190話〜ですが、お気をつけ下さい〜
セクション部の練習に参加して、シングル部の風早先輩に目を付けられた次の日。
蔵人は、いつも通り早朝練習を行っていた。
だが、今日はユニゾンの練習は程々に、2人に協力してもらってシングル戦の練習もしていた。
それと言うのも、今週の日曜日に大会があるからだ。
その名も〈つくば大会〉
なんと地元近くで開かれる大会から、黒騎士宛に招待状が届いたのだ。
差出人は大会の主催者から。
何処で聞きつけてきたかは知らないが、地元に話題の選手が居るならばと、送ってきたのだろう。
大会の規模としては、MINATOシティー大会よりも小さく、Aランク戦は執り行われない。
その代わり、Dランク戦が行われる。
つくば市は特別地域とそうでない地域が隣接しているからね。特区の中では、Cランク以上とDランク以下が行き来しやすいのだ。
蔵人はここで、Cランク戦にエントリーされている。招待状だから、観戦チケットだけなのかと思ったが、しっかりと選手としても登録出来た。
そのことを慶太に言うと、彼も当日応援に行きたいと言ってくれた。
それ自体は有難いのだが、慶太のお仲間も誘ってくると言っていたので、ハーレムメンバーが問題を起こさないように注意しておいた。
慶太が不思議そうな顔をしていたが、大丈夫だろうか?
そうして、朝練が終わって教室に戻ろうとした蔵人の元に、煌びやかな女子生徒の集団が迫って来ていた。
髪色が明るく、リボンは真っ赤なレッドナイト。
これは、ランク派の人達だな。
蔵人はそそくさと、廊下の壁際に寄って頭を下げる。
高貴な奴らは、こうしてやり過ごすに限る。
そう思った蔵人の思いを察したが如く、高貴なレッドナイト集団が蔵人の前で止まった。
おいおい。もめ事は勘弁してくれよ…。
流石の蔵人も、伏せた顔を歪めてしまった。
そんな蔵人に、声が掛かる。
「お探ししておりましたわ。お義兄様」
その声で、蔵人は顔を上げる。
そこには、金髪を見事なドリルに仕立てていらっしゃる九条様がいらっしゃった。
ランク派ではなかったか。
蔵人は目を軽く開く。
「九条様。貴女様から足を運ばれるとは、何かありましたでしょうか?」
頼人関係で、何か良からぬトラブルでもあったのか?
蔵人が気を揉んでいると、九条様は一通の封筒を差し出して来た。
淵が金色で刺しゅうされた、ゴージャス感あふれる封筒だ。表紙には〈招待状〉の文字が。
またもや招待状。今度は何に招待状されるのだ?
蔵人の疑問に、九条様が答えて下さる。
「来週、私の妹、華奈子の誕生日がございますの。もしよろしければ、お義兄様もいらして頂けませんこと?」
なんと、九条様はお姉様だけでなく、妹君もいらっしゃったのか。
これは、断ることは出来ない。
でも、
「大変ありがたいお話ですが、これは頼人もご招待頂いている事なのでしょうか?もしそうでしたら、私は護衛として参加させて頂きたく思います」
「いえ、頼人様はご用事があり、今回は見送るとお聞きしております」
そうか。頼人は来ないのか。
では、何故俺にお声をお掛け頂いたのだろうか?
蔵人が不思議に思っていると、九条様は意味深に笑みを作られた。
「ですが、広幡様はいらっしゃるそうですよ?是非ともお義兄様をエスコート差し上げたいと申しておりました」
「そうでしたか」
頷く蔵人だったが、内心では釈然としない。
九条様と広幡様の中が良好なのは、前回のサマーパーティーで理解している。なので、妹君の誕生日に出席するのは不思議じゃない。
だが、どうしてそれで、自分が呼ばれるのかが不明だ。
広幡様との間に、特別な関係なんて無い…。
蔵人が目を少し開くと、それを見て九条様がしたり顔をされる。
「お義兄様。妹の誕生日は今週の土曜日です。その前日の金曜日、朝陽様から大事なお話があると聞いております。是非とも、色よいお返事をお聞かせください」
そう言って、九条様は取り巻きさん達と一緒に、教室へと向かわれた。
残された蔵人は、手紙に視線を落とす。
今週の金曜日は祝日だ。
そんな休日に、広幡様から頂く大事な話なんて、お見合いの話しかないだろう。
蔵人は廊下の隅に寄り、携帯を取り出す。
コールが鳴るかならないかぐらいで、直ぐに相手は出てくれた。
「朝早くからすみません、流子さん。今週の金曜日なんですけど…」
蔵人がそう切り出すと、向こうから『流石ね』と、謎の評価を頂いてしまった。
やはり、そういう話でしたか。
蔵人は、大会前に大変なイベントが入ってしまったと、肩を落とした。
そして、お見合い当日となる。
場所は日本屈指の超高級料亭。見た目が大屋敷であり、通された純和室からは見事な日本庭園が見える。
参加者は、蔵人と流子さんの夫、巻島彰男さん。対する相手方は、広幡朝陽さんと、お父さんの広幡光輝さん。
こういう席では、やはりお父さんが親族として同席するのが常識なのか。はたまた、お母さんはお仕事で忙しいのか。
お見合いは、お父さん達がお互いの家や当人たちの話で無難に繋ぎながら、時折こちらに話を振って、同じく無難に打ち返す無為なラリーを繰り返して、時間を喰い潰していた。
これに何の意味があるのだろうか。
互いを知らない者同士であれば、会話の糸口を見つけるための前準備と理解できるのだが、生憎と広幡様とは面識がある。
向こうも飽きてしまった様で、小さくあくびをかみ殺していた。
あっ、目が合ってしまった。
恥ずかしそうに微笑まれている。
今日の広幡様は、真っ赤なお着物を召されている。袖に白い鶴の絵が入っており、とても縁起の良い絵柄だ。
彼女の黒髪と相まって、清楚でありながら芯の強さを際立たせている。
蔵人も軽く微笑む。
お互い大変ですね、と。
その2人の様子に気付いたのか、広幡お父さんが苦笑いを浮かべる。
「申し訳ない。ついつい、話し込んでしまいましたな」
「分かりますよ。普段こうして、同性と話し合う事なんてなかなかありませんから」
「全くです。お互いに、大変な世界に踏み込んでしまいましたな」
再び、お父さん達が苦労話に花咲かせようとしている。
これは、不味いな。
蔵人は、彰夫さんに許可を取って、朝陽様と共に日本庭園の方へと逃げる。
脱出した部屋では、2人のお父さん達が楽しそうに談笑している。
特区は男性が少なく、家に入った男性は特にそれが顕著なのだろう。
家族以外の男性と中々会う機会がなく、独り寂しい時間を過ごしていたようだ。
それ故に、いつも寡黙な彰夫さんですら、目を輝かせて話に耽っているのだ。
それは良いんだけど、この会の趣旨を考えて欲しいものだ。
蔵人が、後ろを振り返り呆れていると、朝陽様もそちらを見て、クスリっと笑みを零した。
「お父様達、とても楽しそうに話されていますね」
「ええ、本当に。彰夫さんが、あれほど楽しそうな姿は初めて見ましたよ」
「私もです。普段父は、何処か窮屈そうで、私が居ないと部屋からも殆ど出て来ませんから」
おや、それはなかなか大変な状態だな。
きっと、朝陽様に対しては心を開いているのだろう。実の娘だ。それに、彼女はサポート系の異能力者らしいので、余計に接しやすい。
蔵人は笑みを引っ込め、真面目な顔を朝陽様に向ける。
「広幡様。本日はこのような機会を開いて頂き、ありがとうございます。ですが…」
「蔵人様。少々お待ちになってください」
蔵人がお見合いの結果を出す前に、朝陽様がそれを止めた。
「この会は別に、蔵人様のお気持ちを固めてもらう為の物ではございません。蔵人様との仲を、周りに示すための物とお考えいただけたら十分ですわ」
「それは…私にとっても有難く思います。ですがそれでは…」
「蔵人様。それで良いのです。サマーパーティーの時も申しましたが、貴方様を阻むような事は致しません。貴方様が進む道が少しでも見えやすいように、要らぬ火の粉を払って差し上げているだけです」
大量に舞い込んできたお見合いの数々。それを躱すために、今考えているという姿を見せるためのお見合い。
それを、朝陽様もご理解下さっていた。
有難い事だが、何時までも甘えている訳にはいかないだろう。
早急に、何かしらの答えを出さねばなるまい。
早急に、この世界での活動見込みを立てねば。
「ところで、蔵人様」
考え込んでいる蔵人の脳みそに、朝陽様の声が浸透する。
「学校生活の方は如何でしょう?不自由なくお過ごし頂いていますか?」
「ええ。ああ、そうでした。広幡様に感謝申し上げねばと思っていた所です」
「感謝ですか?」
「はい。貴女様が設立された、私のファンクラブのメンバーが助力してくれたのです。お陰で、私はホームルームに遅れずに済みました。ありがとうございます」
そう言うと、朝陽様は小さく首を振った。
「確かに、設立は私の一声でした。ですが、貴方様の人気であれば、出来るのは時間の問題でした。それに、蔵人様を守ったのは、メンバーの自由意志ですわ」
「それでも、広幡様に救われたのは事実です」
そう言って朝陽様をジッと見ると、彼女は困った様に微笑まれた。
「なかなかに意思がお強いですわね、蔵人様」
「済みません。根が頑固なもので」
「いいえ。それも蔵人様の魅力であると思います。ですが、お気をつけ下さい。お強い貴方様を妬む者もいますので」
「それは、高ランクの方ですか?」
桜城シングル部のランク派閥は、明らかに敵視して来ている。
今まで胡座をかいていた思想、魔力絶対主義が揺らごうとしているのだ。その原因である蔵人を排除しようとするのは当然。
そう思ったが、朝陽様は頷いてはくれなかった。
「誰かまでは分かりません。ですが、ファンクラブに苦言を呈する者も居ない訳ではありません。恐らくは、蔵人様がCランクと言うだけでなく、男性である事も一因かと」
なるほど。
確か、晴明の妖狐さんも、同じような理由で桜城を嫌っていた。
魔力絶対主義者だけでなく、そう言った人達も注意せねばならんのか。
本当に、低ランクの男には厳しい世界だ。
蔵人が考え込んでいると、朝陽様は少し明るい声を上げられた。
「ご心配要りませんわ、蔵人様。貴方様が太陽の様に煌めき、活躍されれば、その様な小さな影は消えてしまいます。異能力の世界で。そして、社交界で」
「社交界…と申されますと、明日の事でしょうか?」
蔵人がおずおずと聞くと、朝陽様は優雅に頷く。
「貴族社会で活躍されれば、大きな後ろ盾を得られます。それは時に、大衆の力よりも強くなります」
なるほど。それも一理ある。
権力者の覚えを良くしておけば、いざと言う時に助力を願えるかもしれない。
諸刃の剣ではあるがね。保険は多いに越したことはない。
「広幡様の仰る通りかと思います」
「では、蔵人様。明日は是非、私と共に参加して下さいませ」
「そ、それは、広幡様の護衛として、でしょうか?」
「いいえ。私のパートナーとしてですわ」
参加者は嫌だなぁ…。
蔵人が、どう断ろうかと思案していると、朝陽様の黒い瞳が、こちらを向いた。
「蔵人様。これは大きなチャンスですわ。九条華奈子様のお誕生日には、多くの権力者がいらっしゃいます。そこで、私と共に参加したら」
な、なるほど。
蔵人は納得する。
朝陽様と婚約をしていなくても、共にパーティーに参加したら、婚約したのではと噂が立つ。
その噂が広まってくれたら、見合い話の土砂降りから守ってくれる傘になるだろう。
「分かりました。広幡様のご好意に甘えさせて頂きたく思います」
上手いこと誘導されたな。
蔵人は苦笑いを浮かべる。
きっと彼女の頭の中では、既にこの会話が出来た状態でお見合いをスタートしていたのだろう。
その証拠に、
「はい。明日は楽しみましょう。蔵人様」
彼女の笑みには、林間学校で見た黒い笑みが浮かんでいた。
広幡様にとっても、このお見合いで周囲に知らしめたかったのでしょうね。
「先手を打っているぞ、とな」
明日は誕生日会みたいですが、何も起きなければいいですね。
「それはフラグか?」