219話~聞かせて、やるよ~
姐さんの号令に、今度はみんな揃って声を出して走り出す。
俺も、震える手の林さんに連れられて、一緒に走る。
でも、いつの間にか恐怖は薄まっていた。
それよりも、姐さんの見事な異能力に視線が離せない。
凄い!まるで、本当に装甲列車の一部になった気分だ!
恐怖よりもテンションが高まってしまって、可笑しいことになっている!
「シンさまぁあ!」
「私のシン様をかえせぇえ!!」
目の色を変えたケモノ達が、装甲列車に突撃して来た。
でも、
「ぐぇっ!」
「あぐっ!」
狂ったケモノ達は、欲望のままに装甲列車に突撃するも、その分厚い装甲に跳ね飛ばされて、地面を転がった。
列車にケモノ達が当る際に、あまり音がしなかったが、どうも列車の装甲は思いの外、柔らかく作っているらしい。
これが鉄板並に硬かったら、轢かれた人間はタダでは済まなかったろう。
ケモノの中には、列車に向かって遠距離攻撃をして来る奴らもいた。
俺が一緒に走っているというのに、そんな事もお構い無しだ。彼女達の本性が見えてしまい、本当に恐ろしく思う。
でも、列車はビクともしない。Cランクの攻撃を傷一つ負わずに弾き返している。
これだけの防御壁を出せるなんて、姐さんはもしかして、Bランク以上なのか?
そう思って、俺達を守ってくれる装甲をよく見ると、この装甲の素材がクリスタルで出来ているのが何となく分かる。つまり、Cランク相当の物みたいだ。
そうすると、姐さんはCランク?いや、でも、これだけの攻撃を防げるCランクなんて、マスタークラスの優勝者でも難しいんじゃ?
「おりゃ!」
「えいっ!」
俺がマジマジと姐さんを見ている間にも、みんなが奮闘してくれている。
装甲列車の突撃を間逃れたケモノ達を、ヴィーナスと桃花さんが両サイドで攻撃する。
ヴィーナスは重力操作系なのか、触れてもない相手を地面に叩きつけている。
と思ったら、近くの椅子やポールなんかを浮遊させて、相手に投げ飛ばしている。
重力操作じゃなくて、サイコキネシスかな?
桃花さんの方は、近づいて来た相手に両手を突き出していた。
彼女の近くにまで来た相手は、炎や氷の礫を投げつけて来るが、桃花さんに触れる前に、逆方向に吹き飛ばされてしまう。
次いでに、突撃して来た相手まで3mくらい後方に吹っ飛ばしてしまった。
彼女の手からは、何も見えない。きっと、エアロキネシスの攻撃だと思うのだけど、相手の異能力を反らして、更に大人を吹き飛ばせる程となると、Bランク以上の攻撃じゃないのかな?
その強烈な攻撃の割には、桃花さんはそれ程反動を受けていないように見えるのだけれど、一体どうやって攻撃しているのだろうか?
林さんは、異能力を発動させる様子が全くない。
彼女はイメージ通り、戦えないサポート型の異能力みたいだ。
そんな彼女だが、俺が転ばない様に手を引っ張ってくれる。
凄く有難い。
普段、走り慣れていないから、足がもつれて転ばないか不安だったんだ。
彼女の優しさが、この異常な空間の中では特に嬉しかった。
俺は彼女の手をしっかりと握って、みんなに付いて行く。
もうすぐステージだ。目の前には、こちらに背を向けて、ステージを望んでいる正常な群衆の姿が見える。
こちらの騒ぎにも目もくれず、ステップステップの登場を心待ちにしているのだ。
彼女達の為にも、絶対に仲間の元に戻らないと。
その為には、観客のみんなに道を作ってもらって、舞台に上がらないといけない。
俺がそう思って舞台の上に視線を向けると、そこでは丁度、仲間達が登壇する所であった。
彼らは、両手を振って観客達の声援に応えている。
応えている途中で、俺達の存在に気付いたみたいで、大きく目を開けている。
そりゃそうだよな。迷子になっていた俺が、こうして異能力の列車に連れられているんだから。
待っていてくれ。今、そっちに行くから!
俺が息と心を弾ませていると、目の前を走っていた姐さんの背中にぶつかってしまった。
驚くほど硬くて広い背中をしていて、物凄く驚いた。
…おっと、そういう事じゃない。
姐さんだけでなく、装甲列車自体が急停車していた。
まだステージ前の観客達まで、距離があった。
到着ではない。
見ると、装甲列車の前に、1人の女性が立ちはだかっていた。
姐さんの背中越しでも姿が見えるくらいに、その女性は大きく、そして太かった。
まるで、お相撲さんみたいな女性が、意外に高い声を上げる。
「さぁ、観念しなさい!こそ泥共。ここから先は通さないわよ!なんたって、私はAランクなんだからね!」
関取の言葉に、俺は目を見開いた。
なんでこんな所にAランクが!?
理不尽としか思えないこの状況に、俺は汚い言葉を吐きそうになる。
その元凶は、ぜい肉がたっぷり付いた頬肉を引き上げて、歪な笑みを作り出す。
「シン君は私の理想通りの男の子なの。こんな所で会えるなんて本当にラッキーだわ。きっと、これは運命なのね。私とシン君が出会う運命だったのよ。あんた達は神様が与えた障害。乗り越えて、いえ、捻り潰してあげるわ!」
関取は装甲列車を抱き抱える様に止めると、そのまま力を入れて抱きしめ始めた。
ミシミシッ、ミシミシッ!
嫌な音がして、装甲がひび割れ始めた。
幾ら頑丈な装甲とは言え、相手がAランクでは一溜りもない。
このままでは、捻り潰される。
せっかくここまで来たのに。こんな頭のおかしい化け物が居るなんて、反則だ!
俺が絶望していると、姐さんが体半分をこちらに向けて、真っすぐに見てきた。
「シン。道は私が創る。貴方は行きなさい」
創る。
そう言った瞬間、装甲は砕け散り、関取はそのまま先頭にいた姐さんを両腕の中に収めた。
「姐さん!」
つい叫んでしまった俺。
そんな俺に、姐さんは言った。
「行け!シンッ!」
見ると、砕けた装甲が集まりだし、姐さんの頭上、観客の頭上を通り越して、特設ステージまで続く一本の道を作っていた。
装甲の橋。ステージまでの架け橋だ。
それを見て、関取が姐さんを抱く腕に力を込めている。
「ダメよ、そんなの。私とシン君の邪魔するんなら、あんたを潰しちゃうから。そしたら、この橋も落ちるわ!」
ぐっ、と言う姐さんの声が聞こえてきた。
ダメだ!姐さん。俺の事より、自分の為に異能力を使ってくれ。このままじゃ、貴女が潰れてしまう。
俺は、自分が潰されそうになっているのではと錯覚して、息が苦しくなる。
でも、本当に苦しい筈の姐さんは、関取に向かって勇ましく笑った。
「(低音)いっ、良いだろう。シンが先に渡りきるか、貴女が先に俺を潰せるか。試してみると、いいっ!」
「んふふ。試すまでもないわ。私はAランクよ?あと、あんた声が変よ?」
苦しすぎて、姐さんの声が低くなっている。まるで男みたいだ。
どうしたら良い。姐さんを救うには、どうしたら…?
俺は姐さんを見捨てる事も出来ず、かと言ってAランクに立ち向かうなんてとても出来ず、たたらを踏んでいた。
そこに、
「(低音)す、ずかぁ!」
姐さんの苦しそうな声が響く。それと同時に、浮遊感を感じた。
俺は、気付けばヴィーナスに王子様抱っこをされて、架け橋を渡っていた。
「だ、ダメだ!姐さんが!姐さんがまだっ!」
俺が切羽詰まって叫ぶと、ヴィーナスは不思議そうにこちらを見下ろしてから、笑った。
「姐さん?ボスの事か?それなら大丈夫だ。あの人があんなデカ物に、負ける訳ねぇからな」
その声には、僅かばかりの不安の色を感じた。
でも、彼女は後ろを振り返ろうとしない。
ボス。
それは、ヴィーナスの想い人。
俺なんか眼中にないと思われる程、慕われている人。
姐さんが、ヴィーナスの想い人なのか。
俺が振り返ると、関取の嬉々とした背中が見える。
姐さんが、関取に押し潰されそうになっていた。
「あんたの泣き声を聞きたかったけど、シン君を逃がしちゃったら元も子もないからね。そろそろお終いにするわよぉ」
ここからだと、関取の背中しか見えないから、どんな表情で言っているかは見えない。
でもきっと、おぞましい笑みを浮かべていることだろう。関取の嬉しそうな声を聞けば、見なくても分かる。
それでも、姐さんは、
嗤った。
「(低音)くっふふ。そうかよ。なら、聞かせて、やるよ。盛大に、な!」
姐さんの元に、キラキラの何かが集まる。
何だ?何が始まる?
そう、俺が思った瞬間、
『(低音)ドラゴニック・ロア!!』
爆音が、俺の元まで駆け抜けて来た。
なんて音だ!
俺は、反射的に耳を押さえて、痛みで顔を歪めた。
こんな遠くまで響くのだ、あの爆音を直で喰らった関取は、物凄いダメージだろう。
そう思って、目を開けた先には、足元がフラフラの関取が居た。
気絶しているのではないかと思えるほど、危うい足取りの関取。だけど、その太い腕だけは、姐さんをガッチリホールドしていて離さない。
なんてタフな奴だ!きっと、ブースト系の異能力者に違いない。
俺が驚愕していると、その巨体の元に、小さな影が迫った。
「巻ちゃんを離せ!」
桃花さんだ!
桃花さんが、関取の脇腹に風の弾丸を零距離で射撃して、その巨体を曲げた。
なんて威力だ!やっぱり、彼女もBランクなんじゃないか?
俺が1人で喜んでいると、関取の両腕がゆっくりと開き、今度こそ姐さんの拘束が解かれた。
姐さんは、腕から抜け出すと同時に、片足を高く、高く振り上げる。
関取の頭の上に上がる足。その足を、関取の頭に目掛けて思いっきり振り下ろした。
ごぉんっ!
そんな音がしそうな程の一撃。
関取の頭が、少しだけ凹んだように見えた。
関取は、その大きな巨体をゆっくりと後ろに傾け、地響きと共に床へと倒れ込んだ。
おお!やった!ジャイアントキリングだ!
俺は、言い知れない感動を覚えた。
こんな感情は初めてだ。
…いや、2回目か。
絶対的な強者を倒した感動。
黒騎士さんの試合を観た時と同じ感動を、俺は覚えていた。
そんな俺に、
「な、大丈夫だったろ?」
ヴィーナスがそう言った。
俺は、その誇らしげな顔の彼女を見て、同じように誇らしく思うのと同時に、
少しだけ胸の内が苦しくなった気がした。
〈◆〉
夕日がウロコ雲を赤く染める中、染まらない真っ黒な車体の中で、蔵人達はその立派な座席に疲れた体を沈めていた。
「いやぁ、疲れたぜ」
美しい銀髪が乱れるのも構わず、鈴華が「ふぅ~」と、ため息をタバコの様に中空へ吐き出す。
彼女の主張は、この場にいる全員の心情を代弁していた。
みんな疲れた顔をして、鈴華の吐いた吐息に小さく首を上下させている。
今、蔵人達はニャンジャワールドからの帰りだ。
あの後、無事にシン君をステージに送り届け、何とか施設を抜け出して、こうして帰路に辿り着く事が出来たのだった。
あのまま、あの場所に留まり続ければ、ヤバい事になったのは誰の目にも明らかだっただろう。
でも、
「(高音)でも、直ぐに帰って来てしまって良かったのかしら?少し心残りがあったんじゃないの?」
蔵人が意味あり気な視線を鈴華に送ると、彼女もニシシと笑って返してきた。
「なんだよボス。あいつらのライブでも見たかったのか?それとも、あいつらの前に立ちたかったとかか?」
鈴華が言っているのは、ライブ開始直前の出来事についてだろう。
シン君が帰還した後、蔵人達は舞台裏でシン君とマネージャーの星野さんからお礼を言われていた。
その際に、蔵人は星野さんからボディーガードの契約を持ち掛けられたのだ。
「先程のご活躍を拝見させていただきました。是非とも弊社、愛堂プロの専属護衛になって頂けませんか?」
かなり真剣な顔で頼んで来たのだが、こっちは中学生だ。
蔵人は星野さんにだけ聞こえる様に耳元で呟いた。
「(高音)お申し出大変有難いのですが、個人での契約は出来かねます。私が中学を卒業してから考えさせて頂きたいです」
「…えっ?」
星野さんの頭の上に?が浮かんでいる内に、蔵人達はその場から撤退した。
もしかしたら、星野さんが巻ちゃんを黒騎士と結びつけるかもしれないからね。
もしくは、戦いを見た他のメンバーが気付いてしまうかも。
リーダーさんがこちらを見る目が怪しかったからね。もしかして、シールドの橋で気付いたのかな?
彼らにバレるのは時間の問題。そうなる前に、蔵人達は会場を後にしたのだった。
その時の情景を思い出して、蔵人はふふっと笑う。
「(高音)それを言うなら、鈴華。貴女だって、彼らと一緒に踊りたかったんじゃないの?」
蔵人が言っているのは、蔵人と星野マネの横で話されていた会話についてだ。
端的に言うと、シン君が鈴華をアイドルに誘っていたのだった。
確か、こんな会話が展開されていた。
「貴女ならアイドルに、いやトップアイドルになれる!俺が保証するよ!」
「興味ねぇ」
「一緒にやりましょうよ!愛堂グループには女性中心のユニットも在籍しているんだ。ヴィーナスなら、特区の内外関係なく一位を取れる!俺が保証するよ!」
「だから興味ねぇって。あとヴィーナスって誰だよ!」
終始、詰まらさそうに返す鈴華と、それにもめげずに目を輝かせるシン君。
その顔は、何時ぞやの華奈子さん(九条さんの妹君)を彷彿とさせるものだった。
鈴華の才能を勿体ないと思ってくれたのだろうか?シン君は。
蔵人があの場面を思い返していると、その時と同じ声色で鈴華が唸った。
「んな面倒なこと誰がやるか。まぁ、ボスがやるなら、一緒にやるけどよ」
「(高音)それは向こうにも言われたけど、遠回しにお断りしているわ」
「だよな」
それよりもと、鈴華が蔵人に鋭い視線を寄越す。
「ボス、まだそれやるのか?」
「(高音)それって、何のこと?」
「それだよそれ!何時まで女装してんだよ!もう良いだろがよ。誰も見てないんだからさ!」
「そうだよ巻…蔵人君。もしかして、本当に女の子になっちゃったの?」
桃花さんが心配そうに蔵人を見上げる。
女装したくらいで女なると、本気で心配してそうな桃花さんが可愛い。
蔵人は笑いながら、喉の盾を消す。
「大丈夫だよ。俺は俺だ。桜城中等部1年、巻島蔵人だよ」
「そのカッコでその声は、ちょっと怖いね…」
林さんのツッコミは最もだった。
確かになっ!と、鈴華も笑っている。
桃花さんも、蔵人の地声を聞いて「ほっ」と安堵の息を漏らす。
「良かったぁ。僕、途中から本気で心配したんだよ?もしかして蔵人君はこのまま、巻ちゃんと入れ替わっちゃうんじゃないかって」
桃花さんの安堵の声に、鈴華も頷く。
「確かに、ボスの演技がしっくり来すぎて、あたしも巻ちゃんって女が本当にいるんじゃないかって思い始めちまったとこだよ」
「それだけ蔵人君の演技が凄かったって事だね!」
「案外ボスに、女装癖があったりしてな」
鈴華の茶化しに、蔵人は「ないない」と笑って答える。
蔵人が女性の演技が板についていたのは、以前の世界で女性だった時もあるからだ。
決して、アッチよりの世界には踏み入れたことは無い。
断じて無い!
無いのだが…。
「(高音)まぁでも、今日は楽しかったわ。また誘ってちょうだい」
「うわっ!また出た!」
「不意打ちで巻ちゃん出すのヤメロよ!ボス!」
「(高音)あら、ごめんなさい」
桃花さんと鈴華の素直な反応に、蔵人は笑いを噛みしめながら返答する。
そんな蔵人に、
「…本当に目覚めてないよね?巻島君?」
林さんは心配そうな顔を向けて来た。
蔵人は彼女に、ただイタズラっぽく笑い返すだけだった。
これにて、久我さん達とのデート回は終了です。
終了ですけど、主人公はちゃんと、帰って来ますよね?
「さてなぁ」
不安な返答ですね。
暫く、巻ちゃんは封印して欲しい物です。