235話~蔵人君!大変だよ!~
巻島君に、前世の記憶があると告白した、翌日。
私は、教室で文化祭の練習を見ていた。
目の前では、少しずつセリフが上手くなっていくクラスメイト達が、舞台に見立てた教卓の上で、私達の描いた白黒の台本に色を付けてくれる。
その中でも一際鮮やかな色を放つのは、白い傷だらけの甲冑を纏う男の子。
「良いか諸君!連合は卑怯にも、我らが帝国に向けて軍を展開した!」
彼の迫真の演技に引っ張られて、みんなの演技も格段に良くなっていっている。
彼の演技を参考に、みんなは自分の演技を見直して、必死に食らいついて行っていた。
巻島君の演技は、彼の様子は、昨日の姿が嘘だったのでは思う程に、普段通りだ。
昨日の、あの変わり果てた様子…。
俺が巻島蔵人を殺した。
そう呟いた時の巻島君の顔は、ビックリするほど青ざめていて、黒い瞳は大きく振れていた。
いつも理路整然としている彼の姿を見慣れていた私は、その余りの変貌に少なくないショックを受けた。
あの巻島君が動揺している。
仮令、味方のAランクが欠場した試合でも、片腕を飛ばされた時でも、見上げるほどのゴーレムが立ちはだかった時でも、彼の顔は一切の悲壮感を漂わせなかった。
それなのに、あの時の巻島君はとても儚げで、年相応の少年のように見えた。
彼をそのようにしてしまったのは、私。
私が調子に乗って、彼の、いや、彼と同じ姿のキャラクターの悪口を言ってしまったから、彼を傷つけてしまった。
そう、その時は思っていたのだが。
「済まない。そうじゃないんだ」
少し落ち着いた彼が、儚げに笑って教えてくれた。
転生には色々な方法があるらしい。
新たに転生する体を創って魂を入れる方法。
死んだ体に魂を入れる方法。
そして、生きている人間の中に別の魂を入れる方法。
巻島君の場合、3つ目の転生方法になるらしく、その場合は元々あった巻島蔵人の魂と共存か、融合か、侵略をして生きていくことになる。
それで、巻島君は共存も融合もした感覚がないから、侵略、つまりは上書きしちゃったと言うこと。
「簡単に言うと、俺が巻島蔵人という存在を消しちゃったんだ」
そう言っていた彼の声色には、いつもと違う色が混じっていた。
今思えば、あれは皮肉だ。自分自身に対する、嘲笑とも取れる。
あの時の私には、全然分からなかった。
だって、巻島蔵人と言えば、ゲームでも悪役だ。悪役の中の悪役。
お兄さんの頼人君に嫉妬して、頼人君を散々いたぶって、犯罪組織に入っていっぱい悪いことをして、侵略者対策で手一杯の特区に攻め入って、たくさんの人を殺して、頼人君を守るために体を張ったお母さんを殺した。
一部のプレイヤーからは、同情と共感の声を集めていたキャラクターだったけど、私はダメ。無理だった。
最初、彼の名前を聞いた時は、一日中震えが止まらなかった。
もしも私が、彼のことを知っているとバレたら、どんなことをされるか想像しただけで、朝食を戻しそうになった。
私も殺される。
あの時の私は、本気でそう思い込んでいた。
でも、彼は違った。私の知っている巻島蔵人とは比べようもなく真面目な人だった。
真面目ってレベルじゃないね。凄い人だった。
ゲームの設定上は魔力ランクがE-だったはずなのに、努力と根性でCランクにまで上り詰めて、更にその実力はAランクだって倒しちゃうものだった。
巻島君だけじゃない。彼の周りも、ゲームとは大きく変わっていた。
彼が異能力を教えた久我鈴華さんや桃花ちゃんも強くなっていたし、何よりも幸せそうだった。
桃花ちゃんは、ゲームでも可愛らしいキャラクターだけど、久我さんや伏見さんは不良キャラだったはず。普段から不貞腐れていて、アグレスの討伐でも、何かと文句ばかり言って、余り人気のないキャラクターだったと思う。
頼人君もそう、九条薫子さんもそう。みんなみんな、原作なんかよりも幸せそうで明るい。
原作が高校生で、未来の話だからかも知れないけれど、巻島君の存在が大きいのは絶対だ。
だから私は、言った。
「いいよ。それで良かったんだよ!私、今の巻島君で良かったよ。ディザスターが生きていたら、今頃…」
「仮令、犯罪者でも、赤ん坊には罪はない。未来があった。そうならない未来が、彼には。それを、俺は潰した…」
巻島君は少し苦しそうな顔をして、下を向いた。
だけど、すぐに顔を上げて手を叩いた。
「さぁ、遅くなっちゃった。早く帰ろう。林さん、家は近い?最寄りの公共機関まで乗せて行こうか?」
まるでさっきまでの表情が作り物だったかのように、手を叩いた後の彼の顔には、一切の悲しみも戸惑いも消えていた。
取ってつけたような笑顔でない。本当に、さっきまでの記憶がなくなっているんじゃないかという気さえするほどの、朗らかな笑顔。
その顔は、今も目の前にある。
降壇した巻島君は、同じ配役の子達と談笑して、時折演技のアドバイスをしていた。
そこに、他の子達も集まりだして、小さな討論会が始まっていた。
私も呼ばれた。
いつの間にか、脚本チームが彼の周りで台本を広げていた。
「それでさ、最終局面は住人と鬼達との全面抗争を考えているんだけれど、配役がどうしても足りなくて…」
脚本チームのリーダー的存在である吉留君が、巻島君に相談を持ち掛ける。
最終幕をどうするかを悩み続ける彼の顔は、若干暗い。
でも、それ以上に悩んでいる筈の巻島君は、少し嬉しそうに顔を綻ばせて一緒に考えてくれる。
「そうだな。それなら、いっそのこと7組も誘って合同で出演するってのはどうだろうか。確か7組はまだ演目が決まっていないって焦っていたはずだよ。慶太からの情報だから、確かではないけれど…」
「いいね!それなら今までの戦闘シーンも配役を増やして、もっと見応えのある劇に出来るよ!」
巻島君の提案に、吉留君は大喜びで賛成している。
その吉留君を見る目は、いつものやさしい彼の目だ。
もう、大丈夫なのだろうか?
そう、私でも思ってしまう程に、いつも通りの彼。
違う。
あの時の彼の豹変を見た私だから分かる。そんな筈はないと。
少なくとも、心に傷を負ってしまった。決して小さくない傷を。
その傷を、
「蔵人君!大変だよ!」
この世界は広げようとする。
〈◆〉
舞台練習の合間で、吉留君達が相談に来た。
演劇で人数が足りないのだとか。
後で7組と相談するというと、とても喜ぶ脚本家チーム。
まだ交渉すらしていないのだが、ぬか喜びさせてしまっては大変だ。
"黒戸"がそんな心配をしているとき、彼女が教室に飛び込んできた。
若葉さんだ。
「蔵人君!大変だよ!」
そう言ってこちらに駆け寄ってくる彼女の顔は、文字通り血相が変わっている。
普段飄々としている彼女がこれ程慌てているのだ。相当ヤバい事案が転がり込んできたのだろう。
焦って頬だけ紅葉している若葉さんに、厄介事はお腹一杯だよ…と、黒戸は苦い顔を返す。
「どうしたの?また何か、厄介事かな?取りあえず落ち着いて、詳しく話を聞かせてくれないか?」
「うっ、ここでは不味いかも…。ちょっと一緒に来て!」
若葉さんが黒戸の腕を引っ張って、何処かに連れて行こうとするので、黒戸はそれに従って教室を出て…。
出ていく前に、もう1人の重要人物を捕まえる。
「林さんも来てくれ」
転生者仲間の腕を掴み、強制連行である。
「わ、私!?」
驚く林さん。だが、黒戸が腕を掴んでいるので、驚きながらも付いて来るしかない。
道すがら、黒戸は林さんに耳打ちをする。
「原作の情報が必要になるかも知れない。済まないが、よろしく頼む」
そういうと、林さんは小さく頷いて、表情を硬くする。
若葉さんに連れられて来た場所は、教員棟4階にある情報処理室。
デスクトップパソコンがズラリと並んでいて、授業でパソコンの授業を行う時にも使われるが、その他の時間でも部屋自体は解放されており、部によってはここでホームページを作成しているのだとか。
今は3時限目の授業時間だから、誰1人としておらず、電源の入っていないパソコンの墓地のようで少し物悲しい。
そんな中で1台、明るい光を放ちながら、操作者を待ち望んでいるデスクトップが端の方にポツンと座っていた。
そこの机には、メモ書き付箋がいっぱい付けられているノートが開かれており、デスクトップの淵にも付箋が何枚も付いている。
まるでライオンのように仮装したデスクトップは、その画面に複数の画面を開いたままでいる状態であった。
黒戸がその画面を覗く前に、若葉さんが立ちはだかって黒戸を見上げた。
「蔵人君。これは、君のプライベートに深く関わる事だよ?」
そう言いながら、チラッと林さんを横目で見る若葉さん。
林さんを連れてきちゃって良いの?と言っているのだろう。
黒戸は頷く。
「構わない。彼女にも意見を貰いたい」
「…いつの間に、そんな仲になったのさ」
若葉さんが驚き半分、疑い半分の目で両者を見比べるので、黒戸は手を振って軽く否定する。
「君と同じくらい、彼女は頼りになると判明してね。君とは、別方向のベクトルだと思うけど」
「へぇ~」
若葉さんは目を鋭くして、林さんを見る。
彼女の興味が、物凄く搔き立てられるのだろう。林さんを見る彼女の眼が、怪しく輝いている様に感じる。
でも、若葉さんはそれ以上何も言わず、少し立ち位置をズラして黒戸をパソコン前の椅子に座らせた。
黒戸が座ると、彼女はいくつか画面を縮小させて、とあるニュース記事の画面を表に出した。
それを、黒戸に見るようにと促してくる。
早速読もうとすると、黒戸の後ろで、2人が画面を覗き込んでいる。
画面の右上には、〈週刊文化〉の文字。
ああ、またこいつらか。
少し呆れた黒戸が文章を読み進めていくと、林さんも同じくらいの速度で読んでいるのか、「なにこれ…」とか「でっち上げにしても酷すぎない…?」と呟いている。
彼女が絶句する内容は、こうだ。
〈昨今、異能力業界を騒がせている黒騎士選手だが、再び疑惑が浮上した。彼の父親についてだ。
黒騎士選手の父親、山田正人(仮名)は、元々特区のとある企業で勤務していたが、13年前に失踪している事が、本誌の調査で判明した。更に関係者からの情報では、この失踪が起きた半年後、正人さんにはランク詐欺を行った容疑が掛けられていた事も突き止めた。
正人氏は、何らかの方法でランクを詐称し、本来特区に入れない身分であるのにも関わらず、特区を出入りしていたのではと疑いを掛けられているのだ。
もしも、我々が入手したこの情報が正しい場合、正人容疑者の子供である黒騎士選手も、この特殊な偽装方法を学んでおり、Cランクと偽って活動している可能性がある。
夏のビッグゲームにおいて、数多のAランクと対峙してきたことで注目を集める黒騎士選手だが、本来の彼は、Aランクである可能性も出て来ているのだ〉
以上が記事の主な内容だ。
色々と突っ込みたい部分がてんこ盛りなのだが、先ず注目すべきは父親の事。
ここに書かれている事は、全てがデタラメなのだろうか?
黒戸は椅子に乗ったまま体を捻り、林さんを見上げる。
「山田正人という人物に心当たりはあるかい?」
「ごめん。私も、完全にクリア…えっと、知っている訳じゃないの」
林さんが途中で言葉を誤魔化しながら首を振る。
隣の若葉さんの目が、瞬時に林さんへと狙いを付ける。
林さんは若葉さんの様子に気付かないのか、「でも」と言葉を繋げた。
「巻島君に訳ありのお父さんがいるっていうのは、読ん…聞いたことがあるよ。失踪しているっていうのも」
そうか、失踪は正確なのか。だとすると、この記事があながち間違いとも言い切れないな。
黒戸は顎を摩りながら、2人の様子に視線を這わせる。
それにしても、若葉さんの目がギラギラしてヤバい。林さんを射殺さんばかりにじっと見つめ続けているぞ。
黒戸は椅子を回転させて、若葉さんに向き合う。
「若葉さん、彼女が何故そんなことを知っているのかは、彼女の異能力に関係があるんだ。あまり詮索はしないでくれないか」
黒戸が注意して、初めて林さんは若葉さんに気付いたみたいだ。横を見た途端に、ピョンと飛び上がってしまった。
若葉さんも、黒戸が注意すると、すぐに視線を落として肩も落とした。
「イモータルメモリーかぁ。希少で凄い可能性を秘めてるって異能力だから、なかなか情報がないんだよね」
何と、彼女の異能力を知っていたのか。
それを知っているだけ、君も十分に凄い可能性を秘めているよ。
黒戸は、遠い目で若葉さんを見る。
すると、幾分落ち着いた林さんが、「あっ、そうだ。でも…」と声を上げてから悩みだした。
なんだろうか?
黒戸が首を捻ると、林さんが悩みを話してくれた。
「あっ、えっとね。巻島君のお母さんなら、何か知っているかもと思ったんだけど、巻島君のお母さんって、今一緒に住んでいないよね?」
「蔵人君のお母さんは、蔵人君が6歳の時に家を出ているよ。今は巻島家本家に匿われていたはず」
「あっ、そう言えば...本家周辺をウロついていた所を、取り押さえられたって...」
「俺のプライベートが駄々洩れなんだが!?」
黒戸が何も言わない内に、自分の知らないプライベートが次から次へとあふれ出す。
この2人が揃うと恐ろしいことを、十分に理解した黒戸。
そして…母親が本家にいるだと!?頼人は大丈夫なのか?
黒戸の表情を読んだのか、若葉さんが親指を突き上げて良い笑顔を向ける。
「大丈夫!お母さんは隔離されて、軟禁されているから、頼人様とは出くわさないよ」
「そうか、それなら安心した」
「いや、お母さん軟禁されているのに、安心するの!?」
今度は林さんが悲鳴を上げた。
彼女は、この世界の母親を知らないから驚いているのだろうな。
黒戸は手を振って話を戻す。
「つまり、母親なら何らかの情報を持っているが、母親には連絡の取りようがないってことだな?」
それではどうしようもない。だから、林さんは悩んでいたのか。
黒戸も悩みだすと、林さんがおずおずと意見を言う。
「本家の人に電話してみたら?お母さんとお話したいって言ったら、瑞葉様だったら取り次いでくれないかな?」
「それは無理だと思うよ。蔵人君のお母さんは、どうも次の縁談に向けた準備をしているみたいで、外部との接触を極力避けているって情報だから」
若葉さんの情報に、黒戸は、なるほどっと手を打つ。
母親は頼人を産んだ。Aランクの最上位という秘宝をだ。そして、もう1人の蔵人もそれなりに活躍している。至宝と呼ばれる程度には、貴族界でも名前が出ているからね。
そうなれば、母親の体自体にも価値が付く。巻島家はきっと、母親にもっと子供を産ませて麒麟児を増やそうとしているのだろう。
本来なら父親との間に子供を設けさせようとするのだが、父親は失踪しているらしい。
であれば、他家から優秀な婿を貰って、母親に優秀な子供を産ませるしかない。
それ故に、巻島本家は母親を軟禁しており、彼女がこっちにも帰ってくる素振りすら無かったという訳だ。
正直、凄く助かる処遇だ。
しまった、また話題が逸れた。
黒戸は携帯を持った手を上げて、話を戻す。
「母親には連絡が無理でも、それに近い人なら何か知っているかも知れない」
黒戸はそう言いながら、電話を掛ける。
間もなく、通話相手が電話に出たので、黒戸は話し出す。
「あ、もしもし。忙しいところごめんなさい。柳さん」
父親が失踪...
更にランク詐欺...
事件が次々と起こりますね。
「何時ものことだ。運命とは、人を試すように動くものだからな」
イノセスメモ:
黒戸読みについて…主人公は自身の事を”蔵人”とは呼ばずに、元の”黒戸”と呼んでいる。これは、自身が蔵人君を消してしまった事を戒める意味を持つと考えられる。
多くの方に、誤字と思われてしまっていますが、誤字ではございません。
宜しくお願い致します。