断片~世界に限界はねぇんだぜ~
肌を焼くほどの膨大な熱量を含む太陽の元で、観客席に座る若い女性たちの肌は、赤く悲鳴を上げる。
仮令、日焼け止めクリームを塗っていたとしても、その熱量だけは伝わるようで、彼女たちの額から汗が滴る。
それでも、彼女たちは暑さを忘れたように、ただ前を向く。声を枯らして声援を叫び続ける。
彼女たちの視線の先にあるのは、広大なフィールドに青々と茂る芝生たち。彼らは夏の風に体を煽られ、小さく刈り取られたその体を僅かに揺らす。
その彼らを今、踏みつける者たちがいた。
それは、深紅の鎧を纏う少女たち。
少女たちは、ただ一直線に芝生の上を駆ける。
駆け抜ける。
その少女たちを鼓舞するかのように、マイクで拡声された大声が、彼女たちの背中を追いかける。
『止まらない!前線を突破した3人、止まりません!このまま円柱まで一直線か!?』
その声は、まるでフィールドを駆ける少女たちの思いを代弁しているかのようだった。
私たちは無敵だ。ここまで来たらもう、誰にも止められない。
そう、少女たちは思っていた。
目の前に、白銀の鎧を着た者が現れるまで。
『おおっと、ここで立ちはだかったのは、96番!Cランク、って、えええぇえええ!!』
マイクがキーンッとなるほどの大音量に、観客たちは耳を塞ぎ、実況者に非難の目を向ける。
だが、鋭い視線を向けられる彼女は、その事に気が付かない。ただ、手元の用紙に釘付けになっていた。
何故か。
それは、フィールドに立ちはだかった白銀鎧の中身が、
『男子です!96番は男子!それも、たった一人で、猛然と迫る、BランクとCランクの女子に、男子がたった一人です!』
実況の声を聴いた途端、観客席から無数の悲鳴が上がる。
無茶だ、無謀だ、少年が死んでしまう。
観客席の彼女たちは口々に喚き、ただ一人立ち尽くす男子に向かって逃げるようにと声を枯らして叫ぶ。
背丈も体格も、少女たちに比べて少年の方が上であった。それなのに何故、観客たちは青ざめるのか。最初から、少年が負ける事を当たり前と考えているのか。
それは、この世界では”男子よりも女子の方が強い”というのが常識だから。
異能力という特殊能力を、誰しも一つだけ授かるこの世界では、その異能力の種類や強さによって、その後の人生が左右されてしまう。
そして、その異能力の性能も威力も、男性に比べて女性の方が強い。
圧倒的に。
絶対的に。
だから、男性は女性には勝てない。それがこの世界の常識であった。
加えて、少年の異能力はCランク。先頭を走る少女は、その1つ上のBランクであった。
この異能力の強さを示す”ランク”が1つ違うだけで、絶望的な差となってしまう。
これは、女性同士でも言えること。
か弱い男の子が、無惨な姿と成り果ててしまう。
そう思うと、観客席の彼女達は、目を覆いたくて仕方がなかった。
そんな中でも、少年は構える。
決して、逃げない、退かない。
仮令相手が女性だとしても。自身の魔力量よりも多い存在であったとしても。男性が圧倒的に弱い立場と言われようとも。
少年は、前しか向かない。振り向かない。
「Cランクの、それも男の分際で、Bランクのあたしに勝てる訳ないんだよ!」
先頭の、深紅の鎧を纏った少女が声を発する。
その声が、少年を否定する。少年の硬い意志を、亡き者にしようと迫る。
止まる気配は、毛頭ない。
少年は、震えて動けずに、ただ少女たちに蹂躙される。
誰もがそう思った矢先。
少年は、言葉を発した。
「いいや、そんなことはない。何故なら」
何故ならと、少年は笑う。
嗤う。
「世界に限界は、ねぇんだぜ」
少年は走り出し、少女の姿を捉える。少女が繰り出してきた拳に、己が拳を振り上げる。
交じり合う、拳と拳。
その拳は、一瞬拮抗したように見えたが、やがて…。
フィールドに、金属と肉を潰した音が反響する。
その光景に響く歓声は、悲鳴か、はたまた喝采か。
この物語は、女性ばかりが膨大な魔力と強力な能力を手に入れた世界で、男性として、努力と技巧とちょっとの根性で立ち向かう、そんな少年、巻島蔵人の奮闘劇を綴った、1つの記録である。
初めまして。筆者のイノセスです。
数ある作品の中から、本書を手に取って頂きありがとうございます。
私は普段、物を書き慣れておりませんので、拙い文章で恐縮です。
誤字脱字などのご指摘を頂けたら助かります。
※文章のスペースを初期から調整しいております。読み辛い等ありましたら、感想等でお願い致します※(2024/2/3)