225話~放てっ!~
「始め!」
審判の合図と共に、蔵人は前へ出る。
何時もなら相手の攻撃を待つ蔵人だが、今回の相手は動けない近接型だ。それに、久しぶりの格上の相手。
手をこまねいていては、勝ちへの道筋も見えてこない。
「せいっ!」
素早く九鬼会長との距離を詰め、正面から拳を振るう。
真っ直ぐに撃ち出した拳が、会長の顔面へと迫った時、蔵人の拳の前に水の膜が現れた。
蔵人の拳は、その膜に突き刺さり、勢いを殺されてしまった。
ポチャン…。
水の膜が、涼しい音を奏でながら揺れる。
やはり、彼女はアクアキネシスだったか。
彼女の苗字を聞いた時から、その予想はしていた。
「ほぉ。なかなか切れのある攻撃だ」
会長が小さな笑みを浮かべる。
随分と余裕がある表情だ。
こちらの攻撃を見ても、一切動く気配が無かった。
こちらの力を見定めてくれるつもりか、はたまた、手を出すまでもないと思われているのか。
どちらにせよ、もっと攻めねばなるまい!
蔵人は地面を蹴り、彼女の背後に回る。
そのまま、彼女の胴体に向けて回し蹴りを放つ。
だが、その攻撃も、彼女の水クッションに防がれてしまう。
蔵人は諦めず、彼女の死角となりそうな場所に、繰り返し攻撃を加える。
その全てを、防がれてしまった。
うん。なかなかの防御力。それに、死角すらカバーできる広い視野。
流石はU18の全日本選手だ。
蔵人が内心で、会長の実力を認めていると、彼女も幾分表情を引き締めて、小さく呟く。
「なるほど。これはかなりのスピードだ。アオイ君が自慢するだけはあるな」
蔵人の猛攻に、会長は変わらず真っ直ぐに立ち、刀の柄頭に両手を置いてこちらを見ていた。
試合前とは違い、随分と鋭い目になってはいるが、まだまだ余裕そうだ。
彼女にとっては、俺の攻撃など朝飯前なのだろうな。
蔵人は拳に纏っていた龍鱗を二重にして、更に速い速度で拳を叩き込む。
すると、水のクッションから小さな水の粒が分離した。
その分離した水は、少しの間空中に漂うと、急に蔵人へ向けて飛んできた。
蔵人はそれを、龍鱗を纏った腕で弾き返す。
それを見て、会長の目が更に鋭くなる。
「今の攻撃を素手で弾く?身体強化系か?いや、話ではシールドと聞いているが?」
話?黒騎士の噂ということか?
いや、先ほど彼女が出したアオイという人物。もしもそれが、巻島蒼凍…流子さんの娘さんだとしたら…。
彼女にも、ある程度の情報を把握されていると思った方が良い。
蔵人がそう考えていると、会長の周囲に水弾が生成され、それが一斉に飛んできた。
蔵人は、水晶盾を前面に張り出して、その一斉攻撃を受ける。
オリビアさん並みの攻撃力だ。
蔵人は盾をランパートに切り替えて、その猛攻を受けきった。
それを見て、会長が首を傾げる。
「これがシールド?これが、Cランクだと言うのか?」
彼女の問いに、蔵人は無言で拳を返す。
それを、会長は水のクッションを出して防ごうとする。
だが、蔵人の拳は、それを貫通した。
「なっ!」
九鬼会長は目を開き、慌てて刀を掴み、その白銀に輝く刃を構える。
それに、蔵人の拳がぶち当たった。
ギィイイイン!
金属同士が削り合う音がして、水の刃と蔵人の拳が鍔迫り合いを繰り広げた。
会長の目が、蔵人の拳を鋭く射抜く。
「回転する、拳だと?」
「然り。これが私の異能力です」
蔵人の拳は、回転する盾、螺旋盾に包まれていた。
この螺旋盾の貫通力を前にして、会長の水クッションでは耐えきれなかったのだ。
そして、彼女の刀は徐々に、蔵人の拳に押されて、
「そうか。これが君の力ということか。ならばっ!」
押されない。
白銀色に輝いた刃が、堂々と流れる水の刃となり、蔵人の拳を押し返し始めた。
「私も少し、力を見せてやろう!」
彼女は再び、笑みを浮かべる。
だがその笑みは、試合前に浮かべていた余裕の笑みではない。
獰猛な、戦士の笑み。
蔵人が浮かべる笑みと。同種のものであった。
それに、蔵人も笑みを返す。
「素晴らしい、力だっ!」
回転する拳と、空気を切り裂く水の刃が拮抗する。
踏み込む蔵人の足が、土を掻いて押し込もうと必死になる。
それに対し、会長の足は地面を踏み締め、耐えるだけだ。
その場から動けない。それは、想像以上に大きなハンデとなっている。
それでも、
「はぁああああ!」
彼女は耐える。
蔵人の拳を刃で受け止め、勢いをつけて弾き飛ばし、蔵人がバランスを崩した隙を狙って斬りつけようとする。
その斬撃を、蔵人も拳の銃弾によって迎撃する。
フィールドのど真ん中で、両者足を止めての攻防が繰り広げられる。
一歩間違えれば、いや、半歩間違えれば大怪我を負うだろうそのせめぎ合いは、互いの力量が均衡するが故に続く、危険な舞踏。
試合開始時、歓声を上げていた観客達は、2人のその様子に息を呑んだ。
「凄い…あの生徒会長と、殆ど互角じゃない」
「いいえ。まだよ!まだ会長は、本気を出していないわ」
「だとしても、彼は、黒騎士君はCランクだよ?Cランクで、彼女とこれ程まで渡り合える人が、今の桜城にいる?」
「全国で探したって居ないよ…」
「やっぱり、黒騎士がドーピングしたって噂は、デマだったんだ…」
観客達が、黒騎士の強さに舌を巻く中で、蔵人は会長が放った大技を受け止めきれず、数m後退する。
構え直し、再び会長に向けて飛び掛かろうとした蔵人に、会長が水の刃を向けて来た。
「私のこの秘剣、大瀑布の斬撃を受けてもなお挑むとは、流石は巻島の姓を名乗るだけはあるな」
「それは…お褒めに預かり、光栄です」
蔵人は少し躊躇しながらも、礼を述べる。
躊躇ったのは、巻島の姓を褒められたからだ。
今まで、そのような事は無かった。
このお嬢様学校において、巻島家は一般人に毛が生えた程度の家柄であった。
それなのに、まるで有名どころの名家の様に扱われ、蔵人は足を止めて構えてしまった。
そんな蔵人の戸惑いを感じ取ったように、会長は目を細める。
「君の親族に、巻島流子という方がいるだろう。その方から、君も異能力を習っていると聞くが?」
「えっ、ええ。流子さんが立ち上げた異能力スクールの合宿に、何度か参加させて頂いていますが…」
流子さんの名前が出たことに、蔵人は眉を顰める。
反対に、会長は口元を緩めて、笑みを作る。
「やはりそうか。あの方の教え子ならば、これだけ強い事にも納得がいく。流子殿はとても強かったと、私の母から聞かされているからな」
「九鬼会長のお母さま、ですか?」
「ああ、そうだ。私の母、九鬼詩月と流子殿は同級生であり、良きライバルであったのだ」
なるほど。だから、巻島の姓に過剰反応されていた訳ね。
蔵人が納得している先で、会長は笑みを消し、蔵人に突き出していた刀を上段に構えた。
「流子殿の教え子が相手であるならば、私もそれ相応の力を見せねばなるまい!」
そう言うが早いか、会長が構えた刀の刃が分解され、大量の水が蔵人に殺到した。
蔵人は、咄嗟に盾に角度を付け、その水を割るように防御したが、水流は一向に収まる気配を見せない。
それどころか、割った水が蔵人の周囲を囲み、呑み込まんとうねりを上げていた。
このままでは、水に捕まり溺れてしまう。
蔵人は、前面の盾をそのままに、体を纏っていた盾を背中に回し、体を浮かせる。
そのまま、5m程上空へと逃げた。
その途端、蔵人が飛び立った場所にも水が流れ込み、大瀑布からの水鉄砲を防いでいた盾が呑み込まれて消えてしまった。
後、数秒遅ければ、自分もその中に取り込まれ、溺れていただろう。
まるで洪水の様な有様となったフィールドを見渡し、蔵人は冷や汗を流す。
その元凶は、洪水の中心部に居た。
変わらず、その場から動かない会長。白銀色に戻した刃を地面に突き立てて、刀の柄頭に両手を置いて仁王立ちとなる。
すると、彼女の周りに留まっていた大量の水が、彼女を中心に集まり、うねりだした。
まるで、津波が起こる前の引き潮だ。
蔵人の足元にあった水も、彼女の元へと殺到し、彼女は濃厚な水の渦に呑まれていった。
と、思った次の瞬間。会長の体が渦の中心から浮き上がり、水面上で仁王立ちとなる。
きっと、アクアキネシスを操ると、水の上でも立てるのだろう。
その証拠に、彼女の体は全く濡れておらず、長い黒髪が風に靡いて横に流れた。
彼女の鋭い目が、カッと見開かれる。
「見せてやろう!我が力の集大成!」
彼女の周囲で渦を巻いていた洪水が、更に彼女の足元へと集まりだす。
その莫大な水量が圧縮され、白銀に輝く巨大な物体が形成される。
その大きさは、長さ30m、高さ5m程。フィールドの半分近くを隠す程の大きさだ。
その水の塊から、幾つもの長い筒が生まれる。
「出でよ!我が異能力の最終形態にして最高戦力!」
彼女の鋭い瞳が蔵人を睨み上げ、その三日月に笑う口元から、白い歯が覗く。
生成した物体に突き立てていた刀を引き抜き、こちらへと刃を向ける。それと同時に、生成された筒が更に進化し、凶悪な兵器へと変貌した。
それは、大砲だった。
人間よりも遥かに大きな砲台が、蔵人へと照準を合わせてきた。
そして、次の瞬間、
「主砲!30.5cm連装砲!放てっ!」
ズドンッ!ズドンッ!
主砲から水しぶきが吹き出し、そこから極大の水弾がこちらへと飛んできた。
人間大の水砲弾。
ガード?出来る筈がない!
蔵人は瞬時に判断し、回避行動を取る。
すると、
ビュゥンッ!という風切り音と共に、体のスレスレを飛んで行く水弾。
余りの威力に、蔵人の体に纏わせていた龍鱗が、掠った部分がごっそりと持っていかれた。
何と言う攻撃力。
これは、クイン・ランパートじゃないと防げない。そして、クインを出してしまうと、推進力を維持できない。
ならば、こちらから攻め続けなければ!
蔵人は宙がえりをして、会長の乗る物体…戦艦を視界に捉える。
次を撃たれる前に、あの主砲を先ずは潰す。
そう、心を決めた矢先、
「第二射!撃てぇっ!」
ズドンッ!ズドンッ!
振り返った瞬間に、またもや主砲が水の火を噴いた。
は、早っ!
なるほど。本物の砲台でないから、クールタイムも必要ないのだ。
蔵人は慌てて横へと逃げて、主砲の脅威から逃れようとする。
「副砲、対空砲!全砲門一斉射!航空機を撃ち落とせ!」
その蔵人を、戦艦の砲台達が執拗に追い掛け回す。
主砲だけでなく、副砲の15.2cm単装砲や、25㎜単装機銃が無数の弾幕を打ち上げ、蔵人に振り向かせる隙すら与えない。
その姿は、まるでハリネズミ。小鳥一匹通さない、最強の弾幕であった。
遠くへ逃げたいけれど、シングル戦の規定でフィールドから外に出ることは出来ない。高度も、20mが最大だ。
その範囲は、正に相手の射程圏内。
逃げ場なし。打つ手なし。
ならば、
「先人達に習って、魚雷攻撃よ!」
蔵人は高度を一気に下げて、地面スレスレで飛ぶ。
確かに、射程がバカ長い戦艦の砲撃だが、その利点とは逆に、近くの敵には滅法弱くなる。
史実でも、戦艦は航空機からの爆撃や潜水艦の魚雷攻撃に苦労していたのだ。同じように、水面下からの攻撃には弱いだろう。
そう思って、船体に近づく蔵人であった。
だが、
戦艦に取り付けられた砲台の一部が、こちらに角度を合わせて来た。
…なにっ!?
「対水雷艇砲!撃てっ!」
ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!
蔵人に向けて、野球ボール大の弾丸が無数に飛んできた。
前に貼っていた水晶盾が、一発で大穴を開けて消え去った。
溜まらず、蔵人は急上昇して逃げる。
逃げる際に、無数の対空砲が蔵人の行く手を阻む。
必死に回避行動を続けるも、逃げ帰った蔵人の装備はボロボロとなり、息は切れ切れであった。
「くそっ。7.6cm単装砲も、装備してるだとっ。こいつは、三笠か!」
25㎜単装機銃が多数装備されているので、てっきり戦艦大和かと思っていた蔵人。
でも、よく考えれば、この世界に大和があるはずない。そう考えれば、戦艦三笠がモデルにされているのは納得のいく話だ。
蔵人は白銀の三笠を見下ろす。
その甲板には、こちらを真っ直ぐに睨み上げる九鬼会長の姿が見える。
変わらず、真っ直ぐに立つその姿は、歴代の艦長を思い起こす程の威厳がある。
流石は九鬼家の末裔。水軍のスペシャリストか。
さて、ではどうするべきか。
蔵人は考える。
上空からの攻撃は、対空砲の餌食となるので不可能だ。船底からの攻撃も、単装砲によって迎撃される。
ならば、地下はどうか。
確かに、地下ならば攻撃手段も限られてこよう。だが、それは自分も同じ事。地下に潜ってしまえば、会長が見えなくなる。
もしも、会長が移動してしまえば、地下からの攻撃は当たらない。
では、これならどうだろうか?
蔵人は思考の海から浮上し、再び地上スレスレから戦艦三笠へと急接近する。
それに、三笠は容赦のない砲撃を繰り広げる。
蔵人を落とさんと、無数の水弾が芝生を削り、地面を穿つ。
だが、次の瞬間、
攻撃がピタリと止んだ。
甲板で仁王立ちになる九鬼会長が、目を見開いた。
「なっ!」
そう、短く唸った彼女の視線の先には…。
〈◆〉
九鬼夜月は、巻島少年の行動を見て動揺していた。
高速でこちらに飛行していた彼が突然、地面に降り立ったからだ。
速度で攪乱し、弾幕の嵐を掻い潜り、千載一遇のチャンスを掴み取る。
それが、この試合に勝つための唯一の負け筋だと、夜月は警戒していた。
先ほどの船底からの急襲は、なかなかに肝を冷やしたものだった。
空を飛ぶ相手用に生成した砲台達だったから、地面の敵に対しての準備が出来ていなかったのだ。
もしもあそこで、巻島から遠距離攻撃を受けていたら、多少の損害を被っていただろう。
彼が近距離型で助かった。お陰で、接近する前に対地用の砲台を拵える時間ができ、何とか撃退することが出来た。
そして、また先ほどと同じように、地面スレスレで接近を試みた巻島は、今は完全に地面へと降り立ち、こちらに向けてCランクの盾を構えた。
いや、クリスタルシールドにしては、やけにぶ厚い様に見える。何せ、向こう側が全くみえない程に透明度が落ちているから。
それだけ、シールドを重ねているという事だろうか?
夜月は、このシールドへの攻撃を躊躇った。
相手が少年で、戦艦を相手に小さな盾で挑んでいる事に慈悲の心が沸いた…というのも多少はある。
だが、多くは巻島の事を警戒しての事だった。
彼は強い。彼の異能力は、夜月が理解できる範疇を大きく逸脱していた。
生徒会室での弁論も、後ろで隠れる風紀委員の貴族共が可愛く思える程に弁が立っていた。
幼気な少年かと思って優しく手を出したら、見事に嚙みつかれてしまった。
この試合においても、当初想定していた展開とはまるで違う次元の戦いとなってしまった。
試合前、同じ巻島家である書記の蒼凍君に話を聞いたところ、巻島蔵人はCランクのシールドという事だった。
それならば、盾の1,2枚を軽く切り裂いてやれば、自分の無力さを知って引き下がるだろうと、夜月は考えていた。
だが、実際の夜月は追い詰められている。
攻撃は尽く防がれ、大瀑布だけでは彼の攻撃を受け止めることすら叶わなかった。
とうとう、十八番まで出してしまい、それでも仕留め切れていない。
第一、シールドで空を飛ぶんじゃない!しかも、素早過ぎて、設置した対空砲20門が全く当たる気がしないぞ…。
夜月は、巻島蔵人を警戒していた。
これだけ非常識な力を見せつける彼が、有利となっていた航空戦術を捨ててまで地上に降りた意味を、見出そうとしていた。
なんだ?何をする気だ?時間稼ぎ?だが、まだ試合は4分以上残っている。これ程の時間の中、私の主砲を防ぎきれる筈もなく、仮に防ぎきっても判定で負けるぞ?
何が目的だなのだ?と、夜月はシールドの向こう側を見透かそうと、目を更に鋭くする。
と、その時、
カンッ!と、船底から小さな音が響く。
なんだ?何の音だ?
夜月の中で、不安が膨れ上がる。
そして、それを噛み潰すように、歯を食いしばる。
十中八九、彼の仕業であると判断して、こまねく手を前へと突き出した。
「主砲!放てっ!」
ズドンッ!ズドンッ!
極大の水弾が、弧も描かずに真っすぐシールドへと突き進み、着弾する。
余りの威力に、シールド周囲の地面がめくれ上がり、土煙が舞う。
しかし、土煙が収まると、そこには変わらずシールドが直立していた。
主砲の直撃を受けたシールドは、表面を削られながらも、健在であった。
「ばっ!」
バカなっ!
そう叫びそうになり、夜月は慌てて口を噤む。
自分の誇る最大火力でもってしても、巻島の防御を崩せないのかと、驚愕と羞恥の念が入り乱れた。
いや、違う。
夜月は再び、右手を真っ直ぐに突き出す。
自分の力はこの程度ではない。この戦艦の強みは、一撃の威力ではないのだ!
「第二射、装填!放てっ!」
この戦艦の強みは、砲身の過熱を気にせずに撃てる、連射性なのだ!
「撃て!撃てぇえ!」
夜月は声を張り上げて、艦艇の全砲門に休みない砲撃を指示する。
轟音を響かせながら、船体から無数の水弾が放たれる。
その余りの威力に、膨大な重量を内包する船体が、砲撃の反動によりゆっくりと後退し始める。
「はぁ、はぁ…」
砲撃を一旦止めた夜月は、息を乱しながらも鋭い視線はそのままに、濛々と立ち込める土煙の中を射抜き続けた。
そして、視界が開ける。
その目が捉えたのは、
跡形もなく消え去った盾の跡地だけであった。
「ふっ」
夜月は鋭かった視線をやわらげ、張っていた肩を少しだけ降ろす。
彼が立っていたであろう跡地は、今や塹壕跡の如く、そこら中に大穴が開いていた。
あれだけの砲撃を喰らったのだ。盾1枚では防ぎきれずに、貫通してしまったのだ。
恐らく、彼は盾を貫通されたと同時にベイルアウトされただろう。
直ぐにも、主審が試合結果を公表するだろう。
そう思った夜月は、フィールドの端でこちらを凝視する主審の方を見た。
だが、彼女は一向に、試合終了の合図を行わない。
何を迷っている?試合の結果が分からないのか?
いや、
夜月は顔を強張らせ、視線を元の位置に戻す。
巻島少年が居た場所。そこを注視する。
そこには、周囲よりも深い塹壕跡が残されていた。
砲撃の集中砲火を喰らたのだから、周囲よりも抉れて当然。そう思っていた。
だが違う。それにしては、余りにも穴が深すぎる。
まるで、何かで掘削したかのような…っ!
夜月が何かを察したと同時、
ギュィイイイイイン!!という轟音が、艦底から響いた。
九鬼会長の異能力は、まさかの戦艦…。
「岩戸の藤浪選手は八岐大蛇であったが、その精度の上を行く技能だな」
流石は、U18の全日本選手ですね。
そんな相手に、主人公は何をする気でしょうか?
イノセスメモ:
戦艦三笠…日露戦争、日本海海戦で連合艦隊旗艦を務めた戦艦。全長131.7m、喫水(水に沈む高さ)8.3m。主砲4門、副砲14門、対水雷艇砲16門に加え、魚雷発射管を4基、最高速度18ノットという、竣工当時最強の戦艦であった。現在は神奈川県横須賀市の三笠公園に記念艦として現存している。