192話~上出来だ、シールドの割にはな~
透明な壁に囲われた幅3m、奥行き10mのスペースに、蔵人と南部さんが対峙している。
この透明な壁は、Bランクのバリア異能力者の物だ。
1人だったら、蔵人のホーネットすら防げないだろうが、5人が真剣な顔をして張っているので、多分大丈夫だろう。
でも、シールドクラウズ系は使えないな。うん。
蔵人はアイドル達のジャージに着替えたが、南部さんは服を変えなかった。スーツ姿のままで、手首足首を回して軽い準備運動をしていた。
そんな2人の間に、1人の人間が立つ。
「これより、誉れ高き決闘を行う。ルールはノブルスの基準に則る物とする」
妖艶で有りながら、情熱を内包した瞳を輝かせ、ワインレッドの髪を掻き上げる姿は、男女問わず周囲の観客から溜息が漏れる。
二条様が、凛とした姿で真っすぐに立つ。
どうやら彼女が審判の様だ。
お互いの勝利条件を決めた後、二条様は両手を真っ直ぐに蔵人と南部さんの方へ差し出した。
「双方、名乗りを上げよ!」
「お待ち下さい」
しかし、静かな声がそれを遮る。
南部さんだ。
「大事な事を取り決めておりません。この度のノブルス、私へのハンデは如何様になさいますか?」
南部さんの提議に、幾人かの大人達が「そうだそうだ」と言いたげに頭を上下させる。
実力差がある者同士が闘うことが珍しくないノブルスにおいて、ハンデをどうするかは極めて重要だ。
それは、試合内容は勿論の事、闘う者に対する評価にも繋がるから。
大きなハンデを課せられたのなら、それだけ強いという事だ。
ハンデは当たり前だ。
そう頷く大人達を前にして、二条様は、
ただ、笑った。
待ってましたとばかりに、怪しく微笑む。
「貴女へのハンデは、御座いません!」
高らかに宣言する二条様。
その様子に、会場は朝焼けの凪のように静まり、そして徐々にザワザワと波打ち出す。
「なっ、無い?ハンデ無し!?」
「どういう事だ?言い間違えか?」
「相手は元オリンピック選手だぞ!?」
「しかも、学生時代は全日本へも出場していますわ。確か、18歳の時にCランク全日本で3位入賞されていたはず」
「そうでなくとも立派な成人女性。方やまだ子供。それも男の子だ!」
「ハンデ無しなんて有り得ませんわ!最低でもBランクのバッファーに、彼の全能力を底上げして貰うべきです!」
「それだけじゃ足らんよ!彼女にも、何かしらのデバフを掛けねば。若しくは手足の拘束を!」
わーわーと喚く大人達は、次々と持論を展開し、勝手に試合のルールまで言及し始める。
しかしそれは、二条様が手を叩く事で沈静化した。
「ご静粛に!私は決定を覆しません。南部さんと黒騎士様が対等だと、そう判断しての処遇でございます」
対等。
その言葉に、会場中の大人達は顔を強ばらせる。
「噂にはなっているが、黒騎士とはそれ程の者なのか?」
「分かりませんわ。もしかしたら、二条様は一条様に肩入れされていていらっしゃるのかも」
「いいえ。私が娘に聞いたお話では、二条様はサマーパーティーで黒騎士君に助けられたそうよ。きっと、理想が先走りして、彼を過大評価されているのですわ」
「どちらにしても、彼には残酷な事だ」
大人達の悲痛な目が、蔵人に突き刺さる。
面倒な視線だ。
蔵人は、軽く頭を振ることで、それらの煩わしさを少しでも軽減しようとする。
「黒騎士様。よろしかったでしょうか?」
二条様が心配そうに聞いてきたので、蔵人は彼女に微笑んでから、丁寧に腰を折る。
「願ってもない事にございます。格別なご配慮、誠にありがとうございます」
蔵人の答えに満足した二条様は、続けて南部さんに振り返る。
「南部さん。貴女もよろしくて?」
語尾は蔵人の時と同じ疑問形だが、威圧感が違う。聞いているんじゃなくて同調を促している言い方だ。
案の定、南部さんは渋々頷く。
そして、改めての名乗りが始まる。
南部さんからだ。
「一条家次男、透矢様の筆頭護衛にして、東北の名門、南部家の長女、南部澄香である。我が祖先の名にかけて、そして、一条家に仕える者として、この勝負、金剛不壊の境地で臨む」
堂々と宣言した南部さんに、蔵人は拍手を送りたい気分であった。
しかし、南部さんはあの南部家所縁の者か。
陸奥の大名家の中でも随一の力を持っており、南部晴政等の強力な武将を生み出した家だ。
相手にとって不足なし。
蔵人は笑み、胸を張る。
「巻島蔵人です。皆さんは、既に勝負が着いていると、現実を見られている様ですが、少し夢をお魅せしましょう」
蔵人はそう言って、会場すぐ近くに寄せている子供達に一礼する。
頭を上げた蔵人が、南部さんに振り返ると、彼女は呆れた様な、少し残念な目で蔵人を見下ろす。
「それだけで良いのか?もっと自分を、家の歴史を誇る場だぞ?ここは。特に、新興財閥である巻島にとっては、二度とないチャンスだろうに」
分かっていないなと頭を振る南部さんに、蔵人は羞恥の念を覚える。
巻島家がどんな家なのかを、詳しく知らなかったからだ。
海運業で成り上がったという大雑把なことしか知らず、その後にどんな経緯を経たのか、他にどんな事業を展開しているのかも知らなかった。
これでは、呆れられるのも仕方がない。ここは、そう言う場なのだから。
この誕生日会が終わったら、先ずは柳さんから話を聞こう。
蔵人は反省し、南部さんに向けて頭を下げる。
「ご忠告感謝致します、南部様。まだまだ未熟者であったと痛感し、恥ずかしい限りでございます」
「えっ、いや、別にそんな…」
蔵人の態度に、南部さんは慌てた様子だ。
うん?何故だ?俺が至らなかったのは事実であるのに。
もしかしてあれか。挑発するつもりだったのか?
二度とないチャンスとは、つまりこの戦闘は既に負け戦だという事。それに憤慨させ、そのまま開戦させようとでも思っていたのだろうか?
そうなれば、二条様は流されながらも試合開始を宣言してくれるだろう。殆ど不意打ちで始まった試合なら、多少はハンデと見られるとでも思ったか。
済まんね。そんなハンデすらも与えてあげられなくて。
蔵人は心で南部さんに頭を下げ、実際の頭は二条様に下げる。
「二条様。互いに名乗りを上げ終えました。進行を、よろしくお願い致します」
「分かりました。双方、貴族の決闘である事を踏まえ、正々堂々と勝負すること。その背中に、貴方達の家名を背負うと思いなさい。もう少し距離を取って。…そこで良い。構えて!」
蔵人と南部さんが5m程離れると、二条様が片手を高々と頭の上に上げ、勢い良く振り下ろす。
「始め!!」
試合開始直後、蔵人は防御を固めた。
相手は元オリンピック選手だ。加えて、全日本で3位の強者。Cランクとはいえ、激戦で研磨されたその戦績は、今まで戦ってきたどの選手よりも鋭利となろう。
故に、一瞬で勝負を決めに来られる可能性を危惧し、先ずは何よりも防御を優先した。
だが、蔵人の予測に反し、南部さんはその場で両手を広げて、こちらを見ていた。
無防備に、ただ大きく構えている。
何かの戦術か?はたまた南部流の構えか?
そう思った蔵人だったが、南部さんの一言がそれを否定した。
「先ずは一発、殴って来なさい。私は一切の抵抗もしません」
先手はくれてやるとの事。
余程ハンデ無しが嫌なのだろう。大人と中学生では、勝っても汚名にしかならないからね。
これがルール無用のストリートファイトであれば、こちらの隙を突く作戦とも思えるが、ここは貴族の決闘場。そんな事をすれば、家名に泥を塗りたくる様なもの。
蔵人は、それに応じる。
スタスタと歩いて行き、南部さんの近距離で、一撃を放つ。
Eランクの膜だけで覆った拳を真っ直ぐに、南部さんの鳩尾へ突き刺す。
肉体のみの全力パンチ。それでも、南部さんは「ぐっ!」と歯を食いしばり、その筋肉で覆われた体を若干曲げる。
相手も、一切の異能力を使っていなかったのだ。
固く結んでいた彼女の口が、僅かに開く。
「中々の、パンチだ。男の子にしては、な」
小さな声で、蔵人にだけ向けた言葉。
もしかしたら南部さんは、これが蔵人の全力と思ったのかも知れない。異能力が弱い男性は、異能力を使わない事も珍しくないから。
もしそうなら、かなり手加減されちゃうかなと、蔵人は心配しながら、南部さんから少し離れた。
だが、その心配は杞憂だった。
南部さんは直ぐに構え直し、鋭い視線で蔵人を見据える。
そして、消えた。
低い姿勢。
一瞬で蔵人との距離を詰める南部さん。
速い。
勢いが付いた彼女の蹴りが、迫る。
蔵人は、反射的に水晶盾を構える。
防御するのは顔の真横。そこに盾を置くと、バキッと嫌な音を立てて盾が凹んだ。
水晶盾には、彼女が放った長く細い鹿の様な豪脚が埋め込まれていた。
盾が、一撃で変形させられる威力。
流石は元全日本3位。攻撃力はBランクにも届くぞ。
蔵人が感心していると、南部さんの足が再び攻撃に転じる。
蔵人は、瞬時に水晶盾を追加で生成するが、彼女の攻撃を受けて、次々に凹んでいく。
南部さんの攻撃が加速する。それでいて、最初の一撃よりも大きく凹んでいく盾達。
蔵人の防御力を再認識した彼女が、攻撃の手を強めているのだ。
盾が限界を迎えるのに、時間は掛からなかった。
南部さんの攻撃を受けて、たった2発で雲散霧消する水晶盾。Cランクの中学生なら、5発以上攻撃しないと出来ない芸当だ。
Bランクの中でも、円さん並の攻撃力だ。しかも、素早さは紫電と同等。
これが、元全日本3位。日本Cランクの、頂点に迫った人の力。
防戦一方の蔵人を見て、周りから不安と、歓喜の声が上がる。
「ダメだ。一方的だ!」
「防ぐのがやっとですわ。手も足も出ないとは、正にこの事ね」
「相手が速すぎる。流石は一条家の使用人。南部家の武勇は健在だな」
「素晴らしい動きですわ。現役時代と比べても、遜色は御座いません」
「ああ。動きも洗練されている。何か武術を習っているのかな?」
「確か、タイでムエタイ修行をしたことがあったと聞き及んでおりますぞ。大学生の時にスランプで、それを払拭する為に留学したのだが、そこから更に実力を付けて、オリンピック選手にも選ばれたとか」
「なるほど。道理でいい足技な訳だ。盾を次々に砕いている」
「ですが、あの盾も凄いですわ。壊されても直ぐに別のが作られて…ほら!殆ど一瞬ですわ!」
「確かに凄い。だがしかし、それでどうする?このままでは魔力が尽きるぞ。何とか攻撃に転じなければ…」
「それは無理だ。速すぎる。攻撃しようと盾を解除すれば、そこから一気にやられて、お終いだ」
「やはり、ハンデは必要でしたわね…」
大人達の会話に、子供達も手に汗握って観戦する。男の子に至っては、蔵人がやられそうになる度に「うっ」とか「あっ」とか声が漏れている。
完全に、蔵人に感情移入しているのだろう。
同じ男だから、また近い歳だから、どうしてもそちらに気持ちが入り、また、ここでもアンダードック現象が起きていた。
「ふっ!」
それでも、南部さんの攻撃は止まらない。疲れ知らずと思える程、その拳と豪脚はキレを失わず、寧ろ速くなっていく。
現役時代の勘を、取り戻しているのかも。
蔵人の目の前の盾が砕ける。
その穴を通り、蔵人の顔面に迫る、南部さんの拳。
蔵人は辛うじて顔を逸らし、その攻撃を避ける。
だが、一瞬そこに意識を持っていかれた蔵人は、続けて放たれた足技に対応しきれなかった。
正面から、腹に一撃。
瞬時に水晶盾で対応するも、勢いを殺せずに、後ろへ吹き飛ぶ蔵人。
ゴロゴロと床を2回転し、直ぐに立ち上がる蔵人だったが、腹に鈍い痛みが残る。
多分、痣になっているだろうな。
蔵人は、構え直す南部さんを見ながら、そう診断する。
「良く耐えた。上出来だ、シールドの割にはな」
南部さんはそう言って、深く構える。
次で終わらせる。
そう言うが如く。
彼女が駆ける。蔵人を倒す為に。
この試合を終わらせる為に。一直線に。
蔵人は、盾を張り巡らせる為に両手を開く。
だが結局、盾は蔵人を守らなかった。
「「「1分!」」」
蔵人の後ろから、声が上がる。
蔵人に全てを託した、アイドル達からの声だった。
観客は首を傾げる。
1分とは何か。
もうそんなに経ったのか。
まだそんなものか。
元全日本選手相手に、1分も良く耐えた。
そんな言葉が、蔵人の耳に届くも、脳にまで届かなかった。
蔵人の頭にあったのは、ただ1つの言葉。
「長い、1分間だったな」
南部さんが、あと一歩で蔵人の懐に入る位置で急停止する。ここで止まるということは、蹴り技が来る。
蔵人は、この1分で理解した彼女の戦闘スタイルを先読みし、行動に移る。
蔵人の方から1歩、南部さんに近寄る。
「っ!」
目を見張る南部さん。
距離を詰められたことで、足技が繰り出せなくなった。そんな大胆な行動に出た蔵人を、驚いた表情で見る彼女。
だが、直ぐに無慈悲な表情に戻る。
南部さんは、急に態勢を変えて、攻撃方法を足技から拳に切り替えた。
風切り音を伴う程の、高速パンチが蔵人に迫る。
一瞬で攻撃を切替える、その戦闘センスは、やはり歴戦の戦士と言える。
彼女の一撃が、蔵人の顔面を捉える。
捉えると、思われた瞬間、
拳の軌道が、逸れた。
「なっ!」
彼女の拳は、蔵人が出した水晶盾に反らされたのだった。
その反らされた南部さんの拳をなぞるように、蔵人の拳が進み、彼女の顎へと降り注いだ。
「がぁっ!」
蔵人の拳が、南部さんの下顎を思いっきり横殴りにする。
ガキリッ
何かが砕ける音がして、南部さんは殴られた勢いのままに、地面に引き倒された。
一瞬の攻防。
殆どの観客は、余りの速さに着いていけず、何故、トドメを刺しに行った南部さんが倒れているのか分からない様子だった。
スリップ?
貧血か?
見当違いな憶測が、至る所で上がる。
しかし、それが間違いであったと直ぐに分かった。
南部さんが、ゆっくりと立ち上がる。
蔵人は既に数歩引いており、両者の間には一定の距離が生まれていた。
それでも、お互いに構えは解かない。
こちらを見る彼女の顔は、とても真剣なものに変わっていた。
理解したのだ、目の前の相手が、只者では無いと。
彼女は、プッと何かを吐き出す。
白と赤が混じったそれは、南部さんの歯だった。血にまみれた歯が、強烈な攻撃を受けた事を知らしめた。
その様子に、周りはどよめいた。
「お、おい。血を吐いたぞ!」
「違う、歯だ!」
「やられたのか?たまたま頭とかが当たっただけじゃないか?」
「そんなので全日本選手が血を流すか!カウンターだよ、カウンター!」
「私にも見ましたわ!南部選手の振り下ろしに合わせた、クロスカウンターですわ!」
「狙っていたのか?いや、流石に偶然か?」
見える人には見えていたみたいだった。
だが、誰も分かっていない事がある。それは、このクロスカウンターが完全ではなかったという事だ。
蔵人は、確かに南部さんの顎を砕きに行った。完全に決まれば、相手はそのままノックダウンだ。
だが、彼女は難なく立ち上がり、顎は健在であった。
そもそも、拳の感覚がおかしい。何かを砕いた感覚があったが、それは人の骨では無い。それはまるで、岩を剥離させた様な感覚であった。
「良い一撃だった」
南部さんが、蔵人を睨みながら声を出す。
「こちらの隙を伺い、私が大振りの攻撃を出した瞬間に合わせてカウンターを打つ。実に合理的だ。決まれば、私の負けだった」
南部さんの冷静な判断に、蔵人は首を振る。
「ですが、決まらなかった。寸前で、貴女に防御されました」
「ほう。分かったか」
そう言うと、南部さんの顔が変わった。
正確には、顔の周囲が盛り上がり、膨れた様に見えた。
それは、よく見ると肌色に近い土だった。
「あと少し速ければ、私のガードを貫けたかもな」
ソイルキネシスの防御。まるで龍鱗だなと、蔵人は笑う。
これが、蔵人のクロスカウンターの威力を減退させたのだ。
「残念だったな。中学生が相手なら、今頃審判は君の手を上げていただろう。それが仮令、全日本の選手であっても」
南部さんの構えが、再び深くなる。そして、
「相手が悪かった。そう思え、黒騎士くん」
飛び出す南部さん。
スピードが、更に上がる。
見ると、体に土を纏わせたままの状態。
蔵人の盾の様に、移動にも何らかの補正が掛かっているのだろう。
そんな状況で、
「まるで、もう終わりみたいな言い方ですな」
蔵人は、笑う。
そして、振り上げられる南部さんの足技に、己の足をぶち当て、迎撃する。
まさか止められるとは思っていなかった南部さんは、今度こそ驚きで顔を歪ませる。
「くっ!」
「まだですよ。まだ終わりでは無い」
蔵人の言葉を止めようとする様に、負けじと繰り出した高速の拳。
だが、その全ては、同じ速度で繰り出される蔵人拳で、全て撃ち落とされる。
「楽しみましょう。この試合を」
「粋がるな!」
渾身の回し蹴り。
それは、蔵人の盾に阻まれるが、一撃で盾を大きく凹ませた。
いつ崩壊してもおかしくないその水晶盾は、しかし、まだなんとか耐えている。
南部さんの蹴りが、もう一度同じ部分に突き刺さる。容赦なく繰り返されたその攻撃を、しかし、予想に反して盾は受けきった。それも、さっきと同じ様に。
「なにっ!」
つい、声を上げて驚く南部さん。
そして、直ぐに退いた。
彼女の中の常識が、これを異常と判断したのだ。
中学生の盾如きが、自分の攻撃に耐えた事に。
そして、その盾を見て、彼女は理解したようだった。
攻撃を加えた筈のその盾は、凹みが無くなっていた。
「ランパートですよ。部分的なね」
「ら、ん…?」
蔵人の種明かしに、しかし、黒騎士を知らない南部さんは困惑していた。
蔵人が咄嗟に出したのは、中央部分のみランパート構造にした水晶盾だ。これなら、製造スピードも確保しながら、Aランクの攻撃にも耐える盾となる。
南部さんが再び、突っ込んで来た。
難しいことは考えないと、頭を切り替えたのだろう。
時間との勝負である戦場で、それは酷く正しい選択だった。
悩んで、手をこまねいても、戦場では答えが出ないことが多い。
蔵人は、南部さんのムエタイを迎撃する。
高速で繰り出される南部さんの攻撃を、蔵人が見事に打ち返す。その様子を、周りの大人は困惑とした表情で眺めるばかりだった。
「全日本選手について行っている…これが、黒騎士なのか?」
「有り得ませんわ。こんな事…」
「きっと、南部選手が手を抜いているのですわ。でなければ、中学生が対等に戦える筈が」
「そんな余裕ある表情か?」
「寧ろ、彼の方が楽しそうな顔ですわ」
「だが、彼は男の子だ。Cランクの、たかがシールドだぞ?最弱のシールドが、何故こんなに…」
小難しく考える大人達を置いてけぼりに、子供達の目は、キラキラと輝いていた。
「凄いですわ」
「これがかの有名な黒騎士様なのですね」
「姉様から聞いた時は、また何時もの妄想かと思ったけど、本当だったんだ…」
「僕もクリエイトなんだけど、こんな風に出来るのかな?」
第三者がこれ程心動かされているのだから、関係者は更に凄かった。
アイドル達だ。
「すげぇ、すげぇよ!これ、勝てるんじゃね!?」
「おい!マネージャー!見てくれ、ちゃんと彼を見ておいてくれ!」
「シンくん、大丈夫、見てますから。社長にも今、電話してますから!」
「ウヒョー!凄いね今の動き。ワイヤー無しワイヤーアクションじゃん!これスタントマンも行けるっしょ、彼」
「そんな事より、応援だ。応援しよう。彼は俺達の為に戦ってくれているんだ」
「それな!マサちゃんいい事言う!流石リーダーだぜ」
「言ってないで、ほら、皆も合わせろ」
「「頑張れ!黒騎士!」」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
いつの間にか、会場中が黒騎士コールに包まれる。
その中で、蔵人は着実に、南部さんの攻撃を受けきっていた。
時に同じ拳と足で、時に盾での迎撃に、流石の元全日本選手も息が荒くなって来る。
そろそろ、流れを変える。
蔵人は、南部さんが回し蹴りを放った瞬間、その攻撃を迎撃せずに、体を逸らすだけで回避した。
今まで受けられていた南部さんは、突然の事で、ほんの僅かに体勢を崩す。
そこに、蔵人は畳み掛ける。
蔵人は、自身の体が南部さんにくっ付く位まで接近する。
ここからはムエタイ式ではない。
「インファイトだ」
元全日本選手で最高順位3位の南部さん。
「その活躍から、オリンピックにも出場したみたいだな。その時の成績は話に出んから、それ程良くなかったのか」
でも、全日本3位は凄いですよ。U18なのかU22なのかは分かりませんが、確実にU15よりも激戦区でしょう。
「その南部選手と渡り合うか。彼女が何処まで本気かは分からんがな」