193話~いざ、尋常に~
開幕、他者視点です。
黒騎士の行動が、突如変わる。
防御一辺倒から、急に攻めに転じた時も大いに驚かされたが、今度は自ら飛び込んできた。
南部はそれに、回し蹴りから膝蹴りに移行することで対応しようとする。
だが黒騎士は、その攻撃をラン何とかで防いでしまい、南部の体に抱き着くのではと思う程に急接近して来た。
ピッタリと密着された南部は、黒騎士の行動に若干焦る。
足技は愚か、これでは拳もまともに振るえない。攻撃出来ない状況は、相手も同じはず。
まさか引き分けに持ち込むつもりなのか?
南部がそう危惧した、その時、
脇腹に、強烈な衝撃。
「ぐぁっ!」
南部の口から、声と共に唾液が飛び散る。
その衝撃は、ワザと受けた最初の一撃とは、比べられない威力であった。
下を見ると、自身の脇腹に刺さる、黒騎士の拳。
ゼロ距離からの、横凪パンチであった。
咄嗟に、腹に土ガードを作ると同時、再び衝撃が襲う。
今度は、幾分かマシであった。
だが、息が止まりそうな程の威力は健在で、このまま受けれ続ければ、何れ己が沈むのは明白だった。
南部は、黒騎士の肩に手を置いて、引き離す様に彼の体を遠ざける。
兎に角、少しでも黒騎士から離れなければ。
そう思って一歩退くと、目の前にいた黒騎士が、
消えた。
いや、屈んだのだ。
黒騎士の体が、深く沈みこんでいた。
こんな態勢、頭上から攻撃されたら一巻の終わりだ。
南部は、すかさず拳を叩き下ろす。
黒騎士の頭を強打し、地面に叩きつける。
そう思った拳は、空を切った。
黒騎士が避けたのだ。
上半身だけを大きく左に振り、拳を回避した。
余りにも大振り過ぎる動作。そこまでしなくても回避できた…。
そう思った瞬間、黒騎士の体が南部の方へ戻って来た。
硬く握られた、横フックと共に。
ヤバい。
直感が告げる。だが、拳を振り下ろした南部は大きく態勢を崩しており、しっかりとガード出来る状態でなかった。
ならば、土で。
そう判断した南部は、土のガードを顔側面に集めて固める。
瞬間、戻って来た黒騎士の拳が、南部の左頬を殴りつけ、視界が大きく右へと振られた。
ガードしてもこの威力。
口の中に鉄の味が広がり、南部は歯を強く噛みしめる。
黒騎士は、自分の拳をただ避けただけでなく、その動作を利用して、反撃の威力を増幅させたのだ。
なんて奴…。
南部の中で、また黒騎士の評価が上がった。
それと、同時。
南部の目が、再び浮き上がった黒騎士の姿を捉えた。
そこに有るのは、右のフック。
だが、それに南部は驚かなかった。
今度はしっかりと攻撃が見えていたので、両腕を顔面の前に構え、それを土で覆って二重のガードを構築する。
そこに、黒騎士の拳が突き刺さる。
打たれた瞬間、腕が悲鳴を上げた。
なんて力だ。
確実に、Cランクを凌駕する威力。
こいつは、本当にCランクなのか?
そんな思考は、再び感じた危険の匂いに消え失せる。
崩れかけたガードの上から、再度繰り返されるフックの応酬。
左、右、左、右…。繰り返される規則的なフックの連続攻撃。
まさか、これはっ!
驚愕する南部。
その彼女の腕に、とうとう限界が来た。
黒騎士の繰り返される連続攻撃に耐えられなかった腕のガードが、上へと弾き飛ばされた。
そこに、大きく∞を描いた黒騎士の体と拳が、南部を打ちのめす為に戻って来た。
振り上げられるその腕は、まるで、死神の鎌に見えた。
土を!
顔面にぶ厚く塗りたくられる土の殻。そこに、死神の鎌が突き刺さる。
衝撃で、首が左に流れる。
そう思った瞬間、今度は左からの衝撃に、視界は大きく右へと吹き飛ばされた。
左、右、左、右。
一定間隔で振り切られる大鎌に、南部の顔が、脳みそが、同じように振り回される。
今自分が、どちらに傾いているのかが、分からなくなってきた。
自分が、立っているのか、寝ているのか、すら、分からない。
意識が…。
と、そこで、後頭部からも衝撃が加わった。
後頭部だけじゃない。背中にも衝撃。
それと同時に、グニャグニャに曲げられていた視界が、徐々に戻ってきた。
目の前には、豪華なシャンデリアが飾られた、パーティー会場の天井が見える。
ああ、そうか…。
自分は、ダウンしたのか。
自分が倒れている事を、漸く理解した南部。
グワングワン、という耳鳴りが続いている。
次第に、それが観客の声である事が分かった。
「おい…おいおい。嘘だろ…」
「あの南部選手が、一方的ですわ…!」
「誰かタオル!タオルを持って来い!」
「ちょっと、ボクシングではございませんのよ?」
「えっ?あ、ああ、そうか。つい…」
「黒騎士。これが、中学生なのか?」
「これって、負けなのか?黒騎士の勝ちなのか?」
「まだですわ。まだ、主審が判断を下していませんわ!」
負け?何を、言ってる。
私は名門、南部家の末裔だぞ!
南部が這いつくばりながら体を起こすと、おおっ!という響めきが南部の脳みそを再び揺らす。
後ろに纏めていた髪は完全に乱れ、額か頭から、血が頬を伝っていく熱を感じた。
その血を袖で拭きながら前を見ると、そこには黒騎士が佇んでいた。
攻撃を加える為に構えるでも無く、ボロボロの南部を見下すでも無く、少し離れた所から、ただ真っ直ぐに南部を見ていた。
さぁ、立ち上がれ。続きをしよう。
そう、誘うかのような目だ。
良いだろう。
その申し出、確とお受けする。
南部は構える。その顔に、獰猛な笑みを携えて。
体には、濃縮された土を携えて。
不気味に輝くそれを、黒騎士に見せつける。
「南部家の武人として、1人の戦士として、今一度、貴殿に真剣勝負を挑む」
南部の頭の中には、相手が中学生とか、男子とか、そんな不純な思考は一切無くなっていた。
ただあるのは。喜び。
強者と出会えた、感謝。
本気で当たる。
そう決めた南部の周りには、濃縮され過ぎて、鈍く光を返す魔力が張り付く。
それは、既に土とは言えない物質だった。
ソイルキネシスの上位互換、ゴルドキネシス。
これが、南部の本気。
正真正銘の、全力だった。
そんな南部を前にして、黒騎士も怪しく微笑む。
双眼に輝く紫の光を、南部に向けた。
「では私も、全力をもってお相手致す」
そう言った途端、黒騎士の元に、何かが飛んできた。
それは盾だ。
薄く小さい、透明な盾。それが、1枚。もう1枚。数枚。数十枚。数百枚!
パーティー会場中から、至る所から飛んでくる盾が、黒騎士へと集まる。
これだけの数、魔力の大半が使われているのが分かる。それを、今まで使っていなかった。
ここからが本番。それは、黒騎士も一緒であった。
南部は、固唾を呑む。
冷や汗が、背中を伝う。
「いざ、尋常に」
黒騎士の口元が歪む。慌てて、南部も口を開く。
「尋常に」
一瞬の静寂。
後、ぶつかる闘気。
「「勝負!」」
最後の勝負が今、始まった。
〈◆〉
ソイルキネシスを凝縮させて、金属に変えた南部選手。
それに対抗するのは、盾を拳に集中し、ミスリルシールドを部分的に作り出した黒騎士様。
両者が繰り出す拳は速く、そして重い。
当たる度に、重低音が会場中に響き渡っている。
それが、何度も、何度も。
激しい打ち合いは、やがて目で捉えるのもやっとの速度となりつつある。
それでも、両者は退かない。
拳の嵐が吹き荒れるその危険地帯で、一歩も退かず、無謀な打ち合いを繰り広げている。
試合開始時、私は、私自身の判断が誤りだったのではと自問した。
元オリンピック選手相手に、ハンデ無しはやり過ぎだったのではと。
黒騎士様は、確かに類い稀なる素質を持つ。だがそれは、防御面においてだ。
私の業火を防ぎきるほどの盾を出せる人間は、今までに出会ったことがない。
それは間違いなく、誰もに称賛される異能力である。
だが、スピードで勝る相手には、それも意味をなさないのかも。
そう思っていた矢先、黒騎士様は戦闘スタイルを変えた。
相手の動きを真似るかのような動きに加え、盾を凝縮して、拳に集中し、相手の攻撃を尽く無力化した。
そんな防御も出来るのかと、舌を巻こうとした私に、黒騎士様は更なる力を示す。
防御したその拳で、相手を攻撃し始めた。
相手のスタイルに合わせた動きから、急に攻撃的なスタイルへと変化した。
その姿はまるで、ボクシングのような動きになり、南部選手を圧倒していた。
シールド。本当に、彼はあのシールドなのだろうか?
下級と酷評されるクリエイト系の中でも、屈指のハズレ能力と言われるクリエイトシールド。
上位互換にクリエイトアーマー、オールクリエイトが存在し、別系統にはバリアがある中で、存在意義が無いとまで酷評される異能力。
それが今、4大属性の一つと渡り合っている。
南部選手のソイルキネシスは、ソイル系特有の高い防御力を有していながら、スピードも確保している。
恐らく、全身ではなく一部を金属化させているので、重量を抑えているのだろう。
そもそも、あのように上位から最上位へ変化させるのは、かなりの高等技術だ。
それを、自由自在に扱っている。
流石は、全日本3位を手にした選手である。
そんな南部選手に、黒騎士様は真っ向から挑んでいる。
無数の拳を繰り出す両者であったが、次第に、南部選手の攻撃を弾き返す黒騎士様。
弾き返して隙を作り、南部選手に拳を突き刺す。
でも、ダメージが通った様子はない。
南部選手の防御力が、格段に上がっているのだ。
流石は、ゴルドキネシスの外殻。
もしかしたら、ソイル系の柔軟性も併せ持っているのかもしれない。
なかなか有効打を与えられない両者。
でも、このまま試合が終わったとしても、2回のダウンを奪っている黒騎士様が勝つのは明らかだ。
つまり黒騎士様は、このまま攻撃を避け続ければ勝てる。
もう少しです。頑張って、黒騎士様。
審判でありながら、言葉に出せない思いを抱いてしまう私であった。
だが、そんな私の甘い考えは、見事に否定された。
黒騎士様によって。
試合会場の真ん中で、2人が同時に1歩下がる。
南部選手の拳には、金色のゴルドキネシスが輝く。
対する黒騎士様の拳には盾が…いえ、超高速回転する何かが…?
一瞬の静止。その後、両者が同時に動き出し、物凄い速さでぶつかり合った。
一瞬の事で、目が追いつかなかったが、気付いた時には、2人は至近距離で立ち止まっていた。
黒騎士様の拳が、南部選手に突き刺ささっている。
今まで表面を舐めていただけの攻撃が、確かに今、南部選手の腹に突き刺さっている。
何が、いったい何が起きたの?
「廻ったな」
声。後ろから。
見ると、バリアの向こうに、一条透矢様がいらっしゃった。
彼は、何処を見ているか分からない暗い瞳で、ジッと試合を凝視されている。
「ま、まわった?」
一条様の言われていることが理解できず、私はオウム返しに聞いてしまった。
礼儀が成っていない。
だが、そんなこと気にした素振りも見せず、一条様は頷かれる。
「黒騎士だ。奴の拳が、魔力が廻っている」
そう言われて、私も気付く。
音。
風切り音。
風を切って回る、黒騎士の双拳に。
回っていたのは黒騎士様の盾。そして、それを作り出す魔力そのもの。
「そう。これこそ黒騎士だ。お前のその姿が見たかった」
その時初めて、一条様は表情を崩された。
うっすらと、本当によく見ないと分からない程度ではあったが、確かにそのお顔には、笑みが浮かんでいた。
その直後、南部選手の体がくの字に曲り、そのまま、地面に倒れた。
それを見て、一条様がこちらに瞳を向ける。
「審判。コールを」
コール。
試合終了の合図をと、一条様は仰る。
傍目に見れば、3度目のダウンかとも思えて、一瞬迷った私。
だが、相手が"あの"透矢様である事を思い出し、すぐに手を上げる。
「し、試合、終了!」
〈◆〉
螺旋盾が南部さんの拳を砕き、そのまま彼女のボディーに突き刺さる。
回転の運動エネルギーを加えられた魔銀盾は、南部さんの金属鎧も砕き、ついには彼女の腹部を強打した。
折れ曲がる南部さんの体。
彼女の顔が、蔵人の目前まで降りてくる。
一瞬、顔面への追撃チャンスと思うも、蔵人はそれを選択肢から外す。
彼女の瞳は、既に定まっていない。意識が、刈り取られようとしていた。
それでも、彼女の口が動く。
「お、みご、と…」
南部さんが、最後の力を振り絞って行ったのは、蔵人への攻撃では無く、賞賛だった。
南部さんが、そのまま崩れ落ちる。
「し、試合、終了!」
二条様の声が会場に響き渡り、それを飲み込むかの如く、会場中から歓声、呻き声、叫び声が濁流の様に入り乱れた。
蔵人は、南部さんを助け起こそうと屈んだが、それより先にテレポーターが現れて、彼女を強制退場させた。
所在が無くなった蔵人が、立ち上がりながら手をブラブラしていると、駆け寄ってくる影があった。
アイドルの子達だ。
「うぁ、すげぇよお前!マジで勝っちまいやがった!」
「君、強いんだね?相手、元オリンピック選手なんだろ?」
「ホントありがとう!僕、もう、ダメかと思ってた!」
「とても優雅な試合だったよ。僕と組んでダンスユニットを立ち上げないかい?」
興奮した様子で、4者4様の反応を見せる男の子達。その中から2人が前に出てきて、蔵人に手を差し伸べる。
「助かりました。私は、このチームのリーダーをしているマサと言います。チームを代表して、感謝します。こちら、うちのマネージャーです」
マサさんに水を向けられた男性が、ペコッと直角に頭を下げた。
「マネージャーの星野と申します。この度は、私どもの窮地をお救い下さり、誠に、ありがとうございました!」
そう言って、男性は1枚の名刺を、恭しく両手で蔵人に差し出す。
釣られて、蔵人もお辞儀しながら両手で受け取った。
手元に名刺が無いのが悔やまれる。
一方的に名刺を貰うのが、とても歯がゆく感じた。
「これは、ご丁寧にありがとうございます」
そう言って受け取った名刺を見て、蔵人は軽く目を瞬く。
そこ書かれていた会社名は〈愛堂プロダクション〉。
6年前、Dランク全日本のホテルで、蔵人に声を掛けてきた人と同じ会社だった。
何の因果か。
蔵人は苦い顔をする。
すると、その様子を見たメンバーの1人のが、蔵人に声を掛ける。
「おっ、なになに?黒騎士君はウチの事務所知ってる?」
「え、ええ。以前にも、御社から名刺を頂いた事がありまして」
「えっ!本当ですか!?」
蔵人の返答に、今度は星野さんが、ガバッと顔を上げて聞いてきた。
何かを期待されている顔だ。なんですか?
「ええ。確か…こ、小池さん?じゃない。小林さん…だったかな?」
「おおっ!小林部長ですか!」
合っていたらしい。
しかし、あの時に会った時は、確かゼネラルマネージャーとかだった気がするから、随分と出世されている様だった。
蔵人は、少し懐かしい気持ちになる。小林さんとは、ほんの少し会話した程度なのだが。
蔵人の横から、アイドルの1人が肩を組んできた。蔵人と同じ位の背で、黄色が目立つ子だ。
「部長と話が出来てるならもう決まりだろ?ユニット名はどうするよ?そのままブラックナイト、とかにするか?」
この子は既に、蔵人がアイドル業界に入り、彼とコンビを組んだつもりとなっている。
そもそも蔵人は、アイドルに興味もなければ、資格も無いのだが。
まぁ、本気の勧誘ではなく、この場のノリで話しているだけだろう。
「ご冗談を。そもそも、私では偏差値が足りません」
「偏差値?アイドルに勉強は必要ないよ?」
「顔面偏差値ですよ」
「顔面?悪くないと思うけど。なぁ?星野さん」
悪くない?それはちゃんと自分と見比べて言っているのか?
蔵人は怪しみ、星野さんを見る。
彼が頷く。
「ワイルド系ですね。中学を卒業されたら、一度考えて頂けないでしょうか?」
中卒でアイドルか。業界的にはありそうな話だ。
考えてくれと言うことは、ここで話を切っても良いと言うことだろう。
蔵人は、黄色さんに肩を組まれた状態で、小さく頷く。
「分かりました。2年間、考えさせて頂きます」
考えてどうするかは、保証しないがね。
蔵人の返答に、6人とも頭の上に〈?〉マークを付ける。
うん?何で不思議そうな顔なの?
理解できない蔵人に、マサさんがその理由を口にする。
「そうか。今、君は中学1年生なのか」
「はぁ!?冗談だろ!?4つも年下かよ!」
「僕より年下だぁ…」
「同い年と思っていたよ。でも、確かに試合中、中学生がどうとか言ってたよねー」
「ユニットを組むのに、中学生も高校生も関係ない。そうだろ?」
どうやら皆さん、蔵人を高校生くらいに思っていたらしい。
黄色さんだけは、変わらず中学生と組もうとしている。とんでもないマイペース。
「そんじゃ、黒騎士。今回はマジで助かったぜ!次の俺たちのライブにも来てくれよ」
「それは、警備員や護衛としての依頼でしょうか?」
「バカ言え。バックダンサーだよ!」
黄色さんが、強制的に引き込もうとしている。
勘弁してくれ。
蔵人は、服は洗って返すと言ったのだが、洗わずにひったくられてしまった。靴の跡とか、返り血とかが付いていると言ったのだが、記念だと言っていた。ついでに、Tシャツにはサインまで求められてしまった。
一般人に、サインを求めんでくれ。
慣れない事をした蔵人は、右手をグーパーさせながら、その場を離れようとする。
すると、今度は華奈子さんを引き連れた広幡様が、蔵人の元に駆け寄ってきた。
「皆さん。この度は私の不手際に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」
華奈子さんは、言葉と目礼だけの謝罪をする。周りの目がある中で、九条家の者がおいそれと一般人に頭を下げる訳にはいかないからだ。
だが、出来る限りの謝罪であることは、蔵人は勿論、アイドル達も分かっている。
蔵人は、華奈子さんに一礼する。
「とんでもございません。私にとっては、とても貴重な経験をさせて頂きました。有名な選手と手合わせ出来るなど、滅多にないこと。また、皆様ともお知り合いになれました」
蔵人はそう言って、アイドル達を振り返る。彼らは、若干顔を強ばらせたが、直ぐに営業スマイルを取り戻し、蔵人に追従して頷く。
そうすると、華奈子さんの悲しそうな表情が、幾分か明るくなる。
「あ、あの、もしよかったら、また、お招きさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
華奈子さんはそう言って、シン君を上目遣いで見詰める。
「えっ、あっ、俺?俺が聞かれているの?」
狼狽するシン君。
引き攣った表情には、「こんな修羅場、二度とごめんだ!」と書かれている。
華奈子さんが九条家のご令嬢でなければ、その恋を応援したいところであるが、残念ながら色々と考えねばならないお立場の人。
蔵人は、そっとその場から離れて、広幡様の元へ。
「申し訳ございません。誕生日会そっちのけで、ノブルスに興じてしまい」
「いいえ。素晴らしい試合でしたわ。流石は蔵人様。見事な勝利でした」
そう言って、こちらに手を差し出してくる広幡様。
うん。まだパーティーは終わっていない。
蔵人は、その手を取って、こちらに拍手と好奇な眼差しを送って来る会場の中へと戻っていった。
なんとか、タイトルマッチを勝利で飾った主人公。
「イノセスよ。これはボクシングではないぞ」
おっと、失礼しました。
南部選手も、なかなか強かったですね。
「龍鱗にも似た技術。最上位種への昇華。これが、全日本の上位陣なのだな」
やはり、歳を重ねるごとに技巧は上がってくるのですね。