203話~いっけぇー!オイラのミニゴーレムぅ!~
Cランクの本戦に出場出来たのは、蔵人と慶太を含めて14人であった。
更に、ヘルナンデス姉妹を加えた16名が優勝を掛けて戦う。
トーナメント表を見る限りだと、順当に勝ち進めれば、慶太とは準決勝で当たる事になる。
とは言え、順当に勝ち進めればだ。
本戦1回戦を勝ちで飾った蔵人達は、他の選手達の戦いぶりを観客席から観戦する。
「勝者、シャーロット選手!」
「Yay!Thanks!ありがとー!」
腰のホルダーに2丁拳銃を戻した彼女が、両手を上げて観客席に感謝を伝える。
彼女の試合は、一瞬で終わってしまった。
審判の試合開始の合図と同時、シャルさんは腰から銃を素早く取りだして、ノータイムで引き金を引いた。
すると、銃口から水の弾丸が発射されて、一瞬で相手を貫いていた。
発射された直後に、相手はベイルアウトされていたので、貫かれたのは相手の残像だったけどね。
試合開始から相手が消えるまで、1秒強。
恐ろしく早い射撃。殆どの観客は見逃しちゃっていただろう。
「さて、慶太君よ。早速苦手なタイプの選手と当たるけど、何か思いつきそうかな?」
「う~ん…」
蔵人の質問に、慶太は難しそうに顔を伏せる。
そう、慶太の2回戦の相手は、このシャーロットさんなのだ。
ここまで楽勝で勝ち進んできた慶太だが、流石に今の試合を見てしまうと、勝てるビジョンが薄れてきたみたいだ。
「土でガードを作るのは、間に合いませんか?」
悩む慶太の後ろから、巴さんが提案してくれる。
彼女達Aランクの試合は、残す所決勝戦だけとなっている。
今回も、Aランクは参加者が少なかったからね。他の会場が予選をしている間に、殆どの試合を終えてしまったのだ。
そんな彼女は、妹が居るBランクではなく、このCランク戦を応援しに来てくれていた。
有難い事だ。
巴さんの提案に、慶太は頬を掻きながら思案する。
「間に合うとは思うんだけど…。なんか、貫通されそうだなぁって思うんだよね」
「ああ、そうですね。Cランクの魔力量では、先ほどの攻撃はちょっと…」
「くーちゃんみたいに、一か所だけ固めても良いけど…」
「何処を狙われるか、予め予測しないといけませんね。では逆に、貫かれても大丈夫な状態にしたらどうです?」
「どやって?」
「それはですね…」
ソイルキネシス同士で、色々と考えてくれている。
ここは、下手に口を挟まない様にしよう。
蔵人が席に着くと、今度は西風さんが顔を寄せてくる。
「蔵人君だったら、シャーロットさんとどう戦う?」
「俺なら、盾で弾丸を逸らすかな」
拳銃の銃口に注目していれば、着弾予想地点はある程度予測できる。
後は、その射線上に盾を斜めにして設置しておけば対処出来るだろう。
蔵人の問いに、西風さんは「なるほどぉ、流石蔵人君だね」と呟きながら、体を戻す。
「僕だったらどうするかなぁ~」
「先ずは自分に何が出来るかだね。西風さんは自分の特徴を掴めたのかな?」
「う~んと、特徴かぁ」
西風さんが悩んでいると、隣の鶴海さんがこちらを向いた。
「桃ちゃんは最近、風を部分的に噴出させているわよね?まるで宇宙服みたいに」
「うん。蔵人君に教えて貰ってね。大会で使っている人が居たんだって」
つくば大会の話だね?確かに、同じエアロキネシスだから、何かのきっかけにならないかと思って話した事がある。
だがまさか、それを既に実践しているとは。
蔵人は、西風さんの技術力に感心する。
あの技は、ダブルワンのサポートがあったから出来てた物だ。それを生身で出来るように成れば、かなり強力な武器となるだろう。
蔵人は、西風さんの成長に満足しながら、デジカメを覗いている戦友に話しかける。
「若葉さん。オリビアさんは世界ランカーと言っていたけど、もしかしてシャーロットさんもそうなのかい?」
「多分、違うと思うよ。彼女はお姉さんほど大きな大会に参加していないからね。ポイントは殆ど持っていなかった筈だよ」
おや。そうなのか。
流れるような射撃までの動作や、たった一撃で相手を貫く異能力の精度等を見ていたら、相当の使い手かと思った蔵人。
何せ、彼女の放った水の弾丸は、大きさ的にDランク程度と思われるからだ。
Dランクの攻撃で、Cランクの猛者をベイルアウトさせた彼女は、相当な力量であろう。
そう思って聞いてみたのだが、彼女はランカーですらなかったのか。
世界は広いなと、蔵人が感嘆の吐息を吐いていると、「でもね」と若葉さんが続ける。
「地元の大会では何度も優勝しているし、中学1年生でチャンピオンシップに出場しているからね。相当な実力者ではあるよ」
チャンピオンシップとは、日本で言う全日本大会である。
だが、その規模は日本とは比べ物にならないだろうし、出てくる選手のレベルもその分高いだろう。
そんな狭き門を、中学1年生の時点で勝ち抜いたシャーロットさんも、間違いなく強者であろう。
これは、楽しい大会になりそうだ。
蔵人がほくそ笑んでいると、若葉さんが蔵人の袖を引っ張る。
「蔵人君。大本命が始まるよ」
若葉さんが指さす先には、フィールドに入ったオリビアさんの姿があった。
相変わらず、背中に大きな棺を担いでいる。あれの中身は何なんだ?
そう思っていた蔵人だが、試合ではその物を拝むことは出来なかった。
彼女の放った無数の水球が、相手を一瞬で蒸発させてしまった。
「勝者、オリビア選手!」
妹さんとは違い、オリビアさんは審判に軽く頭を下げるだけで、直ぐに控室へと戻ってしまった。
彼女の攻撃は、妹さんほど速くはなかった。
だが、膨大な水球の量で、相手を圧倒していた。
Dランク級とCランク級の水球が、一瞬で中空に浮かび、それが一斉に相手へと殺到したのだ。
相手の放った火球も、その水球にぶつかって蒸発してしまい、相手も直ぐに消えてしまった。
まるでスコールだと、蔵人は思った。
「く、蔵人君。あれは、どうやって相手するの?」
顔を青くした西風さんに、蔵人は笑みを返す。
「さて、どうやって料理しようかね」
時刻は、正午を過ぎた。
それでも、蔵人達は誰も、昼飯を食べには行かなかった。
試合が始まるからだ。
『これより、Cランク本戦、第2回戦を始めます。2回戦第一試合、東軍、桜坂聖城学園所属、背番号90番』
「くまぁ!頑張れぇえ!」
「クマちゃんファイトぉ!」
「クマ、お前、負けたら逆さ滑り台の刑だからな!」
蔵人達の声援が聞こえたのか、慶太がこちらに手を振る。
鈴華の罵声は、愛情表現だからな?気にするなよ?
『西軍、ニュージャージー州ESS校所属、シャーロット・ヘルナンデス』
「Hi!」
「シャーロットさぁん!」
「頑張ってぇ!」
シャーロットさんにも声援が送られる。
慶太の時よりも数は少ないけれど、仕方がない。
観客の大半は、男である慶太の味方なのだから。
ただ、雑誌の記者達は違うみたいで、シャーロットさんが手を挙げた瞬間に、至る所でシャッター音が響いた。
異能力業界で見たら、彼女の方が有名選手なのだなと理解させられる一幕だ。
「試合、開始!」
試合が始まった。
それと同時に、シャーロットさんは拳銃を構える。
流れるような動作で、無駄のない素早い動き。
対する慶太は、土を形成している最中だった。
まだ、彼の足元には歪な土の塊しか出来上がっていない。
これを防御壁にするには、人の大きさまで積み上げ、しっかりと固め、更に硬化させる必要がある。その時間を、シャーロットさんが待ってくれる筈もない。
彼女の目が輝き、指に力が入る。
その時、
慶太の形成していた土が、崩れた。
形成に失敗した。
一瞬、誰もがそう思ったが、バラバラに崩れた土は細かい土煙となって舞い上がり、慶太の姿を完全に消した。
「なるほど。煙幕か」
「はい。土を砂粒くらいまで小さく分解しました」
蔵人の呟きに、嬉しそうな声で巴さんが返す。
慶太は土を固めて防御するのではなく、土を細かく分解し、砂化させて舞い上がらせ、己の姿を隠した。
それにより、シャーロットさんは目標を見失い、水弾の発射を躊躇した。
その間も、土は霧散することなく、その場で留まっていた。
風もないのに舞い上がっていた所を見るに、きっと慶太が操っているのだろう。
砂塵が動き出す。シャーロットさんを呑み込まんと、彼女へ徐々に近づく。
それに、シャーロットさんは走って逃げる。
逃げながら、砂塵に向かって銃を乱射し始めた。
【へっへ~ん!見えなくったって、そこに居るのは分かってるもんね。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって奴だよ!】
彼女の水弾が、濃霧のような砂塵の中を貫き、反対側から飛び出してくる。
だが、慶太に当たった形跡はない。
それどころか、砂塵の中から何かが飛び出して来た。
それは、土の塊だ。
その土が、まるで水弾のお返しとばかりに、シャーロットさんへと向かう。
だが、
【へっへ~ん!遅い遅い】
シャーロットさんは軽いステップを刻んで、それを避けてしまう。
彼女が早い訳ではない。土の攻撃が遅いのだ。
例えるならば、一般人のチェンジアップ。軽いキャッチボール並のゆるゆるボールが飛んでいく様なもの。
だが、仕方がない。これが慶太の全速力。
いや、慶太だけではなく、防御主体の異能力者では、これくらいの速度しか出せない人が多い。
蔵人のように移動性に特性があったり、並々ならぬ訓練をした者ならその限りではないが、慶太はどちらでもない。
なので、今の土攻撃が、彼の精一杯なのだろう。
仕方がない。彼に攻撃の才能は無いのだ。
あるのは、操作性の才能だ。
【おっと。何処を狙っているのかな?私はここ…あれ?】
慶太の攻撃を、スキップで避けていたシャーロットさん。
しかし、急に彼女の足が止まった。
彼女の足には、ゴーレムが居た。
気付けば、彼女は慶太のゴーレム軍団に囲まれていたのだ。
慶太の放った土の塊が、地面で形成されてミニゴーレムになっていた。
彼の土塊は、最初からシャーロットさんを狙ってはいなかったのだ。
「いっけぇー!オイラのミニゴーレムぅ!」
砂塵の中から慶太の元気な声が響き、それと同時にゴーレムたちが一気にシャーロットさんを急襲する。
シャーロットさんは必死に足元のゴーレムたちを撃ち壊すが、数が多すぎて対処しきれない。
瞬く間に、ゴーレムたちに埋もれるシャーロットさん。
彼女の二丁拳銃にも土が纏わり付き、重さでポロリと地面に落ちた。
勝利コンボが決まった。
慶太が砂塵の中から現れて、グッとガッツポーズをする。
彼は土の土台のような物を作っており、それで高さを稼いでいた。その土台には、幾つも銃痕の跡があった。
なるほど。これで防いでいた訳だ。
慶太の成長に、蔵人は満足そうに頷いて、
叫ぶ。
「まだだっ!油断するな、クマ!」
「えっ!?」
慶太が驚き、土塊になったシャーロットさんを振り返る。
そこには、小さな水球が2つ、浮かんでいた。
何をする気だ?
蔵人は目を細める。
彼女は今、全てを失っている。
視力も、聴力も、酸素さえ失おうとしている。
闇雲に水弾を撃ったところで、何も…。
蔵人が訝しんでいる、その時、その水球から攻撃が繰り出された。
その弾丸の先にあったのは、土塊。
シャーロットさん自身。
水の弾丸は、彼女の顔を覆ている土塊を穿ち、土塊の一部が削れとんだ。
その穴から、彼女の青い瞳が露出した。
何と言う精密さ。外せば自分まで傷付けてしまうだろうに、全く動じずに撃ち抜いた。
恐らく、彼女は元々、銃などなくても精密射撃が出来るのだろう。
それでも普段、銃を使うのは、その方が楽に狙いを付けられるからか。もしくは、
そう思わせる為のブラフか。
土塊から解放されたシャーロットさんの瞳が、慶太を捉える。
「塞げ!クマ!穴を塞げ!」
「おけー!」
慶太が腕を振るうと、無数のミニゴーレムが地面から湧き上がり、土塊が中空を緩く飛ぶ。
その全てを、シャーロットさんへと向かわせる。
だが、シャーロットさんの水球から、水弾が乱れ撃ちされる。
その弾丸は、殆どが慶太自身へと向けられていた。
慶太はそれを見て、急いで砂塵を発生させる。
しかし、慶太へと向かっていた水弾は、砂塵に着弾する前に弾け飛んだ。
霧状になったアクアキネシス。それにより、砂塵が湿って、砂が地面に落ちてしまった。
慶太の姿が、露見した。
慶太が慌てて新しい砂塵を作り出そうとするが、周囲が湿ってしまい、土が上手く砂化しない。
その慶太に今、弾丸が撃ち出された。
瞬間、慶太が消えた。
それは、
「試合終了!勝者、シャーロット・ヘルナンデス!」
ベイルアウトだった。
慶太が去った後のフィールドには、土塊から解放され、青い顔でへたり込むシャーロットさんの姿があった。
「ごめん、くーちゃん。オイラ、負けちゃった」
試合後、観客席に帰ってきた慶太は、残念そうに肩を落として謝ってきた。
別に、謝る必要はなかったんだけどね。
彼の試合は見事なもので、あのシャーロットさんをかなり追い詰めていた。
惜しむらくは、詰めの甘さについてだが、それは仕方がないだろう。
彼女が拳銃を使わなくても、あれだけの精密射撃が出来るとは想定していなかった。
情報が殆どない状態では、勝ったと思ってしまう場面だった。
慶太はシングルの経験も少ない。今回の経験と、これからの経験を徐々に積み重ねて行けばいいのだ。
「ああ、そうだな」
そう思う蔵人だったが、慶太の謝罪は受け取る事にした。
その方が、彼がもっと成長出来ると思ったから。
謝りたいと言うことは、もっと何か出来たと思っている証拠だと思ったからだ。
「慶太は、次にシャーロットさんと戦うとなったらどうやって勝とうと思う?」
「次に?」
慶太は顔を伏せて、考え込む。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「う〜んと…分かんない」
「そうだな。終わったばかりで整理がつかないよな」
うん。あまり急いでもいい事はない。
冷静になって考えねば、いい案は浮かばないだろう。
蔵人は、慶太の肩に手を乗せる。
「ゆっくりで良い。相手をイメージして、どう勝つかを考えてみてくれ。部活とか、家とかでもさ」
「うん!」
幾分か元気になった慶太。
彼はその後、鈴華に軽くヘッドロックを掛けられ、笑いながら巴さんの横に座った。
「巴さん、ごめんなさい。色々教えて貰ったけど、負けちゃった」
「良いんですよ。とっても頑張っていましたね」
巴さんは慶太のヘルメットを外して、頭を撫でていた。
すかさず、鶴海さんが慶太の後ろに立ち、慶太の素顔を隠してくれる。
巴さんも、慶太の頭を抱き込んで、よしよしと背中を撫でる。
「上手な土の使い方でしたよ。もっと土で遊べば、もっと色んな事が出来ますよ」
「うん…」
慶太はそう呟いてから、暫く巴さんの胸の中に顔を埋めた。
時折、鼻を啜る様な声を聞いた気がするが、気のせいだろう。
蔵人達は知らんぷりで、試合観戦に戻る。
「なぁ、ボス。なんか嬉しそうだな」
「そうか?」
鈴華が、蔵人の顔を覗き込んでくる。
今はヘルメットを被っているので、目しか見えない筈だが、彼女なら分かるのだろうか?
「ああ、そうさ。すげえ嬉しそうに見えるぜ」
「そうか」
どうやら、分かるらしい。
蔵人は、軽く後ろを振り返り、ヘルメットを被り直した慶太を見る。
彼の少し赤くなった目を見て、兜の中で笑む。
「悔しいと思う気持ちは、大きく躍進するためのバネになるからな」
そう呟いた蔵人の言葉に、鈴華は目を光らせていた。
慶太君、シャーロットさん相手によく頑張りましたね。
「銃はブラフか」
完全にそうとは限りませんけど。
魔法使いの杖のように、あった方が魔法を発動させやすかったりするのかも知れません。
「だが、銃が無ければ水弾が撃てぬと錯覚させるのは、初見殺しには持って来いだな」
敢えて嘘の弱みを見せるというのは、戦術の内ですね。