231話~それでも、勝てるとお思いですか?~
片倉さんの挑戦を受理した後、蔵人達は場所を移動する。
第一競技場。
体育祭でも大いに利用させてもらった、桜城随一の競技場であり、普段から校内ランキング戦が頻繁に行われている場所でもある。
今この場には、ランキング戦を執り行う為に必要なスタッフの皆さんが、忙しそうに東奔西走していた。
主審、副審、テレポーター、バリア、ソイルキネシス、異能力鑑定士の皆さん、メディア(若葉さん)。
そして、何故か観客席にも人の影があった。
ただ、殆ど知らない女子ばかりで、蔵人が知っているのは、後ろの方にちょこんと座る白井さんと林さんくらいであった。
若葉さんに聞いたところ、今来ている娘の殆どは頼人のファンクラブ会員なんだとか。
中にはシングル部員も来ているらしいが、どうして今忙しいはずのシングル部が見に来ているのだろう。
「それはね、片倉さんがシングル部の中でも、かなり期待されている選手だからだよ。1年生でありながらAランク戦のレギュラー選手に選ばれる程度には」
補欠だけれどね、と若葉さんが片倉さんを見ながら、追加で情報をくれた。
何という事だ。大事な大会前でナーバスになっているであろうシングル部の皆さんに、負担を掛けてしまうとは。
蔵人は、シングル部員に負荷を掛けてしまった事を心苦しく思った。
だが、観客席によく目を凝らして見ると、どうも、来ている人たちはレギュラーメンバーではないように見える。
海麗先輩や安綱先輩の姿どころか、木村先輩や樋口先輩の姿も見当たらないからね。
きっと、全日本の出場を逃した先輩達が来ているのだろう。
それであれば、全日本への影響は少ないから良いのか?と、蔵人が肩の荷を下ろしていると、ファンクラブ会員達が座る方向から、声が聞こえてきた。
「ねぇ、片倉さんの相手って、あの黒騎士でしょ?不味くない?これで負けたら、シングル部の名前がまた落ちるんじゃない?」
また?
蔵人は発言のあった周辺に、パラボラを向ける。
「流石に大丈夫でしょ?黒騎士ってCランクだし、片倉さんAランクのレギュラーだよ?1年生で2番目に強いらしいじゃん」
「あれ?知らないの?黒騎士ってビッグゲームでAランクを4人も倒してるんだよ?」
「聞いた聞いた。それに、この前セクション部でもAランク3人倒したらしいし、しかもあの風早先輩を倒したとか」
「シングルの大会でも、優勝を総なめしてるって噂だよ?何でも、アメリカの選手を倒したとか」
「でも、シングル戦のCランク帯でしょ?今日の相手はAランク。確かに、ビッグゲームで黒騎士がAランク倒せたって聞くけど、それは他の仲間のお陰らしいよ?周りの子がAランク弱らせて、最後のトドメを黒騎士に譲っただけだって」
「でも、それって噂でしょ?」
「それに、練習試合で美原先輩に勝ったらしいじゃん。噂では、あのローズ先生や高等部の生徒会長との試合でも勝ったとか…」
「いやいや。先生との戦いは、かなりハンデを貰っていたって話じゃん?それじゃあ実力は分からないよ」
「そうね。それによく考えてみてよ。黒騎士は男子。それもCランクの最低種。まっとうに戦ったら、美原先輩に勝つどころか勝負にもならないわよ」
「でも…」
「そ、れ、に!黒騎士のランキングは800位台よ?本当に実力があるなら、なんでそんな順位に収まっているの?ランキング3位の美原先輩と同格以上なんでしょ?」
「うっ…それは…」
「ほら。そうでしょ?本当は実力が無いのに、接待を受けているから順位を上げない…上げられないのよ。ハリボテの英雄に、片倉さんが負ける筈無いわ」
なるほどね。頼人のファンクラブさん達は黒騎士の実力を疑っていると。
蔵人はパラボラを元に戻して、後ろでカメラのシャッターをパシャパシャ絞りまくっている女子に視線を送る。
若葉さんの情報通りだな。自分の目で見ないと、信じられない人は結構いるようだ。
「若葉さん。ちょっといい?」
蔵人は若葉さんに近づいて、先程ファンクラブ会員が発言した「また」の意味を聞いてみた。すると、
「前に鈴華ちゃんがシングル部のレギュラーを倒したのは話したでしょ?それが学校中の話題になったんだけど、この前の土曜日に、今度は早紀ちゃん(伏見さん)がシングル部員を倒しちゃったんだ。それで、シングル部の名声がかなり揺らいでいるんだよ」
なんということだ。伏見さんまで…。
蔵人は今日、部活で鈴華と何かやりあっていた伏見さんの姿を思い出して肩を落とした。
そう言えば、先週の土曜日って鈴華達とのデートだったけど、伏見さんはその日、用事があるからと言って来ていなかった。まさかそれが、シングル部とのランキング戦だったとは…。
蔵人が驚愕の事実に心を弾ませていると、審判から合図が掛かる。試合の準備が整ったので、選手は中央に集まって欲しいそうだ。
蔵人は若葉さんにお礼を言ってから、中央まで歩く。すると、目の前には鋭い視線を投げかけてくる片倉さんの姿があった。
彼女は仁王立ちで腕組みし、既にスタート位置でスタンバっていた。
思えば、彼女からランキング戦を持ち掛けられた時、彼女の敵意が妙にキツかった。
それは、蔵人が白井さんを庇うからだと思っていたが、ファランクス部員達がシングル部の威信を揺るがしているという、苛立ちもあったのかもしれない。
シングル部に兼部してはいるが、本職はファランクス部員だからね。彼女達からしたら、俺は鈴華達と同じ敵側なのだろう。
蔵人が片倉さんの心情を推し量っていると、主審の先生が蔵人達の間に立ち、片倉さんを見る。
「校内ランキング戦を開始する前に、最後の確認を行う。片倉晶菜、開戦に異存は無いか?」
「ありません」
審判役の先生が片倉さんに問いかけると、片倉さんはキッパリと答えた。
この受け答えが、ランキング戦では常套句らしい。どちらかが試合実施に同意しなければ、試合は執り行われない。
先生がこちらを向く。
逆八の字であった眉毛が、急に柔らかく八の字を描く。
「巻島蔵人君。対戦相手の片倉はAランクの魔力量と、最上位種のクリオキネシスです。ランキング戦だからハンデもありません。それでも開戦に同意しますか?」
「同意致します」
「本当ですか?テレポートが間に合わなかったら、凄く痛いんですよ?」
「本当です。試合開始の許可を願います」
かなり心配性な先生だな。
蔵人は、頬が引き攣りそうになるのを抑えながら、先生に軽くお辞儀する。
こちらの方が圧倒的弱者であるから、こうして念入りに同意を確認しているのだろうが、それにしても心配し過ぎだ。
きっと、男ということも多分に影響しているのだろう。
本当に、この世界は…。
呆れる蔵人の横で、主審は鑑定士の方に視線を送り、彼が頷いて漸く、蔵人の言葉を受け取った様子だった。
きっと、鑑定士さんは人の感情も読めるのだろう。蔵人の言葉に嘘偽りない事を察知して、これが強いられた試合でないと判断したみたいだ。
「分かった。では最後の検査を行う」
鑑定士の人達が、片倉さんに近づいて、ジッと彼女を観察する。
成人した男性が寄って集って少女の体を見回すなんて、元の世界でやったら一発アウトだろう。
片倉さんの防具は、遠距離用のスカスカ装備なので、余計にそう感じる。
だがこの世界では、寧ろご褒美だというのだから、訳が分からなくなりそうだ。
彼女の検査は直ぐに終わり、蔵人の検査も異常なしと判断された。
この検査は、校内ランキング戦でも毎回行うのだとか。
幾ら公式戦ではないと言っても、成績に大きく関わる事であり、また安全面を顧慮しての事だろう。
そのお陰で、後からドーピングだなんだと騒がれる事は無くなった。
ここから先、対戦者以外は入れないし、外からバフを掛ければ副審達が気付くから。
測定結果を主審達が確認している間に、片倉さんがこちらを見て、笑った。
「お兄さん。今だったら、一言謝ってくれたら許してあげますよ?貴方だって、Cランクの庶民の為なんかに、こんな大勢の前で恥をかきたくは無いでしょ?」
自信満々の片倉さんに、しかし蔵人は首を捻って問う。
「勝つ前提でお話を進めてますが、先程私は、貴女の攻撃を粉砕して見せました。それでも、勝てるとお思いですか?」
忘れてしまったのだろうか?たった10分前くらいの出来事を。
蔵人が首を小さく傾げると、片倉さんはグッと奥歯に力を入れて、蔵人を睨んだ。
「ただ見せかけで出した氷を砕いたくらいで、いい気にならないで下さいよ。私はAランクで、シングル部のレギュラーで、ランキング11位ですよ?800位台でウロウロしてて、Cランクのレギュラーにもなれない貴方が勝てる訳ないじゃない!ズルとハッタリで威張れたファランクスと、シングルでは違うのよ!」
息切れしながら顔を赤らめ、蔵人を睨みつける片倉さん。
それを受けて、蔵人は微笑む。
「見たい物しか見なくなれば、必ず足元を掬われますよ?」
シングル部員の、いや、ランク派の悪い癖だ。
片倉さんはシティー大会で、自分達の戦いを見ている筈である。
シングル部の練習でだって、樋口先輩達と何度も模擬戦をしている。
それを思い出してくれたら、少しは警戒してくれるのではないかと思い、蔵人は忠告した。
だが、蔵人の目論見は失敗に終わった。
片倉さんは嘲笑を浮かべ、肩を軽く上げて「救いようがない奴」とでも言わんばかりに首を振るだけだった。
「私が勝ったら、あの子にはファンクラブに入ってもらうから。アイススケート部も退部させて、頼人様との接触は一切禁止します。ちょっと寛大過ぎでしょうか?」
これは、ノブルスの取決めみたいだな。
勝利宣言か。そっちがその気なら、
「では、私が勝った暁には、貴女方ファンクラブが白井さんへ干渉することを、今後一切禁止とします。勿論、頼人に接触して、白井さんに働きかける事も禁止です。今後、2人の仲を邪魔しないと約束して頂きます」
蔵人が要求項目を言い渡すと、片倉さんは凄い顔で睨んできた。
睨むのは良いけど、負けたらちゃんと、要求を呑んでくださいね?
蔵人達が話終わると、主審が蔵人達の間に1歩踏み入って来て、右手を大きく上げた。
「それではこれより、ランキング11位、1年、片倉晶菜と!ランキング862位、1年、巻島蔵人の校内ランキング戦を執り行う!」
パチパチパチと、控えめな拍手がフィールドに散りばめられる。
夏の大会と比べて、かなり寂しいものを感じる蔵人だったが、主審の手が再び上がったので、思考を切り替えて構える。
手が、下がる。
「試合、開始!」
「早々に終わらせてあげるっ!」
試合開始の合図と同時に、片倉さんが仕掛けてきた。
彼女が両手を突き出して構えると、そこには無数の白い針が精製される。
アイスニードル。
柏レアル大会で、頼人が良く使っていた技だ。
その氷の極針が、蔵人めがけて殺到する。
「っ!」
「あっ!」
観客席から、息を呑む声が聞こえた気がした。
その中で、蔵人は自分の周囲に盾を生成する。
水晶盾。それを、瞬きをする間に3枚生成した。
その盾に、アイスニードルが突き刺さる。
トっ、トっ、トっ、トっ!
畳に刃物が突き立てられるような音が響き、盾がアイスニードルを防ぐ。
氷針の先が、盾の裏側から突き出している。
うむ。なるほど。この攻撃は、Bランク並みの攻撃力があるらしい。
あの時の頼人と比べると、氷塊の数も大きさも速度も格段に上のようだ。
そりゃ、幼児と比べるなと言う話ではあるのだが、蔵人は改めて、目の前で意気込む女子が、Aランクである事を認識する。
認識すると同時に、盾の内側でもう一枚の盾を生成する。
今度は、少し丸みを帯びた盾だ。
それを構えたところで、最初の盾が耐えきれなくなって消えてしまった。
そして、内側の盾に氷の攻撃が降り注ぐ。
カっ、カっ、カっ、カっ!
盾に当たった針は、今度は突き刺さりはしない。
全て、上の方に受け流がす。
こうしてしまえば、仮令Bランクの攻撃であろうと、Cランクの盾を傷つけることなく防御できる。
それを見て、周囲がどよめく。
「「「おぉおお…」」」
「Bランクの攻撃を防いだ!凄い!」
「シールドの生成はやっ!」
「なんて技術。これが、黒騎士の強さ…」
高評価を付けてくれるのは有難いですが、盾の基本戦術ですよ?
ビッグゲームや、各大会ではこれくらいの基本的な技は幾らでも使っていたから、この程度で騒がれてしまう事に気恥ずかしさを感じる蔵人。
そんな蔵人に、片倉さんが声を荒げる。
「防いでばかり!そんな卑怯な戦い方で、シングル戦は勝てないってことを教えてあげる!」
そう言うと、彼女は前に突き出していた手を上に構え、頭よりも少し高い位置で魔力を溜めだす。
氷の魔力は凝縮し、やがて、カラーコーン大の氷塊が生成された。
Bランクの上位並の攻撃かな?
「これでも喰らいなさい!」
片倉さんが叫ぶと同時、氷塊が飛んで来る。
でも、先ほどのアイスニードルよりは速度が遅い。
これであれば、避けることも可能だろう。
だが、彼女はそれを望んでいない。
守ったり避けたりと、保守的な戦い方を好んでいない様だった。
ならば、ご要望通りに、
「打ち返す!」
蔵人は拳に二重の龍鱗を纏い、飛来した氷解のど真ん中を殴りつけた。
すると、氷塊は「ピキッ!」と小さな氷解音を響かせて、次の瞬間にはバラバラに破壊された。
その打ち返された氷塊の礫は、殴られた勢いをそのままに、術者の元へと殺到する。
「えっ!うそ、ぎゃぁっ!」
氷の礫は、片倉さんの肩や腹に命中し、彼女はその勢いに負けて吹き飛び、地面をゴロゴロと転がった。
なるほど。自身の異能力によってダメージを負わないと思っていたが、今の様に外部から運動エネルギーを加えられた場合は、その分のダメージを負うみたいだ。
これは、良い実験が出来たぞと、蔵人が満足していると、倒れていた片倉さんがゆっくりと立ち上がった。
何とか立ち上がった彼女の顔は、茹ダコの様に真っ赤になっている。
そのタコさんは、震える指を蔵人に突き立て、涙目のままに叫んだ。
「も、もう、許さないんだから!」
おお。怒り心頭。
これは良い流れだ。漸く本気を出す気になってくれたか。
蔵人は、半泣きにさせてしまった女子の前で、にんまりと笑った。
「良い顔になったな、Aランク。さぁ、もっと楽しもうではないか!」
会場の皆さん、随分と主人公の評価が低いですね。
「ここに集まった者達は、頼人のファンクラブやシングル部の、恐らくランク派の者達だろう。詰りは、あ奴に興味を持っていた者は少なく、望月嬢の新聞も読んでいない可能性が高い」
だから、主人公がちょっと攻撃を防いだだけで騒いでいるのですね。
「あ奴やあ奴を知る者が聞けば、何をそんなに?と戸惑うのも仕方ない」