206話~やっぱり、先生は偉大だね~
「さぁ!若葉。我々の輝かしい勝利を収めてちょうだい」
「はーい!じゃあ、動かないで~」
表彰式が終わった後、円さんはそう言って蔵人の右手側に寄り添い、反対側には巴さんが楽しそうに微笑んでいた。
3人は、表彰式で貰った表彰状を掲げている。そこには、ランクは違えど全員に〈優勝〉の文字が躍っていた。
楽し気に笑う島津姉妹に挟まれて、蔵人も気持ち高めに賞を掲げ、若葉さんに向けてポーズを決める。
若葉さんが何枚か激写すると、円さんが若葉さんを手で招く。
「若葉もいらっしゃい。偶には、貴女も写らないと寂しいでしょ?」
「クマちゃんもおいで?ここに来て、一緒に撮りましょ?」
島津姉妹が、それぞれのお気に入りを呼び寄せる。
なので、蔵人は全員で写りましょうと鶴海さん達も呼んで、カメラは近くを通ったスポーツライターの高野さんにお願いする。
えっ?雑誌に使っていいかって?みんなが同意してくれるならいいですよ?
「はーい!みんな、撮りますよ!」
こうして、若葉さんが入る貴重な写真が出来上がった。
若干、鈴華の表情が硬いが、仕方がない。
彼女はBランク決勝戦で円さんと当たり、かなり善戦した上で負けてしまったのだ。
序盤では、磁力を使って円さんの太刀を防いでいたのだが、徐々に円さんに合わされてしまい、最後はベイルアウトしてしまった。
その後は、何時もの様な天真爛漫な姿は鳴りを潜め、今のようにジッと何かを考えるばかりとなってしまった。
うん。多分、気分を害したとかそういう事ではないだろう。どうしたら勝てたのかを、頭の中でシミュレーションしているのだと思う。
良い傾向ではある。
やり過ぎは良くないがな。
「鈴華。決勝戦の事で悩んでいるのかな?」
「んあ?ああ、そうだよ。手も足も出なかったからな。もっと上手く立ち回っていりゃあ、勝てたかもしれないし、ボスだったらどうしてたろうって考えたら、なぁ…」
そう言って、鈴華は再び思考の海に潜ろうとした。
うん。考えるのはいい事だが、考えすぎも良くないぞ?
視野が狭くなって、堂々巡りになるかもしれない。
何とかしないとな。
蔵人がどうするべきかと悩んでいると、円さんがやってきた。彼女の手は、しっかりと若葉さんの手を捕まえている。
「負けて悔しいと思うのなら、修練の場に活かせば良いのです。この様な場で思い悩んでも、なんの得にもなりはしないですよ」
「なんだよ。別に良いだろ?」
少し不貞腐れ気味に言う鈴華に、円さんは若葉さんと繋いでいた手を離し、両腕を開いて見せる。
「貴女1人が抱える問題では無いでしょう。この大会では、貴女の様な思いをした人が沢山いる。それでも、その者達は前を向き、しっかりと勝った者を見ている。表彰台で、貴女も受けたでしょう?負かしていった者達からの祝福を」
「あたしは!…ボスの横に立つって言って、立てなかったんだよ…」
一瞬、瞳を光らせた鈴華は、すぐに力無く目を伏せる。
なるほど。彼女の心の底には、それが燻っているのか。
俺との約束を、違えたとでも思っているのだろうか。
それは違うぞ!と言おうとした蔵人だったが、それより先に円さんが鼻で笑う。
「元から無謀な戦だったのです。私が出る大会で、優勝しようと言うのが」
「っんだと!」
「それでもっ」
鈴華の怒り声を、円さんの強い言葉が止める。
「それでも、貴女は私に立ち向かった。圧倒的な強者であるこの鮮血に怯えることも無く挑み、そして、何度も刃を交えた。それは、他の者達では出来なかった事です。黒騎士様や、数える程の者達しか出来ない事を成していたのです。その功績に目をかけず、下を向いて何を得ようと言うのでしょう?」
「下を向いて…得るもの?」
円さんの言葉を受けて、鈴華は暫し考え込み、そして顔を上げた。
その顔には、弱々しくも、いつもに近い笑みが浮かんでいた。
「確かに、下を向いてばかりじゃいい考えは浮かばねぇよな。なんか辛気臭い感じにもなっちゃったし、折角ボスが3連覇したって言うのに、勿体なかったぜ」
そう言うと、鈴華がこちらへ歩み寄り、蔵人の肩を抱き寄せる。
「うっし。そうと決まれば、もう1枚写真撮ろうぜ!モモ!そんな端っこなんかに居ないで、お前もこっちに来い!ボスの前に来て抱っこして貰え!」
「うぇええ!?す、鈴華ちゃん!なに、何言って…」
「来るかい?西風さん。俺のココ、空いてますよ?」
「く、蔵人君まで、何言って」
「あら、良かったじゃない。桃花ちゃん」
「鶴海さんもココ、空いてますよ?」
「な、なななななに言っちゃってるのよ!蔵人ちゃん!」
「黒騎士様。私もご一緒してよろしいですか?」
「ええ、勿論ですよ、円さん」
「遠慮しないで、あたしの反対側来いよ、鮮血。ボスの肩に腕回すんだ」
「そ、そんなはしたない真似…」
「いいんだって。ほら、若葉もここ来て。良いか?みんな?撮るぞ?」
何故か鈴華が陣頭指揮を取って、2回目の撮影会は進んだ。
でも、その方がいい写真が撮れたと、高野さんは言ってくれた。
後で見せてもらったが、大半の人が茹でダコ状態だ。いい笑顔なのは鈴華と若葉さんだけ。
それでも、いい写真というのはひしひしと伝わってくる。
「よっし!んじゃ次は、フリースペースでリベンジマッチと行こうぜ!」
撮影会が終わるやいなや、鈴華は円さんと肩を組んで試合会場へと逆戻りする。
どうも、会場は今、誰でも使える闘技場になっているそうだ。
肩を組まれた円さんが、戸惑いの声を上げる。
「ちょっと、貴女!そんな勝手に」
「良いじゃねえか。減るもんじゃないし。すぐ九州に帰っちまうんだろ?」
「そうですけど、そうじゃなくて、私は年上なんですよ?」
「細かいことは気にすんなって。あたしも、自分の身分とか気にしてないだろ?」
「…た、確かに、ですね」
うん。君はもう少し、気にした方がいい気もするけどね。
2人仲良く連れ立って行く姿を見送る蔵人。
その後ろで、近づいて来る人影があった。
シャーロットさんだ。オリビアさんの姿は見当たらない。
どうしたのだろうか?
【やぁ!黒騎士君。優勝おめでとう!お姉ちゃんとの試合、凄かったね!】
【シャーロットさん。祝福をありがとうございます。お姉さんは来ていないですね?私に対して怒っていますか?】
【う~ん。怒っているというか、どうしていいか分からない感じかな?まさか負けるとは思っていなかったみたいで、ショックが大きいみたい。ずっと、神様に問い続けているから】
うん。さっきまでの鈴華と同じ状況なのかな?
所々で、日本の事を極東の小国と言っていたから、まさかこんな国で負けるとは思っていなかったのだろう。
下手に関わると、火傷するかも。
蔵人は彼女の事を頭の隅に追いやり、目の前の娘に集中する。
【シャーロットさんは、私と会う事が許されましたか?お姉さんは、私と貴女が会う事を禁止にしました】
【ああ、うん。それは大丈夫。黒騎士君がルール違反していない事は分かったみたいだから。でも、だから悩んでいるのかもね。なんで負けたのかが分からないって、ずっと呟いていたから】
世界ランカーという肩書が、負ける筈がないと目隠ししてしまっているのかも知れない。
そうでなくても、男子に負けたと言う事実は、この世界では史実以上に衝撃を受けてしまうのだろう。
そんな状態では、いくら考えても技能の差であると言う所までは行きつかないだろう。
今の彼女は冷静じゃないからね。何事も、主観だけで見てしまうと、見えない部分が出て来てしまうものだ。
一度本国に帰って、十分にリラックスして、頭の中にスペースを作ってから見返した方が良いと思う。
それは、自分にも言える事だが。
蔵人が自分を戒めていると、シャーロットさんがズイッと顔を接近させてきた。
【私も分からないの。貴方がこんなにも異能力の使い方が上手い理由が。日本と言う、異能力先進国でもないこの小国で、どうして貴方の様な人が存在するのかを知りたいんだ】
そう聞いてくる彼女の様子は、決して蔵人を、日本人をバカにしている物ではない。
本当に真剣な顔。まるで泣き出す一歩手前かと思ってしまう程に思いが詰まっている。
【教えて、黒騎士君。貴方はどうやってその力を手に入れたの?この国には、そういうカリキュラムを整えた学校があるの?そこの施設の先生が、貴方に技術万能論を教えたの?そこではどんな練習をしていて、貴方みたいに強い人がクマちゃん以外にも居るの?】
矢継ぎ早な質問を連投してくる彼女に、蔵人は両手を顔の横に出して、気持ちを抑えるようにジェスチャーで伝える。
すると、彼女はばつの悪そうな顔となって、【ごめんなさい】と反省してくれた。
蔵人はそれに、苦笑いで返す。
【問題ありませんよ。私の強さの理由は、努力をいっぱいしたからです。技巧主要論は知人から教えてもらいました。しかし、その人は師匠ではありません。私は小さな子供の頃から1人で修行をしています。普通の学校に通っています】
【そ、そんなっ!異能力専門の訓練校にも所属せず、家庭教師も雇っていないでその強さなんて、あり得ないわ!】
彼女が再び、興奮し出す。
その様子を見て、鶴海さんと西風さんが動き出そうとしたので、蔵人は2人の肩を抑えてそれを制す。
ありがとう。でも、まだ大丈夫ですよ。
シャーロットさんはその間に、幾分か興奮を抑えていたが、まだ目には燃えるような光が残っていた。
蔵人は彼女の目をしっかりと見る。
【私は嘘を言っていません。私は子供の頃から、仲間たちと共に過ごしてきました】
シャーロットさんは、暫く蔵人の瞳を見つめ続けた。
そして、諦めたように目をそらし、小さく言葉を紡いだ。
【私が、私達姉妹が強くなれたのはね、偉大な先生が立ててくれた育成機関で訓練してくれたからなんだよ。そこでは、DランクやCランクでも胸を張って生きていけるんだって教えてくれて、私達みたいに、異能力大会で活躍する人もいるんだ。生徒のみんなは、偉大な先生の言葉を信じて日々頑張っている。「技術がいつの日か、ランクを凌駕するだろう」って言葉で、私達姉妹は頑張って来れているの】
なるほど。彼女達の思想は、その育成機関の教育方針が影響しているのか。
ディさんは技巧主要論が広まっていないと嘆いていたが、こうして芽は息吹こうとしていたのだな。
蔵人はシャーロットさんに微笑む。
【素晴らしい学校、いえ、素晴らしい先生ですね】
【うん。私の誇りだよ。私が生まれた時には、その先生はもう居なかったから、直接顔を合わせたことな無いけれど、私の名前は、その先生の名前から付けて貰ったんだ。凄いでしょ?貴方も聞いたことが無い?シャーロット先生が残してくれた偉大な功績を】
うん。ごめん。この世界の歴史は、まだしっかりと学べてないんだ。
蔵人が苦笑いすると、シャーロットさんは絶望したような顔を返して来た。
【噓でしょ…。だって、アメリカでは知らない人は居ない先生だよ?低ランクでも異能力を活用する為にって、幾つも学校や、研究機関を設立した人で、ノーベル平和賞も受賞した凄い人だよ?自分の貯金や、その平和賞の賞金まで費やして、私達の為に頑張ってくれた人なんだ。だから、私達みたいな低ランクの子には凄く人気があって…って、そうだよね。全部私達の国の事だもん。日本の君達が、シャーロット・オッペンハイマー先生の事を知らなくても無理はないよね。ごめんね、押し付けるような事を言っちゃって】
興奮気味であった彼女が、徐々に冷静さを取り戻して、謝って来た。
その反面、蔵人は驚きで目を剥いていた。
オッペンハイマー博士。
その苗字は、史実でも実在する博士の物だ。
名前は違うから別人だとは思うのだが、どうもその生き様が似ている様に感じて驚いた。
暫し硬直していた蔵人は、何とか思考をぶった切り、笑顔を取り繕ってシャーロットさんに小さく頭を下げる。
【すみません。しかし、その先生の考え方は日本でも広がっています。私も、その考え方で強くなれました】
【そうなんだ!やっぱり、先生は偉大だね。こんな遠くの国にまで、先生の考え方が息づいているなんて】
ちょっと嘘を含んでいるが、それでシャーロットさんの顔に笑みが戻ったので、良しとしよう。
彼女はその後も、日本とアメリカの違いについていくつか教えてくれた。
アメリカでは彼女の様に、異能力を肯定的に捉えている人が多く、学校とは別に育成機関に入る人も少なくないのだとか。
その理由が、アメリカの治安の悪さである。
アメリカの特区の外では、毎日凶悪な事件が起こっており、女性だからと言って安心できないそうだ。
だから、彼女達は護身の為に訓練場や育成機関に入るのだ。
【勿論、全員が全員入れる訳じゃないよ。お金が無い移民の人達なんかは、施設どころか学校すら行けない子もいるからね。だから、私達は恵まれていると思えるし、頑張らなきゃって思うの】
しみじみ言うシャーロットさんだが、実際そうなのだろう。
事件の根底には、そう言った格差社会という問題が存在している。
貧しい者が食うに困って、もしくは、今の社会に不満を抱いて事件を起こす。
勿論、その内の何割かは、アグレスによる事件も含まれているのだろうけど、軍の関係者でもない彼女からしたら、貧困の連鎖だけが原因と見えるのだろう。
【その点も、日本は素晴らしい国だと思う理由だね。とっても平和だし、みんなが私達外国人にも優しい。道路も街路樹もトイレも整備されていて、とっても綺麗で過ごしやすい。だから、貴方達みたいに、男の子達も元気なのかもしれないね】
【ありがとうございます。アメリカの男の子は、元気が無いのですか?】
【ある意味、元気すぎるかな?特区に居る子達は、「俺は偉いんだ」って威張り腐ってるし、特区の外にいる子は「俺は不幸だ」ってオーラギラギラさせて、自暴自棄になってるよ。日本の子みたいに、素直で可愛い子はほんの一握りで、黒騎士君みたいに強い男性なんて物語の存在だよ】
なるほどな。環境が過酷だと、この世界の男性の悪い所が色濃く出てしまうのだろう。
【貴方みたいに素晴らしい騎士さんに出会えて良かったわ、黒騎士君。明後日には帰っちゃうんだけど、また来日した時には勝負してね?】
【勿論です、シャーロットさん。また一緒に戦いましょう】
蔵人と握手したシャーロットさんは、巴さんにべったりな慶太に向き直る。
「good-bye、キュートボーイ。また日本来たら、戦いましょう?」
「ほーい!シャルちゃん、またねぇ~!」
シャーロットさんと慶太が、ブンブンと手を振って別れの挨拶をしている。
なんか似ているな、この2人。
シャーロットさんはそのまま、スキップしながら帰って行った。
「若葉さん」
その背中を見ながら、蔵人は小声で戦友に話しかける。
「何かな?悪だくみ?」
「ああそうだ。済まないが、危険ではない範囲で調べてくれないか?彼女の言っていた、シャーロット・オッペンハイマー先生の事を」
「良いよ。その人がどんな先生だったかを調べればいいんだね?」
「いや。出来れば、慈善活動をする前の先生を調べてくれないか。例えば」
蔵人は、険しい顔を若葉さんに向ける。
「国を挙げた大きなプロジェクトに参加していないかを、調べて欲しい」
蔵人が練馬こぶし大会から帰って来ると、またしても一波乱が待っていた。
出迎えてくれた柳さんが、困った顔で何かを差し出してきた。
「蔵人様。つい先ほど、このようなものが特急便で届きましたよ?」
「どのようなものです?」
柳さんが差し出して来たのは、高級そうな封筒であった。宛名には〈異能力大会運営〉の文字が。
封をその場で開き、入っていた手紙を読んでみると、
「これは、随分とレスポンスの早い事で」
そう言って笑う蔵人の眼下には、〈全日本選手権Cランクの部、大会推薦状のご送付〉と銘打った文章が綴られていた。
シャーロット・オッペンハイマー博士…。
「またもや、原子爆弾の関係者が出てくるか」
史実とは全く関係ないかも知れませんけど…。
「ラザフォード博士も存在したのだ。何かしらの繋がりがあると思っても良いのではないか?」
若葉さんの調査待ちですね。
主人公は先ず、全日本に意識を集中しないと。
「体育祭もあるぞ?」