199話~ぼ、ぼくぅ!?~
アニキ達との再会。そして、剣帝との邂逅を果たしたつくば大会から翌日。
蔵人達1年8組の教室では、体育祭の話し合いが行われていた。
体育祭の準備が、いよいよ大詰めになってきている。
と言うのも、今週の土曜日には、とうとう本番が始まってしまうのだ。
練習できるのは、今日も含めて5日間。
金曜日は祝日で、練習するクラスもあるのだが、蔵人達はパスさせてもらう事になっている。
その日は、練馬こぶし大会が開かれるのだ。よって、蔵人が練習に参加できるのはあと4日である。
残された時間が少ないので、チーム競技だけでなく、選択種目も練習が始まろうとしていた。
蔵人が選んだ種目は2つ。二人三脚と借り物競走だ。
この内、個人練習が出来るのは二人三脚のみ。
借り物競争は練習しようが無いからね。精々、誰が何を持っているのかを把握するくらいで、後はぶっつけ本番でやるしかない。
という事で、早速二人三脚のチームを決める運びとなったのだが、
「………」
「………!」
「……(怒)」
クラスの雰囲気が、べらぼうに悪い。
女子達の殺気が、クラスのあっちこっちから飛び交っている状態である。
蔵人のお隣さんである本田さんも、まるで縄張りを守る雄ライオンの様に牙を剥いて、向こうの方でこちらに目を光らせている女子達を威嚇している。
どうどう。
「うわぁ。とうとう始まってしまうんだね」
「一体、何が始まるんです?」
意味深な事を言う若葉さんに、蔵人は聞いた。
それに、
「蔵人君争奪戦だよ!」
まるで、第三次大戦が始まるとでも言わん口ぶりで、若葉さんはそう宣言した。
「お、おぅ…」
蔵人は閉口した。口を開いていたら変な感情が飛び出しそうであった。
蔵人争奪戦。そこから導かれる答えは、つまり…。
二人三脚での、蔵人のパートナーを決めると言うこと。
どうやって決めるのかと、蔵人が若葉さんに問えば、彼女は本田さんを指さす。
なので、本田さんに聞いたら、
「死んでも蔵人様をお守りします!」
と、物騒な答えが返ってきてしまった。
彼女の様子は、冗談とは全く思えない鬼気迫る様子である。
守って来るのは有難いのだがね、死なんでくれよ?会員番号22番君。
そうしている内にも、クラスの中では殺伐とした雰囲気が広がっており、蔵人に対しても、普段以上にねっとりとした視線が降り注ぐ。
普段は清楚なご令嬢達も、こうして実利が目の前にぶら下がると、野獣へと変貌するのか。
蔵人は改めて、この桜城中等部も危険な場所であるという事を認識する。
ここまでになってしまったのは、特区で男子の割合が少ないという事情だけでない事は明白だ。
特に、蔵人はファランクス部の大会と、各種シングル戦の大会での優勝によって、かなりの有名人になってしまった。
今や、歩けば必ず人集りが出来てしまい、このクラスの中に居ても常に注目され続けている状態になっていた。
その分、佐藤君や他の男子達に向けられていた視線が弱まり、いつも部室に逃げ込んでいた彼らが教室に帰ってきてくれるのは嬉しい事ではあった。だが、何処に行っても「黒騎士様!」と熱烈な歓迎を受けるのは堪えてくる。
今、蔵人の知名度は頼人すら上回ってしまい、彼に付きまとっていたファンクラブモドキの人達もこちらに流入しているらしい。
それでも、普段の学校生活ではその傾向が見えなかった。精々、日に日に増していくファンクラブ会員の人数程度であったので、苦笑いで済ましていたのだ。
それは、普段の桜城生徒がかなり抑えてくれており、蔵人に対しても視線で舐めまわす程度で抑えてくれていたからだ。
だが、今は体育祭。お祭りの時は、そう言った規則が緩まる。
現に、普段蔵人との接触を制限されているクラスメイト達は、腰を半分浮かせた臨戦態勢に入っている。もう何時、臨界点を突破して、爆発するか分からない。
このままでは不味い。
そう判断した蔵人は、爆発物を処理することにした。
立ち上がり、みんなに宣言する。
「俺は、隣クラスの慶太と組むぞ!」
さて、これで矛先はこちらに来るだろう。
暴動が起こるかもと思い、何時でも盾が出せるようにする蔵人。
だが、みんなの反応はとても大人しかった。
教室に蔓延っていた殺意の波動は抑えられ、こちらを向く彼女達の視線も幾分か優しい物になった気がする。中には、何故か嬉しがる人達もいた。
何で嬉しがるの?
ちょっと声を拾ってみた。
「慶太君って、隣のクラスの、あの男の子?」
「そうですわ。蔵人様の幼馴染の、あの方です」
「蔵×慶?慶×蔵?」
「蔵×慶以外、認めませんわよ」
…聞かなければ良かった。
蔵人は、掛け算に勤しんでいる婦女子達に、呆れた視線を向けながらもそれを放置した。
何事にも、犠牲は付き物だからね。これでクラスの安寧が守れるのなら、安いものだ。
だが、これは分の悪い賭けだ。そもそも慶太が二人三脚を選択しているとは限らない。寧ろ、8組の男子達と同じように、男子は全員男子用の種目のみを選択している可能性も大いにあるのだ。
だが、まぁ、何はともあれ、こうして教室を出られたのは助かった。
蔵人はそう思いながら、足を7組へと向けていた。
蔵人がその話を、隣クラスに持っていくと、慶太は申し訳なさそうな顔で首を振った。
「ごめん、くーちゃん。オイラもう、この子と一緒に走るって決まっちゃったんだよ」
そう言って紹介されたのは、何時も慶太の傍でお弁当を食べさせている取り巻きちゃんの1人だった。
彼女はとってもいい笑顔で、しかし、そのファンデーションの下には、壮絶な戦いを勝ち抜いた跡を残して、慶太の横でしっかりと慶太と腕を組んでいた。
蔵人は、勝者に賛辞を送るつもりで、ビシッと敬礼した。
「慶太を、よろしくお願いします!」
「はい!!」
とてもいい返事だ。誇りで目が輝いている。周囲のクラスメイトは、それを羨ましそうに見ていた。
しかし、慶太がダメならば、どうしたものだろうか。
蔵人は、重い足を引きずって、自分のクラスにトボトボと戻った。
「どうだった?」
席に座ると、早速若葉さんが聞いてきた。
なので、
「ダメだった」
正直に報告する蔵人。
すると、
「………」
「………!」
「………(殺)」
再び、殺伐とした空気に包まれるクラス。
せっかく治まったと思ったのに、一気にメルトダウン手前まで進んでしまった。
蔵人が慶太と組に行った後、みんなはそれぞれ仲のいい人同士で組んでいたらしいのだが、今、それが崩壊しそうになっていた。
蔵人は、若葉さんに聞く。
「俺から声を掛けちゃ不味いかな?」
「良いと思うよ?」
蔵人がクラス中の様子を伺うように視線を動かすと、みんなは席に座って、目が合うたびにこちらに秋波を送っていた。
私を選んで!という心の声まで聞こえそうな様子である。
さて、どうしたものか。
蔵人の内なる悩みが分かるのか、みんなの顔にも緊張の色が広がっていく。
誰かが、固唾を呑んだ音が聞こえた。
ここは、下手に選べない。
選べば、血のバレンタインが、日本のこの場所で起きてしまうかもしれない。
蔵人は、若葉さんに視線を戻す。
「若葉さん」
「あっ、ごめん。私カメラ係だから、競技は参加しないんだ」
なんだと!?
蔵人は絶句した。
そんな係があるのか!君の天職じゃないか!
天職なら仕方ない。
蔵人は諦めて、後ろを向く。
白井さん、手を振ってくれるのは嬉しいけど、君では血の雨が降る。
本田さんであれば、その降りしきる雨の中でガッツポーズを決めていそうだけど、余りの壮絶さにそのまま息絶えてしまうかも。
我が生涯に一片の悔いなしって言って。
蔵人は彼女達の真ん中に居る娘に、視線を合わせる。
「西風さんは、もう決まってる?」
「ぼ、ぼくぅ!?」
少しぼーっとしていた西風さんは、驚いて立ち上がった。
そして、
「全然、全然決まってないよ!」
ブンブン頭を振る彼女。
頭痛いだろうに。そんなに振り回したら。
「じゃあ、一緒に」
「うん!勿論良いよ!一緒にやろう!」
凄い食い気味に了承してくれた西風さん。
ファランクス部員である彼女なら、他の娘の標的にはされないだろう。異能力で全国に行った集団に手を出すなぞ、正気の沙汰では無いからね。
それに、西風さんは最近、異能力の使い方もかなり上手になって来た。そこらのCランク相手なら余裕で勝てるだろうし、Bランク相手でも逃げることは出来る。
こうして、何とか無血選挙で二人三脚のパートナーを決めることに成功する蔵人だった。
こんな事で冷や汗かくってどういう事?と、蔵人の内心は複雑だったのだが。
「よ、よ、よろしくおなしゃす!」
西風さんが腰を直角に曲げて、自分のつむじを蔵人に見せつけていた。
滅茶苦茶緊張しているみたいで、ここに来るまでも、何度か転びかけていた。
現在は、授業も終わった放課後。場所は第三体育館である。
競技場はチーム競技等で全て使用予定が入っていたので、開放されている体育館の内、一番空いている所を選んで、西風さんと2人で来ていた。
この第三体育館では、蔵人達の他にも体育祭の練習をしている人が何人もいた。
中央では、応援の振り付け練習をしている団体さんがいらっしゃるし、壁際では組体操らしき練習をしているグループもいた。
だが、他の競技場での練習と比べて、随分と静かな印象だ。
体育館を使っているグループは、比較的動きの少ない競技や、異能力を使用しない競技の練習をする人たちがメインとなっているみたいだ。
なので、西風さんのカミカミ挨拶が、嫌に響いてしまった気がする。
蔵人は、苦笑いを呑み込む。
「そんなに緊張しないで大丈夫だよ、西風さん。何も1位を目指せっという練習じゃないんだから」
蔵人は西風さんの肩を掴み、顔を上げさせた。
彼女は緊張からか、若干顔が赤い。
熱中症、とかじゃないよね?シングル部の先輩達に言っておいて、パートナーを体調不良にしたら目も当てられない。
取り敢えず、持ってきていたスポーツドリンクを渡すと、音を立てて飲み干す西風さん。
そ、そんなに喉乾いていたの?これは、しっかりと体調管理も行って行かないとな。
心配になった蔵人が、彼女に「大丈夫かい?ちょっと休憩する?」と聞くと「大丈夫だお!」と笑顔で答えていた。
また噛んでいるけど、大丈夫と言うその言葉を信じよう。
蔵人達は早速、練習をスタートする。
と言っても、今日の練習内容としては、足を結んで、お互いの歩幅を合わせるくらいだ。
先ずは、西風さんの緊張を解かないといけないからね。
そう思って始めた練習は、
始められなかった。
出だしから、難航してしまっている。
先ず、お互いの足を結べないのだ。
物理的に、では無い。精神的にである。
「ひょぇっ!」
蔵人が、西風さんの足と自分の足をくっ付けて、持ってきた紐で結ぼうとする。
その時、西風さんの足に手が触れてしまい、彼女からそんな奇声が上がった。
「おっと。ごめんね?ワザとではないんだ」
この反応は、自分と接触したことに嬉しがっているのだろうか?
希少な存在である男子と触れ合う事が出来て、嬉し過ぎて声を上げてしまった?
それにしては、拒否反応に近い驚き方だった気がする。
分からん。
蔵人は考える。
分からん場合、最悪の状況を想定して動いた方が良いだろう。
肯定的と捉えるより、否定的な状況を想定して動いた方が、リスクヘッジに繋がる。
この場合、相手が嫌悪感を持って接していると想定した方が、後で訴えられたりしなくて済む。
…セクハラだと言って、訴えないでくれよ?
蔵人は、若干ショックだった。
夏休みの間、かなり親密な時を過ごしてきたと思っていた仲間から、こうして拒絶とも取れる反応が返ってきた事に。
彼女からは、比較的好意的に思われていると感じていたのだが、それは蔵人だけが一方的に思っていたのかと、悲しい気持ちに胸が押し寄せて来る思いであった。
そう、蔵人が肩を落としていると、
「ち、違う違う!全然そう言う意味じゃないよ!」
西風さんが、慌てて訂正してきた。
本当だろうか?
中学生と言えば、思春期真っ只中だ。異性と接触するのも嫌悪感や羞恥心ではばかられる年頃の乙女が、こうして汗臭い男子と肌を付き合わすのは、抵抗感があっても可笑しくはない。
だが、西風さんは、「大丈夫!」と言ってくれるので、渋々結び直す蔵人。
その間でも、西風さんは目をつぶって、顔を赤くして必死に耐えてくれていた。
本当にこれ、セクハラで訴えられない?と、蔵人は内心ビクビクだった。
「さぁ、終わったよ。ちょっと歩こうか?」
蔵人はそう言いながら、西風さんの肩を掴む。
彼女は少しビクッとしたが、これは許して欲しい。体が離れると、途端にバランスが悪くなり、変な方向に転んでしまうからね。
そうなった場合、最悪は骨折なんかも考えられるので、練習の間だけは羞恥心を捨ててくれ。
「う、うん」
そう言って、西風さんは歩こうとするので、蔵人は待ったを掛ける。
彼女にも、蔵人の体を捕まえておいて欲しいのだ。イザと言う時、こちらの手が離れてしまうかも知れないからね。
そう言うと、西風さんはアワアワ言いながら、視線を至る所に飛ばしまくっていた。
何を探しているのだろうか?と蔵人が疑問に思っていたところ、いきなりガバッと、西風さんが蔵人の腰あたりに抱きついてきた。
うん。
確かに、ちゃんとくっ付いたのは良いのだけれども、両手で抱き着いたりしたら、前が見えないだろう。それに、それで歩くのは至難の業だよ?
「西風さん、それじゃ動けないよ。……西風さん?」
蔵人の問いかけに、しかし、西風さんの反応がない。
蔵人はゆっくりと彼女の肩を掴み、自身の体から離す。
西風さんは顔を茹でダコの様にして、目を回していた。
「う〜ん…これは、本番までに間に合うのか?」
蔵人、西風コンビ。まだ1歩も歩かない内に、その日はお開きとなってしまった。
前途多難である。
シングル戦はちょっとお休みして、体育祭の練習風景です。
「今週末は忙しいな。金曜日に大会で、土曜に体育祭か?」
そうみたいですね。
大会と体育祭の準備を両方しないといけないので、主人公は大忙しですね。
「…あ奴の事だ。両方同時にやりそうに思える」
と、言いますと?
「二人三脚しながら、訓練もしそうだ」
……あっ。