220話~そうっ!この僕を筆頭にね!~
鈴華達とのデート?から翌日。
蔵人は、日曜日の特区上空を飛行していた。
時刻は朝8時を回った所。
飛び始めた当初は、日も出始めたばかりだったが、今は随分と高くまで登っている。
朝陽に目を細めて、前を見た蔵人の目に映ったのは、ロンドンのビッグ・ベンを彷彿とさせる大きな時計塔。
今日の、目的地である。
その時計塔を目掛けて、蔵人は徐々に高度を下げて行った。
眼下には、レンガ調の大きな城が横たわっており、その中心に、ビッグ・ベンが聳え立っていた。
ここは天川興隆学園。通称、天隆。
桜城、冨道と並んで、東京特区3大学園の一つに数えられる超お嬢様学校だ。
蔵人は、その見上げる程に巨大な城を目指して、スケボースタイルでスイーッと校門へと進む。
蔵人は今日、天隆の体育祭に招かれていた。
蔵人を招いてくれたのは…。
「おーい!ここだ!」
そう言って、こちらに手を挙げている女性は、ブロンドの髪を肩に垂らしたローズ先生であった。
彼女の隣には安綱先輩が立っており、こちらに小さく手を上げていた。
そう、今回蔵人を招いてくれたのは、ローズ先生であった。
彼女は天隆の先生方とも関わりがあるらしく、正式な客人として招かれていた。そこに、蔵人と安綱先輩も同伴させてくれたのだ。
何故、蔵人も誘ってくれたのかは分からないが、きっと、ローズ先生なりの配慮があったのだろう。炎上事件で落ち込んでいるとでも思っていたのかも知れない。
「時間通りだな、巻島。道中、暴女に襲われたりしなかったか?」
「ご心配、ありがとうございます。特に何もありませんでした。飛んでいましたので、パトロール中の警官以外は会いませんでしたから」
「ははっ。そうだったな。君は飛べるのか」
乾いた声で笑うローズ先生。
彼女には直接見せたことは無いが、朽木先生経由で聞き及んでいるのだろう。
彼女の心配も、土曜日のゾンビパニックを潜り抜けた今の蔵人なら分かる。
きっと、地上を無防備に歩いていたら、途中で拉致されるか、貪り食われるかのどちらかだったろう。
特区外程ではないが、特区も十分に注意が必要だと分かった。
特に、男であれば。
何でもないという蔵人に、ローズ先生は胸をなでおろす。
そんな彼女は、今日はビシッと決まったスーツ姿だ。
あくまで、他校のイベントを視察する教師として来ているので、仕事モードなのだろう。
専属顧問で教鞭を取らない彼女は、普段はジャージ姿だから、この姿は貴重だ。
安綱先輩は何時もの制服姿だが、ローズ先生の横に並ぶと同じOLに見えてしまう。
…決して、安綱先輩が老けていると言う訳じゃない。
凛々しいそのお姿が、まさに仕事の出来るエリートとして輝いているのだ。
先輩も、他校のイベントを学ぶ目的で来場したみたいだ。桜城の体育祭実行委員長だったからね。その繋がりなのだろう。
2人に連れられて、蔵人達は天隆中等部の校内へと入っていく。
飛行中にも思ったが、桜城とはまた違った建築様式である。
蔵人は物珍しさから、辺りを見回した。
その様子に、安綱先輩が小さく笑い声をあげる。
「ふふっ。蔵人は初めてか?天隆の中に入るのは」
「はい。遠くから眺めたことはありましたが、入ったのは初めてです。桜城とは違って、とても古風な趣ですね」
「天隆はイギリスの建築技術を取り入れているからな。校風も、向こうの色が強いと聞く」
「そうなんですか」
なるほど。という事は、こいつはバロック様式を取り入れているのかな?
早速、他校との違いを感じることが出来て、来場した意味を感じる蔵人。
そうして雑談しながら歩いていると、多方向から人目を感じた。
見ると、近くを通った天隆の学生さん達が足を止めて、こちらに視線を集中させていた。
「まぁ、ご覧になって。あちらの方々を」
「なんてお綺麗な御髪なんでしょう。本国の方でしょうか?」
ローズ先生は、そのブロンドの髪を羨ましがられている。
イギリスと深い関わりがある学校だからだろうか。本物のイギリス人に憧れを抱いているのだろう。
「お隣の方も素敵ですわ。立ち姿がとても綺麗」
「桜城の安綱副生徒会長ですわ。昨年、全国でベスト8になられた」
「なんて凛々しい。陛下とはまた違ったオーラをお持ちね」
桜城で大人気な安綱先輩にも、天隆生徒の熱い視線が集まっている。
しかし、陛下って誰?
令嬢達の視線が、時間を追う事に増していく。
「素敵ねぇ。歩くお姿が堂々とされているわ」
「あのお2人にも劣らないお姿ね。お2人の婚約者でしょうか?」
「目元が凛々しいですわ。側妻として、私も入れて貰えないかしら?」
うん?視線が、段々とこちらに向いてきたぞ?
蔵人は額から冷や汗を流す。
今日の蔵人の服装は、安綱先輩と同じ桜城の制服である。桜城校内では収まりつつある炎上事件も、他所ではどうなっているか分からないから、黒騎士スタイルは封印中だ。
それに、先生と先輩がいれば、顔をさらけ出しても問題はない。
よって、巻ちゃんも封印である。
封印して問題ないと思っていたが、こうも人が集まって来てしまうと読み違えたかもしれない。
「先生。このままでは…」
「うん。少し走るか。巻島、しっかり着いてこい」
「了解です」
という事で、その場を駆け足で退散する蔵人達。
令嬢達の口惜しそうな声を背に受けながら、蔵人は2人の背中を追いかける。
先生達が止まったのは、人気の少ない校舎の端。
走っている最中に、競技場らしき建物が見えて、生徒達はそちらに流れて行った。
きっと、あそこが体育祭の会場なのだろう。
何故、先生達もそちらに行かなかったのかは分からないが、無事に令嬢を撒けた事に安堵する蔵人。
「天隆生徒も、桜城生に似た所があるのですね」
桜城並みに注目を集めてしまったのを見て、蔵人はそう思った。
天隆も、桜城と同じくらい男子生徒が在籍していると聞いていたのだが、やはり珍しい事に変わらないらしい。
同じお嬢様学校だから、反応も似たような物になるのかも。
蔵人が冷や汗を拭いながらそう言うと、2人は振り返って、微笑み掛けてきた。
微笑む2人。
だが、何も言わない。
ただ、立ち止まって微笑み、言葉を発しようとしない。
…まるで、ホログラムの様だ。
「…貴女達は誰だ?」
蔵人は目を細め、構える。
目の前の2人が、いつもの彼女達でないのは明確。
刺客?異能力による攻撃?
警戒を強める蔵人。それに対し、
2人の姿はフワリと消えてしまった。
まるで、初めからそこに存在しなかったかの様に。
これは…。
「幻影…イリュージョンか?」
聞いた事しかない異能力だが、状況的に間違っていないだろう。
蔵人が逃げている最中に、いつの間にか本体を隠され、幻影の背を追わされていたのだ。
だが、なんの為に?それに、誰がそんな事を?
蔵人は警戒の範囲を、前方から周囲へと移行させる。
すると、こちらを監視する目を感じる。
比較的近くから、複数の人間がこちらを凝視しているのが伝わって来る。
周囲の植え込みに隠れているのかな?攻撃してみるか?いや、下手に刺激するより、先生達と合流する方が先か。
蔵人が最善手を思考している、その時、
「やぁやぁ!そこの男の子!」
場違いな元気な声が、蔵人の背中側に降りかかる。
振り返って見ると、そこには片手を上げて笑顔を振りまく女子生徒が、こちらへと歩み寄って来ていた。
制服は、天隆の物。
在校生。それも、その自信満々な出で立ちは上級生だろう。
そして、恐らくAランクだ。
蔵人は、揺れる彼女の真っ赤なミディアムヘアを見て、緊張を幾分抑える。
少なくとも、彼女がイリュージョニストの可能性は低いだろう。ここまで明るい髪色は、Aランクのパイロ系だと思うから。
「うん?どうしたんだい?迷子かな?そんなに警戒しなくても、取って食おうなんかしないさっ!」
赤髪の女子生徒は、蔵人の顔を覗き込み、そう言って「あっはっは」と笑った。
彼女の動きは、何処か芝居じみていて、一つ一つの動作が大げさだ。
今も、態々クルリと1回転して、諸手を広げてこちらを見た。
「ここは天隆。東京特区で随一の学園だよ!右を見ても左を見ても、素晴らしい生徒しか在席していない。誰に声を掛けたとしても、きっと君の助けになるだろう。そうっ!この僕を筆頭にね!」
まるで舞台女優のように、声高らかに声を張る彼女。
大きな瞳は太陽の様に輝き、その中性的な整った顔と相まって、本物の宝塚歌劇団員かと思えてしまう。
言動から、彼女がかなりのプラス思考な人間、若しくは相当な自信家なのだと思う。
そんな彼女に、蔵人は構えを解き、頭を下げる。
「ご心配頂き、ありがとうございます。恥ずかしながら、少々道に迷っていた所でした。もし宜しければ、体育祭会場までの…」
会場までの道を教えてもらおうとした蔵人。
だが、謎の舞台女優は、蔵人が全てを言葉にする前に、蔵人の両肩を軽く叩いた。
「うむ。やはり道に迷っていたんだね!素直で宜しい!実に結構!見た所、君は桜城の生徒だね?男子なのに凄く堂々と、それでいて礼儀正しいじゃないか!素晴らしい!君のその誠実な態度に報いて、この僕、体育祭実行委員長の園部勇飛自らが案内してあげよう!」
舞台女優…園部さんはそう述べると、こちらの応答も聞かずに腕を組んで来て、ズイズイと歩き出してしまった。
彼女の背丈は蔵人と同じくらいだったので、日本人離れした赤髪が目線の高さで躍っている。
まるで太陽のように温かな彼女の体温と、思いの外筋肉質な彼女の体の感触が伝わってくる。
ほぉ。この子は、なかなかに鍛えているみたいだ。
もしかしたら強者かもと、蔵人の心が弾んだ。
「園部様。お忙しいご身分でいらっしゃるのに、申し訳ありません。可能であれば、体育祭の会場…」
「様なんて堅苦しい事は言いっこなしだ!僕の事は、気軽に勇飛と呼んでくれ。そう言えば、君は何と呼べばいいのかな?可愛らしい王子様」
可愛いって、随分と特異な美的センスをお持ちで。
そう思いながらも、蔵人は勇飛さんに返答する。
「挨拶が遅れました。桜城中等部1年の巻島蔵人と申します。どうぞ、よろ…」
「そうか!蔵人君か!堅実で真っすぐな君にぴったりの名前だな。桜城の生徒にしておくのは惜しいくらいだ!」
おっと。
彼女の中では、桜城よりも天隆の方が上だと思っているみたいだ。
思い返せば、天隆の事を随一の学園と言っていた。
彼女は、天隆の事が誇らしいのだろう。
蔵人が勇飛さんに視線を向けていると、
「っ!」
突然、2人の目の前にライオンが現れた。
見事な鬣を風で揺らす、一匹の雄ライオンだ。まるで、動物園で飼われているかのようにきれいな毛並みをしている。
…うん。勿論、幻覚だ。
ライオンの顔には皺が寄っていて、今にも襲い掛かってきそうな状態なのだが、唸り声は一切ない。
またイリュージョニストの攻撃か。
蔵人が呆れていると、隣の勇飛さんが「くっく」と笑った。
「困ったものだ。イタズラ好きな子猫ちゃん達め」
そう言うと、彼女は蔵人の腕を捕まえている方とは反対の腕を高く上げて、指を鳴らした。
その途端、
ッバァアンッ!
彼女の直上で、爆発が起きる。
見た目や衝撃はそれ程無かったが、派手な音が周囲に波及する。
蔵人はパラボラ耳を展開させていたので、余計に爆音を喰らってしまい、少しの間たたらを踏んでしまった。
「おっと。大丈夫かい?」
すかさず、勇飛さんが蔵人の体を支える。
大丈夫かいって、あんたが起こした爆発の影響なんだがね?
「ええ。ありがとうございます」
言いたい事はあったが、蔵人は笑顔を返して、彼女の腕の中から脱出を試みる。
今の爆音のお陰で、ライオンも消えていた。イリュージョニストにも十分ダメージを負わせたのだろう。そこはナイスだ。
パイロ系と思っていたが、勇飛さんは最上位のデトキネシスだったみたいだ。
デトキネシスでAランク。これは、是非とも戦ってみたい。
蔵人の瞳が怪しく輝く。そんな時、
「陛下!その者から離れて下さい!」
悲鳴に近い声が背後から響いた。
陛下?誰が?
そう思って後ろを向くと、そこには数人の天隆女子生徒が慌てた様子でこちらに走って来ていた。
中には、服に枝やら木の葉やらがくっ付いた状態の娘も居る。
…もしかしなくても、君達は周囲の垣根から飛び出してきたのかな?という事は、君達が先ほどの視線の主で、制服のお尻部分が土で汚れている娘が、イリュージョニストかも。
蔵人の予想は、凡そ当たっているみたいだった。
集まって来た数人の女子は、全員が蔵人の方に鋭い視線を投げている。
よく見ると、短髪の娘の耳には、銀色のイヤリングが躍っていた。
久遠選手が着けていた物に似ている。という事は、この娘達は白百合会の影響下にあるという事。
何となく、彼女達が蔵人を陥れた動機も見えて来た気がする。
先頭のリーダー格の娘が、蔵人にズビシッと人差し指を向けてくる。
「そいつは悪名高い黒騎士です!そんな下賎な者に触れれば、陛下が穢れ…」
「こら、子猫ちゃん。男の子に向かって、なんて口の利き方なんだい?」
勇飛さんが、軽く窘める様に襲撃者へ笑みを掛ける。
それを受け、リーダーさんは必死に首を振る。
「違うんです、陛下!そいつはタダの男じゃなくて、違法な薬物を使った犯罪者で…」
「こらこら、君。そんなデタラメを言ってはダメだよ」
勇飛さんの笑みが深くなり、瞳は鋭さを帯びてきた。
「この特区で違法薬物なんか使ったら、どうなるかくらい分かるだろ?持っているだけで即逮捕なんだよ?そんな事、男の子がする訳ないだろう?幾ら君たちが男の子を嫌っていようとも、その発言は許されないよ?」
「陛下!聞いて下さい!私達が正し」
バァンッ!!
再び、勇飛さんの頭上で炎が弾ける。
今度は間に合った蔵人は、勇飛さんに拿捕される前に逃げる。
それを見て、勇飛さんは「ほぉ」と感心するように蔵人を見ていた。
反対に、白百合の女子生徒達は、音の大きさに驚いて尻餅を着いていた。
彼女達に視線を戻し、見下ろした勇飛さんが、微笑む。
「分かっているよ、君達の気持ちはね。僕に恋焦がれて、このような事をしてしまったんだってことくらい。なんて健気な子猫ちゃん達なんだ。その気持ちだけは嬉しいよ。でもね、僕でもこれ以上は見過ごせないよ?ここまでなら黙っててあげるから、早く会場へお行き」
そう言いながら、勇飛さんは再び、指パッチンの構えをする。
それを見て、白百合の女子生徒達は悔しそうに顔を歪めた後、足早に逃げて行った。
う〜ん。このまま帰してしまって良いのだろうか?
彼女達から、また変な話題を文化書店に流したりしないだろうか?
そう心配する蔵人の肩に、勇飛さんが手を置いた。
「さぁ、僕達も行こうか」
「ええ。でも、どちらに向かわれるおつもりですか?」
「うん。それはね、僕も体育祭実行委員の仕事があるから、競技場に行かないといけないんだ。だから、君も一緒に来てくれるよね?」
相変わらず、自分勝手な人ではあるが、今回は問題無し。
蔵人は大きく頷き、競技場へと案内してもらった。
そして、
「さぁ!蔵人君。見えるかい?あれが我が校誇る最大の競技場、第一競技場だっ!」
そう言って指さす先には、走って逃げている時に見た施設があった。
まだ距離は有るけど、ここからでも全体像が見えない程に大きい。
それでも、桜城の競技場とそれ程変わらないと思われる。
きっと、勇飛さんは桜城に来た事がないのだろう。
来たら、ショックを受けるかも知れないから、言わないでおこう。
「立派な建物ですね」
「はっは。そうだろう?」
蔵人のお世辞に、勇飛さんはふんぞり返る様にして、小ぶりな胸をめいいっぱい張り出している。
うん。思ったより乗せやすい人だ。
「ありがとうございました、勇飛さん。では、私はこれで」
彼女も色々と忙しいだろうからね。ここでお別れだ。
さて、ローズ先生達はもう競技場の中かな?と蔵人が歩み出した途端、再び肩を掴まれた。
見ると、勇飛さんが深い笑みを携えて、蔵人を真っ直ぐに見ていた。
「おやおや。何処に行く気だい?君は僕と一緒に居るんだよ?」
何を言っているんだい?と言う声が聞こえてきそうな表情を浮かべている勇飛さん。
彼女が思う通りに動くのが、当たり前と思っているみたいだ。
蔵人は、彼女に小さく頭を下げる。
「すみません。待ち合わせをしているんです。ですので…」
「待ち合わせ?それが何だと言うんだい?」
勇飛さんが声を上げて、再び蔵人の言葉をかき消す。
「僕と一緒に居ていいと言っているんだよ。待ち合わせなんて、どうでも良い事だろう?」
そう言って微笑む勇飛さんの瞳が、蔵人を映して怪しく輝いていた。
デートの次は、天隆の体育祭ですか。
異能力戦に出られなくても、イベントが目白押しですね。
「だがそのイベント、雲行きが怪しいぞ?」
主人公を助けてくれた園部さんでしたが…。
どうなるのでしょう…。




