205話~じゃあ、これはどうかしら!~
決勝戦は、Bランク戦が行われていた会場で、Cランクから順に行われる。
最初に行われるのは、黒騎士、VS、オリビア選手の一戦である。
試合前、蔵人は観客席に集まったみんなから激励される。
「黒騎士君。僕、全然英語分かんなかったけど、とにかくムカつく人だってのは分かったから、絶対に勝ってね!」
「ああ、ありがとう。でも、悪い人ではないと思うよ?」
「黒騎士ちゃん。相手は、世界ランキング96位の実力者よ?Aランクを倒せる貴方ならって、みんな思っているけど、その思いに応えようとして、力み過ぎたりしないでね?楽しむくらいでいいから…」
「鶴海さん、ありがとうございます。楽しむ程度にしておきます」
「黒騎士君。これはチャンスだよ。観客席に、普段よりも一般人ぽくない人たちが詰めかけてる。この試合で目立てば、もしかしたらがあるよ」
「おお。それは推薦枠の事だね?俄然、やる気を出さんとな」
「くーちゃん。すーちゃんがね『ヘルだがヒルだか分かんねぇ奴なんて、ボコボコにしてアメリカに返品しちまえっ!』って言ってたよ?」
「慶太。お願いだから、鈴華の口調を覚えないでくれよ?」
因みに、鈴華も島津姉妹も観客席には居なかった。
みんな、この一戦が終わったら直ぐに出番が来てしまうから、既に控室へと誘われている。
多分その3人は、控室で闘志を燃やしているのだろう。
蔵人はそんな3人を差し置いて、一足早く決勝戦の舞台へと歩みを進めた。
会場の向こう側には、大きな棺を背負ったオリビアさんが、こちらを厳しい目で射貫き続けている。
近くで見て、秘密を暴こうとしているのかな?そいつは無理ですぜ?
そう、蔵人が苦笑いをしていると、彼女は審判に向かって小さく手を挙げた。
「審判さん。試合前の最終チェックをお願いします」
最終チェック?
蔵人が聞き慣れない言葉に目を瞬かせていると、審判は心得たと一つ頷き、『ピッ、ピィイッ、ピッ!』と笛で何かの合図を送った。
その合図を受けて、3人の男性がテレポートして来た。
1人はテレポーターで、もう1人は異能力鑑定士さんだ。この大会の受付時に、魔力測定をしてもらったので顔は何となく覚えている。
その鑑定士さんが瞳を輝かせて蔵人達を見る横で、鑑定士さんの隣に立つ男性が蔵人達に手のひらを見せてくる。
途端に、蔵人の視界にPCのウィンドウ画面の様な物が現れた。
そこには、こう書かれている。
〈黒騎士…魔力数値965。推定魔力ランクC+。状態、正常〉
〈オリビア…魔力数値986。推定魔力ランクC+。状態、正常〉
その文字列と共に、画面には人間のサーモグラフィ画像の様な物があり、両者とも青緑色の何かに包まれていた。
これが、魔力なのだろうか?
つまりこれは、鑑定士さんの見ている視野を共有しているということ。
最後の1人は、イメージを共有させることの出来るテレパシストなのか。
【そう。特に可笑しなバフや、魔力の誤魔化しはしていないのね。分かったわ】
「アりがとうございました。十分に分かリました」
オリビアさんにも、同じものが見えていたみたいだ。
不満げな英語と、丁寧な日本語を使い分けて、審判達にお礼を言う。
ここで蔵人の不正を暴けたら楽だとでも思っていたのだろう。
測定してくれた3人がテレポートで消え、審判の指示でオリビアさんと握手をした後、所定の位置に着く。
「両者、構えて」
その合図を受けて、蔵人は何時ものように構えるが、オリビアさんはおもむろに背中の棺を下ろし、その中身を取りだした。
それは、
「試合、開始!」
ドルゥウウウウウウウ!!!
試合開始と同時、オリビアさんが担いだそれが、銃口を高速で回転しながら、アクアキネシスの火を噴いた。
幾つもの銃口を、筒状に束ねて回転させる重機関銃、ガトリング銃であった。
蔵人は瞬時に水晶盾を前面に展開し、それを防ぐ。
だが、盾に当たる水弾はどれも強力で、本物の銃撃を受けているような音をがなり立てる。
余りの威力に、盾は押され始め、銃弾の雨に晒される部分は見る見る変形していってしまった。
このままでは、直ぐに破壊される。
蔵人は瞬時に判断し、追加の盾を変形する盾の後ろに準備すると、直ぐに変形していた盾は壊れて消えてしまった。
銃弾の雨に晒されてから、凡そ3秒と言ったところ。
何と言う攻撃力だ。
蔵人が硬い唾を飲んでいると、オリビアさんは徐々に立ち位置を変えて、蔵人を攻撃し始めた。
蔵人は彼女の場所を慎重に見定めて、盾を展開していく。
あのような華奢な少女でも軽々と持てる姿を見るに、あの機関銃は本物ではないのだろう。本物であれば、本体だけで20㎏近くあるのだから。
今の蔵人であっても、支えるのが精々で、あのように持ち運ぶことは先ずできない。
なので、彼女もシャーロットさんと同じで、銃はただの飾りでしかないと思われる。銃が無かったとしても、この驚異的な攻撃力に近い攻撃は出来る筈だ。
銃に惑わされるな。
蔵人は意識を新たにし、防御する盾とは別に、シールドを生成する。
「シールド・カッター!」
十数枚の回転盾を四方八方に放出し、オリビアさんへと向かわせる。
ガトリング砲は、確かに殲滅力の高い兵器だ。点ではなく面で攻撃するから、避けようとしてもなかなか全てを躱すことは難しい。
だが、幾ら面で攻撃出来ても、このように広範囲からの攻撃には対処出来ないだろう。
必ず、ガトリング砲以外の部分から迎撃に回る必要が出てきて、こちらへ攻撃する弾数は減る筈だ。
そこが、狙い目。
そう予測していた蔵人の目の前で、オリビアさんは、
【くっ、これは、シャルの時より数段ヤバいわね。だったら!】
そう言って、ガトリング砲を空に向かって振り上げた。
なにっ!
蔵人は目を丸くする。
オリビアさんは、迫り来る回転盾に向かって、重機関銃を振り回したのだ。
まるで、棒術のように振り回されるガトリング砲。その銃口からは絶えず水の弾丸が振り撒かれ続け、彼女の周囲に近づく物に、尽く弾丸の雨をプレゼントしていた。
確かに軽そうな武器だとは思った。だが、女性があんな風に簡単に振り回せる代物ではないだろう。
つまりそれは、それだけ彼女が鍛えていると言うこと。
細く華奢に見える彼女の内には、並々ならぬ努力の結晶が詰まっているのだろう。
素晴らしい。流石は世界ランカー。
蔵人は彼女を賞賛する。
そう思いながらも、蔵人の目の前には既に、盾の傑作が出来上がった。
蔵人が今出来る最大の防御。
「クイン・ランパート」
【クイン?城壁?】
オリビアさんの呟きに、蔵人は答えない。
ただ、真っ直ぐに、五重の城壁を前面に展開したまま、
彼女へと突っ込んだ!
その蔵人の様子に、オリビアさんは歯を食いしばって笑みを作る。
【得体は知れないけど、それじゃあただの的だよ!さぁ、ハチの巣になりなさい!】
ガトリング砲が唸り、無数の弾丸が飛んでくる。
それが、蔵人のクイン・ランパートへと殺到する。
着弾。
轟音が、ランパートの表面からビリビリ響いて来る。
無数の弾丸が、着弾し続ける。
だが、蔵人は止まらない。
ランパートは、第一防壁がジワジワ削られているが、それだけだ。
今のオリビアさんの火力では、蔵人のランパートは第二防御壁まで到達できない。
「「「おおぉお!」」」
「凄い。あのオリビア選手の攻撃を、いとも簡単に防いでいるわ」
「防いでいるだけじゃない。彼女に迫っている」
「これが黒騎士。世界にも手を掛けようというのか…」
観客席からも、無数の声が上がる。
観客の誰が見ても、明白であった。
オリビアさんの攻撃よりも先に、蔵人が彼女へと到達する方が早いという事に。
オリビアさんの笑みが消える。
【そう、これを防ぐのね。じゃあ、これはどうかしら!】
そう言って、彼女が再び棺の中を漁り、取り出したのは、
もう一丁のガトリング砲であった。
なにっ!二丁ガトリングだとっ!?
そう驚く蔵人だったが、足は止めない。
仮令、今の攻撃が2倍になったところで、第二防壁を突破出来るかどうかだ。
それでも試したいなら、さあ、放つがいい!
蔵人は拳を握り、相手の攻撃を受けようと気合いを入れた。
だが、蔵人へと向いていたオリビアさんの手が降りる。
ガトリング砲の銃口が、地面の方に向いた。
何が?
そう、蔵人が思ったその時。
ガトリング砲が、地面に向かって火を噴いた。
それと同時。
オリビアさんの体が少し浮き、撃った方向と逆側に飛んだ。
まさか、ガトリング砲で飛んでいるのか!?
蔵人は今度こそ、足を止めた。
あまりに非常識な銃の使い方と、ホバリングする彼女の速さに驚いて。
【そらそらぁ!】
オリビアさんは二丁ガトリングで、フィールド中を縦横無尽に高速移動する。
その移動の最中、隙あらば蔵人に向かって水弾を浴びせて来た。
攻撃と移動を兼ね揃えた攻撃。かなり厄介だ。
蔵人が盾を浮かせた状態で移動しようとすると、すかさず銃弾の雨をこちらに向け、蔵人が動けない内に遠くへと逃げてしまう。
「盾の伏兵!」
設置型の攻撃を試してみるも、速すぎる相手には間に合わず、数発が彼女の服を切り裂くだけで終わってしまった。
「ああっ!惜しい!あとちょっとだったのに!」
「くーちゃん!あれだ!ドリルを使うんだ!」
「ダメよ!高速で移動する相手に、あの技は当て辛いわ!ホワイトアウトを使って!」
「黒騎士君!時間が無いよ!空を飛んで空中戦に持ち込むんだ!」
観客席から、仲間たちの声援が聞こえる。
普段指示などしない彼女達が焦るのも、仕方がない。
若葉さんが言った通り、試合時間は残り3分程度となっていた。
このままジリ貧状態では、判定負けが濃厚なのだ。
では、どうするか?
鶴海さんが言う通り、クラウズ系は悪手である。方向を変えるのが難しい上に、多方向の攻撃には滅法弱い業だからね。
では、空中戦はどうか。時間が余っていたらかく乱して、勝機を見出せたかもしれない。でも、今は時間がない。
ならば、これを使おう。
蔵人はランパートの守りの内側で、準備を進める。
内側の2枚の防壁を分解し、それぞれを両腕に纏わせる。
つくば大会では2重で着込んだ龍鱗を、腕だけに3重で纏わせた。
「龍鱗・タイプⅢ・勇者の拳!」
蔵人は、異様に太く、長くなった両腕を誇らしげに掲げ、オリビアさんを威嚇する。
それを見て、オリビアさんは厳しい目となり、矛先を再び向けて来た。
ドルゥウウウウウウウ!!!
腹底に響く重低音を響かせて、オリビアさんが近づいて来る。それに合わせて、蔵人は彼女へと走り出す。
蔵人に向けられる、一対のガトリング砲。それは、前面に展開させた3重のランパートで防ぐ。
何発かの銃弾が跳弾して、蔵人の足元に迫ってくるが、体に纏った龍鱗だけではじき返すことが出来るレベルだ。
【っ!】
銃弾の雨が効かないのを理解すると、オリビアさんは急いでその場から飛び退る。
だが、龍鱗状態の蔵人からは逃げられない。
両腕を突き出した状態で、蔵人は前へと突き進む。
ランパート2枚分を費やした両腕は、それ相応の推進力を生んでいた。
徐々にオリビアさんとの距離を詰め、そして、
「せいやっ!」
蔵人は、その異常に発達した腕で、オリビアさんに殴りかかった。
その一撃は、しかし、オリビアさんは両方のガトリング砲の水圧を微妙に変えて、体を回転させる事で蔵人の拳を見事に避けてしまった。
なんと、そんな小回りも効くのか。
何度目になるか分からない驚きで、蔵人は兜の下で笑う。
ならば、
「せいっ!」
蔵人の正拳突き。それを、オリビアさんは放出する水量を瞬間的に増減させて、ギリギリで回避した。
避けた、と誰もが思った。
だが、避けられた筈の蔵人の腕が、一気に膨らんだ。
まるで、風船のように膨らむ右腕。そして、
「散開する盾の群れ!」
そう、蔵人が叫んだ途端、蔵人の腕に付いていた龍鱗が破裂した。
龍鱗であったその無数の礫が、全て前方に、オリビアさんへと降り注ぐ。
彼女は咄嗟に、それを迎撃しようと、二丁のガトリング砲をそちらへと向けた。
だが、広角に広がった盾の弾丸を全て防ぎきる事は出来ず、弾幕から漏れた数発の龍鱗を腕や足に受けて、後方へと吹き飛ばされた。
【ぐっ、うっ…】
痛みに耐えながら体を起こすオリビアさん。
ショットガンの弾は鋭利にはしていないので、彼女の体を強打しただけで終わるようにした。
だがそれでも、きっと青痣にはなっているだろう。
そんな彼女の前に立ち、手を翳す蔵人。
周囲にはホーネット達が威圧的な羽音を響かせて、オリビアさんを穿たんとお尻の針を向けていた。
【チェックメイトです、オリビアさん。動けば貴女がハチの巣になりますよ?】
【くっ!】
オリビアさんが、悔しそうに睨みつけてくる。
だが、暫くして、彼女はその鋭い目を瞼の裏に隠して、小さく項垂れた。
「「「うぉおおお!」」」
「勝った!くら、黒騎士君が勝ったよ!」
「凄いわ…信じられないわ…夢を見ているみたい。だって、相手はあの、世界ランキング96位のオリビア選手よ…」
「やったね!くーちゃん!これで今日から、世界の96番だよ!」
「クマちゃん。世界ランキングは、校内ランキングとは違うのよ?」
その瞬間、観客席からは驚きの声が溢れ、幾つものフラッシュが焚かれた。
そちらを見ると、幾人もの女性達の目がこちらを向いていた。
大半の人達は、いつも通りに熱っぽい視線で見てくる同年代の女の子達。
だがその中に、鋭く舐め廻すような、観察している大人たちが目立っている。
「勝った!?世界ランカーにまで勝ってしまったのか!?」
「信じられん。なんなんだ、あの選手は…」
「クリエイトシールドと、貰った資料には書いてあるけど、本当なのかね?」
「う~ん。兎に角これは、会長の思惑通りに事を進めるしかないだろう」
盛大に、品定めをされてしまっている。
まるで、品評会に出された牛の気分だ。
そんな風に、蔵人が周囲に気を取られている内に、オリビアさんはスタスタと会場を後にしていた。
何か言ってくるかと思ったが、負けたショックで言葉も出なかったのかな?
蔵人は周囲の歓声に、異様に長い両腕を上げて答えた後、彼女を追うように会場を後にした。
棺の中身は、まさかの重機関銃でしたか。
「それも、二丁だったな」
両腕にガトリング砲を持つなんて、ゲームの世界でしか見た事ありませんよ。
「ある程度材質を軽くしているのと、オリビア嬢が鍛えているから出来る事だろうな」
それに対抗するみたいに、主人公は両腕を肥大化させましたね。
「昔のあ奴を見ている様だったぞ」
イノセスメモ:
勇者の拳…龍鱗を何重にも重ねることで、防御力を上げるだけでなく、表皮を飛ばして攻撃することも出来る。ルビのアームドは、武器=主人公の拳を意味しており、ブブはオーク語で勇者を表している。