191話~お前、本当に黒騎士か?~
広幡様とのお見合いから、翌日。
今日は九条様の妹君、華奈子様の誕生日パーティーの日である。
彼女の本当の誕生日は、もう少し先らしいが、今日でないと華奈子様のお母様のスケジュールが合わないので、本日開催されるとの事。
聞いた話では、九条様のお母様はこれから暫く、イギリスに滞在されるのだとか。
向こうで大事な式典があると言っていたが、それってアイザック殿下が言われていた女王陛下の誕生パーティーではないだろうか?
兎に角、財閥トップの当主ともなると大変だな。
蔵人は少し、同情していた。
そんな蔵人は、明るい紺色のスーツに身を包み、髪はオールバックでガッチリ固めていた。サングラスは、胸元に潜ませるだけにしている。
今回は護衛としてではなく、参加者として出ているからね。
もっと暗い色のスーツを選ぼうとしたら、柳さんに断固拒否されてしまった。
これが最低ラインだと言われたこのスーツは、ボタンが金色で、至る所に金の刺繍が施されてしまっている。
着心地は良いが、気持ちは落ち着かない。
その蔵人の横には、白地に水色の花が彩られたワンピースに身を包んだ広幡様が寄り添っている。
昨日の様な派手さは無いが、まるで瑞々しい花束の様なお姿だ。
蔵人と広幡様は、一種の同盟を組んでいる。
こうして仲睦まじい姿を周囲に晒すことで、新たな見合い話をシャットアウトしているのだ。
とても助かる。
家柄的にも格上のご令嬢達に対し、一々話を断るのはとても忍びなかったからね。
更に、ダンスの相手も断ることも出来る。広幡様以外とは躍らないというスタンスを使えるからだ。
多少反感は買うかも知れないが、それだけ一途であると誤魔化すことも出来る。
とは言え、広幡様は分家の人間なので、いずれはもう1人とも噂を立てねばならないのだが。
でもまぁ、今回は広幡様と懇意にされている九条家のパーティーなので、そこについては先送りで良い。
今はただ、パーティーに咲く花の添え者として、目立たず花々を持ち上げるだけである。
会場の奥では、今日の主賓が鮮やかなドレスに包まれて、長女と同じコーヒーブラウンのミディアムヘアを揺らしている。
彼女が、九条華奈子様だ。髪色から、ソイル系の異能力者であることと、色の濃さからAランクであることが推し量れる。
少し勝気な吊目が、九条様の妹君であることを示しており、周囲には同年代の女の子だけでなく、男の子の姿もあった。
九条家のご淑女ともなると、自然と男性の方からアプローチを掛けるみたいだ。今も、男子の間で華奈子様を掛けた睨み合いが始まっている。
これが最上位の貴族か。流石だな。
蔵人は舌を巻く。
すると、そんな蔵人の元に、誰かが近づいてきた。
「こんにちは、黒騎士様。今日は少しお洒落をされていますのね」
ワインレッドの髪をフワリと靡かせる二条煉様が、鋭くも暖かい瞳を蔵人に向けて微笑んだ。
隣には五条君が立っていた。手なんか繋いじゃって、随分と仲良さ気だ。
「二条様、五条様。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。本日は宜しくお願い致します」
蔵人は、最敬礼の角度で2人に腰を折る。
青に近いネイビーブルーなので、ぱっと見で参加者と分かる服装だが、そのキレのあるお辞儀は、護衛なのでは?と思われてしまう程だった。
隣の広幡様も、優雅にカテーシーを決めていた。
蔵人達の様子に、二条様達は一瞬顔を見合わせ、微笑みとも苦笑いとも取れる顔をこちらに向けた。
「畏まらなくて結構よ。私達の仲じゃない」
「そうだよ!君にはサマーパーティーで凄い助けられたんだ。本当に感謝してるよ」
二条様が優しく諭してくれて、五条君が全面的に肯定してくれた。
蔵人は、恐る恐る顔を戻す。
「お役に立てたのでしたら、良かったです。私も、仲睦まじいお2人のご様子を拝見しまして、大変喜ばしく思います」
「本当に、お幸せそうで」
蔵人と広幡様が祝福すると、2人は若干顔を少し火照らせて、再び見つめ合って笑った。
青春していますね。
蔵人は、目を細めた。
2人は広幡様と2,3言葉を交わした後、名残惜しそうに卓を離れた。
他にも挨拶があるとの事だ。上流階級は忙しそうである。
蔵人も広幡様に誘われて、挨拶の列が短くなった九条家への挨拶に行こうとした。
持っていたグラスを空けて、先導してくれる広幡様の背中を追おうとする。
だが、そんな時、
「お前が黒騎士か?」
蔵人の後ろから、声が掛かった。
振り返ると、そこには少年が立っていた。
黒髪黒目。背丈は蔵人より頭半分ほど低く、あどけない顔は彼が年下であることを示している。
蔵人は立ち止まり、再び腰を折る。
「巻島蔵人と申します。黒騎士と呼ばれる事も、ままあります」
「俺は透矢だ。一条透矢。お前と話がしたい」
一条…一条家。九条家に並ぶ財閥。
いや、九条家以上と言われる名家中の名家だ。
主に、政界に多くの人材を送り出しており、日本の舵取りを行っている家と表現される一族だ。
それ程の最上位貴族の子供なだけあって、言葉だけを聞いたら滅茶苦茶偉そうにも思える。
もしかしたら年上なのかも知れないが、そうだったとしても、初対面の人間に敬語も使わないのはどうかと思う人もいるだろう。
だが、格式高い貴族や皇族は、下々の者に対して下手に出てはいけないルールの様な物がある。
身分と言うものを、高圧的な言葉や態度をもって分からせる風潮がどこの世界にもあり、それが貴族のマナーなのだ。
だが、彼の言い方は、どこか高圧的とは言えなかった。
抑揚の無いその物言いと、何処を映しているのか分からないその瞳は、蔵人を不安にさせた。
「お会いできて光栄です。一条様」
蔵人は頭を上げて、目礼をしながらそう答える。
一条様は、そんな社交挨拶など、どうでもいいと言うように、蔵人から視線を外さない。
じっと、ただじっと、蔵人を見る一条様。
その瞳が、蔵人の内面を見透かそうとしているみたいだ。
堪らず、蔵人から問う。
「お話とは、如何様なものでしょうか?」
「お前、本当に黒騎士か?」
蔵人の問に、しかし一条様は疑問を投げ返す。
この子、言葉のキャッチボールをしようとしないな。
仕方なく、蔵人はミットを構えるだけにする。
「本物の巻島蔵人か?と言うご質問でしたら、肯定致します」
「そうか。随分と違って見えたが」
違う?何がです?
蔵人は、少年の言葉に惹かれた。
この子には、この子の深い瞳には、一体何が見えているのか。
そう思っていると、別の声が割り込んできた。
「透矢様!こんな所で何をなさっておいでですか!早く華奈子様への挨拶に行きませんと」
黒スーツ姿で栗毛を後ろに纏めた女性が、一条様の側まで寄ると、背中を押すようにして彼を促す。
一条様は、その時初めて感情を顔に出した。
…凄くうるさそうに顔を顰めて、その護衛らしき人に連れられて行った。
去っていく彼女達の会話が聞こえる。
「あんな者と会話される必要はございません。今日は九条家ご令嬢のお誕生日ですよ?」
「あんな者ではない。黒騎士だ」
「黒か白か存じ上げませんが、あれは下級貴族です。坊っちゃまには相応しくない下民にございます」
「黒騎士は強いらしいぞ?」
「分かりましたから、少しお色直しをしてから行きましょう」
「…面倒だ」
2人はいそいそと会場から出て行った。
下級貴族なんて言われてしまったが、俺は殆ど一般人なんだがな。
蔵人は小さく、ため息をつく。
巻島本家ですら、この場には呼ばれない程度の家柄なのだ。
ましてや一般人である蔵人に対し、分不相応と言った一条様の護衛は、常識的であると蔵人は思っていた。
「蔵人様!すみません、大丈夫でしたか?」
広幡様が慌てて戻って来られた。
大丈夫ですよ?ご心配かけました。
蔵人は会場から出ていく一条様を目で捉え、顎を摩る。
「一条様とお話させて頂きましたが、不思議な方ですね」
「透矢様ですね。とても優秀な方で、天隆中等部の推薦を既にお持ちと聞いております」
「おや、それは素晴らしい」
という事は、彼は小学6年生か。
海麗先輩も、既に桜城高等部の推薦を持っていると聞いているので、きっと魔力ランクも高いのだろう。
流石は、天下の一条家だ。
そう思っていると、会場がザワつきだした。
その中心は、会場に設置された特別ステージ。そこに並ぶ数人の男子によるものらしかった。
何処かで見た気がした蔵人は、その同い年位の少年達を見詰めた。
みんなキラキラの衣装を着飾っており、一段高くなっているステージで飛んだり跳ねたりしている。
まるで、何処かの男性アイドルみたいだ。
マイクを持った1人が、大きく手を振る。
『こんにちはー!ステップステップ・プレストのマサです!』
ステップステップ?はて、何処かで聞いた気が…。
蔵人が首を傾げていると、広幡様が教えてくれた。
ステップステップ。有名な男子アイドルユニットの一つである。
彼らプレストは、その幾つかあるユニットの1つで、誕生日の為に華奈子様が呼んだのだとか。
娘の誕生日にアイドルを呼ぶとか、流石は九条家。
彼らは何曲か歌って踊って、壇上で華奈子様から花束を貰い、降壇した。
歌っている最中、一部のご令嬢はステージに釘付けであり、ご令嬢の中にもファンが居るようだ。
その中でも、華奈子様は筋金入りみたいで、壇上で花束を渡す時も顔が真っ赤で、今でもステップステップのメンバーと話し込んでいる。
その顔は、夢見る乙女の顔だ。
うっとりと、熱に浮かされた様な顔で。
うん。ああ、えっと…。
そういう事、なのか?
蔵人は、ちょっと危機感を覚えて、急いで思考を止めた。
財閥トップがアイドルにご執心?それって、九条家的に大丈夫なのか?
蔵人の心配を他所に、華奈子様は楽しそうにメンバーの1人に話しかけていた。ウルフカット風にしたちょっとヤンチャ系の男の子だ。
シン君と言うらしい。
あの子が推しの子なのかな?しかし、どの子も偉いイケメンだ。特区で男性ユニットを組むだけでも注目されるだろうに、更にこの美貌なら貴族連中も黙っていないだろう。
そんな風に、蔵人が呑気に分析をしていると、華奈子様の周りには徐々に子供達が集まり出す。
ご令嬢たちはアイドル目当てだが、ご子息達は明らかに不満そうな顔で、華奈子様を見ている。
これは、一波乱あるかもな。
蔵人は広幡様とアイコンタクトを取り、2人急いで子供達の元へ向かう。
「華奈子様!そんな庶民なんか相手しないで、僕とおしゃべりしてください!」
1人の男の子が、愕然とした顔で華奈子様を見ている。
その男の子の周りの子達も、少し険しい顔で華奈子様とシン君を見比べている。
広幡様曰く、普段、華奈子様と仲良くされている男子達らしい。
そして、先頭で言い寄っているのは、特に仲良くされているらしい木下君。
彼の家は、九条家の寄子なのだとか。
つまり、華奈子様の婚約者候補という事か。
ん~。余計に不味い展開だ。
流石にそれは、華奈子様も不味いと思ったのか、シン君と少し距離を置いた。
「優馬さん、これはそういう事では無くてですね…」
言葉を濁す華奈子様に対し、木下君は手を突き出す。
「では、僕の手を取って下さい。僕はBランクなんですよ!?」
「えっと…」
そこで手を取れば良かったのに、華奈子様は何を血迷ったのか、シン君に視線を向けてしまった。
顔を青くする、シン君。
小さく首を振る、広幡様。
天井を見上げる、蔵人。
南無三。
心でお経を上げる蔵人の目の前で、事態は進んで行く。
ビシッと、顔を赤くした木下君が指を振り下ろし、アイドルの子に突き付ける。
「お前!お前なんか、直ぐに消せるんだ!お母様に言い付けて、テレビから消してやる!」
すんごい事を言う木下君。
別に、嘘では無いのだろう。
アイドルの人生なんて、気分次第でどうとでも転がせる人達の子供が集まっている。
その証拠に、指を指されたアイドルは勿論。それ以外のメンバーも顔を青くする。
謝れ、兎に角謝れと言う声が、彼らの中から囁かれる。
その囁きを、止める声が上がった。
「ノブルスだ」
静かな声。
なのにその一言で、会場がシンっと静まり返る。
言葉に力が有るんじゃない。言葉を発した人間に力が有るのだ。
一条様が、木下君の前に出る。
「そのような事、ノブルスで決めればいい。木下と言ったか?お前は誰を出す」
ノブルスする前提で話を進める一条様。
相変わらず、自由な方だ。
木下君が、オドオドした様子で答える。
「ぼ、僕は、今日は、そんな強い護衛を連れて来て無くて…あ、あの、5分程待って頂けたら、家から呼んで」
「では俺のを貸す。南部、仕事だ」
有無を言わさぬ一条様。木下君はスゴスゴと下がっていく。
代わるように出てきたのは、先程の護衛。
ヤレヤレと頭を振っている。
「言い出したら聞きませんね、坊っちゃまは」
一条様は、その何も映さない瞳で、シン君を見る。
「貴様はどうする?代理を立てるか?」
「お待ち下さい!代理なら、我が家から!」
華奈子様が声を上げるが、その様子を見た周りの大人達がザワつく。
その理由は、
「それは、九条家が肩入れすると言うことか?その男に、何かあると言うのか?」
一条様の指摘に、華奈子様も苦しい表情になる。
つまり、なんの縁も無いアイドルに対し、九条家から代理を出すと言うことは、華奈子様がアイドルに少なくない思いがあると取られてしまう。
それが真実だろうが、身分が違いすぎる。
下手に騒ぐとスキャンダルとなるのが目に見えているので、華奈子様も引き下がるしか無かった。
だが、そうなると、アイドル達が代理を出すなんて出来ないだろう。
他の家のお嬢様達だって、同じ状況なのだ。
男の子達なら大丈夫だろうけど、みんな木下君寄りみたいである。
さて、どうするつもりなのかと蔵人が見ていると…。
一条様と目が合った。
気の所為かとも思ったが、一向に視線を逸らさない一条様。
あっ。嵌められた。
蔵人は肩を落とし、直ぐに肩を上げ、気持ちを立て直す。
どういうつもりか分からないが、一条様の茶番に付き合うとしよう。
「その大役、私にお任せ頂きたく」
蔵人の声に、会場中の視線が注がれる。
アイドルの子達が、驚きと戸惑いの視線を蔵人に向け、広幡様は黒い笑みを浮かべていた。
勝てると思われているのかも知れませんけど、分かりませんよ?
蔵人は前に出る。アイドルメンバーを一条様から隠す様に、南部さんと対峙する位置で止まる。
「巻島蔵人と申します。シン様の代理で、お話をお受けさせて頂きたく存じます」
蔵人の名前が出た途端、大人達のザワめきが大きくなる。
「巻島蔵人…巻島家の至宝か」
「招かれていたのか。その隣の子は、広幡朝陽様?」
「広幡家か。九条グループとも繋がりが深いからな。朝陽様が出てくるのは分かる。でも、という事は巻島家の至宝はあの子の…?」
「きっとそうでしょう。ああ、娘になんて言えば良いのかしら…」
「それより、彼は中学生と言う話ではなかったか?相手は”あの”南部澄香だ。大丈夫なのか?噂は聞いているが、中学生が相手出来るとは思えんぞ」
「それも男子だ。男子が大人の女性と試合をするなど…いや、試合すら成り立たない」
「大丈夫ですよ。ここにはBランクのクロノキネシスも居ますので、1時間なら巻き戻せますわ」
「だとしてもねぇ。問題にならないかい?大人と子供だ。それに、相手は男の子だ。男性権利主義者達が黙っていないだろう」
「問題なかろう。一条家が間に入るなら、何があっても揉み消してくれる」
「確かに、そうだが…」
不安で顔色を青白させる観衆達。
その様子を全く気にせず、一条様は淡々と告げる。
「黒騎士か。良いだろう。お前をそいつらの代理人と認める。準備しろ」
準備しろと言われ、とりあえず蔵人は舞台裏でスーツの上着とワイシャツを脱ぐ。下着はクールテックの長袖だ。
このスーツは柳さんのカードに火を吹かせて買っているので、破いたりしたら大変だ。
前回のサマパでは一張羅が焦げて、柳さんに白目を剥かせてしまった。その反省を生かさねば。
脱いだ服をどうするか迷っていると、アイドルの子達がいそいそとやって来て、蔵人が脱いだ2着ともを腕に抱えてくれる。
「あの、そのカッコで出るんですか?」
マサ君が、心配そうに蔵人を見る。
そう言われても、着替えは無いからどうしようもない。
蔵人は、口をへの字にして頷く。
そうすると、シン君が1枚のTシャツを取り出した。
「もし良かったら、これ使ってくれないか?俺の予備だけど、そのままのカッコは恥ずかしいだろ?」
そう言われても、蔵人は全く恥ずかしいとは思っていなかった。
大きくなり始めた筋肉達が、インナー越しでも少しづつ主張を始めている。
ぱわーっ!
「ありがとうございます。助かります」
しかし、蔵人は笑顔でその提案を受ける。
折角の好意だ、有難く受け取ろう。
彼らは、蔵人に大きな恩を感じている。蔵人の頑張り次第で、彼らの未来が決まるから。
故に、彼らは少しでも蔵人の役に立ちたいと考えている。それ故の行動であり、先程の提案だ。
ならば、もう少し無理を聞いてくれるかな?
蔵人は少し頭を下げながら要求する。
「あと、出来たらズボンも貸して欲しいんですが」
ズボンの下はパンツ一丁である。冬場なら股引ならぬヒートテックを着るのもありだが、流石に残暑厳しい今は無理であった。
そう思って要求した蔵人の前に、すぐさま突き出された3本のズボン。
「これを使ってくれ」
「いやいや、そんな動き辛いのじゃなくて、俺のが良いって」
「それなら僕のが良い。何せ、同じくらいの身長だからね。これで決まり」
みんな鮮やかな色のジャージを渡して来るが、背格好で言うなら最後に出された黄色のジャージが1番だ。色はあれだが、戦闘で大事なのは動きやすさである。
そう思って履いたズボンだったが、何故か少し長い。
分かっているよ。何故かじゃない。背丈は一緒でも、足の長さが違うんだ。
流石アイドル。足の長さまでイケメンだ。
蔵人が5人を見ると、全員顔を逸らした。
良いよ。笑えよ。
蔵人は、突き出してくれていた別のズボンを選び直す。
今度はバッチリだ。色も青なので、まだマシだ。
俺よりも少し背の低い君。君も俺と違う人種なのだな。
「皆さん、ありがとうございました。では、行ってきます」
蔵人は軽く頭を下げた後、くるりと体を返し、異能力者たちが作り上げた決戦場に向かう。
「が、頑張って!」
「済まない。よろしく頼む」
「むちゃ、しないでね!」
「勝てないのは仕方ないからな!」
「ヤバくなったら逃げろよ!俺達も逃げる準備してるぞ!」
蔵人の後ろ姿に、5人が声を掛ける。
誰も蔵人の勝利を願わないのは、それが現実だから。
圧倒的不利な状況が覆る。そんなものは奇跡であり、奇跡は起こらないから奇跡だと分かっている。
まだ子供と言える彼らですら、夢を描けなくなってしまっている事に、蔵人の心は少し重さを感じる。
いや、彼らはアイドルだ。言わば既に社会に出ている社会人。そんな彼らは、社会を知っている。知ってしまっている。
だから、夢を見ない。夢を見せる彼ら自身が、夢を見れない。
ならば、
「期待していて下さいね」
蔵人は振り返らずに、腕を上げる。
力こぶが、隆起する。
「いい夢を、お魅せしましょう」
子供達に夢を見せる事こそ、大人の役割だろう。
はい。
え~…。見事にフラグ回収です。
「前回も今回もノブルスとは、貴族はノブルスが好きだな」
好きと言いますか、手軽な解決方法なのでしょうね。
お互いに引けない時に、異能力で決める。代理が立てられるなら気軽に出来ますし。