断片~そうか?そうは見えんがな~
今日は閑話となります。
「他者視点という事だな?」
その通りです。
「お父さま!」
パーティー会場の壁際で、小さくなっていた私の胸の中に、息子が突然、飛び込んで来た。
「優馬!どうしたんだいきなり。父さんはあんまり目立っちゃいけないから、お前だけで挨拶に行きなさいと言ったばかりだろう」
私は小声で、私の胸に顔を埋める息子に注意した。
ご婦人たちの注目が集まったら事だ。こうして端の方で身を顰め、他のお父さん達と身を寄せ合うに限る。
だが、息子はそんな事気にも留めずに、ステージの方を指さして、事の顛末をたどたどしく説明する。
なるほど。華奈子様がアイドルの1人にご執心らしい。
以前から、その気があるとは聞いていたし、そう言うご令嬢は少なくない。
でも、九条家の方ともあろう人が、そんなあからさまに態度を出されてしまっては、確かに問題だ。
その問題を解決する為に、一条様が動かれたらしい。
元オリンピック選手の南部さんと、最近話題に上がる、巻島家の至宝がノブルスを行うらしい。
息子が、顔を真っ赤にして私を見上げる。
「こんな試合、結果なんてわかってるよ!早くあのアイドルを潰すように、お母様に言いつけてよ、お父様!」
「優馬。我儘を言っちゃダメだ。折角、一条様が設けて下さった試合だぞ?しっかりと見なさい」
私はそう言って、息子の両肩を優しくつかみ、体を反転させて試合会場に向けさせた。
幾ら話題の至宝君でも、勝てる筈がない。
では何故、一条様は試合を執り行おうとされるか。
それは、貴族の体面を保つためだ。
巻島の至宝をボコボコにすることで、他の者達の留飲を下げようとしているのだろう。
巻島家は、歴史の浅い新興貴族だ。戦後に安く出回った軍艦を買い上げ、改造し、運輸業を始めたのがきっかけと聞いている。
一族にアクアキネシスが多く出現し、先々代の家長が海流を読む力に優れていたので、今の地位までのし上がった。
当然、他の家々と比べたら格下と言われていて、その家の者を倒したところで、大ごとにはならない。
試合の取り決め通り、アイドルの子達は退室となるだけだ。
アイドルを辞めさせたなんて事になったら、世間からなんて言われるか分からんからな。
至宝君には、サンドバックになってもらうしかない。
男の子で、まだ中学生の彼には、余りに可哀想な役回りだが。
私が小さくため息を漏らしている内に、無慈悲な試合が始まった。
しかし、私の予想に反して、試合は白熱していた。
ハンデ無しでスタートという、二条様まで腹を合わせられた試合であったのに、その彼は善戦している。
男の子で、息子と殆ど歳が変わらないと言うのに、あの南部選手の攻撃を受けきっているのだ。
凄い。素晴らしい。盾とは、こんなにも強かったのか。
私の同級生にもシールドの奴はいたが、殆ど発動したところを見たことが無かった。
劣等種だと、ハズレだとずっと嘆いていて、異能力を使う事を恥とボヤいていた。
それは良く分かる。私だって同じだ。異能力を使った後、周囲と比べて自分がとても小さな人間と思えてしまって、泣きたくなる。
でも、彼は違う。
堂々と異能力を使い、強いと言われる選手相手に一歩も退こうとしない。
歳も、経験も、異能力の種類も、全てが上の人と対峙して、全く動じていない。
それを感じたのは、私だけではなかったようだ。
息子が、私の腕の中から飛び出して、ステージの最前列に齧り付いた。
私も、自然と足が前へ、前へと体を押し出していた。
と、その時。
「「おおぉ…」」
会場中から唸り声が上がった。
南部選手が倒れたのだ。
良く見えなかったが、周囲の声を聴くに、至宝君がカウンターをしたらしい。
どんな攻撃でそうなったのか分からないけど、兎に角倒したのだ、あの南部選手を!
凄い!
私が、心底感動していると、
「あり得ませんわ。こんな事…」
「きっと、南部選手が手を抜いているのですわ。でなければ、中学生が対等に戦える筈が」
そんな、否定的な意見が周囲から飛んできた。
このご婦人たちは、何を言っているのだ?よく見てみろ!
「そんな余裕ある表情か?」
私はつい、強い口調でそう言ってしまった。
しまった!女性に向かってなんて口をきいてしまったんだ!
私がそう嘆いていると、直ぐに肯定的な意見が私を助けてくれる。
加えて、目の前の子供達も目を輝かせる。
いつの間にか、女性達に囲まれる空間に飛び込んでいた私。
でも、不思議とそこまで怖くない。
壁際で縮こまっていた時よりも、今の方が楽に息が出来る気がする。
寧ろ楽しい。目の前の試合が、彼の活躍を目にするのが。
その彼が、物凄い連打を繰り広げ、南部選手を殴り続けた。
首が、首が取れてしまう!
余りの事に、私は手で目を覆い、指の隙間からその試合を見続けた。
怖い。でも、熱い!
昔に読んだボクシング漫画の様だと、私が思い返していると、
南部選手が倒れた。
「「「おぉおおお!!」」」
途端、周囲から歓声とも取れる声が湧き上がる。
その中に、きっと私の声も含まれていただろう。
言葉を発したことも忘れる程、私は試合に熱中していた。
「レフリー!ダウンしてるだろっ!カウント取ってくれよ!」
私の喉から、そんな言葉が飛び出す。
それでも、首を振って試合を続行させる二条様に、私は信じられないという思いでいっぱいだった。
倒れた南部選手の目は、焦点が定まっていない。
顔中に青痣が出来ていて、口からと額から血が垂れているのがここからでも見える。
明らかなノックダウンだ。10秒では立ち上がれない。
「誰かタオル!タオルを持って来い!」
「ちょっと、ボクシングではございませんのよ?」
「えっ?あ、ああ、そうか。つい…」
興奮しすぎた私を、隣のご婦人が諫めてくれる。
しまった。いつの間にかボクシングの試合と勘違いしていた。
これはノブルスだ。10カウントなんて元からない。
でも、小さく頭を下げた私に、ご婦人は「分かりますわ」と言って、慰めてくれた。
女性との会話なのに、何故かうれしい。
同じ試合を見て、同じ感情となっている事で、共感を得られていると感じていた。
そして、
「し、試合、終了!」
白熱の試合が終わった。
至宝君が、いや、黒騎士選手が勝ったのだ。
圧倒的不利の状況を見事に覆し、悠然と立つその姿はとても格好良かった。
これが、同じ男性。
そう思うと、悔しさもあるが、誇らしさが先に湧き上がってくる。
男性が弱い。それが常識だと思っていたけど、そうではなかったのかも知れない。
「凄かったね!お父様!」
息子が、私の胸の中に飛び込んで来た。
さっきまでの、怒りに満ちた赤ら顔ではない。
目をキラキラさせて、希望に満ちた輝く笑顔だ。
代理試合に負けて、アイドル達を排除出来なかったという事は、この子の中では些細な事になったみたいだ。
「ああ、凄かったな。父さん、余りに激しい試合で、途中目を瞑りそうになっていたよ」
「僕は全部見たよ!黒騎士はね、こうして、こう、こうやって攻撃してたんだ!」
息子は体を左右に動かして、黒騎士選手の真似をする。
普段、荒事は嫌いで、少しでも異能力を使えるようにと異能力スクールを勧めた時の彼とは別人だ。
今ならこの子は…。
「木下」
私が思案していると、向こうの方から抑揚のない声が届く。
見ると、ボロボロの姿の南部選手を引き連れた、一条透矢様がこちらに歩いて来ていた。
私は慌てて頭を下げ、隣の息子の頭に手を回し、強制的に頭を下げさせた。
「一条様!この度は、私の息子が大変なご迷惑」
「いい。そう言うのは要らん。頭を上げろ」
何の色も入らない声でそう言われるので、一瞬私は迷ってしまったが、素直に頭を上げる。
息子と全く変わらない背丈の少年が、ジッと、その特異な目で、私を見る。
見定める。
「木下」
「「はいっ」」
しまった。息子と同時に返事をしてしまった。
私は、息子の背中をそっと押して、一歩前へと進ませる。
「一条様。私の息子の優馬でございます」
「き、木下、優馬です。お、お見知りおきを」
一条様の恐ろしい目が、息子へと向く。
「優馬。お前は黒騎士になりたいか?あいつの様に強くなりたいか?」
「えっ、あっ、はい。僕、黒騎士といっしょで、クリエイトで、だから…」
「そうか。ならば励め。俺も、来年は桜城に行くことにした」
「えっ!?」
つい漏らした私の言葉に、一条様が瞳をこちらに向ける。
私は慌てて、言葉を繋げてしまった。
「いえ。何でもございません」
「そうか?そうは”見えん”がな」
案の定、一条様の前では、そのような取り繕いは全くの無駄であった。
私は、正直に胸の内をさらけ出す。
「正直申しますと、勿体ないかと存じます。一条様は既に、天隆の推薦をお持ちと聞き及んでおります。天隆は名門中の名門。桜城は実力さえあれば庶民でも入れますが、天隆はそれに加え、血筋や家柄も重視しております。なかなか入学出来る学校ではございませんし、将来の友を得るならば、天隆こそ一条様に相応しいと…」
桜城にも、九条様や近衛様を始めとした優秀な子供が集まって来る。
だが、天隆はそれに輪をかけて、良家や一流アスリートの子供たちが集まりやすい。
将来のコネクションを考えると、国を動かす一条家には天隆が最適と思ったのだ。
私のその思いに、一条様は隣の南部選手を見上げる。
「俺もそう考えていた。だが、こいつをここまでにする黒騎士に、興味が沸いた」
そう言われて、こちらに軽く頭を下げた南部さんに、私は目を細めてしまう。
それを、一条様に指摘される。
「どうした?南部に対し、何かあるのか?」
「いえ。あの、治療はされないのですか?」
「こいつの我儘だ」
そう言われて、一条様は小さく鼻を鳴らす。
訳が分からなかったので、南部さんに視線を送ると、彼女は青痣に手を当てる。
「これは戒めです。黒騎士選手に負けた私の未熟さと、彼の強さを少しでも忘れぬよう、医療チームに無理を言いました」
そう言う彼女の歯は流石に治っていたが、それ以外は殆ど試合後のままだ。
余りの痛々しい姿に、私は再び目を細めてしまう。
だがそれだけ、彼女は悔しいのだろう。
「邪魔をしたな。パーティーを楽しめ」
そう言われて、一条様は去って行く。
彼らが次に足を向けたのは、その黒騎士選手の元だった。
黒騎士選手は丁度、広幡様に治療されていたみたいだ。
彼女にお腹を見せて、ヒールを掛けて貰っているところに一条様が突撃されたので、慌ててペコペコする黒騎士選手。
その黒騎士の服を、一生懸命に直そうとしている広幡様。
…黒騎士選手は、随分と腰が低いのだな。息子と1つ違いとは思えない。
隣に立たれている広幡様も、彼ととても仲睦まじいそうだ。もしかしたら、婚約されているのかも知れない。
巻島と広幡。随分と面白い巡り合わせだ。
広幡家の本家は現在、医療品大手を束ねる家柄なので、海運業の巻島家とはあまり接点が無いように見える。
だが、先々代の広幡家当主は海軍に所属していて、造船技術に明るい人だった。
終戦後、巻島家が買い上げた軍艦の改造に手を貸したのが、その方であった筈だ。
たったそれだけの接点。それでも、面白い接点だ。
巻島家と同様に、広幡家の分家も、今は明るい話題が絶えない事も類似している。
広幡家の分家では、特区の内外に看護学校の運営も手掛けていて、最近では”とある御子”のお陰で、その学校に注目が集まっているのだ。
それも有って、分家でありながら、このような場に呼ばれるようになったのだろう。
勿論、彼女自身が、九条家と良好な仲であることも大きいが。
「お父さまぁ~」
私が黒騎士選手達に目を奪われていると、息子が私の袖を掴んで、甘えた声を出してきた。
「どうした?優馬。華奈子様の所に伺わなくていいのか?」
「うん。それより、僕も桜城に行きたい。黒騎士選手に異能力を教えて貰いたい」
なんと。
やはり、息子は大きく変わっていた。
あれだけ、異能力の勉強は嫌だと言っていたのに、こんな前向きな言葉を聞く日が来るとは。
そう思いながらも、私は息子の言葉を聞くことは出来なかった。
この子が冨道に入ることは、既に決まっているから。
それが、木下家の道であり、これを覆すことは私には出来ない。
でも、
「優馬。学校は難しいが、スクールなら入れるぞ。黒騎士選手の家が運営しているスクールがあるから、そこに入ろう。そこなら、直ぐに異能力を学べるぞ?」
「ホントに!?直ぐ出来るの?じゃあ、僕そこに入りたい!」
息子は再び目を輝かせ、黒騎士ごっこを再開させた。
さてさて。そうは言ってしまったが、巻島のスクールも随分と人気となっており、今は新規受講生を断っていると聞いている。
でも、まぁ、何とかなるだろう。
最悪、一条様の口添えを貰えば、無理にでもねじ込める。
私の頭の中では、スクールに入って、拳を振り回す息子の勇姿が浮かんでいた。
〈◆〉
特区の、とあるビルの中。
「はっ、くしゅっ!」
1人のご婦人が、小さなくしゃみをしていた。
「おかしいわね。何か、嫌な予感がするわ。またあの子、とんでもない事をしていないでしょうね?」
そう言って、窓の外を不安そうに見る流子であった。
誕生日会の裏側でした。
「また、流子嬢に迷惑が掛かるな」
嬉しい悲鳴…を通り越して、そろそろ本格的な悲鳴になりそうですね。
「責任を取らせる意味で、あ奴を講師として呼ぶかもな」
それは無いでしょう。
だって、そしたら余計に受講生増えちゃいますよ?
「…確かに」