195話~大会運営の報道官よ!~
『さぁ!着いたよ。ここがDランクの会場だ』
そう言いながら、丹治所長は蔵人達を会場の入り口に降ろしてくれる。
Dランクの女性達が集まってきて、遠目にこちらを見ているが、近づいてこようとはしてこない。
散々、グレイト10の力を思い知ったみたいだ。半数近くの女性は、髪の毛を逆立てているからね。
「ありがとうございました!丹治所長!」
『何を言っているんだい。これくらい、なんてことないよ。君から受けた恩に比べたらね』
ただし、という声と共に、グレイト10が立ち上がる。
その無生物の瞳に、一瞬光が差した様に見えた。
『ここから先、我々は君の敵であり、挑戦者だ』
「挑戦者?それは、つくば中からもCランク戦に出場するという事ですか?」
『ああそうだ。我々の用意した選手は強いぞ?何せ、この私ですら負けそうになったのだからねぇ』
えっ?Aランクである丹治さんに迫るCランク?
蔵人は眉を上げる。
「丹治所長、それは…」
蔵人の問いは、しかし、グレイト10が動き出した駆動音にかき消された。
『さらばだ、黒騎士君とその仲間達!是非とも、この大会を楽しんでくれたまえ!』
重い足音を響かせながら、山の様な巨体が悠々と大通りを進んでいく。
その近未来的な後姿を眺めながら、蔵人は少しの間呆然とした。
丹治所長の実力は分からないが、少なくともAランクのエレキネシス。ただのCランクが束になっても勝てないだろう。
そんな人と、接戦をするCランクが存在する?
「おい、蔵人。大丈夫か?」
蔵人が考え込んでいると、アニキが心配して覗き込んでいた。
蔵人は思考を切り替えて、苦笑いをする。
「ええ。すみません。試合が楽しみで、少々考え込んでしまいました」
「ははっ。楽しみか。あのロボットともお友達やし、流石じゃの」
アニキが呆れたようにそう言って、会場に入っていく。
蔵人もそれを追う。
慶太は、ちょっと外に用事があると言って、何処かへ駆けて行ってしまった。
…さっきのお好み焼き屋か?
Dランク戦の会場に入って、漸く女性達の威圧から解放された蔵人達。
周囲からは、変わらず熱い視線を感じるが、強そうな選手達や、アーキタイプを着た警備員が勢ぞろいのこの会場では、流石に無茶はしないみたいだ。
みんな、大人しく観客席に着きながら、こちらを監視するだけに留めている。
その様子を見て、蔵人は言葉を零す。
「大変な人気でしたね…」
夏休みに会った時、アニキが浮かべていた苦い顔が思い浮かんだ。
なるほど確かに、これはそんな顔になってしまう。
蔵人の様子に、アニキはあの時と同じように腕を組んでいる。
フルフェイスで見えないが、きっと彼の眉間には、深い皺が刻まれているだろう。
「新人戦が終わってから、ああなってしもうたんじゃ。それまでろくに見向きもせんかった奴らまで、目の色を変えて来よってな。現金と言うかなんというか、本当に困ったもんよ」
小学低学年のDランク戦でも、似たような状態であった。
1回戦の時なんて、周囲の選手から煙たがられているくらいだったのに、優勝した途端、女性達が雪崩の様に押し寄せてきた。
小学1年生であれなのだ。中学生ともなるともっと酷いのだろう。
「アニキは、ボディガードとか利用しないんですか?」
「ぼでーがーど?そんなん雇う金、ある訳ないじゃろう」
アニキが肩を下げる。
やはり、特区の外では難しいのか。
特区の中であれば、学生でもセキュリティサービスを雇う事も出来る。
裕福な者は勿論、そうでない子は、それなりの補助金を支給されるから。
男性は、そういう所は優遇されているからね。生活に困らない様にと、特区が補助してくれるのだ。
だが、特区の外ではそうはいかない。そもそも、サービス自体が普及していないそうだ。
「これでは、学校生活もままならないですね」
「あー、いや。学校の方はなんとかなっちょる。先生が送り迎えしてくれよるし、校内ではシングル部員たちとつるんどるからの。近づいてくる奴は滅多に居らんのよ」
なるほど。そこら辺の対策は万全みたいだ。
ならば、大変なのはこういう大会の時だけなのだろうな。
特に今回は、入場規制を敷いている為に、いつものお仲間と離れ離れなのだろう。
で、あるならば、この大会中は俺がアニキのボディーガードと成らねば。
蔵人が意思を固めていると、向こうの方から誰かが駆けてくるのが見えた。
「くーちゃん!おまたせ~」
「おお、慶太。ちゃんとお好み焼きは買え…」
振り向いた蔵人は、慶太が何も持っていない事に少々驚き、後ろに人影が付いて来ている事に目を開く。
その人影は…。
大寺君と竹内君だ。
久しぶりだな。特に竹内君、ちょっと太ったかな?
「う~ん、なんだろうな。鎧姿だから良く分からないけど、巻島君から失礼な感情を感じる気がする」
おっと、これは失礼。竹内君は人の心の色が読めるんだったな。ちゃんと修行はしているみたいだ。
しかし、慶太がチケットを渡した相手は、ハーレムメンバーではなくこの2人だったみたい。
2人は、慶太と待ち合わせをしていて、先ほど無事に合流できたらしい。
大寺君が、周囲を見ながら青い顔で呟く。
「やっぱり大会ともなると、女の人が多いね。僕は何だか落ち着かないよ。いつ、攻撃されるかと思うと…」
不良にも立ち向かった大寺君だったが、異能力者を相手には腰が引けている。
Dランクとは言え、脅威は鉄パイプよりも上だからね。全員が帯刀していると思えば確かに脅威だろう。
逆に、竹内君は顔を輝かせて、周囲を見回していた。
「ホントそうだよね!何処を見てもかわいい子ばっかりで、落ち着いていられないよ!」
竹内君は相変わらずみたいだ。
ある意味安心である。
でもね、お願いだから、セクハラで強制退場とかは止めてくれよ?
久しぶりに再会した百山男子会だったが、Dランクの試合が直ぐに始まってしまったため、アニキは控室に行ってしまい、蔵人達は観客席に移動した。
アニキが居なくなると、周囲の女性からの視線も無くなる。
その点は、とても過ごしやすいな。
そして、試合観戦をしていたのだが…。
試合は単調なものが多かった。
相変わらずの雪合戦。特区の試合に慣れてしまったので、余計に地味に見えてしまう。
それでも、大寺君と竹内君は顔を真っ青にしていた。
竹内君。君は女性が好きなのに、異能力は怖いのかい?どういう心境?
幾人かの試合が終わると、次はアニキの試合となった。
相手は、中学3年生のアクアキネシスだ。
試合序盤、相手は水球を幾つも投げつけ、アニキを攻撃する。
だが、アニキは何とかそれらを避ける。避ける。避け続ける。
「いけぇー!ハマー!やりかえせー!」
気の抜けそうな応援は、慶太の物。
これでも必死に応援しているのだ。如何せん、何時もがおっとりだから、こういう時も応援が間延びしてしまう。
しかし、普段おっとりな慶太が熱くなる気持ちも分かる。
アニキは、なかなか攻撃に転じることなく、逃げ惑うだけなのだ。
随分と慎重な戦術だな。何時ものイケイケはどうしたのだろうか?
蔵人が訝しんでいると、それを大寺君が解説してくれた。
「ハマーの試合は何時もこんなもんだよ。尻上がりなんだ」
どういう事?
そう思って、彼の戦う姿をよく見ていると…。
相手が息継ぎをする為に一旦攻撃の手を緩めた瞬間、アニキは盾を生成した。
大きな鉄盾を1枚と、小さな鉄盾を2枚。その小さな盾2枚を床に置いて踏みつけた。
踏んだ盾が、見る見るうちに変形していき、足をすっぽりと覆った。
流石はアニキ。盾の変形が自由自在だ。
「いけぇ!ハマー!こっからだ!」
大寺君の掛け声と同時、アニキが走り出す。
速い。装備の重さを感じさせない動きだ。
相手は慌てて攻撃を再開させるも、アニキの盾が全て受け流してしまう。
アニキはただ構えて突進しているだけだが、抱える盾が平たい状態から円錐状に変形していた。それ故に、水球はまともな威力を発揮できずに、受け流されてしまうのだ。
アニキの突進に、相手は急いで逃げようとする。だが、アニキの方が速い。見ると、足に敷いている盾は、靴底をスパイクにしているみたいだ。
なるほど。あれなら装備が重くとも、速く動ける。それに、シールドバッシュを避けられたとしても、ストンピング等で攻撃も出来る。
「試合終了!勝者、ハマー軍曹!」
結局、相手はアニキのシールドバッシュを喰らってしまい、そのままベイルアウトした。
アニキは、審判のコールに小さく頭を下げて、直ぐに控室に戻っていった。
蔵人達も急ぎ、それを追う。
しかし、アニキも二つ名を持っているのだな。
顔も隠しているし、立場は俺と一緒か。
黒騎士と軍曹。うむ。どっちもどっちだ。
蔵人は、何処か安心した。
控室から出て来たアニキは、フルフェイスだけ被った状態で、Tシャツをバサバサッ仰いでいた。
「あの装備、走りやすいんじゃが重いわ!お陰でスピードが全然出んかった」
「何言ってんのさ、十分速かったって」
「相手もめちゃくちゃ吹っ飛んでいたじゃん。凄い威力だったよ」
「オイラも戦いたい!」
アニキの周りで、慶太達がアニキの勝利を祝福する。
だが、アニキは余り喜ばず、蔵人の方に顔を向けた。
「どうじゃった?蔵人。ワシの戦い方は」
「流石アニキですね。盾の変形と、それの応用が見事でした」
蔵人の賛辞に、しかし、アニキは不満げに頭を振る。
「そうじゃなか。あんなのまだまだじゃ。あれじゃ、全国は勝てん。お前さんなら分かるんじゃないか?ワシの弱点を」
「ええ。まぁ、そうですね」
蔵人は頷く。
弱点と言えば、序盤の立ち上がりの遅さがまさにそれだ。
アニキは手加減をしていた訳ではない。相手の隙を探っていたのだ。
アニキの盾生成速度は、それ程早くないから。
鉄盾を生成するのに、凡そ3秒かかっていた。平均よりも断然早いが、3秒間も棒立ちでは相手の良い的になってしまう。
それ故、彼は相手が疲れるのを待っていたのだ。
これが全国であったら通用しないだろう。求められるのは盾の生成速度の向上。もしくは…。
「アニキ。アクリル板は使わないのですか?」
「アクリル?あの透明盾の事か?あんなもん弱すぎて、ただのパンチですら防げんぞ」
「盾として使うならそうでしょう。ですが、靴のスパイクとしてならどうですか?」
アクリルは確かに弱い盾だ。体重を掛けただけで割れてしまう程に。だがその分、生成にも時間がかからず、そして変形もさせやすい。
「ただの薄い盾として使うのではなく、分厚いスパイクに加工した状態で使うのであれば、アニキの体重位は支えられますよ」
クリア・バレットがいい例だ。
風早戦で使った技だが、他の盾よりも変形がしやすかったし、相手に「痛い」と言わせるだけの衝撃を与えることが出来た。
変形させることで、壊れにくくも出来るという事。
勿論、鉄盾レベルまで強度は上げられないだろうけど。
蔵人が提案すると、アニキは飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「ほぉ!そいつは良い。さっすが蔵人じゃ!ちょっと向こうの方でやってみるから、お前さんも見とって、アドバイスくれんか?」
「ええ、勿論です」
という事で、アニキの調整に付き合おうとした蔵人達だった。
だが、会場を出ようとした蔵人達の前に、2人の女子生徒が立ちはだかる。
彼女達は満面の笑みを浮かべて、蔵人達の前で手を振る。
「ユーヤ!1回戦突破おめでとう!」
「流石は西濱君です!私は信じていましたよ!」
「あたしだって信じてるよ!もう、ホノカは、1人で抜け駆けしようとしないでよ!」
「ぬ、抜け駆けなんて…。何言っているんですか、カオリは」
そこに居たのは、夏休みにアニキと一緒にいたカオリさんとホノカさんである。
この人達も参加者なのか?それとも、アニキが呼んだのか。
言い争いをしていたカオリさんが、不意にこちらを見た。
「そんで?この鎧の人はだ~れ?竹田達がここに居るってことは、この子もユーヤの友達?」
「この背丈で言うと、岡田君とかでしょうか?こっちの細目の子も見た事ありませんね?」
2人は鎧姿の蔵人と慶太を前に、首を傾げる。
因みにカオリさん。竹田じゃなくて竹内君ね。名前も覚えていないくらいの存在なのね、君たちにとって。
しかし、オープニングで挨拶をしている筈なんだけど、見ていなかったのかな?
蔵人が首を傾げていると、カオリさん達はアニキの両脇に陣取り、彼を引っ張り出した。
「そんな事よりさ、ユーヤも一緒に行こうよ!大学の最新装備を見せてくれるみたいだよ!」
「有名人も来ているそうですよ?特区でも連勝するくらい、物凄く強い騎士さんがCランクの会場にいらっしゃるとか」
ほぉ。そいつは是非とも会ってみたいね。黒騎士以外の騎士であれば。
蔵人は、竹内君と慶太の背中に隠れようとする。
そんな中、アニキは声を上げる。
「待て待て!ワシはこれから、特訓せんといかんのじゃ!」
「訓練ならあたし達が付き合うって」
「ちゃうちゃう!こいつらに色々と、見てもらう事になっとるんじゃ!」
「もう!優しいんだからユーヤは。Eランクの友達を大事にするのも素敵だけど、訓練に付き合わせても邪魔になるだけだよぉ」
「なにを言うとる。こいつらは…」
アニキが言おうか言うまいか悩んでいる内にも、カオリさん達に連れて行かれそうになっている。
う~ん。ここは、強硬策に出るかね?
蔵人がアクリル板を集め始め、それを彼女達に向けて放出する。その直前、
目の前が光った。
目の眩む閃光が、パシャッ!パシャッ!と2回、立て続けに発生する。
「これは!つくば大会で乱闘事件かな?それとも、誘拐事件?どちらにしても大スクープだぁ!」
そう言って、再びカメラのフラッシュを焚くのは、我らが敏腕記者であった。
彼女の腕には、〈報道係〉と書かれた赤色の腕章が付けられている。
うぉ。とうとう正式なジャーナリストに成っているじゃないのよ、君。
素晴らしい。
蔵人が感心していると、写真を撮られたカオリさんが目を吊り上げ、若葉さんを指さす。
「ちょっと!何勝手に写真撮ってんのよ!それに、乱闘でも誘拐でもな…」
「カオリ!逆らっちゃダメよ。この人、大会運営の報道官よ!」
「えっ?運営?ヤバいじゃん…」
カオリさん達は顔を青ざめさせ、そそくさと何処かへ行ってしまった。
やはり、大会運営は強い。それ以上に、カメラに記録を撮られたというのも大きいのだろう。
どんな風に報道されるにせよ、揉めれば揉めるほど、不利になるだろから。
蔵人は、カメラのレンズを銃口のように構え、カオリさん達を狙い撃つ敏腕記者を労う。
「助かったよ、若葉さん。ナイスタイミングだった」
「ふっふっふ。ジャーナリストと言うのは、いついかなる時もチャンスを逃さないものなのさ」
小さな胸をいっぱいに張り出して、得意気に鼻を高くする彼女の姿は可愛らしい。
だが、そんな若葉さんの腕に纏わりつく赤札が、彼女のイメージと食い違っている様に見えた。
蔵人は、その物騒な腕章を指さす。
「ところで、何時から運営になったんだい?君は」
「これ?これはこの大会だけの限定役職だよ」
若葉さん曰く、この大会で彼女は正式なカメラマンとして活動しているのだとか。
なので、彼女が撮影した写真の内、良かったものを大会のホームページ等に載せるらしい。
若葉さん以外にも何人かカメラマンはいるが、学生でこの役職を与えられたのは彼女だけらしい。
そうか。世間は漸く、この輝く原石を見つけたのか。
蔵人が喜んでいると、若葉さんが残念そうに首を振った。
「私が専属のカメラマンになれているのは、コネだよ。コネ」
何でも、若葉さんはここの主催者さんと懇意にしているのだとか。
その人の口添えで、今回はこの地位に立ているのだとか。
そう、少し悲しそうに言う若葉さん。
蔵人は、そんな彼女の肩をがっしりとホールドする。
「若葉さん。コネは実力の内だ。君が努力を積み重ねてきたからこそ、人脈という物を得ることが出来たんだよ。それは、才能や地位と同じくらい、大事で手に入らない物だ」
だから、もっと胸を張りなさい。
蔵人がそう言うと、彼女は何故かニンマリと含んだ笑みを携え、こちらにカメラの光を放った。
「かっこいいね、今の。その名言と共に、頂き!」
そう言って、いたずらっ子風に笑う彼女に、蔵人も笑い返す。
本当に君は、生粋のジャーナリストだな、と。
Dランク、と言いますか、覚醒していないシールドの戦いは苦しいですね。
「防御よりも攻撃の方が有利とは、こういう事だったのだな」
これは、自然と遠距離攻撃が増える理由も分かります。
「あ奴の規格外さも、良く分かるな」
そして、丹治所長が言っていた言葉。
「Aランク並みのCランク。楽しみだな」
覚醒者なのでしょうか?
それとも…?