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213話~蔵人。君に相談がある~

怪しげな電話は、前回の会合で決めた、ディさんとの連絡手段であった。

2回連続で着信を入れた後、こちらから返信を入れたら直接会う事になっていた。

本当なら、電話でのやり取りの方が楽だとは思うのだが、何せ相手は軍部の上層部。第三者に盗聴でもされたらスキャンダルになると、こうして直接お会いすることになっていた。

なってはいたが、こんなに早くお会い出来るとは…。

蔵人は召喚された場所で、暫し考え込んでいた。

すると、ディさんが声を掛けて来た。


「そう緊張するな。先ずは掛けてくれ」


そう言って、ディさんは彼の目の前のソファーを手で差し、蔵人に着席を勧める。

今晩のディさんは、前回お会いした様なきっちりとした正装ではなく、バスローブみたいなゆったりとした服を着こなして、ソファーに深く腰かけている。

随分とラフな格好。それでも、変わらずサングラスをしている。

やはり、このサングラスは彼の素性を隠すものなのか。

もしくは、目の動きを隠し、テレポートを事前察知させない為かもしれない。


彼の目の前には、前回アグレスの画像を見せてもらったPCが置いてあり、その両脇には紙の束が幾つか置いてあった。

お仕事中だったのだろう。こんな時間まで、ご苦労な事だ。

だが、蔵人がソファに座ると、ディさんは指を鳴らして、それらの仕事道具をテレポートさせた。

代わりに現れたのは、透明な液体が入った一対のグラス。

その内の一つを、蔵人の方へと寄こして来た。

お酒じゃないよな?

クンクン。

うん。ただの水みたいだ。


「頂きます」


蔵人が笑顔で受け取ると、ディさんは暫し無言でこちらを見詰めていた。

うん?何でしょう?

そう思ってみていると、ディさんは小さく首を振った。


「…済まない。今日は、君が随分と活躍していると聞いてな。話を聞こうと呼んだのだ」

「そうでしたか。態々お時間を作って下さり、ありがとうございます」


蔵人が再びお礼を言うと、彼は自分のグラスをこちらに向けて来た。

乾杯しようという事かな?

蔵人はそれに、頂いたグラスを近づけて、軽く接触させる。


カンッ


「先ずは各大会での優勝と、全日本の出場権獲得を祝わせてくれ」

「ありがとうございます」


まさか、推薦状の事まで知っているとは。何と耳の早い。

流石は、軍の上層部に連なる御仁だ。

蔵人は改めて、彼が上位の存在であると認識する。

蔵人が謝辞を述べると、ディさんは笑みを浮かべて、小さく首を振った。


「私は、君を過小評価していた様だ。いや、正しくは、君の力をまだ理解出来ていなかった。まさか推薦枠を勝ち取り、私の要望に応えてくれるとはな。夢にも思わなかったぞ」

「そう言って頂けて恐縮です。ただ、運良く運営の目に止まったから成せた事かと」

「それも必然だ。あの天才と謳われた、オリビア選手を倒したのだからな。どれ程間抜けな調査員だろうと、君を推薦するのは時間の問題であったろう」


やはり、ディさんはオリビアさんを知っているみたいだ。

覚醒者で、技巧主要論に近い思想を持つ彼女は、ディさんの理想を実現しうる存在だからね。彼なら眼中に入れていると思っていた。

いや、もしかしたら、ディさんの思想自体が彼女達と同じ元の物であり、シャーロット・オッペンハイマー先生こそが、技巧主要論の提唱者なのかもしれない。

蔵人はそう予測を付けながら、かなり持ち上げてくるディさんに向けて、座りながら頭を下げる。

深々と。


「ありがとうございます。ですが、その推薦が取り消される可能性も出てまいりました」


そう言った瞬間、ディさんの笑顔が強ばった。

彼は体を前に倒し、太ももに肘を着けて、両手で口元を覆った。


「それは、週刊誌の件を受けての事か?」

「はい。仰る通りです」


推薦枠は、話題の選手を招き入れて、大会を盛り上げようといった思惑も少なからず存在していると思っている。

で、あるならば、絶賛炎上中の蔵人を招くとは考え辛い。

炎上商法を狙う可能性も無い訳ではないが、元々有名である全日本大会でやる必要性は薄いと思う。

炎上商法は、無名な者が名前を売るくらいにしか使えないからね。

そうなると、ただ燃えているだけの蔵人はデメリットしか無く、一度出した蔵人への推薦状を取り消すのではと考えていた。


ディさんの問いに、強く頷いた蔵人を見て、ディさんは少し驚いた顔を向けた。

おや?何か考え違いをしていたのかな?

蔵人が不思議そうにディさんを見ると、彼は軽く頭を振り、笑みを浮かべた。


「いや、済まない。別に、君の意見を否定しているつもりは無い。寧ろ、その可能性は私も考えていた。だが、その当事者である君が、その様に冷静な物言いで発言したことに、私は驚いていたのだ」


そう言うと、ディさんはグラスの中の水を、一気に喉に流し、ふぅと小さく息を漏らした。


「そもそもな。ここに君を呼んだ本来の目的は、君が精神的にも参っているのではないかと考えての事だったのだ。あのような情報が耳に入れば、普通は精神を病み、自暴自棄になってしまう者が殆どだろう。だから、呼び出した君が余りにも平然としていたので、私は、君がまだこの件を知らない物と思って接した…のだがな、まさか全てを知っていたとはな」


ディさんはそう言って、グラスの底に残った水をクイッと煽る。

蔵人も真似てグラスを傾けると、冷たい水が喉を潤した。

少し硬い気がするので、ただの水では無いだろう。もしかしたら、富士山の天然水か。

蔵人はグラスを置き、ディさんの言葉に首を横に振る。


「私が冷静でいられるのは、理解ある学友達のお陰です。彼ら彼女らが私を擁護し、護衛してくれるので、私は心を落ち着かせていられるのです」

「ほぅ…」


ディさんが話を促す様に相槌を打つので、蔵人は掻い摘んで、今日の学校での様子をディさんに話す。

クラスメイトの事、親衛隊の事(親衛隊とは直接言わず、他クラスの支援者と言葉を濁した)、教員棟での事。

話し終えた蔵人は、またグラスを傾ける。

少し喋りすぎた。喉が渇く。


ディさんは、何処からか取り寄せたガラス製のピッチャーで、蔵人のグラスに水を継ぎ足してくれる。

自分の分も入れると、ピッチャーを机に置くディさん。


「君は、随分と慕われているのだな。学友に、周りの者達に」

「いえいえ。ただ、皆さんが良くしてくれるだけです。私は、そんな皆さんの好意に甘えているのです」

「謙遜することは無い。君が成し遂げた事を考えれば、周りの反応も当然と言うもの。だが、…まぁそうか。君のその謙虚な姿も、周りを引き付ける理由の一つ、なのだろうな」


ディさんは独り納得したように頷いて、グラスを揺らす。


「それ自体は素晴らしい事だが、君の光は些か眩し過ぎた。お陰で、要らん害虫まで引き寄せてしまった」


ディさんの口調が、僅かに固くなる。

本題に入ったな。


「害虫…ですか。私としては、煩わしいだけの羽虫の様な者と思っておりましたが」


周りでブンブン飛ばれるだけであれば、不快だが実害は少ない。少し我慢すれば、いずれ何処かに飛び立つだろう。

蔵人自身が、美味しい餌など持ってはいないのだから。

そう思う蔵人に、ディさんは苦笑いを向けてくる。


「どうだかな。あいつらが飛び回るだけで終わるかは分からんぞ」


ディさんは小さく首を振って、蔵人の軽口を否定する。

どうなるか分からない。それが示すのは、


「事態が悪化する?週間文化が新たなデマを流す可能性があると?」


蔵人が推測を話すと、ディさんの目が、サングラスの向こう側で光った気がした。


「ほぉ。どうして"新たな"情報だと思う?このまま既存の情報、ドーピング疑惑を拡大させる方が楽だと思うが?」

「それは難しいでしょう。何故なら、この情報は根も葉もないデマだからです」


蔵人が少しでもズルをして大会に出場していたのだとしたら、デマを拡大させ続ける事も出来よう。

だが、そんな事実は全くない。

噂とは、一切の真実も無しに大きくならない。

火種が無ければ、燃える物が無ければ、火の手が広がらないのと同じで、必ず何処かで鎮火してしまうだろう。


それに、このデマの矛先に居るのは蔵人だけでは無い。

黒騎士を出場させた、異能力大会運営にも向けられているのだ。

ドーピングを許した大会というレッテルを貼られている大会運営のお偉いさん達が、果たして消火もせずに、対岸の火事として鑑賞するだけに留まっていられるだろうか?


「根も葉もない…か」


ディさんはそう、小さく呟く。

何処と無く悲しそうな顔なのは、蔵人の見間違いか。それとも…。


蔵人がディさんの顔をマジマジと見詰めていると、突然ディさんは破顔した。


「本当に君は面白い、蔵人君。この入り組んだ状況で、周りの動きを的確に捉えている。もしかしたら、その情報処理能力の高さも、君の強さの一因なのかもしれんな」


真面目な顔でべた褒めしてくるディさんに、蔵人は心が浮きそうになるのを抑える様に、頭を小さく下げて体を丸める。


「ディ様にそう言って頂き、光栄です。ですが、これは私の考えではなく学友の意見なのです」

「ほぉ。それは…」


若葉さんが言っていたからね。ドーピングなんて事を許したら、大会運営だけでなく日本の異能力業界の実力が疑われると。

こんなデマは直ぐにも消されるだろうと、若葉さんは分析してくれた。

有難い事だ。


ディさんは、暫し驚いた顔で固まっていたが、復帰したのか、グラスを煽ってソファに背中を預けた。


「なるほどな。類は友を呼ぶと言う事か。君の周りにも、随分と面白い子が集まる様だ。日向君のように、な」


ディさんの呟くような声に、今度は蔵人が眉を上げる。


ディさんは、紫電の本名を知っているのか。

確かに、彼女の強さは並外れており、自分と同じ覚醒者だと言われても納得出来る。

だが、オリビアさんとは違い、彼女は技巧主要論者ではなかった気がする。

それでも、覚醒者であるという事で目を掛けていたのか。もしくは、俺が今やっていることを、彼女にも持ちかけるつもりだったのか。


蔵人は何故、ディさんが日向さんを知っているのか聞きたい衝動に駆られたが、ディさんが再びソファから背を離して対話モードに入ったので、心に留めるだけにした。


「私も君の意見…君の友の意見に同感だ。このデマは近い内に消滅するだろう。恐らく、大会運営の手によってな。だが、それで首謀者共が矛を納めるとは思えない。何かしらのアクションを取ってくるだろう。例えば」


ディさんは一旦そこで蔵人を見据えた。

首が徐々に下がって来ている。話すべきかどうか、迷っている様にも見える。


「…例えば、君に直接接触してくる可能性も有り得る」


ディさんは顔を伏せて、蔵人の手元にあるグラスを見下ろす。

言ってしまったという感情が、ディさんの姿から滲み出ている。

蔵人に対して、凄い気を使っているのが分かる。

だから、蔵人は敢えて明るい声を出す。


「その可能性はありますね。なんなら、もう家の近くに潜伏しているのではないでしょうか?」

「…っ!」


ディさんの顔がガバッと上がり、無言で蔵人を見据えた。

話せ。そう言っている気がする。


「ここ最近、朝の通学時に視線を感じております。複数、それもかなり厳しい視線です」


家を出る時は早朝なので、ご近所さんの可能性は薄かった。

最初は、ディさんとの邂逅を終えた後から始まった事だったので、軍の関係者が見張っているのではと考えていた。

だが、この炎上騒動が起きたことから、もしかしたらパパラッチみたいな奴らだったのでは?と考えを改め始めていた。

それが、このディさんとの会合で確信に変わった。

と、思っていたのだが、


「…それは、我々の監視だ」


ディさんが肩を落とし、項垂れながらそう言った。

我々。つまりは軍の監視と言うこと。

パパラッチかと思った一団は、当初の予測通り、軍の関係者だったみたいだ。

ディさんの肩が上がり、苛立たし気に頭を掻く。


「…未熟者共め。一般人に気付かれるなど、訓練所に送り返してやろうかっ…!」


…お怒りのディさん。

やべぇよ。自分の発言せいで、若い隊員が地獄を見ようとしている。

何とかフォローしないと。

でもここで、過去に軍務経験があるなんて言えば、今度こそ本当にスパイ容疑を掛けられるかもしれない。

さてはて。どうしようか…。

そう、蔵人が思案している内に、ディさんは復活したみたいだった。


「済まない。実は私が、秘密裏に君の監視を命じていたのだ。君が私との約束通り、情報を秘匿しているかの監視と言う意味と、良からぬ者達が、君との接触を図る可能性があったからな。護衛の意味でも張り付かせていた…のだがなぁ」

「そうでしたか。ご心配頂き、ありがとうございます」


頭を下げる蔵人に、ディさんは苦虫を噛み潰していた。

大方、こっそりと軍人を貼り付けていた事に、蔵人がショックを受けるどころかお礼を言ったので、驚いているのだろう。

その証拠に、「いやもう驚くな」とか、「少年と思うな」とか、ディさんの葛藤が聞こえてくる。


「……蔵人。君に相談がある」


とうとう、君を付けなくなったディさん。

まぁ、そこは別段気にしないのだが、相談とは?


「相談ですか?どういったものでしょうか?」

「ああ、実はな、君に住居を移って貰いたと考えている」


住居を移せ?それって…。


「私に、巻島本家に移住しろと言うことでしょうか?」


蔵人の問いに、しかし、ディさんは首を振って否定する。


「いや。移住先は巻島家ではない。君にはもっと安全な、私が用意した宿舎に移動して欲しい。特区にある軍用施設だ」


軍用施設という響きに、昔の軍用宿舎を想像してしまった蔵人だったが、直ぐに頭を切り替える。

自分の住む場所よりも、優先して聞かねばならない事がいっぱいだ。


「…理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


ディさんは先ほど、蔵人に監視を付けていることを暴露した。つまりそれは、軍が蔵人を敵視、若しくは重要視しているという事を示している。

今までのディさんとのやり取りを鑑みると、それが後者であることは明白だろう。


では、軍が重要視しているのにも関わらず、移住、つまりはパパラッチから逃げるようにと指示を出すとはどういう事だろうか。

まるで、軍ではこれ以上の対応が難しいと言わんばかりの発言。


考えられるとしたら、一つは監視の限界。

今までは何とか任務を遂行出来ていたが、元々監視し続けるのが厳しい状況だったのか、若しくは蔵人にバレたと分かったから、これ以上監視を続けられないのかもしれない。


そして、もう一つの可能性は…。

蔵人は頭の中で最悪の仮定を思い描く。

それを、ディさんがため息交じりで吐き出した。


「この案件、厄介な相手が出版社のバックに付いている可能性が高い」


蔵人が想定した、もう一つの可能性。それは、今炎上事件を起こしている文化書店の後ろに、強大なバックが付いている場合だ。

軍のトップ層である、ディさんに厄介と言わせる相手。そんな人が敵に居る。

最悪と考えていた方に状況が動いている事に、蔵人は自然と顔を強張らせた。

最悪の状況、ですか…。


「あ奴自身も、久我や広幡を始めとした強力なバックがいる。そんな奴に喧嘩を売ろうとしているのだ。それなりの人間が敵対していて当然だろう」


異能力戦のように、相手が目の前に出て来てくれたら楽なんですけどね…。

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― 新着の感想 ―
[一言]  これは大陸系からの妨害か??
[良い点] 煩わしい。私は彼の独特な戦法、戦術、さらにはそこからこの世界の異能力の可能性を考察するのを楽しみにしているというのに。それを才能だけで優劣を決め、努力を放棄した塵芥がうじゃうじゃと…蔵人氏…
[良い点] 思っていたより面倒そうな相手ですね そんな相手がここまでする理由は何なのか…。
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