204話~貴方は異常よ!~
『これより、Cランク本戦、準決勝を始めます』
本戦の2回戦が終わり、とうとう国を越えた戦いが始まる。
蔵人の前にはカウガール姿のシャーロットさんが、名前を呼ばれて真っすぐに片手を上げている。
2回戦までの様な、天真爛漫な姿はすっかりと鳴りを潜め、真剣な表情でこちらを見ている。
慶太に追い詰められたのが効いているみたいだ。
あの試合、あと数秒長引いていたら、きっと彼女は窒息して負けていただろうから。
男性に負けそうになったという事で、焦っていたりするのかな?
蔵人が、そう予測しながらシャーロットさんと握手すると、彼女の方から話しかけてきた。
「ごめんナさい。私、間違っていました。日本人、強い人いる。小さな評価してました」
ああ、なるほど。彼女が見直したのは男性に対してではなく、日本人に対してなのか。
確かに、彼女達は極東の国だとか言って、日本人の異能力が遅れていると思っているようであった。
慶太との試合で、そうではない人もいると分かってくれたみたいだ。
でも、それは…。
【貴女の考えも正しい。日本人はまだまだ弱い。魔力絶対主義から離れられない。日本人はもっと技術力を付けるべきだ】
下手ながらも、蔵人が英語で話しかけると、シャーロットさんは凄く驚いた顔でこちらを見る。
【わぁ!凄い!君は日本人なのに、英語が話せるんだ!それに、技術万能論を信じているなんて、私達と一緒だね!!】
技術万能論?技巧主要論と同じ意味だろうか?
まさか、アメリカでも同じような思想が広がろうとしているのか?
蔵人は期待を込めて、シャーロットさんに視線を送る。
だが、シャーロットさんは嬉しさの余り飛び跳ねてしまい、蔵人の視線には気付いていない様子。
おへそがチラリズムしていることも、なかなかの物が揺れていることも気に留めていないご様子。
その余りに激しいスキンシップに、審判が止めに入って、直ぐに離れるようにと彼女に注意してしまった。
【おっと。ごめんなさい。日本ではレイセツが大事なんだったね。私、余りに嬉しくてつい…】
【気にしないで下さい。私も、貴女ともっと話したい。試合の後に時間を下さい】
【うん!勿論だよ!じゃあ、医務室まで行くから、そこで話そう!】
そう言って、彼女は自分の立ち位置まで戻っていく。
医務室。つまりそれは、蔵人をベイルアウトさせるという事だ。
これは嫌味でも何でもないのだろう。彼女はただ、常識的に考えて当たり前の予定を話しただけ。
面白いじゃないか。
蔵人も自分の立ち位置に戻る。
鎧兜の下に、好戦的な笑みを隠して。
「試合、開始!」
審判が合図すると同時、シャーロットさんがこちらに銃口を向けてくる。
その銃口の先には、既に小さな水の粒が集まっていた。
なるほど、こうやって攻撃していたのか。
蔵人はそれを見ながら、少し湾曲させた水晶盾を構える。
構えた途端、
カンッ、カンッ!という跳弾の音が、盾から響く。
早いな。これでは、並の防御型は歯が立たない。
本当に慶太は、良くぞこの相手を追い込めたものだ。
蔵人は、心の中で戦友を褒めたたえる。
そんな蔵人を、
【わぉ!私の早撃ちに追いつけるなんて、さすがキュートボーイの友達だね!】
シャーロットさんが賞賛してくれた。
キュートボーイとは、慶太の事か。
彼女の中でも、慶太の評価は上々らしい。
【じゃあ、これはどうやって防ぐ?】
そう言うと、彼女の持つ二丁拳銃から、絶えず弾丸が放たれる。
カンッ、カンッ、という音が、規則正しく聞こえる。
だが、次第に、ピシッという音も混ざり出す。
構えた水晶盾に、亀裂が入っていた。
それは、盾のど真ん中。銃弾が当たり続けている場所。
シャーロットさんは、全く同じ部分に銃弾を当て続けていたのだ。
なんという精密射撃。こりゃ、銃の腕前は負けたかも。
「Finish!」
彼女の放った2発の弾丸が、亀裂の入った盾を砕き、その弾丸がこちらへと向かってきた。
弾丸の大きさは10㎜にも満たない。この大きさは、Dランク程度の魔力量だろう。
Dランクの弾でCランクの盾を破るとは、流石は技巧主要論を知る者だ。
感心している蔵人の元に、弾丸が迫る。
だが、蔵人は何もしない。
弾丸を、甘んじてその兜で受けた。
カァ~ンッと、甲高い音を響かせて、弾丸は兜を叩き、弾けて消えてしまった。
蔵人は、衝撃で少し首を反らせたが、直ぐに元の位置に顔を戻す。
何事も無かったように。
その様子に、
【うそっ!なんで!?】
シャーロットさんは驚きを隠せなかった。
弾丸が当たったのに、無傷なんて信じられない。そうとでも言うように。
【じゃ、じゃあ。これはどう!?】
無理やり気持ちを立て直し、蔵人に向かって銃弾を連射する彼女。
蔵人はそれを、全て鎧で受け切る。受け切りながら、ゆっくりと前へと歩みを進める。
本当は、鎧に張り付けた水晶の龍鱗で受けているのだが、この距離では龍鱗は見え辛いだろう。
【なにっ!?何なの!?貴方って、アンドロイドなのっ!?】
無数の弾丸をその身に受けて、尚も歩みを止めない蔵人を見た彼女は、蔵人が人間じゃないのではと疑い始めた。
その期待に応えるかのように、蔵人は弾丸降りしきる中、只々彼女に向かって歩いた。
シャーロットさんはそれに耐えられず、走って蔵人との距離を取る。取りながら、後ろ手に銃を撃ち続ける。
それでも、銃の腕は落ちない。しっかりと、蔵人の急所を穿とうとしている。
その内の一撃が、蔵人の膝に当たる。
丁度足を下ろしたところへの一撃で、蔵人はバランスを崩しそうになり、一瞬足が止まる。
それを好機と見たシャーロットさんは、立ち止まって膝を狙い撃つ。
蔵人がそれに対抗し、膝の正面に盾を厚めに貼る。
再び、歩みを進めようとし始めた蔵人。そこにシャーロットさんは再び発砲した。
彼女の弾丸は、歩みを進めた蔵人ではなく、その足元のコンクリートに当たった。
コンクリートに当たった弾丸は、跳弾して蔵人の膝裏に命中した。
何と、トリッキーな。
蔵人は膝を折り、地面に膝を着く。
「Yes!」
喜ぶシャーロットさん。
だが、膝を折られた蔵人は、それでもゆっくりと立ち上がろうとする。
全身に龍鱗を展開しているので、膝裏に衝撃は受けたが、ダメージはない。
蔵人が立ち上がろうとしている間も、必死になって銃弾を撃ち込むシャーロットさん。
だが、全てを受け切って、蔵人は立ち上がり、真っすぐに彼女を見た。
そして、
走り出す蔵人。
両手をブンブン振って、彼女に向かって爆走する。
【うっそでしょ!?本当に、タイムスリップして来たって言うの!?】
それを見て、シャーロットさんも慌てて逃走を再開し、必死になって逃げ惑う。
時折振り返る彼女の眼は、若干怯えの色も含んでいた。
多分、彼女の頭の中では、あの曲が流れているのだろう。
ダダン、ダンダダン♪ダダン、ダンダダン♪
だが、徐々に蔵人と彼女の距離は縮まっていく。
鎧を着ていても、蔵人の方が速かった。
【急いで、シャル!追いつかれてしまうわ!】
観客席から叫び声が聞こえた。
見ると、必死な形相で声援を送るオリビアさんの姿があった。
そこに居たのか。
蔵人は視線をシャーロットさんに戻す。すると、彼女は急に立ち止まり、頭上で銃をグルグル回していた。彼女の頭上には、水で出来た輪っかが出来ている。
それを、彼女は、
【そ~ぉれっ!】
こちらへ投げつけて来た。
輪っかは蔵人の体に当たり、両腕と共に拘束されてしまった。
輪っかに繋がった水の縄を掴み、シャーロットさんは歯を食いしばってこちらを見る。
【さぁ!これでっ、動けないでしょっ。大人しく未来に帰りなさいっ!】
まるで暴れ牛になった気分だ。
蔵人は力だけでその輪っかを引きちぎろうとしたが、流石にそれは無理そうだ。
もっと鍛えないとな。
そう思いながら、新たな盾を作り出す。
その盾を縦回転させて、シャーロットさんが持つ水の縄へと放つ。
「シールド・カッター」
盾は水の縄をあっさりと切断する。
途端に、蔵人に繋がっていた水の輪っかは消失し、勢いに負けたシャーロットさんは1歩、2歩後退して、尻餅をついてしまった。
【いたたっ。なに…今の。回転する盾?】
痛そうにお尻を摩るシャーロットさん。
その彼女に影が差す。
彼女が見上げた先には、蔵人が立っていた。
彼女に向けた手は銃の形を作り、周囲には高速回転するホーネットが、何時でも射出可能な状態で待機していた。
【チェックメイトです、カウガール。盾の弾丸を試食したいなら、ご馳走致します】
こちらを見上げる彼女の眼は、驚きと戸惑いで揺れ動いていた。
訳が分からないと、高速回転をして自分を狙い撃つ物が何なのかを、必死に理解しようとしていた。
そして、
【…私の負けです】
俯いて、静かにそう言うのだった。
試合が終わり、観客席に戻ると、真っ先に蔵人へ駆けて来たのは慶太であった。
「やっぱり強いね、くーちゃん!オイラも次は、走って相手を倒せるくらいに防御力を高めるよ!」
「うん。慶太。それも一つの手だが、君にはもっと合った戦い方もあると思うからさ。参考程度に考えておいてくれよ」
「うん!分かったぁ」
本当に分かってくれたのかな?まぁ、ガチガチに防御を固めるのも、ソイルキネシスなら一つの手だから、その方向で戦うのも悪くはない。
慶太の特色が生かせていないから、ちょっと違うと思ってしまうが。
蔵人が悩んでいると、西風さん達も寄ってきて、お祝いしてくれる。
「くら…黒騎士君、決勝戦進出おめでとう!凄いね、やっぱりシングル戦でも、黒騎士君は強いんだね!」
周囲に一般人が居ることを見て、黒騎士呼びに切り替える西風さん。
そうか。西風さんは俺がシングルを戦うのを初めて見たのか。
蔵人は気恥ずかしさを感じながら、そう思った。
西風さんの横で、鶴海さんが不思議そうに見上げてくる。
「黒騎士ちゃん、試合前にシャーロット選手とお話していたみたいだけど、何のお話をしていたの?」
「おっと。そうでした」
蔵人は彼女との約束を思い出した。
「ありがとうございます、鶴海さん。ちょっと、約束を果たしてきます」
そうして、蔵人はみんなを連れ立った状態で、観客席後ろの通路を進んでいく。
初めは、蔵人独りで会いに行こうとしたのだが、鶴海さんに止められた。
黒騎士1人で歩こうものなら、周囲の女性達に寄って集られて、一瞬で身動きが取れなくなってしまうと。
つくば大会のアニキ程ではないが、特区の女性もそれなりに危険である。
ただの男子でも危ないのに、黒騎士ちゃん程の有名人だったらどうなるか分からないわよ?と言われてしまったので、皆さんに付いて来てもらったのだ。
蔵人が目指したのは、オリビアさんが応援していた辺りの席。
多分、仲のいい姉妹なので、ここに居るかなと思って来てみたのだが、丁度オリビアさんがその席に帰って来たところだった。
彼女の向こう側には、シャーロットさんの姿も。
自分の試合が終わってまだ間もないのに、もう準決勝が終わったのか。
世界ランキング96位と言うのは、やはり強いらしい。
蔵人が気を引き締めて彼女達に近づくと、それに気付いたシャーロットさんが慌てて立ち上がった。
【あっ、ターミネ…じゃなかった。黒騎士君。態々来てくれたの?】
【はい。試合前に興味深いお話をされていたので、是非もう一度お話を…】
蔵人はシャーロットさんに、技巧主要論について聞こうと近づいた。
だが、蔵人が彼女に近づく前に、オリビアさんが立ち塞がった。
【何しに来たの?日本の騎士。試合直後だっていうのに、負かした相手と顔を合わせようなんて、随分と良い性格しているじゃない】
鋭い目をこちらに向け、妹さんを隠すように大きく手を広げる。
まるで、子供を守る母グマの様だ。
蔵人は両手を上げて、何もしない事をアピールする。
【オリビアさん。私は試合前にシャーロットさんと約束をしました。試合が終わったらお話すると約束しました】
【貴方の様な怪しい人を、シャルに近づける訳にはいかないわ!】
【怪しい?貴女がそのように思うのは、私が名前を言わないからですか?】
それは、特区であれば当たり前の事なのだが、アメリカは違うのか?
そう思った蔵人だったが、オリビアさんは首を振って蔵人の考えを否定した。
【私はここ数年、何度か日本に来たこともあったわ。小学生の頃から異能力を鍛えるために、各国を転々としているの。でも、去年もその前も、黒騎士なんて名前は聞いたことが無い。そんな事、他の国ではあり得ないわ。少なくとも、シャルを倒せるような人だったら、必ず小さい頃から話題に上がっている筈だもの】
そう言って、オリビアさんは鋭い視線と共に、その白くて長い指をこちらに向けていた。
【貴方は異常よ!これ程強い人が、突然現れるなんてある筈がないわ。その上、ただのCシールドでシャルの弾丸を弾き返すなんて、出来る訳がないの!貴方は何か、何かとんでもないズルをしているとしか思えない。そんな怪しい奴を、私の妹に近づけるなんて出来ないわ!】
オリビアさんの強い口調に、蔵人は目を細めて考える。
確かに、俺は彼女の言う通り、ズルをしている。
前世からの経験を活かし、誰もが何もできない幼児期から修行を行い続けてきた。
これは、大きすぎるアドバンテージだ。
前世からの記憶があるからと言って、誰しもが出来る事では無いとも分かっているが、純粋な赤子では実現不可能なチート業であることは疑いようがないだろう。
故に、彼女が俺を危惧するのも十分に理解できる。
だが、シャーロットさんと会話したいのも事実だ。
さて、どうしたものか。
蔵人が悩んでいると、蔵人の横から若葉さんがちょこんと顔を出した。
【黒騎士君が今まで無名だったのは、特区の外に住んでいたからですよ。中学生になって初めて特区の中に来たから、今になって有名になったんです】
おおっ。流暢な英語。
そう言えば若葉さん、国語と英語は得意科目だったな。まさかリスニングもスピーキングも得意だったとは、ただのジャーナリストではなく国際ジャーナリストを目指していたのかい?
蔵人が感心している中、オリビアさんの厳しい視線が若葉さんの方を向く。
【それこそ怪しいじゃない。特区の外でまともな訓練が出来る筈がない。そもそも、Cランクが外で生活すること自体が異常よ!】
【黒騎士君が外に居たことは、まぁ、家庭の事情とかもありますから。でも、特区の外ではまともな訓練が出来ないというのは違います。特区の外だって、やろうと思えば訓練は出来るんですよ?】
【出来る訳ないじゃない。特区の外なんて、まともな生活すら出来ない場所よ?少なくとも、アメリカではそう】
【じゃあ、試してみてくださいよ。黒騎士君の力がズルによる紛い物なのか、それとも努力による賜物なのか。次の決勝戦でね】
おおっ。格好いい啖呵を切るね、若葉さん。
若葉さんに、蔵人は尊敬の視線を送り、そんな蔵人に、オリビアさんが厳しい視線を送る。
【良いわ。次の決勝戦、貴方の秘密を暴いてあげる。貴方は自分の愚かさを悔い改め、神と妹の前で懺悔するのよ】
そう言い放ち、オリビアさんはシャーロットさんの手を引いて、決勝戦の会場であるBランク会場へと行ってしまった。
残された蔵人は、若葉さんに向けて親指を立てる。
「ナイスだったね、今の言い回し。お陰で決勝戦が面白くなりそうだ」
「そう?言いすぎちゃったと思ったけど、黒騎士君がそう言ってくれるなら、良かったのかな?」
若葉さんは少し不安そうに笑みを浮かべ、隣の鶴海さんは困ったように眉を顰めた。
きっと、今の会話を殆ど理解していて、本当に勝てるのかと心配してくれているのだろう。
そんな心優しい鶴海さんの後ろで、西風さんが嘆く。
「全然分かんない!なんか、相手が怒ってたっぽいけど、言葉が宇宙人語で全然分かんなかったよ!何がどうなったのか、誰か教えてぇ!」
「オイラにも~!」
2人の様子に、蔵人達は固かった表情を崩した。
まさか、ほぼ突進だけで勝負を決めるとは…。
「ソイルの異能力を工夫した、慶太の戦いと比べてみると、ゴリ押し感があるな」
龍鱗自体が高等技術なんですけどね。
それにしても、若葉さんの英語はお上手でしたね。
「見事な文系だな。反面、あ奴の英語は少し片言だったぞ?」
様々な世界で、様々な言語を学んでしまいましたからね。聞くは良くても、イントネーションがどうしてもですね。
「そして、西風嬢と慶太は置いてけぼりだな」
それが普通ですよ。中学生なんですから。