238話~オイラ分かるよ~
「…と言う事があったのだよ」
「いや、サラッと凄い事言ってる!?」
林さんの悲鳴が、部屋の中を駆け巡る。
黒戸が、元母親を撃退した翌日の昼休み。
黒戸と林さん、それに若葉さんは情報処理室で昨日の情報交換を行っていた。
情報交換と言っても、主に黒戸が昨日の出来事を報告して、それについて2人の意見や知識を貰っていた。
父親がランク詐欺の疑いを掛けられて失踪。母親がマデリーンの法則を拗らせてネグレクトしており、黒戸に追放を喰らった…と言う昨日の出来事を簡単に説明したところ、林さんが堪らず突っ込んだと言うのが、先ほどの発言の経緯であった。
「う〜ん…蔵人君」
話を聞いている時は静かだった若葉さんが、口を開く。
「親戚にNH〇の理事と繋がっている人が居るんだけどさ、その人にお願いして、今の話を匿名で流さない?」
「流さないよ。怖い事言うね?」
匿名と言うことは、実名を出さないで報道するという事だろう。
それでも、気付く者は気付く。巻島家の事だと噂になる。そうなれば、巻島本家に迷惑が掛かるだろう。
そんな事は若葉さんなら100も承知だろう。分かっていて口にした。その意図は、
「でもさぁ。納得いかないよ。蔵人君にそんな酷い事をしておいて、この後もノウノウと生きていけるなんてさ」
若葉さんは口を尖らす。
ちょっと痛ぶった程度では足りない。社会的な痛みも加えるべきだと言っている。
勿論、巻島家にも影響は出るだろうが、蔵人と黒戸を蔑ろにしていたのは巻島家も一緒。寧ろ、一緒に制裁されれば良い。
そんな怖い事を、若葉さんは考えている様だった。
怖い事だが、それだけ蔵人を思ってくれている事だと思い、黒戸は嬉しくも思う。
原作の巻島家が、蔵人を助けなかったのは事実ではあるからね。
「ありがとう、若葉さん。気が変わったら相談させてもらうよ」
黒戸は若葉さんを宥めつつ、林さんを見る。
「それで、今回の件で1つ、聞きたい事があるんだ」
「わ、私に?」
「ああ。ランクについてなんだけど」
今回のイザコザの根源でもある、父親のランク詐欺。そんな事が可能なのかを林さんのゲーム知識で解明できないかと黒戸は思っていた。
それに対し、林さんは、
「えっと、体力を上げる薬とか、スキル…異能力の消費魔力を抑える装置とかなら聞いた事あるけど、ランクを上げるのは、無理だと思うな」
林さんが言うには、人 (キャラクター)には初めからランク(レアリティ)が決まっていて、出会って(ガチャで入手して)から変わる方法は無かったはずとの事。
キャラクターのレアリティを変えることが出来たら、ガチャを引く意味が薄れると言うことなのだろう。強いキャラクターを得る為に、ガチャをどんどん回して貰いたい。実に、資本主義的な搾取である。
ちなみに、( )の中は若葉さんには聞こえない様に、こっそりと黒戸にだけ耳打ちしてくれた林さん。
面倒な事だが、林さんが持っている情報には、軍事機密が関わる事も多くあるだろうからね。必要最低限の情報以外は、口にさせるのも危ないかもしれない。
この世界、超聴覚とか、遠視等の異能力者も居るからね。下手な所で林さんの事がバレて、秘密警察に捕まったりしたら大変だ。
本当なら、ゲームの情報を根掘り葉掘り聞きたい蔵人だったが、林さんの事を考えて、我慢していた。
2人がコソコソと耳打ちする横で、若葉さんは腕を組んで天井に視線をさ迷わせる。
「う〜ん。私も聞いた事無いなぁ。ハーモニクスとかのバフ異能力で、一時的に魔力量を上げる事が出来るって話は聞いた事あるけど、その場合も検査で引っかかるし」
「私も、覚醒のアイテムなら見た…聞いた事あるんだけど…」
林さんも釣られて意見を出す。
覚醒のアイテムか。
そう言えば、林さんは覚醒の事についても知っていたなと、黒戸は思い出して林さんに話を向ける。
「その覚醒のアイテムとは?」
「えっ?えっと…なんか青色のキューブみたいので、キャラ…人にかざすとフワフワ〜って白い光が飛んでね」
キューブ。光。
聞いていると、何かの装置みたいに聞こえる。
「そのアイテムの名前は?」
「う、う〜ん…なんだったかな…。確か、L…LT…E?」
「LTE?携帯の電波かな?」
思わず聞き返した黒戸の疑問に、林さんは慌てて手を振る。
「ううん。違うの。携帯は関係ない。私がうろ覚えなだけなの。ネット上ではみんな、アイテムの事を覚せい剤って呼んでいたから」
なんちゅう名前を付けてるんだ、ネット民よ。恐ろしいぞ。
黒戸は覚せい剤をキメてラリっている自分の姿を想像し、ブルルと体を震わせて想像を打ち切った。
「いいや。ありがとう、林さん。参考になったよ」
蔵人は林さんに感謝する。
覚醒には何らかのアイテムが必要で、そのアイテムは青い正方体。だが、黒戸はそんなものを使わずに覚醒を行えている。
その原因は、黒戸の行った覚醒がゲームの覚醒とは異なっているからなのか、もしくは、覚醒に至る道は複数存在するからなのか。
ディ大佐に聞いてみるか?
いや、駄目だ。覚醒の情報は機密事項の可能性が高い。ディ大佐も知らない可能性があるし、知っていてもこちらを怪しむだろう。
今現在、白百合やアグリアなどの怪しい組織がこちらを狙っている状況で、彼との仲を冷やすのは得策ではない。
黒戸が悩まし気な顔で思案していると、隣の若葉さんが不満げに声を漏らす。
「良く分からないけど、2人ともゲームの話をしているの?」
おっと、彼女が居る前で大っぴらにしゃべり過ぎたな。
蔵人は若葉さんに謝る。
「勝手に話を進めてしまって済まない。今の話は、覚醒する方法について話していたんだよ。覚醒とは、ここだけの話だが、異能力の扱いが格段に上手くなることを言うらしいんだ。君が機械を分解、合成できるようになった技法も、一種の覚醒だと思う」
「ああ、あの現象に名前を付けたんだね?林さんも出来るの?」
どうやら若葉さんは、覚醒という名前は黒戸達が勝手に付けた物と思っているみたいだった。
林さんも覚醒しているのかは分からなかったので、彼女に視線をスルーパスすると、彼女は驚いた顔で2人を見返した。
「えっ、ええっ!?わ、若葉ちゃん、覚醒してるの?」
「さっき蔵人君が言ったのが覚醒って言うのなら、多分してるよ」
「嘘…だって、若葉ちゃん三ツ星でサポート系なのに、覚醒できるなんて…」
三ツ星でサポートだと覚醒出来ないのかな?あと三ツ星ってCランクの事?
林さんの発言に、黒戸が首を傾げていると、若葉さんも同じく首を傾げる。
「よく分かんないけど、私が覚醒できたのは蔵人君のお陰だよ。一緒に訓練したからね」
「ええっ、巻島君が、LTE?」
おい!人を電波野郎みたいに言うな!
黒戸は2人に抗議するように、不満げな視線を送った。
所変わって、ファランクス部の訓練棟。時刻は放課後。
黒戸は数日ぶりの部活動に参加していた。
「うっす!カシラ!もう体調はよろしいんで?」
「ボスが急に休むからよ、心配したぜ」
顔を出した当初、部員のみんなは心配して黒戸の周りに集まってきてくれた。
副部長だからな。この部活での役割も大きい。
そんな人間が休めば、周りも心配するだろう。
「みんな、ごめんね。ちょっと家の方でゴタゴタしていてね、出られなかったんだ。でも、もう粗方片付いたから、今日から復帰するよ。よろしく」
黒戸が軽く手を上げながら謝ると、集まったみんなはすぐに表情を緩める。
「そんなら良かったですわ。ウチに出来ることあったら、何でも言うたってください」
「あたしにも何でも言えよ。肩もみでも膝枕でも、何でもしてやるぜ」
「ええっ!?す、鈴華ちゃん。それはちょっと駄目だと思うよ?」
「桃の言う通りや。相変わらず欲まみれの汚いやっちゃ」
「んだとこら!2人ともそこに直りやがれ!」
「なっ、なんで僕までぇ!」
相変わらずのドタバタ劇に、黒戸はようやく帰って来たなと実感が湧いてきた。
そして練習も、帰って来たなと思える内容であった。
ドカンッ!!
いつも通りのミニゲーム。
1階の大型フィールドで、大きな爆発が巻き起こる。
黒煙が一瞬にしてフィールドに立ち込めて、その中から2つの影が転がって出てくる。
祭月さんと、黒戸だ。
「げっほ!げっほ!あぁ~久しぶりだなぁ…この感覚~」
黒戸は抱きしめて守っていた祭月さんを解放しながら、天井を見て感想を漏らす。
現在の練習は、黒戸&祭月、VS、その他部員13人のミニゲーム中であった。
祭月さんと組んだ時のルーティン通り、盾に爆薬を仕込んでの戦法で戦っていたら、また誤爆したのだ。
黒戸が示した位置から、大幅にズレた位置に設置していた爆弾が破裂して、2人が吹っ飛ばされた所であった。
祭月さんは、特にダメージを負っていなかったようで、すくっと立ち上がって前方を指さす。
「違うぞ、蔵人!私のせいじゃない!あいつが悪いんだ!」
そう非難がましく言って、祭月さんはある一点を指さす。
誰を指さしているんだ?
黒戸が、祭月さんの指す方向を目で追うと、そこに居たのは桃花さん…じゃないな。その手前の爆発でひしゃげた盾だった。
はい?盾が悪い?
「どういうことだ?」
黒戸の疑問に、祭月さんは至って真面目な顔で、こちらを見下ろす。
「良く分かんないけど、なんかあの盾の辺りはうまく操れなくなるんだよ!」
なんだそりゃ?
黒戸は要領が得ず、ひしゃげた魔銀盾にもう一度目線を送る。
「俺も良く分からんが、魔銀盾でなければ良いんだね?」
「ああ!透明の奴とか、鉄の奴なら大丈夫だ!」
祭月さんの言葉に、黒戸も真剣な眼差しを彼女に向ける。
なるほど、魔銀にはまだ何か知らない性能があるのかもしれない。
これは、実験せねば。
黒戸は、取り敢えず水晶盾を出し直しながら、そんなことを考えていた。
ミニゲームが終わって、黒戸が仲間達と休憩をしていると、声を掛けられた。
慶太だ。
「くーちゃん!」
慶太は汗を流しながらも、とてもいい笑顔を浮かべていた。
夏休み前、顎すら見えなくなっていた彼だが、今は小学生の頃よりも顔がスッキリとしており、心なしか背も少し伸びた気がする。
基礎練のダッシュ練の時にも、周回遅れにならずに先輩達について行けるくらいにはなっていた。
「うん?どうした?次の組み合わせ、お前さんとだったかな?」
「ううん。次はすーちゃんとだったと思うよ?オイラは敵役。へいちょーが、開幕一気に押し込んだるんや!って言ってたから、オイラもゴーレムいっぱい作るんだ」
その作戦、相手側の俺に言ったら無意味だろう?
得意顔で報告する慶太に、黒戸は苦笑いを浮かべる。
因みに、慶太が言う兵長と言うのは、伏見さんの事だ。
慶太が、彼女にあだ名を付けようとした時に、本人から「せやったら兵長や」と言われていたのを目撃している。
しかし、相手が慶太だと一気に難易度が上がるな。
彼が覚醒しているからと言うのもあるが、応用力もなかなかの物だから。
シャーロットさんに負けてから、練習を一生懸命に取り組んでいる成果であろう。
こちらも頑張らねば。
そう思って、黒戸は立ち上がる。
だが、慶太は変わらず、こちらに視線を送って来ていた。
おっと、そう言えば何か用件があって話しかけてくれたのだった。何だろう?
黒戸が首を傾げると、慶太は薄かった目を開いた。
「くーちゃんは、大丈夫?」
「俺か?俺はもう大丈夫だ。心配かけたな」
黒戸は微笑む。
どうも、連日休んでしまった事を気に掛けてくれていたみたいだ。
黒戸は右腕を持ち上げ、力こぶを作って元気をアピールする。
だが、慶太は相変わらず目を開け続けている。
本気モード継続中だ。珍しい。
「本当に?オイラ、くーちゃんが無理してるみたいに見えるよ」
無理している。
その言葉に、黒戸の表情が一瞬、固まる。
「そう、見えるか?」
「うん!なんかね、ちょっと悲しそう。オイラ分かるよ。くーちゃんとは幼稚園の時からずっと、一緒だったからね!」
慶太は誇らしいのか、胸を張って得意顔でそう言った。
慶太との縁は、幼稚園年少さんからだ。もうそろそろ10年。クラスが分かれることもあったが、自主練の時は必ず顔を合わせていた。
途中で離れ離れになった頼人よりも長い仲。この世界で一番のマブダチ。
そんな彼だから、黒戸の事が分かった。
表層に現れない、心裏の表情に。
黒戸は、
「そう、か。分かるのか。お前さんには」
笑った。
口をゆがめて、口だけで笑う。
ああ、この少年にまで見破られる程に、俺の技術は鈍っているのかという落胆。
ああ、この少年は、こんなにも優しく育ったのだなという悦喜。
二つの感情が入り乱れて、黒戸は歪な笑みしか浮かべることが出来なかった。
その悲しい笑顔を見て、慶太も目を薄くする。
「オイラ知ってるよ。こういう時は、そーだんが良いんだ。オイラがくーちゃんに何時もしてたでしょ?」
「相談か。分かった。相談"出来る"人に聞いてみるよ。ありがとう」
この世界では、こんな事を相談出来る奴は、居ないんだけれどな。
黒戸は、内心で毒を吐く。
だが、慶太はそれも聞かずに走り出して、途中で止まって黒戸に振り向く。
「くーちゃんは我慢しすぎだよ。オイラに任せて!」
そう言って、輝く笑顔を見せた彼は、何処かに走って行ってしまった。
頼もしい限りだ。
蔵人は、彼の背中を見ながら、力なく笑う。
でも、結局その日、彼が黒戸の元に帰ってくることはなかった。
そうして、練習は終わってしまった。
訓練棟の掃除を終えて外に出ると、辺りはすっかり夜の帳が降りていた。
秋も深まっており、陽の落ちるスピードも早まっているのだ。
そう言えば、文化祭も近かったな。
黒戸は、日常の出来事が何処か遠くの事象の様に感じる気がした。
この世界の事も、この世界で暮らす人々も、薄い膜を通して見ている様な、液晶画面の先の出来事であるかのように、見える気がしていた。
だが、それが正しい姿なのかも知れない。
自分は、この世界の住人では無いのだから。
住人であった、巻島蔵人を踏み潰して成り代わった偽物。世界の外にいるプレイヤーだ。
世界に干渉せず、ただバグだけを追って生き、そして次の世界へ転生する。
それこそが、本来黒戸として望まれる生き方ではないのか?
そこに、人の感情は必要か?
「ふっ」
黒戸の口から、息が漏れる。
何を言っていると、自虐的に自身を笑う。
必要に決まっている。
人の感情を無くせば、ただの殺戮兵器と化すだろう。
あの子を救えなかった時の様に、また怒りに支配されてしまうぞ。
黒戸は空を仰ぎ見る。
夜空に満天の星が瞬き、こちらを見下ろしている。
ただのガス爆発が光っているだけの星々だが、黒戸には不思議と、こちらを見守る人達の目に思えてしまった。
この星の何処かに、俺の仲間がいるかもしれない。
可能性は低いが、この世界の、この時代の何処かに居てくれるかも。
もしそうなら、会いたい。アイツらに。
会って話したい。相談したい。
今この状況を。これからの事を。
どうしたら良いのか、聞いて欲しい。
それなのに…なぁ、相棒。お前は今、何処に居るんだ?
「なぁ、イノセスよ…」
黒戸の囁きは、深まる秋空の中へ、薄っすら白く吐き出されて、独りそのまま消えていった。
かのように思えたが、
「ねぇ、蔵人ちゃん」
声。
黒戸が振り向くと、そこには鶴見さんがいた。
いつの間にか正門まで歩いていた黒戸を、不思議そうに鶴見さんが見上げていた。
そして、
「イノセスさんって、どなた?」
黒戸の囁きは、鶴見さんに聞かれていた。
…鶴海さん。
頼みます、主人公を。
黒戸さんを…。