227話~別にぃ~~
九鬼生徒会長との話し合い(物理)を終えた翌日。
早朝。
蔵人は朝食を取りながら、テレビでニュースを見ていた。
特に大きな事件は起きていない。いつも通り、小さな事故や全国のイベント特集などを報道している。
これも、特区ならではである。
大半の大事件は、事件が起こる前に予知能力で察知して、対策を講じているので大ごとにならない。
なので、起こるのは特区の外で起きる小さな物ばかりである。
それ故に、黒騎士のドーピング疑惑は広がり易かったのだろう。
たかが中学生の噂程度に、一時とは言えメディアも取り上げていた。きっと、話題が無くて場繋ぎ程度に使っていたのだろう。
だがそれも、今では話題にすら上がらなくなっていた。
一条様が大会運営に働きかけて、大山製薬が無実を証明してくれたからだろう。
お陰で、テレビの中で黒騎士の名前を聞くことは殆どなくなった。
…いや。
『…次のニュースです。先週行われた、横浜技術フォーラムにおいて、久我グループが支援をし、筑波大学と筑波中学性の一部生徒が共同して開発した異能力者専用パワードスーツ、グレイト・ダブル・ワンに注目が集まっています。このスーツは、従来のような選手の動きをサポートするだけの物ではなく、異能力の出力を自動的に調整することで、異能力の効率を格段に上げています』
キャスターが喋っている間に流れる映像に、つくば大会の決勝戦の様子もあった。
おいおい。こっちは映像の使用許可なんて…試合後に丹治所長が言ってたな。映像を研究に使わせてもらうと。
蔵人が思い出し苦悩をしている間にも、キャスターは嬉しそうに会場の様子を語り続ける。
『対戦相手の黒騎士選手は、数々のシングル戦大会を優勝しており、今回のU15における全日本でも優勝候補筆頭の選手です。その選手を相手に善戦を繰り広げるダブル・ワンに、日本だけでなく、世界が大きな関心を持っています』
おいおい。また誇張した情報を垂れ流しやがって。
色々と突っ込みたい衝動を胸の内で抑えながら、蔵人はリモコンを手に取り、番組を変えようとした。
だが、その途中で、その手を掴まれてしまった。
柳さんだ。
「すみません、蔵人様。私はもう少し、この番組を見させて頂きたいです」
「あっ、はい」
仰せのままに。
凄く良い笑顔を浮かべる柳さんに、蔵人は素直に従う。
しかし、こうして黒騎士の名前を堂々と出しても大丈夫な程、メディアは黒騎士の扱いを変えたらしい。
寧ろ、こうして黒騎士の名前がポンポン出てきてしまうのを見ると、炎上事件のせいで名前が広まったのではないか?とも思えてしまう。
炎上商法大成功じゃないか。まさか、ディさんはこれも見越していたりしないよな?
ちくしょう。
黒騎士の名前が広まることは、技巧主要論を広める上では避けられない道。
それが分かっていても、蔵人は苦い顔を隠せなかった。
それから少しして、蔵人は家を出て、学校へと向かっていた。
その手に有るのは、昨日渡された禍々しい装飾品。
それを見るだけで、昨日のお2人の言葉が蘇って来そうになる。
蔵人は慌てて、装飾品を袋の中に入れて、カバンの奥底に眠らせる。
取りあえず、高等部の文化祭が近づくまでは、会館に行かない方が良いだろう。
中等部の文化祭の方が近いし、そちらに注力しなければ。
蔵人は、辛い現実から逃れるように、飛行速度を上げるのだった。
学校に着いた蔵人は先ず、ファランクス部の訓練棟に行き、慶太と若葉さんと一緒に朝練を行う。
体育祭や炎上事件でお休みをしていたが、2人はその間も個人特訓を欠かさなかったみたいで、魔力の流れはとてもスムーズだ。
試しにユニゾンをやってみると、10分は余裕で活動できるようになっていた。
3人でこれなのだ。若葉さんとのユニゾンは、1時間くらいは余裕なのでは?
「そう言えば、日曜日に飛鳥井さん達から大会のお誘いがあったよ」
再び、3人が輪になって魔力循環をしている時に、蔵人がそう言って切り出す。
すると、2人の頭の上には〈?〉マークが浮かんでいた。
うん。若葉さんは2人に会った事ないから仕方ないけど、慶太よ。お前さん、忘れたな?
「チーム・スターライトの飛鳥井紅葉さんだよ。川崎フロスト大会で戦っただろ?俺達がアジ・ダハーカになって、負けた相手だ」
「おおっ!思い出した!あとちょっとだったよね?かるちゃん、すごく悔しがってたの覚えてる」
慶太が嬉しそうな声を上げる。
うん。日向さんの事は良く覚えているんだな。
「そう、そのスターライトの面々から、イギリスで開催されるツーマンセル戦のお誘いを受けているんだ」
「イギリスのツーマンセル戦ってことは、コンビネーションカップかな?それともパートナーシップ?」
若葉さんが上げた、パートナーシップというのは聞いたこと無いが、きっとコンビネーションカップと同様に、イギリスで有名なツーマンセル戦の大会なのだろう。
幾つもそのような大会があるとは、本当にイギリスではツーマンセル戦がメジャーなのだろう。
「コンビネーションカップの方だよ。何でも、11月の中旬に開催されるらしくてね。2人が良ければ、一緒に参加しないかい?」
後で調べたところ、コンビネーションカップの参加は1組5人まで登録できるみたいだった。
チーム戦やセクション戦のような公式戦だったら、予備戦力は認めらていなかったけれど、ツーマンセル戦はあくまでお祭りの要素が強いらしい。
なので、蔵人は2人を誘っていた。
その誘いに、慶太は嬉しそうな声を上げる。
「おおっ!イギリス!オイラ行きたい!海外旅行初めてだし、2人とも戦いたい!くーちゃんと一緒にリベンジマッチだ!」
「私も行きたい事は行きたいけど、費用はどれくらいするの?」
まぁ、それは気になるところだよな。
蔵人は困り顔の若葉さんに、しっかりと頷いて見せる。
「そういつは安心してくれ。巻島家で全員分の旅費を用意してくれるようになっている」
昨日の夜、蔵人は流子さんに電話で相談していた。蔵人達5人分の旅費を、借りられないかと。
すると、流子さんは直ぐに快諾してくれて、柳さんと護衛数人分の旅費も合わせて工面すると約束してくれた。
気前がいいなと、蔵人は怪しんだのだが、どうやら九鬼会長との一戦が響いている様だった。
どうも流子さんは、昨日の試合の様子を、蒼凍さんから聞かされたらしい。
長年ライバル関係にあった九鬼家を打ち負かした。それも、圧倒的強者であるAランクの全国選手を。
その試合風景を聞いた流子さんは『それだけ力があるのなら、海外遠征しても得る物は大きいでしょう』と上機嫌であった。
同じアクアキネシスを多く輩出している家だから、巻島家自体が九鬼家をライバル視しているのかも知れない。特に九鬼夜月会長は、九鬼家でも期待のホープとして大事にされているのだとか。
確かに、今まで見たどのAランクよりも、魔力量が多くて、感じる威圧もSランクに近い物があった。
それ故に、流子さんが期待してくれているのだろう。全員で百万以上かかる旅行費を、ポンと出してくれる程には。
期待大である。頑張らねば。
蔵人の返答に、若葉さんは困惑した顔のまま、上目遣いで問うてくる。
「えっと、甘えちゃって良いのかな?1人当たり云10万円もするでしょ?」
「いいさ。若葉さんの他にも、桃花さんや日向さんも誘って、同じような待遇にしたいと思っているから」
5人まで組めるからね。今現在でユニゾンが出来る人間全員を誘って、最大戦力で挑みたいと考えていた。
蔵人が鼻を膨らませる横で、慶太が不思議そうにこちらを見ていた。
「くーちゃん。かるちゃんは無理じゃない?もうそろそろ全日本の地区大会が始まるよ?」
「あっ…」
しまった。自分本位で考え過ぎていた。
彼女は、Cランクの期待の星だ。そんな人を、この時期に他大会へ誘うなんて出来る訳が無い。
ぐぬぬ。どうするか。他にユニゾン出来そうなのは海麗先輩だけど…彼女も同じ理由でアウトだ。
4人で行く?5人分の費用を出してくれることになってるし、誰か誘いたいが…。
蔵人が悩んでいると、ニヤニヤ顔の若葉さんが視界に入る。
…何でしょうか?
「だったらさ、ミドリンを誘わない?」
「鶴海さんを?」
確かに、それは良いな。
彼女とユニゾンは出来ないが、参謀として参加してもらうのは心強い。
何より、見聞を広めて貰って、彼女の糧にして貰うのはとてもいい考えだ。
来年のビッグゲームにおいても、彼女の力は不可欠だから。
「良い考えだ。彼女に声を掛けてみるとしよう」
蔵人が顔を上げて頷くと、若葉さんはより笑みを深くした。
うん?どうしたんだい?
「別にぃ~。蔵人君が凄く嬉しそうだからさぁ~」
うん。これはそっち方面に話を持っていこうとしているな。
それが悪いとは言わんが、変な方向で話が広がり、本人に迷惑を掛けてしまっては事だ。
蔵人は、意地悪顔の若葉さんに、しっかりと頷く。
「嬉しいよ。鶴海さんが来てくれたらね。相棒である慶太が参加してくれると言ってくれたことも嬉しいし、戦友であり、一番頼りにしている君が来てくれたら、もっと嬉しいんだ」
蔵人がそう言うと、若葉さんはキョトンとして、直ぐに顔を真っ赤にさせた。
急いで顔を隠そうとするけど、両手は今、蔵人と慶太によって握られているので、逃げ場がない。
今度は蔵人が、小さく笑って若葉さんを見る。
「さぁ。大会出場も決まった事だし。このままユニゾンを具現化してみようか」
「蔵人君の鬼ぃいい!」
若葉さんの叫び声が、訓練棟内に木霊した。
朝練が終わった蔵人は、朝のHRへと教室棟に向かう。
道すがら、すれ違う生徒達から挨拶を受ける。
「おはようございます、黒騎士様」
「黒騎士様。ご機嫌麗しく」
「風紀委員就任、おめでとうございます!」
一時は、ドーピング騒ぎによって鎮静化されていた挨拶攻撃だが、最近はまた復活し始めてしまった。
困ったものだ。
あと、最後に挨拶した人!誰がそんなデマを流している!
えっ?九条様?くそっ…外堀を埋めるつもりか…。
蔵人は足取り重く、1年8組へと到着する。
そして、扉を開けると、
「おはようございます!蔵人様!」
「黒騎士様!おはようございます!」
「「「「おはようございます!!!」」」」
教室にまだ入っても居ないのに、教室中から生徒達が挨拶を飛ばしてきた。
夏休み明けて直ぐと、同じ状況。
まだ炎上事件が起きてから10日も経っていないのに、既に桜城校内は以前の状態に戻りつつある。
これも、鈴華や広幡様達が動いてくれたからだ。彼女達が黒騎士の名誉を挽回してくれたから、こんなにも早く、黒い噂は鳴りを潜め、元の生活に戻ることが出来た。
本当に、有難い。
有難いのだが…。
蔵人は、若干硬い笑顔で、挨拶をしてくれた人達に向かって手を上げる。
「おはようございます、皆さん」
「きゃぁあ!今日は私を見て挨拶して下さったわ!」
「違いますわ!私を見て下さったのです!」
「私が手を振ったから、振り返してくれたんだよ?」
「私のこの笑顔のお陰だよ。君の為じゃないよ」
蔵人が軽く手を上げて挨拶し返しただけで、この反応である。
なんか、炎上前よりも悪化している気がするぞ?
蔵人は、そそくさと自分の席に体を埋めて、机の上に小さくため息を落とした。
皆さんが尽力してくれて、汚名を返上してくれたのは本当に有難い。
有難いのだが、もう少し静かなクラスのままでも良かったとも思えてしまうのだ。
不謹慎だとは思うのだが、炎上事件当初の頃の、みんなが余所余所しかった頃が懐かしく思えてしまう。
蔵人は、ため息の中にそんな思いも込めて、外へと吐き出す。
そうして、自分の机で時間を過ごしていると、いつもの班メンバーも登校して来る。
「おはようございます!蔵人様!」
「蔵人君、おはよー!」
「巻島君、おはようございます」
本田さん、桃花さん、林さんだ。
本田さんは、いつの間にか様付けが定着してしまった。
同じクラスの仲間なのだから、やめようとお願いした筈なのだがね。その方が呼びやすいのなら仕方がないか?
蔵人は桃花さんにも、コンビネーションカップの件を話す。すると、彼女も費用の面ではかなり申し訳なさそうな顔をしていたが、最終的には参加してくれる事になった。
よし。残るは鶴海さんだけだな。
蔵人が大会に向けてワクワクしていると。
「おはよー…」
元気のない声が、斜め後ろから飛んできた。
振り返ると、白井さんがそこに居た。
「おはよう、白井さん。元気がないね?どうかした?」
「うん?そう?うーん…ちょっと眠い」
そう言って、小さな口で大きなあくびをする白井さん。
夜更かしでもしたのかと思ったが、聞いてみるとちゃんと寝ているとの事。
そうではなくて、朝食を食べ過ぎたのだとか。
朝からご飯を3杯もお替りしたというのだから、流石は白井さんだ。
「血糖値スパイクは怖いからね。ご飯を食べる前に、サラダとかを食べると良いよ」
「うーん…スパイク?うーん…分かったぁ」
眠そうな目で、小さく頷く白井さん。
まだ若いから大丈夫だと思うが、歳をとると大変だからね。しっかりと食生活を見直そう。
蔵人はもう一度、白井さんのポケ~とした表情を見てから、前を向く。
この日は、ここで会話を終わらせた。
終わらせてしまった。
これにて、輪舞篇は終了です。
輪舞とは、大勢が手を繋ぎ、輪になって踊る事です。
「それから派生して、皆で力を合わせ、困難に立ち向かうという意味でもある」
炎上という困難に、皆さんで立ち向かって頂いたおかげで、随分と早く鎮火出来ました。
本当に、ありがとうございました!
「……」