断片~とても、危険ね~
投稿開始から半年が経ちました。
という事で、今夜は久々の2話連投です。
こちらは、2話目となりますので、ご注意を。
サマーパーティーが終わってから数日。
私は、自室に籠って考え事をしていた。
机の上に乗っているのは、そのパーティーと、ファランクス大会で撮られた写真達だ。
その全てに、蔵人様が写っている。
アイザック殿下と談笑されているお姿。
二条様の攻撃を防ぎ切ったお姿。
巨大ゴーレムを貫通させたお姿。
腕を斬られながらも、八岐大蛇を討伐したお姿。
白い虎と化した紫電の猛攻を、尽く打ち破ったお姿。
従者である小栗風音の姉を、抜き去った時のお姿。
どれ一つをとっても、偉業とも呼べるほどの活躍である。
特に、彼は男性。力が無いとされる男性なのだ。
誰も信じられないような偉業を果たした彼を、果たして周りはどう見るか。
「とても、危険ね」
ただでさえ、Cランク以上の男性は貴重な存在なのだ。その上で、Aランクの女性にすら対抗出来る男性なんて、本当に限られる。それが、Cランクの男性となれば、きっと世界を探しても居ないだろう。
そんな男性を前にしたら、特区の女性と言えど、涎を垂らす獣になってしまう。
それは、学校も同じこと。
天隆や桜城の様な高位の学校では、校外よりもセキュリティもマナーも洗練されているので、安全性は高く、ABランクの男性でも女子生徒に襲われることはなかった。
でも、蔵人様程の才覚を見せてしまえば、それも確かとは言えない。
生徒達の中には、一時の出来心で、蔵人様に手を出す者が現れるかもしれない。
実際に、桜城女子生徒の間で開かれる、男子品評会にも大きな変化があったらしい。
月に1度程開かれる、匿名女子が集まって開かれる裏の品評会だ。そこの幹部の一人と懇意にさせていただいているので、その情報もこちらに流れてくる。
その品評会において、4月の末時点では、頼人様の話題ばかりが持ち上げられていた。
でも5月のGW明けごろから、別の子の名前も挙がって来た。
それが蔵人様と、蔵人様と懇意にしている山城君だ。
2人とも、女子に対してとても優しく、挨拶以外でも声を掛けてくれると評判になっていた。
そして、夏休みに入り、ファランクス大会で蔵人様が活躍された。
その途端、今度は蔵人様の株が一気に上昇した。
都大会終了後は、頼人様と同じくらいの人気であった。
関東大会終了後は、彼すらも追い抜く勢い。
そこに、ビッグゲームの話が入ってこようものなら、もう結果は見えたようなものだ。9月の品評会では、蔵人様の話題一色になるだろう。
あの方はお強い。仮令、Aランクの女子に襲われても、返り討ちにしてしまうのは確実。
でも、数が多ければどうか。流石の蔵人様も、苦戦を強いられてしまうだろう。
ただでさえ、あの方はお優しい。仲間の為に、自らの左腕を差し出してしまう程に。
そうなれば、いくら格下の襲撃を撃退できたとしても、其のたびにお心を傷めてしまう。
「これは、何か物理的な”盾”が必要だわ」
そう思った私は、早速携帯電話を取り出し、とある方に連絡を取った。
その相手が、
「先日のパーティーでは、ありがとうございました、九条様」
九条薫子様だ。
彼女とは、幼稚園時代からお付き合いさせていただいている。
家の方針で、特区の外に行っていた時は離ればなれとなったが、それ以外では共に学んだ幼馴染である。
お母様が天隆出身でなければ、彼女と一緒に桜城に行きたかった所だが、それは仕方がない事。
こうして、密に連絡を取っているので、そこまで寂しくはない。
先ほどの蔵人様の情報も、九条様から頂いたものだ。代わりに、天隆の情報を教え合うなどしているので、今では天隆に私が居て良かったのではとも思うようになっている。
その九条様だが、流石は九条家のご令嬢である。
私がファンクラブの事を切り出すと、すぐさま動いていただいて、すんなりと許可を取ってしまわれた。
桜城において、彼女に逆らえるものは居ないだろう。既に、高等部の風紀委員にも推薦されていると聞いているので、学園のトップとなるのは約束されている。
私も、頑張って天隆の風紀委員に入らねば。
っと、私の事は良いのだ。今は、蔵人様のファンクラブについて考えねば。
設立の許可は下りたのだから、次は人選について。
ファンクラブを公募した途端、桜城生徒から雪崩の様な申請書が舞い込んできた。
やはり、予想した通り、彼に危険が迫っている。
何も対処していなかったら、この雪崩が本物となり、彼を呑み込むだろう。
させてなるものか。今の内に、強力な防波堤を築き上げなければ。
私は、一枚一枚丁寧に、申請書の履歴欄に目を通す。
こればかりは、使用人やお友達に頼る訳にはいかない。
蔵人様の為に、不純な輩は全て弾き返すのだ。
2年、田中冴子。
ダメ。過去に男子の体に触り、厳重注意を受けています。
3年、児玉鉄子。
素晴らしい。防御寄りの異能力に、勤勉な姿勢。即採用です。
1年、本田彩香。
……。履歴は問題ありませんが、何か危険な気がします。保留で。
2年、神田正。
おや?男の子ですね。
見ると、応募の中にはかなりの数の男の子が居た。
黒騎士様の人気は、女性だけに留まらず、寧ろ男性人気が凄まじかった。
試合会場でも、黒騎士様に向けてエールを叫び、その手に持った楽器をブンブン振り回していたから。
あ、あれは、ちょっと狂気的でしたけれど、でも、彼らなら安全でしょう。
私は、男性は取り敢えず会員にしていった。
やはり、吹奏楽部の子が多い。彼の勇姿を直接見た子は、それだけ引き込まれ易いのだろう。
でも、次の子は吹奏楽部ではなかった。
園芸部の、1年生の子であった。
「名前は、鹿島湊音」
何処で黒騎士様の名前を知ったのかは分からないけれど、純粋そうな子だ。
私は、彼にも会員資格を与えて、次の申請書に目を通すのであった。
〈◆〉
「くぅうう~~!宿題終わったぁ!」
僕は凝り固まった両腕を上げて、思いっきり伸びをする。上げた腕に冷房の冷気が当たって気持ちいい。
夏休みはとても快適だった。冷房が効いているからじゃない。クラスメイトの女の子達に、会わなくていいからだ。
1学期は本当に大変だった。学園の女の子達は、常に僕の事を目で追って、隙あらば話しかけて来ようとするんだもの。
その度に、班員の美和ちゃん達が追っ払ってくれるけど、その美和ちゃん達も問題なんだよな。
だって、彼女達も時々、怖い目で見てくるんだ。
僕の服を透かして見ているような、そんな怖い感覚がする。
夏休みに、定期的に彼女達が家に来るけど、多分、僕の健康状態をチェックするだけじゃなくて、もっとイヤらしい事を考えて来ていると思う。
それでも、班員だから会わないとダメだった。それが特区のルール。
特区で暮らす男子には色々とルールがある。女子生徒と行動を共にしなさいとか、休みの日でも、班員の子とは連絡を取りなさいとか。
全部、男の子を守るためのものだって聞いているけど、それでも、僕にとっては窮屈だ。
もっと自由になりたいって、僕はいつも思う。
自由になって、鳥になって、特区の壁を越えていくんだ。そして、女性が居ないところで、動物たちと静かに暮らす。きっと楽しいぞ。
でも、僕にはそんな力は無い。僕の力はハーモニクス。お姉ちゃんと同じ、音を奏でるだけだ。
「龍鱗さんならなぁ」
僕は、あの日見た大きな背中を思い返して、小さなため息を着く。
あの人なら、空も壁もひとっ飛びだ。もしくはあのドリルで、特区の壁を壊せると思う。
そうしたら、僕たちはその壁から出るんだ。特区の外に出て、それで…。
「あっ、ダメだ。特区の外は地獄なんだった」
先生やお姉ちゃんが良く言っていた話だ。特区の外は、ここよりも汚くて、何よりも飢えた女性が大量にいる。
僕がCランクって分かったら、寄って集って襲われるって聞いている。
そりゃそうだよ。だって、外にはDランクの女性がウジャウジャいるんだもん。Cランクの女子ですらいやらしい目で見てくるんだ。Dランクなんて何をしてくるか分かったものじゃない。そう考えると、怖くて壁にも近づきたくないよ。
「やっぱり、飛行能力だよなぁ…」
そんな呟き、と言うか、ボヤキの様な言葉を吐いている内に、僕の夏休みが終わってしまった。
また、猛獣たちが住まう学園に通わなければならない。
憂鬱だ。
そう思っていたんだけど、何故かそんなにイヤじゃなかった。
1学期よりも、女子達に見られることが減ったからだ。
相変わらず、美和ちゃん達からはガン見されるけど、他の女子生徒が大人しく感じるんだ。
…大人しいと言うか、何やら黒騎士って人に夢中らしい。そのお陰で、いつも射貫いてくる女の子達の視線が、そっちに行っている。
良く分かんないけど、黒騎士さん、ありがとう!とっても過ごしやすいよ!
そんな風に思っていたのは、初日だけだった。
僕は次第に、黒騎士さんに興味を持ちだしたんだ。
だって、噂では男子生徒。しかも、僕と同じ1年生だって言うんだもの。どんな人か気になって来た。
だから、僕は頑張って早起きして、学校の掲示板を見に行ったんだ。昼休みとかに行っても、人混みが凄くて全く見られなかったからね。
だから、早朝に見に行ったんだけど…。
そこで、僕は衝撃を受けたんだ。
「そっ、空を飛んでる!」
僕は1枚の写真に飛び上がってしまった。大鷲に乗った女性を飛んで追いかける、黒騎士さんの写真に。
黒騎士さんは、空を飛べるんだ。しかも、クリエイトシールドって異能力なのに。
彼の技を見ていると、自然と龍鱗さんを思い出した。だって、天川学園と戦っている時の写真は、明らかに龍鱗さんの技だもの。
きっと彼は、あの龍鱗さんのお弟子さんなんだ。だから、こんな活躍が出来る。
「違う。そうじゃない」
彼が活躍しているのは、彼の努力だ。彼が飛べるのは、努力の結果だ。
クリエイトシールドという、絶対に飛べない異能力なのに、それを克服している。
きっと、彼に教えて貰えば、僕も空を飛べるようになるぞ!
そんな風に考えていたら、黒騎士さんのファンクラブが設立されたっていう噂を耳にした。
友達の、吹奏楽部の子が教えてくれたんだ。
そんなの、入るしかないでしょ!
僕は急いで、申請書を書いて、ポストに投函した。
そして、暫くしたら、合格通知が来ていた。
やった。これで、僕も黒騎士さんと肩を並べられる。あの人みたいに、空が飛べる。
そう思ってしまい、僕は慌てて首を振る。
こんな考え方じゃ駄目だ。龍鱗さんに怒られちゃう。
自分の道は、自分で切り開かないとダメなんだ。黒騎士さんに教えてもらうんじゃなくて、僕が教えたいって思われるような生徒にならないと。
僕はそう思って、その日から時々、WTCのダンジョンダイバーズに潜るようになったんだ。
最初は全然ダメダメで、アグレスが見えただけで震え上がっちゃったけど、少しずつ歌えるようになっていって、美和ちゃん達のサポートが出来るようになったんだ。
…あんまりやり過ぎると、彼女達が頑張り過ぎてしまうから、程々にしないといけないんだけど。
あと、あまりに渋谷のWTCに行き過ぎたら、男の子が来るって言うんで、女性達が集まりだしちゃったんだ。
だから時々、県外のWTCまで行ったりした。
移動の時間は掛かるけれど、知らない町と言うのは新鮮でいいなって思った。
神奈川のWTCに行った時は、ちょっと変わった女の子にも出会ったんだ。
髪の毛が真っ白で、高ランクのクリオキネシスだと思うんだけど、ちょっと変な子だ。
だって、あんまり怖くないんだ。なんていうのかな?他の高ランクの人と違って、優しい感じがする。
一度しか会った事ないけれど、桜城の生徒会長さんと同じ雰囲気がしたんだ。
だから、高ランクでも、そこまで怖いと思わなかった。
彼女が小学生くらいの、小さな女の子と言うのもあるかも知れないけど。
「ミナト。また来る?」
「うん!また日曜日になったら来るよ。その時はもっと潜ろう!」
千代子ちゃんと名乗るその子は、あどけない顔で微笑んでくれる。
とても可愛らしい。
そんな彼女だけど、異能力はとても強かった。
氷で、敵を全部倒しちゃうんだもん。
僕のバフは必要ない?え?体が楽になる?じゃあよかった。
彼女と一緒なら、美和ちゃん達が居なくても潜れるから、とっても楽になった。
美和ちゃん達と潜ると、どうしてもいやらしい目で見てきたり、手を触ってきたりするからね。千代子ちゃんなら、そんな事は全くない。
小学生だから?それとも高ランクだから?どっちでもいいか。
僕は彼女に手伝ってもらいながら、黒騎士さんに認めてもらえるような男になるんだ。
頑張るぞ。
広幡さんと、湊音君のお話でした。
「広幡嬢には感謝せねばな。あ奴が雪崩に押しつぶされていないのも、彼女のお陰だ」
本当に、縁の下の力持ちですね。
湊音君も、空を飛びたいなんて男の子らしいじゃないですか。
「動機が、この世界の男らしいがな」
特区の男性は、かなり制約がありそうです。
主人公はその辺、感じていなさそうですけれど。