表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/481

断片~そうか?そうは見えんがな~

今日は閑話となります。


「他者視点という事だな?」


その通りです。

「お父さま!」


パーティー会場の壁際で、小さくなっていた私の胸の中に、息子が突然、飛び込んで来た。


「優馬!どうしたんだいきなり。父さんはあんまり目立っちゃいけないから、お前だけで挨拶に行きなさいと言ったばかりだろう」


私は小声で、私の胸に顔を埋める息子に注意した。

ご婦人たちの注目が集まったら事だ。こうして端の方で身を顰め、他のお父さん達と身を寄せ合うに限る。

だが、息子はそんな事気にも留めずに、ステージの方を指さして、事の顛末をたどたどしく説明する。


なるほど。華奈子様がアイドルの1人にご執心らしい。

以前から、その気があるとは聞いていたし、そう言うご令嬢は少なくない。

でも、九条家の方ともあろう人が、そんなあからさまに態度を出されてしまっては、確かに問題だ。


その問題を解決する為に、一条様が動かれたらしい。

元オリンピック選手の南部さんと、最近話題に上がる、巻島家の至宝がノブルスを行うらしい。

息子が、顔を真っ赤にして私を見上げる。


「こんな試合、結果なんてわかってるよ!早くあのアイドルを潰すように、お母様に言いつけてよ、お父様!」

「優馬。我儘を言っちゃダメだ。折角、一条様が設けて下さった試合だぞ?しっかりと見なさい」


私はそう言って、息子の両肩を優しくつかみ、体を反転させて試合会場に向けさせた。

幾ら話題の至宝君でも、勝てる筈がない。

では何故、一条様は試合を執り行おうとされるか。

それは、貴族の体面を保つためだ。

巻島の至宝をボコボコにすることで、他の者達の留飲を下げようとしているのだろう。


巻島家は、歴史の浅い新興貴族だ。戦後に安く出回った軍艦を買い上げ、改造し、運輸業を始めたのがきっかけと聞いている。

一族にアクアキネシスが多く出現し、先々代の家長が海流を読む力に優れていたので、今の地位までのし上がった。

当然、他の家々と比べたら格下と言われていて、その家の者を倒したところで、大ごとにはならない。

試合の取り決め通り、アイドルの子達は退室となるだけだ。

アイドルを辞めさせたなんて事になったら、世間からなんて言われるか分からんからな。

至宝君には、サンドバックになってもらうしかない。

男の子で、まだ中学生の彼には、余りに可哀想な役回りだが。

私が小さくため息を漏らしている内に、無慈悲な試合が始まった。


しかし、私の予想に反して、試合は白熱していた。

ハンデ無しでスタートという、二条様まで腹を合わせられた試合であったのに、その彼は善戦している。

男の子で、息子と殆ど歳が変わらないと言うのに、あの南部選手の攻撃を受けきっているのだ。

凄い。素晴らしい。盾とは、こんなにも強かったのか。


私の同級生にもシールドの奴はいたが、殆ど発動したところを見たことが無かった。

劣等種だと、ハズレだとずっと嘆いていて、異能力を使う事を恥とボヤいていた。

それは良く分かる。私だって同じだ。異能力を使った後、周囲と比べて自分がとても小さな人間と思えてしまって、泣きたくなる。


でも、彼は違う。

堂々と異能力を使い、強いと言われる選手相手に一歩も退こうとしない。

歳も、経験も、異能力の種類も、全てが上の人と対峙して、全く動じていない。

それを感じたのは、私だけではなかったようだ。

息子が、私の腕の中から飛び出して、ステージの最前列に齧り付いた。

私も、自然と足が前へ、前へと体を押し出していた。

と、その時。


「「おおぉ…」」


会場中から唸り声が上がった。

南部選手が倒れたのだ。

良く見えなかったが、周囲の声を聴くに、至宝君がカウンターをしたらしい。

どんな攻撃でそうなったのか分からないけど、兎に角倒したのだ、あの南部選手を!

凄い!

私が、心底感動していると、


「あり得ませんわ。こんな事…」

「きっと、南部選手が手を抜いているのですわ。でなければ、中学生が対等に戦える筈が」


そんな、否定的な意見が周囲から飛んできた。

このご婦人たちは、何を言っているのだ?よく見てみろ!


「そんな余裕ある表情か?」


私はつい、強い口調でそう言ってしまった。

しまった!女性に向かってなんて口をきいてしまったんだ!

私がそう嘆いていると、直ぐに肯定的な意見が私を助けてくれる。

加えて、目の前の子供達も目を輝かせる。


いつの間にか、女性達に囲まれる空間に飛び込んでいた私。

でも、不思議とそこまで怖くない。

壁際で縮こまっていた時よりも、今の方が楽に息が出来る気がする。

寧ろ楽しい。目の前の試合が、彼の活躍を目にするのが。


その彼が、物凄い連打を繰り広げ、南部選手を殴り続けた。

首が、首が取れてしまう!

余りの事に、私は手で目を覆い、指の隙間からその試合を見続けた。

怖い。でも、熱い!

昔に読んだボクシング漫画の様だと、私が思い返していると、

南部選手が倒れた。


「「「おぉおおお!!」」」


途端、周囲から歓声とも取れる声が湧き上がる。

その中に、きっと私の声も含まれていただろう。

言葉を発したことも忘れる程、私は試合に熱中していた。


「レフリー!ダウンしてるだろっ!カウント取ってくれよ!」


私の喉から、そんな言葉が飛び出す。

それでも、首を振って試合を続行させる二条様に、私は信じられないという思いでいっぱいだった。

倒れた南部選手の目は、焦点が定まっていない。

顔中に青痣が出来ていて、口からと額から血が垂れているのがここからでも見える。

明らかなノックダウンだ。10秒では立ち上がれない。


「誰かタオル!タオルを持って来い!」

「ちょっと、ボクシングではございませんのよ?」

「えっ?あ、ああ、そうか。つい…」


興奮しすぎた私を、隣のご婦人が諫めてくれる。

しまった。いつの間にかボクシングの試合と勘違いしていた。

これはノブルスだ。10カウントなんて元からない。


でも、小さく頭を下げた私に、ご婦人は「分かりますわ」と言って、慰めてくれた。

女性との会話なのに、何故かうれしい。

同じ試合を見て、同じ感情となっている事で、共感を得られていると感じていた。


そして、


「し、試合、終了!」


白熱の試合が終わった。

至宝君が、いや、黒騎士選手が勝ったのだ。

圧倒的不利の状況を見事に覆し、悠然と立つその姿はとても格好良かった。

これが、同じ男性。

そう思うと、悔しさもあるが、誇らしさが先に湧き上がってくる。

男性が弱い。それが常識だと思っていたけど、そうではなかったのかも知れない。


「凄かったね!お父様!」


息子が、私の胸の中に飛び込んで来た。

さっきまでの、怒りに満ちた赤ら顔ではない。

目をキラキラさせて、希望に満ちた輝く笑顔だ。

代理試合に負けて、アイドル達を排除出来なかったという事は、この子の中では些細な事になったみたいだ。


「ああ、凄かったな。父さん、余りに激しい試合で、途中目を瞑りそうになっていたよ」

「僕は全部見たよ!黒騎士はね、こうして、こう、こうやって攻撃してたんだ!」


息子は体を左右に動かして、黒騎士選手の真似をする。

普段、荒事は嫌いで、少しでも異能力を使えるようにと異能力スクールを勧めた時の彼とは別人だ。

今ならこの子は…。


「木下」


私が思案していると、向こうの方から抑揚のない声が届く。

見ると、ボロボロの姿の南部選手を引き連れた、一条透矢様がこちらに歩いて来ていた。

私は慌てて頭を下げ、隣の息子の頭に手を回し、強制的に頭を下げさせた。


「一条様!この度は、私の息子が大変なご迷惑」

「いい。そう言うのは要らん。頭を上げろ」


何の色も入らない声でそう言われるので、一瞬私は迷ってしまったが、素直に頭を上げる。

息子と全く変わらない背丈の少年が、ジッと、その特異な目で、私を見る。

見定める。


「木下」

「「はいっ」」


しまった。息子と同時に返事をしてしまった。

私は、息子の背中をそっと押して、一歩前へと進ませる。


「一条様。私の息子の優馬でございます」

「き、木下、優馬です。お、お見知りおきを」


一条様の恐ろしい目が、息子へと向く。


「優馬。お前は黒騎士になりたいか?あいつの様に強くなりたいか?」

「えっ、あっ、はい。僕、黒騎士といっしょで、クリエイトで、だから…」

「そうか。ならば励め。俺も、来年は桜城に行くことにした」

「えっ!?」


つい漏らした私の言葉に、一条様が瞳をこちらに向ける。

私は慌てて、言葉を繋げてしまった。


「いえ。何でもございません」

「そうか?そうは”見えん”がな」


案の定、一条様の前では、そのような取り繕いは全くの無駄であった。

私は、正直に胸の内をさらけ出す。


「正直申しますと、勿体ないかと存じます。一条様は既に、天隆の推薦をお持ちと聞き及んでおります。天隆は名門中の名門。桜城は実力さえあれば庶民でも入れますが、天隆はそれに加え、血筋や家柄も重視しております。なかなか入学出来る学校ではございませんし、将来の友を得るならば、天隆こそ一条様に相応しいと…」


桜城にも、九条様や近衛様を始めとした優秀な子供が集まって来る。

だが、天隆はそれに輪をかけて、良家や一流アスリートの子供たちが集まりやすい。

将来のコネクションを考えると、国を動かす一条家には天隆が最適と思ったのだ。

私のその思いに、一条様は隣の南部選手を見上げる。


「俺もそう考えていた。だが、こいつをここまでにする黒騎士に、興味が沸いた」


そう言われて、こちらに軽く頭を下げた南部さんに、私は目を細めてしまう。

それを、一条様に指摘される。


「どうした?南部に対し、何かあるのか?」

「いえ。あの、治療はされないのですか?」

「こいつの我儘だ」


そう言われて、一条様は小さく鼻を鳴らす。

訳が分からなかったので、南部さんに視線を送ると、彼女は青痣に手を当てる。


「これは戒めです。黒騎士選手に負けた私の未熟さと、彼の強さを少しでも忘れぬよう、医療チームに無理を言いました」


そう言う彼女の歯は流石に治っていたが、それ以外は殆ど試合後のままだ。

余りの痛々しい姿に、私は再び目を細めてしまう。

だがそれだけ、彼女は悔しいのだろう。


「邪魔をしたな。パーティーを楽しめ」


そう言われて、一条様は去って行く。

彼らが次に足を向けたのは、その黒騎士選手の元だった。

黒騎士選手は丁度、広幡様に治療されていたみたいだ。

彼女にお腹を見せて、ヒールを掛けて貰っているところに一条様が突撃されたので、慌ててペコペコする黒騎士選手。

その黒騎士の服を、一生懸命に直そうとしている広幡様。


…黒騎士選手は、随分と腰が低いのだな。息子と1つ違いとは思えない。

隣に立たれている広幡様も、彼ととても仲睦まじいそうだ。もしかしたら、婚約されているのかも知れない。


巻島と広幡。随分と面白い巡り合わせだ。

広幡家の本家は現在、医療品大手を束ねる家柄なので、海運業の巻島家とはあまり接点が無いように見える。

だが、先々代の広幡家当主は海軍に所属していて、造船技術に明るい人だった。

終戦後、巻島家が買い上げた軍艦の改造に手を貸したのが、その方であった筈だ。

たったそれだけの接点。それでも、面白い接点だ。


巻島家と同様に、広幡家の分家も、今は明るい話題が絶えない事も類似している。

広幡家の分家では、特区の内外に看護学校の運営も手掛けていて、最近では”とある御子”のお陰で、その学校に注目が集まっているのだ。

それも有って、分家でありながら、このような場に呼ばれるようになったのだろう。

勿論、彼女自身が、九条家と良好な仲であることも大きいが。


「お父さまぁ~」


私が黒騎士選手達に目を奪われていると、息子が私の袖を掴んで、甘えた声を出してきた。


「どうした?優馬。華奈子様の所に伺わなくていいのか?」

「うん。それより、僕も桜城に行きたい。黒騎士選手に異能力を教えて貰いたい」


なんと。

やはり、息子は大きく変わっていた。

あれだけ、異能力の勉強は嫌だと言っていたのに、こんな前向きな言葉を聞く日が来るとは。

そう思いながらも、私は息子の言葉を聞くことは出来なかった。

この子が冨道に入ることは、既に決まっているから。

それが、木下家の道であり、これを覆すことは私には出来ない。

でも、


「優馬。学校は難しいが、スクールなら入れるぞ。黒騎士選手の家が運営しているスクールがあるから、そこに入ろう。そこなら、直ぐに異能力を学べるぞ?」

「ホントに!?直ぐ出来るの?じゃあ、僕そこに入りたい!」


息子は再び目を輝かせ、黒騎士ごっこを再開させた。

さてさて。そうは言ってしまったが、巻島のスクールも随分と人気となっており、今は新規受講生を断っていると聞いている。

でも、まぁ、何とかなるだろう。

最悪、一条様の口添えを貰えば、無理にでもねじ込める。

私の頭の中では、スクールに入って、拳を振り回す息子の勇姿が浮かんでいた。


〈◆〉


特区の、とあるビルの中。


「はっ、くしゅっ!」


1人のご婦人が、小さなくしゃみをしていた。


「おかしいわね。何か、嫌な予感がするわ。またあの子、とんでもない事をしていないでしょうね?」


そう言って、窓の外を不安そうに見る流子であった。

誕生日会の裏側でした。


「また、流子嬢に迷惑が掛かるな」


嬉しい悲鳴…を通り越して、そろそろ本格的な悲鳴になりそうですね。


「責任を取らせる意味で、あ奴を講師として呼ぶかもな」


それは無いでしょう。

だって、そしたら余計に受講生増えちゃいますよ?


「…確かに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 看護の学校に、御子、ですか。元気にやっているのですかね、ご友人。まぁ、特区内外のどちらの学校かは分からないので、違うかも知れませんが。 [気になる点] 魂について。この世界において魂は確実…
[良い点] 婚約してて熱々と周囲に思わせてるお嬢様があざとい [気になる点] 負傷を治さない護衛ってダメでは? でも黒騎士の強さを周囲に知らしめたり、寄子等を動かすには便利なモノなんですよねぇ [一言…
[良い点] 近い未来、横並びで正拳突きを繰り返しながら目を見開いた男の子たちの姿が幻視してしまいますね 細マッチョ達が増えて『異能力は拳に乗せるに限る』とか言い出しそう 蔵人のアニキから始まって西濱の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ