218話~道を阻むは全て敵~
今日はシン君視点です。
彼からすると、巻ちゃんの声は通常が(高音)ですので、(高音)表示はありません。
俺はシン。ステップステップ・プレストのメンバーだ。
リーダーのマサとマネージャーがとち狂ってしまったせいで、アミューズメントパークのど真ん中でゲリラライブをやる羽目になってしまった。
いや、マサが考えている事は分かっているよ。あいつは、黒騎士さんが炎上した原因の一端が、俺達にあるって考えているんだ。
それは、俺も思っていた。俺達さえ彼の名前を番組で言わなかったら、こんなにも彼の名前が広まる事は無かっただろうから。
マサは言っていた。俺達が堂々と活動している姿をみんなに見せて、黒騎士の無実を証明するんだって。
だから、今日の俺達は全員、靴跡がプリントされたTシャツを着ていた。あの時に話した事を、なんら後ろめたいと思っていないと証明するために。
それは分かってるけど、なんで街中でゲリラライブなんだよ!?
その時点で、嫌な予感はビンビン感じていたんだよ。でもさ、もっとヤバい方向に行ってしまったんだ。
あろう事か、俺は迷子になってしまった。しかも、一般の女性達が大量に闊歩する超デンジャラスゾーンで。
ライオンの檻に入れられていた方が何倍かマシだろ。
俺は、トイレの入り口へと殺到する女性達を見て、そう思ったんだ。
でも、神様はまだ俺を見放したりしていなかった。
雇ったテレポーターが日和って飛ばした先に、救いの女神様がいたんだ。
黒髪で目付きが鋭いヤバめの厳ついお姉さんと、銀髪を靡かせたヴィーナスだ。
2人とも冗談じゃないかってくらいに強くて、一瞬で凶変した女性を手玉に取って、地面にキスさせてしまった。
俺はそれを見て理解した。この人達が、俺を救ってくれる救世主なんだってことに。
このどうしようもないパークから生還するための大切な助っ人なんだと。
俺は頼み込んだ。マサ達の所まで連れて行ってくれと。
最初は面倒だと言って、断りそうな雰囲気がバリバリ出ていたんだが、最後は快くOK出してくれたヴィーナス達。
俺は泣きそうになるくらいに嬉しかった。彼女達が味方になってくれるなら、きっとこのどうしようもない世界でも生き残れる。
俺は先ず、女装をさせられた。
近くの店で買ってきて貰ったカツラや化粧品で、女っぽく化粧をする。
元々、舞台とかで化粧には慣れていたが、サポートしてくれた女の子の腕も良かったからか、何処からどう見ても女の子って仕上がりになった。
彼女は林さんって名前らしい。
彼女にお礼を言ったら、恥ずかしそうに照れていた。
周りには居ない初心な反応に、俺は心が安らぐ。
俺の周りは超が付くほどの肉食女しか居ないからさ。彼女達の反応が新鮮で、涙が出そうになる。
服も着替える。俺が着ていたパーカーは、ゴツイお姉さんが持ってくれるらしい。
最初はちょっと躊躇した。この人、俺の服であんな事やこんな事するんじゃないだろうかって想像してしまって怖くなったんだ。
でも、ゴツイお姉さんは俺の服を手にしても、興奮する所か、まるで自分の服を扱うかのように、手際良く折りたたんでトイレのタンクの上の方に隠してしまった。
この人は、出来る人だ。
多分、ヴィーナス達の護衛なのだろう。
うちのポンコツ護衛達と違い、明らかにその道のプロ。正に姐さんだ。
その姉さんだが、俺のTシャツを見た途端に、顔色を変えた。
何か、表情が暗い。少し悲しそうな顔をしている。
えっ?何です?姐さん。このTシャツも脱げって言うの?この下は何も着てないから、流石に勘弁してくれよ?
俺が顔を引きつらせていると、姐さんはため息一つ吐いて、みんなに視線を送った。
「はぁ…。さぁ皆さん、行きますよ」
姐さんの号令で、トイレから出て歩き出す。
フォーメーションは、前衛に姐さんとヴィーナス。後衛が桃花さんと林さん。真ん中に隠れるように俺が配置された。
この状態で、1階のステージまで移動する。
ただ固まって歩いていたら、護衛に護送される要人だ。一発でバレてしまう。
だから、みんなは和気あいあいとした雰囲気を醸し出し、仲間内でつるんでいる雰囲気を作り出していた。
今も、みんなは他愛もない話で盛り上がっており、時折姐さんやヴィーナスが俺に話しかけて、俺はただ頷くだけしていた。
声でバレるから、絶対に話すなと姐さんから言われている。
でも、仲間内で全く話さないのも周りから怪しまれるからと、俺は話を振られて頷くだけを指示されている。
こうすれば、こちらを監視する人間がいたとしても、バレにくいだろう。
プロは違うよ。流石は姐さん。
姐さんのお陰で、すれ違う女性達に全く怪しまれる事なく進むことが出来ている。
時折、話しかけて来る女性もいるが、大概はヴィーナスか姐さん目当てで近寄ってくる奴ばかりだ。
ヴィーナスは女優も嫉妬する程の美貌を持っているし、姐さんは体格が良いから、男が女装してると思われている。
可愛そうに。
姐さん、声は少しハスキーだけど、明らかに女性の声なんだよな。
喋り方にも品があるし、きっと良い所のお嬢様なのだろう。先ほどの強さを考えると、ご先祖様が名のある武家の出なのかもしれない。
だから、姐さんの声を聴いた女性達は、残念そうに去っていく。
…一部、それが良いというヤバい人達は、姐さんとヴィーナスの威圧で分からされてから帰っていく。
流石はお2人だ。
「そういえば、中央広場が随分と賑わっていますね?」
「なんか芸能人が来てるらしいぞ。ライブやるとかって聞いたぜ?」
「ステップステップだよ!」
「あらそうなの?ちょっと覗いて行きません?折角ですし」
姐さんが、自然な流れで話を振り、俺達の行き先をライブ会場に向けさせる。
「巻ちゃんが行くなら、僕も行くよ!」
「まぁ、それも良いか。でも、その前にアイス買って行こうぜ!」
「ええっ!?アイス持ってライブ見るんですか?溶けちゃいません?」
「林さんの言う通りね。周囲の迷惑になるかもしれないし。アイスはライブの後にしましょう?鈴華」
「ちぇっ、仕方ねぇなぁ」
本当に、何気ない会話だ。
林さんと桃花さんは緊張気味で、若干棒読みだったが、周りが怪しんでいる様子は無い。
と言うか、姐さんとヴィーナスは演技力高くないか?2人ともちょっと鍛えれば、直ぐにでも舞台に出られそうなレベルだ。
特にヴィーナスは容姿も良い。一躍大スターも夢じゃないだろう。
俺がそんな事を考えている内に、俺達は無事にエスカレーターまで到着し、そのまま下へと降りていく。特設ステージがある1Fまでは、もう少しだ。
「凄い人集りね」
1Fに到着した姐さんが、エレベーターから一番に降りて、ため息を着く。
「うわっ、こりゃすげぇ。ステージ前に人が多すぎて、ステージが見えねぇぞ…」
次に降りたヴィーナスが、嫌そうに続ける。
ステージが設置された会場の周辺10m程は、既に人が集まりすぎて過密地域となっていた。その周りも、何とか登壇するプレストの面々を目にしたい女性達がハイエナの様に集まって来ている。
ここからステージまでの距離は、大体50mくらいか。
俺もエスカレーターから降りる。
と、その時、
「……っ!」
俺の前に降りたヴィーナスの美しい銀髪が、降りた拍子にふわりと羽ばたき、その一翼が俺の顔を、鼻を撫でる。
俺は、その優しい刺激に、堪らず、
「ふっ…ふぁっ…ファックションっ!!」
盛大なくしゃみをかましてしまった。
その俺の声は、普段ボイトレを欠かさない事もあるからか、フロア中に響き渡ってしまった。
やっちまった。
そう思った次の瞬間、
刺さる視線。
眼差し。
眼光。
目という目が、こちらを、俺達を凝視していた。
女性達の、ケモノの目が、一斉にこちらへと殺到した。
「えっ?なに?」
「男の声よ!?」
「シン様?シン様なの!?」
「何処から聞こえたの?あそこ?」
ざわめきが起こり、まるで肉食獣が獲物を臭いで嗅ぎ分けるように、彼女達は辺りを血眼になって探す。
やがて、音の位置を的確に探し当て、俺の存在を認識し始める。
彼女達の目が、ヴィーナスと姐さんを貫通して、俺を捕らえた。
このままでは不味い。
俺が、そう思うよりも先に、
「走れっ!」
姐さんの、短い号令が飛んだ。
それを受けて、3人が動き出す。
でも、俺と林さんは直ぐには動き出せなかった。
姐さんが俺達を振り返る。
「動けシン!包囲される前に、早く!」
「うっ」
俺は、走り出したかった。姐さん達に着いていかないとヤバいことくらい、考えるまでもない事だった。
でも、獰猛な肉食獣達が跋扈する中に飛び込むことを想像したら、足が動かなかった。
怖い。
怖いんだ。
火の燃え盛る舞台に飛び込むのと同じくらいに怖い。
切り立った崖の上からバンジージャンプするみたいに、体が、足が竦んでしまって、全く動かないんだよ。
どうすりゃいい。どうすりゃいいんだよ!?
焦れば焦るほど、足が震えて動かなくなる。
そんな俺の手が、引かれた。
「怖がってんじゃねぇ!」
引かれた先に、女神が居た。
「大丈夫だ。あたしらを信じろ。お前を必ず、舞台まで届けてやるからよ!」
彼女の必死な笑顔が眩しくて、俺の心臓が動き出す。それと同時に、足も前に出る。
この人に付いて行けば大丈夫だ。
そう思ったら、強張っていた体も解けていく。
だが、直ぐに足が止まった。
ヴィーナスが足を止めたから。
先を行っていた姐さん達が、前を睨んでいる。
「くそっ、遅かったか」
ヴィーナスが、悔しそうに言葉を吐き出す。
俺達の目の前には、幾人ものケモノ達が立ちはだかっていた。
「シン様よ!あの手を繋がれている方がそうよ!」
「シン様を誘拐したのね!この女共!」
「えっ!?普通に友達じゃないの?」
「そんな訳あるか!」
「あいつら、シン様を無理やり連れ去ったのね!」
「いやいや、流石にそれは無いだろ。考えすぎだよ!」
「考え過ぎ?無理やり手まで繋いでいるのよ?」
「許せないわ!」
「成敗してやる!」
半数近くのケモノが、殺意を目に宿して近づいて来る。
どうする?逃げるか?でも何処に?
収まってきていた不安が、また一気に膨れ上がってくる。
足が、竦む。
でも、このままでは直ぐに捕まってしまう。
捕まれば、俺は何をされるか分からない。それに、姐さんも、桃花さんも林さんも、そしてヴィーナスも、無事では済まない。
それは、嫌だ。
嫌なんだ!
「みんな!待ってくれ!」
俺は叫んだ。
「俺は大丈夫だ!なんにもされてない。この人達と、ただ舞台に戻りたいだけなんだ!」
喉が震える。
大事な喉だ。常にケアを怠っていない。歌以外で大声も控えている。
でも、今は関係ない。
「だから、邪魔しないでくれ!!」
俺を此処まで引っ張ってくれた彼女達の為に、俺を守ると微笑んでくれた人為に。
俺の、もう一つの仲間達の為に、俺は全力で叫んだ。
そんな俺の必死な声は、
「シン様…」
「シン様がそう言われているなら…ねぇ?」
「私達、邪魔してたの?」
ケモノに、いや、女性達に届く。
彼女達は、俺の声をしっかりと聞いてくれていた。俺の声に答えてくれた。
俺は、嬉しかった。
何時も可笑しな行動をするファンばかりが目立っていたから、こうしてまともに対応してくれる人達がいることを、改めて認識できた。
でも、
「なに言ってるの!あれは言わされているだけよ!」
「卑怯者共め!シン様を人質に取るなんて!」
「か弱い男の子を盾にするなんて、人間のする事じゃないわ!」
「私達で助けましょう!」
「そうよ!」
「その通りよ!」
声が届いたのは、一部の女性達だけ。
ステージを離れてこちらに近づく女性の半分以上は、まだ止まらない。
俺の力は、こんな物なのか…。
俺は、自分の無力さに打ちひしがれて拳を硬く握る。
そんな俺に、姐さんが振り向いて言った。
「良く言いましたね。後は私達に任せなさい」
姐さんの顔には、薄らと笑すら浮かんでいた。
でも、その目は鋭く、彼女が本気である事は俺にも分かった。
姐さんが正面へと向き直る。その大きな体いっぱいに空気を取り込んで、そして、
「聞け!我らの道を阻む者達よ!」
姐さんが、女性達に向かって怒号を飛ばした。
「これより先、我らは舞台へ強行突入する!命惜しい者、この男の意思を邪魔をしたくない者は引け!」
姐さんの凄みに、元々懐疑的だった人だけでなく、怖くなった女性達も歩みを止めた。
それでも、まだこちらへの敵意を剥き出し、足音荒く迫ってくる女性達は沢山いた。
1、2、3…20人くらいだろうか。
特設ステージに群がる女性達の壁まで、30m程の距離。その壁を背にして、飢えた女性達がこちらを睨んでいる。
その女性達を見て、姐さんは牙を剥いて笑った。
「なおも命捨てんとするなら、勇み歩みて命散らせよ!」
その勇ましく、雄々しい姐さんの啖呵に、
「舐めるな!」
「このブサイクっ!」
「シン様は私の物だ!」
「私のシン様だっ!!」
女性達が、バラバラに走り出した。
欲望を赤裸々に吐き出した女性達は、最早ケモノと何ら変わらず、ヨダレまで垂らして殺到してきた。
これが本性。
誘拐だなんだとこじつけて、結局は俺が欲しいだけの女達。
俺の体と、顔と、名前が欲しい女共。俺の心を見ようともしないケモノ共だ。
背筋が凍るその絶望の景色に、それでも姐さんは、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、その両手を左右に大きく開いて、こちらに顔だけ振り返って声を掛ける。
「良いか皆の者!道を阻むは全て敵!容赦の欠片も与えるな!」
「おうっ!」
「お、おう!」
「ええっ…」
ヴィーナスと桃花さんは良い返事をするが、林さんは若干引いてしまっている。
いや、俺も引いている。引いていると言うより、腰が引けてしまった。
数え切れないケモノの群れが、こちらへと殺到する状況を前に、こうも堂々としていられない。
それでも、姐さんは構わず、ケモノ達に向けて構える。
姐さんの周りにキラキラとした板がいっぱい集まり、それが一つの物体を創り出した。
何だろうか。これは…新幹線?新幹線の頭か?
「盾密集陣形・装甲列車!!」
縦横2m位のそれは、文字通り防御をガッチガチに固めた装甲列車だった。
かっ、カッコイイ!
「総員、突撃ぃい!!」
「「おおお!!」」
姐さんを筆頭に、5人の特攻隊が、狂った女性達の群れに突入した。
迫り来るのは理性を失った女性達。
果たして、主人公たちは無事に、この無法地帯を抜けられるのでしょうか?
「パークの警備員。仕事しろ」
確かにですね。
きっと、イベントステージに割かれてしまっているのですよ。