19話〜また、やっちまったよ〜
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微グロ注意です。
また、本日は2話連投予定となっております。
こちらは1話目です。2話目は21時予定であります。
地区大会での結果は、低学年の部が優勝、準優勝のワンツーフィニッシュという輝かしい成績で幕を閉じ、学校中で話題となった。
ただし、たった1日だけの栄華であった。
理由は、次の日に吹奏楽部が県大会出場を決めたからだ。その途端、注目の的となっていた異能力大会の結果は端に追いやられ、吹奏楽部のお祝いムードで塗りつぶされてしまった。全校集会の表彰式では、吹奏楽部の皆さんが中心人物であった。
優勝した飯塚さんは、次の日でもまだ話題にされる事もあった。だが蔵人に至っては、飯塚さんの優勝と、吹奏楽部の話題で完全に埋もれてしまったのだった。
「くそっ、どうしてみんな、こんなに冷たいんだよ。男子が異能力大会で準優勝したのに。凄い事なのに」
中には、かなり憤ってくれる人もいるのだが、こればかりは仕方が無い事なのだ。
蔵人は、憤慨する少年の肩を軽く叩いて首を振った。
「竹内君、君が怒ってくれる気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
自分の事のように感情を顕にする友を持てて、蔵人は心底嬉しかった。
でも、竹内君は不満げに蔵人を見上げる。
「巻島くんは悔しくないの?」
「仕方ない事だ」
正直、少しは思う所がある蔵人ではあったが、それよりも話題になり過ぎて、煩わしくなるよりは断然マシと考えていた。そして何より、この世界の常識的に仕方がないことだから。
この世界では、異能力の強さが大きなアドバンテージとなる。だがそれは、異能力に対してマイナスイメージを持っている特区外の人間には当てはまらない。
特区外でクラス人…特に成人の男性達は、自分達より優れた異能力を持つ女性達に恐怖と劣等感を抱いており、異能力の話題は極力避ける傾向にある。異能力の大会についても、特区外ではそこまで重要視はされていないみたいだった。
だから、異能力大会の優勝よりも、他の部活動で活躍した方が話題になりやすいんだとか。
例えるなら、卓球部県大会出場よりも野球部県大会出場の方がピックアップされる様なもの。いやそれよりも圧倒的な差が、異能力と他部活動には存在する。
そう、武田さんから教えて貰った。
しかし、それは男子の中においてである。
「おはよう!巻島!」
「おはよう、巻島君。なに朝からコソコソ話してるの?」
「おはよう。飯塚さん、武田さん」
元気な声に振り向くと、そこにはカーストトップの女子達が集まっていた。
今までは、蔵人達をEランクだからと遠巻きにしていた子達だ。大会が明けてから急に、その子達が蔵人に話しかけてくるようになっていた。
武田さんと飯塚さんだけは、その前から仲良くしてくれていたけど。
「なぁ、巻島。今度武田さんの家で合宿するんだけどさ、お前も来ない?県大会に向けて、ひょうか合宿するんだ!」
「強化合宿ね、マキマキ。あと、蔵人君はダメ。男子だから」
「ええ、そうなの?ごめん、巻島。ダメだって」
一方的に話を進めて、手を合わせて謝ってくる飯塚さん。
堪らず、両手と声を上げる蔵人。
「いや、ちょっと待って。今のは完全な巻き込まれ事故だから!」
蔵人のツッコミに、笑う2人。それに合わせて、後ろの女性生徒達も笑みを浮かべる。
この2人とは特にだが、女子生徒間の蔵人の株は、かなり上がったらしい。その影響なのか、クラスの話した事ない女子からも挨拶されるようになったし、時折遊びに誘われたりもするようになった。
男子と女子では、異能力の捉え方が大きく違うのである。
劣等感も恐怖心もない彼女達からしたら、異能力大会は他の大会と差はないのである。
「だったら、あたしの家に来る?巻島君。今度お父さんがケーキ焼いてくれるって言ってたんだ」
「それなら、私も来月誕生日だから、お母さんにケーキ買ってきてもらうよ。どう?巻島君」
…いや、差がないどころか、異能力の方が少々優遇されている雰囲気すらある。
とは言え、それは女子の間だけの事だ。学校全体、蔵人の生活圏全般からしたら、今まで通りの生活を送ることが出来ており、蔵人の精神的にはプラスに働いていた。お陰で、県大会当日まで普段通りに訓練を行えたのだった。
そして、時は少しだけ進み、県大会当日となる。
今回の応援は、柳さんと慶太、更に加藤君まで来てくれた。
加藤君は大会2日前に、応援に行っても良いかを蔵人に聞いて来たので、是非にと二つ返事したのだ。随分と硬い表情だったし、社交辞令かとも思ったのだが、本当に来てくれるとは。
「くーちゃん頑張れ!」
「ま、巻島くん。頑張って…」
「坊ちゃま、無理はしないで下さいね」
2人と柳さんは、手にキラキラと光る団扇を持っている。加藤君と加藤君のお父さんが作って、持ってきてくれたらしい。
「行ってくるよ。応援よろしく!」
蔵人は口元が緩むのを感じながら、選手控え室に入る。
今回の会場は、県が保有する大型運動場。イベントや様々なスポーツ大会でも使用される施設だ。人工芝が張り巡らされているフィールドは、地元サッカーチームが練習するときも使用するのだとか。
そこに、地方大会を勝ち抜いた36名が列を成す。ここから全国大会に進めるのは、たった3名。
狭き門だ。
ちなみに、今回もトーナメント戦方式で、飯塚さんとは決勝で当たる事になる。もちろん、互いに決勝まで勝ち進めばという話だが。
「巻島。決勝でね」
「うん。今度は負けないよ」
「言ったな!今度は手加減しないよ。お前、もうDランクみたいだし」
飯塚さんと軽口を叩いて、ちょっと笑う。
緊張で自爆、なんて心配は要らないみたいだ。
ちなみに、地区大会ではまともに測定しなかった魔力だが、県大会では流石に精密検査が実施された。そこで、蔵人のランクがD+だと判明したので、応援に来てくれていた学校関係者は目を見開いて驚いていた。
魔力ランクが上がるというのは、事例が少ないようだ。
武田さんはやはり、前々から見えていたようで、驚く面々に対して「今頃気付いたの?」と何故か得意顔で見回していた。
蔵人は自分の試合まで、他の子供達の試合を観客席で見学していた。2回戦以降で当たる可能性もあるし、何か異能力を発展させるいい発見があるかもしれない。
そう思っていたのだったが、試合を見るに連れて、膨らんでいた期待はしぼんでいった。
とても単調なのだ、彼女達の試合が。戦術が。
みんな、同じことをする子ばかりだ。
遠距離系は、ひたすらに異能力を手のひらに掴んで、投げまくるだけ。
近距離系は、相手の間合いに入り込んで、殴る蹴るの近接戦闘。
大きく分けて、この2パターンだけであった。
そもそも、異能力の種類が偏っている。
サポート系はおらず、攻撃系ばかりが占めていた。炎を飛ばすか、水を飛ばすか。ブーストした足で接近するか、風で体を押して接近するか。精々それくらいの違いだろう。
戦術なんて無い。そう言っても過言ではない程に、単調な試合ばかりだ。
「そこまで!」
蔵人は、拳と足に貼り付けた小さな盾を消す。目の前には、地区大会と同じように、地面に寝ている女子生徒が1人。
試合開始から1分。気付けば4回戦が終わっていた。
もう、次が決勝戦である。
蔵人は観客席に戻り、自分の次に行われる試合、飯塚さんの試合を眺める。この試合の勝者が、次の決勝戦の相手だ。
このままだと本当に、彼女との再戦となるかもしれない。
そう思うと、何故か気が重くなる。
「ふぅ…」
胸の中のモヤモヤを吐き出そうとするが、余計に重くなった気がする。
目の前では、飯塚さんと相手が構えて対峙しており、直ぐに試合が始まった。
だが、蔵人の予感は外れた。
試合は飯塚さんのペースだったが、一瞬の隙を突いて、相手の拳が飯塚さんの華奢な体に突き刺さった。
素早い動きで、飯塚さんの体を跳ね飛ばす。
相手は、ブースト系の異能力者であった。
吹き飛ばされた飯塚さんは、ふらつきながらも立ち上がろうとしていたが、相手は執拗に追撃し、とうとう飯塚さんが倒れた。意識が無いようだった。
無理もない。最後は審判の制止を聞かなかった相手に、一撃を入れられたのだから。完全なオーバーキルだ。
「卑怯よ!反則負けよ!」
武田さんが叫んでいる。いつも高飛車な彼女が感情を顕わにするほど、相手の行いは目に余る物であった。
しかし、審判の判定は覆らず、相手女子選手の方に勝利宣言を送っていた。
その後ろで、飯塚さんが担架に乗せられて、医務室へと運ばれていく。
次の相手は、あのブースト女か。
そう思うと、蔵人の心に重くのしかかっていた何かが、退いた。その代わりに、何か熱い物が流れ込んでくる。
蔵人の黒い瞳に、怪しい色が混じった。
昼食の後、3位決定戦は飯塚さんが目を覚まさない為に、先程の試合で蔵人と戦った子が不戦勝となった。
飯塚さんは全国大会出場を逃した。彼女の実力を知る者としては、非常に残念だ。
そして、3位決定戦が繰り上がったため、すぐに決勝戦となる。
フィールドに呼ばれる、蔵人と相手の女。
相手は、開始の合図を今か今かと待ち望み、軽くシャドーをしている。
対する蔵人は、構えない。
相手を視界に入れず、相手の頭上に広がる大空を見上げながら、自然体で立ったままであった。
審判が手を、蔵人とブースト女の前にかざす。
「2人とも準備は良いかな?…良し。これより、Dランク戦県大会、決勝戦を始める!両者構えて!…試合、開始!」
開始の合図と共に、相手が身動きしたのを、蔵人は目の端で捉える。
だが、蔵人の方が早かった。
足に纏った盾での超加速。全身に纏った盾が、蔵人の体を無理やりに前に押し出した。
右足を前に出した状態で固まる相手の目の前に、一瞬で移動する。
ブースト女の皿のように大きくなった瞳が、蔵人の姿を映す。
ブースト女が驚いて瞬きをするより早く、蔵人の回し蹴りが、女の脳天を蹴り飛ばした。
女は、縦回転しながら吹き飛ばされ、頭から地面に激突。肢体を投げ出した状態で地面に這いつくばった。
ピクリとも動かない、相手。
数秒の、沈黙。
誰も、今起こったことを理解出来ずにいた。
試合開始から、わずか2秒の出来事。
観客も、審判も言葉を失っていた。
そして、
「そ、そこまで!」
甲高い、審判の必死な制止。蔵人の前に突き出された彼女の手が、小さく震えている。
次第に大きくなる、周囲の騒めき、悲鳴。
「救護班!急げ!医務室まで間に合わない!ヒーラー早く!」
勝利者宣言も忘れ、審判が青い顔で、駆け寄ってくる大人達に怒鳴りながら指示を飛ばす。
その光景を眺めている内に、心の中に流れ込んでいた熱湯が、熱を失いつつあるのを感じた。
やり過ぎた。
蔵人はそう思う傍ら、熱を失った荒波が、少しずつ小さくなるのを感じた。
「勝者、巻島蔵人!」
その言葉が上がったのは、応急処置を終えた少女が、担架で運ばれた後だった。
周囲の視線が、痛いほど刺さっている気がした。
「決勝戦凄かったね。オイラ、くーちゃんが攻撃したの全く見えなかった」
「ホント凄かった!ぱっと消えたと思ったら、バンって音がして、そっち見たら相手がババーんって吹っ飛んでて」
県大会の帰り道、慶太と加藤君が本人を目の前に、車の後部座席ではしゃいでいた。
その話題に上がっている蔵人は、こめかみを右手で抑えて反省していた。
考える事は、決勝戦の相手の事。
結局、ブースト少女と飯塚さんは、表彰式に出られなかった。
飯塚さんは意識が戻らない為に最寄りの病院へ。ブースト少女は怪我が酷すぎて、特区の大病院へ搬送されたとか。
盾で作ったパラボラ耳(耳の周りに湾曲した盾を張り巡らせて作る)で大会運営委員達の声を盗み聞きすると、どうも首の骨がイっちゃってるらしく、ヒーラーでは後遺症が残るから、Bランク以上のクロノキネシスが必要だとか。
やり過ぎた。色々とやり過ぎた。
蔵人は自責の念に押し潰されそうになっていた。
決勝戦以外は上手く立ち回っていたのに、何故ここで…。
そう頭を抱えていると、懐かしい声が頭の中で響く。
『お気をつけ下さい。貴方はいつも、仲間の事になると熱くなり過ぎるのですよ…』
今はいない、相棒の呆れた電子音が聞こえた気がした。
蔵人の、黒戸の悪い癖を指摘する声だ。
自然と蔵人は、頭を下げる。
「済まねぇ、相棒。また、やっちまったよ」
「何かおっしゃいましたか?蔵人様」
つい口から出た蔵人の言葉に、柳さんが反応する。
蔵人は何でもないよと柳さんに笑いかけ、心に誓う。
全国大会では気を付けよう、と。
主人公がやらかしましたね。
でも、この世界はクロノキネシスというチートがいますからね…。