224話~貴女を恨ませて頂きます~
ファランクス部員が、桜城高等部の文化祭警備を手伝います。
その蔵人の意見は、結局のところ保留となった。
理由は、
「貴方の申し出は有難いですが、生徒会が許可を出すかは微妙な所です」
近衛様が言うには、これも生徒会から反対があるかも知れないとの事だった。
「後輩搾取だ!」と、件の生徒会長に怒られる恐れがあると近衛様は苦い顔をされる。
絶対の権力を持つ大財閥。その子女が集う風紀委員を、ここまで萎縮させる生徒会長。
全日本優勝候補というのは、それ程の影響力があるのかと、蔵人は懐疑的であった。
同時に、その生徒会長の意図にも疑問を抱く。
何故、ここまで風紀委員を困らせるのだろうか?文化祭を成功させたいのなら、互いに協力関係を築くべきであろう。それなのに、一方的な要求ばかりを送り付ける生徒会。
もしかして、風紀委員に恨みでもあるのか?もしくは、一般の生徒達に配慮していたりとか?
確かに、風紀委員は上位貴族の子女だけが入れる高級クラブの様なものだ。
その強すぎる選民思想を見て、風紀委員を敵視する生徒もいるかもしれない。
だが、それを生徒会長ともあろう人がするだろうか?
蔵人が、生徒会の内情を推測していると、近衛様と二条様が出口へと足を向けた。
今話し合った結果を、生徒会へ報告しに行くらしい。
蔵人は、お2人の背に声を掛けた。
「私も、同行させて頂けないでしょうか?」
「貴方も?」
「はい。後輩搾取と言われる可能性があるのでしたら、その当事者が居た方がよろしいかと」
警備の件は風紀委員からの依頼ではなく、ファランクス部の意志であると伝えなければならない。
先ほど、西園寺先輩が部長に連絡を入れてくれて、部長の許可も取れている。なので、是非とも風紀委員を手伝いたいという意思を伝え、頭でっかちな生徒会の頭を縦に振らせなければならない。
その、蔵人の熱意に、
「分かりました。ですが、向こうの会長を見て無理だと思ったら、私の背にでも隠れていなさい」
近衛様は諦めたように、そう言った。
そんなに怖い人なのかな?
そう思って、蔵人は生徒会室に赴いた。
のだが、
「だめです」
静かに放たれた言葉に、近衛様達は息を詰まらせ、蔵人も眉を寄せた。
蔵人達は今、高等部教員棟2階の生徒会長室に来ていた。
蔵人達の目の前には、生徒会長用の立派な椅子に座り、重厚なデスクに両肘を着いた女子生徒が座っている。
肩まで伸ばした長い黒髪がサラリと流れると、髪の裏側が深い群青色であるのが目に入る。
端正な顔立ちの中に、目力の強い二重の眼がこちらを縫い付けるように睨み付け、キリリと整った太い眉毛が訝し気に中央へと寄った。
なるほど。これは確かに威圧感が凄い。感じる圧は氷雨様以上だ。
まさか、Sランクじゃないよな?
これでは、普通の生徒達が臆するのも無理はない。
「何故でしょうか?九鬼生徒会長。中等部生に任せるのは、危険でないエリアだけを考えていますのよ?」
近衛様が、威圧の中を掻き分けて、何とか意見を返す。
すると、生徒会長は小さく首を振る。
「先ず、後輩に荷を負わせるのはいただけません。この文化祭は、我々桜城高等部生の催しです。高等部生の力を合わせて成功させることに意義があるのです。そこに、外部からの援助ならまだしも、後輩の手を借りて成功させたとあっては、桜城の名折れ。そうではありませんか?」
「それはっ、拡大解釈と言う物です。文化祭の規律の何処にも、そのような事は書かれていませんわ」
近衛様が顔を青くして反論するものの、生徒会長は、また静かに首を振る。
「我々が読むことの出来る文章には書かれていないでしょう。ですが、学校が求めているのはそう言う生徒像ではありませんか?我々を見ている多くの大人達は、我々が困難に陥った時に見せる行動に、目を光らせているとは思えませんか?我々は常に試されている。学校に。社会に。それは、貴女方風紀委員の方々でしたら、特にご存じの事と思いますが?」
「……」
座りながら睨み上げてくる生徒会長に、近衛様は怯えた目で、ただ彼女を見下ろすだけである。
反論する言葉を探しているのかな?それとも、反論するだけの精神力を蓄えているとか?
どちらにせよ、時間が必要。であれば、その時間を作らせてもらおう。
近衛様と二条様の後ろに控えていた蔵人は、お2人の横に進み出て、小さく手を挙げる。
それを、九鬼会長の目が留める。
「うん?君は誰だい?」
「初めまして、九鬼生徒会長。私は桜城中等部1年、巻島蔵人と申します」
「1年生の、巻島…巻島かぁ」
うん?巻島の姓に反応したぞ。巻島と何か因縁でもあるのか?
蔵人がお辞儀から顔を上げると、九鬼会長は蔵人達ではなく、左の方を見ていた。
そちらには、隣の部屋へと行き来するドアがあった。
確か、そちらは生徒会メンバーの控室兼会議室となっていると聞いている。
そちらを見ているという事は、生徒会メンバーに巻島家と縁がある人間がいるのかな?
蔵人が、九鬼会長の視線の先を追っていると、会長は「いや」と言って思案顔を引っ込め、少しだけ頬と目じりを緩めた。
「巻島君だな。今日は態々どうしたのだ?高等部の見学にでも来たのかな?今は皆、文化祭に向けた準備で忙しくてな、余り相手にして貰えないだろう。文化祭の当日であれば、君達中等部生を招くイベントも考えているから、是非、その時にもう一度、遊びに来てくれないか?」
「ありがとうございます」
蔵人は再び、小さく頭を下げる。
先ほどまでの威圧は何処かに吹き飛び、只々優しいお姉さんといった雰囲気を醸し出す九鬼会長。
なるほどな。これが表の顔なのか。
そして、先ほどまで風紀委員に見せていたのが、裏の顔。
余程、風紀委員がお嫌いと見える。
蔵人は顔を上げて、今も優し気に微笑む九鬼会長を真っ直ぐに捉える。
「ですが、私は見学の為にお邪魔している訳ではございません。先ほど近衛様が仰っていた、中等部生による警備の許可を頂きたく、こうしてお2人に同行させて頂きました」
「ほぉ…それはそれは、可愛らしい警備員さんだ。君が当日、私達を守ってくれるのかな?」
完全に、そうとは思っていない顔で微笑む九鬼会長。まるで、背伸びする子供を見守るお母さんだ。
そんな彼女に、蔵人はしっかりと頷く。
「微力ながら、皆様の助力に成れるのならと思い、馳せ参じた次第です」
「…ふむ。そうか…」
九鬼会長が笑みを作ったまま目を瞑り、暫くジッと何かを考える。
そして、いきなり目をカッと開けた。
瞬間に、先ほどよりも強い威圧が飛ぶ。
その矛先は、蔵人の横。
「このように幼気な少年を誑かすとは、貴女方は血まで金で出来ているのですか?」
「「うっ…」」
余りに強い威圧と眼光が降り注ぎ、近衛様達が半歩後退した。
何て鋭い気迫だろうか。
蔵人も一瞬息が苦しくなったが、何とか半歩前に出て、お2人を背中に隠す。
「九鬼様。私は何も、強要されてここに来た訳ではございません。風紀委員に頼まれた、という事ですらないのです。私は私の意思でここに居ます。私が心無い言葉で傷つけられた時、ここにいらっしゃる二条様を始めとした、風紀委員の方々に助けて頂いたのです。故に私は、何か風紀委員の皆様のお役に立ちたいと思い、このお話に立候補させていただいた次第です」
蔵人は言葉を切り、九鬼会長を見る。
彼女は、少しだけ眼光を抑えた目で蔵人を見上げる。
睨む程ではないが、十分に強い目だ。
その目が語る。先を話せと。
蔵人は再び、口を開く。
「九鬼様。先ほど貴女は言われました。高等部の生徒がどのような対策を取るかを、大人達が評価していると。それであるならば、私達中等部生がお手伝いするという行為は、何ら問題がありません。何故なら、私が手伝いたいと思う程に、風紀委員の方々には人望があり、それだけの徳を積まれてきたという証拠だからです。それは、貴女の言われる評価にはなりませんか?」
「ふむ…人を惹き付ける魅力がある、という事か」
「はい。また、我々中等部生を警備に参加させていただくことで、如何に指導し、文化祭を成功へ誘うかという統率力を試すことにも繋がります。それは決して、桜城の名折れなどではなく、誉ではないかと、私は思います」
「ふむ…」と言って、再び熟考へと入った九鬼会長。
蔵人の後ろで、お2人の緊張した様子が伝わって来る。
やがて、九鬼会長が顔を上げる。
眼光は、もう優しさを含んではくれないみたいだ。
「確かに、お貴族様であるならば、統率力を問われることもあるだろう。だが、今問われているのは、文化祭での人員配置ではないか?高等部生の為の文化祭は、高等部生の間で解決するべき事柄だ。中等部生の文化祭においても、高等部生に口出しされたくは無いだろう?」
鋭い会長の視線に、蔵人も幾分鋭くした視線で迎撃する。
「なるべくご自身達のお力で成し遂げたい、そう思われるお考えは素晴らしいものと存じます。ですが、それを仰るならば、予算の話も一緒ではないでしょうか?生徒会は繰り返し予算の増額を迫られているとお聞きしましたが、生徒会に渡された最初の予算の中でやりくりする必要があると、今の話を聞いたら思えます。お金を掛ければいい物が出来るのは当たり前です。お金を掛けずにいい物を作る。これこそ学生らしい行いであり、大人達が観たいと思う学生の姿ではないでしょうか?」
蔵人の反論に、この時初めて、九鬼会長の威圧が減退した気がする。
彼女は、鋭さを残した目で、蔵人を睨み上げる。
「生徒会とて、経費削減を意識するように生徒達に呼び掛けている。そして、生徒達も出来得る限りの努力をしているのだ。だがな、彼女達にはやりたいことが多いのだ。これまで風紀委員に押し留められていた分、彼女達には多くの望みがある。私はそれを、なるべく実現させてやりたい。その分の費用を工面するのは、そうさせた風紀委員の贖罪であり、如何に資金を準備できるのかも、お貴族様にとっては大事な技能の一つとは思わんか?」
なるほどね。今までのパワーバランスで言うと、生徒会側が譲歩していたと。
だが、今までの鬱憤を、今の風紀委員に清算させるというのはナンセンスだ。
「九鬼様。それでは風紀委員との確執を生みかねません。彼女達は今、無理矢理にでも資金を捻出しようとされています。これ以上の予算増額は、来年以降の風紀委員との関係を悪くする一方です。いえ、風紀委員だけではありません。資金を提供してくれていた各オーナー様達も、来年以降は出資を渋るでしょう。そうなれば、来年以降の文化祭は質素なものになりますよ?もしも私が高等部へ進んだ際、貴女の行いで文化祭が縮小していたら、申し訳ございませんが、貴女を恨ませて頂きます」
蔵人の冷静な物言いに、しかし、九鬼会長は静かに目を閉じて、頬から一筋の汗を垂らす。
彼女の威圧が殆ど無くなり、後ろに居たお2人が、蔵人の横に移動してくる。
3人が見つめる中、九鬼会長はゆっくりと目を開ける。
「君の言い分は一理ある。今回の文化祭は少々、費用を掛け過ぎた。新たに申し出て来た企画については、もう一度生徒会の中で話し合うとしよう」
「ありがとうございます」
蔵人が頭を下げる横で、お2人が安堵の吐息を漏らす。
「まさか、こんなことに…」
「流石は黒騎士様ですね」
二条様は流石と言ってくれますが、かなりゴリ押しですよ?
安堵するお2人。そこに、再び鋭い目を向ける九鬼会長。
「ですが、警備の話は別です。高等部生の間だけで解決する必要があります」
「なんと…」
「頭の固い…」
お2人が漏らす声に、九鬼会長が静かに首を振る。
「これは別に、評価云々の話だけで申しているのではありません。実際問題、中等部生に警備などさせられますか?アトラクションで放った異能力が、誤射して彼らに当たったらどうします?モラルが欠けた来客にイタズラされたら?気が大きくなった高等部生に絡まれたら?桜城はセキュリティも万全で、万が一でもそう言う事が起こらないようにしています。ですが、億が一で起きたらどうされます?トラブルに中等部生が巻き込まれたら、高等部生が巻き込まれるのとは比べられない程に責任が重くなりますよ?」
うむ。それはもっともな意見だ。
少々屁理屈にも聞こえるが、それだけ中等部生を預かるというのは責任が伴うという事。特に、高等部生のイベントで中等部生に被害が出たりしたら、世間的にもややこしくなるだろう。
彼女がそう思うのはもっともなのだ。それと言うのも、蔵人達が中等部生だから。
彼女の中では、ただのひ弱な中等部生と映っているから。
信頼が無いのだ。
今の、蔵人では。
蔵人は再び、手を上げる。
九鬼会長が、不思議そうにこちらを見る。
「うん。何だ?」
「はい。九鬼様が安心して我々に警備を任せて頂けるように、ここは一つ、私の実力を試して頂けないでしょうか?」
「試すだと?何をする?一緒に校内でも周って、警備員ゴッコでもするか?」
どうやっても証明できないだろうと、こちらに挑戦的な目を向けてくる九鬼会長。
そんな彼女に、蔵人は微笑みかける。
「私と九鬼様、一対一での異能力戦を執り行って頂きたく思います」
場所は変わって、屋外。高等部の第一競技場。
蔵人は高等部のファランクス部から鎧を借りて、芝の感触を確かめていた。
背番号は33番。
奇しくも、地区大会の時に着た鎧と同じ背番号である。
そして、蔵人の目の前には、同じ白銀鎧に身を包んだ九鬼会長が立っていた。
背番号は堂々の1番。
桜城高等部の2年生でありながら、既にシングル部の頂点に君臨している強者だ。
彼女の手には、一振りの刀が握られている。
その刀には、海が凝固したように青く美しい刀身が輝いており、太陽の光すら切り裂いて輝く。
彼女は、その刃先を地面に突き刺し、柄に両手を掛けて真っ直ぐに背を伸ばしていた。
凛々しい。
そう、周囲の観客から声が漏れ聞こえる。
そう。何故か蔵人達は、大勢の観衆に見られている。
別に、試合を公表した訳でもないのに、高等部生達が集まって来てしまったのだ。
これも、生徒会長が人気者だからかね。
「「「黒騎士さまー!!」」」
おっと、俺目当てで来てる人も居るのか?
酔狂な人達だ。
蔵人は狼狽しながらも、声を掛けられた方向に向いて、しっかりとお辞儀する。
その途端、
「「「きゃぁああ!可愛い!!」」」
会場中から黄色い声が響き渡る。
…お辞儀するんじゃなかった。
蔵人が兜を抑えて悔いていると、九鬼会長がこちらに歩み寄って来ていた。
「巻島君。本当にハンデは、先ほど取り決めた物だけで良いのか?」
「はい。十分です」
九鬼会長のハンデは、その場から一歩も動かない事。そして、蔵人が一撃でも彼女に与えれば、こちらの勝ちというルール。
ローズ先生の時よりも、ハンデは多少軽くなっている。
それでも、会長は不満そうな顔を隠さない。
彼女が最初に提示したものは、目を完全に塞ぎ、Bランク以上の攻撃を禁止し、尚且つ9分間防御に徹するという物。
試合時間10分だから、殆ど攻撃しないという提案だった。
反対に、蔵人はハンデ無しを希望した。
ハンデなんて捨てて、掛かって来い!というスタンスであった。
その折衷案が、先ほどの物。
まぁ、それでも十分楽しめそうだ。
何せ、相手はU18の全日本選手。それもAランクだ。
何処まで自分の力が通用するのか、考えるだけで戦う前から血が滾ってしまう。
「両者、位置に着いて!」
主審である、高等部の先生が声を上げる。
それを見て、九鬼会長は諦めたように肩を竦める。
「まぁいい。君はファランクスで全国を見て来たと聞いているが、シングルの、それも高校のレベルは君が見て来た世界とは全くの別物だ。大人の世界の厳しさを、少し味わってみると良い」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
大人の世界ね。そいつは楽しみだ。
蔵人は、跳ねる心臓を抑えるようにお辞儀をして、自分の立ち位置へと移動する。
それを見て、九鬼会長が嘲笑気味に笑みを浮かべて、立ち位置へと移動した。
2人が所定の位置に着いたのを確認すると、主審が高く手を挙げる。
「これより、桜城高等部2年、九鬼夜月選手と、桜城中等部1年、黒騎士選手の模擬試合を始める!双方、礼!」
主審の合図で、蔵人は九鬼会長へと頭を下げる。
頭を上げると、彼女の鋭い視線が視界に入った。
彼女との距離は5m。シングル戦と同じ距離だ。
その立ち位置で、蔵人は構える。
会長も、腰に下げた刀の柄に手を掛ける。
そして、
「始め!」
主審の合図が、フィールドを駆ける。
圧倒的強者との戦いが、今始まった。
…まさかの、生徒会長戦。
「これ程の強者との試合は久しぶりだな」
そうですね。
ローズ先生の時よりも、ハンデは大幅に減らしていますし、これはかなり厳しい戦いです…。