207話~兄さんはホント、黒が好きだね~
何時もご覧頂き、ありがとうございます。
この章も、残すところ4話となりました。
「意外にも、異能力戦は多かったな」
次章はどうなんでしょう?
「多くは無い。だが」
だが?
アメリカンシスターズから、貴重な経験と情報を得られた練馬こぶし大会から翌日の土曜日。
本日は、体育祭の当日である。
蔵人は早朝、家の玄関で靴を履いて、玄関の外で蔵人を待つ柳さんに振り返る。
「では行きましょうか、柳さん」
何時もは、蔵人を見送る役目の柳さん。だが、今日は立ち位置が違う。彼女も、夏物のワンピースを着て外行き仕様となっていた。
そう。今日は柳さんも体育祭の観戦に来てくれることになったのだ。
とても有り難い。
こうして、柳さんと出かけるのは本当に久しぶりだ。
小学生の頃に、送り迎えをしてくれた時以来じゃないだろうか。
「はい。蔵人様」
ニコニコと笑う彼女は、数日前から体育祭を楽しみにしていたとのこと。それは、その手に持つ五重のお弁当箱を見るだけで分かる。
こんなに立派な物を作って、加えてこぶし大会の優勝祝いもしてくれて、この人は昨晩、ちゃんと寝たのだろうか?
蔵人は、これから運転漬けになる柳さんを少し心配そうに見る。
でも、その彼女は微笑みながら首を傾げる。
「どうかなさいました?」
「いえ。柳さんも、一緒に飛んで行きます?」
「とんでもない。私は車で行きますから、お気遣いなく」
やんわり否定されてしまった。
以前、柳さんと一緒に飛んでみたが、かなり怖がっていたからね。
もしかしたら彼女、高所恐怖症なのかもしれない。
高高度でなければ大丈夫かな?と思っていたが、この様子ではもう飛んでくれないだろう。
蔵人は大人しく、引き下がる。
「そうですか。では後ほど」
「はい。お昼までには、必ず到着致しますので」
柳さんとは、お昼で合流するつもりだ。
ここから特区までは、車で結構かかるからね。仕方がない。
流石にお昼までには間に合うと思うが、最悪は連絡を取って、飛んで迎えに行くつもりである。
その時は、車は近くに駐車して貰って、スケボースタイルで運ばせてもらおう。
蔵人は、柳さんが乗った車を眼下に捉えながら、空でのルートで体育祭へと向かうのだった。
だが、蔵人の心配は杞憂へ変わる。
無事に学校に着いて、朝のホームルームも早々に校舎を出た蔵人達。
やって来たのは、体育祭の会場である第一競技場。
プロ野球でも始まるんじゃないかと言うくらい広いフィールドは、千人を超える生徒達を全て並べても空きスペースが目立つほど広く、それに輪をかけて広い観客席には、生徒達の関係者がズラリと並ぶ。
「蔵人さまー!」
その群衆の中に、蔵人の名前を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見ると、
最前列の観客席に、柳さんがいた。
笑顔で両手をブンブン振り回し、彼女の前には、プロが使っているのではと思う程の巨大なカメラが設置されている。
最前列って確か、夜明けと共に並ばないと取れない程の激戦区であると、若葉さんから聞いていたのだが?
その筈だが、柳さんと蔵人が家を出た時には、既に太陽が登っていた早朝。最近は、真夏の様な殺人光線を出さなくなった太陽だったが、それでも煌々と輝く恒星の位置は、決して夜明け前でなかったのは覚えている。
では、どうしてそんな貴重な席を確保できてるの?
蔵人が不思議そうに柳さんを見ていると、若葉さんがそれを察してか、教えてくれる。
「あの人、蔵人君の家の執事さんだよね?男子の関係者は、学校側が優先していい席を用意してくれるから、朝イチで並ばなくても最前列を確保出来るんだよ」
若葉さんの解説を聞いて、蔵人は観客席を見回す。すると、柳さん以外にも、火蘭さんや水無瀬さん等の、頼人関係の人が目に入る。
それに、九条様の妹さんである華奈子さんまでいらっしゃる。
どうやら、男子や大財閥の関係者はVIP待遇らしい。
「世知辛い世の中だ」
蔵人はそう呟きながら、柳さんに手を振り返す。
開会式が終わって直ぐに始まったのは、応援団の応援合戦だ。
桜城中等部に通う男子の殆どが参加しており、会場は大盛り上がりである。
男子の雄姿を目に焼き付けようと、女子生徒のみで無く、保護者も熱の入った応援をしている。
うん。応援団に応援するってのは、正しいのですかね?
応援団には女子生徒も含まれている。
彼女達はサポート系異能力者で、二人三脚等の異能力を使った競技には出場しない。
林さんも、これに含まれている。
「ふれ〜!ふれ〜!東軍!」
佐藤くんや鈴木くん、林さんが一生懸命に声を張り上げて、蔵人達が所属する東軍にエールを送っている。
やがて、エールの交換が終わると、順位が発表される。西軍が1位で、東軍は3位だった。
何を基準にしているか分からないが、多分声の大きさとか、振りのキレだとかなんだろうね。
東軍のスコアボードに30点が入る。この得点だが、種目と順位で変わってくる。
・応援合戦
1位100点、2位50点、3位30点、4位10点。
・二人三脚
1位40点、2位35点、3位30点…7位10点、8位5点。
全員競技(100m走)
1位10点、2位9点、3位8点…9位2点、10位1点。
チーム競技(綱引き、チームリレー等)
1位300点、2位200点、3位100点、4位50点。
この得点の合計が閉会式時に1番高いチームの優勝だ。優勝賞品とかは無いが、体育祭優勝という名誉は手に入る。
若葉さんの話だと、成績にも反映されるのだとか。
それが本当かは分からないが、少なくとも、チームの中で団結力は生まれてくる。それは、間違いなく財産となる。
なるのだが、
「ふぅ…」
全員参加競技の100メートル走。この競技の列に並んでいる中で、蔵人は短い吐息を吐いた。
とても短く小さな物なので、誰も気付かないと思ったのだが、前列の人にはバレていた。
「どうしたの?兄さん。走るのが嫌なの?」
頼人だ。彼が心配して声を掛けてくれた。
この100m走は、10人1組で行われる。陸上トラックが10レーンまでだから、10人なのだろう。
その走る順番は、先ずは1年生から3年生までの男子達、次に1年の女子、2年の女子、最後に3年の女子の順位になっている。
今は蔵人達、1年生の男子が走っている時間だ。
レーンに並ぶ男子は、みんな挙動不審である。キョロキョロ辺りを見回したり、目を瞑って仕切りに何か呟いたり、既に諦めたのか、凄く沈んでいる子もいる。
何故、男子達がそのような挙動に出ているのか。それは、彼らの走りを見たら分かる。
全然、走り慣れていない走り方なのだ。
必死に手足をバタつかせている者が大半だが、あれでは順位が云々の話では無い。最後まで走り切れるかが疑問視されるレベルである。
それだけ、特区の男子中学生は運動不足であるという事。
普段の彼らは、読書や勉強をして過ごしたり、音楽や料理に勤しむ子が多い。
外で遊ぶことなど、体育の授業を抜いたら殆ど無いのだろう。
勿論、例外もいて、佐藤くん達の様な運動部はしっかりと走っていた。
今も、鈴木くんが含まれる組がスタートを切り、彼の独走状態になっている。
「きゃあああ!!鈴木くーん!」
「たつろう君!頑張ってぇえ!」
彼が颯爽と走り抜けると、ギャラリーが大盛り上がりだ。観客席の女子生徒達から黄色い声援が降り注ぐ。
別に鈴木君だけではなく、それは佐藤君も、渡辺君にも振りかけられる。
渡辺君は、この体育祭の熱気の中では、流石にステルスが剥げてしまっている様だった。とても苦々しい顔である。
蔵人は鈴木君のレースが終わると、視線を頼人に向け直す。
「いいや、なんでもないさ。心配かけて済まない」
蔵人が、なんでもないと手を振ったのだが、それは無駄に終わった。
頼人の隣レーンの人から、要らぬ解説が入った。
「くーちゃんはきっと、東軍の色が嫌なんだよ。北軍のチームカラーが良いんだと思うよ?」
慶太だ。無邪気な顔で、ズバリ切り込んできた。
どうやら、開会式の時にボヤいていたのを、バッチリ慶太に聞かれていたらしい。
蔵人は、苦笑いを浮かべる。
昨日、巴さんに連れて行かれそうになったところを助けてあげたのだけど、覚えていないかい?
恩を仇で返すとはと、蔵人が嘆いていると、それを見た頼人が少し呆れた様な顔で、北軍を見た。
「兄さんはホント、黒が好きだね」
頼人の視線の先には、黒い旗を掲げた集団が見えた。
あれが北軍。チームカラーは、何にも靡かない漆黒の黒。
そして、蔵人達東軍では、晴れ渡る蒼穹の青がはためいていた。
ちなみに、南軍は赤で、西軍は白がチームカラーである。
察する方もいるかも知れないが、これらは四聖獣を表している。
即ち、青龍、白虎、朱雀、玄武。東西南北の四方を賢護する四聖獣が、それぞれのチームのイメージキャラクターとなっていた。
頼人が生暖かい視線をこちらに向けてきたので、蔵人は首を横に振って、それに答える。
「頼人。それだけじゃない。北軍のイメージキャラクターは玄武だ。これは亀をモチーフに取り入れており、守ることを象徴している。更に玄武は水神としても有名だ。盾を多用する俺だけでなく、水の一族である巻島家である俺たちにとっては、正に理想の守護神で」
「くーちゃん、ストップ!らーちゃんが着いて来れてないよ!」
慶太が蔵人の肩を揺らして、話を止めた。
いつの間にか饒舌になり過ぎていた様で、頼人がポカンっとしている。
だが直ぐに元に戻り、小さく笑う頼人。
「まったく、しょうがないな、兄さんは」
楽しそうな頼人に釣られて、蔵人達も笑った。
そんな会話をしている内に、頼人達の出走順となっていた。
スタート位置に立つ慶太と頼人。最近の慶太は、ファランクス部の練習で走りまくっているからか、体型もちょっとぽっちゃり程度まで戻って来ていた。
対する頼人は、ちょっと緊張しているみたいで、頻りに大きく深呼吸している。
大丈夫だろうか?他の男子達とは違い、巻島家の稽古などをしているだろうから、それなりに体力はあると思うのだが。
蔵人が心配していると、観客席から頼人の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「「「頼人さま~!!頑張ってぇええ!!」」」
声というか、大合唱だな。
見ると、観客席の一部が真っ白な横断幕に覆われていて、100人近くの女子生徒がポンポンやら小さな旗やらを振りかざし、頼人に向けてエールを叫んでいた。
うむ。これが頼人のファンクラブという奴か。
よく見ると、その中にはシングル部の片倉さんの姿もあった。
…1年女子の出走は、男子のすぐ後だから、もう準備していないといけない筈なんだけどなぁ。
そんな大歓声を受ける頼人は、余計に不安そうな顔でスタートラインに突っ立っている。
…そりゃあ、あんな大歓声を受けてしまったら、こうなってしまうだろう。緊張するなというのが酷な話。
蔵人が呆れている内に、スタート合図の空砲が鳴った。
一斉に走り出す男子達。
先頭は慶太だ。その少し後ろを、頼人が走っている。
うむ。やはり走り慣れている慶太や、普段稽古を頑張っている頼人の方が有利である。
というよりも、他の男子が情けないだけかもしれんが。
蔵人は、頼人の遥か後ろを走る男子達を見て、ため息を零す。
20m辺りで既に息を荒げている子もいるし、殆ど競歩レベルの子もいる。
おいおい。この国は大丈夫なのか?
蔵人は、日本の行く末が凄く不安になった。
そんな時、
「「「いやぁあああ!!」」」
「「「頼人さまぁああ!!」」」
会場中に、女子生徒の悲鳴が連鎖した。
頼人に何がっ!?
そう思って、先頭の2人を見ると、頼人が道半ばで倒れていた。
様子からして、どうもコケてしまったらしい。
なるほど。走りなれていなかったから、足が絡まってしまったのだろう。
だが大丈夫。競技場のコースは、全てゴムチップで舗装されているので、転んでも怪我をしにくい。
なので、大いにすっ転び、バランス感覚を養うといいだろう。
そう、楽観的に見ていた蔵人とは反対に、観客席のファンクラブ会員たちは大わらわだ。
ショックで失神している娘もいるし、泣き出してしまった娘もいる。
何人かは救護しようと観客席から飛び出して、貼られたバリアをよじ登ろうとしている娘もいた。
うん。阿鼻叫喚である。
そんな中、再び叫び声が木霊する。
何が起きたのか、蔵人がフィールドに視線を戻すと。
そこには、立ち上がろうとしていた頼人の手を取る、慶太の姿が。
「「「きゃぁああああ!!!」」」
「「「慶太くぅううん!!」」」
「「「頼人さまぁああ!!」」」
周囲からの叫び声、もとい、歓喜の声がうるさ過ぎて、彼らがどんな会話をしているのかは分からない。
だが、きっと慶太が心配して頼人に駆け寄り、助け起こしてくれているのだろう。
彼らは、そのまま手を繋いでゴールまで走っていった。
それでも1位と2位って…ちょっと特区の男子達…。
「感動しましたわっ!」
「最高ですわ、山城くん!」
「男の子同士の友情。本当に、わたくし、涙が止まりませんわ!」
ゴールした後も、会場は暫くお祭り騒ぎであった。
慶太のやさしさに、そして、頼人との友情に、みんなが酔いしれてくれているのだな。
良かった。
「良いですわ!これで、また筆が進みます!」
「ぐふふっ。これは、薄い本が厚くなりますわねぇ」
「白飯5杯分だわ。今ので」
…うん。良くない方向で見ている奴らもいる。
困ったものだと、蔵人は呆れながらもスタート位置に着く。
周囲には、1年生だけでなく、2年生の姿もあった。
ここら辺は、運動部の子も混じっているのだろう。立って準備する姿がマシな子が多い。
蔵人が周囲を見回していると、一緒に並んだ男子達が、無言でこちらに手を振って来る。
中には、手に撒いた黒いバンドを見せつけてくる子もいた。
うん。なになに?今流行ってるの?それ。かっこいいね。でも、なんでこっちに見せつけてくるの?
分からないが、取り敢えず愛想笑いと、手を振り返す蔵人であった。
そして、直ぐに空砲が鳴る。
鳴ると同時に、蔵人は走り出す。
今回、異能力は一切使わない。
多分、他の男子達も殆ど使わないからね。
そう思って走り出すと、視界の一部に、黒い何かが蠢いた気がした。
つい、黒色に反応してそちらを見ると、
観客席の一角を、黒い旗を持った集団が陣取っていた。
そいつらは旗をはためかせて、叫び出した。
「フレーッ!フレーッ!く・ろ・き・し!それっ!!」
「「「フレッ!フレッ!黒騎士!フレッ!フレッ!黒騎士!」」」
なっ、何だこいつらぁああ!
蔵人は叫び出すのを抑えながら、何とか走り続けた。
そして、余裕をもって1着を取ることが出来たのだが、未だにこちらを応援し続ける観客席の様子が気になって仕方がなかった。
恐らく、蔵人のファンクラブと思われるのだが、規模は100人を超えていそうだし、彼女達は全員、何かしらの黒い物を身に纏っていた。
先頭に立つ女性は、真っ黒の学ランに大旗を振り回しているし、それ以外の団員も、黒いハチマキや黒いバンダナを身に着けて…。
あれ?
蔵人は振り返った。先ほど蔵人に向けて、腕のバンドを見せつけてきた彼らを。
もしかして、そう言う事なのか?
ぜぇぜぇと、ゴール地点で息を整えるのに必死な男子達と、三三七拍子を送ってきている黒の応援団を交互に見て、蔵人は天を仰いだ。
体育祭の序盤でした。
「序盤にしては、濃いな」
応援合戦でしたね。
「うむ。競技の応援と、ファンクラブの応援合戦だったな」
とうとう表舞台に現れましたね、ファンクラブ…。