188話~あっ、そっか!勝負にもならないね!~
「セクション部に兼部してくれない?」
突然の勧誘。
蔵人は、南先生の顔をマジマジと見つめる。
緊張して、唇を舐める先生。
蔵人は、一瞬考える。
確かに、セクション部もシングル部と同様に、1度入部を断られた部活だ。
だが、そんな事はどうとも思っていない。
あの時は俺の実力も未知。経歴や性別で見られるのは仕方ないだろう。
それなのに、ロクな実績も持たずに挑んだこちらが悪い。
だから、もう一度チャンスを貰えると言うのなら…。
蔵人は顔を上げ、南先生を見る。
「とても有難いお申し出ですが、お断りさせて頂きます」
拒否する。
先生は、あまり動揺していなさそうだ。
「やはりダメね。いえ、分かっているわ。シングル部に先を越されたのは知っているし、君は1度、セクション部の入部申請をしてくれていて、断ったのは私達だもの。今更どの面を…」
「先生。僕はその時の事を、何とも思っていませんよ?」
蔵人は、先生の言葉をぶった斬る。
このままだと、どんどん負の方向に行きそうだったから。
先生は、「へぇ?」と一瞬呆けて、慌てて顔を整える。
「じゃ、じゃあ!一体何が気になって…」
「1番は時期です」
セクション部は、来月にも大きな大会が控えている。ファランクスで言うビッグゲームが、もう間もなく開催されるのだ。
そんな中、蔵人の様な異物を入れたらどうなるか。
シングル部でも議論された事だからね。セクション部にまで敵を作りたくない。
南先生はビッグゲームでの蔵人を見ている。
Aランクを単独で退け、Sランク相当のユニゾンを突破した蔵人を、彼女はただの賑やかしで終わらせはしない。
十中八九、選手にする。
それでは入れない。
今は。
「秋の大会が終わった後で、練習にだけ参加させていただく形での兼部という事でしたら、お受け致します」
「練習だけ?」
「はい。流石に、夏のビッグゲームと冬の全日本がありますから、秋のスーパースターまでは参加出来ません。なので、練習だけという形を取らせていただきたく思います」
「わ、分かったわ。それでも十分よ」
「ありがとうございます。ただ、あくまでファランクス部とシングル部を優先させて頂きますが」
蔵人の申し出に、先生は嬉しそうに蔵人の手を取り…取らずに、また悩ましそうな顔で地面を見つめた。
「ああ、でも、そうするとなぁ…」
「……いかが致しました?」
めっちゃ聞いて欲しい感じを出す先生に、蔵人は内心でため息を吐きながら、表層は至って平然と話を促す。
先生は表情を緩めて、それに乗る。
「いえ、ね。今日のセクションの練習を、巻島君に少し手伝って欲しかったのだけれど…」
お手伝い。ファランクス部の様に、盾役などの練習台を所望されているのかな?
「時間を決めて頂けるのでしたら、お手伝いしましょうか?」
ファランクス部の自主練もあるので、ずっとセクション部に掛かり切る事は出来ないが、ピンポイントの時間だけ顔を出すのは可能だろう。
なんせ、相手は大事な大会を控える身。いろいろな練習を望んでいる筈。
色々と融通させてもらうのだから、こういう要望は応えた方が良いだろう。
蔵人が快諾すると、今度こそ嬉しそうに手を取る南先生だった。
セクション部が望む練習は、ファランクス部で言うパートごとに別れて行う練習である。
と、話を受けた時の蔵人は思っていた。
だが、実際は、
「うわぁ!一軍が揃うの久しぶりじゃん」
「マジでこの5人で闘っていいの?」
セクション部訓練棟の隣にある、屋外フィールド。
そこで喜ぶのは、5人の少女達。
全員がAランクの異能力者で、内3人はシングル部が本命の兼部者と聞いている。
そう言えば、先日シングル部に赴いた時にも居た気がする。
実力派の方に居なかったから、しっかりと顔は覚えていないが。
彼女達は、大会が近いという事で、今日だけセクション部の練習に合流したと聞いている。
そのAランク達の目線が、蔵人達の方に向けられる。
「でもさ、相手って2軍の子でしょ?」
「Bランクチームだね。1人違うの居るけど」
「あれでしょ?今話題の黒騎士君。強いとか聞くけど、Cランクの男子とか足手まといでしかないよ」
蔵人の方に向く視線が、明らかに悪意を持った物ばかりであった。
シングル部が3人も居るからね。敵意剥き出しである。
彼女達の発言で何となく分かるかもしれないが、蔵人は今から、この目の前の5人と戦う。
所謂、模擬戦という奴だ。
蔵人のチームはBランクのセクションチーム。Aランクチームは二軍と言っているけれど、ちゃんとしたBランク戦の正規メンバーだ。
その内1人と入れ替わりでチーム入りした蔵人であった。
「南先生!さーがそっちのチーム行った方がいいんじゃん?黒光り君と交代でさ。それでちょうど良いでしょ?」
相手チームの1人が、得意げに声を上げる。
まるで小学生くらいの、小さな子だ。
何処かで聞いたような声だけど…。
あれかな?先日1年生達の練習内容を勝手に変えたって怒っていた子かな?あの時の事を根に持っているのかもしれないな。
「いやいや、咲々良。お荷物がこっち来ても、あたしらの方が強いって。だって相手全員Bランクだよ?」
「あっ、そっか!勝負にもならないね!」
何が可笑しかったのか、大笑いするAランク達。
彼女達は、Aランクと言う絶対の自信がある為、BCランクの混合チームには負けるはずがないと思っているのだろう。
まぁ、楽しんでいるのなら、放っておいても問題は無い。
問題なのは、蔵人が振り分けられたチームである。
「……はぁ…」
「…最悪だぁ…」
どんよりとしている。
向こうが快晴なら、こちらは曇天。雨が降り出す直前といった所であろう。
Aランク5人を相手に、こちらは全員Bランクで挑まねばならないのだ。
例えるなら、サッカーで小学生チームが、高校生全国レベルのチームと戦う様なものだろうか。
しかも、蔵人と言う不安要素も抱えている。
「ごめんね、黒騎士君。こんなことに巻き込んで」
「なるべく頑張るけどさ。Aランクが近づいてきたら、私達に構わず直ぐ降参して良いからね?」
「降参のやり方分かる?ファランクス部もやり方同じって聞いているんだけど…」
彼女達からしても、蔵人はファランクス部のお飾りと思われている模様。
蔵人は、彼女達に「大丈夫ですよ。ありがとうございます」とお礼を言って、彼女達を少しでも安心させる。
そんな彼女達に、南先生が作戦を指示し始めた。
先生は今回、Bランクチームのセコンドだ。向こうにセコンドは誰も着いていない。せめてものハンデという事か。
「巻島君は、開始と同時に1番の子を狙って」
「了解です」
蔵人は、先生のオーダーを聴きながらフィールドに目を向ける。
シングル部員と共に来た朽木先生が地面に手を着くと、平坦だった地面が隆起し、やがて迷路の様な土の山が幾つも生まれる。
土壁の高さは、見上げるより高いから3mくらいかな?広さはファランクスのフィールドと同じくらいとの事。
サバゲーでも出来そうな盤面だ。
「南先生!戦場はこのくらいで良いですか?」
「朽木先生!十分です!ありがとうございます!」
「何時でも任せて下さい!」
南先生の労いに、朽木先生がガッツポーズをする。
うん。凄いですよ先生。流石はAランクです。
蔵人達は早速配置に着く。フィールドの端の方だ。
Aランクチームは対面となる向こうの端に配置されているらしい。
そう聞いているが、隆起した山が3mくらいの高さがあるので、フィールドの様子がまるで分からない。
分かるのは、空を飛んでいる選手だけ。
飛んでいる彼女は指令役と呼ばれ、チームに1人は置かねばならない偵察兵だ。
彼女が空から周辺の様子を伝え、部隊を動かす。
これが、セクション戦で扱われる主流の戦い方との事。
まるで屋内での模擬戦みたいだ。狭い通路の間を通りながら、接敵した相手チームと戦闘をする。そうして、時間内に相手を殲滅させるか、より多くの敵を倒したチームの勝利となる。
ファランクスみたいに、欠員補充は出来ない。
フィールドには狭い場所も広い場所も用意されているので、如何に有利な地形で陣を張れるかが勝利のカギだろう。
とは言え、それは地上部隊に限ったことだが。
蔵人が、隆起した地面と睨めっこしていると、
ピィイイイーーー!!
「試合開始!」
長いホイッスルが先に駆け抜け、試合開始の合図が空を走る。
蔵人は、それと同時に体を浮かせる。
「それでは先輩方。行ってまいります」
「あっ、うん。気を付けて?」
先輩方が口を開けて蔵人を凝視し、1人が辛うじてそう答えた。
蔵人が、本当に飛べると思っていなかったと、顔に書いてあった。
蔵人は先輩方に一礼すると、指令役と同じ高さまで飛び上がる。指令役の先輩も驚いて蔵人を見るが、蔵人は頭を軽く下げるだけで、すぐに目標をその目に捉える。
相手の指令役が、こちらを見ていた。
蔵人は先生の指示通り、相手の指令役目掛けて一直線に飛行する。
指令役は、相手の動きを探るセクションに置いて大事な役割の兵士だ。彼女の働き次第で、他4人の地上部隊が上手く機能する。
故に、これを真っ先に叩く。それが、蔵人に課せられた先生からの指示だった。
相手指令役…確か風早と言ったか。風早先輩が、慌てた様で蔵人を指さす。
「はぁあ!?なんか、黒光り君が特攻してきたんだけど!?ちょっ、みんな!迎撃!迎撃だぁあ!」
「迎撃?黒騎士って、シールドって話だったでしょ?どうやって特攻するの?」
「分かんないけど、空飛んでんだよ!」
「冗談でしょ?シールドが空飛ぶとか、聞いたことないんですけど?!」
Aランクの先輩達の慌てた会話が聞こえて来た。
暫くフィールドを飛んでいると、開けた場所で先輩達がこちらを指さす様子が見えた。
ここに駐屯していたのか。
「ヤバッ!ホントに空飛んで来てんじゃん!撃て撃て!」
「くそっ!なめやがって。地上からの支援が無い偵察兵なんて、格好の的だよ!」
相手の地上部隊が、蔵人目掛けて火炎弾や土塊を飛ばしてくる。
だが、いきなりの事で準備が出来ていなかった彼女達の攻撃は、蔵人が飛び去った後の空間をむなしく切り裂くだけであった。
それを見て、慌てて逃げる風早先輩。
彼女はエアロ系みたいだ。腕や体から風を吹き出して、空を飛んでいる。
あれ?そう言えば、関東大会後にイチャモン付けてきたシングル部員が居たが、彼女があの白パンツの子か。
思い出しながら、それを追う蔵人。
フィールドの上での、空中戦闘が始まった。
「ふんっ!空が飛べたって、生粋のエアロキネシスであるさーに追いつける訳ないだろ!」
「それは楽しみです」
「何が楽しみだ!さーの速さ、見せてやる!」
隆起したフィールド上空をいっぱいに使い、追いかけっこを展開する2人。
ファランクス同様、セクション戦も飛行範囲の制限があるとの事だった。
横はフィールドと同じ範囲。高さは10mだ。
高さ規制がファランクスよりも厳しいのは、セクション戦は空から俯瞰することで、戦いを有利に進められるからである。
試合のフィールドは、大抵が今の様に障害物ばかりである事が多く、各々の選手の配置が見えない状態でスタートするからだ。
その為、地上からの攻撃が余裕で当たる高度設定にしないと、飛行系異能力者が圧倒的有利になってしまう。この距離なら、仮令Cランクの遠距離攻撃型の魔力弾であっても、かなりの脅威となるのだ。
「風早!援護するよ!こっち来て!」
「よっしゃ!ボコボコにしちゃって!」
風早先輩が進路を変更し、地上部隊が待ち構える区域へと蔵人を誘う。
蔵人はそれに構わず、彼女を追う。
「よしっ!今だ!撃て!」
「うりゃああああ!」
「当たれぇえええ!」
「落ちろぉおおお!」
Aランク地上部隊が、蔵人に向かって遠距離攻撃を一斉にぶっ放す。
蔵人の目の前が一気に、色鮮やかな弾色の世界となっている。
だが、高速で動き回る蔵人に当たったのは、その内の1割にも満たず、折角当たった攻撃も、周囲に張り巡らせた水晶盾で十分に防げてしまった。
Aランク相当の遠距離攻撃なら、こう易々とは防御出来ない。だが、彼女達は数打ちゃ当たる戦法を取っているらしく、CBランクの攻撃をバラけさせて放っていた。
それならば、角度を付けた水晶盾でも十分に対応が出来る。
「くそっ!全部防がれちゃうよ。シールドってのは本当みたい!」
「なんでシールドが空飛べるんだよ!卑怯だろ!飛行能力者は防御出来ないのが弱点なのに!」
「威力を上げよう!Aランクの攻撃なら流石に防げないはず!」
「それじゃあ、そんなに撃てないよ?当たる前に魔力が切れちゃうって!」
「じゃあどうすんのさ!?」
Aランクの地上部隊が、内輪もめを始めてしまった。手が出せない空を見上げてほぞを噛む娘も居る。
仲間が追いかけられるのを、ただ見ている事しか出来ないのが悔しい様子だった。
弾幕の雨から抜け出して、少し離れてしまった風早先輩を追うために加速する蔵人。
だが、なかなか追い付けない。
それどころか、風早先輩との距離はジワジワと開いていく一方だ。
純正のエアロ系は確かに速く、蔵人の盾では速度負けをしていた。
流石は純正のAランク。やはり、特化した相手にはまだまだ追いつけないのだな。
蔵人がそう、自分の足りない所を自覚していると、風早先輩もそれに気付いたみたいで、こちらをチラリと振り返った後に、少し余裕そうな声で地上部隊に呼び掛けた。
「みんな!こっちは何とかするから、そっちはBランク共を叩いちゃって!あいつらは今、北北東2時の方向に距離40m!固まってるから今がチャンスだ!」
風早先輩が、飛びながら指令役の仕事をする。それを聞いたAランクチームの地上部隊が動き出した。Bランクチームの地上部隊殲滅の為に、進軍し始めたのだ。
これでは、自分が強襲した意味が無い。しっかりと任された仕事をせねば。
そう思い、蔵人は盾を生成し始める。
やがて、周囲に作り出されたのは透明な盾。
水晶盾…ではない。それよりも、もっと透明度が高い盾。
アクリル板。
蔵人の中で、最弱の盾である。
だが、
「最弱には、最弱なりの強みという物があるのだよ」
そう言って、蔵人は笑った。
まさかのセクション戦。
チーム戦やファランクス戦とは違い、セクションは実戦方式なのですね。
「元々異能力戦は、実戦を想定しているきらいがあったからな。セクションは特に、局地戦闘の技術向上を目指しているのだろう」
流石は、軍事力に直結するだけはありますね。
イノセスメモ:
各異能力戦全国大会
・シングル…全日本選手権(11月~12月末)
・チーム…デルタフォース(2月~3月)
・セクション…スーパースター(9月末~10月末)
・ファランクス…ビッグゲーム(6月末~8月)