201話~ハァイ!こんちわ!~
体育祭が明日開催されるという中、蔵人達は練馬こぶし大会に参加するべく、練馬WTCへと足を運んでいた。
練馬WTCの中は少々異質で、緑が多い事が特徴的であった。
それは、会場となっているセントラルホールに近づけばより強く感じるようになっていく。
そして、会場は緑に呑み込まれていた。
「わぁ〜!すっごいね!まるで森の中みたいだよ!」
西風さんが目を輝かせ、大はしゃぎで会場を指さす。
昨日まで、二人三脚の練習でへばっていたのだが、今日はその影響は微塵も感じさせない。
若いとは素晴らしい。
そんな西風さんの様子を、若葉さんが容赦なくフィルムの中へと収めてしまった。
「元々、公園があった所に作ったWTCだからね。その特徴を生かして、こうして自然公園をど真ん中に設置して、施設内全体で緑を大事にしているんだ」
「ちょっと、若ちゃん!しれっと僕の恥ずかしい姿を撮らないでよ!」
「カメラマンの特権だよ~」
そう言って、追いかけっこを始めた2人を遠目に、蔵人と鶴海さんは並んで彼女達を見守る。
鶴海さんは、蔵人達が大会に出場すると言ったら、応援に来てくれたのだ。
他の人達も来たがっていたが、体育祭の練習があるので、今回は断念していた。
伏見さんや祭月さんは、運動神経が良いらしい。クラスでも期待の星に祭り上げられているとか。
ちなみに、今日の蔵人は私服である。周りにみんなが居るからね。変装しなくても安全だ。
寧ろ、黒騎士姿の方が危険かも知れない。
ミュージックステータスで名前が出てしまったからね。完成度の高い黒騎士姿に、仮令偽物でも人が群がってしまう。
「楽しそうね」
「2人はエントリーも間に合いませんでしたからね。こうして楽しんでくれて良かったですよ」
蔵人は鶴海さんと顔を見合わせ、小さく笑う。
蔵人は今回、若葉さんや西風さんも参加してもらおうと思った。でも、エントリー期間を過ぎてしまっていたので、出来なかったのだ。
慶太はギリギリ間に合ったのだが、惜しいことをした。
ちなみに、今回は鈴華もエントリーしていた。
つくば大会の時に教えていたからね。大会後直ぐにエントリーしたらしい。
でも、そういえば、その2人の姿が見当たらないな。
さっきまで後ろを着いてきていたと思ったのだけれど?
蔵人が、慶太と鈴華の姿を探していると、鶴海さんが、ちょんちょんと、蔵人の肩を突く。
「蔵人ちゃん。お探しの2人はあそこよ」
そう言って、彼女が指さす先には、
「おい!慶太!次はこの超ロング滑り台で競走すっぞ!速く降りきった方の勝ちだ!」
「オイラ、あれやりたい!ロープ掴んでシューって移動するやつ。あれでターザンごっこしたい!」
「なにぃい!?ターザンだとぉ!?そいつはめっちゃ楽しそうじゃねぇか!来い、慶太!より遠くまでターザン出来た方の勝ちだ!」
「オイラ、小学生の時に遊んだ事あるから、めっちゃ有利だぞ!」
「言ったな?あたしに遊びで勝とうなんざ、10年早いぜ!」
公園に設置されているアスレチックを舞台に、童心に帰る2人が居た。
おかしいな。2人は俺と同じで、この後バチバチの異能力戦を戦うことになっているんだけど、全く緊張していない。
いや、寧ろ、
「あいつら、試合があるってこと忘れてやしないかな?」
「あの姿を見ると、それも否定出来ないわね。でも、凄く楽しそうよ?」
鶴海さんに言われて、蔵人も「それもそうですね」と頷く。
まさかと思うが、試合開始前に力尽きないでくれよ?
些か、緊張感に欠ける状態で大会会場へと足を踏み込んだ蔵人達。
だがすぐに、その腑抜けた感情が引き締まる事となる。
会場中が、ピリピリと痺れるような緊張感に包まれていたのだ。
前回、前々回の大会であれば、チームや学校ごとに集団をつくり、そこで練習や雑談をしていた少女達。
だが今は、黙々と準備運動をしているか、ちょっと暗い顔でヒソヒソと顔を突き合わせている娘ばかりが目立っている。
なんだなんだ?何が彼女達をそうさせている?
蔵人が周囲を見回すが、特段威圧を放っている選手は見当たらない。
まさか俺か?と思って見ても、何人かがこちらを凝視しているだけで、他の子は見向きもしていない。
そのこちらを見ている数少ない娘も、蔵人ではなく鈴華を見て頬を染めているだけだ。
こういう時は若葉さんだ。
「若葉さん。周囲の選手達が、何やら緊張している様に見えるんだけど。今日って何かあるのかな?」
「うん。とある筋の情報なんだけど、この大会にアメリカの選手が登録しているらしいよ」
なんと、アメリカの選手?
確かアメリカは、中国と同等の軍事力を誇る大国であり、オリンピックの異能力戦でも、毎回中国とメダル争いをしていると聞いたことがある。
そんな国の選手が来日していて、この大会に参加している。
それは、確かに他の選手達からしたら緊張するだろう。
普段は画面越しでしか見られない本場の戦いを、生で見れるのだから。
それだけではなく、もしかしたら自分と相手してもらえるかもしれない。そう考えるだけで、試合前からアドレナリンが出てしまって仕方がないのだろう。
蔵人が、分かる。分かるぞ!と強く頷いていると、鶴海さんが蔵人のシャツの裾をツイツイっと引っ張った。
何でしょう?鶴海さん。
「蔵人ちゃん。多分だけど、蔵人ちゃんみたいにプラスの感情で捉えている人は少ないわよ。きっとみんな、負の感情でいっぱいなんだと思う。どうしてこんな大会に大国の選手がいるの?とか、私の対戦相手にならないで、とかって」
そうなのか!?
蔵人はパラボラ耳で周囲の噂話を拾っていると、鶴海さんの言う通りだった。
どうも、そのアメリカの選手と言うのが中学生の姉妹らしく、更にその2人はCランクとの事。
何でCランクにそんな化け物が、とか。せめて高校とか一般のブロックの選手でいて欲しかったという声ばかりが聞こえて来た。
悲しいかな。誰も、自分の様に考えてくれる人はいないみたいだ。
そりゃ、目先の利益を考えれば、優勝できる可能性が著しく低下して悲しいのは分かる。
だが、人生と言う長い目で見てみれば、この貴重な体験は優勝以上の糧となるだろう。
惜しいな。
そう、蔵人が嘆いていると、
「でも、オイラも戦ってみたい」
そう、隣で慶太が言ってくれた。
おおっ!流石は、我が戦友。
テンションが上がった蔵人は、慶太と思いっきりハイタッチをした。
何故か、鈴華も手を挙げたので、ついでにハイタッチする。
「鈴華も頑張ってな。Bランクには、アメリカ選手は居ないみたいだから、優勝を目指しちゃおう」
「当ったり前だ!そんで、ボスと一緒に優勝台で万歳するぜ!」
そう言って、勇ましく笑う鈴華。
そこに、
「それは聞き捨てなりませんね」
そんな、冷たい声が聞こえた。
後ろから。
振り返ると、そこには黒すぎる黒髪を掻き上げる円さんと、その妹の肩を掴んで、困ったように笑っている巴さんが居た。
おおっ。今回は姉妹で参加されるのか。
蔵人は2人に向かって腰を折る。
「巴さん、お久しぶりです。円さん、お約束通り来ていただいて嬉しいです。お2人とも、態々遠くからお越しいただき、ありがとうございます」
「黒騎士君、お久しぶり。お元気そうで良かったわ」
「黒騎士様。2つ目の大会優勝、おめでとうございます」
巴さんがふわりとした笑みを携えて、お淑やかにお辞儀をする。
それに続いて、円さんが凛とした姿で腰を折る。
流石は円さん。つくば大会の事も知っている様だ。もしかしたら、うちの敏腕記者が情報提供しているのかも知れない。
顔を上げた円さんは、鋭い視線を鈴華に向ける。
「それで?貴女はBランクで優勝すると聞こえましたが?」
「ああ、言ったよ。ボスと一緒に優勝する。2学期になってから、ボスに教えてもらった通りに練習してきたからな。かなり強くなったぜ!」
鈴華が自信満々にそう言う。
それを、円さんは小さく笑い、首を振った。
「Bランクで優勝するのはこの私です。黒騎士様の隣を、貴女の様な者に譲る訳にはいきません」
「なんだとっ!やるってのか!?」
「望むところです」
不味い不味い!
2人がメンチを切り始めて、臨戦態勢に移行してしまった。
蔵人達は慌てて鈴華を抑え、巴さんと若葉さんが円さんを抑える。
それでも、2人は視線だけでバトルを継続する。
若葉さんとは直ぐに打ち解けてくれた円さんだったが、鈴華とは相性が悪かったか。
同じBランクと言うのも、2人が相容れない原因かもな。
蔵人達は無事に参加登録を済ませ、そのまま開会式に参加した。
開会式では、つくばと同様に、お偉いさんの挨拶が続く。
緊張気味だった選手達だったが、その間だけは眠そうに体を揺らしていた。
周囲を見渡しても、アメリカ人らしき姉妹の姿は無い。参加する選手の皆さんは、殆どがまだ装備を着けていない状態なので、素顔を晒したままだ。
寧ろ、男である蔵人や慶太に視線が釘付けである。近くに巴さんも円さんも居てくれるので、無暗に近づいて来る人が居なくて助かっているが、そうでなかったら大変だ。
ここまで注目されてしまうのであれば、そろそろ装備を装着した方が良いだろう。
という事で、開会式が終了すると同時に、蔵人達は一度選手控室へと赴き、配送していた白銀鎧に身を包んでから会場に戻った。
だが、戻った会場は、再び緊張の波が押し寄せていた。
その渦中には、とても目立つ2人の人物がいた。
1人は、濃いイエローブロンドの髪をお下げにした女の子。首紐でカウボーイハットを首の後ろに回し、革ジャンと真っ赤なベルトを巻いている。そのベルトには、スラリとした銃身のマグナムが2丁、吊るされていた。
【ねぇ、お姉ちゃん。みんな私達を見てるよ?この国でも私達って結構有名なのかな?】
【多分違うわ、シャル。私達がアメリカ人だから、みんな警戒しているだけよ。こんな極東の島国にまで名前が広がるほど、目覚ましい活躍が出来たとは思えないから】
そう言って肩をすくめる女性も、シャルと呼ばれたカウガールに負けない程に、特異な姿をしていた。
白に近いプラチナブロンドの髪をショートに纏めた高校生くらいの女性で、濃い紺色のブレザーを着ていた。
そこまでなら普通の学生なのだが、背中に大きな棺を背負っているのだ。
まるで、ドラキュラ伯爵でも出て来そうな十字架が記された棺だ。蔵人の耳には、随分と重く硬い音がその棺の中から響いて聞こえた。
一体、中に何が入っているのだろうか?
蔵人が棺の中を想像していると、その横で好奇心旺盛な声が弾けた。
「くーちゃん!あれあれ!なんか凄いの背負ってる人が居るよ!」
慶太が薄かった目を開眼して、棺を指さし飛び跳ねていた。
…凄いな、慶太。その鎧、20㎏あるんだぞ?
蔵人が別方向で驚いていると、向こうの方からも驚きの声が上がった。
【お姉ちゃん!あそこあそこ!男の子の声がするよ!】
【シャル。ここに居るという事は、選手として出場するという事よ?男の子が居る訳ないじゃない。きっと、声が低いだけよ】
【お姉ちゃん!私が、男の子と女の子の声を聞き間違えると思う?ちょっと声掛けてくるよ!】
【ちょっと、シャル!】
おっと、ヤバい。アメリカンシスターズがこちらへ猛ダッシュして来るぞ。
どうするか。逃げるか?いや、あの勢いは何時までも追って来る。
誤魔化すか。俺が声を変えて、慶太が喋らなければ勘違いで済むかもしれん。
蔵人が思案している間にも、シャルさんが蔵人達の前で急ブレーキを掛けて、こちらに手を振る。
「Hi!こんにちワ!」
「ハァイ!こんちわ!」
「Oh!いい挨拶デス!」
くっそ!
反応速度が早すぎて、慶太を止められんかった!
片手を高々と上げる慶太の横で、蔵人は項垂れる。
こいつの適応能力を舐めていた。こうなっては、俺が声を変えた所で意味がない。
蔵人は、気を取り直して顔を上げる。
「こんにちは、お嬢さん。何か我々に御用でしょうか?」
「Wow!アナタも男の子デスね?日本は男の子がいっぱいデス!」
別に、そういう訳ではないと思うけど、もしかして、他国は高ランク男性が少ないのかな?
【ちょっと、シャル!無闇に話しかけないでよ。言いがかりや喧嘩を吹っ掛けられたらどうするの?】
お姉さんも追いついて、シャルさんの肩に手を置いて、彼女を諌める。
でも、当の本人は何処吹く風で、蔵人達を指さして興奮気味に姉へと報告する。
【お姉ちゃん!やっぱり男の子だったよ!しかも2人もだよ?凄いよね。ニュージャージーじゃ応援席にすら男子の姿を見たことないし、ニューヨークでだって男子の選手なんてなかなかお目にかかれないよ。私を前にしても、こんなに友好的に接してくれるし、日本は男性の異能力界進出が進んでいるんだね】
【そうじゃないわよ、シャル。日本は異能力後進国だから、それほど異能力の技術が進んでいないだけよ。だから、弱い男子でも試合に出られるし、女子に対しても怖がらないんだわ】
おっと。そうなのか?
日本の異能力技術が乏しいと言うのは、その通りだろう。魔力絶対主義が浸透している分、技術力が育たなくなっている。
だが、それは他国から見ても遅れているのだろうか?アメリカでは技巧主要論が広がっていて、技術力も高いのか?
どうだろうな。ディさんはどこの国も魔力絶対主義が主流で、高ランクが持て囃されている状態は変わらないと言っていた。
であるならば、アメリカだって日本と同じ様な技術力なのでは?
是非とも、確かめてみたいな。
蔵人は、シャルさんの二丁拳銃と、お姉さんの十字架棺に視線を這わせる。
すると、シャルさんがお姉さんの手から逃げる様に数歩、こちらへと歩いてきた。
【どっちでも良いよ。日本が進んでいようが遅れていようが、彼らが友好的である事には変わらないんだから】
そう言って、慶太の前に手を出すシャルさん。
「よろしくネ!私の名前はシャーロット。シャーロット・ヘルナンデスだよ!」
「よろしく!オイラは…」
蔵人は素早く、慶太の目前に手を出して、言葉を止める。
今回は間に合った。
ホッと一息ついて、蔵人はシャーロットさんに頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます、シャーロットさん。我々は桜城中等部の1年生です。お察しの通り、我々は男子である為、名前をお伝え出来ません。我々の事はどうぞ、背番号で及び下さい」
ちなみに、慶太の背番号は90番だ。
90の語呂合わせなのだが、なかなか良い番号だと思う。
蔵人が名付けて、慶太が快諾して採用となった。
蔵人が顔を上げると、少し不満気なシャーロットさんの表情が見えた。
【えっと、背番号?名前は教えちゃダメって言っているのかな?】
【そこはアメリカも日本も変わらないみたいね。いくら異能力が弱く、治安の良い日本でも、男子の素性を簡単には明かさないわ】
どうも、蔵人の口調が速くて、聞き取れなかっただけみたいだ。
反省せねば。
それでも、納得してくれた2人。
そこに、足音が近づいてきた。
「おーい!ボス!」
鈴華達だ。
良かった。向こうから探し当ててくれた。
鈴華と円さんが蔵人の傍に来ると、シャーロットさん達を睨みつける。
「なんだ?お前ら。ボスに手を出そうってのか?」
「無粋な。直ぐに退かねば叩き切りますよ?」
【あら?シャーロットを傷付けようとしているの?私をただのCランクと思ってるなら、2人纏めて蜂の巣にするわよ?】
シャーロットさんを庇うように前へ出たお姉さんが、鈴華達と睨み合いを始めた。
また、一触即発の状態になってしまった。
おいおい。ちょっと待ってくれ。
蔵人は鈴華と円さんの肩を掴む。
「2人とも、俺達は大丈夫だ。拳と刀を納めてくれ」
【お姉ちゃん、ストープッ!】
向こうもシャーロットさんが抑えてくれていた。
だが、3人はいつまでも睨み合っている。
こりゃ、ダメだな。
「シャーロットさん。我々は行きます。さぁ、行くぞ。お前達」
蔵人は2人を、半分引きずる様にその場を後にする。
しかし、お姉さんはこの2人をCランクよりも上位と分かっていながら、メンチを切っていた様子だった。
これは、楽しい大会になりそうだ。
蔵人は頬を吊り上げた。
練馬こぶし大会が始まりました。
「アメリカの姉妹は、少々日本を舐めているな」
列強でもトップクラスの軍事国家ですからね。異能力で言えば日本は途上国なのでしょう。
「大国故のプライドか。何処の世界にもあるものだ」