20話〜緊張されてます?〜
本日は2話連投しております。
こちらは、2話目となっております。
県大会が終わったと思ったら、その次の週には全国大会に向けて出発しなければならなかった。
と言うのも、異能力大会はDからAまでが1つの大きな大会で、各ランクの全国大会開催時期が被らない様に少しずつズラされてセッティングされていた。
そのため、県大会から全国大会までの期間がかなり短くなっている。
どれだけ短いかと言うと、吹奏楽部の県大会が異能力全国大会とほぼ丸被りとなるくらいだ。態々各ランク戦が被らない様にしているのも、各大会で入賞出来た際に、更に上のランク戦に出場出来る為だ。
蔵人が出場しているDランク戦なら、全国大会で3位までに入賞した場合、Cランク戦の全国大会への出場権を獲得できる。
それ故か、全国大会の空気は今までの地区大会、県大会とは比べ物にならない程、ピリピリと張り付いていた。
『ドンドンドンッ ドンドンドンッ!』
『パパパー♩パパパー♩パパパパパー♪パパパー♩パパパー♩パパパパパー♪』
『行け行け清林!勝て勝て清林!』
『サイトウの優勝見たくて〜 サイトウの一撃見せてよ〜』
おい、ここは甲子園か!?と、蔵人が驚く程の声援、応援が観客席から押し寄せている。
見ると、各校の吹奏楽部、応援団、チアリーディング部らしき人達が寄り集まり、1つの生き物の様にうねりを上げていた。
「凄い応援者の数ですね。柳さん」
蔵人は会場入りしたばかりなのに、その圧力で押し出されそうになったので、柳さんに同意を求めた。
その柳さんは1つ頷いて、
「今戦っているのは、愛知の清林女子高付属の女子小学校と、福岡の筑紫女子高付属の女子小学校みたいですね。どちらも名門校なので、応援にも特に熱が入っているのだと思いますよ」
「ほぉ。詳しいですね」
そう蔵人が感心すると、柳さんは手提げバックから雑誌を一冊取り出した。表紙には、〈異能力大会完全予想!Dランク戦版〉という文字が派手な色と太いフォントで書かれている。
「蔵人様のお力に、少しでもなれたらと思い、勉強しました!」
元々、マスタークラスのDランク戦は毎年録画して見ている柳さんだが、今回は蔵人の為に攻略本や前回大会の映像等も調べてくれたとか。
美味しい食事だけでなく、こんなサポートもしてくれるなんて。
蔵人は柳さんに心底感謝した。
柳さん曰く、今回の大会参加者は、総勢157名。各県の代表3名と、福岡、京都、大阪、愛知、神奈川の代表5名、東京代表9名である。
都心部で参加枠が多いのは、前回大会でベスト16位に残った選手が多かったからだ。ベスト16に入れば、来年の全国大会の参加権が得られる。参加権が得られた都道府県は、その人数分の参加枠が増える。
仮令、参加権をもらった本人が(年齢的に)参加できなくても、だ。まぁ、ご褒美のような物だろう。
ベスト16が都心部に集中する理由だが、これはその県に大規模な特区がある事が挙げられる。
特区の近くに併設された名門女子校には、毎年有能な人材が集まりやすく、その分、道場やトレーニングセンター等の施設も充実する。それ故に、大都市はベスト16に残り易く、参加権を得やすい。
ちなみに、蔵人達の地元は私立も女子校も少なく、公立学校が全国に行くことも珍しくない。
特区が無いからね。
筑波の方まで行けば、特区ではないが特別地域という区域があるそうだ。ちょうど、史実の学園都市辺りか。
だが、特区が県内にある都道府県では、出場している学校は異能力開発特化の私立女子校ばかりだ。現に、この全国大会の参加者の9割以上が、そういった私立女子校出身の子である。
ここで困ったのが、控え室だ。蔵人に割り当てられた控え室は、蔵人の他に女児が9人。勿論、男子は蔵人オンリー。彼女達は蔵人がいるにもかかわらず、おもむろに服を脱ぎ出すのであった。
「………」
蔵人は静かに控え室から抜け出し、観客席の柳さんと合流する。
幸い、観客席は混雑していない。局所的な場所、例えば前列の方は応援合戦の為に過密となっているが、後列はスカスカだ。
特区で行われる異能力戦に比べたら、Dランク戦はあまり人気が無いのだとか。
「こんな所にいらっしゃって、よろしいのですか?」
「ええ。控え室に男子1人で、居心地があまり良くなくてですね」
実際は、あの女児達に追いやられた訳だが。
あいつら、ワザと蔵人の前で服を脱いでいた。ここは私達の戦場なのだから、男子は出ていけ。そう言っている気がした。
つくづく、異能力は女性の世界であると分からされてしまった。
蔵人は、自分の番になるまで観客席でつぶさに試合を見ていた。陸上競技用のトラックのど真ん中で、小学女児達が異能力をぶつけ合っているのが見える。
Dランク戦は全日程3日間を予定しており、今日は1回戦と2回戦のみ実施される。
明日が3回戦から準決勝まで。そして、最終日に3位決定戦と決勝戦が予定されている。
大会の会場は、静岡県の海沿いにある総合競技場である。そのため、蔵人も柳さんもホテルでの宿泊だ。
費用は大会側から出る。勿論、決勝戦まで残れば明後日の朝まで高級ホテルに無料で泊まれる。
但し、それは蔵人と保護者の柳さんだけで、他の応援客は実費になる。なので、今回は慶太達も来てはいない。決勝戦は見に行くよ!っと、無邪気に笑っていた慶太だったが、自分が何を言っているか分かってはいなさそうだったな。
他の小学校関係者の姿も見えない。県大会後にも、特に話題にはなっていなかったから、多分決勝戦にも来ないだろう。武田さん達も、飯塚さんが出場していないから来ないと明言していたから。
その為、蔵人の応援団は柳さん1人という事になる。
寂しさはないが、柳さんが頑張り過ぎないかが心配である。
「では柳さん、行ってきます」
自分の試合が近づいたので、席を立つ蔵人。
「ご健闘を。お怪我などされないで下さいね」
柳さんが泣きそうな顔で懇願してくるので、蔵人は笑って手を振る。
何時までも心配してくれるんだな、この方は。
蔵人は、申し訳なさと心強さが、心の天秤の上で揺れた。
蔵人の初戦の相手は、和歌山県公立小学校の3年生だ。黒髪を三つ編みにした女の子なのだが、顔面蒼白でかなり不安そうな顔をしている。これは、会場の雰囲気に飲まれているな。
『茨城県立百山小学校、巻島蔵人!』
アナウンスが会場に響いた。
おっと、ここで手を挙げるのだったな。
蔵人は直前に受けた説明を思い出し、片手を挙げた。
客席からパラパラと拍手が聞こえる。
儀礼的な拍手だ。無名の学校ではこの程度なのだろう。
勿論、応援の声が入ることは無い。それは相手も同じで、名前を呼ばれても蔵人と同じような状況だった。
君も無名か。同士よ。
「始め!」
とは言え、同じ境遇の相手でも、試合は試合だ。
蔵人は、先ずは様子見と、盾を出して守りの構えを取る。
しかし、審判のコールが終わっているのに、女の子は動かない。見ると顔が青から土気色になっており、完全に硬直してしまっている。
会場の雰囲気、全国大会というプレッシャーに呑み込まれてしまったのだろう。
これで俺がただ勝ってしまっては、彼女のトラウマとなってしまうかもしれない。
そう思った蔵人は、盾を両脇に退けて彼女に歩み寄る。
彼女は手を蔵人の方に突っ張るも、上手く異能力が出せないみたいだ。全国大会にも来ているのに、異能力が出せないとは余程の事だ。
蔵人は、突き出された女の子の右手を取る。彼女は驚いていたが、構わずそのまま握手をする。
「初めまして。巻島蔵人と言います。今日はよろしくお願いしますね。先輩」
「えっ、あ、は、はい」
「緊張されてます?」
「えっ…う、うん。少し…」
体調が悪そうな顔で頷く少女。手も冷たい。
蔵人は笑顔で続ける。
「僕もなんですよ。こんなに大勢の前に出るなんて、肩に力が入ってしまって仕方がなくて」
「…私も、何時もより、体が言うこと聞かなくて…」
「どこが動き辛いですか?」
「えっと、ぜっ、全部?」
「それは酷い。マッサージしないとですね」
蔵人がおどけて言うと、真一文字に結ばれていた口元が、少しだけ緩む。
もう少しかな?
「でも、今はお互いに全力を出さないと、ですよね?」
「うん。そうだね。ありがとう」
少女の凍り付いていた顔の筋肉が、少しだけ解けたように見える。
「楽しみましょう、この試合を。お互いに」
そう言って、蔵人は少女の手を離し、元の位置に戻る。女の子の顔色はまだ青いが、体は動く様になっていた。
それからは、何とか試合の形式を取ることが出来た。
彼女の異能力はサイコキネシスであり、相手の服を引っ張って転ばせたり、腕を操って自滅させる戦法を取ってきた。
柔道でも習っているのだろうか。
今まで見た事ない戦法で、蔵人もとても楽しめた。それ故か、試合時間10分をめいいっぱい使って、最後は判定となった。終始攻め続けた蔵人に軍配は上がったが、終わった後の少女の顔には、血色のいい笑顔が浮かんでいた。
「ありがとう、巻島君。負けちゃったけど、楽しかった!」
「ええ。僕も、とても楽しかったです。貴女の戦い方はとても勉強になりました。また戦いましょう」
「うん!絶対だよ?」
「はい」
自然と2人は握手を交わし、控室に戻って行った。
その2人の背中には、試合開始の時よりも強めの拍手が送られていた。
2回戦目の相手も、無名校の広島県私立の3年生だったが、蔵人は難なく駒を進めた。
これで残るは32名。ここまで来ると、全員が名門校ばかりのお嬢様達だ。男子の選手なんてのは、全国に進んだ時点で蔵人しか残っていなかった。
その日の夜は、静岡の新鮮な魚介を柳さんと堪能する。英気は十分に補えただろう。
訓練は程々にして、蔵人は早めの就寝に着いた。
そして、翌日の3回戦。
相手は、エアロキネシスを使う3年生。
以前戦った神凪姉妹とは違い、圧縮した空気の弾、いわゆる空気砲を繰り出してきた。
なかなか弾速は速く、避けるのは困難だが、威力は鉄盾でも難なく防げるレベルだった。
これがもっと速かったり、弾道を操作出来たら勝敗は分からなかった。訓練すれば、厄介な相手になる。
だが、今の彼女では敵にならない。
「そこまで!勝者、巻島選手!」
「「「ああ〜……」」」
観客席から漏れ出るため息が、蔵人の胸にも押し寄せる。
厄介と言えば、この応援も厄介だった。
相手は有名校の選手だから、応援団もかなりの数がおり、開始前から圧倒されていた。試合中も、相手の攻撃が盾に当たる度に歓声が生まれ、蔵人が攻撃しようとすると悲鳴に近い声で行動を刺された。
意識で言うと一瞬。
威力で言うと僅かな何かが躊躇われた程度。
だが、その僅かな差が、ギリギリの試合では勝敗を分つ。
柏レアル大会のような、大歓声が蔵人達の背を押してくれた時とは真逆の立場となっている。
改めて思うが、あの時の神凪姉妹は相当やりにくかっただろう。
蔵人が柳さんの元へ帰り着くと、柳さんは水筒の蓋をこちらに向けて、微笑んでいた。
「お疲れ様でした、蔵人様。特製スポーツドリンクです」
「ありがとうございます、柳さん。しかし、あの応援は厄介ですね。勝ったのに、なんか悪い事をした気になります」
「すみません。私も応援しているのですが、何分、規模が違いすぎて。蔵人様のご学友の皆さんが来られたら良かったのですが…」
柳さんは、小さな肩を更に小さくさせて謝ってきた。
「いえいえ。柳さんの声はちゃんと聞こえていますよ。それでかなり助かってますし」
実際、蔵人は耳に小さな盾を付けて、周囲の音を拾っている。その時、柳さんが懸命に応援している声を聞いて、心が保てている面がある。
「それなら、次はもっと頑張って応援しちゃいます!」
「いやいや。そんな、無理しないで下さい。最後の方、声かすれてたじゃないですか」
「いえ!そうも言っていられません。だって、次の対戦相手は…」
柳さんが心配そうに、攻略本の1ページを指さした。
「「「「アーミン!アーミン!アーミン!アーミン!」」」」
4回戦。試合開始前。
観客席から怒涛の如く押し寄せる声援、と言うよりコールが場を埋め尽くした。
そちらを見ると、同じような色の法被を着た集団が、観客席の一面を視覚的にも埋めつくしていた。手に持って振りかざしているのは、ちっちゃいライトセイバ…ではなくペンライトである。
『セントルイス東京校、愛堂プロダクション所属、三島亜美!』
「アーミン!頑張って!」
「俺達の天使!舞い踊れ!」
「男子なんかに負けるな!」
「「「「アーミン!アーミン!アーミン!」」」」
男どもの野太い声援。見ると、結構いい歳したおっさんもペンライトをブンブン振って叫んでいる。
これが現役女子小学生アイドルの人気かよ。変態ばっかじゃないか。
犯罪臭マシマシの集団である。
「みんな!ありがとー!」
三島さんが手を振ると、ファン達が更に湧く。
さながらこの場は、コンサート会場。蔵人はエキストラか、若しくは敵役か。
『百山小学校、巻島蔵人!』
ちなみに、この選手紹介にある〜所属だが、蔵人の場合は小学校にしか所属していないので、学校名だけが呼ばれる。
しかし、他の組織、例えばジムや道場に所属していたら、その名前も呼ばれるシステムだ。〜小学校、〜道場所属という具合に。
三島さんは、愛堂プロダクションって所に所属しているという事。
ああ、明らかに芸能プロだ。
「よろしくね」
蔵人が物思いにふけっていると、三島さんが近くまで来て挨拶してくれた。
礼儀正しい娘だ。相応に対応せねば。
「態々ありがとうございます。巻島蔵人です。よろしくお願いします」
蔵人も微笑み返して、手を差し出す。
だが、その手を見て、三島さんは少し困ったように笑う。
「ごめんね。握手はマネージャーさんを通さないと出来ないの〜」
ウェーブのかかった髪を揺らして、小顔を少し傾けて上目遣いでこちらを見る三島さん。
計算尽くされている動作と言動だ。まさにプロ。子供とはいえ侮れない。
「これは失礼を。こちらの配慮が足りませんでした」
相手は人気上々のアイドル。考えれば当然の事であった。
蔵人は謝りながら、手を降ろそうとした。だが、その手は三島さんの手によって受け止められる。
彼女に握手されている手を見て、三島さんへと顔を見上げると、そこには小悪魔的な笑顔があった。
「うそうそ。これくらいなら大丈夫だよ。マジメなんだね、蔵人君は」
冗談だったのか。遊ばれたな。
蔵人が内心でため息を吐いた、その時、
「「「ああーー!!」」」
「アーミンと握手してるぅう!」
「CD買っても、握手券当たらないのにぃい!」
三島さんの向こう側の観客席で、野太い声による非難の嵐が巻き起こる。
「お、俺も、大会でりゅう!」
「やめろ!40過ぎたおっさんが出たら捕まるぞ!」
「そもそも俺達じゃ、手も足も出んぞ!」
なんか、三島さんの後ろが酷いことになっている。
後ろを見る蔵人の目が冷たかったからか、三島さんも気になって振り返り、
「…始めよっか」
そのままの姿勢で、彼女はため息を零す。
声色が、マジトーンになっている。
「そうしましょう」
蔵人もその提案に乗り、所定の位置に。
「始め!」
そして、試合が始まる。
三島さんがどんな異能力なのかは、試合開始早々に判明した。
「みんなぁ〜!盛り上がってる〜?」
「「「「あがってるりゅ~~!!」」」」
空中を浮遊する彼女が、観客席に向かって手を振り合図すると、ファン達がそれに応呼する。
リビテーション。
浮遊能力である。
「それそれー!」
そして、観客席から試合会場に向き直った彼女は、腰に巻いたポシェットから何かを蔵人に投げる。
蔵人が盾で防いで弾いたそれが、地面に落ちた。
キラキラのラメが張り付いた、黄色い星型の…鉄板?いや、手裏剣か?
蔵人がシゲシゲと飛んできた物を遠目から見ていると、手裏剣がグラグラと動き出し、浮き上がった。浮き上がった先は、上空で浮かぶ三島さんの手元。三島さんの周りには、キラキラ光る星形の手裏剣が、何枚も浮遊している。
まるでコンサートの演出みたいだ。
彼女はこうやって高所から鉄板を降らせて、一方的に攻撃するスタイルを今までの試合でも取っていた。
手裏剣は、それ程攻撃力もスピードもある訳では無い。なので、今までの対戦相手も防いだり、避けたりは出来た。
出来たのだが、如何せん高所にいる彼女に攻撃する手段がない。そして、最後は判定負け。弱くても攻撃を当て続けた三島さんの勝利となる。
暴力に訴えず、可愛らしい攻撃のみで勝利を掴む、まさにアイドルらしい戦術。計算尽くされた戦法だ。
「「「「アーミン!アーミン!アーミン!アーミン!」」」」
うなり響くアーミンコール。三島さんも、それに答えて観客席に手を振る。
さて、ここで1分経った。
どう反撃するか、蔵人は考える。
最も手っ取り早いのは、ここから鉄盾を飛ばす戦法。
見たところ、彼女の浮遊能力は10m程度。もっと高く飛べたとしても、星の射程は良くて15m。それ以上蔵人が離れると彼女から寄ってくるから、そう間違いではない筈。
それに比べ、蔵人の鉄盾の射程は20m程。
勿論、結晶盾や魔銀盾だともっと射程は長くなるが、やるとしたら鉄盾で十分。コントロールも問題ない。今では利き手の様に動かすことが出来る。
だが、そんな詰まらない勝ち方で良いのか?折角の実践で、なるべく多彩な戦法を試すべきである。
蔵人は、足元に鉄盾を生成し、乗る。
地区大会決勝戦以来の、スケボースタイルだ。
シューっと、静かに滑り出す蔵人。
三島さんが慌てた様子で蔵人に星を投げるが、蔵人は盾を操って、全ての星を避けながら滑り続ける。
「な、何よ!それぇー!」
後ろから声。
蔵人が滑りながら振り向くと、必死に追いかけてくる三島さんの姿が。
なるほど。彼女の浮遊能力では、このくらいが最大速度らしい。時速20km/hくらいか?
蔵人が少し速度を上げると、三島さんからの星が一切飛んで来なくなった。こちらに追いつこうとして必死の様だ。目線が下がり、こちらを全く見ていない。
よし。ならば…。
蔵人は盾を跳ねさせ、3m近くジャンプして、空席の観客席に着地する。そして、席の背を利用し更に高くジャンプする。
鉄盾で蔵人の体重なら、今は10mくらい浮かす事ができる。観客席の高さも合わせると、15mよりも高所までの特大ジャンプだ。
蔵人は今、三島さんの遥か真上に浮遊し、彼女を見下ろしている。
三島さんが、キョロキョロと地面に目を這わせ、蔵人を探している。
「アーミン!上だ!」
ファンの1人から発せられた言葉。
その警告は、蔵人が落下を始め、その手で三島さんの体を掴む直前にかけられた。
だから、彼女は頭上を見上げて驚く事しか出来なかった。
「キャッ!」
短い悲鳴の後、三島さんがゆっくり目を開く。
そこは、地面スレスレで止まった、蔵人の腕の中だった。
「……」
三島さんは、蔵人を真っ直ぐに見て、少しの間だけ目を瞑る。
そして、
「私の、負けです」
彼女の宣言が、会場を泣かせた。
試合終了後。蔵人は観客席に戻ると、柳さんから渡された水筒の蓋を傾ける。
柳さんは少し難しそうな顔で、蔵人の姿を見る。
「随分と丁寧な戦い方でしたね。県大会決勝とは大違いでした」
「相手はアイドルでしたからね。傷付けたりしたら、そっちの方が怖い。あと、県大会の事は反省してますので、掘り返さんで下さい」
蔵人は柳さんに頼み込む。
すると、柳さんは声を出して笑い、すぐに真剣な顔つきに戻る。
「しかし、次の対戦相手はそんな事を言っていられませんよ」
柳さんの言葉に蔵人は頷き、昨日見せて貰った、昨年の全国大会の映像を思い出す。
次の相手、日向華瑠羅は、当時2年生にして全国3位まで上り詰めた実力者。準決勝で、相性の悪い相手に当たらなければ優勝も可能であったと、当時の雑誌に評価されていた。
間違いなく、今大会の優勝候補筆頭である。
それに、彼女には2つ名があった。その勝ち方から付けられた異名。
「蔵人様。折角ここまで勝ち進めたことは惜しいですが、今回は棄権なされた方がよろしいのではないでしょうか?」
柳さんは、今までで2番目に憂いた顔を蔵人に降ろす。
蔵人は少し頭を下げて、その提案を否定する。
「ご心配させてしまってすみません、柳さん。でも、僕は戦います」
「坊っちゃま!…私は耐えられません。坊っちゃまが血に染まる様な姿は、私は…」
鮮血のカルラ。それが彼女に付けられた異名。
周りが勝手に付けた、烙印。
それ程、彼女が戦った後は惨状と化す。
現に、今大会でも全ての対戦相手を血祭りに上げている。
「柳さん、ごめんなさい」
蔵人は、怯える柳さんの目を真っ直ぐに見る。
「でも、困難であるからと逃げるわけにはいきません。逃げてちゃ何も、掴めませんからね」
全国大会なのに、応援なしは厳しいですね。
交通費の問題もあるでしょうが、特区から遠のくと、その分異能力に対する関心も薄れるからでしょうね…。