229話~………うんっ~
文化祭の話し合いをした昨日、蔵人達のクラス、1年8組は出し物として演劇を選択し、お題を〈桃太郎〉に決めていた。
そして今日、その桃太郎をどのようにアレンジするかを話し合うため、各班に分かれて議論をしていた。
実は昨日、帰る際に文化祭委員の2人から、各々で大まかなストーリーやアイディアを考えてくれ、と言うお達しがあったのだ。
一晩かけて考えた案を各班で議論し、この6限目が終わる前に発表、良かった案を採用することとなっていた。
なので、クラスのみんなは難しい顔を突き合わせて、それぞれの班で話し合っている。
蔵人の班でも、互いの意見をぶつける為に、みんなが机と頭を向かい合わせる。
その中で、桃花さんが一番に手を挙げた。
「僕は桃太郎を女の子主人公、桃子にしたらいいんじゃないかと思うんだ。もちろん、めちゃくちゃ強い異能力が使える設定でね!」
主人公を女の子にして、異能力有りの物語にするらしい。
得意げな顔で提案する桃花さんに、本田さんが眉を寄せる。
「でも、そしたら敵役の鬼も女性じゃないと不味いよね。いくら鬼といっても、男の子と女の子が戦ったら、ただのイジメになっちゃうから」
「っ!」
小さな少女が相手でも、男の鬼では虐めになるそうだ。この世界特有のセクハラとでも言おうか。
蔵人の隣で、若葉さんがボールペンを回しながら提案をする。
「じゃあ、鬼も女性にして、いっそのこと育ての親であるお爺さんを攫っちゃうのはどう?私の婿にするとか言って」
「そ、それなら、お爺さんじゃなくてもっと若い男性の方がいい気がします…」
林さんがおずおずと提案する。
確かに、お爺さんを攫うのはちょっと倫理的に不味いだろう。あまりお年寄りに手荒なことはしたくない。
若葉さんが腕を組む。
「若い男性かぁ。蔵人君を攫えば、すごく緊迫感が出そうだね」
そんな目立つ役回りを与えられるのか!?
蔵人が抗議しようとしたら、先に本田さんが吠えた。
「蔵人様が、そんじょそこいらの鬼女なんかに負ける訳ないじゃない!桃太郎、いえ、桃子に代わって蔵人様が全ての鬼を成敗してくれるわ!」
息を荒くした本田さんが、少し冷静になった後に「……それもいいかも!」と言い始めたので、流石に止めた蔵人であった。
お爺さんが無双するって、もう桃太郎の原型が残っていないからね。
結局、蔵人達の班は主人公を桃子と定め、鬼女がお爺さん…じゃなくて、お父さんを攫ってそれを助けに行くというストーリーになった。
だが、それだと仲間集めに苦労しそうだと蔵人は思った。
お父さんを攫われてピンチなのは、桃子とお婆さん…じゃない、お母さんだけだと思うからね。他人のお父さんを助けるのに、他の人達が助けるとは…。
うん?他人のお父さんでも、嬉々として助けるのが特区の一般女性?
あわよくば、ワンチャンを狙っている女性達が群がってくるかもって?
そうか…。特区の女性達を、まだ理解出来ていなかったよ…。
若葉さんから貰った新事実に、驚愕と反省をする蔵人。
他の班も大方意見が纏まったようで、書記の文化祭委員さんが、黒板にそれぞれの案を大まかに書き出している。
こう見ると、みんな考えることは似通っているなぁ。
吉留君がいる班だけは、ちょっと…いや、かなり血生臭くなってしまっているが。
どうも吉留君は、世界大戦案から抜け出せていない様だ。
桃太郎がマフィアみたいな所に所属している…。
だが、これは…。
蔵人はじっと、黒板に書かれた吉留君の案を凝視する。
その間にも、書記ちゃんの進行が進み、それぞれの案で「これはっ!」と思ったものに挙手をすることになった。
その結果…。
「見事に分かれちゃったね…」
書記ちゃんが、悩まし気に呟く。
彼女の言う通り、2つの案に分かれていた。
1つは、桃花さんが提案した異能力ありの桃子ちゃんルート。
そしてもう1つは、吉留君が推奨する血みどろドロドロ戦場ルート。
ちょっと、極端過ぎないかね?
蔵人が首を振っている間にも、得票数の少なかった案達が消されていく。
そして、
「はい、じゃあ今度はこの二つから選んで」
残った2つの案を指さす書記ちゃん。
そうして、改めての決選投票と相成ったのだが…。
今度もまた、同じように分かれてしまい。得票数はお互いに同数となってしまった。
いや、1票だけ桃子ちゃんルートが多かったか。
それを見て、書記ちゃん達はその場で話し合い、固い笑顔でこちらに振り返った。
「じゃあ、投票の結果から、こちらの西風さんの案で行こうと思います!」
そう高らかに発言した文化祭委員の2人だったが、クラスの半数から不満そうな目を向けられてしまった。
それを受けて、笑顔が困り顔に変わっていく書記ちゃん。
「いっ、行こうと…蔵人様!」
何故か、こちらに助けを求めて来た書記ちゃん達。若干、涙目だ。
難しい場面で、可哀想ではあるんだがね。何故、こちらにボールを寄越して来たんだい?
こういう時は先生に助けを乞うべきではないのかね?先生が頼って欲しそうに、君を見ているぞ?仲間に入れてやってくれんかね?
そう思って、先生に視線を送るも、書記ちゃん達は完全に蔵人をロックオンしていた。
…これは、普段から目立ち過ぎた代償かもしれんな。
仕方ない。
蔵人は諦めて、立ち上がる。
「確かに、マイノリティの意見を切り捨ててしまうのが民主主義の悲しい性質ではあります。ですが、これほど多くの賛成者がいる時点で、吉留君の案も十分に多数派であると言えるのではないでしょうか?なのでここは、折衷案を講じてみてはいかがでしょうか?」
もはや両案が均衡した状況ともいえる中で、片一方だけを強制的に選ぶのは、もう片方に投票した有権者達から反発が出るのは火を見るよりも明らかだろう。
で、あるなら、お互いの意見を尊重して、その両方の道の真ん中を行くようにしたら良い。これも民主主義的なやり方だと思う。
蔵人の提案に、書記ちゃんがぱっと顔を明るくし、黒板を振り返って肩を落とした。
「折衷案って、こんなに違いすぎる物語のどこが真ん中なのぉ?」
再度振り返った書記ちゃんは、泣き出す寸前の顔になっていた。
まぁ、ちょっと難しいかも知れないな。
蔵人は先生の方を見る。
先生は既に、聞き役に徹する構えをしている。
子供達の成長を見守ろうとしているのだろう。決して、拗ねている訳ではないぞ。
蔵人は、再度背筋を伸ばす。
「では、先ずは両方の良い所を抜き出してみましょう。どんな魅力を感じて、この案を選んだかという理由を、黒板に書き出していくんです。書記ちゃん、お願いできますか?」
「わ、分かりました!あと、私の名前は北山です!」
書記ちゃん…北山さんが、少しふくれっ面で蔵人に困り顔を晒してくる。
ごめんごめん。なるべく覚えるようにするよ、北山さん。
途中で暗礁に乗り上げそうだった8組の話し合いだが、蔵人が軌道修正したことで何とか話がまとまり、それなりに、いや、かなりしっかりしたものが出来上がりそうであった。
今回の話し合いで、大まかなストーリーが出来上がったので、後は脚本を作る人を中心に、小道具や衣装などをそれぞれで分かれて制作してくことになった。
背景とか、大きな備品は外注だそうだ。便利だけど、何か違和感を感じてしまう。
そんなことを蔵人が考えている内にも、クラスでの話し合いは終わって、みんなは解散する。
これから部活動がある人は部室等に行くので、蔵人もファランクス部に行きたいと思っていた。
この話し合いが始まる前までは。
だが、
「白井さん」
蔵人は席を立ちあがって振り向き、未だ座ったままでいた斜め後ろの白井さんに声を掛ける。
蔵人に声を掛けられた白井さんは、ビクッと肩を跳ねさせる。
いきなりで驚かせてしまったか。
蔵人は軽く頭を下げる。
「済まない、急に話しかけて。特に用があると言う訳ではなかったんだが…」
蔵人が話しているのに、白井さんは蔵人の目を見ない。机に置かれた、彼女自身の手を見詰めているだけだ。
これは、俺が今、何を言っても駄目だな。
蔵人は、内心で小さく息を吐く。
「白井さん。何かあったら、いつでも言ってくれ」
「………うんっ」
そう、小さく呟いた白井さんは、ゆっくりとした動作で立ち上がり、そのまま教室を出て行った。
その後姿を見送った後、蔵人はなるべく音を出さないように歩き出す。
さて、面倒なことになったかもなぁと、顔を歪ませて。
そうして、蔵人がそのまま教室を出ようとした所を、誰かに呼び止められた。
「巻島くんっ」
林さんだ。
少し険しい顔で、蔵人を見上げている。
「もしかしなくても、雪ちゃんを追う気でしょ?」
雪ちゃんって誰だと、蔵人が迷ったのは一瞬だ。
白井さんの名前だろ?確か…雪、雪芽…雪乃。うん、そうだ。白井雪乃。ほら、覚えていた。
それにしても、こんな心配そうな顔色をすると言うことは、林さんも気付いたのか。
蔵人は、少し笑みが零れそうになる自分を諫めて、林さんに頷く。
「ご安心を。気取られないように尾行するから」
尾行は黒戸の十八番だった。最近はそういう訓練をしていなかったから、多少の気配は漏れるかもしれないけれど、一般人である白井さんに察知されるレベルではない…と思う。
大丈夫。任せて。
そう考えていた蔵人に、林さんは首を振る。
「そういう問題じゃなくて、巻島君が女の子を付け回すのはどうかと思うよ」
その通りだ!
蔵人は床に手をついて落ち込んだ。
何か理由があるのならばまだ許されるが、彼女に何の問題も無ければただのストーカーだ。
いや、何の問題もない方が良いのだが、そうすると今度は、こちらの立場が危うくなる訳で…。
盛大に落ち込む蔵人を見て、林さんは慌てる。
「ち、違うよ!巻島君!巻島君は有名人なんだから、目立っちゃうって意味だよ!」
えっと…ああ、そう言う事か。
蔵人は立ち上がる。
確かに林さんの言う通りだ。
余り大っぴらに言いたい事ではないが、ビッグゲームや、幾つもの大会を優勝した自分は、確かに注目の的になっている。
そんな人間が、特定の人物を尾行しているとなっては、その尾行対象は物凄く目立つことだろう。
黒騎士に追われるって、白井さんは何したの?となりかねない。
蔵人は、他の誰からも怪しまれないように追うつもりでいたが、果たして、そんなことが可能であろうか?
恐らく、無理だろう。壁に耳あり障子にメアリー。誰が何処から見ているか分からない。
特に、この世は異能力者の世界。柳さんのような透視能力者が居るだけで、どんな大怪盗でも簡単にお縄となろう。
きっと、有名な怪盗三世も、この世界では嘆くはずだ。
とっつぁん、そりゃないぜ!とね。
納得した蔵人が顔を上げると、林さんが自身の胸をポフッと叩く。
「ここは私に任せて!」
真剣な顔をして、そう言ってくれる。
今日の林さんは輝いているな。
蔵人は温かい目を彼女に向けながら、しっかりと頷いた。
元々、今日の白井さんは何処かおかしかった。
授業中に上の空であったり、体育の時間にチョウチョを目で追いかけていたり。そういう行動は、時たま見ることもあったのだが、一番ヤバかったのが、お弁当を残していた事だ。
いつも綺麗に食べる白井さんが、お弁当2つ目を食べている時、半分程度を残して箸を置いてしまったのだ。
これは、異常事態である。
いつもなら、弁当を二つ食べて、更に蔵人や林さんからお弁当のおかずを餌付けされているというのに、今日は餌付けも無く残していた。
と、そこまでで見たら、体調悪いのかな?程度に考えていた蔵人だった。
だが、その考えを覆したのが、6限目の、あの瞬間。
蔵人達が班になって、一晩寝かせた案を出し合っていた時だ。
白井さんは、突然驚いた。
蔵人達の会話に。
本田さんの一言に。
『いくら鬼といっても、男と女の子が戦ったら、ただの”イジメ”になっちゃうから』
『っ!』
イジメという言葉に、小さく息を呑んでいた。
この様子と、それまでの挙動不審な白井さんの様子を照らし合わせると、彼女自身がイジメを受けている。もしくは他者へのイジメを認知している可能性が考えられた。
どちらの状況でも、白井さんへの精神的負荷は大きい。
それに、これは今日起きた事では無い。先日の朝会での一コマ、元気のない挨拶をしていた時には既に、この状況に陥っていた可能性がある。
彼女はずっと、我慢しているのだろう。それを周りに言わないで、平然を装っていたのは、周囲に心配を掛けたくない彼女の優しさか…。
だから、そんな白井さんの力になりたいと思い、声を掛けた蔵人だったが…。
結果は、ただ驚かせてしまっただけであった。
それもそうだろう。思わぬ方向からいきなり掛かった声だ。驚きもする。
しまったな。
蔵人は、基礎練の筋トレ中に深い息を吐く。
現在、蔵人はファランクス部での練習中であった。
林さんのお言葉に甘えて、部活動に参加させてもらっていた。
ただ、何かあるかもしれないので、携帯電話はマナーモードでポケットに入れさせてもらっている。
何かあったら、林さんから、林さんと同行してもらっている若葉さんから連絡が来る手はずになっていた。
この事は、部長も了解済みだ。
何かあったら、蔵人は練習を一時離脱する事にも許可を貰っている。
そんなことを考えながら、携帯を服の上から触っていたからだろうか。携帯が振動した気がした。
よくある現象だ。意識しすぎると、着信音が聞こえる気がしたり、こうして振動がある気が…。
いや、振動している。
しかも相手は若葉さんだ!
蔵人は通話ボタンを押しながら、訓練棟の出口へと駆けて行く。
その途中で足元に落ちていた無地のタオルを踏んづけてしまい、肩から床にすっ転んでしまった。
「もしも…うぉっ!ふべっ!」
幸いにも携帯電話は離さなかったが、電話口に情けない声を届けてしまった。
『だ、大丈夫!?巻島君?』
電話の先は、林さんであった。
心配そうな彼女の声が、余計に羞恥心を掻き立てる。
若葉さんはどうしたのだろうか?別行動…とは考え辛い。林さんの近くで白井さんの様子を見張っているのかな?
蔵人は林さんに「だ、大丈夫だよ。それで?」と話の先を促しながら、訓練棟を足早に出て行った。
〈◆〉
訓練棟に残された者達が、蔵人の慌てようを目の当たりにして、彼の出て行った出口を呆然と眺めていた。
「おい、今ボス転ばなかったか?」
「そうね。蔵人ちゃんにしては珍しいわ。普段なら、盾で中空でも姿勢制御しているのに」
「もしかして、くーちゃんの新しい訓練方法?」
「そんな訳あるかい」
「んなことよりもよ。ボスは大丈夫なのか?怪我とかして無いだろうな?」
「ホンマやで!そもそも、こないな所に物置いたりして…誰や、ちゃんと片付けんかった奴は!」
「ぼっ、僕じゃないよ!」
1年ズが集まり出して、厳しい顔色で互いに目配せする。
「なぁ、ボスがあんなに焦ってるってことは、余程の事が起きたんじゃないのか?あたし達も一緒に行った方が…」
「せやな。こういう時に役に立たんで、何が右腕や」
「ダメよ2人とも。練習をサボって着いて来たって分かったら、それこそ蔵人ちゃんがガッカリするわよ?」
今にも蔵人を追いかけようとする鈴華と伏見さんを前に、鶴海さんがさりげなく体で出口を塞ぎ、大きな瞳で2人を見上げる。
彼女の言葉を受けて、ぐっと息を飲む2人。
「た、確かにそうやな」
「でも、よぉ…」
困った顔でお見合いする2人に、桃花さんも向こう側を指さして言う。
「それに、先輩達が行かせてくれないよ」
桃花さんの指を追って見ると、鹿島部長を含めた2年生が心配そうに鈴華達を見ていた。
まさか追っていかないわよね?先輩達の顔にそう書かれているのは、鈴華でも読み取れた。
仕方がない。
そう肩を落として練習に戻る1年ズ。
その後ろで、叫び声が響いた。
「ああっ!!」
この世の終わりのような声を出しながらダッシュするのは、祭月さんだった。
彼女は駆け寄り、床に落ちていた何かを拾い上げる。
「誰だぁ!私のタオルを踏んづけた奴は!」
真っ白な生地に足跡が1つ付いたタオルを、これでもか!と天に掲げた祭月さんが、周りを非難めいた目で見回した。
そんな彼女に、
「「お前かぁ!」」
金と銀の雷が落ちた。
なんだか、大変なことになってきましたよ?
桜城の様なお嬢様学校でも、イジメがあるのでしょうか?
「お嬢様学校故に、起きることもあるだろう」
確かに、身分とか厳しそうです。以前の近衛さんみたいに。
「加えて、魔力絶対主義もあるからな」