わいたかった。
蔵人が肩を落としながら廊下を歩いていると、至る所から客引きの声が掛かる。
ここら辺は飲食店が多いな。これぞお祭りといった風景。
「そう言えば、2人ともクラスの出し物の方は良いのかい?」
大寺君は、部活のシフトをズラして来てくれているが、そもそもクラスの出し物もある筈だ。
そう思って蔵人が聞くと、2人は苦笑いをして顔を見合わせた。
「僕らのクラスは展示だからね。案内役の人以外は暇なんだ」
「僕達1年生は3階だろ?ただでさえお客は少ないし、今は朝一だから、飲食系のお店以外は人手が余るんだよ」
竹内君の説明に、大寺君が補足してくれた。
なるほど。展示ならば人手は必要ないな。
蔵人は2人に連れられて、知人の様子を探る旅に出た。
始めに寄ったのは、1年2組。そこではゲームセンターをやっていた。
射的に輪投げ、くじ引きなんかもやっている。
縁日みたいに見えるが、所々異能力が使われていた。
射的には、的の代わりにソイルキネシスで作られた土人形が並んでおり、輪投げの台はリビテーションで若干動いている。
なかなか難易度が高そうだ。
ヨーヨー掬いはアクアキネシスで流れるプールにしている。これは桜城でも出来そうなアイディアだな。
「は〜い、残念!参加賞だよ〜」
射撃場で1発も当たらなかった男性が肩を落として、店主から小さな玩具を受け取っていた。
店主は太陽の様に輝く笑顔だ。
相変わらずだな。
「猪瀬君も何かやる?」
暫く、店主の女の子を眺めていた蔵人に、竹内君が聞いてくる。
だが、蔵人はゆっくりと首を振る。
「いや、充分だ」
彼女の元気そうな姿を見れただけで。
蔵人達は静かにその場から離れる。
「じゃあね。飯塚さん」
誰にも聞こえない声を、そっと零して。
百山小のみんなは、変わらずに元気そうだった。
梅垣君も、鈴木君も、斉藤さんも。
3年生の様子を先に見ていたので、みんなが不良化していたり、女子が男子をイジめてないか心配だったのだが、変わらず仲良さそうだった。
これで2年後に激変していたら、それはそれで泣くかもしれない。
因みに、加藤君には会えない。彼は学校が異なり、特区近くのエリート校に入学しているから。
何れ、そちらの学校も見て回るチャンスがあれば良いのだが、なかなか難しいだろう。
砦中だって、今後は来られないかも知れないのだから。
人通りが少し落ち着いてきた。
お昼時で飲食店に入ったり、休憩スペースでお弁当やテイクアウト品を広げている人が増えたからだろう。
その中には、仲良く机を囲むカップルが目立つ。
一般客も少しは居るが、圧倒的に学生が多い。
男女2人で仲良く談笑していたり、中には女子1人に男子複数人の逆ハーレム状態でお昼を摂っている組も見かける。
特区では女子が多いから、ハーレムが当たり前となっているけど、外では逆なのだな。
中学生でマセているとも思えるし、これが常識とも思える。この世界の子供達の倫理観が、イマイチ掴めん。
蔵人がカップル達を見ていると、隣の竹内君も同じようにそちらを向く。
彼は穴が開くほど、恨みがましくそれを睨みつけていた。
…君の考えている事は、手に取る様に分かるぞ。
蔵人は、ふぅ…と小さくため息を付く。
「そんなに彼女が欲しいなら、フリーな子に声を掛けてみたらどうだい?」
「そんなの、無理に決まってるじゃん…」
そうだろうか?竹内君はルックスこそ、ちょっとぽっちゃりで身長も高くないけれど、愛嬌は抜群だ。それに、女性に対する欲望…姿勢は情熱的だから、攻めて攻めて攻め続ければ、落ちる子もいると思うのだが。
蔵人が不思議そうに竹内君を見ていると、隣の大寺君に肩を叩かれた。
「猪瀬君。俺達はEランクだからさ。それだけで門前払いが多いんだよ。いや寧ろ、そんな事でしか見ない人達なら、払ってくれた方が有難いよ。だって、もっと酷いと、ほら」
ほら、と言って指さした方向には、男子6人に女子2人の集団。その集団では、女子2人と男子1人が椅子に座り、他の男子は売店からジュースや食べ物を持ってきていた。
「女子からしたら、Eランクはああやってパシリにしたり、気のあるフリをして貢がせるのが殆どなんだよ」
今、椅子に座っている男子は、恐らくDランクなのだろう。
以前のコンビニ前でも、同じような光景を目にした。
恋愛においても、Eランクは人として見てくれない。それが、この外での日常なのだろう。
いいや、違う。
「異能力の技術が向上すれば、ランクの壁は破壊できる。そうだろ?」
蔵人が力強く見つめると、2人は顔を見合わせた。
実感が湧かないのだろうか?
「つくば大会を見ただろう?元Eランクの俺達が、他の女子に後れを取らずに戦っていたと思うが?」
「いや、まぁ2人はそうだろうけどさ」
「僕達は、そこまでの才能は無いよ…」
「だが、訓練は続けているのだろう?」
蔵人はちょっと心配になって聞いてみるが、大寺君は少し顔を明るくして頷く。
「ああ!今もやっているよ。土日とか、塾がない日にちょこっとだけとかだけどさ。もう癖になっているんだ」
それは良かった。
だから、彼女?も出来るのだろう。
蔵人は安心して、竹内君の方に視線を変える。
すると、ビクリッと肩を揺らす竹内君。
視線が合わないぞ?うん?
「そ、そうだね。もう癖だよ。うん」
おい、竹内。こっちを見ろ。
蔵人はため息を付く。
ああ、そういえば。
「アニキを見かけないな」
蔵人は独り言ちる。
今回来た最大の理由は、アニキの様子を見ること。そのアニキは教室には居らず、クラスメイト曰く朝のホームルーム以降見ていないとの事だった。
「一体何処に…?」
「そんなの簡単だよ」
蔵人の疑問に、竹内君が不満気に答える。
「ハマーならきっとあそこさ」
あそこ?
蔵人は再び、2人の背中に着いていく。
「きゃぁあ!ユーヤ君カッコいい!」
「こっち向いて!西濱くぅんっ!」
校庭のど真ん中。
そこで黄色い声が響く中で、アニキは法被を纏って大きな杵を振り上げていた。
「「せーの!」」
「「「「ヨイショ!!」」」」
威勢のいい掛け声が、アニキの周囲で掛かると、それを見守る観客達も一斉に声を上げた。
まさに一心同体。
アニキが杵を持ち上げると同時にカメラを構える速さまで一緒だ。
まるでアイドルだな。
「まるで、じゃないよ」
頬を膨らませる竹内君。
「ハマーは校内一の有名人で、女子からの人気も凄いからね。毎日大勢の女の子に追いかけられているよ」
ヤダヤダと言うように、大寺君が肩を上げる。
彼からしたら、腹を減らしたライオンに囲まれている様なものだからな。
「なんて…なんて、ウ、ラ、ヤ、マ、シ、イ…」
心の声がダダ漏れの竹内君。
彼からしたら、ギャルゲー主人公を傍から見るモブキャラの様なものだからな。
我ながら嫌な例えだ。
竹内君がCランク以上だったら、きっと特区が天国なのだろう。
蔵人の脳裏に、竹内君とサーミン先輩が肩を組んでいる姿が浮かんだ。
このタッグはアカン。
「ではこれから!私達シングル部が作ったお団子を販売します!しっかり列に並んで下さい!」
手を上げて、大声を上げる少女。
その掛け声と同時に、周囲の女性達が魚群の様に動き出す。
「ちょっと!割り込まないでよ!」
「てめぇ!あちしの足踏んでんぞ!」
「順番を譲りなさいよ!私が誰か分かってんの?藤城中の西尾よ?」
あっちこっちで小競り合いが始まる。
その誰もがアニキの団子を欲するがあまりの行動だ。
あー…アニキが疲れる理由も分かる。
蔵人が遠い目をしていると、販売所の奥でアニキの声が響く。
「おーい!喧嘩はやめんか!団子はいっぱいある!無くなりゃ作るぞ!」
「「「はーい!!」」」
アニキの一声で、蛇行していた列がビシッと真っ直ぐになる。
すげぇな。鶴の一声だ。
蔵人が感心していると、販売所の奥から出てきたアニキと目が合った。
軽く手を上げる蔵人。
首を傾げ、後ろを振り返るアニキ。
思いっきり両手をフリフリする蔵人。
自分を指さし驚くアニキ。
ああ、そう言えば変装していたな。
蔵人は竹内君を引き寄せて、彼と肩を組む所をアニキに見せる。それで漸く、蔵人を2人の友人と認識するアニキ。
アニキはその姿のまま販売所を出ようとして、
「きゃぁあ!西濱君が、私に会いに来たわ!」
「ちげーよ!あたしだよ!あたしに来たんだよ!」
「なぁに言ってくれてますの?私に決まっているでしょ!」
また揉め始める群衆。
こりゃ、アニキはあそこから出られないわ。
仕方なく、蔵人達から会いに行く。
「よぉ、ハマー。相変わらずだな」
「ああ、テラちゃんか。もう勘弁して欲しいわ。お陰で飯も行けとらんのじゃ…」
「良いじゃん。どうせ女子から差し入れあるんでしょ?女子から」
「じゃかしいわ!おタケ、お前も味わってみぃ!この大変さを!」
アニキが、近くにあったお好み焼きを、竹内君の口にねじ込む。
好きな物も満足に食えないのですね。
「大変ですね。アニキ」
蔵人が声を掛けると、目をひん剥くアニキ。
「…マジか。お前、蔵人か?」
「お察しの通りで」
蔵人が頷くと、蔵人の肩を叩くアニキ。
「よく来たな!ってか、よく来れたな。お前さんも、つくばで名前が売れとるから、ここまでヤバかったろ?」
アニキは信じられんと首を振る。
まぁ、確かに。
大会や、炎上事件のせいで、特区の外ですら名前を知られているみたいだ。
だが、
蔵人は自分の腹を叩いてニヤついた。
「変装してますから」
ニンマリと笑って答えると、アニキは羨ましそうに蔵人の腹をツネった。
「マジかぁ…。ええのぉ。何処で売っちょる?特区か?特区で売っちょるんか?ワシにもくれ」
目を輝かせるアニキに、蔵人は申し訳なさから、小さく首を振る。
「すみません。これ、俺の異能力なんで」
そう言うと、蔵人は腹の膜を腕に移して、マッチョポーズを取る。
見よ、我が上腕二頭筋!(偽物)
「「「すげぇー…」」」
アニキだけでなく、他2人も口を開けて固まってしまった。
蔵人が体型を元に戻すと、アニキの意識も戻っていた。
「そうか。売りもんじゃないんは残念やが、異能力、それも同じシールドで出来るんなら、希望はあるの」
アニキの目の輝きも戻っている。
蔵人は頷く。
「良ければお教えしますよ」
「おお!助かるわ!」
心底嬉しそうな顔をするアニキに、蔵人は嬉々として、偽物の筋肉を再び披露するのだった。
パワーッ!
何とかバレずに、アニキに会えましたね。
それにしても、特区外の男性は可哀想です。
「それは西濱か?それともポチやトラか?」
…両方、ですかね。