16話〜これで決まりね〜
蔵人は、薄ら笑いを浮かべる武田さんに、疑念を込めた視線をぶつける。
武田さんは、蔵人がここで訓練を行っている事を前から知っている素振りである。それも、何度か訓練を見ているような。
ここでの訓練は、授業中よりも本格的な物が多い。格闘技の型だとか、ボクシングのシャドーとか。龍鱗は家でしか訓練していないが、ここでの訓練を見ているという事は、
「何が目的だ?」
こちらの、ある程度の力を把握されていると考えて良いだろう。それなのに、今になって声をかけるという事は、何かしらの意図があると思われる。
蔵人はそう考えて、どうして声をかけたのか武田さんに問う。
すると、武田さんは相変わらず蔵人を少し見下ろしながら、澄んだ声で答える。
「別に?ただ、少し悩んでいるみたいだったから。今日の先生の話を聞いたあたりから」
「おや?随分と見てくれていたんですね。俺の事を」
ずっとすまし顔の武田さんを、少しでも崩したいと思って、蔵人はワザと茶々を入れるような口調で返す。
すると、武田さんは少しムッとした顔になった。
「勘違いしないでくれる?私の異能力は、人を"見る"事が出来る能力なのよ」
見る、と言うのは、ただ目に写すというだけじゃないだろう。彼女の魔力量はCランクなのだ。その異能力も、我々のそれよりも格段に高性能な筈だ。
「見抜く力?それとも、見通す力かな?」
柳さんが透視能力を持っているから、それ系かと思って推測すると、武田さんの表情が元に戻る。
「思った通り。やっぱり貴方は、クラスのDランク連中とはレベルが違うわね」
武田さんの言葉に、蔵人は頬を引き上げる。
「ははっ。魔力が見えるのか。いや、魔力"も"見えるのか」
そう言うと、武田さんの口角が上がる。小馬鹿にしたと言うより、嬉しくて、つい顔が引っ張られるのを何とか我慢している様な。
なんだろうな、流子さんを前にしているみたいだ。子供の頃の流子さんとか、多分彼女みたいな子供だったのではと思ってしまう。
「ねぇ、巻島君。もしも君がそうしたいなら、なんだけど」
未だ笑顔が直っていない武田さんが、蔵人に近づいてこう言った。
「投票、勝たせてあげようか?」
「それでは、投票の結果、飯塚さんと…ええっと…あ〜…巻島君に決まりました拍手!」
そう言って過剰に手を叩く先生は、何処か腰が引けているようにも見える。
そんな先生の拍手に引っ張られて、義務的に拍手をするクラスの子供たち。
まばらな拍手の中、飯塚さんと蔵人は席を立って黒板に視線を送っていた。
蔵人は、この逆転劇を引き起こした張本人に視線を送る。
彼女は、相も変わらず涼しそうな顔で、黒板の結果を俯瞰していた。
少し時間を巻き戻す。
投票当日。立候補者は女子1人と、男子2人。全員Dランクであった。女子は飯塚さん。男子は加藤君と鈴木君。投票方法は、その子が出場するのに賛成の際には手を上げるというルールで、飯塚さんは29人とクラス全員が挙手。加藤君は18人。鈴木君は12人だった。
投票結果は飯塚さんと加藤君。
これで決まりという時に、再度手が上がった。
武田さんだった。
「武田さん?武田さんはCランクだから、Cランクの大会に出てくださいね」
そう先生に言われて、武田さんがかなりムスッとした表情を浮かべた。凛とした見た目とは裏腹に、プライドが随分と高いみたいだ、この子。
「違います。推薦です」
「すい、せん?」
「はい。私は、巻島君がクラス代表選手に相応しいと思います!」
それからは、クラス中が軽いパニックに陥った。
先生が何とかみんなを落ち着かせ、新たに蔵人を加えた投票を行ったところ。蔵人の賛成者は24人。上げなかったのは加藤君に近いDランク男子数人だけだった。
凄いな、カーストトップ。流石はCランク。いや、武田さんの人望が厚いのだ。
最初は「Eランクはちょっと」と渋っていた先生までもが、「そうねぇ。Eランクでも問題無いんじゃないかな~って、先生は思うんだけど~」と意見を変え始めたのだから。
かくして、蔵人は無事に選考会に出場する権利を得たのだった。
満足げな蔵人の横で、武田さんが腕組みをする。
「クラスの代表選手になっただけよ。次は校内の代表選手を決める模擬試合。負けないでよ?」
…はい。まだ戦いは始まってすらいません。
蔵人は平謝りしながら、彼女の目を盗み見る。
武田さんって、どこまで見通せるのだろうか?まさか思考まで!?
そんな怖い想像もしながら、蔵人は来週の選抜戦に向けて、より訓練に勤しもうとする。
勤しもうと思っていた、のだが。
「なんでだよ!なんでお前なんだよ!」
投票が終わってすぐ、加藤君が大声を上げながら、蔵人に突っかかってきた。
言葉は少なかったが、自分が代表選手に選ばれなかったのがおかしいと抗議している様だ。その目には、薄っすらと涙まで浮かべている。
加藤君が、蔵人に人差し指を向ける。
「魔力がEだと、出ちゃいけないんだぞ!」
そんな事は言ってない。Dランクが望ましいと言っていただけだ。Eランクが立候補者となってはいけないとは、公言していなかった。
蔵人は先生の発言を思い返す。思い返すが、反論はしない。
「Eランクだからって、出てはいけないなんて、先生は言っていなかったわよ?」
と、そこにメスを入れたのは、やはり武田さんだった。
やめてやれよ。ただでさえ、加藤君は涙目なのに、武田さんがこちらの援護に回った途端、口がキュってなっているぞ。
「それに」
おっと、まだ言うつもりか?ちょっと待ってくれ。加藤君のライフは明らかにゼロよ?
「武田さん、もう大丈夫だから」
蔵人の制止に、武田さんが一瞬こちらをねめつけたが、直ぐに加藤君に向き直って口を開く。
「それに、加藤君よりも巻島君の方が相応しいわよ。代表選手として」
「だ、なっ、…そんな事ない!」
ああ、とうとう加藤君の瞳から、涙が決壊した。でも、彼の口は止まらない。
「オレはDだ!ま、まき、まきしま、君は、いーだ!オレのほ、方が、強い」
泣きながら大声を張るもんだから、しゃっくりで言葉が途切れ途切れになっている。可哀想に。
しかし、そんな状態の加藤君に対し、武田さんは怯まない。
「そう?そんなに言うなら、試してみれば?」
「試すって?」
加藤君が喋れそうにないので、代わりに蔵人が武田さんに聞く。
「どっちが代表選手に相応しいか、勝負すればいいじゃない」
場所は変わって、放課後のグラウンド。
「2人とも、準備は良い?」
グラウンドの中央より少し端に並んで立つ蔵人と加藤君に向かって、すぐ横で2人を見下ろす武田さんが聞いてくる。
「何時でもどうぞ〜」
蔵人はヒラヒラと手を振って、軽く答える。
すると、それを不快に思ったのか、加藤君が声を荒らげる。
「何がいつでもだよ!ぜってぇボコボコにしてやる!」
加藤君からはやる気が伺えるが、ボコボコには出来ないんだけどな。だって、競技は、
「はいはい。じゃあ2人とも、位置に着いて。よーい」
徒競走だし。
「ドン!」
蔵人の横に並列していた加藤君が、一気に駆け出した。
蔵人はそれをスタートラインで見送る。
何故、勝負の種目が異能力バトルでは無いのか。それは、怪我した時のケアが出来ないからだ。
公式戦だったら優秀なサポーターの皆さんがいるので、即離脱、即回復が出来る。だが、この小学校には回復能力者がいない。なので、怪我をしないで優劣が付きやすい競技となった。
であるなら、徒競走じゃなくても良いと思うだろう。そう、徒競走にしたのには理由がある。それは、加藤君の異能力に有利な競技だからだ。
「何やってるの?」
武田さんが、一向に走り出さない蔵人を見下ろす。その顔には、早く走りなさいと全面に描かれていた。
「あ、いや、靴ひもが解けていてね」
蔵人は、靴ひもを軽く触って誤魔化す。本当は、最初から本気で走ると不味いと思った故の行動である。
加藤君が走り出した数秒後、漸く蔵人もスタートラインを踏み越えた。
100m走。グラウンドの中央円を1周する競技だ。加藤君は既に30mくらい先を走っており、最初のカーブに差し掛かっていた。
彼はチラリと後ろを見て、すぐ後ろに蔵人がいないので、更に後ろを見て、そこに蔵人が居ることが分かると、凄く嬉しそうな顔をする。
「ザァーコォー!」
あ、嬉し過ぎて飛び跳ねている。さっき泣いたカラスがなんとやらだ。
「加藤君、頑張れ!」
「楽勝だぜ!直哉君!」
応援に来たクラスのDランク男子連中からも、笑い声が聞こえる。
既に異能力を使用しているのか、足の回転速度が物凄く速い。加藤君の異能力を知らない人なら、人間ってあんなに足が回転するのかと驚く程である。
でも、蔵人は驚かない。加藤君の異能力が、加速であると知っているから。
アクセラレーション。自身の体内時計を早めることによって、あらゆる行動を高速化する事が出来る能力。高ランク能力者なら、殆ど時を止めたのと同じ効果があるのだとか。まさにザ・ワ〇ルド。クロノキネシスとの違いは、時間逆行は出来ないという所である。
加藤君の場合、自身の体内時計を1.5倍に出来るらしい。50m走のベストタイムが8秒弱と自慢していたから、100mなら15秒か?いい勝負が出来そうだ。
蔵人はいつも通り、足裏と足の腿全体、上半身の一部にも盾を貼り付ける。
さて、行くぞ。
ドンっと、蔵人の足元の土が跳ね飛ぶ。
それと同時に、蔵人の体が前へと出る。また土が跳ねる。蔵人の体も前へと飛ぶ。蔵人の体は、弾丸のように空気を切り裂いていく。遥か先を走っていた加藤君の背中が、もう目前まで迫ってきている。ゴールまでの距離は、あと半分もない。
今の蔵人の異能力なら、時速50km近くを出せる様になっていた。
「直哉君ヤバい!後ろから来てる!」
「加藤君、速く!もっと速く!!」
Dランク男子達も、蔵人の異様な速さに目を丸くし、必死に加藤君を鼓舞する。
だが、
ゴールまであと10mという所で、蔵人は加藤君と並んだ。
「くっ!そ…」
加藤君の顔は、引き攣っていた。
その顔も、次の瞬間には蔵人の後ろ側へと流れていく。
蔵人は、加藤君を抜き去ると、そのままゴールラインを飛び越えた。
地面を抉る様に止まった蔵人。振り返ると、膝に手を着いて、必死に息を吸う加藤君の姿があった。
蔵人は頭を掻く。
これでもまだ、これだけの差が出来るのか。加藤君の心が折れないように、フォローしないとな。
「ああ…足が、やり過ぎた…」
その場でうずくまり、足を抑える蔵人。
限界だった。今回はたまたま勝てたんだ。そういう風に…見えてくれないかな?
そう思っての演技であった。のだが、
「………」
加藤君は蔵人を一時睨み付けて、何も言わずに校舎の方に走って行ってしまった。
あまりに大根芝居過ぎたか?
蔵人は立ち上がり、彼を追いかけようか迷った。だが、駆け寄ろうと一歩踏み出したところで、考え直した。彼もプライドが高い方だから、今はそっとしておいた方が良いだろうと。
「はい。これで決まりね」
そんな蔵人の横で、武田さんが声を上げる。
「うちのクラスは、真木ちゃんと、巻島君が出ます。もう反対は無いわね?」
クラスの子供達を見回す武田さんの目は、何処と無く勝ち誇っているように見えた。
女子の方が強い世界なので、クラスのリーダーはほとんどが女の子です。
加えて、中学高校では、更に悪化するというのですから…。