234話~あのね、なんか安心しちゃって~
放課後の美術準備室。
林さんは扉を閉めて…閉める前に廊下の左右を確認した。
物凄い念の入れよう。扉を閉めると、鍵まで掛けた。
それが終わってようやく安心したのか、華奢な体をぴょこぴょこ跳ねさせながら、蔵人のすぐ近くまで駆け寄る。
「あっ、あのね、今日は来てくれて、ありがとう。部活、忙しいのにごめんね?」
何度目になるか分からない謝罪の言葉。
それだけ、彼女の精神状態が不安定だと分かる。
蔵人は硬い表情を何とか崩し、彼女を安心させるように微笑みながら首を振る。
「とんでもない。林さんこそ、脚本で忙しいだろうに」
実際、同じ脚本チームの吉留君が、今が佳境だと嬉しそうに語っていた。
それ故に、少し遅れたのだろう。
蔵人は林さんが座れるように、少し移動してソファーを開ける。
麗子先輩が勧めてくれた位置だとソファーの中央だから、林さんが座り辛いだろうと思って。
先輩なら迷わず蔵人と密着して座るかもしれないが、恥ずかしがり屋の林さんは絶対にそんなことしない、だろう。
そう思って移動した蔵人だったが、なんと林さんは座ろうとすらしない。
駆け寄ったのは、ソファーの背のところまで。
そこで息を整えて、こちらを見ていた。
林さんが座らないのなら、こちらが座ったままは不味いな。
蔵人はソファーから立ち上がり、ソファーの背の方に周って林さんに対峙する。
「あ、あのねっ、私、ずっと、ずっとね」
蔵人を一旦見上げた林さんは、言葉を探すように視線を迷わる。
蔵人のお腹辺りを見たり、足元を見たり、自分の手元に視線を落としたりして、せわしなく目を動かしていた。
その緊張が、蔵人も伝わって来たように感じ、別の意味で胃が絞られる感覚を覚えた。
「私、ずっと、ずっと巻島君に、いっ、言おうとしていたことが、あってね」
しどろもどろになりながら、言葉を紡ぎ出す林さん。
そんなに一生懸命にならないでくれ。
蔵人は、心の中で叫ぶ。
彼女の真剣な顔を見れば見るほど、心の中が葛藤でうねりだす。
もうやめてくれ、林さん。
以前のように、会ったばっかりの時のように、途中であきらめてくれ。
今日はちょっと調子が悪いと言って、この話自体をなかったことにしてくれないか。
君がもし、この告白を最後まで言い切れたとして、俺がもし、この告白を受けなかったとしたら、君は今まで通りに振舞えないだろう。
クラスで顔を合わせるたびに、気まずい雰囲気に心を押し沈める。
無理に笑おうと心を泣かす。
もしかしたら、堪えられなくなってしまうかもしれない。
蔵人の脳裏には、この半年間の林さんの姿が浮かんでは消えを繰り返した。
入学当初、びくびくしながらも会話に入ってきた青い顔。
吹奏楽部に入る決断をした時の笑顔。
都大会で、ファランクス部の心配をしてくれた真剣な目。
ビッグゲームで、みんなと一緒に飛び跳ねて喜んでくれた姿。
デパートで、シン君の女装を完璧に務めた彼女の細い指。
白井さんのイジメを、一緒になって阻止してくれた、小さくも大きな背中。
間違いなく、蔵人にとって林さんは仲間であった。掛け替えのない仲間になっていた。
だから、失いたくない。
でも、止められない。
止めてはいけない。
林さんの視線が、真っ直ぐに蔵人を捉える。
それを見て、蔵人は理解した。
もう、迷いはないんだね。
蔵人の引き締められていた唇が、ふっと緩む。
林さんの小さな唇も、開く。
「実は…」
息を吸い、胸の内から一気に吐き出した。
「実は、この世界は、ゲームの中の世界なんです!!」
「済まない林さん、君の思いに………ゲーム、だと?」
蔵人は、開いた口が塞がらなくなった。
あれ?告白する…んだよな?
ゲーム?何でゲームの話が出てくるの?ゲーマーなの?林さんが?
蔵人の脳みそは、如何に林さんの告白を返すかということに集中してしまい、彼女が何を言っているのか理解できないでいた。
そんな蔵人の様子に、林さんは慌てた。
「分かってる!うん、巻島君が呆れるのも分かるよ。何言ってんだこいつって思っているでしょ?私もね、最初は戸惑ったんだ。こんな記憶、いつの間にって。あっ、私、私の異能力ね、完全記憶って言ってね。どんな記憶も、少しの量だったら何時までも記憶できるの。それでね」
林さんの口から、慌ただしく言葉が零れ落ちる。
完全にテンパっている。
それでもしゃべり続けるのは、蔵人に聞いて欲しいから。嘘だと思われたくないから。
「私の異能力、赤ちゃんよりも前の記憶が残ってるの。前世って奴かな?林映美じゃない、他の人の記憶が頭の中に有るの。本当だよ!巻島君、信じて!貴方は言ってたでしょ?第二次世界大戦のこと。1学期の期末テストで、社会科のテストを返されたとき。あの時に私、巻島君も同じ記憶があるって分かって、驚いて、うれしくて。本当だよ!?私、知ってるから。1939年、第二次世界大戦が起きる。1945年8月6日に広島に、8月9日に長崎に原爆を落とされ、8月10日にポツダム宣言を日本が受諾して終結して…」
「そうか、分かった」
林さんが慌てる分、蔵人は冷静になることが出来た。
イモータルメモリー。ディさんが言っていた異能力。クロノキネシスでも覆すことの出来ない、記憶保持能力。
確かにそのトンデモ異能力なら、前世の記憶と言うのも引き継げる…のかも知れない。
蔵人自身がそれに近い事をして貰っているし、以前に異世界を旅した時も、記憶を宿した転生者に遭遇する事はごく稀にあった。
だから蔵人は、必死な林さんを見るだけで、彼女が転生者故の苦しい人生を歩んできた事が分かったし、彼女が嘘をついているなんて微塵も考えてはいなかった。
そう蔵人が思っていても、林さんは止まらない。
蔵人の相槌を拒絶とでも思ったのか、壊れたラジオのように言葉を吐き出す。
「他にもあるよ。えっと、えっとね。終戦後、日本にはGHQが来て、マッカーサーっていうサングラスのおじさんが憲法とかを作り直して、日本は高度経済成長期に入って、イタイイタイ病とかの公害が問題になって、阪神淡路大震災とか、東日本大震災とか大きな災害が起きて、それでも日本は頑張って復興して、だけど、ロシアとかイスラエルとか、世界各地では紛争が絶えなくて…」
「信じるよ、林さん。大丈夫だ」
口をカラカラにしながらしゃべり続ける林さんの両肩に、蔵人は優しく手を置いて制す。
「俺も、君と同じ記憶を持つ転生者だ。人には言えない事の辛さは良く分かる。頑張ったね、今まで一人で」
蔵人がやさしく言葉をかけると、林さんは意気込んでいた肩を下ろし、俯いて顔を覆った。
指の隙間から落ちる雫の数だけ、彼女は辛い思いをしたのだろう。
元来、転生者の精神は不安定だ。
幼い時から知識と経験だけがあり、体と脳のバランスが極めて歪な状態。
それ故に、気が狂ったり、ストレスで体を壊す者もいる。
事故死して転生した者などは、死の恐怖が忘れられず、自ら命を絶つ者も少なくない。
仮令、過去の記憶と上手く付き合えたとしても、次に待つのは孤独と不安だ。
自分だけしか知らない記憶を持つ事で、自分は異常者なのでは?と何時しか自分が自分を信じられなくなる。
そんな恐怖にも似た日々を、こんな小さな体で生き抜いた林さんを、蔵人は労りの眼差しで見つめながら、ズボンのポケットからハンカチを取り出して渡す。
しばらくは、林さんが落ち着くのを待つ。
外では夕日が殆ど沈んでしまって、夜の帳が天空を覆い尽くそうとしていた。
「ずびっ。ごべっ、ごめんね、巻島君」
林さんがゆっくりと顔を上げる。鼻水とかは出ていないけれど、目が真っ赤だ。
余程気が張っていたのだろう。それが取れて、堰が崩壊したのだ。
「林さん、今日は疲れたろう?」
前世を持つ事を打ち明けることは、大変な労力だった筈だ。
だから、とりあえず、話はここまでにしよう。
蔵人はそう提案した。だが、
「ううん。大丈夫。私、まだ大事なこと言ってないから」
林さんは真っ赤な目を上げて、蔵人に笑いかけた。
強い人だ。
蔵人は、林さんがハンカチを自分のポケットにしまうのを見ながら、そう思った。
別に、そのまま返してくれていいのに。
蔵人は林さんをソファーに誘う。
立ったままよりは、少しでも楽になるだろうと思って。
林さんが座って息が整った段階で、蔵人から話しかける。
「それで、この世界がゲームだって話だったね?どんなゲームなのかな?」
質問形式で話を進めた方が、林さんの負担も少ないと思った蔵人。
案の定、林さんは幾分落ち着いた様子で、ゆっくり頷いた。
「うん。あのね、ゲームタイトルが、エイト・ラインズって言うんだけどね」
エイト・ラインズ。
聞いた事も無い、日本企業が開発したPC、スマホ用のゲームアプリ。
舞台は現代日本に似た国【日輪】。
人々は神様から与えられた特殊能力【レスト】の恩恵を受けて、忙しいながらも平和な日々を送っていた。
しかし、ある時【侵略者】と呼ばれる敵が各地に出現し、平和だった世界に混乱をもたらした。
プレイヤーは、個性豊かな【ユニット】を仲間に引き入れ、自分だけの最強のチームを結成し、侵略者達から平和だった日常を取り戻す為に戦う。
と言ったコンセプトでゲームが展開していくらしい。
正直、この概要だけでは、何処にでもあるゲーム設定に聞こえるし、この世界がゲームである証拠とは言えない。
アグレスという名称も、WTCに行ったことのある者なら誰でも耳にする敵の名前だ。
あそこのバーチャル世界と現実を、混同していると思われても仕方がない。
その思いが蔵人の表情越しに伝わってしまったのか、林さんが顔の前でブンブン両手を振る。
「私が驚いたのは、ゲームに出てくるキャラとか、地名とかが一緒な事なの!」
主人公が通う高校が【桜坂聖城学園】であり、キャラクターの中には【九条薫子】や【久我鈴華】、はたまた【巻島頼人】が出てくるらしい。
「ゲームのみんなは少し大人っぽいけれど、それ以外は一緒だよ。九条さんは金髪巻き巻きヘアだし、鈴華ちゃんは銀髪ストレートの唯我独尊キャラだし、頼人くんは氷の貴公子だし」
「ふむ…」
蔵人は1つ頷く。
肯定の意味は、あまり含まれていない。
林さんが嘘を付くとは思わないが、これだけでゲーム云々は呑み込めない。
林さんの異能力ではなく、夢の延長線上の話である可能性も有り得るからだ。
夢と異能力がごっちゃになっている可能性を、蔵人は危惧していた。
これで、未来を言い当てたり出来たら良いが、彼女が知っているのは頼人達が高校生、つまり3年も先のストーリー。
それでは、今証明するのは難しい。
どうしたものか...。
そう、蔵人が考え込んでいると、林さんが何かに気付く。
「あっ、でも少し違う」
「うん?違う?何かな?」
「その、頼人くんはゲームとは少し違うの。ゲームではもっと暗くて、誰も寄せ付けなくて、本当に氷の貴公子だから。多分、眼鏡を掛けてないのもあるのかな?今の頼人君は、コンタクトなの?」
頼人が眼鏡を?
確かあいつは、視力は悪くない筈だ。
蔵人がそう言うと、林さんは小首を傾げる。
「あれ?でも確か頼人くんって、小さい時に能力熱で視力を奪われて、凄い近眼になったってエピソードにあったよ?」
「なっ」
能力熱。
蔵人は片眉を上げた。
頼人は1歳を過ぎる頃、能力熱に掛かり、蔵人の魔力循環で治した事があった。
しかし、その事を知っているのは家族と使用人だけだ。
もしかしたら氷雨様はご存知かも知れないが、それを公表してはいない。
能力熱は未熟な者が掛かる病気。それをわざわざ他家に漏らすなどしない。
それなのに、林さんは知っている。情報通の若葉さんでも、華族トップクラスの九条様でもない、一般人の林さんが。
「でね。最初に頼人くんが登場した時は厚底眼鏡だったから、あんまり人気がなかったんだけど、覚醒させるとコンタクトになって、その顔が可愛かったから、一気に人気になったんだ」
覚醒。
その言葉に釣られて、蔵人は驚く顔を林さんに晒す。
それを手応えと受け取った林さんは、更に爆弾を落とす。
「あっ、でも美形で言うなら、一条ディーンってキャラはもっと美形なんだ。陸軍の大佐で、Sランクのテレポーターなんだけ…」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
蔵人は、更に話しそうになる林さんの前に手のひらを広げて見せ、強制的に話を止める。
多分、今上げた人物はディ大佐の事だ。フルネームが合っているのかは蔵人には判断出来ないが、少なくとも、Sランクのテレポーターというだけで、蔵人には十分に特定できる情報…なのだが、
林さんが知っていて良い情報では、決してない。
「林さん。今の話、ディーン様の事だが、誰かに話したことはあるかな?」
「えっ?無いよ?周りの人に前世なんて話したら、頭おかしいって思われるし、そもそも信じてもらえないから…」
「そうか」
若干、論点がズレている林さんだったが、蔵人は安堵の吐息を吐き出す。
そんな蔵人を見て、林さんの表情は若干強張る。
「ま、巻島君、何か怖いよ?ディーンさんが嫌いなの?」
見当違いな憶測を出す林さんに、蔵人は更なる安堵を覚える。
この娘は、事の重大性を理解していない。理解していないからこそ、余計に信ぴょう性が生まれる。
この世界のことを、事前に知っていたという告白に。
「林さん、心して聞いて欲しいのだが、ディーン様の情報はとても危険な機密事項だ。今後は一切の他言無用で頼む」
厳しい顔の蔵人に、林さんは眉を八の字にして見つめ返してくる。
何を言っているのか分からない。そんな表情だ。
蔵人は、更に分かりやすく解説する。
「例えるなら、ディーン様の情報は、核と同じだ。米国大統領の核スイッチ、それを守るケースの暗証番号とでも言おうか。君はそれと同等の機密事項を知ってしまっている。それが外に漏れれば、君は一生、日の光とは無縁の生活を送るだろう」
「ひっ!」
蔵人が話す内に、林さんは顔を青ざめさせ、獄中生活だと匂わせた辺りで小さな悲鳴を上げた。
効果があり過ぎたか。
「済まない。驚かしてしまって。他言しなければ大丈夫だ。俺以外の人間に、前世の記憶のことを言わない。いいね?」
「うん!勿論!言わない!ぜっったいに言わない!」
壊れた水飲み鳥のように、何度も頷く林さん。
生真面目な彼女なら、これで大丈夫だろう。
蔵人は表情を柔らかくして、彼女に笑いかける。
「しかし、驚いたな。この世界がゲームをモチーフにした世界だったとは」
「モチーフ?」
首を傾げる林さんに、蔵人は1つ頷く。
偶にあるのだ。そういう世界が。
神様が作った世界の情報を人間に渡して、ゲームやおとぎ話を作らせる事がある。
理由は定かではないが、自分の作った世界を自慢したかったり、人類に娯楽を提供したかったり、はたまた転生の際に適応を早めたい思案があると思っている。
それが確かかは分からないが、現にこうして、蔵人の役に立ってくれている。そこは、創造神に感謝だ。
そして、この世界が林さんの言うゲームの世界そのままの姿とも思えない。
理由はいくつかある。
一つは、今聞いたゲームのようなシステムで、この世界の人間が動いてはおらず、しっかりとした意思がある事。
史実と同じ歴史から分岐していること。
そして、ゲームとの差異があることなど、挙げればいくらでもある。
それらを考えると、この世界はゲームのシナリオを元にして、史実世界に組み込んだ一種の”パラレルワールド”である可能性が高い。
一から世界を創生するよりも、既存の世界を変革した方が創生のコスパも良いからね。
蔵人がそう、神様云々は言わずに、ゲームとの差異があることや人間の感情について話すと、林さんも納得してくれた。
「そっか。似ている世界なんだ。確かに、いろいろと違うものね」
「だが、大いに参考になる。君のその知識はね。今日は遅いから、また今度聞かせてくれないか?」
蔵人が外を見ると、そこには完全に夜の顔になった世界が広がっていた。
秋も深まって来たので、日が落ちるのも早くなっている。
蔵人の提案に林さんも賛同して、2人は立ち上がる。
部屋の中央くらいまで連れ立って歩いていると、ふと林さんが含み笑いを始めた。
「どうかしたの?」
「あっ、うん。あのね、なんか安心しちゃって」
林さんは、とても安心しきった顔で蔵人を見上げる。
「この話をする前までね、巻島君にこんなこと言ったら、怒られるんじゃないかとか、呆れられるかなとか、そんなことばかり思ってたんだ。でも、実際話してみたら、巻島君、全然驚かないし、寧ろ、慣れてるっていうか、優しくて、大人の対応だったから」
それは、蔵人が何度も転生しているからだろう。
色々な世界を渡っていると、ゲームやおとぎ話の世界はそれほどレアケースではない。
転生も繰り返せば、感情を肉体に引っ張られることもなくなって、精神も安定する。
蔵人がちょっとお道化て肩をすくめると、林さんは楽しそうに口を手で覆う。
「私ね、最初の頃、巻島君を怖がってたんだよ。今じゃあの時の自分に言ってやりたいよ。巻島君は、”原作”とは違うんだよって」
そう言って微笑む林さんに、蔵人は、
「…えっ?」
表情を、強張らせた。
いつの間にか、林さんと共に歩んでいた足を止めていた。
暗くなって見え辛い室内で、林さんは蔵人の変化に気付かずに、話を続ける。
「”原作”の【巻島蔵人】は、とっても怖いんだよ?【ディザスター】なんて呼ばれてて、テロ組織のアグリアの幹部で、何度も特区を侵略しようと攻撃して、何人も人を殺し」
ガタンッ!
林さんの楽しそうな声は、突如響いた物音に掻き消えた。
林さんが驚き飛び上がって、慌てて振り返ると、その目に、床に倒れたキャンパスの姿が映った。
キャンパスが倒されて、音がしたのだった。
そして、音を出したのは、そのキャンパスが蔵人に倒されたからだった。
その、蔵人は、
「くっ、蔵人が、存在する?ゲームの、キャラクター、だと…?」
青い顔をして、片手で頭を押さえていた。
そのまま、一歩、二歩と、後ろによろめく。
「巻島君!」
林さんが慌てて、蔵人に駆け寄り、体を支える。
だが、蔵人はそれに気付かず、ただ、震える唇から枯らした声を吐く。
「俺は…俺が…」
「巻島蔵人を、殺したのか…」
…おかしいと思ったんですよ。急に、転生の事をベラベラ解説しだした時に。
貴方は、こうなる未来が見えていたんですね?だから、あの時…!
「…イノセスよ。感情を抑えろ。お前が憤ったところで、あの世界に何ら影響は与えられん」
抑えられますか!
本物の蔵人君が、主人公の転生で消えちゃったんですよ!?
「…1人の犠牲で、あ奴がこの世界に来ることが出来た。それで、多くの者が救われている」
だからと言って、人1人の魂を消していい理由になりますか!?
「見ず知らずの、将来悪役になる者の魂でもか?」
……では、聞きますが。もしもあの時、大天使様が言うままに”最高の服”を主人公が選んでいたら、一体、誰の魂が犠牲になったんですか?
「…ふんっ。お前の想像通りだ、イノセス。その時は勿論、
巻島頼人が消えていた」