216話~しっかし、今日は人が多いな~
意気揚々と街を闊歩する鈴華。
その背について行くこと、10分程。
行き着いた先は、大型アミューズメント施設であった。
ショッピングモール、映画館、水族館、猫キャラクターのテーマパークなどが一挙に整列している夢の国だ。
名前はニャンジャワールド。
至る所にデフォルメされた猫のキャラクターが描かれている。
史実でも、ここにあったのは確か、ナンジャタ…。
止めよう。そこはそこ、ここはここだ。
先導していた鈴華が振り返る。
「みんな昼メシまだだよな?先ずはレストラン街に行こうぜ!」
「良いね!僕、部活でお腹ぺこぺこだよ。何があるの?」
桃花さんが、自分のお腹を摩って目を輝かせる。
午前中はファランクス部の練習だったからね。学校でシャワーとかは浴びたけど、昼食はまだだった。
だから、みんなお腹は減っているんだけれど、桃花さんの率直な、純粋無垢な動作が可愛い。
鈴華が斜め上を見ながら、両手を出して指を折る。
「何でもあるぞ。洋食に中華、イタリアン、寿司に蕎麦うどん、焼肉やバイキングまでな!」
「ううっ…ごめんなさい。私、朝が遅くて、あまりお腹が減ってないんです…」
林さんはあんまり食べられないらしい。
土曜日の部活が無かったから、朝食は遅めだったそうな。
鈴華は腕を組んで考える。
「う〜ん…それならデザートが美味いところが良いな。ボスは何かリクエストあるか?」
「(高音)そうね。みんなでゆっくりお話とかもしたいし、カフェなんかが良いんじゃないかしら?」
デザートも豊富だろうし。
蔵人の提案に、鈴華は「よっし!じゃあ、あそこだな!」とテンション上げ上げで突き進む。
そうして着いたのは、最上階の大きなカフェ。内装もシックで高級感が溢れている。
店内には複数のマダムの姿があり、どの人も高そうなお洋服を着こなして、随分と優雅なランチを楽しまれているご様子だ。
大丈夫だよな?ここ、ドレスコードとか無いよな?
不安になった蔵人が鈴華に聞いたところ、そんなものは無いとの事だった。
だが、あの高級マダム達と同じ空間に居るはちょっと躊躇われたので、外のテラス席に座ることにした。
蔵人達3人は、受付でサンドイッチセットを頼み、蔵人は加えてドリアを頼む。林さんはパンケーキと紅茶だけだ。
注文を終えて、テラス席に座る。
ここからだと、ショッピングモール内の様子もよく見える。
ショッピングモールは真ん中が吹き抜けになっており、そこを何台ものエレベーターとエスカレーターが走っている。
お陰で、1階の様子まで筒抜けだ。
1階の吹き抜け部分は、サッカーコートくらいの広さがあり、そこを楽しそうに駆け回る小さな女子達の様子が、ここからでも見て取れた。
蔵人が下を覗いていると、鈴華が蔵人の横に顔を出し、一緒に下を覗き込んだ。
「何を熱心に見てんだ?ボス。ああ言う、ちっちゃい子が好きなのか?」
「ええっ!?」
鈴華がそんな事を言うものだから、桃花さんが慌ててテラスの柵に体を乗り出した。
まったく…。
「(高音)変な事を言わないでちょうだい、鈴華。私は至ってノーマルな趣向をしているわよ」
「まぁ、そうだよな。翠みたいに、長い髪が好きだもんな」
ニシシと笑う鈴華の様子は、ただ揶揄っただけのようだった。
だが、それに振り回されてしまったのは、蔵人ではなく桃花さんだった。
僕ももっと伸ばそうかな?と、自分の髪を気にしている。
なので、蔵人は彼女の肩に手を置いて、グッと親指を立てる。
「(高音)大丈夫よ。貴女は貴女の魅力があるんだから」
「うっ、うん」
そう、小さく頷くと、桃花さんはテーブルに戻って突っ伏してしまった。
しまったな。
蔵人が額に手を当てて「あちゃ〜」とやってると、再び鈴華が下の階を指す。
「そんで、ボスは何を見ていたんだ?」
「(高音)ええ。ただ、随分と広いスペースだと思っただけよ。ファランクスでも出来そうじゃない?」
「流石にそいつは今まで無かったけど、ちょっとした異能力戦はやった事あったと思うぞ。他にも、アーティストのライブとか、大道芸とか、ちょっとしたサーカスを呼んだ事もあった筈だ」
なんと。
蔵人は少し驚き、下を見る。
確かに、吹き抜けはただのフロアではなく、何か特殊な床板や防壁の様な物も見える。
鈴華が言うには、1階はイベントホールの役割も果たしており、作りもしっかりしているのだとか。
シールドやバリアのガードマンも常駐しているので、異能力戦まで行えるらしい。
流石は特区のアミューズメントパークだ。いざとなれば、吹き抜けが避難場所にもなるらしい。
そんな会話を楽しんでいると、注文した品がやってきた。
かなり早めに持ってきてくれたが、想像以上に美味しかった。
食材が新鮮であり、尚且つ高級品なのだろう。
先ずはハム、卵、カツのサンドイッチセット。
噛んだ瞬間に、レタスのシャキシャキ感が歯ごたえを楽しませ、後からハムの香ばしいスモーク風味と、濃厚な肉汁が滲み出てくる。
卵サンドも、中の卵が濃厚な味わいで、酸味の優しい特別マヨネーズと上手くマッチしていた。
パン自体もしっとりふわふわで、口の中で小麦の風味が広がった。
カツサンドのカツなんて、肉が最高級品なのがよく分かる。
噛んだ瞬間に幸せの汁が口いっぱいに溢れてきて、カリカリな衣と、シャキシャキなレタスが口の中でオーケストラを奏でる。
ドリアも最高だ。なんだこのチーズの濃厚さは!それでいて油っこくなく、中に入っていたエビの風味すら優しく包み込んで活かしていた。
はっ!いかん。いつの間にか、意識が料理に全集中しておったぞ。
蔵人は気付いて、急いで顔を上げる。すると、鈴華と桃花さんがニマニマとこちらを見ており、林さんも小さく笑っていた。
「美味かったか?ボス」
「(高音)ええ、最高だったわ。ごめんなさい。食べる事に傾注し過ぎたわ」
「良いって。ボスの食ってるところ見てるの楽しかったし。なぁ?」
「うん!凄く幸せって感じだったよ。僕も美味しくて、ほっぺた落ちそうだもん」
「いいなぁ。私も今度は、お腹空かせて来よう…」
「テルちゃんの奴も美味しそうだよね。僕も頼もうかな?」
「おっ、良いね!みんなで頼むか。ボスも食おうぜ!」
「(高音)私はコーヒーも頂きたいわ」
という事で、追加のパンケーキまで頼んでしまった。
結構な量だが、みんな部活で動いているのでペロリだった。
これは、部活連中で食事会をするなら、バイキングの方がいいかもしれない。
蔵人以外の娘達は、パンケーキの後にデザートを追加するみたいだし。
アクアゼリー?なるものを注文していた。この店のイチオシなんだそうな。写真では透き通った深い青色のゼリーが入ったカップだ。確かに写真映えしそうだ。
また直ぐに、注文品が届く。
写真よりもゼリーの透明度が高く、まるで離島の海の中を覗いているみたいにキラキラしていてる。
なんだか、食べ物と言うより宝石だ。
天辺に赤色の丸い何かが乗っている。イチゴ味のチョコレートだそうだ。中にドライしたイチゴの実が入っているのだとか。
それをスプーンで掬って食べた鈴華が、ニンマリ横を見ていた。
隣の桃花さんのを狙っているのだな?
桃花さんは、美味しいものを取っておく派らしい。
「なんだよ桃花。食わねえなら貰うぞ?」
「だ、ダメだよ!」
桃花さんは、急いでチョコレートをゼリーの中に埋没させて隠してしまう。
そうすると、より幻想的になるゼリー。
海の中に太陽が沈んで、煌めくようだ。
うん?何か閃きそうだぞ?ぐぬぬぬ…。
各々、飲み物を飲みながら落ち着く。
案の定、蔵人がコーヒーをブラックで飲んだら、鈴華と桃花さんに驚かれた。
林さんは何故か、難しい顔をしている。
「あたしも、今度からブラックに挑戦するかぁ…」
「僕も!」
2人は妙に張り合ってきたが、少なくとも桃花さんはまだ止めた方がいい。
先ずはカフェオレくらいから始めたら…?
蔵人は、オレンジジュースを一生懸命に吸っている桃花さんを見ながら、そう思う。
「しっかし、今日は人が多いな」
飲み物を半分くらい飲んだ所で、鈴華はそう言って周りを見渡す。
「(高音)そうなの?」
蔵人も見回すが、鈴華が言う程とは思えなかった。
どのお店にも行列が出来ている所は無く、通路は充分歩くスペースが確保出来るくらいの混み具合。
これが平日なら、少し多いのかも?と思えるが、今日は土曜日。それも、昼時を少し過ぎた一番混み合う時間帯だ。
それを加味すると、寧ろ空いているんじゃない?
蔵人はそう思ったが、ここによく来る鈴華からしたら、充分混んでいるのだとか。
そもそも、特区では行列なんて殆ど出来ない。
ちゃんと交通整理が出来ていたり、施設も馬鹿デカいから、収容人数が特区の外や史実とは比較にならないらしいのだ。
そう考えると、確かに人通りは多い方なのかも。
「(高音)そもそも、女性ばかりね。分かっていた事だけれど」
行き交う人、店で遊ぶ人。その殆どが女性だ。稀に男性らしきファッションをしている人も見かけるが、大抵はそういうファッションの女性であり、極々稀にいる男性は、周りをガッチリ護衛の女性達に囲われて歩いていた。
蔵人の不思議そうな視線に、鈴華は何でもないと言わんばかりに片手を振る。
「それは何時もと変わらないよ、ボス。そもそも特区の街中を男性が歩くこと自体が珍しいんだからな」
そう。特区で男性と会う確率は極端に少ない。
蔵人は桜城に通っているので、クラスメイトの佐藤くん達と会えるが、学校の外に出た途端、男性との遭遇率は極限に減少する。
それは、Cランク以上の男性が少ない事も影響しているし、高ランク女性が闊歩している特区の中を歩こうとする男性がいない事も原因だ。
男性からしたら、街中をマシンガンやチェーンソーを持ち歩く人でいっぱいなのだから、怖くて外に出れないのは仕方がない。出るにしても、護衛をいっぱい伴って行くか、それが出来ない人は、蔵人の様に女装する必要がある。
と言うより、護衛を雇って女装するパターンが、男性としては一番安心するらしい。
蔵人が今日女装しているのも同じ理由だ。
蔵人自身が、女性が怖いと思っている訳では無いが、ナンパが激しすぎてデートにならないのが想定された為、このように扮している。
それでも、蔵人達はここに来るまでに数回ナンパされた。
ちょっと道を聞きたいんだけど?
今お暇ですか?
私達も一緒に連れ行ってよ!
みたいな事を言っていた彼女達。
女装した蔵人を怪しいと思って、声をかけてきた人もいた。筋肉はある程度覆い隠せても、骨格は隠しきれないからね。
それに、今の蔵人は鈴華と同じくらいの身長だ。女性としてはかなり高い。それらを踏まえて、女装に気付いた女性達が話しかけてきたのだった。
だが、そういう人達は、蔵人の声を聞いたら撤退して行った。流石に声まで女性っぽかったら、女性認定してもらえるみたいだ。
蔵人のボイスチェンジは、合成音でもないから聞き分けられなかったのだろう。
そういう女性達は、まだ良い。
厄介なのが、別の目的で近づいてくる奴らだ。
今も、怪しい視線を送ってきた女性2人組が、蔵人達を目指して近づいて来た。
「こんにちは。貴女、学生さん?」
「もしかして、女優さんですか?」
彼女達の目的は、どうやら蔵人達ではなかったみたいだ。2人の目線の先には、
「あー、そういうんじゃ無いから。あたしらただの学生だから」
鈴華が居た。
鈴華が面倒くさそうに手で「あっち行け」サインを出す。
彼女は蔵人並に背丈があり、加えて、モデルも嫉妬する程のルックスを持っている。
美しい銀髪に整った顔立ちは、同性をも虜にしていた。
実際、ナンパの半数以上は鈴華目当てで突撃してきており、こいつらの中には鈴華が追っ払おうとしても居座る厄介な奴らがいる。
今目の前の2人組も、厄介な奴らであった。
鈴華の迷惑そうな顔を見ても、「彼女は居ますか?」「私達フリーなんです」としつこく聞いてきている。
こういう時は、蔵人の出番だ。
立ち上がった蔵人は、鈴華を隠すように2人組の前に出て、笑顔を作る。
「(高音)あら。もしかして私達と遊んでくれるの?嬉しいわ!」
嬉しい。
そう言いながら、蔵人は手の甲に設置したアクリル板をバキッ!ボキッ!と盛大な音を出しながらへし折る。
傍から見たら、手の骨を滅茶苦茶に鳴らしながら威圧する大女だ。怖くない訳が無い。
「えっ、あっと、その…そう、映画!もう映画が始まる時間だったわ!」
「は、早く行こ…」
案の定、2人組は顔を真っ青にして、ピュゥッと何処かに行ってしまった。
だけど、そっちは映画館じゃなくて水族館じゃないかい?お2人さん。
2人の背中を、蔵人が呆れ顔で見送っていると、鈴華がばつの悪そうな顔で謝ってくる。
「すまねぇ、ボス。また守ってもらっちまった」
「(高音)いいですわ。これくらい当然ですもの。友達でしょ?」
「いや、でも。女のあたしが守らないで、ボスに守ってもらってちゃ…」
鈴華が難しい顔をしている。
この世界では女が男を守るのが普通だからね。そこを気に病んでいるのだろう。
鈴華らしいな。
蔵人は鈴華の肩を叩き、見上げる鈴華に笑いかける。
「(高音)盾は守る物です。これが私の本懐。貴女に、貴女の美しさに群がる害虫ごとき、全て私が跳ね除けてやりますわ」
「ボス…」
鈴華は感動したのか、少し顔を赤らめて、
「今のセリフ、声を戻してもう一回言ってくれよ」
「(高音)うん?」
感動…したのか?
「だからさ、もう一回!美しさがのとこだけで良いからさ!」
「あっ!ズルいよ鈴華ちゃん!僕も!僕も言って欲しい!」
隣から桃花さんまで割り込んで来た。
「(高音)いえ、桃花さんの場合は美しいじゃなくて、可愛いだと思いますけど…?」
「かっ、かわいっ!?」
桃花さんが胸を抑えて、机にうづくまってしまった。
やってしまった!
蔵人はすぐに、桃花さんに近づいて介抱しようとした。
だが、立ち上がった鈴華に両肩を掴まれて捕まってしまった。
「頼む、ボス!もう一回、もう一回言ってくれ!」
何なんだ!この状況は!
蔵人は、この場のカオスっぷりに頭を悩ませた。
その後、蔵人達は思う存分遊んだ。
ボーリングでは桃花さんが高得点を出して、意外にも運動神経が良い事が判明した。
水族館では、誰が一番魚の動きに似ているかコンテストを行い、恥ずかしさで顔を赤らめた林さんが〈頑張っていたで賞〉を見事、受賞していた。
所々でショッピングも楽しんでいると、時刻は17時を廻っていた。
そろそろ帰宅の時間である。
鈴華が腕時計をチラ見して、ふっと短いため息をついた。
「もうこんな時間かぁ。どうする?最後アイスでも食ってく?」
「えっ!もうそんな時間なの?」
桃花さんが慌てて時間を確認しようとして、1階に設置されてる大時計を見ようとフェンスに身を乗り出す。
すると、
「あれ?なんか下に人がいっぱい集まってるよ?」
桃花さんに促されて、蔵人も下を見る。すると、確かに人が集まっているのが目に入った。
壁際に設置されたイベントブース前なんて、人垣が何層も出来るくらいに、ごった返しているのが分かる。
確かあそこには、ピアノが一台設置されているだけで、取り立ててイベントの予告もなかった筈だ。
昼メシ時にも見たが、みんな素通りしていたし。
何かあるのか?
蔵人はその辺りに、パラボラを集中させた。すると、そこに集う女性達の会話が聞こえて来た。
「…ゲリラ…で…」
「…で逃げて…まだ潜んで…」
ふぁっ!?
ゲリラ?潜んでいる?
恐ろしい言葉が聞こえてしまった。
こんなモール街で聞く言葉じゃない。
ここはベトナムの湿地帯じゃないんだぞ?何か聞き間違いをしているんだ。そうとしか思えん!
蔵人は更に情報を得ようと、階下に意識を集中した。
集中しすぎてしまった。
それ故に、気付くのが遅れてしまった。
桃花さんに近づく、怪しい影に。
「うわっ!」
蔵人が異常に気付いたのは、桃花さんの短い悲鳴が上がってからだった。
急いで振り返ると、桃花さんが倒れている姿が目に入った。
倒れた彼女の目の前には、フードを目深に被る怪しい人物が突っ立っていた。
ゲリラが、逃げ込んだ?
もしかして、桃花さんを襲ったのは…!?